登場人物一覧 ( No.1 ) |
- 日時: 2010/09/07 00:36
- 名前: Pause
- ジャスティス・サルファー (ジャス) : Justice Sulfer / モルフォン♂ / 11歳
ルーナ・ディ・フォーチュン : Louna de Fortune / ルカリオ♀ / 16歳
***
ヴィオレント : Violento / バクフーン♂ /
***
ハルフ・サルファー : Haref Sulfer / ビークイン♀ / 34歳
|
1. 神話 ( No.2 ) |
- 日時: 2010/09/07 00:38
- 名前: Pause
- 世界には神話があった。
幻と嘲笑われた神話があった。 ある時、神話の真実なることを証明した者がいた。 時が経ち、神話の真実たる絶大な力、魔法と呼ばれる技を手に入れた者がいた。
力は力を呼び起こし、欲を呼び起こし、戦火を呼び起こした。 力を手に入れた者は、太陽の名を頂いたそれを持ち世界を支配しようとした。 力が世界を侵蝕し始めると、それに気付いた者が立ち上がった。 この力は危険すぎる、再び封印せよと謳い、聖戦と称して力に抗い始めた。 そして、人々は大きな過ちを犯した。
圧倒的な力を封印するために、圧倒的な力を生み出した。
月の名を頂くその力は、神話と同じく魔法と崇められた。 もはや戦は意味を失い、力と力のぶつかり合いとなるだけであった。 死骸の広がる焼け野原だけが、声もなく嘆くばかりであった。
そして太陽と月は衝突し、挟まれた世界は無へと帰した。
月は太陽に呑み込まれた。太陽も残骸を残すのみであった。 やがて時が経ち、その残骸の上に、新しい命が産まれた。 命は命を作り出し、途方もない時間をかけ、再び世界は喜びを取り戻した。
「…………」 少女はそこまで読むと、古びて黄ばみぼろぼろになった本を傍らに置き、膝をかかえて瞳を閉じ眠りについた。
|
2. anima ( No.3 ) |
- 日時: 2010/09/07 00:39
- 名前: Pause
- 東の町ディスティントの外れに、アニマという森がある。
細く急な川が流れ、雨が多い。生き生きと枝を伸ばした木々の間を虫ポケモンや鳥ポケモンが飛んでゆき、色とりどりに咲く花々の中を小さな草ポケモンが駆けてゆく。 ときに地面や岩のポケモンが、大地から顔を出しては棲む者たちを驚かせる。 乾期でここ数日雨の降らないアニマは、今日も雲ひとつない快晴である。森のほぼ中央に高くそびえるシーヤの樹の根元では、子供たちが集まってヨルノズクの長老の語りをせがんでいた。 その最前列に陣取る、モルフォンの少年――ジャスティスもそのひとりである。長老の語る世界の不思議や冒険に憧れ、自分もいつかと世界を旅することを夢見る少年であった。 ふと場が静かになる。長老は集まった子供たちを見回し、重々しく口を開いた。 「今日は、神々の話をしよう」 何それ? 十を数えぬ子供たちがざわめく。十一歳になったばかりのジャスティスは、得意げに子供たちに囁いた。 「神様はね、お空のとおーいところで、世界を見てるんだって」 その様子に目を細め、再び長老が口を開く。 「この世界を創り出し、我ら種族を創り出し、豊かなる自然を創り出した二十二の神がいたそうだ」
二十二の神々は様々な世界の心を司っていた。 道化は夢想、魔術師は意志、女教皇は神秘なるもの、女帝は豊穣の実り、皇帝は世界の支配と安定、皇帝は慈悲、恋人は愛、征服者は勝利と独立、剛毅は力と勇気、隠者は深き導き、運命の輪は運命、 裁判の女神は平等と正しさ、吊し人は忍耐、死神は死と再生、節制は調和、悪魔は激情、塔は災いと悲しみ、星は希望、月は失敗、太陽は成功と満足、審判は復活、そして世界は世界の完成。 神々は絶大なる力“魔法”と呼ばれる技を持ち、その力で世界を治めたという。 そして今でも神々は世界に降り立ち、魔法によって様々な世界の出来事を起こしてゆくのだ……
「魔法……」 世界を変える力。子供たちの瞳が輝く。ジャスティスが身を乗り出した。 「長老、魔法ってまだこの世界にもあるの!?」 「これはあくまで神話ぢゃからな。おまえが旅に出たときに、探してみればよい」 長老の言葉に、ジャスティスは思わず立ち上がり拳をつくる。 「じゃあ僕、旅に出たら魔法を探しにいくよ! それで、世界を変える瞬間を見るんだ!」 すごい、連れてって、などと子供たちから声が上がる。ジャスティスはえへへと頭をかいて、頑張るよ、と笑う。 そうして浮き立つ子供たちの輪の外から、ジャスティスを呼ぶ女性の声が聴こえた。
