Re: シュナとアルスの不思議な旅 引っ越し準備中 ( No.15 ) |
- 日時: 2010/09/27 22:23
- 名前: わたぬけ◆uIYgSadM30E
- 第七章「歴史の街の冒険」
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プラットホームに降り立つと共に活気ある街の空気が舞い込んできた。その空気を吸い込んだシュナはそれだけで二時間もアルスがしゃべることがバレないかとヒヤヒヤしていた陰気な気分が吹き飛んでしまいそう。他の車両からも終点であるこのレマルクシティへやってくるために乗っていた乗客がぞろぞろと降りてくる。一人旅、家族連れ、シュナとアルスのようにポケモンを連れ歩いている者もいた。頭端式のホームであるため改札近くまで来ると全てのホームが見渡せた。さすがはこの地方で二番目の大都市のターミナル駅。いくつものホームから次から次へと列車が発着し、そのたびにたくさんの人々が行き交っている。構内のアナウンスもほとんど途絶えることなく、次々とやってくる列車の案内をしている。
「うわあ……!」
改札を抜けて駅を出たシュナは思わず感嘆の声をあげた。レマルクシティ最大の特徴である昔ながらの赤レンガ造りの建物の群れが視界に飛び込んでくる。それらは正午の太陽の光に照らされて曙の空のように煌煌と輝いているように見えた。レマルクシティは昔から港町として栄えており、とても歴史が深い。そのため十年ほど前に国の歴史景観保護地域に認定され、このように伝統的な赤レンガ建築物が町中に建ち並んでいるのである。 そして二人の視界にはこの街のもう一つの名物の姿が飛び込んでくる。
「おいシュナ。ありゃなんだ?」 「あれは路面電車よ。さっきまで乗ってたのが小さくなったものって言えばいいかな?」
この街の名物の一つ。路面電車。元々レマルクシティは入り江の港が街に発展したものだったが、発展につれて海辺のベイエリアだけでは収まらなくなり、丘陵の斜面の開発にも手を出されてきた。そのためこの街は坂道が非常に多く、その坂道を自在に昇り降りするために、路面電車やバスなどの公共交通機関が飛躍的に発達した。 街に住む人々は自動車を使うよりもこれらの交通機関を使ったほうが効率がいいことを知っているため、住民で自動車を日常的に使用する者はあまり多くない。 そのことも相まってこの街はこの地方で有数の観光都市としても名を馳せており、毎年多くの観光客が訪れるのだ。 街の住民の気質も相まってこのレマルクシティはいつも活気あふれる空気に包まれているが、古くからの街並みがそうさせるのか、情熱的でありながらもどこか落ち着いた雰囲気を街全体に漂わせているようだった。 シュナはまず交番に寄った。制服を崩して着ている警官が応対する。
「すみません。トールキン弁護士事務所の場所を知りたいんですけど」 「ああ、トールキン弁護士事務所ね。ちょっと待ちな」
そう言って警官は奥の棚から電話帳と街の地図を取り出し、まず電話帳で住所を調べ、それから地図で当該の場所を探す。弁護士事務所ととても十四歳の少女が行くような場所ではないであろうにも関わらず、警官はなんの頓着もなく探している。 シュナはその間、交番の中を見渡して隅の方にある犬小屋の中にガーディが眠っていることに気づいた。両前脚をクロスさせるように置いて、その上に顔を乗せてぐっすりと寝息を立てていた。さきほどまで餌を頬張っていたのか、犬小屋の前には受け皿が置かれ、ガーディの口元にはポケモンフーズの食べくずがくっついている。シュナはその様子を目にして思わず口元を綻(ほころ)ばせてしまう。 一方、アルスはというと交番の外で待っていた。交番の中の退屈そうな雰囲気を察知すると早々と外に出て、目にするものの悉くが新鮮な街の様子にアンテナを立てるのだった。
「おまたせ。この街の地図は持ってるかい?」
