Re: 2010年秋企画【投稿期間10/16〜11/6】 ( No.1 ) |
- 日時: 2010/10/17 16:36
- 名前: 来来坊
- 『題名』雨のような男
『部門』A 『テーマ』雨
いつもの時間、いつもの場所、扉を開けると彼はそこにいた。 彼はそこの家主で、皆のリーダーだった。 「やぁ、今日も来たのだね」 ピンク色のツインテールに女物のワンピースを纏った彼は僕を見つけるなりそう言った。 ホテルのロビーのようにデザインされたその部屋の、ひときわ大きいソファーのど真ん中に彼は座っている。 「うん、最近は暇なんだ」 別に特別暇な訳でも、かといって忙しかったりする訳でもなかったが『ここに来る事が日課になっている』と言ってしまうと、粘着質な人間に思われてしまいそうで適当に言葉を濁した。 僕は丸く小さい机を挟んで彼の向かい側にあるソファーに座りながら「今日も綺麗だね」と半ば挨拶になってしまっている褒め言葉を投げかける。 「ありがたいが、常連の男に言われてもつまらないな、俺は勘違いされるのが好きなのに」 これもまた挨拶になってしまっている返し言葉を返される。 初めて彼にあった時、その風没からついつい女性だと勘違いしていたことを思い出す。最も、彼が男のような口調で喋るからと言って彼が本当に男だとは限らないのだが。 「他の皆はどうしたの?」 いつもこの時間帯ならもっと賑やかである筈なのに今日は僕と彼しかいない。 「みんな帰ったよ、それに今日はもう誰も来ない」 そう言ったっきり彼は黙ってしまった、何か考え事をしているのか、それともまた別のことをしているのだろうか。 とはいえ、別に雰囲気が悪いとか、そう言う訳でもない。これといった話題や事件が無ければ皆が黙ってそれぞれ好きなことをはじめるのは良くあることだった。 集まっていることがなんとなく気分がいいので皆集まっている、ここはそんな場所だった。 「雨を、降らせようと思うんだ」 彼は突然そう言った。もともと彼はこう言う突飛な事を言う人間だったが今回のそれは余りにも意味不明で、僕は頭の中で思考がぐるぐるするだけで、気のきいた反応をすることが出来なかった。 「意味が分からない」 「雨を降らせるのさ」 彼は淡白にそう言った、あまりに淡白なので意味が分からない僕のほうが間違っているような気分になる。 僕は頭の中を整理し、彼は雨を降らせることが出来る人間だ。と仮定して話を進めることにした。 「どこに?」 「どこでもさ」 「何のために? 農作物のためかい?」 「違う、何のためかと聞かれれば僕の夢のためと答えるしかない」 「夢? 君の夢には雨が必要なのかい?」 「必要、なのではない。僕はね、雨になりたいんだ」 整理しかかっていた頭の中が再び混乱する。 「もちろん、そのままの意味じゃない、概念としての雨だよ、雨のような人間と言えばいいかもしれない」 「ジメジメしてそうな人だね」 「あーなるほど、そういう考え方もあるな、俺の考えとはだいぶ違う」 今思えば失言だったが、彼はそれを気にすることなく話を続けた。 「雨の様に、望まれようが望まれまいが与える人間になりたい」 「へぇ、それと雨を降らせることとどういう関係があるんだい?」 「挨拶みたいなものさ、俺が来たよ、って言う。今回の場合は俺が帰るよって挨拶みたいなものかな」 そう言うと彼はソファーから立ち上がった。 「もう君と会うことは無いだろう、少なくともこの姿ではね。この集まりは居心地が良かったからまた別の形でかかわるかもしれないけど」 「難しすぎる、よく分からないよ」 「そうか、まぁそうだな。簡単なことさ、俺がいなくなる、それだけ」 彼はそう言うと両腕を上げた。 すると、部屋の天井から水滴が落ちてきた。 雨漏りだろうか、いや、この世界では雨漏りなんて無い。 水滴は何度も、何度も、テーブルに、床に、ソファーに落ちた。 信じられないことだが、これは雨だった。 それらは床に落ちると水滴となり、部屋にある様々な物の姿をそれに移した。 僕は「キレイだね」と言おうとしたが、何故だろうか、それを言うことは出来なかった。 小ぶりだった雨がその勢いを増す、全てがぎこちなく、僕たちの動きは滑らかさを失っていた。 そして僕の視界は真っ白になって……
