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シュナとアルスの不思議な旅
日時: 2011/02/06 00:56
名前: わたぬけ◆uIYgSadM30E ID:jdNgFCJo

――それはいつか どこかで 誰かが 願ったことだったのかもしれない……











 物心がついてから一番最初に残っている記憶を辿り、その場面を思い浮かべても、いつから自分はそこに居てその前には何があったのかと答えることは出来ないのと同じように、“その者”はいつから自分がここに居てどうしてこんな場所に今居るのか見当がつかなかった。
 気がつくと自分は仰向けになっていていた。深い眠りから覚めたから仰向けになっているのか、何か気を失うような事態に遭遇したから仰向けになっているのかその判断さえ付かない。夢を見ていたような気もするし、見ていなかったような気もする。頭がクラクラと霞がかっているようにぼんやりした。
 その目に写っている光景は何も無い空。
 明るい。そして紅を垂らしたようなあかね色に染まっているように見えた。きっと夕暮れ時なのだろう。西日だと思う光りに照らされて顔が熱い。
 仰向けの体勢のまま、すぅっと深呼吸し思わず瞼を閉じた。肺に取り込まれた空気を全身に運ぼうと血管に温かい血がめぐっていくのを感じた。その体内の働きをさらに促そうと大きく手足を伸ばそうとする。その時だ、違和感を覚えたのは。

 手足の感覚がない。いや違う。五体は確かに自分の意思通りに動いている。だが“動かしているという感覚だけ”がないのだ。まるで手足を動かしたいという意思が眼に見えない誰かに伝わって、その誰かが見えない糸を操ってようやく動いてくれているといった奇妙な感覚。ちゃんと目覚めているはずなのに動かす手足はまるで夢のなかのようにふわふわと浮遊しているように覚える。それともここが夢の世界なのだろうか……。
 慌てて起き上がり、とじていたまぶたを勢い良く開いて自分の手足を確認しようとした。そうでもしないと今にも自分が、まるで春の山の残雪のように儚く溶け消えてしまうのではないかという恐怖が、心にそっと影を落としたからだ。
 だが目を見開いたその瞬間、その者は四つの事実に否応なく直面するのだった。

 まず一つ目に、自分の体はちゃんと五体満足しているということ。いつの間にか先程感じた奇妙な浮遊感も消えてしまっている。
 二つ目に、この場所はなんだかたくさんの種類の花々が乱れ咲く花畑だということ。自分はこの場所を知っているのか知らないのか判断がつかないが。
 三つ目に、そもそも今は夕暮れ時ではなく、夜だったのだということ。よく見ると空のどこにもその暖かな光を与えてくれる太陽は浮かんでいなかった。
 ではなぜ空があかね色に染まっているように見え、西日のような熱い光を感じたのか。

 四つ目、この花畑は今まさに失われようとしていること。
 なぜなら……、まるで巨大な生き物のような不気味な何かが、赤く輝きながら花畑中を跋扈し蠢いていたからだ。
 あたり一面、火の海だった。いろんな色、形の花々が咲いているはずなのに、朱に交われれば赤という言葉のように炎に紅色に照らされていた……。


――物語はここから始まる







☆目次

【第一篇:旅の始まり】


第一章「廃墟での出会い」

−1− >>1 
−2− >>2 

第二章「音と香りは夕暮れの大気に漂う」

−1− >>3
−2− >>4

第三章「バーンズロウ家」

−1ー >>5
−2− >>6

第四章「最初に思い出したこと」

−1− >>7
−2− >>8

第五章「葉末を渡る鐘の音」

−1− >>9
−2− >>10
−3− >>11
−4− >>12

第一篇TIPS >>13


【第二篇:鍵の行方】

第六章「レマルクシティへ」 >>14

第七章「歴史の街の冒険」

−1− >>15
−2− >>16
−3− >>17
−4− >>18

第八章「私をレースに連れてって」

−1− >>19
−2− >>20
−3− >>22

第九章「レース・誘拐・第三者」

−1− >>23
−2− >>24
−3− >>25
メンテ

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Re: シュナとアルスの不思議な旅 引っ越し準備中 ( No.4 )
日時: 2010/09/14 21:02
名前: わたぬけ◆uIYgSadM30E

