Re: シュナとアルスの不思議な旅 引っ越し準備中 ( No.18 ) |
- 日時: 2010/09/27 22:24
- 名前: わたぬけ◆uIYgSadM30E
- −4−
このあたりは街というよりも倉庫街で、小さな工場や倉庫のような建物が立ち並んでいる。人通りはあれだけ観光客や露店への買い物客でにぎわっていた中心街に比べると、同じ街とは思えないほどガランとしていて歩行者など一人としていなかった。 二人はピジョットを見失ってしまい、しばらく低空であたりを旋回していたのだが、やがて倉庫街の脇を流れる一本の水路の横を平行して敷かれている小奇麗な通りへ降り立った。シュナはえいっとアルスの背中から飛び降りる。 このあたりは歴史景観保護地域としての規制も中心街に比べると緩いらしく、ほとんどが鉄筋とコンクリートでできた比較的新しい建物だった。なかには昔ながらのレンガ造りの建物も見受けられるが、中心街に比べると影を潜めていた。シュナはなんだか奇妙な感覚にとらわれた。この無機質な建物の群れとあのサルビアの花のような建物の群れとが同じレマルクシティという街の延長線上にあるというのがいまいち結びつかなかったがためだった。そんな不可思議なパッチワークを見たような感覚を彼女は率直に感想する。
「うーん変な感じね。同じ街のはずなのに、こんなに雰囲気が違うなんて」 「んなこと言ってる場合かよ。あの男とピジョットを探すぞ」 「ごめんごめん」
それにしてもというか……。人影がほとんど見受けられないためか、それとも建物の雰囲気がガラリと違っているためなのか、もしくは日が傾き始めているためか、このあたりの地区は全体的に薄暗いといった様相が漂っている。今何時なのだろうとシュナは時間を確認しようと思ったが、時計がわりにしていたポケギアもポシェットの中に入れて盗まれていることを思い出してガクリと肩を落とした。さすがにここからは時計塔の姿も見えず、倉庫群の影に隠れてしまっていた。 道の脇を流れる水路は音もなく緑色に濁った水を流し続けている。ときおり水面にどこからか落ちたのか枯葉を浮かべていた。 そのときほぼ二人同時に「あっ!」という声を上げて立ち止まった。 二人の目線の先――まっすぐに伸びてる道の先にあのピジョットがこちらをじっと見据えて佇(たたず)んでいた。そして二人がピジョットの存在に気づいたことに向こうが認識するとくるりと背を向け、流し目に一瞥するとぴょんぴょんと鳥が地面を歩くときの特有の動きで横にずらりと並んでいる倉庫群の物陰に姿を消した。
「……。こっちに来いって言ってるのかしら?」 「ああ、たぶんな」 「でも、何か罠だったりしたら……」 「んなら盗まれたアレ諦めるか?」
アルスは牙を見せるように意地悪に笑う。だがそれとは裏腹にシュナはどきりと胸を打たれたような気がした。彼としてはただ単純にポシェットのことを指して言ってるに違いなかったが、シュナにとってはポシェットの中に入れているあの大切なもののことを指摘されたかのように思えたからだ。 そうだ。何か妙な企みに巻き込まれるかもしれないとはいえ、中に入っている“アレ”を盗まれたまま諦めることなんてとても出来ない。
「ううん。絶対取り返すわ」
思っていたよりも気丈な声をシュナはあげたため、彼は少し意外そうな表情を見せた。だがすぐにまたあの牙を見せつけるような笑い顔に戻ると軽く浮かび上がった。
「おう! 盗られたもんは盗り返さなきゃな」