僕は真っ白になったブラウザを終了させた。 雨のエフェクトのせいでサーバーがダウンしてしまったのだろう。 僕はもう一度インターネットを立ち上げ、先ほどのページにブックマークから入室する。 だがすでに雨は降っておらず、彼も居なかった。雨が止んだ、と言うことだろうか。 部屋から退出し、パソコンの電源を落とした。 本当に、彼とは二度と会えない様な気がする。だがそれだからあの部屋に行かなくなる訳でも無いし、他の皆もあの部屋に来続けるだろう。だとすると。 「悲しい人だな」 スタンドの電気を消し、ベッドにもぐりこむ。 カーテンの隙間から見える空は、少しずつ明るさを取り戻していたが、雨が降りそうな気配は無かった。
完
〆て1963文字
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Re: 2010年秋企画【投稿期間10/16〜11/6】 ( No.2 ) |
- 日時: 2010/10/18 02:55
- 名前: Rという名の作者
- 『レインハロウィン』
ザァァァァ、という屋根に水が当たる音が聞こえる。どうやらかなり大粒の雨が降っているようだ。 キッチンでせっせとクッキーを作る手を止め、ふと窓の方を見る。窓はびっしょりと濡れて、普段見える景色がまったく見えない。何時の間にこんなに降りだしたんだろう?
(どうしましたマスター? あら、随分と降ってますね)
手伝いをしてくれているエーフィがこちらにやってきて窓を見て一言。ちなみにこいつテレパシーを使いこなす珍しいエーフィ。長年修行してやっと習得できたのはいい思い出である。 しかしこう大量に降りだすと、今日は誰も来ないかもしれない。毎年近所の子供や野生のポケモン達にクッキーやお菓子を配っているのだが、この雨だと来れないかもしれない。折角のハロウィンなのに少し寂しいな。 ま、いざとなれば明日にでもおすそ分けすればいいし……仕方ないさ、うん。
(はぁ、折角美味しそうに焼けたのに……) 「彼氏が来ないかも知れなくてがっかりかい?」 (そ、そんなこと!? ……ありますけど)
さぁっと頬を紅く染めるエーフィ。知り合いの手持ちであるブラッキーと恋仲であるこいつは時たま勝手にいなくなってデートを楽しむ。 俺にはまだもう一匹いるから別に構わないが、それでも一言声をかけてほしいものだ。まぁお互い公認の仲だから構わないけどね。 ……そういえば、もう一匹の相棒は一体どこに?
(フタチマル君なら外に修行しに行くと先ほど。まぁ彼は水タイプですし、大丈夫じゃないかと)
あぁ成程。最近仲間になった彼は強くなりたいとこれまた勝手にいなくなって修行をしている奴。まぁ確かに水タイプだし問題ないだろう。 というかエーフィ、心を読むな心を。別にいいでしょ? と言いたげな顔をしている。まったくもう……。 ふと、ドアの方にカリカリと言う音が聞こえる。何だろうとドアを開けると、そこにはびっしょりと濡れているポチエナが一匹。……いや、他にもオタチやらマメパトやらもちらほら見える。毎年クッキーをねだりに来る野生ポケモン達だ。
「あらら、こんなになってまで来る事ないのに……エーフィ、タオルを数枚持ってきてくれ!」
わかったわ、と脳に直接語りかけた後にさっさと走っていく。玄関に彼らを入れて拭いてあげた後に家へと招き入れる。 相当打たれたらしくかなり寒そうだ。仕方ないので大きい皿にミルクを並々と注いで温める。 少し熱いぐらいであったが、彼らは嬉々としてミルクを飲む。さっき焼いたクッキーも一緒になって食べ初め、キッチンはたちまちにぎやかになった。
――外を見ると、相変わらず雨が降り続いている。だけどたまには、こんなハロウィンもいいかもしれない。
〜END〜
〜あとがき〜 『A』部門、『雨』でついでにハロウィンも兼ねてみた。 タイトルとかを省いたら1104文字、加筆修正しなかったら1000文字切ってたとか……。 お目汚し失礼しました! でわ!
