――その名、その夢――
ここは どこだろう
くらくて なにもみえない
じぶんは なにをしていたのだろう
そもそも じぶんはいったい なにものなのだろう
ひかりが みえる
こえが きこえる
なにをいっているのかは わからないけれど じぶんを よんでいるみたいだ
なぜか いかなければいけない きがする
いま そっちにいこう じぶんが じぶんをよぶこえが なにものであろうと――――
私の目の前に横たわっている、尻尾の形状じゃらして雄であるピカチュウは、一向に目を覚まさない。心臓は止まってはいないみたいだから少なからず生きてはいるみたいなんだけど…
「…」
試しにその赤い頬の片方を突っついてみる。あら柔らかい…
「……」
しかし反応が無い。仕方ないのでもう一度つっついてみる。柔らかな感触こそするものの一考に目を覚ます気配がない。いっその事思いっきりのしかかって――というバカな事は流石に出来やしない。というか何故そんな発想になったしワタシ。のしかかるとか変態かよ。
「…ねぇキミ、大丈夫?」
少しだけ慣れた体を動かして素直に軽く揺さぶってみる。起きないなら起きないでどうしようかしら…放っておくわけにもいかないし……
「んっ…」
「!」
不意に、視界が黄色いものに覆われた。口元には謎の柔らかい感触。まさかそんな偶然――
それを理解した瞬間 ワタシの意識は恥ずかしさで暴発した
一匹のピカチュウは困っていた。一つは自分の目の前で気絶している一匹のイーブイをどうするべきか。更に一つは
「……ダメだ、何も思い出せない」
自らに関する、一切の記憶を失っていた事。どうしようもないこの状況の中、ただただ時間だけが過ぎていく。
「…大丈夫?」
とりあえずピカチュウは目の前のイーブイを目覚めさせる事にしたようだ。身体を少し揺さぶって声をかけてみるが、返事は返ってこない。先程までと立場が逆転しており、なおかつ気絶している理由がたまたま目覚めて体を起こした時に小さな口同士が重なったなどとは、夢にも思わないだろう。
「どうしよう…」
嘘のような現実を知るよしもなくただただ空を見つめる。時が進み、日はが傾き影が大きく伸びる頃合の紅く染まりし空。ピカチュウは今一度自らを思い出そうとする。しかしやはりダメなようだ
「……はっ」
「うにゅ?」
元人間(自称)が意識を取り戻し、漸く顔を合わせることとなった二匹。
「「やっと目が覚めたのね(んだね) …ほぁ?」」
二匹の初会話は、こんな感じで始まった。
「という訳なの」
「そうだったんだ…」
イーブイ(自称元人間)が自分の事(人間であった事)と、自分が気を失っていたのは偶然にキスをしたという事を偽って頭がぶつかって気絶したという事に偽った以外の全てをピカチュウに語る。
「まだ名乗ってなかったわね。ワタシはイブっていうわ。キミは?」
「自分の…名前……ッ」
自分の名前を思い出そうとし、急な頭痛に襲われ頭を押さえてしまう。心配そうに見つめるイーブイをよそに、大丈夫だよと声をかける
「そういえば記憶が無いって言ってたわね…。じゃあ、ワタシがキミに今だけかわりの名前をあげるわ」
「かわりの…名前?」
「そ。今だけ、だけどね。思い出したらそっちで名乗って貰うから、忘れちゃダメよ?」
反論する意味もないので、頷いてお願いする。
「そうねぇ……。キミの名前は、ライ(雷)でどう?」
その名を聞いて、何かを思い出せそうな気がしたが一瞬すぎて結局わからなくなってしまい思わず曖昧に返事をしてしまったが
「決まりねっ!」
何故か彼女の方が嬉しそうに笑顔を振りまくものだから、つられて自らも笑顔になる彼の姿が、そこにあった。
「これからどうしようかなぁ…」
一通り落ち着いた二人に差し掛かった問題は、『これから先』である。あての無いイーブイと記憶の無いピカチュウで何かしらの頼りがあるかと聞かれれば、答えはノー。そんなものがあるなら海岸で佇んではいない。
ふとライが、イブの体毛に隠れてはっきりとは見えないが、何かを見つける。
「ねぇイブ。それは?」
「それ?」
胸元の体毛を示され、少し悪戦苦闘しながらも身体を揺らしたりして何かを日の元に晒す。
「あっ! これは残ってたんだ…よかった……」
声のトーンが低くなったが、彼女にとってとても大事な物というのがうかがえた。
「あぁごめんなさい。ライもちゃんと見たいよね。これはワタシの両親がくれた物なの」
彼女が大事そうに見せたそれは、太陽に透かせばエメラルドのような色を放つ不思議な玉石のような物であった。
「綺麗だね…」
「ワタシはこれを翠玉って呼んでるわ。色もそれっぽいからっていう理由だけどね」
もう一度、太陽に透かしてみるとやはりそれはエメラルドのような色を放ち、小さな星のように輝いている。その光は、いつのまに姿を現したのだろう赤い鋏を携えた蟹のようなポケモン、クラブ達の出す泡に反射して幻想的な光景を作り出していた。
「すごい……」
言葉には出来ない、しかし大きな感動が二人を包む。まさに幻想郷そのものだった。
「夢があるの」
「夢?」
不意に、語りだすイブ
「そう。ワタシの夢。この翠玉が一体何なのかを解き明かすのがね、ワタシの夢なの。ワタシの両親は、そこらへんで見つけたとか言ってたけどワタシにはわかったの。この翠玉には何か秘密があるって。何にもプランとかないけどね」
「…叶うといいね。夢」
「叶うんじゃないわ。叶えるのよ。夢を追い求めたその先に何があるのか……想像すると、楽しみじゃない?」
彼女は笑う。夢を追い求めたその先――その言葉に、彼は
「……その夢、一緒に叶えさせてよ」
「え?」
「女の子一人じゃ不安だしね。何より、一人より二人。人数が多い方が、叶った時の感動も分かち合えるでしょ?」
彼は、考える前に言葉を発していた。強く、とても強く、彼女の夢にどこまでも付きあって行きたいと思ったから
「……喜んで、お願いするわ。ライ」
「これからよろしくね。イブ」
お互い前足を出して、優しく、だが力強く握手を交わす。イブの瞳には、嬉しさからかうっすらと涙が浮かんでいた――