 |
3. 落ちる影 ( No.4 ) |
- 日時: 2010/09/07 00:40
- 名前: Pause
- 女性は手を振りながら近づいてくる。ジャスティスは顔をくしゃくしゃにして手を振り返した。
「お母さん!」 黄地のフレアスカート、長く結った黒髪、慈愛に満ちた赤い瞳。ビークインの“お母さん”は、ジャスティスの自慢のひとつである。 「ジャス、ああ、長老……お世話になっております」 長老は彼女を見ると小さく顔を崩す。 「ハルフか。ご苦労」 「長老には敵いませんわ。こんなにたくさんの子供達を育てているじゃありませんか」 そう言って周りの子供達を見回し、ハルフは悪戯っぽく笑う。 「お前とてすっかり母親面しおって。幾つになる?」 「三十四になりました。ジャスも十一になったばかりです」 ハルフはジャスティスの頭を撫でた。ジャスティスの誕生日はほんの一週間前のこと、ハルフは森中のミツハニーの力を借りて、盛大にパーティを催したばかりだ。それを思い出しているのか、ジャスティスの顔がにやける。 その表情から顔を背け、長老は顔を少し強張らせた。 「そうか……なれば、ステラも結構な歳になるか……」 ハルフは小さく頷くが、すぐに頭を振った。 「でも、この子はまだまだですから」 「何がまだまだなのさ!」 「そういうところがまだまだなのよっ」 ジャスティスの額を人差し指でつついて、ハルフは深く頭を下げる。 「ではそろそろお暇を。みんな、ジャスと遊んでくれてどうもありがとう!」 ハルフは大きく子供達に手を振って、足を家路へ向ける。ジャスティスも負けじと声を上げながら、両手をぶんぶんと振り続けていた。
虫ポケモンの群落の中に、ジャスティスの暮らす家はある。もちろん虫ポケモンも草ポケモンも地のポケモンも種族を超えた親交があるが、住むとなればそれぞれに適した環境が要る。アニマでは住環境の似た同じタイプ同士で群落を作り、そこに住まうのだ。 おかえり、ジャスおかえり、ハルフさんおかえりなさい、今日はジャス泥だらけじゃないね、ハルフさん今日もお美しい! 様々な声が聞こえる。手を振り返し、「まあ」とハルフが赤面し、ジャスティスがあまいミツを投げつけるのもいつものこと。 「さあジャス、手を洗ってらっしゃい」 はあい、とテーブルにつこうとしていたジャスティスはほんの少し口を尖らせて出てゆく。ハルフが小さなテーブルに食器の準備を終えたところで、ジャスティスが戻ってきた。 「ご飯は?」 「今日はナナシを搾ってみたの。お向かいのレディアン、アルカさん、知ってるでしょ。その人が美味しいって。ジャス、酸っぱいもの好きでしょう?」 「やった! お母さん大好き!」 口を尖らせていたかと思えば、好物が出ただけでハルフの腰に抱きつく。ジャスティスはほんの小さな子供で、ハルフもそうと信じていた。ほんのり温かく酸っぱいナナシのスープは、何でもない日の終わりと安らかな眠りを約束するものだと思っていた。
深更。 「ジャス! 起きなさい!!」 ハルフが手荷物を片手に、ジャスティスを激しく揺さぶる。その表情は焦りの一色。 「なに……?」 いつにない母の様子に、目を開けてしまえばジャスティスの覚醒も早かった。ハルフはジャスティスの手を強く引いて家を出た。 「お母さん、何!?」
「火事よ! 北東から火が出たって……!!」
 |
4. 炎の中 ( No.5 ) |
- 日時: 2010/09/07 00:42
- 名前: Pause
- 緑豊かな森は、闇の中に赤く染まっていた。昼のように明るく、だが昼ではあり得ない熱さをもって、炎は森を呑み込んでいる。