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Re: 2010年秋企画【投稿期間10/16〜11/6】 ( No.3 ) |
- 日時: 2010/10/20 00:41
- 名前: 水のごとく厳かに
- 【C】無制限部門 テーマ「雨」
『豆台風』
砦へ赴くには、たきのぼりを覚えたポケモンが必要になる。 断崖絶壁の滝を割るように上るバスラオにしがみつくが、ここ最近滝の勢力がまた一段と弱くなった気がする。ずばりそれは干害が原因だ。 垂直に滝を登るときの身体を吊られている感覚は次第に無くなり、恐る恐る目を開くと平坦で浅くなった川が広がる。 蒼く尖った瞳の魚は滝を1つ越えただけで精根尽き果て、彼の華奢な腕に抱きかかえられる。 滝を登ってすぐ右の岸に上がり、そのままに真っ直ぐに見える木から左に三つ…のすぐ左隣の太く低い木が砦だ。
背中のリュックには提出しなければならない書類が山のように積まれている。これを片付けるのに果たしてどれだけの労力を要するのか… 重い足取りで雑草の中を歩く。すると、砦の方向から太鼓を叩く音が響く。 突然鳴り出した打楽器の旋律に、木に止まっていた一匹のテッカニンがびっくりして飛び出す。喉元に留まったため息が漸く出た。 それと同時に塩辛い汗が全身を這うように伝う嫌な感触をどうにかして取り払いたい。
―― そういや、雨全然降らないなぁ…
天を仰いでも灼熱の太陽は容赦なく照りつけた。 低い木の下を目指して走り、木の枝にくくりつけられたロープの梯子を上る。木の葉で隠れた小さな木の砦の低をノックした。 すぐに薄い板の向かいの閂が外れる音とともに、砦への扉が開く。中は2立方メートル程度の狭い部屋である。 木の上に造ったのだから大きさで贅沢は言えない。ちょっとした隙間風と毛虫ポケモンの出入りを無視すれば砦としては上々だ。
「よっ!元気?」
入ってすぐに日焼けした少年がにかっと笑う。撥を両手に太鼓と格闘する姿はこの夏休みで10回以上は見た。 太鼓の何がそんなに楽しいのか、少年の知るところではなかった。部屋の中には日焼け少年の他にいつものメンバーが2人 自分と同様溜まった宿題と向かい合っている。誰も彼も置かれた現状はきっと同じなのだろう。何故夏休みには課題がつきものなのだろう? ロングバケーションだった夏休みも矢のように過ぎ去り、今日を含んであと5日。狭い部屋の片隅に自分もリュックを置いて残したドリルを探る。 相変わらず太鼓を叩く色黒のコイツは少々邪魔だが、3人は何となく言い出せない空気であった。
3人はイッシュ大陸の学校に入学してからの間柄で、この砦を作りあげて毎日を過ごしていた。だが、そんな平穏な日々は突然崩れた。 夏休みに入る直前、その色黒の少年は転校してきた。初めはさっぱりとした良い奴という雰囲気で僕ら3人は彼を砦に迎えたのは良かったが、 お調子者な彼はそこへ来てスイッチが入ったかのように毎日遊び、僕らは彼のペースに次第についていけなくなった。 今では彼を砦に誘ったことを悔やんでさえいるようだ。夏休み後半になると彼の太鼓を叩く音は集中力の妨げにしかならなかった。
「ちょっと、静かにしろよ。宿題できやしねー」 「え?いいじゃん」
いつも通りの返答だった。2人の堪忍袋の緒がちょっとした力で裂けるガラスの繊維のように切れ掛かっていた。 こういう爆発寸前の雰囲気がどうにも苦手だ。そういう意味では僕は臆病な人間の類に入るのだろう。 すると部屋中に木霊する太鼓の音が急にぴたりと止む。
「何これ?」
色黒の少年は「自由研究」と書かれた酢酸エチルの匂いがする箱に手を伸ばした。冷や汗が出た。
「あ、僕の昆虫採集だよ。アゲハントとかイトマルとか…」 「へぇー、あれ?まだ生きてるじゃん」 「う、うん」 「何でさ?標本のために殺すなんて可愛そうじゃん」
喋り方はいつも通り元気そうだが、その裏側に真剣なものを感じた。
「こんな研究よりさ、俺と太鼓の事で研究しない?」 「え?でも…」
