Re: 2010年秋企画【投稿期間10/16〜11/6】 ( No.23 )
日時: 2010/11/06 18:13
名前: モンロー ID:

題名【きんのたま物語】
部門:B
テーマ:橋


イッシュ地方中心部の都市は2本の大きな川に挟まれている。そのため、西東の街と、中心部の大都市をつなぐ橋がいくつか架かっている。
川は下流になるほど川幅が一気に大きくなるから、その分長く大規模な橋をかけなくてはならない
その中で最も長さがあり、象徴的な橋はスカイアローブリッヂ。まだ人々の記憶に新しいが、大規模、そして大都市と交通するところからイッシュで最も有名な橋であるのは間違いない。
ところで、スカイアローブリッヂが架けられる以前はどうだったか、もちろん、孤島として存在したまま今日のヒウンシティは成り立たない
そこには、今はもう古くなりその名前を知る者も少ない、橋があった

そして、その橋は、男にとって屋根だった

「ぅんん……ぐふぁあああ」
男は大きくあくびをすると伸びっぱなしのひげがほのかに揺れ、雑誌や新聞などのものを踏みつけながらテントの外へ出た。
テントは、アウトドア用に彩り鮮やかにデザイン、コーティングされたものではなく、直方体の骨格にしわのある青いビニールシートをかぶせ、ところどころガムテープを使って形づくられたようなものだった
着古した肌着、白髪の入り混じったちりちりの髪の男が黒いダウンをはおって、自然風景の川岸に現れる。

男は、芝生の上に立ち、景色を眺める。大きな屋根が阻んではいるが、小さな雲の混じった淡い青色が空に広がり、水面は朝日の光を乱反射させ不規則にキラキラ輝きながら遠く広がっている。
水面からは、丸く平らな土台がいくつも突き出し、そこからは滑らかなアーチを描くコンクリートがそれぞれにつながり、橋となっていた
水面をこえた橋の向こうには、大規模なビル群がうっすら輪郭を形づくり遠くにそびえているのがみてとれた

男は2、3回深呼吸をした後、大きく背伸びをして体を左右に振っあと、回れ右をしてまた歩きだす。視界に入るのは自分の家、芝に覆われた小高い丘、そして小さな丘の上には黄葉したイチョウの木が10mほどの間隔をあけ、並んでそびえていた
男は、テントに向かって真っすぐ歩いて行きまた布団にもぐっていき、再び眠りについた

しかし、間もなくして男の目は覚めた、人の気配、そして足音。耳を澄ますと、テントの外で芝生を踏む足音が聞こえた。並んだテントよりちょっと離れた水際で忙しく右へ左へ歩き回っている
男は普段時間の感覚を意識しなかったが、このときは意識した。頭の中でおよそ5分が経過し、10分くらいがすぎた。
歩く経路は複雑になり、ときおり近づき、また遠ざかる
男は眼を閉じたまま、足音を注意深く聞いていた。右へ左へ奥へ何度も行き来した後、足音はテントに急接近してくる

「すいませーん」
高く響く若い少年の声が聞こえた。男は後頭部でその声を受けた
男は、寝息のような音で返事をした
「ズー。グォオ」
鼻で息をすいこみのどの奥をわざとらしく振動させる音
「……すいませーん。おっさん!」
「んー?」
呼ばれた。男は面倒くさそうに細く目をあける
立っているのは少年だった。明るく艶のある頭髪、地味すぎず目だちすぎない柄のナイロンジャケット。背はそこそこあるが顔立ちからして14〜15といったところだった
「なんだぁ?」
「おっさん、ここらへんで薄い円盤みたいなの、拾わなかった?ここらへん、昨日の夕方くらいなんか落ちてたよな」
寝ぼけた声、ふわふわしたしまりの無い言葉を、少年は早口に返した