そしてシュナはモンテシティで予(あらかじ)め購入しておいたレマルクの地図をリュックより取り出した。それを渡すと警官はパラパラと広げ、そこに交番の地図と照らし合わせてペンを立てる。
「おっと、君の地図に少し書き込むけど構わないかな?」 「ええ、お願いします」
シュナの返事を確認すると、警官は彼女の地図にちょこちょこと何かを書き込む。そして書き込みながら説明した。
「まずはそこの路面電車の『カナベル公園行き』に乗って、『シスコ街四丁目』で降りる。次に同じ場所にあるバス停から『25系統リーマ車庫行き』に乗って……」
警官はシュナの地図上の道に線を引きながらそれらを説明する。 一方でアルスは早く終わらないものかとあくびをしていた。太陽の光は燃えるような赤レンガの街に燦々(さんさん)と降り注いでいる。まだ春だとはいえ、この強い日差しにはやがて来る夏の足音が聞こえてくるようだ。 駅前のとおりにはまるでどこからか湧いて出てくるように人々が行き交っているが、その悉くがアルスに一瞬目をやっている。やはりカイリューが街中にいるなんて珍しいことなのだろう。ポケモンを連れ歩いている人間でさえ、一瞬ぎょっとした顔をする。アルスはそのような人々の反応は既にフィッツシティで体験しているから慣れているつもりだったが、やはり気持ちのいいものではない。それらの目線を気にしないようにぼんやりと空を仰いだ。
「ごめんね。お待たせ」
ようやく終わったようだ。交番から出てきたシュナがパタパタとアルスのもとに駆け寄り、申し訳なさそうにアルスの顔を見上げた。アルスはすぐ側に警官が居たため言葉には表さずに、代わりに瞼を薄めてじっとシュナの顔を睨んだ。シュナの片手に先程リュックから取り出した地図が再び折りたたまれてあった。
「そのカイリュー、お嬢ちゃんのポケモンかい?」
警官がいつのまに取り出したのか、タバコに火をつけながら寄ってきた。
「はい」 「すっごいねえ。カイリューなんてなかなかお目にかかれないよ。こんなに頼りになるパートナーが居れば旅先でも安心だね」
シュナは自分が褒められたわけでもないのに、なんだか照れくさい気分になった。
「ただ、この街は人が集まる分、ガラの悪いトレーナーも集まってくるから気をつけなよ。特に最近は不良どもが集団でトレーナーを襲う事件も聞くから、危険を感じたら関わっていないですぐ逃げるようにね」 「はい。色々教えてくださってありがとうございました」
シュナはぺこりと頭を深く下げる。警官はいやいやと言いながら小憎らしく制帽をとって軽く頭をさげると、交番の中へと戻り、また次の来訪客に備えるのであった。 犬小屋の中に居るガーディーが目を覚まして大きくあくびをした。
「待たせてごめんね。行きましょう」 「なあ、お前の目的地までどうやって行くつもりなんだ?」 「ええっとね」
そうつぶやいてシュナは手に持っていた地図を再び広げる。レマルクシティのほぼ全域が描かれた地図だ。駅を中心として市街地を示す薄紅色の表示が広がり、道路の線がまるで蜘蛛の巣のように広がり複雑に絡み合っている。そして駅を始点として黒い線が市街地の間を縫うように引かれている。その線は道に沿ってあちこちでカクカクと曲がりやがて街の内陸よりの東のエリアの一点で終り、そこに丸印が描かれてあった。他にもいくつか丸印で囲っている部分があるが、とりあえずの目的地は線の終点となっている場所であるようだった。 アルスは地図の見方など分からなかったが、大体の見当はついた。つまり“ここからはわりと遠い”ということだ。
「えっとね。そこの路面電車に乗ってね……」
シュナが先程警官から受けた説明を自分で確認するように復唱し始める。地図に指をさしながら説明している場所をたどる。とはいっても、アルスにとっては何を言っているのかちんぷんかんぷんなので彼は先程の質問を投げかけたことに少し後悔した。 シュナもシュナで相手が人間のことをよく知らないカイリューだということをすっかり忘れているように説明を続けている。
「……なあシュナ。要するにどっちの方角なんだ?」