色黒の少年はにやりと笑う。そして――
「俺が逃がしてやるぜ!」
と言うと同時に箱を奪い、砦の窓からさっそうと飛び降りる。木登りが得意な彼には砦に入るためのロープも出入り口も最初から必要ないのだ。 僕がどんな表情をしていたのか、よくは覚えていないが血の気が引いたのは確かだった。待って!と窓から身を乗り出して叫びたくるが もう彼は目の前に広がる森の中に身を隠していた。慌てて底の扉を開けて、色黒少年を追った。砦に残った2人が彼の悪口を言っていたような 気がしたが、そんな事はどうでもいい。今の自分には必死で集めた昆虫採集の事でいっぱいだった。
軽やかな身のこなしで色黒少年は森を駆ける。足の速さといい、地形の慣れっぷりといい、野兎のようだ。 まして数えるぐらいの日しか雨が降らなかったこの世界は、地球の上とは到底思えない。 それでも目の前で昆虫採集のポケモンをあいつに逃がされる光景は想像したくない。遠くから彼の笑い声を手がかりに必死に追う。 奴との距離があと数メートルに狭まったところで、急に巻き返して振り切られる。もうどれだけの時間走り続けただろう?
初めは陽炎かと思っていた揺らぐ光景も、だんだんと本当にぐらつきだし、見えるものが崩れ始めた。 バランスが取れない。胸は張り裂けそうなぐらいに熱い。力尽きて倒れこんでも灼熱の地面は熱を与え続けた。 やがて後を追ってきた二人に発見され、背負われて木陰に運ばれたみたいだが、朦朧とした意識では何も分かりえなかった。
「…あれ?」 「お、気付いた!大丈夫か?」
心配そうに2人が覗き込む。頭と脇には冷えた河の水を含んだタオルが乗っていた。 まだぼんやりとした頭だったが、遠くから響いてくる1つの足音に完全に意識を取り戻した。ばっと起き上がるとそこには色黒少年がいた。 箱はまだ開封されていない。
「へへっ、本気になるなよ。冗談に決まって――」
鼻をほじりながら笑顔で歩み寄るが、目の前の状況に色黒少年は息を呑み、言葉を止めた。 だがもう全て遅すぎた。看護していた奴の堪忍袋の緒がついに切れたのか、今まで聞いた事ないぐらいの大声で怒鳴った。
「いい加減にしろよっ!お前のせいでこいつが熱中症になったんだぞっ!?それにこいつ、自由研究のためにこの暑い夏必死で探し続けたんだぞ!」
色黒少年は緊迫した顔で震えている。そのような表情を彼がするのは意外だった。僕は声をかけようと言葉を探ったができなかった。 本人からしてみれば些細な悪ふざけにしか思ってなかったのだろう。人に悪戯をする子の心理は大抵そういうものだ。 だが、親しい友達が熱射病に倒れたという現状に流石の彼も言い訳の言葉が見つからない様子だ。 遠くでテッカニンの鳴き声が森の中にまた響く。4人はしばらく沈黙していたが、痺れを切らした1人が未だ倒れている僕を起こそうと動いた。
「少しは人の気持ちを考えろ」
そうつぶやくと少年は色黒少年の手の中の採集箱を取り上げ、そのまま千鳥足の僕に肩を貸して、何も言わずに砦へと歩きだした。 僕は背中越しに一度だけ彼を見たが、その茫然自失な彼の背中はやけにこじんまりとしていて、ひどく寂しげに見えた。
彼を見たのは、実はそれが最後だった。
その事件から夏休みが終わるまでの4日間、突如発生した低気圧がイッシュ大陸全土を覆ったのである。 うだるような暑さから一変、強い嵐が続く。 不作を予想していた農家の人々はこの雨に安堵の息をつき、その一方で夏休みの最後を満喫しようとした子供達はこの雨を恨んだ。 僕はそのどちらにも属さなかった。土砂降りの雨音は宿題を片付けるのに集中できたけど、その一方で皆と会えないのは寂しいとしか言いようがない。
指折りで日を数えてようやく始業式が来る。見事な晴天に肌寒い空気が心地よい。 皆と4日ぶりの再会を果たしたのは良いが、肝心の色黒少年は姿を見せなかった。 担当の先生に聞いたところ、彼は親の事情でまた転校したらしい。結局一度も登校せず、彼は台風の様にこの地を去った。 金賞を取った僕の昆虫採集は意味を成さなくなってしまった。 教室の後ろに並べられた生徒たちの自由研究と製作… そこにはお互いの作品を讃えあうカードが幾枚も糊付けされていたが、あいつのが無いのがたまらなく悔しい。