「……えんばん?」

男は眼を細めた、しばらくの沈黙が生じる
少年は視線だけ動かしてテントの中を眺めた。生活必需品以外に、様々なガラクタが置かれている。ヘルメット、古いビデオデッキ、クシャクシャの雑誌、錆びたノコギリなんかも置かれていた
少年はそれを一通り見たあと、視線を上にやり下唇を噛む

「ひろったかもなぁ。それをどうするんだ?」
数分して、男はやっと口を開いた
「落し物だよ。持ち主に届けるんだ。持ってないのか?」
「知らんなぁ」
「……いや、持ってるだろ」
静かに言う少年
「なんでわかる?しらんぞ!」
男は、やや不機嫌そうな声で言う
「ちょっと有名な人がね、夕べここで大事なもの落としたんだよ。おっさん、何も知らないってことないだろ?」
男は上を向き口をポカンと開け何やら思い出そうとしている
再び長い間が空く
「そんなもんはねえ」
「それより、これ見てくれよ。きれいだろ?」
男は枕もとに置かれた金色のやかんを手に取った。どこかで強い衝撃を受けたのか、側面はへこみ注ぎ口がつぶれ、取っ手もとれてなくなっている、やかんと呼ぶには奇妙な形をしていた
「しらねーよ」
「兄ちゃんそんなこと言うなよ」
男はそう言い、よごれたタオルを手に取ると、その上に不純物の浮かんだペットボトルの水をたらし、やかんを丁寧にふき始めた。やかんは、何度も磨かれているようで、拭いて取れるような汚れはないように見えた
「……」
少年は口を閉じ、やかんを睨んだ
「ちょっと、その中見せてもらってもいい?」
「……ダーメだ!」
男は笑うように言った
「なんで」
「これはおれの大事なものなんだ」
男はヘラヘラと笑う。少年は少し不機嫌になった
「酔っ払ってんのか?ふざけないでくれ」
「ふざけてない。真剣だよ俺は」
「なんなんだよこいつ……」
少年はあきれた様子でボソっと言い放ったあと、少年は鼻で息を一度深く吐いた

「Yeah-he-he-hey! あーるーき出そう〜♪
Yeah-he-he-hey 走ぃーっちゃおうか!?」

沈黙の中、軽快な音声と伴奏がやや籠った音でテント内に響いた
少年は急いでポケットから携帯電話を取り出しテントから離れた

「もしもし」
「あ、すいません。寝坊しちゃって。これからすぐに向かいます」
携帯をポケットにもどすと、また男のもとへ行く
無言だったが、不満げな表情に落ち着かない態度。焦っている様子が見て取れた
「坊主。少し顔色が悪いぞ」
「……」
「本当に知らないんだな?」
少年は不安げにしばらく眺めたあと、命令口調で男に言い、去って行った。

(……)
(外の人間が訪れるなんて久しぶりだな。すこし、生意気ではあったが)

(いいかげん、ここも飽きたな。外に、出たい。出たくて仕方がない)

いつもなら男は二度寝しているところだったが少年のせいか眠れるような気分ではなかった、男は仕方なく廃棄処分されるところだったコンビニ弁当の入ったビニール袋を持ち外ににでて、川辺に座り込んだ。

「こんにちは!」
弁当を食べていると、男の背後から声が聞こえた。男は振り向く。淡いピンクのランニングウェア姿の、川辺の風景がよく似合うさわやかな風貌の女性だった。
「うん?」
「あのーこれ、おじさんのものですか?」
女性は、ウエストバッグからディスクが収められた透明なプラスチックケースを取り出した。ディスクは明るい黄色に光を反射し、多数の数字と記号が小さな文字で細かくホログラムで綴られていた
「お!それ、俺のもんだよ」
男は軽く答える
「本当?よかった」
女性はニコっと笑い、両手でディスクの入ったケースを渡した
「ありがとうな!いまお礼するから」
男は食べかけの弁当を置くとテントへと向かった
「お礼なんかいいです」
「ちょっと待ってろー」
女性は小さくほほ笑む
しばらくすると男がテントから出てきた。手には口のつぶれたやかんが持たれていた
「これは……」
女性はやかんを眺める。表面はピカピカの黄金色に輝いており、注ぎ口がつぶれているせいか、ふたをするとへこみのある金色の球体だった
だが、女性にとっては意味不明の物体でしかなかった。少し見た後、苦笑いを浮かべる
「き、きれいに光ってますね」
「当たり前だろ。毎日かかさず磨いてんだよ、おじさんのき・ん・の・た・ま だからな!」