ついにしびれを切らしたアルスがぶっきらぼうに問う。周りには人々が歩き回っているので、シュナにしか聞き取れないほどの小声だった。
「え? えーっとだいたい向こうが北だから……あっちね」 「なるほど。分かった」
アルスはポツリと言うと、急にシュナの後ろ襟首をむんずと掴んでまるで親猫が子猫を運ぶかのようにひょいと彼女を持ち上げた。
「きゃあッ! ちょっとなにするのよ!?」 「そんな面倒くせえ行き方よりも、俺の翼があるだろうが」
そしてアルスは放るように乱暴にシュナを背中に乗せると、翼をいっぱいに広げ大きく羽ばたくと地面を蹴り飛び立った。端から見たらまるで乱暴者のカイリューがいたいけな少女をさらっていったように見えたかも知れない。 アルスはぐんぐん上昇していく、そのうちにこのレマルクシティの全景が広がった。シュナは思わず感嘆の声をあげる。それはさながら鮮やかの紅(くれない)の海と呼ぶべきか。赤褐色のレンガの屋根がはるか彼方にまで続いており、それが輝く太陽の光に照らされまるでサルビアの花畑のようだ。北のほうに広がる海は見事な水平線を描き、その水平線の向こうからまだちょっと季節の早い入道雲が顔を出していた。 そしてさらに二人はこの街の最大の名物のその堂々とした姿を目にすることとなる。駅にいるときは大きな建物の影に隠れて分からなかったのだが、駅から東の方向に百メートルは越えている高さはある巨大な時計塔がその姿を現したのだ。この街の他の建物と同じように下部は赤煉瓦で出来ており、残りの尖塔の部分はおそらく鋳鉄のような金属で出来ていた。そして赤煉瓦で出来ている部位の最上部に直径十メートルはありそうな時計盤が嵌めこまれている。四方全く同じものがついており、それぞれが同じ時刻を教えているのだ。 時計塔の時刻は十二時四五分を指している。
「なぁにが『アルスの翼にはなるべく頼らないようにする』だよ。そりゃあお前を乗せて疲れることはねえからありがてえが、少しは頼ってもらはねえと翼が鈍(なま)っちまうだろうが」 「だからってあんな乱暴な乗せ方はないでしょ!」 「そりゃすまん。だが人間の乗り物でチンタラ行くよりはマシだろ?」 「なによ。電車に乗ったとき一番はしゃいでたのはどこの誰よ?」 「うるせえ!」
そして二人は目的地のトールキン弁護士事務所を目指す。 シュナがこの街に来た最大の目的はトールキン弁護士事務所の所長であり、またアルドの古くからの親友で彼の遺言の立会人にもなったグラハム=トールキン氏に会うためだった。トールキン氏は晩年の狂気に陥りほとんど誰とも合わなくなったアルドが常に側に置いていた数少ない人物の一人であった。アルドの狂気は凄まじく、自らの書斎にはトールキン氏や主治医を含めたほんの数人しか部屋に通さず、シュナにすら会おうとしなかった。もっとも、アルドを憎んでいたシュナにとってはかえって都合が良いと思いつつもやはり血を受け継いた父親から会うのを拒否されることには傷つかずにはいられなかった。 シュナがトールキン氏に会って最も聞きたいことは一つだった。それはバーンズロウ家の地下金庫の鍵の在処を知っているか否かということだ。シュナは旅立つ決意はしたものの、やはり自分を縛る最大の鎖である三百億弗の私財とバーンズロウ家の当主という肩書きをそのままにしておくわけにはいかないと考えた。この二つの事項がある限り、これからも自分を狙う者は後を絶たないだろうと考えた。しかし自らの意志でこの二つを放棄することはあのアルドの忌々しい遺言によって向こう十年は不可能となってしまっている。 しかしアルドはあのビデオレターの中で言っていた。「これらの特別条項を無効とする条件はただ一つ。遺言書原稿の正式な破棄だが……」と。そしてその遺言書は屋敷の地下金庫の中に保管されている。だが地下金庫の鍵はアルドがどこかへ隠したっきりどこにも行方がわからない。シュナはソフィアをはじめとする数人の使用人にも手伝ってもらって屋敷中のあらゆる場所、それこそアルドが最後まで居座り続けた当主の間から庭園の用具倉庫に至るまで数日かけて探した。