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ナギサシティ。絆のお話。
日時: 2011/01/17 00:44
名前: 来来坊(風)◆Ynwmyx27bQ ID:u8YXgOJo

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メンテ

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第一話 ( No.1 )
日時: 2011/01/17 00:54
名前: 来来坊(風)◆Ynwmyx27bQ ID:u8YXgOJo

 世界で一番初めに海と言うものに風流を見出したのは誰であろうか。誰であるにしろ大昔であることにほぼ変わりはないだろう。海と言うものは我々の故郷であり生活する糧でもある、それは今も昔も変わらない。
 何が言いたいかと言うと天気のいい朝に海辺で簡易イスに寝そべりながら読む本は最高に最高だという事だ。誰にも邪魔されることなく自分の世界に入るこむことができ……
「キリト! ココは危険だから関係者以外立ち入り禁止だって何度言ったら分かるの!」
 俺の世界にビザなしで乗り込んできたのは、少し幼さが残ってはいるが気丈で凛とした声。タイトなジーパンに薄手のジャケットを羽織っている、隠しているようだが隙間から下に着ているピカチュウプリントのTシャツが見える。俺がここで生活する上での唯一と言っていい問題、ジムトレーナー様だ。
「チマリ……何度も言うが俺はポケモントレーナーだぞ? 君らが懸念している海ポケモンにも対抗できるし、この浜辺は満潮になっても飲み込まれることはない、そもそもデンジさんの許可は取ってある」
「何度も言うけどあんたがトレーナーだなんて私は認めてないわ! それにデンジさんの許可なんて意味無いわよ、あの人誰にでも許可出すんだもの」
「つーことはイコール誰でもはいっていいってことだろ、だいたい呼び捨てかよ、さんをつけろ、キリトさんって。もしくはキリトお兄さんとか」
「うるさい、いいから即刻出ていきなさい、さもなくば実力行使に出るわ」
 チマリが腰に手を当てる、なんだかややこしいことになりそうなのでここは素直に引くことにしよう、海よさらばだ。
「わぁったわぁった、センターに戻ることにするよ、ほら、椅子を片付けるから本を持っててくれ」
 ハードカバーの本をチマリの方へ放り投げ椅子を片付ける、チマリはそれを背伸びをしてキャッチした。
 このチマリと言うトレーナーはおよそ八年前に若干六歳にしてジムトレーナー、しかもシンオウの最難関ジム、ナギサジムにジムリーダーデンジ自らの推薦で所属した天才少女だ。しかもジムトレーナーになってからもメキメキと実力をつけている。
 順調にいけばジムリーダーライセンス所得もあるらしい、本人にその気があればだが。
「あんた学者なの?」
 俺が渡したの本をニ三ページめくってチマリが聞いた。
「そう見えるかい?」
 俺は裸眼だが右手でずれた眼鏡をずらす演技をする、片手には折りたたまれた簡易イス、丈夫で座り心地もいいのだが重いのがネックだ。もう少しだけ軽かったら移動の際に苦労はしないのに、かといって地べたに座りたくはない。
「ぜんぜん、ただの優男にしか見えないわ、ただこの本がね」
 持っている本の表紙を俺に向けてちらつかせる。
「あぁ、本ね、本」
「『ポケモン進化に対するレポート百選』こんなの一般人は読まないし存在すら知らないんじゃない?」
「書いてあることの八割は分からないけど暇つぶしにはちょうどいいよ、理解しようと一生懸命読んでればなんかこう……ぐっすり眠れる」
「編集者のウツギ博士が聞いたら泣くわね」
 チマリは溜息をつきながら本を投げ返す。俺と違ってコントロールが良い。
「海を見ながらぐっすり眠るためにナギサに来たわけ?」
 チマリが呆れた風に言った、そりゃぁ確かにチマリの前では海の前で寝てばっかりだけどもそりゃないだろう。
 俺がここのポケモンセンターに泊まり始めて今日でちょうど三カ月目になる、チマリとの会話を見れば分かるかもしれないがだいぶこの町になじみ始めている。といっても特に何かをしたわけではないが。
「それも少しはあるけど、俺も一応トレーナーだ、そんな奴がここに来るってく事は、最終目標は分かるだろ?」
 トレーナーがこの町に来る、それすなわちナギサジムへの挑戦を意味する、最もデンジというジムリーダーはここ八年間で無敗。ポケモンバトルシンオウリーグのシードを得るにはナギサジムを含む八つのジムバッチが必要だが、今現在シンオウリーグのシード権を得ている人間は非常に少ない。デンジが強すぎるからだ。ちなみにナギサのジムバッチであるビーコンバッジは持っているだけである一定のステイタスとなる、まぁ当たり前と言ったら当たり前の事だが。
「ふーん、あんたがデンジさんにねぇ……時間の無駄だからやめておけば? シンオウより違う地方のバッチを集める方が楽よ」
「ははっ、言うねぇ」
 チマリの自信満々の目を見るとデンジへの信頼がよく分かる。職務放棄だのジム改造廃人だの言われてはいるがデンジが人間的にもバトルの面でも優秀なトレーナーであることは間違いないだろう。
「明日の朝に一試合対戦が組まれてるの、よかったら見学するといいわ、まぁデンジさんにかかればあっと言う間だけどね」
 胸に手を当て誇らしげに言う。
 このチマリと言う少女は自分の事についてはあまり語らないがことデンジの事になると急に饒舌になる。彼女の家庭の事までは分からないが六歳からジムにいるのだ、ジムのトレーナーやリーダーのデンジの事を家族の様に思っているのだろう。
「今回は断っとくよ、他人のバトルを見るのはあまり好きじゃない」
「あんた、トレーナー向いてないわよ」
 デンジの話が出て機嫌が良くなったのだろう、始めの様な仏頂面は無くなっていた。
「よりにもよってデンジさんのバトルを見ないなんて……」
 今のチマリが俺を見る目から読み取れるのは憮然と憐み、あとは少々の選民的な思想だ。
 ジムリーダーデンジを圧倒的に信頼、尊敬している、本人だけにとどめていればそれで良いのだがそれは俺達にまで及ぶ。
 俺が初めてチマリにあった時、彼女は俺に対して怒りと敵対心を持っていた。ポケモントレーナー同士なのだから当然と言えば当然なのだが彼女の場合はそれとは少し違う。
 この町に来るトレーナーそれイコールデンジの敵だと認識し敵意をむき出しにする。自分対誰か、ではなくデンジ対誰かなのだ。俺にはそれが良いことなのか悪いことなのか何とも言い難いが。
「あんたってポケモンセンターで暮らしてるのよね?」
「まぁね、三か月もいるとさすがに迷惑がられるがな」
 センターには一応トレーナー用の仮眠室があるが、あくまで一夜限りを想定しているものであって、流石に三ヶ月居座る俺のようなトレーナーは少ない。
「お風呂とかどうしてんの? あそこに設備はないし……まさか入ってないとか」
「あのな、俺はトレーナーだっつてんだろーが、ドラム缶がありゃぁ風呂なんていくらでもできらぁ」
 余りにもアウトドアな発言に顔をしかめるチマリを尻目に、俺は第二の故郷であるナギサポケモンセンターに帰った。
メンテ
第二話 ( No.2 )
日時: 2011/01/19 00:56
名前: 来来坊(風)◆Ynwmyx27bQ ID:v8OfTrk.