「そうですか……」
急に女性の雰囲気が変わった。眉間にしわがより、脚が半歩下がる
「じゃあ……、あの、もらいます」
女性は震えた声で言い、やかんを受け取る。差し出す手も震えているようだった
とぼとぼと歩き小さくなる女性に男は笑顔で大きく手を振った
「ありがとなー!」

(いつもの景色が離れていく)
(私は、運ばれて、移動しているのか)

「困ったわ」
金色のやかんを手にして橋の上を困った顔で歩く女性の姿があった。いつもならこの橋は、川の自然風景を眺めながら気持ちよく駆け抜けるところだが、さすがに奇妙な形をしたやかんを持って堂々と走るわけにはいかなかった
「これどこに捨てようかしら。勝手においたら悪いことしてる気分……。もう、もらうんじゃなかった」
女性は困り果てた。やかんを見る。表面は確かに磨かれていたようでピカピカに輝く曲面に女性の顔が写りこんだ

(あまり、見つめるな……)

この橋は、イッシュ最大の都市、ヒウンシティの西側につながっている。
この地区はガイドブック等では語られない場所になっているが、というのも大都市にはよく見られる、治安が悪く小競り合いの多い地区のためだった。今のヒウンを作り上げた重要な交通路だったにもかかわらず、橋自体があまり知られていないのもそのためでもある

「ヘヘッ俺たち悪いっすね、兄貴!」
「ああ、最強のワルよ!」
路上駐車する真っ赤なオープンカーで男二人が謎の会話を繰り広げている
一人は出っ歯の痩せた男、もう一人は運転席に座っているリーゼントの革ジャンの大柄の男だ

「お、女がいますぜアニキ!」
出っ歯が、ランニングウェア姿の女性を確認した。困惑した表情でキョロキョロとあたりを見回している
「なんだ?俺は女に興味ねえって言ってるだろ!」
「すいやせん……でもなんか持ってますぜ」
「ん……おおっ!」
出っ歯が女性に指をさした。リーゼントは眼を細めてしばらく見ると大きく感嘆の声が挙がった
「あれはでかい金のたまだ!金になるかもな。よし奪うぞ」
「女のタマを奪うなんてすげー悪いっすね!」
「ゾクゾクしてきたぜ!」

「どうしよう」
女性は、とにかく手に持っているものを捨てられる場所を探していた。どこにでもさりげなく置けばいいと思っていたが、橋をわたったここはすべての場所が公共、あるいは誰かが所有する土地だった。もし注意されたら、と思うともっと恥ずかしかった。
「こんなものぶら下げて歩いてたら変に思われるわ」
「じゃあ俺たちがぶらさげてやんよ!」
小さく呟いた女性の側面から威勢のいい声がかけられる
女性は声がかけられた方を向く、真っ赤なオープンカーに男二人が女性を見てにやついている
「え!?」
「その金の玉をわたしなぁ!」
「はい」
女性はひょいとやかんを手渡した

「ヒャッハ!お嬢ちゃんの玉はもう俺らのもんだぜ」
「やったな!」
絶叫する出っ歯。叫び声が辺り一帯に響いた
「どうよ、知らない男にでかい金の玉を盗られたきぶんはよぉ!?」
リーゼントは太い眉を吊り上げ眼を大きく開きニヤついた
「あの、えっと……」
言葉に詰まる女性
「もう帰っていいぞ」
「は、はい」
女性はただちに走り去った