悲鳴が聴こえる。皆が不安と恐れに強張った顔をして、軽やかに駆けていた野原を逃げ回っている。 マリルリが見えた。懸命に細い川から水を吸い上げて炎を消そうと水鉄砲を放っている。その周りには何匹ものマリル、よく見えないが水ポケモンがいるようだった。 「ジャス、こっちよ!」 呆然と見つめていると、ぐんと腕を引かれた。ピジョット達が避難する者達の誘導をしている。それに従って二人走っていく。 「お母さん……アニマ、なくなっちゃうの……?」 ハルフに手を引かれながら、ジャスティスは呟いた。彼の足が止まる。 「……いいえ。きっとルキさん達が消してくれるわ。焼けたとしても、森はまた蘇るから」 ハルフの言葉は力強かったが、燃え上がる森を目の当たりにしたジャスティスには俄かに信じられなかった。混乱したときのように、足元がおぼつかない。 森は燃えてゆく。 「ほんとうに……?」 「ハルフさん、ジャス、早く!!」 呟きはかき消され、二人が振り向くと背後には先のマリルリがいた。真後ろの炎に向かってハイドロポンプを噴き出す。 「ルキさん、」 「私達に任せて早く逃げて!」 頷いてハルフは半ばジャスティスを引きずるように駆け出した。ピジョット達に従って、南へと逃げていく。 ジャスティスは何度も後ろを振り返っていた。消火に当たる水ポケモン達、それを嘲笑うように炎は広がっていく。 森が燃えてゆく。――森が、なくなる。もうハルフの言葉はジャスティスの頭にない。 「お母さん、森がっ、森がっ!!」 ジャスティスは叫んだ。頭が変になりそうだった。ぐらぐらと揺れていた。 「ジャス、ジャスティス、落ち着きなさい!」 「森が、森がっ、なくなっちゃうよ……!!」 「そんなことないわ! ルキさん達が消してくれるから……!」 「うそだっ」 「嘘なわけないでしょう!」 ジャスティスはただ叫ぶばかり。ハルフは何とかその手を引いて、やっと森の外へ抜け出した。広い荒地に、アニマの住民達が寄り添っているのが見える。 振り返ると赤い森が見えた。次第に色が焦げてゆき、生気を失う。
アニマ。生気と云う意味だと、いつか聞いた。 確かに命が溢れていたはずの森に残ったのは、数多の命を奪い木々を焼いてなお燃え盛る炎と、焼けた灰、さらう風のみ。 二人はただただ、それを見つめることしかできなかった。
やっとジャスティスは、己の頬を伝う涙に気付いた。 この水であの炎を消し止められたら、なんて思った。 熱風にさらわれ、涙はあさっての方向へ飛んでいった。
 |
5. 謎の男 ( No.6 ) |
- 日時: 2010/09/07 00:45
- 名前: Pause
- 「すんませーん、ここらへんにモルフォンの男の子いないですかァ」
住民達が身を寄せ合う中で、妙に間延びした聞き覚えのない声が聴こえた。ジャスティスは振り向く。自身はモルフォンだ。 「そんでもって、ついでにジャスティスって名前のやついませんかねェ」 「何だって!」 その言葉に、ジャスティスは立ち上がった。 「ん? アンタか? ジャスティス・サルファーってのは」 「そうだ!」 怒ったように言って、自分を呼んだ男を見回す。 見たことのない種族だった。短く癖のある深い緑の髪、燃えるような――それこそ、目の奥に焼きつく炎のように――橙のマフラーを巻いて、軽い言動をそのまま服にしたような格好をしていた。 「お前は誰だ!」 そのまま口に出すと、男は困ったように眉を下げて、なぜか口角を上げた。 「オレ? ヴィオレントってンだ。見たことねェか? バクフーンさ」 ジャスティスが口を開く前に、住民達がざわめく。バクフーン、まさか、でも見なかった、炎ポケモンだ、この大火は、口々に声が上がる。異様な反応にジャスティスは皆を見下ろすと、傍らに座るハルフも不安げな顔をしていた。 そのざわめきを劈いて、鋭い叫びが上がった。 「さては、お前がアニマに火を放ったのか!?」 身体中を煤だらけにした、マリルリのルキが立ち上がる。彼を中心に一瞬声が静まり、バクフーンの男に対する非難の声が爆発した。ルキが殴りかかろうとしたのを、男は難なく交わした。 「違ェよ、誤解だって! 俺がたまたまバクフーンだったんだって」 その声は誰にも届かない。立ち上がって吼える住民達は一斉に男の両腕を拘束した。 「何しにきたんだ!!」 ジャスティスは男と距離を取る。男は拘束されながら、飄々と言葉を放つ。 「いやーちょっと指令を受けてねー、アンタを連れてくるように言われちまったンだわ」 何だって、と歯を食いしばるジャスティスの前に、人影が立ち上がった。ジャスティスを護るように、彼に背を向けている。