だが結局は見つからずじまい。 だからシュナはそのうち鍵はこの屋敷には無いのではないかと考えるまでになった。 そこでシュナはまず旅の目的としてアルドが死の直前まで側に置いていた人間に会い、鍵の手がかりを聞くことだった。映像の中のアルスは鍵の隠し場所は誰にも教えていないと言っていたが、それは嘘かもしれない。嘘ではないにしろ、誰かに在処の手がかりになるようなことを漏らしているかも知れないと考えた。その最初の一人がこのレマルクシティのグラハム=トールキン氏だというわけである。
そのとき進行方向の左手から若い男の声がした。
「へーい、お嬢ちゃん! 遊んでいかない?」
見ると金髪のサングラスをかけた若い男がオニドリルに乗ってアルスと並走するように飛んでいた。 シュナはすぐにピンときた。さきほど警官が言っていた「ガラの悪いトレーナー」だろう。
「悪いけどあたし、用があるからあなたと付き合うつもりはないわ」 「そんなこと言わずにさあ。きっと楽しいよ」
どうやらそう簡単に引き下がってくれるような輩ではない。そう理解したシュナは一つため息を付いて、アルスにささやいた。
「悪いけど、撒けないかな?」 「おう、任せろ」
アルスがシュナにしか聞こえないほどの声で答えると、羽ばたく速度を上げ一気にスピードをあげた。後方のオニドリルとの差がどんどん開いていく。
「全く、舐めた子だな」
金髪の男はそう舌打ちすると、オニドリルに追いかけるように命令する。 オニドリルは一声鳴くと、同じように羽ばたく速度を早めアルスを追う。 こうして昼下がりのレマルクシティで街についたばかりのシュナたちと街の不良トレーナーとの追いかけっこが始まった。 先にアルスが動いた分オニドリルとの距離は十メートルほど離れているが、それ以上距離は広がらない。 アルスはちらりと後ろを一瞥し、オニドリルとの距離がさほど広がっていないことに軽く舌打ちを鳴らすと、シュナに叫んだ。
「おい、ちょっとばかり乱暴な飛び方をするぜ。しっかり掴まってろよ」 「え……? あ、……うん」
慌ててシュナは返事をすると、アルスの首元にしっかりと抱きついた。 それを確認したアルスは、翼の角度を下に向けると突然一気に急降下を始める。まるでジェットコースターが最大の角度で一気に駆け下りるかのような無重力感がシュナを襲い、思わず叫びそうになった。だがその恐怖感を目を瞑ることで何とか咬み殺す。空気が頬を打ち、駆け抜ける風の音がまるで耳を突き抜けるようだ。 真っ逆さまに高度を落とすアルスは一本の広いストリートにぶつかる直前にまで落下したあと、地面にぶつかる直前でまたも翼の角度を変え、瞬間的に道路と並行するような形で滑空する。一方で男とオニドリルの方も負けじと急降下しカイリューを追う。
「くっそ、なんなんだあの女とカイリュー!?」
男は思うようにカイリューに追いつけないことに歯噛みした。アルスに比べ、オニドリルは急降下の角度が甘く、またアルスが地面すれすれで飛行角度を変えたのに対し、オニドリルはなだらかに曲線を描くように早々と降下をやめてしまったため、その速度に差が付き始めていた。 一方でシュナは恐る恐る目を開けるととんでもない光景が目に入っていた。左右には赤煉瓦の建物が延々と続き、それに挟まれるように広い道路が敷かれ、その真上をアルスが滑空しているのだ。当然すぐ下には自動車が行き交い、また路面電車の軌道も通っている。しかも先程の空中での飛行に比べるとかなりスピードが増していること彼女は気づく。道行く人々が低空でさらに猛スピードを出して飛行するカイリューとオニドリルとに思わず目を白黒させる。しかし幸いなるかな、その待ちゆく人々の様子はシュナとアルスの二人の目には入らなかった。
