表すは穏やかな海 ( No.20 )
日時: 2013/04/14 23:59
名前: 穂風湊 メールを送信する

 青海波とは扇形を幾重にも並べた模様のことで、穏やかな波を表す。その模様の美しさから、古来より風呂敷や焼き物などに使われてきた。有名な役者が劇で使用してから大衆に人気が出たという説もある。
 ここセイガイハでも、名の通りこの模様を使った品が作られていた。主に生産するのは衣服や風呂敷、そして旗だ。
 青海波模様の旗など何に使うんだ、と村の人々は旅の者からよく聞かれた。そもそも旗自体滅多に使わないと。
 話好きな村人達は、茶を用意し、喜んで語って聞かせた。
 確かに旗は日常で使わない。たまに飾りに用いる程度だ。あれは祭りに必要なものだ。大きい旗を作り織物の神様に私達の居場所を知らせる。そして神様にここで織物を作っていると伝えることで、来年もまた良い織物が出来上がるように見守ってください、と祈りを込めるのさ、と。
 年の瀬に行われることもあり、職人達は一年の集大成として一層張り切って取り組んだ。もちろん得意の青海波柄だ。
 そしてもう一つ、セイガイハで盛んなものがある。塰(あま)による漁だ。海の底まで潜り、貝を採って帰る。それを食事に用いたり、他の町に売ることで生計を立てていた。

 しかしそれは少し前の話である。
 近年、海水温の上昇や海流の変化から、採れる貝の量が減少してしまったのだ。
 元々農業は盛んではなく、食料は外の町から購入しなければならない。しかし三方が海、残りは山、と交通の便が悪く、他の都市とは距離があるため、輸入品はどれも高い。
 数少ない資金源であった青海波文(もん)の衣服や風呂敷も、販売量は年々減少していく。
 村人達は満足に食料も金銭も得られず、貧しい生活を強いられるのだった。

 特に若者達はこの生活に満足しなかった。外に出ればもっと良い生活ができる、もっと美味しいものを食べられる、もっと華やかな服を買える。そんな話を商人から聞き、一人、また一人と村から離れ、都会へ出ていった。
 このままでは跡継ぎがいなくなり、村は衰退してしまう。残った村人達はとても頭を悩ませた。生まれ育ったこの大切な村を失いたくない。そのためにはどうすればいいだろうか。
 しかし大人達が昼夜をかけて討論しても、良い案は一つも上がらなかった。



 村に残っている若者の一人にシズイという男がいた。日に焼けた肌に筋肉のついた健康的な体。“海の男”と形容するのが最も当てはまる。彼は人一倍セイガイハを大切に思っていた。空を映す透き通った海、水上水中に暮らす生物の多様性。セイガイハの全てが大好きだった。その気になれば、一週間だって海で生活出来るくらいだ。
 その村が存続の危機に立たされている。シズイも彼なりに賢明に案を探した。
 しかし考えても考えても同じように案は浮かばない。

 そのまま数日が過ぎていったある日の昼頃の事だった。
 シズイは浜辺の波打ち際に座り両手を頬に当てていた。両隣にはダイケンキとフローゼルが同じように地平線を眺めている。
「おはんらはこの村を守るためにはどうしたらええと思う?」
 シズイの問いかけに、ダイケンキもフローゼルもただ首を振るだけだった。
「ない……か。けど悠長に考えてもいられん……」
「何か困りごとですか?」
 後ろから声をかけられた。
 白い上着に薄緑のズボン。顔立ちはどこかあどけない風で幼く感じる。ギャロップに様々な種類の荷物を牽引させていて、商人を初めてまだ数年といったところだろうか。
「おはんも知っとるかもしれんが、セイガイハから若人が次々と出ていってな。このままでは村が危ない」
「はい。耳にしています」
「けんど、何をしたらいいのか全く分からん」
 シズイは大きく溜め息をつく。が、村民でない青年に付き合わせることではないなと思い、この場を去ろうとした。
 その背中に言葉がかけられる。
「僕達駆け出しの商人が一人前になるための方法って分かりますか?」
 問われシズイはしばし考える。
 一分弱思考し、降参した。
「分からん。どうするんか?」
「真似るんです。悪く言えば盗むということですね。先に成功した人の技術を真似て、僕達も彼らに追いつこうとします。あとはそこからアレンジして自分のものにするんですが」
「真似る、か」
「そうです。例えばこの村の場合、モノの販売の減少が問題になっています。改善するためにはどうしたら良いでと思いますか?」
「この村のことを知ってもらうか、訪れてもらうか」
「後者の方がより効果的でしょう。百聞は一見に如かずともいいますから」
「けど肝心の方法がない」
「ここから南へ行ったところにサザナミという町があります。そこも人の流出が問題だったのですが、リゾート開発してからは、戻ってくるようになったそうです」
「リゾート、開発?」
 耳にしたことのない単語だ。
「はい。客寄せのために建物を造ったりすることですね」
「それで人が来るんか?」
「少なくともサザナミは成功しています」
 で、それを真似るということか。想像してみようとするが、外の街に出たことのないシズイには上手く絵が出てこなかった。
「僕の知り合いにそう言った工事を請け負っているところがあるんですが、相談してみましょうか?」
 いまいち要領を得ていないが、他に浮かぶ手段がない。これを逃してはもうないかもしれない。そう思い、シズイは頷いた。
「わかりました。ではあなたは村の人に相談お願いします」
 失礼しました、と青年は頭を下げ、荷馬車に乗って去って行った。慌てて礼を言うも届いたかどうかは分からない。
 追いかけることはせず、彼は村長の元へ走っていった。