「すごいっす兄貴!こんな立派な金の玉初めてっす!」
「あんまベタベタ触るなよ。高価なもんだろうからなぁ」
ヒウンの道路をどこに向かうでもなく運転しながら、2人はただ上機嫌に笑っていた。
「でも、こんなものいったいどこで取引してくれるんすかねえ」
「そうだなぁ……博物館じゃないか?」
「へ?」
出っ歯は意外な回答に拍子ぬけした風だった
「あれだろ?博物館に鑑定団とかいて、アンチークとか買ってくれるんじゃねーの?」
リーゼントも若干自信なさげに語る
「はぁ〜……」
「とにかく行くぞ!」

(私の価値か、面白い)

ヒウンの小さな博物館
埃を薄くかぶった展示ケースに囲まれる中、やかんは大きなテーブルで紫の座布団にのり、分厚いメガネの老人にルーペで観察されていた
「ふむ…ほぉ。これは」
猫背の老人はやかんに顔を近づけ、いろんな角度から観察しながら、時々声を洩らす
「どうなんだ」
出っ歯とリーゼントの2人が部屋に入ってきた
「ただのスチール製のへしゃげたやかんじゃ。価値は1円もない」
「なんだとコラ!」
「んなわけねーだろコラ!どうみても金だぞ!」
「ただ、中にディスクが入っているようじゃが」
「ああ?」
老人はやかんのふたをとって見せた
「これじゃよ。技マシンじゃないかな?」
「なんだそりゃぁ?よくわかるように説明しろ!」
「専用の機械でよみとってポケモンに技を覚えさせるんじゃよ。こいつの中身はワシもよくしらん。エヌオー.72なんて書かれているが、まぁ詳しくないんでね。そしてここは骨董品を扱っておらん、ここはこども宇宙科学博物館ぢゃからな」
老人はやかんの底がよく見えるように中身を見せる。やかんの底には、中央に穴のあいた円盤があった。蛍光灯の光に照らされ、やかんの色とは若干異なる色調の黄色に輝いている。円盤はやかんの底の円形と直径があっていたらしく、やかんの底にピッタリはまっていた。
「マシン?俺らマシンは苦手なんだよぉ……がっかりだぜ」
「がっかりっすね兄貴」
「いらんならわしが処分しとこうか?」
「かまわん、中身ごと捨ててくれ」
リーゼントと出っ歯はそう言い博物館を後にした

間もなくしてやかんは暗い部屋に置かれたダンボールにただひとつ入れられた。
部屋には、やかんの入ったもの以外にも変色したダンボールがたくさん積まれている、人が出入りすることもほとんどなく、冷えた空気の中、ほこりが舞っていた

(ひどく、つまらない場所だ)

(もし、私にかつての持ち主のもとへ戻る力があるなら、戻りたい……主人のもとへと戻れる力が、欲しい)

(そういえば、私のかつての持ち主は大富豪だった。今はどうしてるだろうな。どうにかして戻れないものか)
突如。やかんはバチバチとはじける音とともに蒼く鋭い光をまとい始めた。
音と光は次第に強さを増し、やかんの外形が光で見えなくなるほどに明るくなった
その時ガチャ、と音がし、扉が開いた。同時に眼鏡の老人が物置に入ってくる
「さーて、燃えないゴミの日は今日じゃったな」

