旅罪五話 ( No.7 ) |
- 日時: 2011/02/17 23:35
- 名前: ティス ID:zvI5zw0.
- 五話「例えそうだとしても」
青白くなった表情で、目前に立つ恐怖の象徴を恐る恐る青年は見た。 幼ながらそのポケモンバトルのセンスと、割りとある体力、身体能力を認められ、兵として導入された彼はこれが初の戦場であった。 しかし、その初陣で思いもよらぬ人物と遭遇したのである。
所属されたころよりお世話になった上官とともに行動し、一つの小隊の兵として仲間と行動していたのだが、いきなり小隊長のポケモンが倒れたところから始まった。 その場にいた全ての兵が、その瞬間に見ることになった。 小さな、その愛らしい外見とは裏腹に、驚くほど冷たい笑みを頬に浮かべた、栗色の獣を。
その獣は一瞬にして小隊長の喉元をえぐるように噛み千切り、その毛並みよりもさらに綺麗で鮮やかな瞳を今度は小隊の兵に向けた。 目の前で小隊長が殺された恐怖が、判断を遅らせ、思考を鈍らせた。 一瞬の戸惑いが後悔に変わった、途方もなく強くて、ばたばたと皆やられていく中、青年とその上官は抵抗した。 上官がその獣を銃で撃ち抜こうとしたときに、まさに早業と言わんばかりに銃声が響き渡り、青年が気がついたころにはもう、遅かった。
一緒に暮らしてきて、一緒に軍人に認められた彼のパートナーが栗色の毛並みを持つ獣に一撃で叩きのめされ、地に伏せる。 おそらく死んではいないのだろうが、起き上がってはくれそうになかった。 どれほどの距離を走ってきたのだろうか、先ほど銃を撃ったと思われる少年が息を切らしながら彼のところに歩いてきて、そっと呟くように言った。
「これで……、出陣した戦闘兵は最後……」
その一言は、もう彼以外の兵が皆、殺されたことを現していた。 後は城に残った兵を殺し、そして一国を束ねる王を殺せば終わりなのだろう。 その彼は少年のことを知っていた、おそらく戦が長引く限り、必ず奴は現れるから気をつけろと、先ほど少年によって殺された上官が何度も話してくれた。
「戦を終わらせるために、虐殺に等しいほど人を殺す、大罪人」
「貴族殺しの破壊人」
実際に彼は実物を見たわけではない、おそらく上官もどんな外見をした人物なのかわからなかったのだろう。 少年の手持ちも解らなかった、第一この戦乱の世、生き延びることに執着し、軍人になる少年だって珍しくなかった。 だから、戦った。 戦ってから気がついたから、どうしようもない、手を出したら、見つかったら最後。 その人の情報が流れないのは出会って正体に気がついた軍人、そして一般人が恐れてそのことを思い出したくないがために話さなかったり、殺されたりしたからだ。
そうして今、少年は、彼に拳銃の先を向けている。 少年は思っていた、青白い顔をして、恐怖に満ちている彼が命乞いをしてくると。 大体軍人になり始めた人々は皆そうだったから、自分に課せられたその役目がどれほどの物なのかを自覚していない。 そして、そう言う人間は大体彼のような表情をしている。
「殺したかったら、殺せ」
しかし、彼の口から出た言葉は、それだった。 少年は驚いた、しかし、その言葉を言った彼に驚きなんかなかった。
人並みはずれて正義感が強く、人のことを思える明るい好青年。 面倒を見てくれていた上官が笑いながら彼の第一人称を語ったときの言葉。 楽しかった日々が走馬灯のように流れ、そして彼は深く瞳を閉じた。
「生きようとは、思わないの?」
そっと、全てを破壊した銀髪の片目の少年が、震えるような口調で聞いてきた。 寒くなんかない、きっと怯えているのだと彼は思い、そして、それと同時に彼なりに考えて人を殺しているのだと思った。 こんなに震えているのに、ただ戦をしたいばかりに戦っているなんてことは、ないはずだと思ったから。
その少年の問いに、彼はそっと答えた。
「たとえあんたと戦っても俺は負ける、それに、この状況で今更何もする気はない、しかも動いた瞬間撃つだろ、あんた」
冷静な口調、それでも、普段明るい彼はこんなときでもそんな雰囲気を捨てきれずにいる。 少年は彼に不思議な感覚を覚えた、今まで戦ってきた中に、こんな人は居なかったから。 肩に乗ってきた少年の相棒が、同じように不思議そうな瞳で彼を見つめる。
「それに……、いくら新人でも、弱くても兵は兵らしく、誇りを持ったまま死にたい、強さの格の違いを見せられても、抗う意思を見せた先輩たちみたいに」
こんな状況に立たされているというのに、強い響きを持った言葉。 少年はそんな彼の言葉に、俯いた。 うらやましく思ったのかもしれない、こんな状況に立たされても何も動じていない彼の強さに。 しかし、今までの人々とは違った彼に少し興味が出てきたのかもしれない、一言をお別れの言葉と自らに言い聞かせて発砲する彼少年が、再び質問をした。
「もしその先輩たちが、君の事を好いていて、生き残れるチャンスがあったなら、君になくなってしまった分を生きてほしいと、そう願っていたのなら、どうする……?」
まるで生きたいと、そういって欲しいような少年の問いかけ。 そんな雰囲気を感じながらも、彼はそんな少年に、それに気がついていないかのような返答をする。 その瞳を閉じたままで、ただ、終わることを望みながら。
「それでも俺は、生き残ったとしたらまた戦う、守りたい物があるから」
はっきりと、そう言った。 しかしその後に、今終わることに疑問など感じていない、新米兵士、または戦歴なんて関係ない、彼の素が含まれた言葉が出た。
「それに、皆怖いのに、俺だけが逃げるなんて、できるわけないだろ」
違う物を感じていた、だけれど、まさかここまでとは思わなかった。 彼は誇りを持っている、それは強くて、驚くほど白く、綺麗な物。 わざわざこんな場所で汚すことのない、とても純粋な物。 少しではない、そんなkれに大きなためらいを見せたこの少年に、彼は一言、引け、と言った。
何の迷いもない、ダメージを受けて弱っていると微塵も感じさせない声で。
獣の雄たけびのような銃声。
ここで、初めて少年の手から愛銃が滑り落ちた。 この戦で初めての、本当に悲しい涙が流れた、少年のパートナーはそんな少年を驚いた表情で見て、そしてすぐに悲しそうなその涙を舐めた。 極限状態の不安定な心の中で、震えるその手が肩を抱いた。
小刻みに震える彼は、とても世の中では破壊人と称される物には見えないほどに小さく、儚い。 震えるその手で、思い切りでない力を出して弱々しく音を立てて地面と衝突したそれを拾い上げると、意識をなくした彼に背を向けて歩き始める。
「ごめっ……なさい……ごめんなさい……」
流れる涙をそのままに、ただ、そう呟きながらふらふらと弱々しく歩き始める。 そんな心の強い彼を、一思いに殺そうと思った、誇りを持っていて欲しかった、自分と同じく臆病者にならないで欲しかった、でも、少年は長年の戦闘経験から、一目見て解った。
その球が貫いた場所、そこが、急所ではなかったことを。
まだ彼が、息をしていたことを。
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