  すぐに話はまとまった。
 環境や景観が壊されるのではないかと、決定を渋っていた者達も、火の車となりつつある家計を考えると、観光客が増え、ものが売れなければ自分達が生きていけない。そう考えると首を横に振るのも躊躇われた。
 そうして大規模な工事を業者に頼むこととなったのだった。
 業者が提案したものは、サザナミのようなリゾート地にすること。そうすれば大勢の客を呼び込むことができ、高層ホテルを作れば、余るほどの客室を提供できる。
 全く外の事情に疎い人々は、説明を受けてもあまり飲み込めず、まあいいだろうと了承した。

 黄色に光る何もない浜辺に、不似合いな鉄骨が組まれていく。出来上がるとその隣にまた同じようなものが作られる。
 まだ構造だけだが、周りの木造民家とは明らかに雰囲気が異なる。
 シズイは珍しく海に潜ることをせず、工事の様子を眺めていた。何か心に引っかかるものがあった。
「本当においが望んどったのは、これなんか」
 少し違う気がする。
 確かにこれでセイガイハの過疎化は免れるかもしれない。けれど、それは自分が愛するセイガイハの姿なのだろうか。静かな波、のどかな雰囲気はきっと残らない。
 相反する二つの問題に挟まれ、頭が痛かった。
 本当に自分の選択は正しかったのだろうか……?

 その数日後海辺の人々に住まいを移すよう要請があった。
 なんでも大規模なショッピングセンターを作りたいそうだ。青海波文の道具は人家で作られていたが、売れないものを作るよりいっそ、というのが向こうの言い分だ。
 村人達はだいぶ序盤の方から話が分からなくなっていた。とりあえず彼らの言う通りにすれば問題ない、そう信じていた。だから土地を渡すことに抵抗はほとんどなかった。



 しかし家々を取り壊すのは延期となってしまった。嵐が訪れたのだ。
 空はほぼ黒に近い雲に覆われ大粒の雨を降らす。風は荒れ、波が白い飛沫を生み出す。穏やかな海域のセイガイハでは滅多にない気象だった。
 昨日まで雲一つない快晴だったのになぜ。人々は疑問をとともに不安を感じながら、嵐が早く去るのを願い、屋内に籠もっていた。
 しかしシズイだけは別だった。
 一人海辺に立ち、先を見つめる。
「海が……怒っとる……?」
 ただ悪天候なわけではない。荒れ狂う海に、感情があるように見える。怒り、悲しみ、そういったものだろうか。
 まさかとは思うが、海の様子が異常なことには違いない。
「海のことは、海に聞くのが一番、な」
 ボールからフローゼルを出し、水中での推進役を頼む。ゴーグルを装着。軽く屈伸をし、シズイとフローゼルは海へ飛び込んでいった。

 海中に入り改めて思う。いつものセイガイハの海ではない。
 全てを受け入れるような穏やかな普段の姿はどこにもない。飲み込まれればすぐさま死へ連れていかれるような恐怖すら与えている。シズイはしっかりとフローゼルに掴まり、もっと遠くへ、もっと深くへ向かっていく。

