8. I don't know, but ( No.9 )
日時: 2010/09/07 00:49
名前: Pause ID:

 その名を聞いた途端、ジャスティスは身を乗り出した。
「あなたがルーナ……さん、ですか」
「ルーナでいいわ」
 そう言うが、彼女の声音は硬く、よそよそしい。ジャスティスもそれを聞き、見目で年上と分かるルーナになれなれしく話しかけるのは躊躇われた。
「あなたが、僕のことを知ってると聞きました」
「誰に? ――あの男に?」
 悲しみに見えどあまり表情を感じさせない、ルーナの眉間に皺が寄った。顔を顰めて、ジャスティスの後ろにある扉を睨みつけている。彼女はヴィオレントのことを言っているのだろう。ジャスティスが頷くが、ルーナは表情を変えなかった。
「むしろ、あなたはどこまで知っているの?」
「どこまでって?」
「魔女のことを」
「魔女?」
 ジャスティスが聞き返すと、ルーナはわずかに目を見開いた。
「まさか、何も知らないの?」
 繕うようにジャスティスは答える。
「僕は……ゴウを負った子供だとヴィオレントが言ってました」
 ジャスティスの瞳を見ると、ルーナはがくりと首を落とした。ローテーブルを見つめている。
「だったら、知らないほうが幸せなこともあるわ」
「でも、僕は知りたい」
 きっぱりとジャスティスは言った。すぐに頭をかいて、ばつが悪そうに続ける。
「あいつは、アニマは本当の故郷じゃないって言った。お母さんも、本当のお母さんじゃない……って……」
 腕で目をごしごしと擦る。
「だから……確かめたいんだ」
 ルーナはいつのまにかジャスティスに視線を戻し、彼の瞳をじっと見つめていた。強く輝く赤い瞳。解しにくい表情の中で、それは際立って光っている。ジャスティスも彼女を見つめ返した。
「座りなさい」
 手のひらを上にして、ルーナは自分の座る向かいのソファを指した。おずおずとジャスティスが座ると、向き合う。
「わたしは、あなたが一体何者なのか教えることが出来るわ」
 ジャスティスはしっかりと頷いた。ルーナはローテーブルに置いた本を取ると、ページを開いてジャスティスに差し出す。
「そのページを読んで」
 慎重に受け取らねばならぬほど、ぼろぼろな本だった。手のひらに当たる背表紙はざらざらと剥げている。ページは全体が黄ばみ、端はところどころ破れていた。黒インクの活字も剥げており、森育ちで視力のいいジャスティスでも顔を本に近づけてゆっくりと読まねばならなかった。

 世界には神話があった。
 幻と嘲笑われた神話があった。
 ある時、神話の真実なることを証明した者がいた。
 時が経ち、神話の真実たる絶大な力、魔法と呼ばれる技を手に入れた者がいた。

 力は力を呼び起こし、欲を呼び起こし、戦火を呼び起こした。
 力を手に入れた者は、太陽の名を頂いたそれを持ち世界を支配しようとした。
 力が世界を侵蝕し始めると、それに気付いた者が立ち上がった。
 この力は危険すぎる、再び封印せよと謳い、聖戦と称して力に抗い始めた。
 そして、人々は大きな過ちを犯した。

 圧倒的な力を封印するために、圧倒的な力を生み出した。

 月の名を頂くその力は、神話と同じく魔法と崇められた。
 もはや戦は意味を失い、力と力のぶつかり合いとなるだけであった。
 死骸の広がる焼け野原だけが、声もなく嘆くばかりであった。

 そして太陽と月は衝突し、挟まれた世界は無へと帰した。

 月は太陽に呑み込まれた。太陽も残骸を残すのみであった。
 やがて時が経ち、その残骸の上に、新しい命が産まれた。
 命は命を作り出し、途方もない時間をかけ、再び世界は喜びを取り戻した。