長い黒髪、黄地のフレアスカート。 「お母さん!!」 ハルフはジャスティスを振り返る。 「ジャス、穏やかじゃないわね。この子に何のご用ですか」 内に秘めた炎。赤い瞳が男を射抜く。 「あれ……お母さん……? ですかァ。ちょっとね、この子を覚醒させるとか」 ハルフはそれより先を聞かなかった。刹那、煌く光を纏う。右手を真っ直ぐ男に向け、 「お引き取りなさい――パワージェム!!」 弾丸のような光が次々と拘束された男に命中する。男はうッ、と呻いてから、ニヤリと笑った。口を大きく開けて、息を吸い、黒い煙を大きく吐き出す。誰かが叫んだ。 「煙幕だあ!!」 風を起こせ、伏せろ、と次々に声が上がる。混乱に陥った中で、男の拘束が解ける。 悲鳴が上がった。 「お母さああああーーーん!!!」 「!? ジャス!!」 黒い世界の中、ハルフが叫び返す。ジャスティスを掴まんとがむしゃらに腕を伸ばしながら、風起こしを放ち続ける。鳥ポケモン達の風起こしや吹き飛ばしが重なり、ほどなくして煙幕が払われる。 男がいない、探せ、との声に混じって、ハルフの肩を叩くものがある。 「ハルフさん、ジャスが……」 大きな赤い瞳が見開かれる。口に両手を当てて、ハルフはその場に崩れ落ちた。 「ジャス! ジャスティス!! 返事をして……!!」 何も返ってこない。夜明けの近い空に、叫びはどこまでも高く響き続けていた。
 |
6. 少年ジャスティス ( No.7 ) |
- 日時: 2010/09/07 00:47
- 名前: Pause
- 男――ヴィオレントはジャスティスを抱え上げ、道なき草原を歩いていた。プリンセス・ホールド、いわゆるお姫様抱っこをされたジャスティスは、逃れんともがいていた。
「離せ!! 人さらい!!」 「はっなしーませーン。オレが怒られちまうもーン」 がはは、と大きく笑い声を上げて、ヴィオレントはジャスティスを抱え直す。足取りは軽く、かなり機嫌がよいようだった。ほどなくして下手な口笛を吹き始める。 「僕をどこへ連れてくんだ!」 裏腹にジャスティスの声は荒く硬い。薄紫の瞳がヴィオレントを睨みつけている。ヴィオレントは「サビまで吹かせてくれ」と再び口笛を吹き始め、ファの音を伸ばして曲を切ると答えた。 「ディスティントの西さァ。じきに着く」 その名にはジャスティスも覚えがあった。青年ポケモン達が遊びに繰り出し、ハルフも時折買い出しに出かける、アニマより最も近い町。ジャスティスもお使いを頼まれ、仲間と共に数度出かけたことがある。 「ディスティントだったら、アニマに帰れる!」 ジャスティスが叫んだ途端、ヴィオレントの表情が暗くなり、影が差した。朝陽が昇りかけていた。 「――おめェは、アニマにゃ帰れねェよ」
だって、アニマはお前の故郷じゃねェから。
「嘘だ!!」 ジャスティスは激しく頭を振った。それでも、ヴィオレントの黒い瞳を振り払うことはできなかった。 「ホントもホント、本当さァ。だって考えてもみろ、おめェの母さんの種族はなんだ?」 「ビークイン」 「ほおら違ェだろ。おめェはモルフォン、ビークインから産まれるわけがねェ。あの母さんはお前の本当の母さんじゃねェんだ」 「嘘だ……」 その声は弱弱しく消えていく。嘘だ、嘘だ、と繰り返す、その瞳には涙が溢れていた。 お母さん。自慢のお母さん。いつも笑って、ジャス、と呼びかける。時々怖い顔をして怒るけれど、大好きな僕のお母さん。この間だって、十一歳の誕生日にはミツハニー達を集めてパーティを開いてくれた。この前も、あの時も、お母さんはいつだって僕を。 お母さんが、本当のお母さんじゃない……? 誰もそんなこと言わなかった、長老だって、ハルフは立派にジャスティスの母親じゃな、と笑ってた。 でも……。ルキさんのばあちゃんはマリルリで、アルカさんとこのリーンはレディバで…… ヴィオレントの声が薄く聴こえた。 「おめェは業を負った子供だから」 「なにを……」 「“世界が嘆いた記憶を知っている”」 つまらなさげな棒読みで、ヴィオレントは答えた。またジャスティスを抱え直して、一転のん気な声で続ける。 「アレだ」 腕の代わりに顎で指す。ジャスティスが見ると、白い建物があった。泣き腫らした目には、妙な形にしか見えない。 「じゃ、お見送りもここまでだァ。後は自分で聞いてみるんだな」 「誰に聞けばいいのさ!」 掠れた声で叫ぶ。ヴィオレントはしばらく逡巡する様子を見せてから、形式ばった棒読みで答えた。 「ルーナ・ディ・フォーチュン――お前と同じ業を負う少女」
