3. 落ちる影 ( No.4 )
日時: 2010/09/07 00:40
名前: Pause ID:

 女性は手を振りながら近づいてくる。ジャスティスは顔をくしゃくしゃにして手を振り返した。
「お母さん!」
 黄地のフレアスカート、長く結った黒髪、慈愛に満ちた赤い瞳。ビークインの“お母さん”は、ジャスティスの自慢のひとつである。
「ジャス、ああ、長老……お世話になっております」
 長老は彼女を見ると小さく顔を崩す。
「ハルフか。ご苦労」
「長老には敵いませんわ。こんなにたくさんの子供達を育てているじゃありませんか」
 そう言って周りの子供達を見回し、ハルフは悪戯っぽく笑う。
「お前とてすっかり母親面しおって。幾つになる?」
「三十四になりました。ジャスも十一になったばかりです」
 ハルフはジャスティスの頭を撫でた。ジャスティスの誕生日はほんの一週間前のこと、ハルフは森中のミツハニーの力を借りて、盛大にパーティを催したばかりだ。それを思い出しているのか、ジャスティスの顔がにやける。
 その表情から顔を背け、長老は顔を少し強張らせた。
「そうか……なれば、ステラも結構な歳になるか……」
 ハルフは小さく頷くが、すぐに頭を振った。
「でも、この子はまだまだですから」
「何がまだまだなのさ!」
「そういうところがまだまだなのよっ」
 ジャスティスの額を人差し指でつついて、ハルフは深く頭を下げる。
「ではそろそろお暇を。みんな、ジャスと遊んでくれてどうもありがとう!」
 ハルフは大きく子供達に手を振って、足を家路へ向ける。ジャスティスも負けじと声を上げながら、両手をぶんぶんと振り続けていた。

 虫ポケモンの群落の中に、ジャスティスの暮らす家はある。もちろん虫ポケモンも草ポケモンも地のポケモンも種族を超えた親交があるが、住むとなればそれぞれに適した環境が要る。アニマでは住環境の似た同じタイプ同士で群落を作り、そこに住まうのだ。
 おかえり、ジャスおかえり、ハルフさんおかえりなさい、今日はジャス泥だらけじゃないね、ハルフさん今日もお美しい! 様々な声が聞こえる。手を振り返し、「まあ」とハルフが赤面し、ジャスティスがあまいミツを投げつけるのもいつものこと。
「さあジャス、手を洗ってらっしゃい」
 はあい、とテーブルにつこうとしていたジャスティスはほんの少し口を尖らせて出てゆく。ハルフが小さなテーブルに食器の準備を終えたところで、ジャスティスが戻ってきた。
「ご飯は?」
「今日はナナシを搾ってみたの。お向かいのレディアン、アルカさん、知ってるでしょ。その人が美味しいって。ジャス、酸っぱいもの好きでしょう?」
「やった! お母さん大好き!」
 口を尖らせていたかと思えば、好物が出ただけでハルフの腰に抱きつく。ジャスティスはほんの小さな子供で、ハルフもそうと信じていた。ほんのり温かく酸っぱいナナシのスープは、何でもない日の終わりと安らかな眠りを約束するものだと思っていた。


 深更。
「ジャス! 起きなさい!!」
 ハルフが手荷物を片手に、ジャスティスを激しく揺さぶる。その表情は焦りの一色。
「なに……?」
 いつにない母の様子に、目を開けてしまえばジャスティスの覚醒も早かった。ハルフはジャスティスの手を強く引いて家を出た。
「お母さん、何!?」

「火事よ! 北東から火が出たって……!!」