 センターでジムリーダーのデンジと出会った。
 八年前の敗北時に二十一歳だからもう三十近いはずだが全く老けているようには感じない。ぱっと見では二十代前半ぐらいに見えるだろう、男の肌の曲がり角は四十前後と言われているから外見に気をつけていれば当たり前の結果と言えるのだろうか。俺もこんな風に年をとりたい。ところどころ黒く汚れた作業着のツナギを着ており、タオルをバンダナの様に頭に巻きつけている、趣味のジム改造の途中なのだろう。
「ども、ジムの改造お疲れ様です」
「やぁ、本はゆっくり読めたかい?」
「いや、チマリちゃんに怒られちゃいましたよ」
「ははは、悪いね、あの子はこの町以外の世界を知らないからキミの凄さが分からないんだ、親ばかだとは思うけど、許してくれ」
 デンジは笑いながら頬を掻く。俺は娘を持ったことなど無いから分からないが父親の顔とはこういうものなのだろう、デンジは独身だが。
「いえ、俺はこの町で何もしてないですから、チマリちゃんにそう言われても仕方ない。それに、俺よりもチマリちゃんの方が才能がありますからね、チマリちゃんのあの自信も仕方ない」
 自信と言う言葉を聞いた時、デンジの顔が曇った。
「自信か……キリト、チマリの事どう思う?」
「え、チマリちゃんですか。そりゃまぁ将来美人になることは大体分かりますけども……ちょっと当たりが」
「いやいやいやいやそっちじゃないから、トレーナとして、トレーナーとしてな!」
 表情から察するにえらい焦りようだ、ちょっとした冗談なのに嫌にむきになるなと考え、この人がチマリに対して抱いているであろう感情を思い出し、少し納得する。そりゃぁ父親に対して言える冗談ではない。
「ちょっとした冗談ですよ、トレーナーとしてですか」
 俺はここにきて三カ月全くバトルをして居なかった、チマリにトレーナーとして認められていないのもそれが原因。別にバトルが嫌いなわけではない、必要ない時にはしないだけだし、自分の中で重要な戦いの前にはその土地に自分を馴染ませたかった。そしてデンジとの戦いは俺の中でとてつもなく重要だ。
 対象的にチマリは暇な時間のほとんどをがむしゃらにバトルに費やす。才能では埋めようがないスキル、経験をより多く得ようとしているのだろう。
 チマリのバトルは何度か見たことがある。戦術は速攻型、効率的に勝利への最短を目指す戦い方だ。そしてその戦い方は。
「戦術は貴方にそっくりですね」
「そう、やっぱりそう思うか」
 デンジはどこか遠くを見ると、センター端にある長椅子に座り、横に座るように言った。
「チマリちゃんの師匠は必然的にデンジさんなんだから戦術が似るのは当たり前ですよ」
「師匠……ね、そう、ただの師匠なら良かったんだ」
 ただの師匠、その単語はあまり使うことないものだった。
「ただの。ですか」
「そう、ただの」
 デンジは深く考えているようだった。頬杖をつき、小さく唸っている。
「チマリはこの八年間、俺と対戦したことがない、師匠と弟子という関係に限りなく近いのにだ、なぜだと思う」
 そう言われてみれば確かにそう。この三か月、チマリはデンジと試合はおろか、手合わせすらしていない。俺が弟子だった頃には師匠に向かって行っちゃぁぼこぼこにされていたと言うのに。もったいない話だ。
 だが心当たりはある、そしておそらくそれは当たっているだろう。
「チマリちゃんの、あなたに対するある種の服従じゃぁないですかね」
「そう、たぶんそうだ」
 はぁ、とため息をつきうなだれる。
 服従させること、それはジムリーダーには必要な能力だ、事実デンジにはファンも多く、ジムトレーナーも志願も絶えることなくやってくる。
 もし俺がナギサの出身だったら、デンジの門下に下っていたかもしれない。それほどのカリスマをこの男は持っている。
 そのあと三分ほど、沈黙が続いた。
「八年前、傲慢でも何でもなく俺はシンオウ最強のジムリーダーだった」
 沈黙を破ったのはデンジの言葉だった。
 俺は相槌を打たず、黙って聞くことにする。
「俺は悪友に誘われていたんだ、ジムリーダーを辞めて四天王の一員にならないかと、正直乗り気だったよ、何もない街、弱すぎる挑戦者、飽きるには事足りない、だが一つの要因が俺をジムリーダーという立場に縛ったんだ」
「敗北ですか」
 ジムリーダーデンジという人間の経歴の中で数えるほどしか存在しない敗北。その中でもひときわ異常なのが八年前、ジムリーダーデンジの最後の敗北だ。
 相手はわずか十二歳、その少年は津波のようにシンオウを飲み込もうとしていた。次々と突破されるジム、謎の組織ギンガとの戦い、負けを知らぬのではないのかと勘ぐってしまうほどの快進撃、次代の大物、世界を飲み込みかねない逸材とも呼ばれていた。だがそれでもデンジの敗北を予想したものは居なかった、デンジもまたある一種の天才、相手が次代の大物ならばデンジは現代の大物だった。
 だが大半の予想を裏切り、デンジは敗北した。他のリーダーと同じく、飲まれたのだ。
 だが、デンジは首を横に振り。
「いいや違う、確かに八年前に俺は負けた。シンオウのジムを破竹の勢いで勝ち進んだ少年。俺はそいつを叩き潰して、ジムリーダーを辞めるはずだった。だが俺は負け、リーダーを続けざるを得なくなった……いや、本当は勝とうが負けようがジムリーダーを辞めようと思っていたんだ、どっちに転がっても一つの区切り、俺はジムリーダーには向いていなかったしな。ところがだ、ところがだよ、チマリの奴が泣いて言うんだ『もう泣かないからやめないで』その姿がまぁ……その、なんてーのかな、すごく可愛くて、すごく弱弱しくて、守らなくちゃならねぇと思ったんだ。才能あるトレーナーを潰すかもしれないとか、幼い女の子をこんな僻地まで引っ張ってきた責任とか、そんなんじゃなくて、その……なんだ……くそっ、うまく言えねぇけどさ」
「大丈夫ですよ、いいたいことは大体分かります」
 顔を真っ赤にしてチマリのことを語るデンジからはバトル中の冷たい殺気は感じられない、歳の離れている兄かもしくは若い父親のようだ。
「いい関係だと思いますよ、師弟の間の信頼感っつーのは無いよりはあった方がいいです、そんなに考え込むほどの事じゃない」
「いやそうじゃないんだ、考えてるのはもっと違う事、具体的に言えば、今俺は八年前と同じ気持ちなんだ」
 頭のタオルをはずし、ワックスで固められたブロンドをガシガシと掻き毟る。そして、センター内にジムトレーナーが居ないことを確認してから言った。
「傲慢でも、たぶん慢心でもない。俺は……強すぎるんじゃないだろうか?」
メンテ
第三話 ( No.3 )
日時: 2011/01/20 00:19
名前: 来来坊(風)◆Ynwmyx27bQ ID:aQ/QO6jU

 朝、デンジは挑戦者を迎えてジム戦を行う、チマリ含むジムトレーナーはそれの見学、という事はつまりだ。
 俺が海を独り占めできると言うこと。チマリの事だ、今日はジムから出てこないだろう。天気は快晴、寒くもぬるくもない程度の素晴らしいそよ風、海ではマンタインが跳ねる、これほど睡眠もとい読書日和はないだろう。
 正面に海を見据えて読書を始めて一時間ほどだろうか、誰かが砂を踏む音が聞こえて俺は目覚め、もとい本から目を離し、その方を見た。
 チマリだった。ハーフパンツにブランド物のジャージ、隠しているつもりだろうが隠せていないピカチュウプリントのTシャツ、昨日に比べて動きやすい恰好、ジム戦の終わった後にジムトレーナーたちと一戦交えようとしていたのだろう。
 まさかだった、まさか今日もチマリが俺を咎めに来るなんて。何とか言い訳をしないといけない。
「ちょっとまて、反則だって、そんなのってないよ、素直にデンジさんの試合を見てろって」
「キリト……」
 俺が声をかけるまでチマリは俺に気づかなかったようだ。目はうつろでいつもの様なエネルギーが感じられない、声にも張りが無かった、本当にこいつはチマリなのだろうかと疑うほどに彼女は狼狽しきっていた。何かまずいことが起こった、今のチマリを見てそう思わない人間は人間をやめた方がいい。
 チマリはひざから崩れ落ちるとこの町全体に響きそうなほどの大声で泣いた。ギリギリで耐えていた堤防が、水圧に負け決壊したかのように目から大粒の涙がこぼれる。それはとても年相応の泣き方ではなく、例えるに六歳の子供の様であった。
 俺は椅子から飛び降り、彼女に駆け寄る、ウツギ博士が頑張ってまとめた『ポケモン進化に対するレポート百選』が砂の上に落ちた音がした。
「チマリ落ちつけ!」
 それだけの言葉では彼女は泣きやまない、嗚咽を繰り返し、体は小さく痙攣している。両手では掬いきれない涙がシャツを伝い、プリントされているピカチュウも泣いているように見えた。
 俺はどうしたらいいのかと考え、不安だったが膝を着き、彼女の顔を胸に抱えた。チマリはそれにすら動じず泣き続ける。
「落ち着け、落ち着け、落ち着け」
 両手で頭を抱える、三カ月、毎日といってもいいほど小言を言われてきたが、この子はこんなにも小さく、か細かっただろうか。
「落ち着くのが無理なら思いっきり泣け、中途半端に終わらせるな、泣いてることがどうでも良くなるまで泣け、泣け、泣け」
 俺の言葉は彼女に届いているだろうか、彼女はさっきよりも強く顔を押し付けてきた、俺のTシャツはもうびしょびしょだ。
「デンジさんが、デンジさんが、デンジさんが……」
「お前は強い、強い女だ、町の皆には泣いてる姿を見られたくなかったんだろ、だからここに来た、誰も居ない海岸に来た。大丈夫だ。俺しかいないから、ここには俺しかいないから、俺が邪魔なら俺も消えよう。だから気の済むようにやれ」
 突き飛ばされるのではないかと思ったが、彼女は泣きながら俺の背に手をまわした。俺はそれを行かなくても良いと言うサインだと解釈し、黙って目を閉じた。
 ナギサジムジムリーダーデンジの敗北が俺の耳に入るのはチマリが泣きやんですぐの事だった。
メンテ
第四話 ( No.4 )
日時: 2011/01/20 20:09
名前: 来来坊(風)◆Ynwmyx27bQ ID:aQ/QO6jU

 チマリと俺は取りあえずポケモンセンターへ向かった。センターの仮眠室――今ここを使っているのは俺だけだ――のベッドにチマリを座らせ、俺は何か温かいものを作ってやることにする。
「そこで待ってな、美味いもん作ってやっから」
 チマリは何とか落ち着きを取り戻していた、だがほとんど喋らず、うつむいたままだ。
 鞄から小さなガスコンロを取り出し、火を付ける、チタン製のコップにモーモーミルクと気持ちばかりの砂糖を入れる。後はかき混ぜて火にかけとけばいい。
 温まるまでの少し時間がある、俺はチマリの横に腰掛け、話しかけた。
「まぁその、なんだ、デンジさんもトレーナーな訳だしな……いつかは……なぁ」
 チマリはさらにうなだれた、俺はなんて馬鹿なんだと後悔する、彼女にとってデンジとはただのトレーナーでは無くさらに上の存在だった。話題を変えなくてはならない。
「俺にも似たような経験がある。そうだ、俺の話をしてやろう」
「キリトの?」
 チマリが少しだけ顔をこちらに向けた。まぁ、関心はあるのだろう。
「そうだ、俺の師匠もデンジさんと同じジムリーダーだった、ホウエンのな」
 へぇ、と小さく相槌を打つ。
「すげぇ強かったし、すげぇかっこよかった、しかもすげんだ、ホウエン地方のポケモンチャンプにもなったんだぜ」
「……ならなぜ、キリトはここにいるの? そんなに素晴らしい師匠ならその人に付いて学べばいいのに」
 チマリの顔が少しだけ上がった。
「確かにな、ちょうど俺がお前くらいの頃だから十年前くらいかな、すげぇおっかねぇポケモンが二体も俺が住んでる町で暴れ始めたんだ、グラードンとカイオーガとか言う天候を操ると言われてた伝説のポケモンだ、俺達はどうしようもなくてみんなで一か所に固まってぶるぶる震えてたんだ、当時のジムリーダー……師匠の師匠なんだけどな、その人も何とか食い止めようとしてたが駄目だった」
 ホットミルクが煮えこぼれる音が聞こえた、コンロの火を落とし、自然に冷めるのを待つ。
 チマリはその間もずっと俺を見ていた、ミルクが目当てなわけではないだろう。
「それで、どうなったの?」
「師匠がやってきたんだ、これで何とかなるんだ。って俺と町の皆は思った、なんてったってホウエンで一番ポケモンバトルが強い人なんだ、負けるわけない。そう思ったんだよ……師匠もそのポケモン達を止められなかったときには、俺は死ぬんじゃないかと、いや、きっと俺は死ぬんだと思った」
 チタンのコップに触れる、まだ熱い。
「雨と太陽が戦ってた、異常な光景だった。もうだめだ。って思ったときにものすごい風が吹いて、上空に緑色をしたこれまたすげえでっかいドラゴンポケモンが現れたんだ、街の人間全員が死を覚悟したと思う。だが、グラードンとカイオーガの動きは止まった、俺達が事態を飲み込む前にその二匹は消えた、あんなに暴れていたのに……とにかく、町の人間は喚起したさ、なんだあのポケモンは、神様なのかもしれない。ってな、だが」
 そこまで言って話すのをいったん止める。コップに触るがまだ熱かった。
「ねぇ、何で止めるのよ」
「ここから先は教えないって言ったらどうする」
 その問いに対してチマリは声は出さないもののあからさまに不機嫌そうな顔を見せる。
「冗談だよ、本当は、まだ信じられないんだ、あの光景が」
 そう、あの光景は今の俺の原点であるが、それが本当にあった光景なのかどうかいまだに確信を持てないでいる。
「そのポケモンが、ボールに戻っていったんだ。そしてそのボールの持主は……俺よりも年下、十二歳くらいの女の子だった」
 俺はこの話を滅多にしない、別に隠してるわけじゃない、あの凄惨な事故、伝説のポケモン同士のぶつかり合いはむしろ積極的に話していくべきだと思う。だがいつも最後、最後まで話すと、冗談だと思われる。
「その後、その女の子は師匠を倒し、ホウエン地方のポケモンチャンピオンになったってお話だ、俺は思ったね、師匠は確かに強いが、師匠よりも強い人は必ずしもいる。この町から出なければならない、世界には師匠よりも強い人がいるってな」
 コップに触るとちょうどいいくらいの温かさになっていた。黙って居るチマリの目の前に差し出す。
「飲みな、飲んで寝ろ、泣き疲れってーのは本当にあるんだ」
 チマリは両手でそれを受け取ると、表面にニ三度息を吹きかけ幼児がするように少しだけ口をつけた。
「美味いか?」
「……うん」
「そりゃぁよかった、俺は海岸の本を拾ってくるよ」
 ベットから立ち上がり、コンロのガス栓がしっかりし待っていることを確認して、仮眠室のドアを開けようとした時、チマリが後ろから声をかけてきた。
「……ねぇ」
「ん?」
 こんなに弱弱しくチマリから呼ばれたのは初めてだ、すぐに振りかえる。
「デンジさんに……挑戦するの?」
 顔をあげたチマリの眼は、真っ赤に充血していたがまっすぐに俺を見据えていた。立ち直ったのだろうか、それとも気丈にふるまっているだけなのだろうか。
「するさ、俺はこう見えてもポケモントレーナーなんだ」
「そう、そうよね」
 チマリは再び目を落とし、コップを傾けた。
メンテ
第五話 ( No.5 )
日時: 2011/01/22 03:22
名前: 来来坊(風)◆Ynwmyx27bQ ID:rc/1.JHk

