Re: シュナとアルスの不思議な旅 引っ越し準備中 ( No.2 ) |
- 日時: 2010/09/14 21:00
- 名前: わたぬけ◆uIYgSadM30E
- −2−
アンノーンたちがいなくなった後、部屋には少女と未だ目を覚まさないカイリューが取り残される。少女は小山ほどもあるカイリューをまじまじと見つめた。ゴクリと固唾を呑む。心なしか飲み込んだ唾は苦く感じた。そして恐る恐る近寄ってみた。 カイリューはやはり目を覚まさない。胎児のように丸まったままピクリとも動かないでいた。少女はさらに近寄る。まるで触れたら爆発してしまうのではないかと錯覚させるような慎重さで。 少女は迷った。彼女はこれまでポケモンと接したことはあれど、世間に数多と存在するトレーナーたちのように一緒に暮らしたり戦わせあったりしたことなどなかった。それもカイリューという明らかに自分の手に余るようなポケモンを果たして自分が扱えるのかもわからない。それにこのカイリューのことも気になった。いつからこんな廃墟の地下で、なぜ眠らされていたのか。あのアンノーンたちはなんだったのか。ここに来る以前はどこでなにをしていたのか。様々な疑問がまるで川の澱みに生ずる水泡のように浮かんでは消え、浮かんでは消えする。 しかし少し経って彼女は何かを思い出したようにポケットを探り始めた。取り出したものは四つ折りにされた折紙ほどの大きさの小さな紙切れ。彼女はその紙に書いてある言葉を独り言のように何度も何度も復唱する。そしてついに意を決したように深呼吸し、一つ唾を飲み込むとゆっくりと自らの手を眠っているカイリューの頭の方へと伸ばした。この廃墟に来てからが非現実的な出来事が続いたせいで、半分夢うつつな状態にあることを少女は半ば自覚していた。しかしこのカイリューがきっと今自分が置かれている現実を打開する一つのきっかけになる。少女はそんなことを思いながらさらに手を伸ばす。 指先と頭までの距離が狭まっていく。
「こんな所にいましたか」
感情のこもっていないような冷ややかで鋭い声が響いた。同時に夢うつつのような状態から少女は一気に現実へと引き戻された。心臓が早鐘を打つように鼓動する。声のした扉の方へと振り向くと、例の黒服の男たちが立っていた。
「なあに、抵抗さえしなければ悪いようにはしない」
絵に描いたような甘言を先頭に立っていた男がささやいた。
男は甘言をささやく。そして扉から次々と仲間であろう他の黒服たちが次々と入ってくる。
「おい、なんだこれは!?」
別の男がようやく部屋の端にあるものに向かって叫ぶ。男たち全員の視線が一挙にその方向へと集まる。しかしやはりこのような場面まできてもカイリューは目を覚ます様子はない。 その様子に安堵したのか男たちは再び少女へと詰め寄る。彼女は後ずさる。しかし非情なことにすぐにその小さな背中は後方の壁にぶつかってしまう。彼女がその時感じた壁の感触は氷のように冷たいものだった。せめてもの抵抗で彼女はそのまま座り込む。
「さあ来るんだ!」
先頭の男の乱暴そうな手が彼女を追い詰めるように迫る。
「いやッ!」
無自覚に彼女は叫んぶ。頭ではもう観念するしかないとわかっていても、体が拒否したのだ。
「連れていけ!」
男たちの内さらに数人が少女へと近づく、そして先頭の男が彼女の手首を乱暴に握った。とても強い力で握られてこのまま無理やり引っ張られれば手首から先がちぎれてしまうのではないかと思った。振り払おうとするが男の力は強く、まるで万力で押え付けられているかのようにビクともしない。 後に続いた男がさらに片方の手首を握ろうとする。無理やり引っ張っていこうという魂胆なのだろう。
「いや、やめてッ! 離して!」
助けなど来るはずが無いとわかっていながらも、彼女は有らん限りに叫ぶ。 どうしてこんなことに? あたしは何も求めてないのに。ただ今の生活が嫌だっただけなのに。悔しさの叫びが心のなかで次々と浮かぶ。 そして目の前にいる男の手に白いハンカチが握られている。ああ、よくサスペンスもののストーリーなんかにあるようにあのハンカチに染み込ませてある薬で眠らせるつもりなのだ。彼女は直感する。
「いやーッ!」 「おい、大人しくし……」
そのとき小さな爆発のような鋭い破裂音のようなものが響く。その一瞬後、ハンカチを持っていた男が重い苦悶の声を漏らし、膝をついてうずくまった。よく見ると男の体から小さな雷のようなものがまとわりついて、パチパチと音を立てていた。一体何が起きたのかとその場にいる全員があたりを見回す。そしてすぐにその原因となるものが目に入った。少女のうずくまった音を挟んで向かい側に二メートルを優に越す巨体があった。薄い褐色の肌に筋骨の発達した体つき、全長をはるかに超すほどの大きさの巨大な両翼。カイリューが目を覚ましていた。
「お前ら……そいつになにしてんだ?」
混乱につぐ混乱の中で頭は理解出来る容量を超えてカンストでも起こしてしまったのか、彼女は「えーっと……」とこの場にそぐわないほどのすっとぼけた台詞を吐いていた。
しゃべった?
