Re: ポケノベ2010夏企画 移転中につきコメント禁止 ( No.36 ) |
- 日時: 2010/09/06 23:17
- 名前: こんにちは
- Bコース【君へ伝えたい、でも、】
しんだひとがいきかえればいいって、おもうんだ。 じゃないと、このおもいはどこにはなてばいいんだよ。
木原翔子がある日死んだ。僕はそのことを次の日のニュースで知った。朝のニュースだ。一番最初のトピックスで。 まず同姓同名だと思った。そうしたらすぐに出てきた顔写真で大きな衝撃を受けた。画面いっぱいに出てきた彼女の顔は少しぼやけていたが確かに彼女だった。 通り魔に、殺されたのだと。 まだ手元にご飯は残っていたが当然その手は止まり、そしてその後も食べる気にはならなかった。ショックでこのまま死んでしまいたいと思った。 満足に朝ご飯を済ませずによろよろと向かった学校では勿論、その話題で持ちきりだった。特に僕のクラスは。彼女は僕と同じクラスだから。 テレビで見ているときはそれでもまだ夢心地だった。その後学校で皆が話していてすごく怖くなった。ただ、僕の前の席は今は誰もいなくてもすぐに埋まると信じたかった。皆勤賞を狙ってると言っていたんだ。 だけど、朝礼で担任が重々しく事実を発表して、一気に現実になった。 その日緊急集会が開かれた。 皆で黙祷をした。先生も生徒も全員。 あの時僕は何も考えていなかった。考えられなかったんだ。心臓は震えていて、喉の奥で何かが渦巻き大きな穴を作っていた。
別のクラスの僕にとって一番親しい友人が、集会の後で僕の肩を軽く叩いて呟いた。どんまい、と。その言葉はひどく軽いものに思えて辛くなった。
僕は、彼女のことが好きだった。
今日は夏祭り当日。僕はこの日、友人に手伝ってもらって彼女と一緒に祭りに出かけようって話になってた。本当に行けるんだって思ったら幸せでしょうがなかったんだ。だけど、だめになった。 仕方がないから野郎四人で行くことにしたのだけど、もう残念すぎる。気分は落ち込み過ぎてどこにいったのか分からない。 彼女が死んでから一週間。犯人は捕まった。どんな性格のやつかは分からない。捕まったからなんなんだよ。いつか起訴されるだろう。それで死刑になったり無期懲役になったりして、でも彼女は戻ってこないんだって。犯人のことはすごく腹立つ。今すぐ殴りたい。テレビや新聞であの顔を見るたびに苛々して腹が立って憎たらしくて、けど最後には必ず自分で虚しくなるんだ。 告白すれば良かった。 すきですって、良かったら付き合って下さいって、言えば良かったんだ。 初めて彼女を見たのは高一の夏だ。隣のクラスに遊びに行った時、その時そのクラスは席替えを丁度終えた所だった。僕の友人の隣、そこに彼女が座っていた。一目ぼれってまじであるんだって思った。声も僕の中に心地よく入ってきて、正直友人との話はそっちのけでちらちらと彼女を見ていた。 顔もけっこう綺麗に整ってて、噂によると中学の頃は相当もてていたけどことごとく断ったらしい。それは高校に入っても同じだった。高二になって同じクラスになった。勇気を出して話をかけてみれば普通に喋ってくれて、クラスでもどっちかというと……いや相当地味な僕なのに普通に接してくれた。勇気って大切だ、すごく大切だ。 いつか告白したいと思ってた。皆断られていて、僕も断れるかもしれないって思うけど、それでも一握りほどの可能性にかけてみたかった。 この気持ち、ぜーんぶ行き場が無くなってしまった。だけどしょうがないだろ。死ぬなんて思ってなかったよ。人間いつ死ぬか分からないんだって言うけど、誰も本当にそんなこと思ってないだろう。 ああもう、さがった気持ちが下がらないんだ。