「おやおや、これはこれは、シンオウで活動しているという話はお聞きしましたがまさかお会いすることができるとは、いやはや、長生きというものはしてみるものです」
 デンジを倒したトレーナーがこの民宿にいるとジムトレーナーから聞き、俺はそこに向かった。
 チマリに嘘をついたのは……なぜだろうか、ただなんとなくだ。
 出迎えてくれたのはロバートと名乗る年老いた紳士だった、センスのいい海外製のスーツに身を包み、髪と髭はだいぶ白が強くなっている。髪が潰れているのは普段ハットをかぶっているからだろう。
「いえ、俺の事を知っていただいているようで光栄です」
「はっはっは、少し前までジョウトにいたものでね、あなたの事を知らない方が異常だ。最も、もう少しすればここシンオウにもあなたの名前が響き渡るのでしょうな、残念です、旅行中でなければそれを目の当たりにできたのに」
「おそらく俺なんかより貴方の名前が有名になる、明日はシンオウ中であなたの名前が聞けるでしょう。なんてったってあなたは……シンオウ最強のジムリーダーデンジに勝ったんですから」
 ロバートはその歳相応にニコリと口端を上げると、「立ち話もなんですね」とロビーのソファーに俺を座らせ、向かい側にテーブルをはさんで座る。
 座っておいてなんだが長居するつもりはない、話しの核心を突くことにする。
「デンジは……強かったですか?」
 バトルの話になるとロバートの目がギラリと光ったような錯覚に至った、うん、この人は強い。間違いなく。
「私はトレーナーになって六十年になりますが、間違いなく一番強かった、今日の戦いも接戦、一応の対策はしたはずなのですがね」
「これを聞くのはマナー違反の様な気がしますが……穴はありましたか?」
 別に聞くこと自体は何の問題もない、むしろ情報のアドバンテージを取ることはバトルは絶対的に必要不可欠な事だ、特にジムリーダーとなるとバトルにおけるプライバシーは無いに等しい。戦法、使用するポケモン、癖、それらすべてを公衆の面前に晒すも同然、特に強豪のジムリーダーになるとそれは顕著だ、一般人が超人との溝を埋めようとすれば、ただの情報であっても金剛石並に重要だ。
 だが他人から聞くのには抵抗がある、引け目と言うよりも嫉妬に近い何かだ。
「それをマナー違反だと思うことが貴方らしい。
 本当に小さなものですが穴はありました、そしておそらくそれは今後埋めようのないものです」
「なるほど、気になりますね」
「才を持ってしまったがための『ズレ』です。才とは例えるなら切れすぎる刃だ、一見太刀打ちできそうにないが一度でも刃こぼれすると脆い」
 なるほどね、確かに筋は通ってる、そしておそらくこの人ならその『ズレ』に漬け込むことも可能だろう。
 だが、引っ掛かるのだ、はたしてそれだけであのデンジが敗れるだろうか。
 デンジは昨日確かに言った『俺は強すぎるのではないだろうか?』と。
 恐らく慢心ではない、確信に満ちた一言だった。そりゃそうだ、二三度勝っただけの少年が粋がるのとはわけが違う。八年間もの間、戦術も、使用するポケモンも、癖も、大衆の間に晒し続け、シンオウの猛者の挑戦を受け続け、それでもなお無敗だった男なのだ。
 何かがある筈だ、とんでもない油断、もしくはこのロバートという男がとんでもなく強いか。
「ありがとうございました、とても参考になりましたよ」
 礼を良い、ソファーからたち上がる、それをロバートが声でさえぎった。
「本当にそれだけですかな?」
「……他に何があると言うのですか?」
 ロバートの目がギラリと光る。
「老いぼれの勘違いですかな? 私はてっきりこっちの方かと思いましたよ。それとも、バッチを六つしか持っていなければたとえデンジを倒した男であっても興味がありませんかな? 実績では劣っていても六十年の歴史には少々の自信があります」
 背広を少しまくり腰のボールをチラつかせる、その気がないわけではない、バトルをやらなくなってちょうど三カ月だ、そろそろ始めてもいいころだとは思う。
 それに、ロバートのプライドの問題もある、これは引くに引けない。目があったらバトルの合図、俺たちの根底にはこの掟があるのだ。
「……良いですよ」
 ロバートは歳に似合わぬ満面の笑みを見せた。
「あなたならそう言ってくれると信じていましたよ、この旅館の裏にちょうどいいスペースがある、一日にナギサのデンジとルネのキリト両方と戦える、トレーナーとしてこれほど幸福な事はない」
 ロバートは立ち上がると足早に俺をエスコートする、見た目は落ち着いた紳士だがその中身は若者の様にぎらついている。
 俺は腰の一番先頭のボールと二番目のボールを入れ替えた、まだこいつを出すわけにはいかない。もしデンジと闘うことになればこいつはとっておきとなる。

 

「ん……」
 窓から差し込んでくる日差しが眩しくて、チマリは目覚めた。
 どれほど眠っていたのだろう、ポケッチの時計機能を起動して確認するとキリトが仮眠室をを出て行ってから大体三十分ほどだった。
「寝ちゃったのか」
 ホットミルクを飲んだ後に疲れを感じ、横になったとたんに眠ってしまったのだ、別にキリトの指示に従った訳ではない、疲れたから横になっただけだとチマリは自分に言い聞かせる
 自らを落ち着かせるために海岸へと向かったが、天気のいい日にはキリトがいることをすっかり忘れていた。気が動転していたのだろう。
 机の上を見るとキリトのコップが置いてあった。中身は無い、あまりに美味しかったから、あっという間に飲み干してしまった。
 目をこする、意識がはっきりしてくると先ほどまでの自分の行動が思い出されて急に恥ずかしくなってきた。
 泣いたのなんて、いつ以来だろう……あぁそうだ、何年か前に、デンジさんが負けて以来だ。と自らの過去を顧みる。
 泣いた事を思い出すと、キリトに力いっぱい抱きしめられた事も思い出した。急に顔が熱くなる、弱みを見せてしまったからなのだろうか、それとも。
「あーあ、馬鹿馬鹿しい」
 背伸びをし、そのまま真後ろに体を倒す、すると背中の方に異物の感覚があった。
「ん? 何だろう」
 体を起こして見るとキリトが来ていたジャケットが投げっぱなしになっていた。どうして男というのはこうにもだらしのない生物なのだろうかとチマリは思い、椅子に掛けようとジャケットを引き寄せた。
「あれ?」
 ジャケットの下には本があった。それもつい最近見た本、『ポケモン進化に対するレポート百選』だった。相変わらずチマリにとってつまらなさそうな題名だ。
「ん?」
 チマリはキリトが仮眠室を出て行くときになんと言っていたか思い出し、矛盾に首をかしげた。
メンテ
第六話 ( No.6 )
日時: 2011/01/23 00:55
名前: 来来坊(風)◆Ynwmyx27bQ ID:RtO/tSK.