そしてシュナはひとつ深呼吸すると地面を蹴り走りだした。ピジョットを追いかけるのだ。アルスはシュナの横に並ぶように極低空で飛んでいる。本来ならピジョット相手にこんな人間の走りごときでとぼとぼと追いかけている場合ではないのだろうが、シュナはあのポケモンが自分たちを導き寄せているということを半ば確信していたので、見失わないようにと急ぐ必要もない。 背中のリュックサックがガチャガチャと揺れる。駅かどこかのコインロッカーにでも置いて来ればよかったと少しだけ後悔した。これからは街を出歩く際はリュックは中から必要なものだけを出してどこかに預けるようにしよう。 そう思いながらいくつかの倉庫の路地を見送った後、五つめの路地を通りすぎようとしたときに予想通り待ってくれていた。 ピジョットだ。両脇に倉庫の無骨な建物に挟まれた路地の突き当たりのT字路と思われる場所に、やはりこちらをじっと見据えていた。そしてやはりシュナとアルスの二人が追いかけて来てくれたことを確認すると、T字路を左に移動した。
「やっぱり、あたしたちをどこかに連れていこうって思ってるみたいね」 「いったいなに企んでやがるんだ……?」 「うーん、思うんだけど。単純にあたしたちをおびき寄せて陥(おとしい)れようっていうのなら、こんな露骨にこっち来いみたいなやり方するかしら?」 「どうだかな」
それから二人はさらに走り、ピジョットに導かれていくつかの別れ道や十字路を曲がった。いくつかの別れ道を経た際アルスが急に回りにチラチラと軽快するように視線を向けた。
「どうしたの?」 「どうも見張られてるみたいだな。それも何人かに」 「えっ?」
シュナはそれまでもこの状況下で胸が緊張しつつあったのだが、アルスの言葉で胸はさらに高鳴りを強めた。ひょっとしてこれはアルドの遺産を狙う追っ手による罠なのではないかという考えがよぎったからだ。ごくりと唾を飲む。喉に引っかかりを感じるほど硬く感じた。
「だけど、敵意――少なくとも俺たちに攻撃しようって気配は感じねえよ。勘だけどな」 その勘がどこまであてになるのか知れたものではないが、少なくともそのときはシュナの心に安堵を与えるには十分なものだった。しかしますますこれは何かよからぬ企みに巻き込まれつつあるという考えは確実なものになる。自分たちを監視している者が何者なのかはわからないが、おそらくちゃんとピジョットの導きに付いて行ってるかを見張っているのだろう。 誰かの企みに乗ってしまっていることを自覚しながらも二人はピジョットをさらに追いかける。そこからさらにいくつかの通を通り過ぎたり十字路を曲がったりしていると、やがてピジョットはバサバサと飛び立つとある建物へ割れた窓から入っていった。 その建物もまたこのあたりに数多ある倉庫の一つのようだった。鉄筋にモルタルの外壁にいくつかの小さな窓があったが、どうやら長い間本来の用途としては使われていないらしく、ピジョットの入った割れた窓もそうだが建物全体が草臥(くたび)れた印象を振りまいていた。よく見ると周りの建物も壁にスプレーなどで怪しげな落書きが施してあり、見方によってはある意味芸術的とも取れるが、それらはとても明るい印象といったものに程遠いものだった。 ――どうする? 今ならまだ引き返せる。 面倒事に巻き込まれたくないという臆病な気持ちが、まるで満潮時を前にして海の水がじわじわと引上っていくかのように大きくなる。元々こういう事態は避けるべきなのだ。ポシェットを盗まれたのは運が悪かったとして諦めたほうがいいかもしれない。警察にでも訴えた方が現実的と言えるだろう。 しかしその感情を掻き消そうとするかのように別の気持ちも湧いてくる。 “アレ”はどうするつもりなのだ? いくら警察に訴えようとも“アレ”が返ってくる保証はない。財布やポケギアなどはまだどうにかなる。ポケギアは単純に買い換えればいいのだし、財布とその中身もどうにかして屋敷に戻ればなんとかなる。だけど“アレ”は……。たった一つしかない何物も換えにはなりえない“アレ”は……。