「消えたじゃと!?馬鹿な!」
老人は眼を丸くして叫ぶ
やかんを置いたはずのダンボールの底には焼け焦げた跡、そして黄色いイチョウの葉一枚が置かれているだけだった



「いいか!余計なことしやがったらこいつらの命はない!!!!」
近くに海の見えるとても豪華な別荘。叫び声がするのは外からよく見える二階のテラスからだ、野球帽にマスク、サングラスをした男が4人ほどかたまり、その中の一人、長身の男がマスクを顎まで下げ、ナイフを手に持ち地上に向かって乱暴な口調で叫んでいる。
男の前では、紳士風のなりをした立派なひげの男と淑女、そして子供が計6人口をふさがれ、ロープで手足を縛られている。
地上では、何人もの野次馬と警察が集まり、犯人たちと縛られた一家を悲惨そうに見上げていた
「無駄な抵抗はよせっ!きみたちの両親がこんなことして喜ぶと思うのかっ!」
若い警官が拡声器を持ち、額に汗を浮かべ叫ぶ
「俺らもむやみに人を傷つけたくはない!!!指定されたものを6時までに差し出せ。2億相当の金塊だ!!!逃走用の車も用意しろ」
「金塊は、ここにはない!」
「嘘をつくな!このブルジョワ家が財産を金塊にして屋敷のどこかに隠してあるのは知っているぞ!指定した場所を順番に探せ!無視すればこいつらの命は……」

命はない、と長身の男が言いかけたタイミングで、縛られた家族の目の前に、やかんが出現した
犯人たちはすぐさまがその存在に気づく
「金塊だ!」
犯人の一人が叫んだ
縛られた家族も単語に反応し、目をやる
「この大きさなら、純金だとすればひょっとすると2億あるんじゃないか!?」
3人の犯人はお互いに眼を合わせ、長身の男に耳打ちした
長身の男はしゃがみ、縛られた紳士風の男に聞く
「おい、ブルジョワ!これがお前らの財産なのか!?」
大量に汗をかき顔を真っ赤にしたブルジョワ卿は、小さくうなずく
「……わかった、いま家族を返す!車を用意しろ!」
少し考え込んだ後、長身が警官に向かって叫んだ。
犯人の一人が黄金と思いこんだやかんを持ち上げる、持ち上げるに余分な力のこもった腕は予想以上に高く持ち上がってしまった
「軽ーっ!やかんじゃないかこれ!」

(さわがしいな)

(景色はいいが、こうも殺伐とした雰囲気は好きではない)

(私が望むのはもっと愉快な場所……。そういえば、もっと昔は小さな双子のもとにいたな、私がつくったスープをよく飲んでいた。今はどうしているだろう)

やかんはバチバチと鋭くはじける音とともに蒼く輝く光をまといだす。同時に素手でやかんを持っていた犯人は強い電撃を食らったかのように悲鳴を上げ身悶えた。
「何だ!?」
「今よ!」
犯人がうろたえた瞬間を見逃さなかった女警官が4〜5つボールを投げ込むと、訓練された警察犬ガーディたちに一瞬で押し倒され、八本足の昆虫ポケモン イトマルの不思議な拘束糸にあっというまにからめとられ、動けなくなってしまった

10人もの人間がテラスで縛られ悶える中、黄色いイチョウの葉が1枚ひらひらと舞った




「ねぇ、ボクぅ」
「え、なんですか」
「どっちのぉ、おじさんのぉ、きんのたまが おっきい?」
そこは、薄暗いほら穴、浮遊する不思議な岩が青白く輝きながら散在し怪しい雰囲気を醸し出している中、ブルーのパーカーを着たキャップの少年が困惑した表情で2人の中年男にはさまれていた
すこし禿げた二人の中年男は、それぞれ右手に光り輝く黄金の球体を持ち、少年にわざとらしく見せつけている
「お兄さんのより、立派でしょぉ?」「弟のより、すごいわよね?」
「いや、あの……」
二人の中年男は一つ発言するごとに少年にずいと近づく。キャップ少年はどうしたらいいかわからずただ硬直するしかなかった
「みてホラ、さわってみていいわよぉ大きさ比べ」
「僕その急いでるんで……Nとプラズマ団追わないと」
落ち着きねっとりとした声の中年に対し、少年は震えた声で言った
「Nさんって誰?」
「ボク、そのNさんのきんのたまのほうがぁ、立派で凄いわけぇ?」
少年と中年オヤジとの距離がますます縮まり、少年の顔が恐怖でひきつる