 |
7. 閉じられた出会い ( No.8 ) |
- 日時: 2010/09/07 00:48
- 名前: Pause
- 「なァんてな」
そう言って、白い歯を覗かせる。声を硬くするときの表情とまるで違う、締まりのない顔だった。 「からかってんのか!」 「よく分かったなァ!」 あっはっはとまた大きな声を上げてヴィオレントは笑う。すこぶる機嫌が良い。ジャスティスは眉をしかめ歯軋りするしかなかった。 白い建物が近づいてくる。硝子のドアの上に、平たい屋根がせり出している。壁はのっぺりとして、正面には窓ひとつついていないが、建物の側面にいくつかの小さな窓がある。四階建てほどのそれの屋上に、鉄骨のドームがある。 「アレが俺の城」 なァんて、プラシードに怒鳴られるなァ、と一人ごちてヴィオレントはおかしげに喉を鳴らす。そして足を止めた。 「悪ィけど、こっからは自分で歩いてくれな」 そう言って、ジャスティスをそっと草が淡く生える地に下ろす。途端反対へ駆け出したジャスティスに、ヴィオレントはすんでのところで足を引っ掛け、二人もろとも足から転んだ。草が匂う。ジャスティスは泣くまいと歯を食いしばり、涙を溜めた目でヴィオレントを睨みつけた。 「ホラ」 ヴィオレントが手を差し伸べる。ジャスティスはしばらく逡巡して睨みつけ、やがて身体の草や砂を払うと、背の小さな翅をはばたかせて立ち上がった。それでもヴィオレントは、逃げないようにと半ば引きずるようにジャスティスの手を引いた。 「おにーさんの言うことはちゃんと聞いとけよォ? 長い付き合いになるンだ」 「なるか!」 ジャスティスが噛みつかんばかりに叫ぶと、ヴィオレントは人差し指を口に当てて焦ったような顔をした。 回転扉が静かに佇み、二人の姿を映して見つめ返している。硝子越しに、うごめく影が見える。
ジャスティスはなす術もなく、ヴィオレントについて歩く。磨かれた鏡のようなホールを過ぎて左に曲がり、自動ドアをくぐってはうねる中を道なりに進み、エレベーターで上へと昇る。その中で何人かとすれ違う度、彼等は必ずヴィオレントに一礼を返した。この建物の中でヴィオレントは高い地位につく人間なのだろう。やがてジャスティスがどんな道をたどってきたのか分からなくなるころ、ヴィオレントは扉をひとつ開けた。ティールブルーに金の縁取りがされたその扉は、白く磨かれ抜いたプラスティックのような質感の廊下には、あまりにも重く見えた。 「ここで待っててくれな」 ヴィオレントはジャスティスを押し込むと、何かに目配せをして扉を慎重に閉めた。 ジャスティスは硝子のローテーブルを見た。古びた本が閉じられて載っている。革張りのソファ。そこに、少女が座っていた。露出した肩に落ちる黒髪が、黒い。その髪はきちんと四つにまとめられている。青地に黒の模様が入った長い袖を、二の腕の半ばで絞って留めている。ベルスリーブを纏う細い腕と脚はきちんと揃えられている。山吹色をしたトップス、同じ色の深いファーに紛れた表情は、ジャスティスには悲しみに近く見えた。 「あなたは……?」 ジャスティスが何も言えぬうちに、顔を上げて少女が問う。 「じゃ……ジャスティス・サルファー」 少女はゆっくりとジャスティスを眺めた。一房だけ跳ねた髪、前髪は短いが真ん中の数房だけ鼻まで伸びている。髪と同じ薄紫の瞳は、瞳孔だけが黒に近い。それは今、戸惑って揺れている。紫と象牙色のボーダー柄の半袖シャツ、背には小さな翅。サスペンダーで吊った大きめのホウボウに、砂の汚れが少しついている。 少女はジャスティスより遠くを見るような目で、呟いた。赤い瞳はジャスティスに言葉を許さない。 「ジャスティス……あなたが……」 か細い声の重さに耐え切れずに、ジャスティスは身じろぐ。しばらくして、少女はジャスティスに視線を戻した。 「わたしは、ルーナ。ルーナ・ディ・フォーチュン」
 |
8. I don't know, but ( No.9 ) |
- 日時: 2010/09/07 00:49
- 名前: Pause