 もう一つ違和感がある。
 他のポケモンの姿が見当たらないのだ。
 いつもならばシズイが海に入るなり、出迎えてくれるタッツーもサニーゴもいない。深夜の海の方がまだ賑やかだ。
「ないごて、こんななっとる……」
 毎日のように潜っていた海がまるで別人のようになっている。まるで異世界に来てしまったような錯覚を覚える。
 これは――自分の好きなセイガイハではない。
(海の神は恐れているのです……)
 ふと声が聞こえてきた。どこからだ?
 いや、前後左右のどれでもない。頭に直接響いている。
(今は遠くにいるので念力で貴方に話しています。もう少しでそちらに到着するので、それまでこれで失礼します)
「おはんは……?」
(私はラティアス。アルトマーレに住み、他人に思念を映す能力を持っています。今日は貴方に話があって来たのです)
「話?」
(はい。貴方の村のことについて。海を何より愛する貴方ならきっと聞いてくれる、そうこの海の者達が教えてくれました)
 どういうことだろうか。話が見えてこない。
 ラティアスは何かを伝えようとしている?
 横のフローゼルに視線を向けると「何があったの」と若干不安そうな顔をしていた。フローゼルには思念が届いていないらしい。
 そこへ赤いラインがシズイの前を横切った。流線は数メートル先で急停止し、こちらへ戻ってくる。赤と白を基調とした飛行機のような体。折り畳んでいた腕を出し、シズイの前に立った。
「お待たせしました。私がラティアスです。それでは早速本題――の前に」
 そう言うとラティアスは両腕を広げた。爪の先から虹色のエネルギーが放出され球状に広がっていく。
「少し特別なバリアーを作りました。この中では息も出来ますし、波に流されることもありませんよ」
 そう言うラティアスはほんの少々得意げだ。が、すぐに真剣な顔に戻り、シズイに語りかける。
「こんなことを自慢しに来たのではないんです。先程もお伝えした通り、貴方に話があるのです」
「それはおいでないと、いかんのか?」
「はい。貴方は海のことをよく知っています。海を愛する貴方なら私たちの話を聞いてくれる、そう思ったのです」
「おいを選んでくれたのはありがたいが、肝心の内容を聞かないと、どうにも言えないな」
「これは失礼しました。予想はついているかと思いますが、セイガイハの開発についてです」
「それと、この嵐が関係あると?」
 村を改造しようとしたら嵐が来たなんて話は聞いたことがない。少なくともシズイはそうだった。
「実はこの近海に海の神、ルギアが訪れています」
「ちょっと待ってくれ」
 やはり話が見えてこない。いきなり海の神などと言われても困る。一体ラティアスは何を伝えようとしているのか。からかいに来た――わけではなさそうだが。
「すみません。急ぎすぎてしまいました。――少し時間がかかりますが、順を追ってお話しましょう」
 首を折ってラティアスが謝る。その後彼女が話した内容は次のようなものだった。

 セイガイハが開発されると聞いて、海の神は様子を見に来た。
 またこの村も海を汚すのではないかと、また海の生物は住処を追いやられるのかと。
 不安に駆られルギアは海中を渡ってきた。
 そして案の定だった。
 自然豊かな海辺は、人間の手が加えられ、元の姿が消えようとしている。
 幾つもの人間の集団が、己の利を得ようと好き勝手に建造する。無秩序な開発が海のためになるだろうか。答えは否だ。