(ここは……)
2人に挟まれた間。少年の目の前にやかんが出現する
「あ」
「なによこれ!でか!」
ねっとりとした声が突如野太い声に変わった
「この子のきんのたまのほうが半端なくでかいわ!!」
「キィー若い子に負けたわ!おじさんくやしい」
2人の中年男はその風貌からは想像できない高い声でうなりながらクネクネと悶えると悔しそうにどこかへ言ってしまった

「なんだこれ。いったいどこから出てきたんだ」
キャップをかぶった少年がやかんを不思議そうにじっと見つめる。ピカピカの表面に少年の顔が映った。素直に感情を表す、澄んだ瞳は好奇心で溢れているようだった
(ほう、この少年のカバンの中は居心地がよさそうだ)
キャップの少年はしばらく見つめた後、ためらいもなくやかんを拾い、青いショルダーバッグにつっこんだ、バッグはそれほど大きさがなくすでにごちゃごちゃと物で埋まっているようだったが、なぜだかすんなり入っていった。

それから、時間は流れるままに過ぎて行った

やかんは、少年の所有物としてカバンの中に長い間存在し、納まっていた
(……)

(あれから少年とともに旅をし、いろんな場所を見てきた。少年がチャンピオンになるのも見届けた。のは、いいのだが……)

そして、やかんはいま不思議な空間にいた。広いか狭いか、暗いか明るいかもわからない。物体が記号的に存在するだけの空間
(ここはさみしい……。そろそろ、戻るべきか。いろんな者のもとにいたが、最も居心地がよかった世界は……)
やかんは行くべき場所を想像し、いつかのように光を纏おうとしたが、うまくいかない
パチパチと弱いの電気は発生するものの、それ以降は途切れてしまう

(と思ったが、ここでは無理か)

やかんはその空間でただひたすら時間が流れるのを待つしかなかった
どれだけ時が過ぎたか、手掛かりや教えてくれるものはなにもない

膨大な時間が過ぎていく中。古くなったやかんは古いやかんとして変わらないまま存在するしかなかった
今という時で少年は存在しているのかも、もはや誰のものかもわからない

ピーピロリロピ
「ウホッ」
ふと聞こえる電子音と、男らしい男の声
(誰だ)
曇った表面に。眼鼻立ちの整った顔がぼんやりと映る。男はやかんよりもうっすら映っている自分の顔や体を見ているようだった
しばらく眺めたのち、男はボールからポケモンを出現させる、四本腕の全身筋肉隆々なマッチョポケモン。カイリキーと呼ばれるものだ
男はやかんを手渡すと、カイリキーの腰にぶらさがった大きな革のきんちゃく袋に入れられた

(勘弁してくれ。また、暗く狭い場所に入れられるのか)
(あら、新入りさん?)
やかんの側面にコツン、と固いものが当たる。きんちゃく袋にはすでに先客がいたようだ
(君は……)
(こんにちは、わたし、きんのたまのたまこ)
やかんよりふたまわりほど小さい黄金の球体に、薄汚れたやかんの姿が映った
(あなた、ずいぶんと旅してきたみたいだけどどこからやって来たの?主人はどんな人だったの?)
きんのたまはカチカチと軽くやかんにぶつかった
(私は、主人を何度も変え、転々としてきた)
(……)
(昔は、私は道具として使われ働いていた。あのころはよかった。しかし今、私は道具としての機能を失ってしまった、それからはどこへいっても退屈な世界、くだらない者ばかりだった)
(そう……)
(わたしもね、いろんな所を転々とした。道具として見られたことは一度もなかったけど、とにかくいろんな人に会ったわ)