 −2−

「なーるほどな。するとあの妙な黒服どもはお前さんの父親の決定に納得していない奴らの手による者どもか」

 二人――正確には一人と一体と言うべきかもしれないが――は半時ほど飛んだのち、通りがかりにあった湖の畔で一旦降り、休憩していた。
 キュロス山麓を初めとするこの地域一帯はまだまだ開発の手が伸びていないらしく、湖の周りは大小様々な木々による深い混交林に覆われていた。正午をとうに過ぎていた太陽は徐々に傾き始めている。しかし空はまだ夜が近づくのを感じさせないほど青く澄んでいた。湖の水はその空の青さをそのまま流し込んだように、これもまた澄み切った青さと対岸の山に生えているたくさんの木々の瑞々しい青葉の色を湛えている。水面は少し風が吹く度に波打ち、水面に移る山体の写し身がゆらゆらと揺れていた。
 少女とカイリューが休んでいたのはその波打ち際から少し離れた草地。
 シュナは風で髪の毛が靡くのを嫌がったためだろうか、背中ほどまで伸ばしている黒髪をゴムで纏めてポニーテールのようにしている。そして草地の中でも比較的地面が乾いていると思われる部分に膝を抱えるようにして座っていた。一方で先程シュナによって新しい名前をもらったばかりのカイリュー、アルスは片手に顔を載せるような体勢で、足を湖に向け、顔をシュナの付近に持ってくるような形で寝そべっていた。
 廃墟をなんとか脱出して追手から逃れた興奮もようやく冷めてきたところになって、シュナは何かアルスに話しかけようと思ったが、どんな言葉で切り出せばいいのか迷っていた。そもそも人語を操ることができるポケモンを彼女は知らない。様々な学者がポケモンは人語をある程度解することが出来るということは知っていたが、このカイリューのように完全に人語を理解するばかりかさも当然のようにしゃべっているという例なんて聞いたことがない。一応ペラップというポケモンが居るが、あれは単に聞こえてきた音を真似ているだけで自分で理解してしゃべっているわけではないはずだ。
 それはそうとしてやはりこれ以上沈黙を続けるわけにはいかない。なにか切りだそうとするが、その切り口をどうにも見いだせなかった。そんなこんなで考えを巡らせているうちに、話の切り口はアルスが「そういやさ、なんでシュナはあの変な奴らに追われてんだ?」と尋ね、どうしようか躊躇しながらも彼女はこれまでの話を語ったのだった。

「しっかし、なんでお前こんな辺鄙なところで一人で来たんだよ?」
「そのことだけどね、三日前に手紙が届いたの」

 彼女はジーンズのポケットからその手紙の実物と二本の鍵束を取り出す。
 一瞬シュナはその内容を聞かせるべきか否か躊躇するが、数秒ほど考えた後それを読み上げた。


    “バーンズロウ家の新しい当主へ
     あなたが自分の身を守りたいと願うのなら、同封している鍵を持ってキュロスの廃墟へ行きなさい”


 極簡単なメッセージだった。手紙というよりもただの伝言といったほうが良いかもしれない。実際それが書かれている用紙は手紙などで使われる便箋というよりも、メモ帳の一頁を切り出したものと言うのが的を射ていた。

「それで、私はあの廃墟に来たの。といっても屋敷の人たちに黙ってこっそりとね。だって私が当主になってから、なんだかいつもなにかしら五月蝿くて、ちょっとそういうのから開放されたいって気分だったの。それが結局、あの怖い人達に機会を与えちゃったんだけどね」

 実際彼女が当主になってからというもの、使用人は毎日のようにシュナに対して彼女が何をするにしても五月蝿く干渉してくるのだった。ちょっと外出するにしても必ず警護のものを付かせなければならなかったし、別の部屋から運びだしたいものがあっても、その場面を見られようものなら「そういうことはわたくしどもにお申し付けください」と釘を刺されるのだった。まるで自分に対して腫れ物に触れるような過剰ともいえる使用人たちの態度にうんざりして、たまには一人で行動したいと思うのも自然の成り行きであろう。
 彼女は一番近くの街の駅から乗ったタクシーで、キュロスの廃墟を指定したとき運転手から妙な目で見られたことを思い出した。まだ十代半ばにも達していないような少女がこんな辺鄙な廃墟へ行くことに対して不思議に思われるのは当然のことだったなと彼女は少し笑みを浮かべる。

