Re: 2010年秋企画【投稿期間10/16〜11/6】 ( No.6 )
日時: 2010/10/26 19:23
名前: きまぐれロンド ID:

A部門 テーマ橋

[君へ送る僕なりのメッセージ]


「わあ、綺麗」
 彩は歓喜の声をあげた。
 僕等の眼前にはどこまでも広がる先の見えない海と眩しいほどに鮮やかな青空が広がっている。真っ白な雲と空のコントラストが美しい。海の匂いが鼻につき、遠くからはカモメの鳴き声が聞こえてくる。
 スカイアローブリッジ。イッシュ地方の中で最も長い橋。水色と白を基調としたスタイリッシュなデザインで、イッシュの文明の発展を象徴している。
 青と白しかない世界を、僕はヒウン出身である故に何度も見てきたけど、いつもより幸せでいられるのは彼女の存在のおかげだろう。
「良い天気でよかったね、良樹」
 彩は手すりから身を乗り出しながら言った。僕はコクリと頷く。
「彩はスカイアローブリッジは初めてなんだっけ」
「うん。この年になってようやく初めてだなんて、笑えるよね」
「そんなことないさ」
「そうかなあ」
 くるりと振り返って僕と向き合う彩。そして傍にやってくる。濃い茶色の長い髪が強い潮風に乱されている。強い海の匂いに混じって彼女からふんわりとした良い香りが微かに漂った。
「それより、写真撮るって言ってたじゃない」
「ああ、そうそう、そうだった」
 僕は慌てて鞄から黒いアナログの一眼レフカメラを取り出す。父さんが使っていた古いものだ。父さんから譲り受けてどれだけ経っただろうか。親子の大切な思い出の品だ。
 レンズの蓋を開けると僕はカメラをきちんと持ち、彩を見る。対して彩は少し不安そうに少し僕を見上げる。
「壊れてたんでしょ、ほんとに直ったの?」
「直った直った」
「ほんとかなあ……もう無理だって電気屋の人が言ってたのに。写したふりして、僕の心に写りました、なんてやめてね」
「だから直ったってば」
 僕は少し顔を引きつらせつつも笑った。そして彩に正面に立つよう手で促す。彩は戸惑いながら向こうの手すりに寄る。
 ボタンを軽く押しながら、彩がちゃんと立ったことを確認するとカメラを構える。
 小さなファインダーを右目で覗き込み、空と海を背景に佇む彩を視界に入れる。彩は少し緊張しているのか固い表情を作っていた。
 それを見た僕は思わず笑ってしまう。
「もっと楽にしてよ」
「そんなこと言われても、なんかいざとなったら緊張しちゃう」
「リラックスリラックス」
「良樹気持ち悪い。変態ー」
「なんでそうなるんだよ」
「だってこっちから見るとカメラの下でにやにや笑ってるようにしか見えないよ」
 そう話していると彩の顔が自然と解れてきた。
「ねえ、これピースとかした方がいい?」
「どっちでもいいよ。好きな方」
「それ一番困るよ」
「もう撮るよー」
「えー」
 彩は唇を尖らせ、両手を身体の前で繋ぐ。ピースはしないのかな。僕は本当にどっちでもいいから良いんだけど。
 僕は若干移動したり絞りを調整したりして良い場所を探す。構図に迷っていたけど、結局上半身を映すことにした。
「撮るよ」
「うん」
 彩は風で大きく動く髪を耳にかけると、僕に向かって微笑んだ。柔らかな白い肌、ほんのりとピンク色の頬、一重の瞳。全て好きだと世界に叫べる。恥ずかしいからしないけどさ。
 鮮やかな青と白の中で、彼女は笑う。
「はい、チーズ」








 嘘ばかり並べている僕を彩は許してくれるだろうか。
 僕は夕方油絵の具の匂いが充満した自分の部屋に戻ってから、鞄にしまっていたカメラを取り出す。それを数秒間見つめると、散らかった部屋の全貌を視界に閉じ込めてシャッターを切った。けれどフィルムを現像しようとしたところで、その映像は写っていないだろう。
 そう、写っていないのだ。
 彩が僕に指摘した通り、このカメラはもう御陀仏状態である。写らなくなったと気付いたのは二ヶ月前のことだ。僕は機械に詳しくなかったから直してもらいに走った。が、だめだった。
 僕に向かって笑ってみせた彩の顔は、写真として残せなかったのだ。
 けれど彩が僕に言ったように、僕の心には写っている。どうしてここまで彩は見抜けるのか分からない。思わず笑ってしまう。あの時だってついボロが出てしまうところだった。
 僕は目を閉じ瞼の裏にあの時の風景を映し出す。
 それからカメラを傍にあるテーブルの上にゆっくりと置くと、テーブルの上に置いたままの真っ白なキャンバスを手に取った。僕は椅子に座り改めて白いキャンバスと対面した。
 深呼吸をして頭の中をクリアにする。
 嗅ぎ慣れた油絵独特のシンナーの匂い。部屋に完全に沁み込んでいるこの匂いは僕を落ち着かせる。
 テーブルにある木炭を手に取った。
 キャンバスにゆっくりと、黒い線を引く。

 写真ではなく代わりに絵を見せたら彼女は喜んでくれるだろうか、それとも怒るだろうか。
 分からない。でもこれは僕から君へのメッセージ。言葉よりも何よりも、僕が思いを伝える事のできる手段。


 絵が完成したらごめんね、と謝ろう。
 それから僕の思いを伝えよう。
 地道に貯めてできたお金で買った、指輪と共に。



fin.



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