「シザークロス」
 虫タイプのポケモン、テッカニンが俺のサンダースの目の前に迫る、まだ回避の指示を出すには早い、もっと、もっとひきつけなければ。
「砂かけから高速移動」
「回避しなさい」
 テッカニンがサンダースを捕らえようとしていたその瞬間に指示を出す、サンダースは前足で砂をテッカニンの目の前にかき上げ、テッカニンがそれを避けている隙に距離をとった。
「電気ショック!」
「む、バトンタッチ」
 サンダースの体から電撃が放たれる。威力は小さいが隙のない技だ。ロバートの指示は一瞬遅く、テッカニンは電撃がヒットしてからボールに戻った。
「君のポケモンもデンジのポケモンも、指示があるまで攻撃を避けない、強い信頼関係があるのでしょうな。それに技の威力も素晴らしい、小技ながらやられる所でした」
「弱点を突いたまでです、早く次のポケモンを出さないとサンダースの技の威力がさらに上がってしまいますよ」
 ロバートが話しているその時にもサンダースは体に電気をためている。サンダースをはじめとする電気タイプと対戦する際には無駄が許されない、一秒のロスがそのまま技の威力に直結するからだ。
「心配ない、サンダースにはそのまま退席して頂く、デンジを倒した私の切り札でね」
 ロバートが腰からボールを取り出す、彼の切り札の情報は無い、間違いなく強力なのはわかっている、何しろあのデンジを倒したポケモンなのだ。
 それに厄介なのは先ほどのバトンタッチ、バトンタッチは自らの能力変化を後続に引き継がせるものだ。テッカニンは飛び続けているだけで自らの素早さを引き上げる特性を持っている、そしておそらく今から出てくるポケモンは重量級、力強くタフだが鈍足さがネックとなっているポケモンだろう、そのポケモンが鈍足さという弱点をテッカニンの特性とバトンタッチの特性で回避する、手堅く強力なコンボだ。
 ロバートがボールを投げる、出てきたのはいくつもの鋼の塊が連なっているポケモン、ハガネール。ハガネールのタイプは鋼と地面、電気タイプとの相性は最悪。だが乗り越えなければならない、デンジを超えるのであれば。
「アイアンヘッド」
 ボールから出てきた勢いそのままにハガネールの巨大な頭がサンダースに向かって来る、やはりそれは今まで見てきたハガネールよりも数段早かった。


 チマリの小さな疑問を、地響きが消し去った。建物が壊れるほどのものではないが日常生活ではあまりお目にかかれないものだ。そのあとにポケモンの唸り声、その唸り声には聞き覚えがあった。今朝、デンジを倒したトレーナーの切り札、ハガネールのそれだ、鳴き声からだいぶ追い詰められているのが分かる、しかもデンジさんと戦っている時以上にだ。誰が、誰がここまで追い詰めているのだろう。
「……デンジさん、デンジさんだ!」
 チマリはベットから立ち上がった。デンジの敗北は何かの間違いで、今、仕切り直しをしている。そしてデンジがあのトレーナーを圧倒しているとチマリは確信した。
 チマリは持っていたキリトのジャケットを床に放り投げると、バトルをしているであろう場所へ向かった。

 場所はすぐに分かる、デンジが作ったナギサ名物の陸橋に上って、ぱっと見渡してハガネールの頭が見える場所へ行けばいいのだ。近くにある民宿、戦いはそこで行われている。
 鳴き声から感じるにハガネールは大分弱っている。今にも力尽きそうだ。
 チマリはさすがデンジさんだと呟いた。たった一度見ただけなのに完全に相手を凌駕している、どのようなバトルが行われているのか、早く見に行かなければ。

 チマリがその場に到着したとき、ハガネールが大きな音を立てて崩れ落ちた。ちょうど勝負がついたのだ。ロバートがハガネールをボールに戻し悔しがっている。
「やった! デンシさんが勝った」
 チマリは思わず声に出して喜んだ、
 キリトがその声に気づいてチマリのほうを見る。土煙でお互いに姿は分からないがキリトは声の主がチマリであると分かった。 少しして土煙が晴れると、チマリからもキリトの姿が確認できるようになった。
 チマリはまさに「きょとん」とした顔で言った、
「……あれ、なんで? キリトが居るの?」
メンテ
第七話 ( No.7 )
日時: 2011/03/23 14:51
名前: 来来坊(風)◆Ynwmyx27bQ ID:l3nBrnbY

 声のした方を見るとそこにはチマリが居た。ロバートの背後に立っている。
 ポケモンをボールに戻し、チマリに近づく。俺がチマリに話しかけるその前にロバートが俺に話しかけてきた。
「流石は最強のバッジコレクター、手も足も出ないとはこのことですな」
 ロバートはそう言うと右手を差し出す、俺もそれに応えて握手した。
「ロバートさん、あなたも強かったです。申し訳ないが少し席をはずしてはいただけないですかね」
「私もそう言おうと思ってたところでしたよ、この少女にはあまりよく思われてはいないだろうからね」
 ロバートは傾いたハットを右手で直すとチマリに一礼をして宿に戻っていった。俺とチマリが向き合う形で残される。
「……勝ったの?」
 俺を見据えるチマリの目には再び涙が溜まっていた、大体の理由は分かる。デンジに勝ったトレーナーに俺が勝つ、それはデンジ至上主義の彼女からしてみればあまり喜ばしいことではないのだろう。
「大体分かるだろ、勝ったさ」
 それは彼女にとって辛い宣告、チマリの目の涙が今にもこぼれそうになる。
「キリト、あんた強かったのね……」
 俺と目を合わせない、うつむきがちにチマリが言った。
「さぁ、どうだろうね、自分ではまだまだだと思ってる」
「そんなこと言わないで!」
 握りこぶしが胸に振り下ろされる、だがそれはあまりにも弱弱しい。迷いが表れていた。
「デンジさんもそう、自分の強さに満足していない。もっと強く、強くなろうとしてる。あの人は私よりもずっと強いのに」
 少し、チマリが言葉に詰まる、自分の言いたいことがどのような単語になるのか選んでいるのだろう。
「デンジさんが強くなかったら私はどうなのよ! あの人よりも弱い私は」
 涙こそこぼれてはいないが、崩れ落ちそうになる彼女の両肩を掴んで支える。涙をいっぱいに貯めた目が俺の目と合う。
「それはちがう」
 腰を落とし、チマリと同じ目線になる。俺も昔よく師匠にこうされていた、今思えば師匠も俺と同じ気持ちだったのだろう。
「世界で一番強いトレーナー、それはデンジじゃない、ロバートさんでもない、俺でもない。世界で一番強いトレーナーってのは自分の中の理想の自分なんだ」
「自分の?」
「そうだ、どれだけ負けたって良い、負けのないトレーナーなんて居ないんだ、だがどれだけ巨大な力の差を見せつけられても、どれだけ負けても、決して屈服したらダメなんだ、こんな奴俺が鍛えたら瞬殺だ。慢心かもしれないがそのくらいの気持ちを持て、そして精進すればいい。理想の自分に、最強の自分により近づくために、妥協は駄目、相手とも戦うが自分とも戦わなければならない」
 チマリはジャケットの袖で涙を拭いた、結局、泣くことはなかった。
「わかんない……よくわかんないよ。私に分かるのは……デンジさんが強いってことだけ、デンジさんについていけば私も強くなれるって事だけ、それも間違っているの? デンジさんにとって私ってなんなの?」
 俺の目を見て訴えかけるチマリは主を失ったメリープに近い。行き場所を失い、自由を手に入れたがその自由が何なのかわかっていない、行き場所があった方が良かった、主に仕えている方が良かった。今後どのようなトレーナーになるか、その分岐点に今彼女はいる。
 俺の中のモヤモヤ、心の中に引っ掛かっていた何か、それはほぼ確信に変わっていた。トレーナーとしてではなく一人の人としてのデンジ、彼ならこれを犯しうる、トレーナーとして最大の禁じ手。
「デンジさんは、君の事を第一に考えてる、間違いなくね、だから間違いを犯し、敗れた」
「間違い?」
 何かが俺の中を支配していた、それはチマリを助けたいという気持ちと、怒り。
 準備はできていない。だが一刻でも早くこの輪廻から脱したかった。居心地が悪い。
 だいぶ落ち着いたであろうチマリの肩を二回たたき、陸橋へ向かう。
「どこに行くの?」
「ナギサジムさ、ちょっとデンジさんに用ができた」
メンテ
第八話 ( No.8 )
日時: 2011/01/24 19:07
名前: 来来坊(風)◆Ynwmyx27bQ ID:BLZXZ7EM

