Re: 2010年秋企画【投稿期間10/16〜11/6】 ( No.3 ) |
- 日時: 2010/10/20 00:41
- 名前: 水のごとく厳かに ID:
- 【C】無制限部門 テーマ「雨」
『豆台風』
砦へ赴くには、たきのぼりを覚えたポケモンが必要になる。 断崖絶壁の滝を割るように上るバスラオにしがみつくが、ここ最近滝の勢力がまた一段と弱くなった気がする。ずばりそれは干害が原因だ。 垂直に滝を登るときの身体を吊られている感覚は次第に無くなり、恐る恐る目を開くと平坦で浅くなった川が広がる。 蒼く尖った瞳の魚は滝を1つ越えただけで精根尽き果て、彼の華奢な腕に抱きかかえられる。 滝を登ってすぐ右の岸に上がり、そのままに真っ直ぐに見える木から左に三つ…のすぐ左隣の太く低い木が砦だ。
背中のリュックには提出しなければならない書類が山のように積まれている。これを片付けるのに果たしてどれだけの労力を要するのか… 重い足取りで雑草の中を歩く。すると、砦の方向から太鼓を叩く音が響く。 突然鳴り出した打楽器の旋律に、木に止まっていた一匹のテッカニンがびっくりして飛び出す。喉元に留まったため息が漸く出た。 それと同時に塩辛い汗が全身を這うように伝う嫌な感触をどうにかして取り払いたい。
―― そういや、雨全然降らないなぁ…
天を仰いでも灼熱の太陽は容赦なく照りつけた。 低い木の下を目指して走り、木の枝にくくりつけられたロープの梯子を上る。木の葉で隠れた小さな木の砦の低をノックした。 すぐに薄い板の向かいの閂が外れる音とともに、砦への扉が開く。中は2立方メートル程度の狭い部屋である。 木の上に造ったのだから大きさで贅沢は言えない。ちょっとした隙間風と毛虫ポケモンの出入りを無視すれば砦としては上々だ。
「よっ!元気?」
入ってすぐに日焼けした少年がにかっと笑う。撥を両手に太鼓と格闘する姿はこの夏休みで10回以上は見た。 太鼓の何がそんなに楽しいのか、少年の知るところではなかった。部屋の中には日焼け少年の他にいつものメンバーが2人 自分と同様溜まった宿題と向かい合っている。誰も彼も置かれた現状はきっと同じなのだろう。何故夏休みには課題がつきものなのだろう? ロングバケーションだった夏休みも矢のように過ぎ去り、今日を含んであと5日。狭い部屋の片隅に自分もリュックを置いて残したドリルを探る。 相変わらず太鼓を叩く色黒のコイツは少々邪魔だが、3人は何となく言い出せない空気であった。
3人はイッシュ大陸の学校に入学してからの間柄で、この砦を作りあげて毎日を過ごしていた。だが、そんな平穏な日々は突然崩れた。 夏休みに入る直前、その色黒の少年は転校してきた。初めはさっぱりとした良い奴という雰囲気で僕ら3人は彼を砦に迎えたのは良かったが、 お調子者な彼はそこへ来てスイッチが入ったかのように毎日遊び、僕らは彼のペースに次第についていけなくなった。 今では彼を砦に誘ったことを悔やんでさえいるようだ。夏休み後半になると彼の太鼓を叩く音は集中力の妨げにしかならなかった。
「ちょっと、静かにしろよ。宿題できやしねー」 「え?いいじゃん」
いつも通りの返答だった。2人の堪忍袋の緒がちょっとした力で裂けるガラスの繊維のように切れ掛かっていた。 こういう爆発寸前の雰囲気がどうにも苦手だ。そういう意味では僕は臆病な人間の類に入るのだろう。 すると部屋中に木霊する太鼓の音が急にぴたりと止む。
「何これ?」
色黒の少年は「自由研究」と書かれた酢酸エチルの匂いがする箱に手を伸ばした。冷や汗が出た。
「あ、僕の昆虫採集だよ。アゲハントとかイトマルとか…」 「へぇー、あれ?まだ生きてるじゃん」 「う、うん」 「何でさ?標本のために殺すなんて可愛そうじゃん」
喋り方はいつも通り元気そうだが、その裏側に真剣なものを感じた。
「こんな研究よりさ、俺と太鼓の事で研究しない?」 「え?でも…」
色黒の少年はにやりと笑う。そして――
「俺が逃がしてやるぜ!」
と言うと同時に箱を奪い、砦の窓からさっそうと飛び降りる。木登りが得意な彼には砦に入るためのロープも出入り口も最初から必要ないのだ。 僕がどんな表情をしていたのか、よくは覚えていないが血の気が引いたのは確かだった。待って!と窓から身を乗り出して叫びたくるが もう彼は目の前に広がる森の中に身を隠していた。慌てて底の扉を開けて、色黒少年を追った。砦に残った2人が彼の悪口を言っていたような 気がしたが、そんな事はどうでもいい。今の自分には必死で集めた昆虫採集の事でいっぱいだった。
軽やかな身のこなしで色黒少年は森を駆ける。足の速さといい、地形の慣れっぷりといい、野兎のようだ。 まして数えるぐらいの日しか雨が降らなかったこの世界は、地球の上とは到底思えない。 それでも目の前で昆虫採集のポケモンをあいつに逃がされる光景は想像したくない。遠くから彼の笑い声を手がかりに必死に追う。 奴との距離があと数メートルに狭まったところで、急に巻き返して振り切られる。もうどれだけの時間走り続けただろう?