「あの人たちに追われている時に、偶然地下階段を見つけてこの鍵を使う扉を見つけたの。その先にいたのがあなただったというわけ」
「そういうわけか。なんとか合点がいったが、誰かわかんねえのか? その手紙送ったやつ」
「うん。最初は父の当主継承の一貫で使用人たちが口裏合わせてるかと思ったんだけど、もし父がそういうことするならそんな回りくどいことするはずないなって思ったの。あんな映像見せて堂々と当主継承を宣言したほどだから」
「うーん、よくわかんねえな。ところでその鍵、大金庫とやらの鍵とは違ったのか?」
「もちろん、試してみたよ。でもやっぱりというか、二本とも違った」

 

 そのときズンッという低く重苦しい音が鳴り渡った。同時に地面が振動する。初め、シュナは地震でも起きたのかと思った。だが、その考えはすぐに破られる。音はズン、ズンと一定のリズムにしたがって起こり、明らかにそれは何か大きな生き物が歩いている音を思わせた。だが、別の音も聞こえてくる。なにか大きなものが這ってくるような、あるいは転がっているような音。どちらの音もとにかく、それは大きく重い何かだということは分かる。
 そしてそれらの音は、明らかにこちらへ向かっていた。だんだんそれが近づいてくる。しかし、二人が座っている草地の周りには深い森が広がっているため、音の正体である者は未だに姿を現さない。
 そのとき何か堅いものが無情に折られるような音が悲鳴のように鳴り渡る。それとともに森の奥のほうで木が何本か倒れ始め、その衝撃で辺りに潜んでいた鳥たちが一斉に飛び立つ。鳥たちは自分たちの住処が荒らされたことによる怒りや悲しみに声をあげながらもその危険な場所から逃げるのだった。

「な、なに?」

 シュナが緊張した声を漏らす。
 そしてついに音の正体が姿を現す。音の種類が二つあったように、その正体もまた二匹のポケモンだった。一体は四本足で象のような長い鼻を持ちながら、頭から背中全体にかけて硬く大きな装甲のようなもの、そして二本の大きな牙を持っている。もう一体はたくさんの岩がつながってそれが蛇のようになっている。繋がっている岩一つ一つが大きく、またそれがゴツゴツと角立っているため、そのポケモンが這った後は浅く溝をほったように地面がえぐれていた。
 シュナはこれらのポケモンを二体とも知っている。四本足の方はドンファン。岩蛇のような方はイワーク。その二体のポケモンは明らかに彼女ら二人を睨んでいる。敵意を持っていると表現した方が正しいようだ。

「二匹ともこんな場所にはいないはずなのに」

 たしかにそうだった。ドンファンにしろイワークにしろこういった緑溢れる水辺で生息するにはあまりに場違いな存在に思われる。

「どうやらシュナの追手が放った奴みたいだな。ちょうどいいや。昔のこと思い出せねえがなんか腕がなまってる気がしてたんだよ」

 横になっていたアルスは二メートルを越す巨体であることを思わせないようにヒョイと立ち上がった。こういうとき人間だったら腕をぐるぐると振り回したり、首や指の骨をパキパキと鳴らしたりするものだが、カイリューの場合はどうやら翼を動かすらしい。翼をいっぱいに広げてわざと飛ばないほどの強さでバサバサと羽ばたかせる。
 台詞自体は余裕に溢れるようなものだったが、表情はきつく緊張させている。その表情からシュナは自ずとその場から一二歩下がる。
 ドンファンもイワークもアルスに負けないほどの大きさの持ち主で、シュナは大丈夫だろうかと心配する。特にイワークは岩タイプの持ち主で岩の属性の攻撃は飛行の属性を持つカイリューにとって不利なもののだと知ってるからだ。

「心配すんな。ちゃっちゃか片付けてやっから」

 アルスは彼女の胸中を察したのかそう言い聞かせた。

「それより、巻き込まれたくなかったら近寄るなよ」

 そして始まる。
 最初に行動を起こしたのはドンファンだった。壊れたチューバのような雄叫びを上げ、前足で大きく地面を踏み鳴らし、後ろ足で強く蹴り、一気に突進してきた。
 アルスは片足を一歩踏み出し、両腕を広げる。そしてシュナはアルスがやろうとしていることを察してさらに波打ち際近くまで下がった。
 爆発にも似た衝撃音とともに二つの影は衝突し土と砂埃が舞った。
 そして晴れる。