月日は流れ、僕はアララギという博士のポケモン図鑑に目を通す機会に恵まれた。図鑑の最後辺りのページに目を通して、「ランドロス」という気象ポケモンの存在を初めて知った。 そのポケモンはイッシュ大陸を巡り、あちこちで大雨と雷を鳴らして人々の生活を脅かしているらしい…。 そいつにまつわる話を聞いているうちに、あの消えかかった夏の色黒少年の思い出が蘇ってくる。そして何故かイメージとして目に浮かんでくるのだ。
どこかの空で太鼓の音とともに雨を降らす彼の姿が…。おかしなな話だ。
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当初ショートショートのA部門の希望だったはずが、カウントすると文字数3000以上。 ブロックの削りようがなくC部門に変更させていただきました;
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Re: 2010年秋企画【投稿期間10/16〜11/6】 ( No.4 ) |
- 日時: 2010/10/20 13:51
- 名前: らくりるく
- 題名:このはしわたるべからず
部門:A テーマ:橋
私はぬかるんでいる地面に足を止めて悩んでいた。首を右に傾げ、左に傾げ自分の目の前にある光景が意味することを必死に考えていた。 私の前には底に急流を成す川がある小さな谷とその谷を渡るための橋が架かっている。その橋の前には通行止めを意味する柵と一本の立て札が掲げられていた。 その立て札に曰く、 「このはしわたるべからず」 と十一文字のひらがな。 この橋渡るべからずだって? そんな馬鹿な話があるものだね。橋を渡ってはならないと言われ、ご丁寧に柵まで取り付けてある。こんなもの昨日までなかったはずだ。もっとも、このくらい簡単に乗り越えられるが。 架かっている橋のこちら側と向こう側に交互に目をやる。今から私が目的の場所へ行くためにはこの川を跨ぐ必要があるのだが、別段この橋を渡ってはならないからと面倒にはなれど困るわけではない。ちょっと下流へ下ったところにもう一つ橋があるはずだからそれを渡ればいいところ。だけどこんな「このはしわたるべからず」と思わせぶりなことを書かれてしまうと逆にどうにかして渡ってやろうという気分になるのは人の常か。人の常は人にしか逆らえざれども、私はこういうときはいつも人の常に流されてしまうもの。渡ってはならぬと言われれば渡りたくなり、食べてはならぬと言われれば食べたくなり、開けてはならぬと言われれば開けたくなってしまう。 さて、それではこの「このはしわたるべからず」という文言をどう解釈すれば良いものか。 一陣の風が吹きすさび、ぬるりと湿った空気が私をくすぐった。谷の底には轟轟という音とともに川の黒い流れが顔をのぞかせる。 そのときハタと私は閃いた。そうか、「このはしわたるべからず」の「はし」とは「橋」ではなく「端」なのだ。つまりこの橋の端の部分に絶対足をつけずに渡ればいい。渡った後におぬしなぜあの橋を渡ったかと誰かから咎められれば「私は端ではなく真ん中を渡ったのです」と投げつけてやれば良い。 そうと決まれば私は意気揚々と柵を乗り越え、橋の端ではなく真ん中をドンドンとがに股に歩いてやった。そして私が橋の中央辺りに差し掛かったときに信じられないことが起きた。 なんと橋が両岸を支えている桁からずり落ち大きく傾いた後に、私ごと谷底へ落ちたのだ。 いったいなぜ? どうして? 谷の底には真っ黒な急流が灰色の牙をむいている。 ああ、そうだ。なんて馬鹿なことをしてたのだ。ここ数日続いた台風で地盤が緩んでいたのだ。どうしてそんなことにも気付けない。 私は落ちていく間に様々な考えが電流のように駆け巡る。昔の思い出やら取るに足らないくだらないことやら。私の口からはワケの分からない叫び声が漏れている。そういえば平安の朝廷の時代は叫び声は「あなや」といったものらしい。そんな意味不明な思考が幾度か繰り返された果てに私の頭の中にはひとつの言葉だけが残る。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。 最後に私の体は谷底の急流からぽっと顔を出している尖った岩に刺し貫かれた。