- その名を聞いた途端、ジャスティスは身を乗り出した。
「あなたがルーナ……さん、ですか」 「ルーナでいいわ」 そう言うが、彼女の声音は硬く、よそよそしい。ジャスティスもそれを聞き、見目で年上と分かるルーナになれなれしく話しかけるのは躊躇われた。 「あなたが、僕のことを知ってると聞きました」 「誰に? ――あの男に?」 悲しみに見えどあまり表情を感じさせない、ルーナの眉間に皺が寄った。顔を顰めて、ジャスティスの後ろにある扉を睨みつけている。彼女はヴィオレントのことを言っているのだろう。ジャスティスが頷くが、ルーナは表情を変えなかった。 「むしろ、あなたはどこまで知っているの?」 「どこまでって?」 「魔女のことを」 「魔女?」 ジャスティスが聞き返すと、ルーナはわずかに目を見開いた。 「まさか、何も知らないの?」 繕うようにジャスティスは答える。 「僕は……ゴウを負った子供だとヴィオレントが言ってました」 ジャスティスの瞳を見ると、ルーナはがくりと首を落とした。ローテーブルを見つめている。 「だったら、知らないほうが幸せなこともあるわ」 「でも、僕は知りたい」 きっぱりとジャスティスは言った。すぐに頭をかいて、ばつが悪そうに続ける。 「あいつは、アニマは本当の故郷じゃないって言った。お母さんも、本当のお母さんじゃない……って……」 腕で目をごしごしと擦る。 「だから……確かめたいんだ」 ルーナはいつのまにかジャスティスに視線を戻し、彼の瞳をじっと見つめていた。強く輝く赤い瞳。解しにくい表情の中で、それは際立って光っている。ジャスティスも彼女を見つめ返した。 「座りなさい」 手のひらを上にして、ルーナは自分の座る向かいのソファを指した。おずおずとジャスティスが座ると、向き合う。 「わたしは、あなたが一体何者なのか教えることが出来るわ」 ジャスティスはしっかりと頷いた。ルーナはローテーブルに置いた本を取ると、ページを開いてジャスティスに差し出す。 「そのページを読んで」 慎重に受け取らねばならぬほど、ぼろぼろな本だった。手のひらに当たる背表紙はざらざらと剥げている。ページは全体が黄ばみ、端はところどころ破れていた。黒インクの活字も剥げており、森育ちで視力のいいジャスティスでも顔を本に近づけてゆっくりと読まねばならなかった。
世界には神話があった。 幻と嘲笑われた神話があった。 ある時、神話の真実なることを証明した者がいた。 時が経ち、神話の真実たる絶大な力、魔法と呼ばれる技を手に入れた者がいた。
力は力を呼び起こし、欲を呼び起こし、戦火を呼び起こした。 力を手に入れた者は、太陽の名を頂いたそれを持ち世界を支配しようとした。 力が世界を侵蝕し始めると、それに気付いた者が立ち上がった。 この力は危険すぎる、再び封印せよと謳い、聖戦と称して力に抗い始めた。 そして、人々は大きな過ちを犯した。
圧倒的な力を封印するために、圧倒的な力を生み出した。
月の名を頂くその力は、神話と同じく魔法と崇められた。 もはや戦は意味を失い、力と力のぶつかり合いとなるだけであった。 死骸の広がる焼け野原だけが、声もなく嘆くばかりであった。
そして太陽と月は衝突し、挟まれた世界は無へと帰した。
月は太陽に呑み込まれた。太陽も残骸を残すのみであった。 やがて時が経ち、その残骸の上に、新しい命が産まれた。 命は命を作り出し、途方もない時間をかけ、再び世界は喜びを取り戻した。
 |
9. わたしとあなたは ( No.10 ) |
- 日時: 2010/09/07 00:52
- 名前: Pause
- 「これは?」
「それは世界の歴史」 ルーナが掌を差し出した。ページを開いたまま本を返すと、彼女は慎重にそれを閉じてテーブルに置く。 「そして、この中にある神話というのは、昔、この世界に二十二の神々がいて――」 あ、とジャスティスが素っ頓狂な声を上げた。身を乗り出す。 「それって、二十二の神々が、魔法を使って世界を治めたっていうやつでしょ!?」 「知っているの?」 「長老に聞いたんだ」 ジャスティスの声が弾む。ルーナはさほど驚いた様子を見せなかった。何事もないように続ける。
「それなら話が早いわ。あなたは、その神々の末裔なのよ」