「おい、やめとけよ」

 アルスは両手でドンファンの牙を押さえていた。そして両足は大地を強く踏みしめ踏ん張っている。彼には避けるという選択もあった。しかし後ろにシュナがいたためそれをするわけにはいかない。
 ドンファンは自分の得意の攻撃を抑えられたことが意外だったのか、その目に驚愕の色を浮かべている。一方でアルスは自分の目論見通りに運んで思わず顔に笑みを浮かべる。
 しかしこの状況でもまだアルスは不利であった。イワークが行動を始めたのだ。
 イワークはその巨体と体形にも似あわず大きく飛び跳ね、ドンファンを抑えている状況にあるアルスに自身の岩のしっぽを振り下ろす。だがアルスもこの状況を黙って許すはずもなかった。彼はドンファンの牙を離すと弾かれたように跳躍し、ギリギリのところでイワークのしっぽを避ける。
 まるで巨大な太鼓に巨大な撥を振り下ろしたかのような、轟音がとどろき、イワークのしっぽは地面へと叩きつけられた。

「ったく。こいつら聞く耳を持ちゃしない。『アルジノメイレイ サカラエナイ』だとよ」

 アルスはそう吐き捨て、力を込めて地面を勢い良く蹴るとドンファンとイワークへと向かう。
 先程のアルスがイワークを避けたことによって二匹は思わぬ被害を被っていたが、体勢を整えアルスを迎え撃つため構える。
 しかしアルスの方が数瞬早い。
 アルスはいつの間にか右腕になにか青白い光を纏わせ、その腕を大きく振りかぶりながら急速に接近する。そしてターゲットはイワークだった。自分が狙われていることに気づいたイワークはなんとか避けようと体を仰け反らせるが遅い。
 そしてアルスの右手は固く握られて拳となってイワークの体の身中へと叩き込まれる。その衝撃にイワークは白目を向いて吹っ飛ばされる。九メートル近い全長を持つ巨体は大きく弧を描きながら投げ出されていく。そして頭から地面に突っ込み、倒れた。
 その姿はまさしく戦う者。
 心の記憶は失われていても、身体の記憶は今なお彼の中で息づいていた。
 そのときアルスの右手の森の奥から木の枝が激しく折れるバキバキという音が響く。

「あ、危ない!」

 シュナが叫ぶ。いつの間にか姿を消していたドンファンが森の中からその姿を現したのだ。それも体を丸めて猛スピードで転がりながら。その速度は先程の突進の比ではない。シュナの立っている場所からはエアの表情が読み取れないため、彼が何を思っているのか知れない。
 しかし分かることは一つ。彼は避けようとは思っていないことだ。
 時間を数える暇もなくドンファンはアルスへと接近して行く。
 刹那、両者が接触する。
 シュナの耳は雷が落ちたような鳴動で聾した。
 アルスは転がってきたドンファンの鼻の部分に掴みかかり、強引に回転の動きを止めていた。だが勢いまでは殺せずそのまま地面を滑り十メートルほど流された。
 そして止まったとき、アルスは自らの勝利を確信する。

「ワンパターンなんだよ! お前の動きは!」

 だがドンファンもそのままカイリューに行動を許すまいと、自らの牙をアルスの腹めがけて刺しかかる。
 しかしアルスの方はその動きを強引に止めさせる。そして彼は両足を地面に対してガッシリと踏ん張りを駆けるとあろうことかドンファンの巨体を持ち上げた。

「どおおぉぉおりゃあぁアアぁぁァッ!」

 彼はドンファンを宙高く持ち上げるとそのまま後ろにひっくり返るように背中から地面に叩きつける。シュナはその動きにニホンのスポーツである柔道の巴投げを思い出す。とはいえ、あれは相手の攻撃を逆に利用して背中から落とす技らしいが、アルスの動きは自分の力のみで相手を持ち上げそして落としていた。
 地震にも似た振動が鳴り渡る。ドンファンはそのまま目を回して動かなくなった。
 
 シュナは一部始終を目にしていた。
 そして改めて思う。アルスは一体、あのキュロスの廃墟で眠る、あるいは眠らされる前は一体どこでどんなことをやっていたのだろうかと。