それからはきんのたまとやかんの毎日が始まった
朝も、夜もやかんときんのたまは革袋の中で、カチカチこすれあった

(たまこ)
(なぁに?)
(私は、ときどき思うのだ。元いた場所にずっといるべきだったのだろうかと)
(ちがうわ)
革袋の隙間から洩れる光が一瞬強くなり、きんのたまはキラリと反射し輝いた
(わたしとあなたのいた場所。どれも、世界がちがう。時間の流れ、くらす人。慣れない世界は誰にとっても不安よ)
(……)
(でも、だからこそどちらかが勇気を出して出会いに行くことに意味があるの。私は流されるままだったけど、あなたはちがう世界を望んだ、だからこそ今私と出会うことができた。そんな気がするの。……うれしいわ、それが正直なキモチよ)
(そうか……)
(たとえ悲しい結果になっても、出会ったことを後悔しないで。望んだなら、あなたが移り生きてきた世界はどれも間違ってない)

その時だった、きんちゃく袋の口を締めていたひもがゆるみ、口が開かれた
カイリキーの巨大な拳が袋に侵入しきんのたまをわしづかみにした
(たまこ!)
(大丈夫よ。わかってたの。私、道具として初めて使ってもらえる)
カイリキーの手のひらにおさまったきんのたまは、肩より上へと上がっていく
陽の光がきんのたまにあたり、ぬらりと輝かせた。オレンジがかったゴールド、シルバーに近い明るいメタリックイエローに対し、影になる部分は暗く渋い輝きを放った
カイリキーは腰をひねり肩を大きく後ろにひくと、反動をつけ勢いよく腕を前方にまわし、折り畳んだ肘を一気に伸ばした
きんのたまは剛速球となり、一直線に飛んで行き、潰れるような鈍い音とともに標的のポケモンに命中した。
(そんな、なんてひどい!)
狂いのない球体だったきんのたまに派手なヘコみがひとつできた
(大丈夫。これが道具としてのわたし……)
跳ね返り地面に落ちたきんのたまをカイリキーはすぐさま拾い上げ、付着した血液や土も払わず再び標的に対し力のこもった腕で投げつける。ほんの短い数分の間、その動作は何度も続けられた
しばらくすると馬鹿力で何度も投げつけられたきんのたまはほとんど原形をとどめなくなっていた
(たまこ……どうしてこんな)
(私、もう長くないわね)
(そんな事を言うな)
(あなたとは、もう少し早く会えてたら……)
つぎの瞬間、地上に落ちたきんのたまに、ドテッコツによる凄まじい一撃が加えられた。金の玉は太く丈夫な鉄骨の重量と圧力にフルパワーで叩きつぶされあっけなく破裂し、中の空気が飛び出す音が響いた

「おいおい、人のもちものを壊すのは反則じゃないのか」
落ち着いた語り口でカイリキーの主人がしゃべる
「いい男が、飛び道具に頼るなんて困るな。肉体(カラダ)と肉体(カラダ)で語り合おうか」
そう言うのは、ドテッコツの主人のようだった
「そう焦るんじゃない、楽しませてくれよ」

カイリキーの拳がやかんに忍び寄る
(――逃げて!!!!)
(すまない、たまこ……!)

(私はこの先、存在する世界を変えても、きみ以上の存在に出会えるとは思えない。だから、違う世界を望むのはやめて、もといたなにもない世界に帰るよ。会えたのはうれしいが、もとよりここは、私のいるべき場所ではなかった。だから自分は道具としてそんなふうに使われておきながら、私には今になって逃げろだなんて言うんだろ?生きる世界をひとりで決めるには、私に勇気が足りないことを知っていたから、そんなことを……)

薄汚れたやかんは、眩い光をまとった
そして、カイリキーの掬った手には、黄色く染まったイチョウの葉が握られていた




たどりついた先は、川と橋のある自然風景。しかし、橋の下にテントはなく、平らな乾いた土とまだらな芝生の上に黄色く染まった大量のイチョウの葉が敷き詰められていた

(遅すぎたか……)

やかんは、橋の下の隅にぽつんと存在し続けた。
枯れ木となったイチョウの木はいつの間にか若緑の葉をつけていったが、やかんの表面はますます曇っていく
何人もの人が通り過ぎはしたが、古いやかんを磨こうとするものは二度と現れなかった



おしまい

10266字
いろいろ、ギリギリセーフであってほしい