少女はそのとき黒服たちもこの奇妙な出来事に唖然として、掴んでいる男は手の力が弱まっていることに気づいた。渾身の力を振り絞って男の手を振り払い、ついに自由を手にする。とはいえ、あまり広いとは言えない上に出入口が塞がれているこの部屋では行き着く場所はひとつしかなかった。 もうこうなってしまった以上、自分にとって危険か否かなど関係ない。藁にもすがる思いで彼女はカイリューの方へと走る。そして言おうとした。「助けて!」と。だがカイリューは意外なことにその言葉を遮る。
「分かってるよ。こいつらから逃げてるんだろ」
彼女は思った。このカイリューは自分と誰かとを勘違いしているのかもしれないと。さきほどの「その女になにしてんだ?」という発言もそうだ。
「あの、あたしは……」 「暴れんなよ」
さらにカイリューは彼女の言葉を遮ったばかりか、突如その大きな腕で彼女をつかみ、自身の体勢を若干かがませると乱暴とも思えるような動作で彼女を自分の背に載せた。ほとんど放られるような形でカイリューの背に乗る。 男たちは何人か人数が減っていた。おそらくさきほどのカイリューの電撃――ポケモンのことはよく知らないがさっきのは「電磁波」という技だったのかもと彼女は思った――で倒れた者を運んでいったのだろう。しかし未だ健在な者が数人残っており、さらに悪いことに残った黒服たちはそれぞれの手に黒く光るものを持っている。拳銃だった。少女はそれを今までテレビや映画の中でしか見たことがなかった。だから現実に目の前に出されると、一瞬それが本物なのかどうか迷ってしまう。
「掴まってろ」
カイリューはくぐもった声で囁く。 彼女は言われた通り、カイリューの翼の付け根の部分をしっかりと握った。そして彼女は感じた。部屋の空気の流れが変わったと。実際そうなっているのか分からないが、直感がそうだと示す。
「撃て!」
黒服の中でも先程少女を真っ先に詰め寄ったおそらくこの中でのリーダー格らしき者が叫ぶ。少女は思わずぎゅっと手のひらを握り締めるようにまぶたを閉じた。 刹那、先程から渦巻いていたと思われる部屋の空気がカイリューを中心として一気に放たれる。何が起こったのか彼女はカイリューの背が壁のように塞いでいるため眼にすることができない。だが、その結果は分かった。 黒服たちの叫ぶ声が聞こえる。同時に何かを落とした音が聞こえる。 直後に何か地鳴りのようなものが起こり、突如としてこの部屋の扉とは反対側にある壁が赤く光り始めた。一体何が起きたのか。見るとその壁にはまたあのアンノーンたちの模様が光っている。そしてアンノーンはまたあの叫び声のような音を響かせると、赤く光っていた部分が消え、隠れていたまた通路がポッカリと口をあけた。もはやここに来て様々なことが起こりすぎた彼女にとって、このような展開ではもはや驚かなくなっていた。
「おおう、御丁寧だな」 「くそ! カイリューを止めろ」
開いた口へと動き始めたカイリューに、黒服たちがその背に乗せている少女に飛びかかろうとする。だがそれは無駄なこと、動きに気づいたカイリューはまるで黒服たちが周りをしつこく飛んでる蠅か何かのように片手で振り払った。だがカイリューの大きな腕に払われた男たちは一気に扉近くまで飛ばされる。
「くっ、やむを得ん。退くぞ」
リーダー格の男が叫び、残りの数人もいそいそと扉から退散した。 なぜ彼らは銃を使わなかったのか。すると床にまるで壊れたおもちゃのようにバラバラに分解している銃が黒服たちの人数分落ちているのに彼女は気づく。