僕は腰かけていた椅子からゆっくりと立ち上がり、薄暗くなった景色を窓から見る。道には浴衣を着た女性数人がいて、皆笑っていた。 溜息を吐いた。気合入れておしゃれでもするか甚平でも着るかとか思ってたけど、もうそんな気にはならない。普通の白いTシャツに黒い長ズボン。ラフで楽な格好だ。 財布をズボンの尻ポケットに無理矢理入れると、狭い自分の部屋を出ていき階段を降りる。家には誰もいない。母さんも父さんもまだ仕事で、姉ちゃんは友達ともう祭りに行ってる。 暗い廊下を重い足取りで歩き、どの部屋に寄ることも無くまっすぐ玄関へと向かう。自分の黒いサンダルをはいて、家を出る。 途端、夏の息苦しいほどの重い空気が圧し掛かる。もう少しすればかなり涼しくなってくるだろうが、今日は何しろ祭り。人混みに入ればどうであれ暑い。 ひぐらしの淋しげな声が身体に不思議と染み入った。 鍵を閉めて一歩一歩踏みしめる。待ち合わせ場所はここから歩くこと十分くらい。自転車で行きたかったが盗られてしまった。どうして嫌なことっていうのはうまい具合に重なるんだろうな。 肩は落ち込んでいる。あの日からずっとこうだ。 住宅街の角を曲がり公園が目に入る。
――ん? 僕は足を止めて耳をすました。ブランコが揺れている音がする。少しだけだが、小さなあの独特の金属音がしている。 何となくその音が気になって、あの赤いブランコに視線を移す。 ブランコの片方の方に、黒いサラサラとしたロングの髪の僕と同い年くらいの女の子がいた。黒地に青い大きな花がいくつも描かれた浴衣を着ている。 祭りの待ち合わせだろうか、しかし僕はなぜか心臓がどきどきとしていた。公園の入り口で息を呑み、呆然として彼女を見つめる。 ひぐらしの声はどこかに一瞬で遠くに飛んでいったような感覚に陥った。足が動き、公園に足を踏み入れた。そろそろと気付かれないように、まるで忍者の仕事でもしているかのようにそっと歩く。全身が痺れているような震えているような、けれど動いている。呼吸が荒々しくなりそうだ。 彼女まで二メートルほどの所で、ざっと一度足元で砂を磨る音が公園に響くと、彼女は気付いたように身体をぴくりと動かす。僕の心臓が大きく跳ねた。
「……日浦君?」 なあ。 死んだはずの木原さんが、どうしてここにいるんだ。
「きっ木原さん……どっどどどうして」 驚きのあまり一気に舌の回りが悪くなる。ああもうどうしてこうなんだ。 木原さんはぱっと表情を輝かせて、ブランコから立ち上がった。僕の顔は多分真っ赤になっているだろうけど、辺りは少し暗いからきっと分からない、と信じたい。 僕は改めて彼女を見た。浴衣姿の彼女はかわいかった。制服姿しか見た事無かったけど、本当にかわいい。少し長い睫毛、華奢な指、白くて綺麗な肌、身長は低めで何が言いたいっていうとまあかわいいってことだ。
「ははっ生き返ってみましたー」 そう言って腕を軽く広げて見せる。 夢だろうかいや夢じゃない。確かに彼女は目の前にいて僕と喋ってる。公園に彼女と僕が二人っきりだ。 ――いや、それよりも注目すべきは彼女の今さっきの言葉だ。冷静になれ僕、とんでもないことをこの人言ったぞ。この世界の常識をひっくり返すことを。普通に考えてありえないことを。 「生き返った?」 「そうそう、神様がね、チャンスをくれたの」 「神様?」 「うん。詳しくは言っちゃダメって言われてるんだけどね。あたし、どうしても祭りに行きたくってさ」 そんな理由で生き返ることができるのか? あまりの予想していない出来事に僕の頭は色々と混乱している。だけどよくわからないけど、神様のおかげでもう一度彼女に会えた。こんなラッキーがありえちゃっていいのだろうか。僕はこれで確実にの果たした。 生温かい風が吹いて少し沈黙が訪れた。木原さんは少し身体をくるりと回すと、景色を楽しむように眺めていた。口元が少しだけ笑っている。 遠くなっていたひぐらしの声が戻ってきて、なんだか少し現実感が増した。夢のようで浮遊感がずっとあったのだ。いや、今でも夢心地ではあるんだけど。 「じゃ、祭り行こうよ」 木原さんはさも当たり前のように僕の方を見て言った。僕は一瞬で身体を固める。それが明らかに外面に出ていたのか彼女はくすくすと笑う。 「どうしたの、誘ってくれたじゃん。行こうよ」 「う、うん。そうだよな、そうだよ、うん」 僕は独り言を呟くように僕は自分の胸を軽く叩く。頭がすごく熱い。情けないと自分でも思う。 ポケットに入れていた携帯を取り出すと素早くメールを打ち始める。今日一緒に行く予定の友人に宛てて文字を素早く打つと、即送信した。内容は勿論、今日の予定のキャンセルだ。ドタキャンになり申し訳ないが後で説明すれば多分分かってもらえるだろう。