 静まり返ったジムの外れ、倉庫の中にデンジは居た。電気こそついていて明るいもののジムには必要ないのではないかと言う部品や、様々な道具が散乱していた。
 センターで出会った時とほぼ同じ恰好、ツナギとバンダナの様にまかれたタオル、ジム戦をそのような格好で行う訳ないのでおそらく着替えたのだろう。傍らに大きな工具箱を置き、白い布がかけられた何かをいじっていた。
 開けっ放しになっている扉を手でたたき、一応の礼儀を済ます。入口に背を向けていたデンジがこちらに振り向いた。
「ジム戦、お疲れ様です」
「君か、結果は知っているだろう。負けてしまったよ」
 会話の途中に再び背を向ける、機械いじりに夢中のようだ。
「チマリちゃんから聞きました、切り替えが早いですね、何をいじっているんですか?」
「あぁこれかい、バイクだよ、バイク」
 立ち上がって掛けてある布を捲る、中から少し小型の二輪車が現れた。
 全体的に赤がベースで何と言うか、かわいい。未成年の子供か女の人が乗るようなものだった。
「デンジさんが乗るイメージじゃないですね、少し小さい」
「いや、俺が使うのはこっち」
 デンジが指さした方を見ると黒塗りでかなり大型のバイクがあった。
「電気ポケモンの発電で動くようになってるんだ、もちろん改良済み。今やってんのは俺が乗る奴じゃないよ」
 電気ポケモンを動力に動く二輪車か、ややこしいところが聞いたら五月蠅そうなものだ。
「チマリちゃん、ですか?」
「まぁ、気持ちはね、だけどまだわからない、チマリがナギサから外へと行くと宣言した時。その時には、乗り方を教えるつもりだ」
「免許の問題があるでしょう」
「取らせるさ、ジムリーダーという立場を最大限に利用してね。費用だって俺が出す」
「娘想いなことで」
「娘か、確かにその位の気持ちなのかもしれないな」
 少し笑ってまた俺に背を向けバイクをいじり始める。
 感動的で微笑ましい光景、これも一つの師弟の形だと思った。だが、デンジがチマリの事をそれほどにまで気にかけている、愛しているからこそ許せなかった。
「デンジさん、今日、俺はあなたに挑戦する」
 デンジの動きが止まった。予想外の事だったのだろう、もちろんだ、俺だってこんなにも早く挑戦する予定ではなかったのだから。 
「君が指定した日にちは十日は後だ、何か急ぐ理由でも?」
「感情に身を任せているだけです。デンジさん、俺はあなたが許せない、一秒でも早くあなたを叩き潰したいんだ」
 嘘偽りない、口調もいつもに比べたら幾分か激しく、早い。
 デンジは振り返り、俺の真正面に立った、俺よりも少し背が高い、俺を見下ろすその目に、怖さは無かった。
「旅のトレーナに敗北したことがそこまで不服だったのかい? それなら謝罪しよう」
「そんな事じゃない、戦いには勝利と敗北しか存在しない」
「ならば何が不満なんだい、俺の八年間不敗というブランドが崩壊したことか? 今日以降のナギサジム認定バッジには価値を見いだせないと言うことか」
 デンジの言い訳に等しい弁解は突き放すように聞こえたが、俺の怒りの矛先を自分に向けようとしている様に聞こえる、自分以外の人間の話題が極力出ないように。
 俺がこの物語の全容に大体気づいていると言うこと、デンジはそれを理解しているのだろう、これらの発言はデンジ最後の抵抗、批判の方向を自分に向け、その他の事を目に入らなくする。だが説得力がないのだ、おそらくこの男は嘘などついたことがないのだろう、俺の目と合っている目は今にも視線を逸らしそうで、戦いのときの威圧感は無い。
 俺はこの茶番に付き合うつもりはない、自分が思っていることを全部言うつもりでいる、デンジ最後の抵抗の先にどれほどの利益があってもだ。
「あなたがわざと敗北したと言う事」
 デンジの目の光が完全に消えたように見えた。
「それが気に食わない。いくら弟子のためだとは言えそれだけはやってはいけない行為だ」
 俺はこの時のデンジの表情を忘れることはないだろう、自らの企みがばれてしまったと言う焦り、何とかごまかさなくてはと思考する表情ではなく。後悔と、緊張から解放されたと言う安堵の表情。平然を装っていたが罪悪感に押しつぶされそうだったのだろう、この分だともっと悪い形で露呈していたかもしれない。
 デンジは俺から目を逸らす、だが否定の言葉は出てこない、嘘を嘘で塗り固められるほどの嘘のテクニックがこの男には無い。
 短い沈黙の後、デンジの口から出てきたのは自供だった。
「チマリは天才だ、おそらく同世代でチマリに適うトレーナーはいないだろう。だがチマリは、俺の下に就いたばっかりに自分に蓋をしてしまっている。あれでは駄目、あれでは俺より強くなることはない。だが俺は負けない。あいつの前で、チマリの前で勝ち続ける。それでまたチマリは自分に蓋をする、自分の凄さに気付かない、自分の可能性を否定する、どうすればいいんだ、あれじゃぁチマリは並のジムトレーナーになってしまう、それだけは嫌だ。そう思った時、ずっと昔からより懸念していた禁じ手を使う事を決めた」
「あなたが負ければ、チマリは自分に自信を持つだろう」
「そう、俺が負ければいいと思った。俺が負ければチマリは俺に失望し、この町を出て行くと思ったんだ。その時、これを」
 デンジが目の前のバイクに手を置く、だから負けてすぐに整備してたのか。
「だがあんたに対するチマリちゃんの依存度はもっとすさまじかった、あなた、チマリちゃんが泣いたところは見たことありますか?」
 デンジの表情が曇る。俺がこの問いをするという意味を理解しているのだろう。
「八年前に見て以来、無い」
 やはりな、と思った。最もデンジに見て欲しい彼女の弱みを彼女はあえてデンジに見せない。
「チマリちゃんはあなたの敗戦の後、海岸で泣いたんですよ。あの子は強いが弱い、あなたに涙を見せまいとすることはできたがあなたの敗北を受け止められることはできなかった。デンジさん、あなたがわざと負けたことも腹が立つが、それ以上に、師匠が弟子を泣かせたこと、これが許せない」
 デンジは両手で顔を覆った。
「返す言葉もない、キリト、教えてくれ、俺はどうすればいい? 俺はチマリに何をしてやれる? チマリに何と言えばいい?」
 デンジが初めて俺に弱みを見せた。社交辞令的な謙虚な物ではなく本当の、突けば死にも至るであろう弱み。しかもそれは凡人には理解しがたく誰も共感してくれない、孤立したものだった。
「そんなもん、本人に聞けばいい、ほら、出て来い、つけてきたことは知っているんだ」
 俺が扉のほうに向かって声を上げると、扉の影からチマリが出てきた、ずっと後ろからつけていたことは分かっていた。だが俺はそれを咎めず、かといって案内する事も無かった。来たければ来ればいい、彼女にも聞く権利はあるしすべては彼女の自由だ。だが、黙って聞いていたあたり、あんがい彼女も半信半疑ながらも気づいていたのかもしれない。
 デンジは言葉も出ないようだ、いや、本当は出したいのだろうが言いたいことが多すぎてどれを言っていいのか分からないのだろう。頭の中を言葉だけがぐるぐると回っている感じ。
「チマリ」
 散々考えた挙句、その言葉を発し、デンジはチマリに歩み寄った。
「チマリ」
 デンジはもう一度チマリの名を呼んだっきり固まってしまった。
 何かを弁解しようとしているのだろうが、何から弁解すればいいのか、何から説明すればいいのか、どうすればチマリが勘違いしないか、どうすればチマリが傷つかないか、それを深く考えるがあまり何も出てこないのだろう。
 二人とも不器用で要領が悪いなと思った。要領がいい人間というのは曲線だ、障害物があったら曲がり、それが危険なものならば囲う事も出来る。
 だがこの二人は共に直線、デンジはチマリに対して、チマリはデンジに対してそれぞれ一本の線を引いている。傍から見れば交わっているように見えるその線は実は少しずつずれているために交わらない。そのズレは些細なものだが、直線の二人にはどうしようもない。勿論、第三者にも。
 偽りでもいい、一つ優しい言葉でもかけてやればいいのにと思う、それだけで救われる人間だっているだろう。不器用故、それすらもできない。
 幾分かの沈黙が続いた後、デンジは立ったままチマリを抱き締めた。
メンテ
第九話 ( No.9 )
日時: 2011/01/25 18:15
名前: 来来坊(風)◆Ynwmyx27bQ ID:QNK7Nmp2

「ごめん、ごめんチマリ」
 シンプルな謝罪だった、だがチマリにとってこれ以上の事はないだろう。チマリは先ほどのデンジの言葉を聞いているしこれ以上の言葉は言い訳になってしまう。二人が和解する事にめんどくさい手順は必要無い。
 チマリはデンジの背に手を回し、思いっきり抱きしめた。彼女の体から緊張とプレッシャーが抜ける。
 見ると、チマリは泣いていた、あれだけ泣いたのにまだ涙が出ることに少し驚いた。
「デンジさん……私強くなる」
「もう良いんだ」
「私強くなる、強くなるから、だから」
 チマリはデンジから離れ、ジャケットの袖で涙を拭き、しっかりとデンジを見据えて言った。
「もうこんな事はしないで、いつも全力で戦って、わざと負けたりなんかしないで」
 俺がナギサにきて始めてデンジにチマリが命令をするところを見た。
 恐らく、これはチマリとデンジの主従関係が構築されて以降初めてのことだろう。むしろ、主従関係は今終わったともとれる。
「あぁ、わかった」
 デンジの顔は安らかだ、自分を縛っていた鎖が解けたのだから当たり前なのだろうが。
「勝手に解決されても困りますな」
 扉の影から声がした。振り返って見るとロバートがいる。ハットを胸に当て、デンジに向かって軽くお辞儀をする。
 驚いた、チマリがつけて来ている事には気づいていたがロバートには気づかなかったからだ。俺をつけてきたのか、それともチマリをつけてきたのかは分からない。
「盗み聞きしてしまった事は謝罪しよう。だが、それ以上の過ちをあなたは犯している。私の願い、聞き入れてもらえますかな」
 デンジの影でチマリが怯えていた。無理もない、口調こそ大人しいもののデンジを責めるロバートは鬼気迫るものがあった、並のトレーナーなら戦う前から負けてしまうだろう。彼の気持ちも痛いほどに分かる、苦労して倒したと思えば、すべては弟子の為の狂言。だがロバートが怒りに感じているのはそこではないだろう。彼が怒りに感じているのは初めからデンジの視界に自分が入って居なかったという屈辱だ。
「ロバートさん、怒りに思うあなたの気持ちはよく分かる。申し訳ないことをした」
 デンジは頭を下げる。
「私が欲しいのは謝罪でも偽りのジムバッジでも無い。このバッジはお返しする、だがすぐに取り返しますよ。私と再び戦ってもらいましょう、もちろん全力で。そして今度も私が勝つ」
 もしロバートが並のトレーナーであったらこの事は見なかった事にするだろう、本気のデンジと戦って勝つなんてことは難易度が高すぎるからだ。いや、正直ロバートの実力ではデンジに勝つことは難しいかもしれない、一度手を合わせたから良く分かる。確かにジムリーダーと均衡する実力は持っているが相手が悪すぎる。それでも突っ走るということが彼がどれだけ高貴で勇敢で情熱的なトレーナーであるかを表している。
「わかりました、先ほどの試合の記録も抹消します。正式なジム戦を行うことを約束しましょう」
「再戦は今日だ。キリトさん、申し訳ありませんがお先に勝たせていただきますよ」
 こちらを睨むロバートの目は、怖い。
「いえ、都合がいい。戦うなら夜が良いと言うところでした」
 デンジはこれから二人のトレーナーと対戦することになる。ジム戦でトリプルヘッダーと言うのは非常に珍しい事例だ。しかも碌に仕事をしないことで有名なデンジが。
「無理よ! 今日はもう一回戦っているしこれから二人なんて」
 俺たち二人に抗議するチマリをデンジが左手で制した。右手ではポケッチをいじっている。
「大丈夫だチマリ、簡単な事だよ、二回勝てばいいんだ」
 その発言は余裕と言うより気持ちの切り替えの様に聞こえた。ロバートもそれを分かっているのだろう、その発言でイラついている様子はない。
「……今、午後三時三十二分です。ロバートさんの試合は四時からで宜しいですか?」
「いや、実はいろいろあってまだポケモンが瀕死のままなのです。回復と、作戦を練る時間を頂戴したい、朝と同じではあなたは倒せないのでしょう。五時からがいい」
 ロバートがちらりと俺を見る、勘弁してほしい、戦いたいと言ったのは貴方だろうに。
「わかりました、キリトはどうする」
「六時以降ならいつでも、ロバートさんの試合が終わるのが遅けりゃその後でもいい」
 デンジはチマリに何かを命じた、チマリが走って出て行く。急遽決まった対戦が二つに取り消せねばならぬ試合が一つ、さまざまな準備が必要なのだろう。
 部屋の中は三人だけになった、デンジがもう一度頭を下げる。先ほどのものとは違い、本当に深々と。
「申し訳ない気持ちと、感謝したい気持ちがある。二人とも本当にすまない」
 本当に誠意が込められている謝罪をされたら、恐らく今の自分たちのように返す言葉がなくなるのだろう。
「私は、再戦さえできれば後は言う事はありません。ただ、あの少女が救われたのは喜ばしい事だ。失礼する」
 ロバートは手短に言うと出て行った。怒りが静まりそうになったのだろう。デンジに対する敵意が薄れてはまずいと判断したのだ。彼も自分の身の丈をある程度は理解しているようだ。怒りに身を任せ普段の自分以上のもの出そうとしている。
「ロバートさんは気の毒ですが俺は特に何も被害はないですから。まぁ必要以上に首を突っ込みましたが」
「君がいなければチマリは立ち直れなかった、本当にありがとう」
 顔をあげたデンジの目には薄く涙が見えた。なんて人だ、この人は弟子のために泣いているのだ。
「自分の目の前で女の子に泣かれりゃ深入りもしたくなりますよ。それに、彼女に強くなって貰う方が将来楽しみになる。それよりも、感謝の気持ちは戦いのときに出してもらいたい、あなたはチマリちゃんの事を考えすぎだ」
「わかってる、今日の戦いは俺のトレーナー人生で最も重要なものだ、フィールドで向き合う時目の前にいる人間がジムリーダーデンジだと思わない方がいい。八年前のシンオウ最強トレーナーデンジがロバートさんと君を迎え撃つ。ロバートさんにあのバッジを返す気はないし、君にバッジを渡すつもりもない、チマリにも約束したしな」
 早速チマリの名前が出た。俺はこの二人に肩入れしてしまった事に少し後悔した。こんなことになるならば、デンジがこれほどの威圧感を持つようになるのならば肩入れしない方がよかったのかもしれない。
 今すぐセンターに帰って作戦をなりなおさなければならない。この挑戦は予定よりもかなり早いものだし、ポールに入っているとっておきの準備はまだできてないし、今のままでは使い物にもならない。
メンテ
第十話 ( No.10 )
日時: 2011/01/26 20:48
名前: 来来坊(風)◆Ynwmyx27bQ ID://12zAbE