「しかし必要以上に人間と関わってはいけないのが海の神の定め。どうすることも出来ず、ルギアは近くの海で様子を見守るしかなかったのです。やがて悲しみを始めとする負の感情が現れ、嵐が訪れた――というわけです」
 一段落つき、ラティアスは深く息をついた。
「開発を止め、貧しい暮らしをしてほしい、というわけではありません。ただ、私たちの話を聞いて下さい」
 シズイは黙って首を縦に振り、続きを促した。
「今、私の兄、ラティオスがヒウンシティにいます。これからその様子をお見せします」
「見せるってもおいはここにおるが」
「私達は”ゆめうつし”が出来るのです。どういうことかはーー実際にした方が早いでしょう」
 そう言うと、ラティアスはふわっと浮かび上がり、シズイの頭あたりに移動した。南南西に首をもたげ、呼びかける。
(もしもし兄さん、聞こえますかーーはい、ではお願いします)
 テレパシーで会話しているのか、内容はラティアスの側からしか聞こえない。
「それではシズイさん。ヒウンへご案内します」
 その言葉と共に視界に写る景色が入れ替わる。荒れた暗い海から、快晴の空へ。
 眼下に見えるのは多数の高層ビル。そして幾つもの桟橋が海へ突きだしていた。
 見たことのないほどの大都会だった。
「こんな大きな町がイッシュにあったんか」
 思わず感嘆の息が漏れてしまう。セイガイハと同じ地方にあるなど、言われなければ、いや言われても信じられない。
「はい。人間達はわずかな時間でこれほどの都市を造りました。ですがーー、兄さんもっと近くへお願いします」
 指示通り町がズームアップされていく。曰くラティオスが見ている映像を自分達はそのまま目にしているらしい。
 景色は桟橋の横へ移っていく。
 ラティオスもラティアスも姿を消せるので、人に見つかる心配はないようだ。横をシルクハットをかぶったジェントルマンが通ってもこちらを気にする風はない。
「このあたり、です」
 ラティアスが手で風景の一部を指す。
 特に何もない、あって護岸堤が置いてあるのみだ。
「ここがどうかしたんか?」
「貴方が知っている海と、どう違いますか」
 言われてようやく気づく。
 水はどことなく黒く、ゴミや油が浮いていた。浅いにも関わらず、底が見えない。そして、海のポケモンが見あたらない。いるのはベトベターやメノクラゲ。それほど距離はないはずなのに、同じ海のはずなのに、自分の知る海とは大きく異なっていた。
「元々はここも自然溢れる町でした。丘の上に一本の大きな木があり、そこで人間もポケモンも一日中戯れていました。ですが、次第に人間の手が入り、今ではその場所がどこにあるか、多くの人の記憶からは消えています」
 私もよく遊びに行っていたのですが、とラティアスは呟いた。
「そして、人間は海側まで手を伸ばし始めました。人間はお金がないと満足に生活できませんから、周りに注意を向けず、目の前の事に夢中になってしまいました。今まで暮らしていたポケモン達がその場を去ったことにも」
 寂しそうにラティアスは一匹(ひとり)語り続ける。
 アルトマーレがこの様にならなくて良かったという安堵と、被害者達への想い。
 シズイにはラティアスの琥珀色の瞳に涙が溜まっているように見えた。
「貴方たちに貧しい暮らしを強いるわけではありません。ですが一度考えて下さい。海に暮らす者達のことを」
 大切なことを見落としていたのだ。セイガイハを立て直すのに夢中でしばらく海に入ることをしていなかった。だから忘れていた。
 自分の大切な仲間のことを。
「なんてこった。わいはそげん大事なことを……」
「落ち込むことはありません。今ならまだ間に合います。何が最も良い方法か、私も出来る限りの知恵を貸しましょう」
「けど他にどうしたらええか、ちっとも浮かばん」
「一つ聞いてもいいですか。貴方にこれを提案した方は何と言っていましたか」
「成功した技術を真似る、だったなあ」
「それだけ、ですか?」
 いや、まだ何か言っていた。話の前半がとても大事な内容に思えて、残りをあまり聞いていなかったが、
「そうだ、『アレンジして自分のものにする』と」
「それです。大抵人の真似だけでは半端な結果に終わってしまいます。では観光客を呼ぶために村を一新する、という点を真似るとしましょう。そこにこの村独自のアクセントをつけるとしたら何がいいでしょう。この村の良さを引き立てる何かが必要だと思います」
「それは――」
 即答だった。真っ先に浮かぶものは一つ。
「もちろんこの海やな」
「同感です。私も次は是非晴れてる時に来たいものです」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
「これからも多くの人にそう言ってもらえるよう、代替案を探しましょう」
「よし、すまんがフローゼル、おはんも協力頼む。三人寄れば文殊の知恵。きっと見つかるやろ」