それにしてもこのカイリューはいったい何なのだろうか。もう聞き違いでも空耳でもなく間違いなくこのカイリューは人間の言葉をしゃべっている。人間でない者が人間の言葉を話す。少女はこのカイリューが人間の言葉をしゃべっているのか、自分がカイリューの言葉が分かるようになったのかよく分からなくて奇妙な目眩のようなものを覚えた。
「さ、行くぞ」 「待って!」
いざ飛び立とうと翼を広げようとしたカイリューを少女は止める。
「おう、何だ?」 「ひょっとしてあたしのこと、誰かと間違えてない? 助けてもらってこんなこと言うの申し訳ないんだけど、あなたに会うのはここが初めてだし、今まで生きていてカイリューの実物に会うの、やっぱり初めてなの」
カイリューはよっぽど意外なことを言われたのか、少し考えるような素振り見せる。そして一旦少女はその背中から降り、カイリューの前へと立つ。 カイリューは少女の顔をじっと見つめる。考え事をするように首を傾げたり、何かを思い出そうとするように片手を頭に当てる。そして返ってきたカイリューの答えはさらに意外なものだった。 「すまん。お前の顔見てよく知ってる誰かと同じに見えたんだ。だけど、今考えると誰だったか思い出せない。それに……ここ、どこなんだ? 俺、今まで自分が何をしてきたのか。全然思い出せねえんだ……」 「それって、記憶喪失ってやつ?」 「キオクソウシツ……?」 「昔のことが思い出せなくなってたり、自分のことや周りのことを忘れちゃってることよ」
カイリューは「なるほど」と返し、また何か考えているような仕草を見せた。少女の方もこのカイリューについて色々と考えを巡らせた。さきほど自分のことを助けてもらったときは、とても心強いばかりか一種の恐怖の念すら感じたが、今自分の記憶が思い出せ無くなっている様を見るとどうにも人間臭く、ちょっと違うのかもしれないが可愛くも見えた。
「そうなのかもしれねえ。だけどお前の顔、よく知ってる誰かと同じ感じがすることは確かなんだよ」
もはや彼女はこのカイリューがどうして人語を話すことが出来るのか気にしない。それよりもこのカイリューが何者で、どうしてこんな場所に今まで眠らされていたのか、そして眠らされる前はどこで何をしていたのか。そして最も気に掛かること。なぜその場所がこのキュロスの廃墟であるのか。 しばらくお互いに沈黙が続いた後、突如カイリューの方が思いついたように顔を上げ、少女に再び背に乗るよう促す。
「どうしたの?」 「いや、なんだかわかんねえけど、お前の周りに居れば何か思い出せるような気がするんだ」
それが一体どういった根拠によるものかはおそらくカイリュー自身も分かっていないようだった。しかし少女にとっては打算的な考え方は嫌いではあるが、都合が良かった。このままこのカイリューが自分の周りにいてくれたら、きっと身にかかる危険から守ってくれるだろうと。 彼女は促されたとおりに背に乗る。先程は感じなかったがカイリューの背は今までずっとアンノーンによって眠らされていたとは思えないほど暖かだった。そしてカイリューはさきほど止められた翼を再び大きく広げた。 カイリューは満身の力を込めて羽ばたく、隠し扉が開いた先は長い回廊のようになっている、しかし天井がかなり高くなっており、あらかじめカイリューがここを飛翔して通ることを見越して設計されているようだった。 何度か羽ばたいて翼に調子がついてきたところで、カイリューは思いっきり床を蹴った。ふわりとその巨体が浮き上がる。さらに羽ばたくスピードを早め、それにともなって前へと進む速度も上がっていく。 通路はさらに奥へと伸びているところで、急に上りの勾配に差し掛かった。すると何か前方にうっすらと光りに照らされる石垣のようなものが見えた。さらに前方へと進むとどうやら縦方向に伸びている穴と合流するようになっているらしかった。