 ポケギアは午後五時五十分を表示していた。ポケモン達をボールに戻し腰にセットする、考えを纏めるために使っていたノートをカバンに戻し残っていたコーヒーを啜った。そろそろ指定した時間だ、行こう。
 センターから出て陸橋を登る、ジムまでは一直線だ。陸橋からは海が一望できた。沈みかけの太陽が今日最後の輝きで空を赤く染め、普段は青い海もその時だけは顔を赤らめる、三カ月の間何度も見た光景だがやはり美しいなと思った。
 ジムに近づくにつれてジムの前に人影が二つあることがはっきりとわかる。ロバートとチマリだ。
 軽い挨拶に右手をあげる、ロバートは帽子を手に取り軽く頭を下げたがチマリは動かなかった。
 陸橋が終わり、舗装された地面を足が踏んだ。目の前にはチマリとロバート。
「どうしたチマリ?」
 チマリは黙ったまま腰からボールを取り出すとそれを投げた。尖った耳に黄色い体、彼女のTシャツに何時も隠れているポケモン、ピカチュウが現れた。
「あなたのことロバートさんから聞いたわ、ホウエンやジョウトでは有名なバッジコレクターだそうね」
 ロバートの方を見る、彼は申し訳なさそうな目で俺を見ると「すまない、この少女があまりにも強情で」と一応の弁解をした。
 最も、俺がバッジコレクターだと言う事は大体のジムリーダーやジムトレーナーなら知っていることだ、彼女の場合頭の中がデンジと自分のことで一杯だっただけの話で、もっと早い段階に他のジムトレーナーから聞くものだと思っていたのだが。
「いくつバッジを持ってるの?」
「二十を越えたあたりから数えてないが四十は無い、少しは俺を見直したか?」
「教えて、なぜジムバッジを集めているの?」
 俺はこの手の質問が一番嫌いだ。なぜならばこの質問は全くの的外れであり、俺はこの質問に関して答えることができない。
 それと同時に、バッジコレクターと呼ばれることも好きではない。だからこの三ヶ月俺は彼女に自分のことを話さなかったのだ。
 体ごと彼女のほうに向ける。一人のトレーナーとしてこの様に面と向かってジムトレーナーの彼女と向き合うのは初めてではないだろうか?
「別にバッジを集めてるわけじゃない、もっと強くなるために、理想の自分を追いかけて各地の強者と戦った結果だ」
 大体、バッジの数なんて強さと何の関係も無い、チマリの様にバッジを持っていなくともポケモンリーグレベルの人間はゴロゴロ居る。
 俺は俗に言うバッジコレクターとはそもそものベクトルが違う、彼らは権威が欲しいだけに過ぎない、そして同時に彼らを黙らせるのに俺が持っているバッジは非常に役に立つ。
「コレクターって一様に似たようなことを言うわ、私はジムトレーナーとして何百回とコレクターと戦った。そして叩き潰してきた。キリト、私はバッジコレクターが嫌い、態度ばかりでかくて実力が伴っていない、戦術は卑怯で下劣、私に勝つこともできないくせにデンジさんとの試合を口やかましく望む」
「俺が奴らと同じだと言うのか? それならかなり心外だ」
「正直言って同じだとは思わないわ、他のコレクターみたいにバッジに対する脂っこくてギラギラとした執念があなたには無いから、でも、同じことなのよキリト。ジムトレーナーは挑戦者の力量を試すために戦う権利があるわ。キリト、私と戦いなさい。あなたが私に勝てなかったらデンジさんに挑戦することはできない、正確には私がデンジさんへの挑戦権を剥奪することができる。そしてあなたの印象は私が戦ってきた卑怯で、下劣なコレクターと同等になるわ。あなたは私に勝つしかないのよキリト、そして、私は勝たせる気なんてないわ」
 俺を睨みつけるチマリの目はデンジのそれによく似ていた。真っ直ぐで少しでも油断があればそこを貫かれそうな緊張感。やはりこの子は天才なんだなと改めて感じる、俺と同年代だったらあっという間に天の上の人になっているだろう。
「私はやめろと言ったんですがね、どうしても聞かんのですよ」
 チマリの後ろでロバートが呆れたように言う。
 俺は腰の左から二番目のボールを握った。
「良いだろう、よーく目を凝らしとけ」
メンテ
第十一話 ( No.11 )
日時: 2011/03/23 12:53
名前: 来来坊(風)◆Ynwmyx27bQ ID:l3nBrnbY

 ボールを地面に投げつける。ボールに張ってあるシールの影響で薄い煙が小さい範囲に張られその中から小型の電気ポケモン、サンダースが飛び出す。子供の玩具として軽視されるシールだが戦いにも応用は可能だと俺は思っている。
「待てサンダース」
 お互いに、相手のポケモンと自分のポケモンの距離を見測りながら睨み合う、サンダースとピカチュウでは素早さの面でサンダースが圧倒的に有利だ。自らのポケモンの素早さが高ければ高いほど相手ポケモンの行動を確認してから自分のポケモンに指示を出すことができる。例えるなら後出しじゃんけんだ。
 当たり前の事だがただ自分のポケモンが速けりゃいいという問題でもない、もしそうなら全国のトレーナーがテッカニンとマルマインとメガヤンマを所持するだろう、素早さが高いポケモンは大抵そのために何かを犠牲にしているし素早さが低いポケモンはそれを補うように他の能力が秀でている。そして速さの勝負も単純な素早さの問題ではない。
 お預けを食らい、気持ちが高ぶっているサンダースの体毛が逆立ってくる、サンダースの体毛はどれほどの電気が溜まっているのかの目安になる。これだけ逆立っていれば十万ボルトを放つことも可能だろう。
「サンダース、電気ショックだ」
 待ってましたと言わんばかりにサンダースがピカチュウに小さい電撃を放つ。十万ボルトを打つこともできたが、あいにく電気タイプとの相性が悪く、隙と次の攻撃までの間を作るリスクは回避したかった。
「ピカリ、高速移動で交わして待機」
 ピカリとは彼女のピカチュウのニックネームだろう。ピカチュウは素早い動きで電撃を回避し、再び先ほどと同じような間合いを取る。
 初めて対峙した圧倒的な才能に少し緊張する。チマリが見せたこの何気ない動き、これこそが彼女の才能の片鱗であり常人が何年も苦労して身に付けるテクニックだ。
 素早さならばサンダースの方が圧倒的に上、俺の指示からサンダースの行動までのタイムラグはほとんど無いと言っていい。並のトレーナーであったらたとえサンダースより素早さが上のテッカニンやメガヤンマを使っていても電撃を食らってしまうだろう。トレーナー同士の対戦において速さとポケモンの単純な素早さは実はあまり関係ない、必要なのはトレーナーのサポート。俺とサンダースのコンビネーションがどれだけ速かろうが、チマリの指示次第で彼女のピカチュウはそれ以上の速さを得ることができる。つまり先ほどの彼女の指示はポケモンの素早さを引き上げる魔法のテクニック。俺がそれを得るまでにどれだけの時間と力を費やしたと思っているんだ。
 恐ろしいのはそれだけではない、彼女の指示は高速移動での回避、決してこちらに攻撃をぶつけなかった、相手の技をかわすことが可能ならば攻撃をぶち当てることも可能だ。彼女がそれをしなかったのは俺の意図を百パーセント読み切ったから。サンダースの体毛の状態から大技を出せることを認識し。隙と間を嫌い、相手の反撃にカウンターをぶち当てることを期待していた俺の思考を読み切り、高速移動での回避だけにとどまる。俺の指示を聞いてから俺の意図を読みとり、なおかつピカチュウで俺とサンダースのコンビネーションを上回った。
 だがこれらは、非常に高いレベルではあるが、まだ想定内だ。
 しばらくお互いに固まっていたが前触れなくチマリが右手で目を覆った。フラッシュが飛んでくる! だが彼女が指示を出すまで決して目を覆わない、ただのブラフの可能性もある。ポケモンがフラッシュを使える事はそのままアドバンテージにつながる。
「フラッシュ」
「伏せろ!」
 彼女の言葉を聞いてから急いで右手で目を覆う。と同時に短く小さい口笛を吹いた。その後に何かがはじけたような大きな音、フラッシュだ。とりあえずは防いだが問題なのはこの後、目を開けたすぐ後にその場の状況を把握しなくてはならない。
 目を開ける。ピカチュウが地面に伏せているサンダースの目の前に迫っていた。
「メガトンパンチ!」
「真正面、電光石火!」
 ピカチュウがどれだけ速かろうと、チマリの指示がどれだけ速かろうと、サンダースの電光石火ならほとんどの相手に先手を取れる。
 ピカチュウの小さな拳が突き出される前にサンダースがピカチュウに体を浴びせる。だがピカチュウの体は空気の様に崩れた。
 もう一体のピカチュウが俺の視界の外から現れサンダースの背後を取る、みがわり。フラッシュを焚く前もしくは後、俺が目を覆っている一瞬に俺に気づかれないように身代わりを用意したのか。これは非常にまずい。サンダースと俺は完全に虚を突かれている。
「貰った! 気合いパンチ!」
「高速移動、後ろを取れ」
 身代わりで時間を稼ぎ、気合パンチの集中を妨害させない、シンプルで古典的だが決まれば一撃で勝負を決めることもできる強力なコンボだ。
 俺とサンダース共に虚を突かれている事と、サンダースが後ろを取られている事から電光石火は間に合わない。身代わりを打たれた時点で気合いパンチを食らう事は確定してる。
 ピカチュウの気合パンチがサンダースの腹部にヒットする、だがサンダースも先ほどのピカチュウと同じ様に崩れる。