「え……?」 「だからここに連れてこられた」 ジャスティスは瞳を見開き、しばらく口も閉じることができなかった。聞き返すことも、その口から言葉を吐き出すことも。遥かに続くような沈黙。何時間も経ったようなその後、やっとジャスティスは小さな声を絞り出した。 「本当に……?」 「名前が示しているわ。ジャスティスというのは、正義の女神のことよ」 ルーナの言葉は淀みなく、ジャスティスはまた言葉をなくす。 「そして、世界の歴史には続きがあるの」
「太陽の魔法は血を選び、種族の中で生き続けてきた。月の魔法は何者かが設計図を残していた。それを知った人々は、魔法戦争が再び起こることを恐れた。月の魔法の設計図を探すとともに、魔法を持つとみられる者たちを見つけては次々と処刑したわ」 ジャスティスが頭を抱える。ルーナの低い声は部屋に響き続ける。 「それは今でも続いているのよ。ディアネイルという組織、その過激派たちが、魔女を探し続けてる。そしてここは――ディアネイルの、ひとつの拠点」 そして一呼吸を置き、ルーナはきっぱりと言い切った。 「わたしとあなたは、ここで心中するの」 その声は至極ゆっくりと消えた。空気の濃さに潰されそうになりながら、ジャスティスは問いを絞り出す。 「しんじゅう……?」 「そう。わたしとあなたはここで死ぬの」 ルーナの声には諦めた色があった。ジャスティスは火がついたように立ち上がる。何かが切れた感覚だった。 「嫌だ!!」 ジャスティスは叫ぶと、扉のノブを激しく回す。乾いた音がするばかりで、押しても引いても扉は動く気配がない。それに気がつくと、扉を拳で叩き始めた。がん、がん、がん、と響く音は空しい。 「やめなさい」 先より大きな声がして、強い力で右腕を掴まれる。ルーナが厳しい目をしていた。 「離して!! 僕は死にたくな――」 「静かにして。大きな声を出すと守衛が来るわ。すぐに処刑されてしまうわよ」 その声にも揺らぎはほとんどなかった。ジャスティスはもがきながら叫んだ。焦り、悲しみ、怒り、恐怖、それらに突き動かされている。 「あなたはっ、なんで静かでいられるの!? 死ぬんならあなたがひとりで死ねばいい、僕はまだ死にたくないっ!!」 刹那、空気が唸る。パンと音が響き、その勢いにジャスティスは倒れ込んだ。左の頬が熱く、じわじわと痛みを伴ってくる。 「ひどい……わたしだって――わたしだって生きていたいわよ!」 あまり地声は大きくないのだろう。それを絞り出して掠れた大声を上げるルーナを、ジャスティスは見上げることしかできなかった。
 |
10. 諦めない ( No.11 ) |
- 日時: 2010/09/15 21:54
- 名前: Pause
- 「でも、一体どうすればいいの? 何が出来るの? ねえ? あなたは知っているの? この絶望を生き抜く方法があるの? ねえ? 答えてごらんなさい、あなたが言ったのでしょう、黙ってないで答えてごらんなさいよ、」
ルーナはジャスティスを立たせると、その肩を揺さぶりながら掠れた声で叫び続ける。鬼気迫った表情の、赤い目は潤んでいた。ジャスティスはまだ、それを見上げることしかできない。口を開けても、言葉が出てこない。 淀んだ沈黙が落ちる。ジャスティスが答えないのを見ると、ひどく疲れたように溜息をつき、ルーナはジャスティスの肩を離すと再びソファに腰を落とした。 「……」 「……ごめんなさい」 ルーナは両手で顔を覆っている。今にも泣きそうなその格好にジャスティスはやっとのことで小さく言った。 「どうにもならないわ」 顔を覆った手の隙間から小さな声がこぼれる。狭い部屋で、それはジャスティスにもよく届いた。ジャスティスは物言わぬ扉を見上げる。重い扉。誰かが外から回してくれれば、簡単に扉を開けられる金のノブ。ジャスティスはここに入れられたとき、扉が開くのを見た。 ――本当にどうにもならないの。 「本当にどうにもならないの」 ルーナが顔を上げた。 「なんですって……?」 「僕、このまま死にたくないよ。ルーナさん……、えっと、ルーナだってそうでしょ。僕はどうにかしたいよ。どうにもならなくったって……どうにかしたいよ」 扉を見上げたまま、ゆっくりとジャスティスは言葉を探す。ルーナはそれを聞いても、やはり動じなかった。鼻で笑うように息を吐いただけだった。 「わたしが何もしなかったと思っているの?」 