完
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1,236文字
とある有名な作家の短編をオマージュしたもの。 テーマは「橋」なんですが微妙に「雨」の要素も出てしまったり。
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Re: 2010年秋企画【投稿期間10/16〜11/6】 ( No.5 ) |
- 日時: 2010/10/21 20:46
- 名前: シルベスタギムネマ茶
- B部門 テーマ「雨」
雨の日はお茶がうまいって誰が言い出したんだろう
激しい雨が、銀杏の木を揺らす。葉が舞い上がり、雫が跳ね、濡れた葉の一枚が窓に張り付く。 シッポウ博物館の中にも、微かに雨音が伝わってくる。三日続いている雨は、全く止む気配がない。博物館を訪れる足も、ここ三日の雨でほとんど絶えていた。 いつにもまして静かな博物館には、その奥に繋がるシッポウジムへ挑まんと高い声を上げるトレーナーの姿もない。シッポウジムリーダーのアロエは、人の背より高く立つ本棚の傍らで読書に耽っていた。普段の気風のいい物言いや大らかな雰囲気はすっかり鳴りを潜め、彼女は好奇心の元、静かに本のページをめくっている。そこへ、研究員の出で立ちをした男の声が響いた。 「お茶、入りましたよ」 アロエの夫である彼は湯呑みをふたつ乗せた盆を持ってアロエの部屋に現れた。アロエが顔を上げる。 「おや、悪いね」 アロエは湯呑みを受け取ると、湯気を立てる茶をそっと一口飲んで机に置いた。彼も茶を口にして、熱いとすぐ口を離した。机に茶を置く。 「あまり根を詰めすぎると身体に悪いよ」 「こればっかりはどうしようもないさ。アタシの好奇心が呼んでるんだから」 あははとアロエは軽く、それでもよく通る声で笑う。 「まだ雨はやまないのかい?」 「そうだね」 地下にあるアロエの部屋にも、雨の音が微かに届いている。アロエが気づかなかったのは、読書に没頭していたかららしい。 アロエはもう一口茶を飲むと、ふうと溜息をついた。 「相変わらずあんたはおいしいお茶を入れるねえ……」 「そ、そうかい?」 彼はアロエの言葉に不意を打たれ、照れたのかどもった声を出した。 「覚えてないのかい? アタシが化石調査のときこんな雨に降られてさ、そんなときにもあんたはアタシにこうしてお茶を入れてくれたじゃないか」 「そう……だったかな」 「薄情者だねえ。アタシはよーく覚えてるよ。なんだい、あんた覚えてないってのかい」 「い、いやあ……」 アロエの口調が彼を責める色を帯びてくる。今、戸惑って頭がうまく働いていないことを抜いても、彼は本当に覚えていないのだった。お茶を入れるのはいつものことで、アロエが特に覚えているというその場面は埋もれてしまっている。 漫画なら汗を散らしてどもっているだろう彼を見て、アロエはふっと表情を緩めた。目の前の湯呑みを見つめる。 「そうだね、あんた、いつもアタシにお茶入れてくれるからね」 「それが僕の仕事みたいなものだからね」 目立たなくとも、いつでも彼はアロエの傍らにいる。頭をかく彼に対し、アロエは微笑む。 「それでもアタシは、とっても助かっているんだよ」 彼が顔を上げる。 「……お茶、持ってきてくれるかい」 彼の顔がパッと明るくなった。アロエがもう一度ほら、と笑うと、彼はやかんを取りに立ち上がった。
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