 そして、チマリの背後から俺の高速移動の指示を聞いたサンダースが飛び出し、ピカチュウの後ろを取った。
 みがわりと言う技は使いどころが難しい、たとえ相手に聞かれても大声で技の指示を出すのがポケモンバトルの常識だ、小さな声ではポケモンに届かず一方的にやられてしまう事もあるからだ。だがみがわりと言う技は相手に聞かれてしまっては意味がない、そこでトレーナーはポケモンとの間にみがわりを使う合図を決める。
 俺の場合は口笛、目を覆う前に吹いたそれだ、短く吹けば自分は隠れろ、長く吹けば二匹で惑わせろだ。
「もう充分だろう」
 サンダースをボールに戻し、チマリに近づく。
 するとまだボールに戻っていない彼女のピカチュウが俺の行く手を遮る、体からパチパチと帯電している音が聞こえる、勝手に勝負をつけるな、まだやれると言っているように思えた。
「ピカリごめん、私の負けだよ」
 押し殺した声でチマリが言う、純粋に悔しいのだろう。
 ピカチュウがサンダースの身代わりを攻撃した時、俺が攻撃の指示を出せばピカチュウに大技を当てることができた、耐久力の無いピカチュウなら一撃で落ちていただろう、重ねたバトルの多さからチマリもそれがわかっている。
 ピカチュウの耳と尻尾が垂れる、この種族のポケモンが落ち込むとこうなるのだ。
「いいパートナーじゃないか」
 すれ違いざまにチマリの肩を叩く、振り向きもせず彼女は俺と目を合わせない。悔しくてたまらないのだろう。若いうちはこのくらいの闘争心があるほうがいい。
「ジムリーダーデンジへの挑戦を認めるわ」
「理想の自分は見えたかい?」
「……少し」
「ならそれを追っかければいい、あと二年……いや一年もすればお前は今の俺を越える。ま、そのころには俺ももっと強くなってるがな」
 ロバートと目が合った、ロバートは帽子を胸に当て頭を下げる。
「負けてしまいましたよ」
 彼には悪いがやっぱりなと思った。だが彼が弱いのではない、デンジが強すぎるのだ。
 彼の表情は負けたとは思えないほどスッキリとしたもので、全力で戦い、同じく全力で倒されたのだろう。
「もう一度修行し直そうと思います、今の私では先ほどの君と彼女のバトルにも着いていけない。最も、六十の手習いですが」
 クツクツと自嘲気味に笑った、自分に限界を定めているような言動に、少し違和感を覚えたがあまり触れないことにする、気持ちの整理もできていないだろうし、彼なら少しすればまたあの闘争心を取り戻してくれるだろう。
「対戦場まで案内しましょう、デンジがコースを固定してくれています」
メンテ
第十二話 ( No.12 )
日時: 2011/01/28 17:42
名前: 来来坊(風)◆Ynwmyx27bQ ID:UscYe.VQ

 ジムの入り口から競技場までは回転床による複雑な仕掛けがある。普通に攻略を進めると最善手でも一時間はかかるとデンジは得意げに言っていた。何年もの間、彼が独自に改良を進めた結果だ。
 ロバートに先導され機能の止められた回転床を進む、手作りとは思えないほどにしっかりとしたそれを踏みしめる。
 この仕掛けはデンジと俺達凡人の間にある大きな溝なのだと思った。デンジと俺達の溝が大きくなればなるほどにこの仕掛けは複雑に、より時間がかかるようになる、それが今やたったの五分、もちろん俺とロバートに対する謝罪の意のほうが大きいだろう、だがそれ以外に意味もあるように感じてならなかった。
 回転床が終わった、目の前には扉がある、競技場へとつながる扉だ。
「この扉を開ける権利はあなたにしかない、私たちは観戦させてもらいますよ」
 ロバートはチマリを連れてその場を去った、俺は一人扉と向き合う。暑い訳ではないのに首筋を汗が伝う、瞬きの回数が多くなり、鳴りもしないのに指の関節を鳴らそうとしてしまう。いつもこうなるのだ、重要な戦いの前にはいつも緊張に押しつぶされそうになる、その度に自分が凡人であることを痛感させられる。扉を開けようとする手が震えていた。
 呼吸を整え、出来るだけ平然と振舞っているように装い扉を開けた。
 床が固められた土で出来ていること以外は体育館とほとんど変わらない競技場、二階の観客席にはロバートとチマリの姿が見えたが、それ以外のギャラリーは少なかった。天井は一部ガラス張りになっており、日が完全に落ちていることがわかる。
 デンジは競技場の中心にいた。レフリーだと思われるトレーナーと共に俺を待っている。
 デンジの表情は柔らかく、穏やかだった。


「昨日の話は忘れてくれ」
 競技場の中央、公式の審判員が俺達のボールに不正が無いかどうかチェックする。
 本来ならば両者に緊張と気まずさが流れる場であるが、デンジは冷静に、そして気さくに話しかけてきた。
「センターでの話ですか?」
「そうだ……君の事はここに来る前から知っていた、ホウエンとジョウトのジムを立て続けに突破している男がいると。そして三ヶ月前に始めて君とあった時、僕は八年前のあの挑戦者と……君が重なっているように見えた」
 少し言葉を切って、
「だから俺は期待したんだ。求めていた敗北、それは君がもたらしてくれるのではないかと。だがもう違う、もう俺には負ける理由は無い、今の俺にとってこの戦いは八年前のリベンジマッチであり絶対に負けたくない戦いなんだ、俺が絶対的な、強すぎるトレーナーだということを皆に証明してみせる」
 過大評価だと思った、八年前の、すでに伝説の領域に達しているトレーナーと同格に見られても困る。
 将来的に、鍛錬を積んだ結果にそのようなトレーナーになる自信はある、だがまだ今の俺はその境地には達していないだろう。
「あなたが俺の事をどれだけ評価しているかはどうでもいい事です。ですが、ですが俺はあなたに勝てると思っているからここに立っている」
 審判員が合計十二個のボールを簡易的に置かれた机に並べる、共に不正はなし。当たり前だ。
 お互いにここから三つづつボールを選び、それら全てが戦闘不能になるまで戦う。入れ替えはなし、シンプルだがお互いの力量が浮き彫りになる試合方法だ。
 十二個のボールの内のひとつが強烈な光を放っていた。俺、審判員、目の良い観客全てがそれに目を奪われている。
 先ほどから視界には入っていたが、目の前にするまで信じられなかった。マスターボール。俺達一般トレーナーは余程のことが無い限り手にすることが出来ず、もし仮に使用することになっても国の許可証が必要な特殊すぎるボール。
 通常ならばポケモンを保管するボールを入れ替えることは自由なのだがマスターボールはそれが認められていない。したがってこの様な試合形式の場合、真っ先に警戒されてしまう。
 最も、公式の、いや非公式の試合でもマスターボールに入っているポケモンを使うことなんて稀だ。
 そして、もしデンジがそれを使って居たのであればそれは必ず俺の耳に入っているはず、珍しい情報はとにかく早く、広範囲に広がる。
「十年ほど前に」
 俺達の視線に気づいたのだろう、デンジはそれを手に取り、
「国の依頼で使ったんだ、もちろん許可証もある」
「あなたがそれを使う、いや持っているなんて聞いたことが無い」
「そりゃぁそうだろうね、公式戦で使うのは今日が始めて、八年前にも使わなかったんだ」
「それは、光栄ですね」
「負け惜しみに聞こえるかもしれないが、彼を使えば八年前の戦いも勝てていただろう」
 デンジはそのままそのボールを腰にセットする、これ以上無い絶望感が降りかかった。
「何故使わなかったのですか」
 絶望を悟られたくなかった、最もばればれであっただろうが。
「力におぼれるからさ」
 それは、デンジには似つかわしくない言葉だと思った。
「あなたほどのトレーナーが力におぼれるとは考えられない」
「俺じゃぁ無い」
 デンジが残り二つを手早く腰の装着する。
「ジムトレーナー達、彼らが努力をやめると思ったからだ。覚悟して欲しい、こいつにはそれほどの力がある」
メンテ
第十三話 ( No.13 )
日時: 2011/01/29 00:42
名前: 来来坊(風)◆Ynwmyx27bQ ID:dmpYx2Ts

