Re: 2010年秋企画【投稿期間10/16〜11/6】 ( No.18 )
日時: 2010/11/05 19:17
名前: 炎のごとく華やかに ID:

【題名】 ネオンライト
【部門】 A
【テーマ】 橋



届いた茶封筒の通知に淡くなった期待で手に取り、糊付けされた封を慣れた手つきで切る。
街角の片隅に押しやられた喫茶店は夕方という時刻の為か客で賑わい、カウンターの間の前にはマスターが酒を調合を始め、
暗い照明の店のど真ん中では顔も名前も知らないミュージシャンがギターで旋律を奏でている。
スーツを着た女性がこのような店でくつろぐには、どちらかというとまだ早い時間帯なのかもしれない。

薄っぺらの封筒にはB5サイズの紙が一枚入っている。お決まりの明朝体の文面を明かりに翳して読んだ。

―― この度は当社への面接に御足労いただき、誠に有難う御座います。
    今回の採用試験の結果についての報告ですが、まことに不本意ながら不採用とさせていただき…

もうそこで彼女は読む気力を失った。
それぞれの会社の通知は全て似通った表現と文章を連ね、そのいずれもが「雇えない」という主旨を述べている。
力無く仰け反り、重くなった気分を含んだ上半身をまるごと椅子の背に預けた。用無しになった通知を捨てる様にテーブルに放る。
目の端でマスターのにこやかな表情と、手にしている清涼飲料水が映った。注文した梅酒のサイコソーダ割である。
乱雑に置かれた封筒と書類を片付け、厚紙の下敷きをおいてグラスを彼女の前に置いた。氷と氷が澄んだ音を立てる。

  「また駄目だったのかい?」
  「ええ…」

テーブルの上に突っ伏して彼女はさらに付け加えた。

  「もう最低な気分だわ」

そうかい、とマスターは苦笑混じりに答える。彼女は大好物の梅酒に手を伸ばし、乾ききった喉を潤す。
アルコールの中に隠された炭酸飲料を口に含む爽快感をしばらく味わった後、グラスを通知の上にいったん置いた。
外の通りで走り去るバイクのエンジン音が低くうなった。マスターは洗い場に溜まったグラスと皿を磨いていた。

  「そう沈みなさんな。この不景気じゃ仕方のないことさ」

マスターの励ましも今の彼女にとっては気休めにしかならなかった。頭の中に焼きつくのは失敗した会社の記憶だけだ。
人を採用するに、何故こうも目の粗い篩にかけられねばならないのだ。
始めは意気揚々と面接官の問いかけに答えてきた自分だったが、不採用が連続すると気負いが重なり、またそれが積み重なる。
悪循環は巡った。客のざわめきも、ミュージシャンのギターも段々耳障りになってくる。

  「お客さん、今日はサービスしてやるよ」

遠い旋律の中で急に囁かれたマスターの声にびくりと反応した。梅酒のほろ酔い気分が一気に醒めた。

  「え?お勘定のこと?」
  「ああ、違うぜ。最低な気分のお客さんにはとっておきのサービスだ」

マスターは腕時計を見やり―― ふむ、そろそろだな と呟く。


喫茶店に面する狭い通路には冬のビル風が吹きぬけ、そこを歩くにはいささか寒すぎる。
高層ビルが立ち並ぶ印象を持ったヒウンシティにしてはやけに物寂しい。喫茶店は街の影にひっそりと在った。
冬の海には季節を問わず船が出入りし、自分と同じスーツを着た者が街中を行き来している。
今、私と同じような就職難民はこの中に何人居るだろう。人混みの中を歩くたびにそう考える癖がついていた。
もう時刻は会社が終わる頃合だった。彼女はマスターの言葉を頭の中で復唱する。

―― 南のスカイアローブリッジに入ってすぐの階段を37段登りな。そんでもって後ろを振り返るんだ。

四本の搭で支えられたイッシュ最大の橋と云われているが、登ったことは一度もなかった。

橋の階段から真上は深い紫色の空が広がり、天頂あたりには等星の低い星が仄かに煌いている。
風はさっきより一層と冷たくなり、登った階段の数を忘れてしまいそうだ。弛んだマフラーをもう一度締めなおし、冷気を防ぐ。
やけに中途半端な階段の37段目は橋の踊り場に当たった。数えた事があるほどよく来る場所なのかと思い、言われた通りに振り返る。

  「あ…」

最初に目に映ったのは何の変哲も無いヒウンの街並みだが、日が沈むと同時にその景色は一瞬にして姿を変える。
一つ一つのビルに様々な彩りの明かりが灯り、それと同時に橋の道路に備え付けられたライトも輝きだす。
ただの夜景にしてはやけに心を打つものがあった。きっと芳しくない就職活動に押しやられて自分の視野が狭くなっていたのかもしれない。
知らず知らずのうちに目の前の現実を恨んでいたのかもしれない。自分が臨もうとしていたこの街にはこんな綺麗な姿があったというのに。

あのマスターはきっとそれを見越してこの場所を教えてくれたのだろう。
彼女はしばらく、冷たく吹き付ける風を忘れて橋とビルが作り出す光の芸術に圧倒されていた。しばらくすると胸ポケットの中の携帯電話が震える。
取り出して画面を見ると、マスターからのメールが届いていた。

―― 俺のお気に入りの場所はどうだい?

彼女はふっと笑みを浮かべながらすぐにキーを打ち、返信のボタンを押す。

―― 最高よ



総文字数1999文字です。
ショートショートって結構難しい;