 雲に覆われ朝も夜も分からず薄暗く、水の中という不思議な空間の中で一人と二匹は、頭を寄せ合った。
 これはどうか、いやそれではこんな弊害が出てしまう。ではこれは、ならそれに少し手を加え――
 やがて案はまとまった。
 観光目的の開発をすると言う方針は変えない。しかしそれは無秩序に人間の手を加えるのではない。本来のセイガイハを訪れた人に見せるため、極力開発を抑える。
 それを伝えるのはシズイの役目だ。
「おいに出来るやろか」
「貴方にしか出来ないことです。怖れないで下さい。きっと上手くいきますよ」
 それでもシズイの表情は晴れない。万が一失敗すれば、その時のことを考えると、かかるプレッシャーは重い。
 でしたら、とラティアスは懐から小さな袋を取り出した。値のありそうな紫の布を、白の糸が綴じている。
「アルトマーレで売られているお守りです。なんでも、護り神の加護を得られるそうですよ」
「そうです、って」
 なぜ他人事なのか。その疑問はすぐに答えてくれた。
「お守りは人間が勝手に作ったものですから。本当に効力があるのかは知りません。私達が稀に、人間と関わりたい時に、小さな望みを叶えているのもよく願いが叶うと言われる一因ではありますが」
 さらにラティアスは続ける。
「要は気の持ちようです。出来ると思えば難しそうな事でも案外可能になることもあります。ですから、気を強く持ってください。今回は私もついてますし」
「だな。まずはやってみんと始まらん。早速明日にも交渉してみるたい」
「よろしくお願いします。それでは私はルギアのところへ行ってきます。話を聞けばきっと嵐も和らぐでしょう」
 そう言うと、ラティアスは背を向け飛び立とうとした。が、また振り返り、シズイの前に下りてきた。
「たった今思いついたのですが――この村は染物が盛んですよね。特に年に一度作る青海波文の巨大な旗は見た者を圧倒するとか。けれど、普段から旗は作っても売れず、困っている、と」
「ああ、そうじゃが……それがどうかしたんか?」
 唐突にどうしたのだろうか。
 旗を使って商売をする方法だろうか。けれど村人達があれこれ手を尽くしても、売り上げが伸びることはなかったのだが。
「貴方にお渡ししたお守りは、初めはただのアクセサリーでした。しかし、いつの間にかアルトマーレのお守りのなっていたのです。そして私も生まれた時から守り神であった訳ではありません。うっかり人の前に姿を現してしまい、急いで消えてしまったことから神様に違いない。そう信じられてしまったのです」
 あの頃はだいぶおてんばだったので、とラティアスは照れながら頬をかく。
「何が言いたいかというと、セイガイハでもそういったものを作ったらどうでしょう」
「でっち上げるってことか?」
「いえ。根のない嘘はすぐに見破られ、信用を失ってしまいます。長い歴史を持つ染物ならば、逸話もあるでしょう。それと上手く組み合わせればいいのです。あるいはシンプルに売り文句をつけても良いでしょう。例えば、青海波文を見ていると落ち着いてくる、とか。嘘は言っていないと思います」
 確かに。客を呼んでも村にお金が落とされなければ、結局貧乏なままだ。収入を得る工夫が必要だろう。
 村に来る商人達のことを思い出す。
 荷台から商品を手に取り、大げさも思える程、身振り手振りを交え人々に宣伝していた。
「わかった。そのことも皆と相談してみるたい。今日は本当に助かった。あいがてな」
「私の方こそ、長い間話を聞いて下さり、ありがとうございました。いい結果を楽しみにしています」
 首を折り、深く礼をすると、ラティアスは東の方へ飛んで行った。
 あとにはシズイとフローゼルが残され、
「おい達も帰ろう」
 こくんとフローゼルは頷くと、シズイを乗せ、尻尾をスクリュー代わりにし、水面へ泳いでいった。

 それから次の日の事、早速シズイは工事関係者の人達と話をつけに行った。
 突然の申し出で悪いが、開発を変更してほしいと。
 最初は嫌な顔を隠しもせずに応対されたが、シズイの懸命さが伝わったのか、それともラティアスのお守りの効力か。次第に彼らは訴えに耳を傾けていた。
 これほど美しい海を見られるのはこのセイガイハしかない。決して失わせてはいけない。この美しさを未来まで伝えていきたい。
 やがて彼らは計画の変更の旨を了承してくれた。そしてこれから内容を練るためにシズイも参加してほしいと頼まれたのだった。
 そしてもう一つ。ラティアスの指示通り、バッグにつけられるサイズの青海波文の旗を作成し、お守りとして売ることにした。紋が珍しいのかそれは予想以上に売れたが、安心するのにはまだ早い。これも工夫を凝らさなければすぐに飽きられてしまう。
 セイガイハの進展はまだスタートラインに立ったところだ。
 これからどうなるのか。それは村人次第だ。
 けれど大きく変わることはないだろう。静かな波、髪を撫でる風――、それらはきっとセイガイハからはなくならない。

 ここはセイガイハシティ。表すは穏やかな海。