 競技場の中央からそれぞれの立ち位置に向かう二人をロバートとチマリは二階観客席から眺めていた。
 ジム戦のときは記者やトレーナーで一杯になることもある二階席だが今は数えるほどの人数しか居ない。
 その中からポケモン協会員らしき人間とジムトレーナーの数を引けば純粋な意味での観客はロバート一人となる。この試合が決定したのがつい先ほどなのだから当たり前といえば当たり前なのだが。
 勿体無いとロバートは呟いた、ジムトレーナーを目指すものに限らず、トレーナーであるならば垂涎もののマッチメイクだ。
 横に居るチマリは座席から身を乗り出しまさに食い入るように競技場を見つめていた。もし前の座席に人が居たらトラブルになっていただろう。
「どちらが勝つと思うかね?」
 何気ない問いかけのつもりだったが、そう言った後にロバートは後悔した。この少女にその質問を投げかけるのはふさわしくないと知っていた。
「デンジさんに決まってます」
 予想通りの答え。
 会話はそれ以上続かない、競技場に居る審判員が二階席にも聞こえる大声でルールを説明していた。
 試合は三対三、道具を持たせる、使用することは禁止されている、ポケモンの入れ替えは不可の勝ち抜き戦で使用ポケモンの公開義務も無い。
「デンジ君が真っ先にセットしたボール、私にはマスターボールのように見えたが、どうかね?」
「間違いない……と思います、だけどデンジさんがマスターボールを持ってるなんて始めて知りました」
 ふうん、と興味ありげにロバートが漏らした。
「ジムトレーナーの君も知らなかったのか」
「たぶん私だけじゃない、この町の誰でもいい、そのことを知ればその噂はあっという間に広がります、あなたにもあのボールの価値はわかるでしょう」
 競技場の二人はベルトからボールを利き手で掴み前へと差し出す、それぞれの先頭のポケモンだ、上級者同士の対戦だと先頭ポケモンの選択で勝負の流れが決まってしまうことも多い。
 デンジが持っているボールはマスターボールではなかった。
 審判員の開始の合図と共にお互いがボールを投げる。
 ボールの中から飛び出してきたお互いのポケモンは素早く自分たちが好む間合いを取る。
 デンジ側のポケモンはレントラー、バランスの取れた電気タイプで相手の出方を見るにはうってつけのポケモンである。仮に相手の先手のポケモンが苦手とする地面タイプだったとしても氷のキバなどで弱点をつくことができる。
 対するキリトのポケモンに、ロバートは思わず疑問の声を漏らしてしまった。
「イーブイ?」
 キリトが繰り出したポケモンは愛くるしい容姿で戦いとは別の方向で人気の小型ポケモン、イーブイだった。
 サンダースやグレイシアなどの進化先には優秀なポケモンが多いがイーブイ単体にはそれほどの力は無い。
「そういうことか」
 一人で納得したようにチマリが声を上げた。
「どういうことかね?」
「三ヶ月もの間、キリトがナギサに居た理由、それはイーブイをこの環境に適応させるため」
「適応?」
「特性、適応力。イーブイというポケモンは確かにそれほど強くないけど、環境に適応することでそれなりの力を付けることが出来る、キリトはこの舞台でイーブイの最高の状態を作り出すために、三ヶ月もの間ナギサの空気に、水に、適応させたんだと思います」
 チマリの説明にロバートは一瞬だけ沈黙したが、直ぐに納得行かないような顔で質問を投げかけた。
「それでも、イーブイを使う理由にはならないと思うが、ノーマルタイプで優秀なポケモンは他にも居る」
 競技場ではレントラーの噛み付き攻撃からイーブイが電光石火で必死に逃げ回っていた。
「分からない事もないけれどね」




「噛みつく」
 デンジの指示とほぼ同時にレントラーがイーブイとの間合いをつめる。
「左にかわせ、電光石火」
 迫り来るレントラーを間一髪でかわす。そして再び間合いを作るといったんレントラーの噛み付き攻撃がやむ。
 イーブイは小型のポケモンだが、特別にスピードがあるわけではない、俺の指示があってもかわすのがやっと、近距離戦に利があるレントラーに迎撃することはリスクがありすぎる。
 レントラーというポケモンは扱いが難しい、最終進化系ゆえの扱い辛さもあるがそれよりも近距離攻撃力以外の能力値の半端さが大きい、特に素早さに関してはトレーナーの技量が大きく関係してくるだろう。
 デンジは先ほどから噛み砕く以外の攻撃の指示をしていない、このイーブイの戦いの型がまだ判っていないため様子見に回っているのだろう、特性である適応力を考慮し隙を見せないようにしている。先行イーブイが俺なりの立派な戦術であることは当然としてだ。
 長引かされると困るのはこっちだ、このイーブイの『異常なまでの手数の少なさ』に気づかれると戦術そのものを見透かされてしまう。
 ここは一気に行こう。
「正面、電光石火」
 こちらから動くのはこれが始めて、電光石火ならばイーブイの素早さをカバーすることが出来る。
 だがデンジは特に慌てる様子無く、逆に攻撃を待っていたかのように指示を出した。
「カウンター、体当たり」
 一気に間合いをつめたイーブイに対してレントラーは迎撃の姿勢。
 静寂からの電光石火、並みのトレーナーとポケモンならせいぜい出来てもかわす程度、迎撃にまでもっていくあたり流石はデンジとその主力言った所だろうか。
 お互いの体が正面からぶつかり合う、適応力でイーブイの攻撃力は上がっているはずだが跳ね飛ばされたのはイーブイのほうだ、地面をこする音が聞こえ、レントラーとの間に距離が出来る。隙も少ないが同時に威力も少ない体当たりのおかげで大きなダメージは無い、だが地面に叩きつけられ体勢が良くない。
 デンジは素早くそして的確にそこを突いてくる。
「噛み付く」
 レントラーが脚力でイーブイとの距離を一気につめる、イーブイが体勢を立て直した時、レントラーがすぐそこにまで迫っていた。
「イーブイ!」
 表情を変えないように出来る限り勤める、だがついつい口元が緩んでしまう。
 ここまでは怖いくらい思い通り。
 十分にひきつける、そしてレントラーがイーブイのスペースに踏み込んだ。
「迎撃だ」
 イーブイがレントラーに対し体当たりで迎撃する。
 ここでデンジが表情を変える、だがそれは焦りではない、何かを確信したような、自信に満ち溢れる顔。
「中止だ! かわせ!」
 この試合で初めてデンジが声を荒げた。
 レントラーは前足で急ブレーキをかけ、身を翻そうとする。
「とっておき」
 もう遅い、今からレントラーがどのような行動をとろうともうすでにイーブイのスペースに入っている。
 イーブイの小さな体がレントラーにぶつかる、次の瞬間、レントラーの体が競技場の端から中央にまで吹き飛んだ。
 とっておき、そのポケモンが覚えている全ての技を使った後にのみ繰り出すことが出来る高威力の超大技。
 すぐにイーブイは攻撃の姿勢をとり俺の指示を待つ、だがレントラーは倒れたまま起き上がらない。
 審判員が戦闘不能と判断し、赤い旗を揚げた。
メンテ
第十四話 ( No.14 )
日時: 2011/01/29 20:50
名前: 来来坊(風)◆Ynwmyx27bQ ID:dmpYx2Ts

 やっぱりね、とチマリが呟き、あごを支えていた手を逆の手に差し替える。
「予測していたのかね? とっておきを」
 それに対しロバートは信じられないという表情をしている。
「覚えさせる技を最小限にまで絞って奇襲のとっておきって戦法は古くから研究されています、特にイーブイの特性を利用したものは理論上はかなりのもの、でも実用はできなかった」
「どういうことかね? 現にキリト君のイーブイはデンジ君のレントラーを倒している」
「致命的なのは、後が続かないことです。もうあのイーブイは後続に倒されることしか道が残っていない。派手で衝撃的でも出来て一対一交換、それも相手のポケモンが少しでも耐久力に長けていたり岩や鋼タイプだったらそれすらも出来ない」
 フン、と機嫌悪そうに鼻を鳴らし、
「デンジさんのレントラーもイーブイのとっておき程度で倒れるようなポケモンじゃありません。偶然、偶然急所に攻撃をぶつけられたから予想以上のダメージを食ってしまっただけです」
 つまらなそうにイーブイを眺めていた。
「ならば何故キリト君はそのような戦術を? 彼ほどのトレーナーならもっと有効的なものが会ったはず」
 ロバートの問いにチマリは答えなかった。急に立ち上がり、目を競技場に向けたまま誰も居ない空間に言った。
「嘘よ、そんな事、起こりうるわけない」



「全てが、君の思い通りに進んでいる訳か」
 レントラーをボールに戻したデンジが言う。
 その目線は俺ではなく、俺のポケモンに注がれている。
「残念です、あまり驚かないんですね」
 驚いたり、悔しがったり、あるいは悪態のひとつでもついてくれる方がこっちの気が楽だ。
 そちらの方が『裏をかいてやった』という達成感がある。
 だがデンジの反応はそれら全てと違った。
 むしろ。
「とっておきという技とそれらを利用した戦術の存在は俺も知っている、そして、それが実践ではほとんど役に立たないことも。
 だが、イーブイとなると話は別『決して操作できるはずの無いある可能性』が起これば、とんでもない戦術になりうる。イーブイ、君が三ヶ月間バトルをしなかったこと、戦いを指定した時間は夜。君の狙いは手に取るようにわかった、だからあえて激しい攻撃をしなかった、イーブイというポケモンが戦いという環境に適応しようとするのを防ぎたかったからだ、だが」
 デンジが一瞬だけ俺と視線を合わせ、再び俺のポケモンに目を向ける。予測されていたのだ、全て。
 俺の前で構えているポケモンはついさっきまでイーブイだった。
 イーブイというポケモンは通常のポケモンとは違い、環境に適応するために進化をする珍しいポケモンだ。
 素人では測定できないレベルという概念で進化するポケモンに比べて、トレーナーがある程度の進化先を操作できる。
 それを利用したのが今回の戦術。そしてそれは絶対に見破られる訳のない、俺オリジナルのウルトラCの筈だった。
 この二年、どれだけ進化についての研究をしたことか、夜寝る間を惜しんで読みふけった『ポケモン進化に対するレポート百選』はもう全てのページを復唱することが出来る、今の俺ならウツギ博士と進化について語り合えるだろう。
 それでも半分半分、戦いの予定が大幅に狂ったからだ。予定通りもう十日後だったら進化を確実に操ることが出来たのに。
 デンジはブラッキーをじっと眺めながら続ける。
「無駄だった、あるいは心のどこかでその戦術を否定していたのかもしれない、出来る訳ないと『進化を戦術に組み込む』なんて非現実的で理想論だと」
 とっておき戦術の弱点はどうあがいても一対一にしか持ち込めないことだった。手の内が全て分かっている相手に再び負けるトレーナーは少なくともジムリーダーには居ない。
 だが、もしとっておきの後に進化することが出来たら、手の内を再び隠すことが出来、より強力なポケモンで相手を迎えることが出来る。
「脱帽だよ、これで俺は三対二で相手の情報はほぼ無しという圧倒的に不利な状況になった訳だ」
 ニコリと笑うデンジと対照的に俺は背筋が凍る、いや凍るなんて生易しいもんじゃない、全てを見透かされている、戦局で有利に立とうともデンジの手のひらの上で踊っているような気がしてならない。
 落ち着け、有利なのは俺なのだ。戦術を見破られた程度で精神的に負けるな。
 キリトはブラッキーから目を離さず、マスターボールではないもうひとつのボールを掴むと競技場の中央付近に投げた。
メンテ

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