「井戸よ!」
彼女は直感的に叫ぶ。するとカイリューはその縦伸びている穴に合流すると同時に、翼を起用に羽ばたかせさらに真上へと飛んだ。少女はカイリューの肩を落ちないようにぐっと握る。そして地上へと出る。溢れんばかりの太陽の光。たった少しだけ見ていなかっただけなのに、少女にとってとても懐かしく、そして有り難いものに思った。それはおそらくカイリューの方も同じだろう。 地上を見下ろす。どうやら出た場所は廃墟から少し離れた場所にある古井戸だったらしい。屋敷の影がどんどん小さくなっていく。それから、彼女は何かを思い出し、カイリューに話しかけた。
「あの、ありがとう」
一瞬カイリューは何のことかわからなかったらしく、その旨を返す。
「助けてくれて」 「なあんだ。それならお互い様だろ」
それはきっとあの冷たい部屋から出してくれたことを言っているのだろうと彼女は直感する。
「あなた。自分の名前……なんて呼ばれていたか覚えてる?」 「すまねえな。それもちょっと……思い出せねえんだ。好きに呼んでくれ」
自分の名前を忘れる。それはどんな気持ちあのだろうと少女は内心ぞっとする。自分が何者かも忘れて、そして名前まで分からない。そんな気持ちはおそらくこのカイリュー自身にしかわからないだろう。しかし彼女は自分が何者なのか、捨ててしまいたかった。今自分を縛っている事柄から離れ、解放されたいと思った。だが、すぐにそんな考えを浮かべる自分を恥じる。 そして少女は思案する。記憶を失ってしまっているこのカイリューに付けるべき名前。ただの名前ではいけない。このカイリューには一体以前なんと呼ばれていたのか想像も付かないが、なんとなくそれに負けないものにしたかった。でも、もしカイリューが記憶を取り戻し、本当の名前を思い出したらどっちの名前で呼べばいいのだろうという考えもよぎる。一,二分ほど思案したところで、彼女の頭に懐かしい響きの言葉がまるで果てしなく続く荒野の中で、ポッと一輪の花を見つけたかのように浮かんだ。
「『アルス』ってのは……どうかな?」 「なんだそりゃ?」 「あたしのおばあちゃんが昔教えてくれたおまじないでね。『エト・アルス・ペルペチュア・ル……セ……? サ……?』うーん全部思い出せないわ……。『光を見失うな』って意味で『アルス』は『光』」
少女は教えられたまだ幼かったとき、「どうしてわざわざ変な言葉で言うの?」という自分の疑問に「おまじないとかはそれっぽい言葉で言うから効果が出るのよ」と祖母が満面の笑みで返した時のことを思い出した。思えば彼女自身随分長い間このおまじないの言葉のことを忘れていた。だから全文がどうしても思い出せない。他にもいろんなおまじないを教わったはずなのに、思い出せるのはこの言葉だけ。今度祖母に会うことがあればもう一度教えてもらおうと思った。 カイリューは「ふーん」とまるで他人事のような反応を見せる。あまり嬉しくなかったのだろうかと少しだけ少女は焦る。
「なかなかいいと思うぜ」 「そう、ならよかった。あたしはシュナっていうの。よろしくね」
そのときシュナは自分がようやく微笑むことが出来たことに気づく。廃墟に来てからと言うもの、謎の黒服の集団に追われ、命からがら逃げてきた。そして突然自分の前に現れた記憶をなくしたカイリュー。色々余裕の無いことが立て続けに起こっていたのだ。安心できなかったのも無理もないことである。 そしてシュナは見た。上空からみる広大なキュロスの山麓の光景を。緑色に茂っている森がまるで海のように広がっていた。
「アルスか。気に入った!」
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