 アルスは事が終わったことを悟り、自分の体についた土や砂埃を払う。

「ふー、前のこと憶えてねえけどなんか久しぶりな気がするわ、この感じ」

 そしてシュナはアルスへと駆け寄った。
 
「大丈夫?」
「ああ、ちょっと久々で感覚がわかんなかったけど、平気だよ」

 アルスは笑い顔で答える。確かに先程の戦闘を振り返ると目立った攻撃は受けていなかったと見えるからその言葉に嘘はないようだった。
 思わず安堵の笑みをシュナは返す。しかしシュナは先程から自分が考えていることを彼に問わなければならなかった。

「本当にいいの?」

 シュナは尋ねる。相手の方はいったい何のことかと思いその旨を返す。しかしシュナは一瞬言おうか否かを迷った。数秒ほど間が開いた後、意を決して彼女は自らの思いを伝える。

「あたし、実はあなたを初めて前にしたとき、状況が状況だったからもあるけど、自分のことしか見えてなかった。ただ自分を助けて欲しいというそれだけであなたの封印を解いたの。
 でも、これで分かったでしょう? あたしに関わったらこれからもこんなふうに危ない目に遭うかも知れないよ。今回は楽に倒せたみたいだけど、これからもっと強いのが狙ってくるかも知れない。
 せっかく自由を手にしたんだから、あたしなんかに関わって、これからも危ない目にあって、それで……いいの?」

 彼女はそこまで言うと顔をうつむかせる。確かにキュロスの廃墟やそして今回この湖で戦ってくれたのは正直嬉しいと感じていた。しかしアルスを目覚めさせたのは自分の都合、助けてくれるのも自分の都合。だけどアルスの都合はどうなのか? それがずっと気がかりなことだった。
 アルスはどのくらいあの廃墟で眠っていたのかしれないが、もしアルスにやりたい事があるのなら、その方を優先させようと思っていた。
 と、そのとき視界がにわかに暗くなる。同時に頭の上にアルスの大きな手が置かれるのを感じた。

「なーに言ってんだよ。最初に言っただろうが。お前といると昔のことが思い出せるかも知れないって。お前にはあそこから出した恩も感じてるんだしさ」

 アルスは背中を曲げて自らの目線をシュナの位置まで下げて、彼女の目を見据えながら言った。

「それに記憶がねえ俺にどこに行けってんだ? それこそ無責任じゃねえか。お前には名前までもらってるんだしよ」

 彼は片目をつぶって片手の爪を自分の頭にチョンチョンと当てながら言挙する。
 その動きがどうにも人間臭くて彼女は思わず吹き出した。アルスの様子はとても記憶をなくしている者とは思えないほど揚々としていた。
 そしてさらにアルスは付け加える。

「守ってやるって」

 それは彼がポケモンであるが故なのか、なんの恥らいもなくためらいもなく、まるで極自然であることのように当たり前に言ったのだった。
 シュナは涙こそ出さないものの、目頭が熱くなるのを感じる。久しぶりだったのだ。誰かからここまで親しく振舞われることが。ほとんど自分のことに気をかけなかった父親、自分の存在を疎ましく思う親戚達、話し相手にはなってくれるものの立場の壁を取り払ってくれない使用人たち。バーンズロウ家という立場であるが故、深く関わろうとしない街の人たち。そんな中でどんな考えがあるのかは分からないが、自分のことを『守る』と言ってくれたアルスに。

「ありがとう」

 シュナは微笑みかけて口にした。
 そして涙が出そうになった目頭をなんとか抑える。
 いつの間にかドンファンもイワークもその姿を消していた。どうやら森の奥に潜んでいた追手たちが二人が会話している間に戻したらしい。逃げられたことは惜しいがシュナは構わなかった。

「じゃあ、ちょうどいい準備運動にもなったし、行くか」
「うん、屋敷に戻らないとね」

 そしてシュナは彼の背中へと跨る。アルスは翼を大きく広げると、十歩ほど踏み切りをつけて地面を大きくけった。同時に羽ばたく。あっという間に大地と湖から離れていった。ぐんぐん上昇していって程良い高さまで到達すると、その高さを維持して飛行する。
 西の方角に目を向けると太陽がもう赤く染まりかけているのが見えた。今日中に屋敷に帰るのは無理かもしれないなと思った。そして次に東の空へと目をやる。西の空の赤さとは対照的にもう夜の到来を予感させるような紺色に染まりつつあった。空気を打つ風の音がゴオゴオと鳴り、太陽に暖められていた森の香りが鼻をくすぐる。
 音と香りは夕暮れの大気に漂う。この上なく安らかに。
 もう少し時間が経てば一番星が見えるかもしれない。
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