「え、ううん、違うけど……」 「この部屋では技を撃てないのよ。隠し窓の類もなかったわ」 ルーナが指を差す。倣ってジャスティスが見上げる。白い天井に、丸いセンサーが据え付けられている。 「技による波動や衝撃を感知するとブザーが鳴るの。わたしは一度この部屋を破壊しようとして、見つかったことがある」 それから先は言いたくないと顔を背ける。ふとアニマを燃やす炎が思い起こされた。ここは、あれほどの力を持つものの懐の中だ。 「わたしはルカリオだから、ひときわ波動が強い。彼等はそこに目をつけたんだわ」 ルーナは恨めしげに言ってから、何かに弾かれたように顔を上げた。ジャスティスを見つめ、そうよ、と呟く。 「あなた、ジャスティス、種族は?」 「モルフォンだけど……」 突然顔を上げたルーナに先のことが思い起こされ、ジャスティスはやや構えて言った。それだけを聞くと、ルーナは何ごとか一人ごちる。 「何……?」 「わたしの波動が察知されてしまうなら、わたしでない者がごく弱い技を撃った場合、感知されないということが有り得るかも知れない」 「ってことは……」 ルーナが声を潜める。 「何か糸口があるかも知れないわ。手伝ってもらうわよ」 脱出できるかも知れない。 ジャスティスの顔が一瞬で明るくなった。 「僕、やるよ!」 「静かにして」 「うん……」
 |
Re: アルカナム ( No.12 ) |
- 日時: 2010/11/13 15:47
- 名前: レイコ
- こんにちは。突然お邪魔してすみません。
旧ポケノベからの移転ご苦労様でした。私も初心に帰り、改めて目を通そうと思い立った次第です。 では早速、ご迷惑だと思いますが感想を投稿させて頂きます。
※ネタバレにつき未読の方はご注意。
・キャラ 主人公のジャスティスがとても可愛いですね。母親に甘えている姿や強がっている姿が見ていて微笑ましいです。 母親のハルフさんも素敵な方で……血縁云々はさておき、絆の深さを感じさせるいい親子です。 アニマの仲間達もいい人ばかりで、こんな森に住めたら楽しいでしょうね。 ヴィオレントは山火事を起こしたりジャスを拉致したりと、行いは問題ありですがマイペースな感じが憎めません。 ルカリオのルーナは落ち着きの中に見え隠れする感情がもう、応援したくなるようないじらしさです。 また擬人化ということで、容姿の描写の工夫はお見事だと思いました。
・ストーリー 物語の鍵となるであろう二十二神。ジャスティスとルーナが神の末裔ということは、今後続々と一族の者が現れるのかな、と思ったりします。 この世界では技と魔法は何か違いがあるのですね。詳しく語られることを待つばかりです。 ディアネイルなる組織の過激派は戦争を回避すべく危険因子を次々に抹殺しているようですが、子どもを手に掛けることも意に介さないとは…… 果たしてジャスティスとルーナは無事に逃げ出せるのか。でもそう簡単に上手く行くわけないですよね……
ここで切られてしまうとは……続きが気になります。更新頑張ってください。それでは。
|
コメント返し ( No.13 ) |
- 日時: 2010/11/16 21:54
- 名前: Pause ID:.4DoeUqU
- >>レイコさん
レイコストームありがとうございました! しっかり受け取りました!
ジャスティスは11歳という年齢もあり、子供っぽさを押し出したキャラなので、伝わっていてほっとしました。 ヴィオレントはよくいる飄々とした悪役です。悪役ですが、ちょっと楽しい感じに。ただその中にも彼なりに考えていることがありそうです。 そしてルーナはこれからジャスと大冒険を繰り広げる予定なので応援してやってください^^
22の神の一族も出てきますし、第一話で書いたそれに対する者たちも出てきます。 魔法については近いうちに語り手を出す予定です。 組織の中、少なくともヴィオレントには、非道なことをしてでも戦争を回避したい理由があります。戦争は悪であり、それを止めるために悪を繰り返すのは果たして善なのか? 自分で言いながら書き切れるかどうか不安ですが、頑張って書きたいです。 そしてこの続きも! ご期待くださいというとハードルが上がってしまいますが……
コメント本当にありがとうございました!
|