Re: 2010年秋企画【投稿期間10/16〜11/6】 ( No.10 ) |
- 日時: 2010/10/31 17:50
- 名前: ムスタファー ID:
- 部門【A】
テーマ“橋” “スカイ・アロー”
白い世界。黒い世界。 混ざり合い、醜く淀んだ灰色の世界。 ―――僕の描いた「理想」は、あの子が求めた「真実」に負けたんだ。 現実は甘い嘘をつく。中身の朽ちた果実のように。
闇に濡れた空。雲が星を飲む夜。波高く、黒々と渦巻く瀬戸を照らすは白き『空の矢』……スカイアロー・ブリッジ。その溢るるばかりの輝きのみ。
上空からはかろうじて車両の往来が確認できる。地上では決して味わうことのなかった圧巻の規模を堪能する最中、長い萌黄の髪を持つ青年の耳をかすかに恍惚とした響きがよぎる。
美しい橋だ 「僕もそう思うよ」 否定する理由など青年には無い。
最後の戦いによって、幼き頃より造り上げられていた彼の世界は永遠に崩壊した。敗北は目的も王座も全てを無に帰した。 細い体躯を突き動かしていたのは正しいと信じて違わない「理想」。より強き「真実」の打ち砕かれたのち抜け殻と化した者は、果たして固執と引き替えに真の自由を得たといえるのだろうか。 幸い彼の傍らにはともに高見を望み、ともに夢破れた“トモダチ”がいた。何者にも代え難いその存在が首を横に振らなければ、暗い囁きに導かれるまま深淵に足を踏み入れていたやもしれない。
なぜかな
彼の“トモダチ”は賢者の響きをもって問いかける。抜け殻の自分を連れ出してこの橋の眺めを送ったのには何か意味があるようだ、と青年は洞察した。 こうして背中に乗って黒い肌に手を置いていると、温もりとともに“トモダチ”の気持ちが流れ込んでくるような錯覚に陥る。しかし常人には通用しないその言葉を理解できる青年といえど、口に出されなければその心を完璧に把握することはできない。
「橋は数式で出来ているから」
それが彼の思い付く最善の答えだった。昼夜問わず行き交う人間や物資。目まぐるしく変わる天候。巨大な人工物をめぐる、あらゆる問題を解決する答えを人間は常に計算によって導き出して来た。いわば建造物とは完全無欠な数式の結晶である。均整の取れたこの橋もまた地上で最も合理的な存在の一つであり、それが美麗の根拠に違いなかった。 “トモダチ”は静寂が彼の言葉を成熟させる時を待ち、口を開いた。
吾が眠りにつく前の時代を話そう。はるか遠い世界のことを
その言葉はかつて悠久の流れに身を置いた者だけが知る郷愁の念が込められていた。
橋とはいかにも不完全なものであった
「不完全?」 青年は思わず聞き返した。予想だにしていなかった言葉である。 それは同時に、囚われの奴隷を人間から解放し、完全なる者へと導くという青年の破れた理想を連想させる単語でもあった。
人は恐れを抱いて橋を渡っていた 「確かに昔は、橋はもっと脆くて壊れやすかったんだろうね」
しかしいかなる時代の橋も、吾には尊い
「なぜ?」 “トモダチ”は柔和に微笑んだ。どれだけ闇と同化していようと、青年には分かった。
橋が繋ぐのは陸だけではない。心を繋ぐものだ
心を繋ぐ。普段早口な青年は吟味するようにゆっくりと復唱した。すると不思議なことに夜気で冷えていた体に何か温かいものが広がっていった。彼は穏やかな表情で眼を閉じる。その言葉をそっと胸に抱いて。
「君達のおかげで僕はあの子に会えた。あの心に触れたから、僕は分かったんだ」
彼は“トモダチ”の背に静かに額を寄せ。 「だから……君達は素晴らしいんだね」
「真実」との再会はそなたの願いが生んだ奇跡 そなたが吾が橋となるならば、吾はそなたの橋になる ともに歩もう、英雄よ
強靱な竜族の体に宿る雷の力が莫大な推進力を産み、二人の姿はまるで矢のように薄藍色の東空へと消えた。はるか彼方の、新たな世界を目指して。
fin.
1429字。
|
|