初めは陽炎かと思っていた揺らぐ光景も、だんだんと本当にぐらつきだし、見えるものが崩れ始めた。 バランスが取れない。胸は張り裂けそうなぐらいに熱い。力尽きて倒れこんでも灼熱の地面は熱を与え続けた。 やがて後を追ってきた二人に発見され、背負われて木陰に運ばれたみたいだが、朦朧とした意識では何も分かりえなかった。
「…あれ?」 「お、気付いた!大丈夫か?」
心配そうに2人が覗き込む。頭と脇には冷えた河の水を含んだタオルが乗っていた。 まだぼんやりとした頭だったが、遠くから響いてくる1つの足音に完全に意識を取り戻した。ばっと起き上がるとそこには色黒少年がいた。 箱はまだ開封されていない。
「へへっ、本気になるなよ。冗談に決まって――」
鼻をほじりながら笑顔で歩み寄るが、目の前の状況に色黒少年は息を呑み、言葉を止めた。 だがもう全て遅すぎた。看護していた奴の堪忍袋の緒がついに切れたのか、今まで聞いた事ないぐらいの大声で怒鳴った。
「いい加減にしろよっ!お前のせいでこいつが熱中症になったんだぞっ!?それにこいつ、自由研究のためにこの暑い夏必死で探し続けたんだぞ!」
色黒少年は緊迫した顔で震えている。そのような表情を彼がするのは意外だった。僕は声をかけようと言葉を探ったができなかった。 本人からしてみれば些細な悪ふざけにしか思ってなかったのだろう。人に悪戯をする子の心理は大抵そういうものだ。 だが、親しい友達が熱射病に倒れたという現状に流石の彼も言い訳の言葉が見つからない様子だ。 遠くでテッカニンの鳴き声が森の中にまた響く。4人はしばらく沈黙していたが、痺れを切らした1人が未だ倒れている僕を起こそうと動いた。
「少しは人の気持ちを考えろ」
そうつぶやくと少年は色黒少年の手の中の採集箱を取り上げ、そのまま千鳥足の僕に肩を貸して、何も言わずに砦へと歩きだした。 僕は背中越しに一度だけ彼を見たが、その茫然自失な彼の背中はやけにこじんまりとしていて、ひどく寂しげに見えた。
彼を見たのは、実はそれが最後だった。
その事件から夏休みが終わるまでの4日間、突如発生した低気圧がイッシュ大陸全土を覆ったのである。 うだるような暑さから一変、強い嵐が続く。 不作を予想していた農家の人々はこの雨に安堵の息をつき、その一方で夏休みの最後を満喫しようとした子供達はこの雨を恨んだ。 僕はそのどちらにも属さなかった。土砂降りの雨音は宿題を片付けるのに集中できたけど、その一方で皆と会えないのは寂しいとしか言いようがない。
指折りで日を数えてようやく始業式が来る。見事な晴天に肌寒い空気が心地よい。 皆と4日ぶりの再会を果たしたのは良いが、肝心の色黒少年は姿を見せなかった。 担当の先生に聞いたところ、彼は親の事情でまた転校したらしい。結局一度も登校せず、彼は台風の様にこの地を去った。 金賞を取った僕の昆虫採集は意味を成さなくなってしまった。 教室の後ろに並べられた生徒たちの自由研究と製作… そこにはお互いの作品を讃えあうカードが幾枚も糊付けされていたが、あいつのが無いのがたまらなく悔しい。
月日は流れ、僕はアララギという博士のポケモン図鑑に目を通す機会に恵まれた。図鑑の最後辺りのページに目を通して、「ランドロス」という気象ポケモンの存在を初めて知った。 そのポケモンはイッシュ大陸を巡り、あちこちで大雨と雷を鳴らして人々の生活を脅かしているらしい…。 そいつにまつわる話を聞いているうちに、あの消えかかった夏の色黒少年の思い出が蘇ってくる。そして何故かイメージとして目に浮かんでくるのだ。
どこかの空で太鼓の音とともに雨を降らす彼の姿が…。おかしなな話だ。
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当初ショートショートのA部門の希望だったはずが、カウントすると文字数3000以上。 ブロックの削りようがなくC部門に変更させていただきました;
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