6. 少年ジャスティス ( No.7 )
日時: 2010/09/07 00:47
名前: Pause ID:

 男――ヴィオレントはジャスティスを抱え上げ、道なき草原を歩いていた。プリンセス・ホールド、いわゆるお姫様抱っこをされたジャスティスは、逃れんともがいていた。
「離せ!! 人さらい!!」
「はっなしーませーン。オレが怒られちまうもーン」
 がはは、と大きく笑い声を上げて、ヴィオレントはジャスティスを抱え直す。足取りは軽く、かなり機嫌がよいようだった。ほどなくして下手な口笛を吹き始める。
「僕をどこへ連れてくんだ!」
 裏腹にジャスティスの声は荒く硬い。薄紫の瞳がヴィオレントを睨みつけている。ヴィオレントは「サビまで吹かせてくれ」と再び口笛を吹き始め、ファの音を伸ばして曲を切ると答えた。
「ディスティントの西さァ。じきに着く」
 その名にはジャスティスも覚えがあった。青年ポケモン達が遊びに繰り出し、ハルフも時折買い出しに出かける、アニマより最も近い町。ジャスティスもお使いを頼まれ、仲間と共に数度出かけたことがある。
「ディスティントだったら、アニマに帰れる!」
 ジャスティスが叫んだ途端、ヴィオレントの表情が暗くなり、影が差した。朝陽が昇りかけていた。
「――おめェは、アニマにゃ帰れねェよ」

 だって、アニマはお前の故郷じゃねェから。

「嘘だ!!」
 ジャスティスは激しく頭を振った。それでも、ヴィオレントの黒い瞳を振り払うことはできなかった。
「ホントもホント、本当さァ。だって考えてもみろ、おめェの母さんの種族はなんだ?」
「ビークイン」
「ほおら違ェだろ。おめェはモルフォン、ビークインから産まれるわけがねェ。あの母さんはお前の本当の母さんじゃねェんだ」
「嘘だ……」
 その声は弱弱しく消えていく。嘘だ、嘘だ、と繰り返す、その瞳には涙が溢れていた。
 お母さん。自慢のお母さん。いつも笑って、ジャス、と呼びかける。時々怖い顔をして怒るけれど、大好きな僕のお母さん。この間だって、十一歳の誕生日にはミツハニー達を集めてパーティを開いてくれた。この前も、あの時も、お母さんはいつだって僕を。
 お母さんが、本当のお母さんじゃない……? 誰もそんなこと言わなかった、長老だって、ハルフは立派にジャスティスの母親じゃな、と笑ってた。
 でも……。ルキさんのばあちゃんはマリルリで、アルカさんとこのリーンはレディバで……
 ヴィオレントの声が薄く聴こえた。
「おめェは業を負った子供だから」
「なにを……」
「“世界が嘆いた記憶を知っている”」
 つまらなさげな棒読みで、ヴィオレントは答えた。またジャスティスを抱え直して、一転のん気な声で続ける。
「アレだ」
 腕の代わりに顎で指す。ジャスティスが見ると、白い建物があった。泣き腫らした目には、妙な形にしか見えない。
「じゃ、お見送りもここまでだァ。後は自分で聞いてみるんだな」
「誰に聞けばいいのさ!」
 掠れた声で叫ぶ。ヴィオレントはしばらく逡巡する様子を見せてから、形式ばった棒読みで答えた。
「ルーナ・ディ・フォーチュン――お前と同じ業を負う少女」