シュナはちらりと後方に目をやった。さきほどよりも差は広がったようだが依然としてオニドリルは追跡を続けている。ただのナンパでなんてしつこい、と彼女は思う。 向こうが諦めないことにはこのままでは埒があかない。なんとか出来ないものかと考えているうちに、シュナはまず今ここはどこなのだろうと思った。 シュナはアルスにじっとしがみついてうまく首が動かせない中、なんとか周りにこの場所の手がかりがないかと目を向けた。そのとき、この通りの名を現す案内表示板が一瞬だけ目に留まる。 エムンステ通り。 その瞬間シュナの頭の中に街の地図が浮かび上がる。ここがエムンステ通りだというのならそれはあのとき警官が教えてくれたルートの一部にそのような名前の通りがあったことを彼女は思い出したのだ。そしてあのとき何を説明されたのか、地図には何が描かれてあったかを件名に思い出す。今この場では地図を見たくても見ることが出来ないからだ。 そして浮かぶ。そして叫ぶ。
「アルス、そのまま聞いて!」
オニドリルに乗った男の方はようやくカイリューの速度が落ち始めていることにニヤリと笑った。 すると次の瞬間カイリューがかくんと曲がり、路地の方向へと入っていった。
「ふん、路地に逃げようったってそうはいかねえよ」
男はオニドリルに指示し、路地方面へと入らせる。オニドリルは器用に翼を動かすとほとんどスピードを落とすことなく曲がり、アルスが入っていった路地へと向かった。 しかし曲がった瞬間男は目を丸くした。そこにカイリューの姿もシュナの姿もなく、またそこは路地だと思っていたが水路が流れ、建物と建物の間を縫うように流れる水がエムンステ通りをの下に流れていく。 一体どこに消えたのかと男は探す。上かと思って空を見上げるがやはり姿は見えない。
「くッ! どこいきやがった!?」
男もオニドリルもきょろきょろと見回すがやはりいない。 と、そのときシュナの声が男の耳に届いた。しかも意外にもその声は男の後方より聞こえたのである。
「ごめんなさい。ちょっと乱暴なことするわよ」 「へっ?」
なんとも素っ頓狂な声をあげて男は振り向こうとしたが、その瞬間体が硬直する。それは男だけでなくオニドリルもだった。 シュナとアルスはこの水路に差し掛かったところで、男が追いついてこないうちにすばやく水の流れこむ通り下のトンネル部分に身を隠したのだ。そして男が来たところでアルスが電磁波をオニドリルと男に浴びせかけたのだ。 弱い電流によって全身が痺れたオニドリルはそのまま飛ぶこともできなくなり、男と一緒に水路へと落ちた。バシャンと激しい水しぶきが上がったが、幸いなことにこの水路は底が浅く、十センチメートルほどの深さしか無かったため、男は二人は水路の底に尻餅を付いただけですんだ。
「ごめんなさいね。あたしも急いでいるので、失礼するわ」
シュナは心底水路に落っこちた男とオニドリルを心配しているふうであったが、アルスは構わずさっさと再び空へと飛び立った。
「お、おぼえてろよ! このままですむと思うな!」
男は捨て台詞を吐いたが飛び去っていく二人には聞こえたのか……。 随分寄り道をしてしまったとシュナは思ったが、地図を確認すると結果的には目的地である弁護士事務所はもう目と鼻の先であることに気づいて安心した。
「すっごい。駅からたった十五分くらいで着いたわね」 「な? だからたまには俺の翼に頼れって言ってんだよ」 「でも頼ったおかげで、あんな変な人に絡まれちゃったじゃない」 「へッ。撒いたんだからいいだろ?」
そのとき、二人の耳に低く重々しい荘厳な鐘の音が飛び込んできた。音のする方に目を向けると、あの巨大な時計塔が午後一時ちょうどを指していた。 それぞれ音程の違う四つの鐘が交互に鳴り響き、同じような単旋律が四回繰り返されると最後に全ての鐘が一度に打ち鳴らされ、それがまた四回鳴り響くとようやく鐘は静かになり、街の大時計はまた黙々と時を刻み始めるのであった。 鐘の音は風に乗って余韻を残し、その音色はまるで心を洗うように澄んでいた。
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