いや分かってくれるだろうか。彼女は死んだのに。 携帯を勢いよく閉じると、木原さんが下駄をからんと鳴らして傍にやってきた。甘い匂いがしてどきっとする。これが現実じゃなくてなんだと言うのだろう。彼女はそうだ、生き返ったんだ。信じられないけど現実にそうなった。 木原さんは前に歩み出した。僕は慌ててその後を追い、自然と隣で歩く。どこを向いたらいいんだろう、頬が緩んでかゆい。 ちらりと木原さんを見下ろす。彼女とは十センチほど身長差がある。この差がひどく懐かしく感じられた。 「私、祭りに行けたらもう満足だわ」 呟くように言った彼女の言葉に僕の心臓は跳ねた。その言葉は、祭りが終わったらまるで離れてしまうと言っているようなものじゃないか。 この幸せな時間が長続きはしないのかと考えると一気に僕の肩に重いものが圧し掛かる。 「だって折角の夏なのに、一回も祭りも行かないなんてもったいないよね」 「き、木原さん」 「何?」 首を傾げる彼女の瞳はまっすぐに僕を見てきていた。もう今日の僕の心臓はいつもよりずっとフル稼働していて百五十パーセントくらい頑張っていて、正直死にそうです。 だけど確かめておきたいことはある。 「この祭りが終わったら……また、死ぬの?」 もっと他に言葉は無いのだろうかと思うけど、他に思いつかなかった。 木原さんは大きく目を見開いた。その後、喉の奥を鳴らすように笑いを込み上げさせた。 公園を出て自然と足は祭りの方へと向かう。祭りは町でわりと有名な方の神社で行われるもので、毎年とんでもない人で賑わう。 少し空気が涼しくなってきて、楽になってきた。彼女の下駄の音が住宅街に可愛らしく跳ねる。 落ち着いてきた頃木原さんは笑みを浮かべながら口を開いた。 「死なないよ。ちゃんと生きる。一応本当に何も無ければ普通に歳とるよ」 「そう、なんだ」 ほっとして胸をなでおろす。幻想じゃなく僕の幸せは続く。 僕の思いを伝える機会を、神様は用意してくれた。最高だと思う。どきどきするけど、だけど僕は一度絶望を味わった。何度も何度も数え切れないくらい苦しくなるほど後悔した。もう後悔なんてしたくないから、絶対に今日伝える。 すきです、と。
「でもね」 少しトーンを下げて彼女は淋しそうに言った。 一気に空気が変わったような気がする。僕はなんだか突如不安になって彼女の顔を見る。声の温度のまま淋しそうな顔をしていた。 躊躇うように一度僕から目を逸らし、彼女は正面を向いた。小さな白い乗用車が隣を通り過ぎていく。相変わらず人の気配はしない。 風が辺りの家の植木を揺らす。もうひぐらしの声は聞こえない。
「私が誰かを好きになったら、また天国に戻るんだって」
平坦に突然出てきた言葉。僕は一瞬聞き流しそうになったが改めて自分の中でそれを噛む。けれどその意味がよくわからない。何を、言っているんだろう。 木原さんをじっと見ると彼女は無理して作ったような笑顔をした。苦しそうだった。 「神様は、私に一人でいてほしいってことかな」 もう一度木原さんが言ったことで僕は先程の言葉の意味を思い知る。思い知らされて呆然としてしまう。 だんだんと歩幅が小さくなりスピードは遅くなり、僕は遂に立ち止まった。顔を少しだけ下に傾けて軽く拳を握りしめる。目はどこも見ていなかった。虚空を見つめているようだった。幸せな気分はどこへやらである。 木原さんが心配そうな声で僕の名前を呼んだ気がしたけど、よく分からない。
ああ、そうか。 神様、本当にいるかどうか疑わしいところの神様は、僕を完全に見放している。 だって、そうだろ。 誰かを好きになったら天国に戻るってことは、木原さんは僕を好きなわけじゃないって、遠まわしに言ってるようなものじゃないか。
すでに失恋してるじゃないか。
「日浦くん、行こうよ」 ようやくちゃんと木原さんの声が届いてきて、僕ははっと我にかえる。木原さんは少し怒った顔で僕を見ていた。 僕は少し笑った。多分引きつっているんじゃないかと思うけど、無理矢理にでも笑っておかないと壊れてしまいそうだ。
「うん、ごめん、行こうか」
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