旅する ( No.5 )
日時: 2011/02/12 22:30
名前: ティス ID:1cWJRzrA

三話「罪人」

咆哮、黒光りするその物体は小さな球を吐き出すと目の前にいた人間を打ち抜いた。
人がポケモンに対抗するために人同士が争う場を終結させるために作られた物だ、温かみがなく冷たい光を放っている。
立ち上った煙にトリガーを引いた少年はふっと息を吹きかけると、それをベルトについていたホルダーにすとんと軽い音を立てながら入れる。

生き物だったものを見て、少年は悲しそうな怯えたような瞳をすると目をそむけ、走りよってきたイーブイの頭を撫でてやると呟くように言った。

「今日も無事に終わったよ、行こう、ベレッタ」

彼女を優しく両手で包み、肩に乗せてやると少年は走り出した、振り返った先に広がる現実から目をそむけるために。
広がったのはひたすら続く石造りの廊下に横たわっている、いろいろな生き物の死体。
すでに腐敗臭が漂っていて、吐き気すらしてくるその無残な有様を見ないように、出来るだけ前を見ながら彼は走った。

いろいろな物があった、頭や胸の辺りに風穴を開けているもの、食いちぎられている物、頭が割れているもの。
戦いがあったことはぼろぼろになった石造りの建物と、そしてこの有様でわかるだろう、しかしこんな物は今の世界では日常の風景で、何の罪もない物がこのような魂もない器と化すことは珍しくもない。
兵隊だって同じこと、一日何人、ポケモンも一日何匹こうなっているかを数えてもきりがない。

だからこそ人は戦争をして生き延びようとする、一番初めに戦争をしだしたのは何処の国だったのだろうか、戦争をしている国が多すぎて見当もつかない。
最終的には彼のように、武力を持って戦争を終結させるしかない、話し合いなんてするだけ時間の無駄だ、お互い大きな損傷が出ている、利益なく終わればそれこそ今までに家族を失ってきた国民の不満を爆発的に高めることに繋がる。
結論、皆戦好きだ、皆欲張りで自分に利益が帰ってこないとまた反乱を起こし戦いは拡大する。

もう雪の降らない国境にやってきた彼が生き物の魂を葬らない日はなかった。
勿論、常に彼とともにいる彼女もそうなのだが。

彼は精神的に疲れきっていた、殺すことは日常茶飯事でも未だに殺すことにためらいを持つ彼にとっては殺すことはおろか、一滴の血を見るだけでもそれは生々しく脳裏に焼きついて離れなくなる。
恐れている物を毎日見るのだ、それが嫌でたまらない、でも彼は生き物を殺す、彼女と一緒に。
戦わなければいけない義務が彼にはない、彼は血や怯えた死体の表情を怖がり敵と対峙したときに銃を握る手が震える。

なのに何故戦うのか。

たて看板と地図を頼りに町に着いた彼は真っ先に宿屋を目指して歩き始めた。
昔はポケモンセンターという物があり、ポケモンを回復させる装置と旅をする人々に無償で宿を貸し与えるといった施設があったものの、今ではそれは戦争の手助けにしかならない。
心の優しい人々で命を救うこと、保護するための者の集まりであったために、戦争などという人々が傷つくような行為に加勢したくはないというその人々の思考が一致してポケモンセンターなる建物はなくなってしまった。

在ったとしてもそこにある機械は複雑で常人には理解しがたい構造、扱い方をするので無意味に等しく、邪魔なので取り壊されて今は軍用地にされていたりすることが多い。
昼間であるがそんなことは気にせず、部屋を借りるとベッドに倒れこんですぐに寝息を立て始めた。
イーブイのベレッタは危ないな、といわんばかりにその可愛い顔を曇らせると、彼の顔の横辺りに来てふさふさの尻尾で顔を覆い隠すと彼女もまた寝始めた。

意識のない彼らにとって時の流れは速く、目が覚めたころには辺りがすっかり暗くなっていて朝まで眠ることが出来なかったので結局昼寝のようになってしまった。
うつ伏せだった体を寝返りを打って仰向けにし、左手をベッドに当てて右手を額に当てながら上半身を起こす。
左のほうでうずくまったまま寝ているベレッタを見て微笑みながら頭を撫でると、小さく声を出して彼女は小さく縮こまった。

優しい月の光が入ってくる窓辺を見て、少年は綺麗な窓の奥に映った半月をガラス越しに左手の人差し指でその輪郭をなぞった。
誰に対してでもない、でも確実に誰かに話しかけるような内容が彼の微かに開いた唇から漏れ出した。

「これでいいんだよね……、これで」

その言葉が表すのはおそらく今彼がしていることだろう、戦争を止めるために人やポケモンを殺す。
彼がベッドの上に左腕を下ろしたとき、眠っていたベレッタの体が一瞬ビクッと揺れ、しかし何事もないと寝ながらも悟ったのか何事もなかったかのように再び寝息を立てる。
眼帯のかかった右目の位置を右手で撫で、そのまま誰かに話しかけるような独り言を続ける。

「戦争を止めるには、悲しみの鎖を砕くにはこれしか方法がない、ないはずなんだ」

優しい光の光源をゆっくり、寂しそうな瞳をしながら見た。
窓に再び指紋をつける様に指を滑らせた。
それは文字のようで、それを綴り終えてからしばらく沈黙を迎えた後、一言呟く。

「偽善者を気取る殺人鬼は、罪をかぶるのは、僕だけでいい」

その言葉を口にするときの瞳にはまるで生きている感じはしなく、瞳だけならもうすでに死んでいるようだった。
ガラスにありありと映った、戦争を望んでいなく殺すことに恐怖し戸惑う彼は自分で自分を殺すように、そのような瞳で、そのような言葉を機械のように途切れ途切れに何度も呟いた。
きゅ、という乾いた音を立てて窓ガラスに滑らせる指を止め、瞳を閉じて、開く。

ガラスに映っていたそのときの彼は、冷たい瞳をしていた。
他人を思う覚悟がその瞳を作り出したのだろうか、しかしその瞳も長くは続かないだろう。

弱くて、怖がりな、全く戦という舞台には似合うことのない彼のことだから。

少年は横に寝ていたベレッタを起こすと、彼女を肩に乗せて宿で出される夕食をとりに歩き出した。
ドアノブをひねり、暗い部屋から明るい電灯のついた廊下に出るとまぶしかったのか目を細めて、そして食事の取れる広場に向けて歩き出した。

月光に照らされた窓、そこには彼になぞられた部分がくすんで浮き上がっているように見えた。

そこに書いてあったのは、彼が自分に向けた言葉が綴られていた。

「偽善者、臆病者、罪人」

思いつく限りの言葉が、そのほかにも綴られていた。
自分を責めたって自分が奪った命が戻ってくるわけではない、そんなことは少年はわかっている。
それでも、後悔せずにはいられないのだ。

いくつもの命を奪ってきて、いくつもの命を絶望の中へ叩き落として。
彼自身どうしようもなく戦闘に溶け込んで、敵はほとんどいないほどに強い。


それでも、それでも彼は、臆病だったから