「行こう。変なことに巻き込まれたら、そのときはほんとにごめんね」 「気にすんな。それに……」
珍しくアルスが言いよどむ。そして気まずそうにシュナから少しだけ目をそらして続けた。
「たぶんこれ……俺のせいだから」
意外な言葉にシュナは思わず目を丸くする。しかし少し思い出すとアルスはさきほども似たようなことを言ってた。
「さっきもそんなこと言ったわよね。いったいなにをしたの?」 「んまあ。あとでちゃんと話すからよ」
そして二人は扉の前に立った。二枚の鉄の板による大きな引き戸のようだが、全体的に錆びていてきちんと動いてくれるのかは怪しいものだ。だがその心配とは裏腹に扉はシュナが引くと少しばかり重い抵抗はあったが、思っていたよりもすんなりとその口を開けた。 開いた隙間から中を覗き込むが明かり一つ灯っていない上に、窓も割れている一枚を残して板で封印が施してあるらしくほとんど真っ暗と言って差し支えないほどだった。やはり倉庫だ。暗がりでよく見えないがここが何かを収め置くための空間であることは確か。天井の高さはゆうに十メートルはある。割れた窓と開いた扉からわずかに漏れいる光りに照らされて何かを保存しているだろうと見える木箱がいくつか目に入った。 二人は中へと足を踏み入れる。コンクリートの硬い床が足に触れる。もはや中に誰かがいるとしたら二人が入ってきたことは明白なのに、それでもシュナはなるべく足音をたてないようにそろそろと歩みをすすめる。アルスは黙って付いてきている。さすがに今この場でシュナに話しかけるのはまずいと判断してくれたのだろう。 「やっぱり来てくれたのね!」
語尾にハートマークでもつきそうな甘ったるい猫のようなレモン色の声が、建物の外壁に反響してこだました。同時に天井に吊り下げられている複数の電灯がカッと輝き、闇に包まれていた内部を光で満たした。そして直後気づいた。既に自分の周りに何人……いや二十近くもの人間がぐるりと自分たちをまばらに囲んでいた。中にはポケモンを連れている者もいる。 二人を囲んでいる人間はどれも十代後半から二十代ほどの若い男女だ。そして誰もが外見からは全うな人間とは言いがたく髪の毛を奇異奇妙奇天烈な色や形に染めたり狩ったり伸ばしたりしていた。身体のあちこち、中には顔にまで刺青を入れている者までいる。そして皆が皆、不快不可解奇怪で不気味な笑みをニヤニヤと浮かべていた。 アルスが身構えている。やるならいつでも来いと言わんばかりの目付きをギラギラと輝かせている。
「あっはっはっは。ごめんなさいね、驚かせて。そして来てくれてありがとね」
再び女のレモン色の声だ。二人は声の方を向く。そこにいるのは一人の女性。傍らに一体のポケモンを従えて木箱の上に座っていた。ポケモンは巨大な犬のような姿。二メートル近くある巨体をたくましい前後の足で支えている。全身を深い体毛で覆っており、目元から尖った耳にかけてと胴体の大部分は燃え上がるような赤毛、さらに胴体の部分には黒鉛を思わせるような黒い縞が入っている。鬣(たてがみ)や胸元、しっぽなどはふわふわしたクリーム色の毛で覆われていた。ウインディとそのポケモンは一般に呼ばれている。 女のほうはというと、長く輝くような金髪で座っているので背丈はよく分からないが、足がスラリと長いところを見るとおそらく結構な高身長なのだろう。まるでバイクのライダーが使うようなな黒い皮のつなぎを着ている。
「あなた方は……いったい……?」 「あら、怖がらせちゃったかしら? 心配しないで、別にあんたを襲おうなんて思ってないわ。ちょっとお遊びに付き合ってもらいたいだけだから」 「遊……び?」 「単刀直入に言うわ。あんたのそのカイリューちゃんとアタシのウインディ――かわいいかわいいファングちゃんとでレースしなさい!」
 |
|