08
──どうして、ヒミのパートナーがパルシェンだとわかったのだろう。
そんな疑問が頭をめぐる。ヒミと自分のポケモンについて話したことはないし、彼がパルシェンを使う姿を見た記憶もない。なのに、なぜ。
ポケモンセンターでも感じた感覚が、再びヤトをおそった。パズルのピースが合わさるような感覚。でも、ピースはまだ不完全だ。無理にはめることはできない。けっして繋がりあうことはない。そんなもどかしさ。
頭がずきりと痛んだ。白いモヤがかかっているようだ。それを振り払って、その先にあるものをみたい──
ヤトの意識を引き戻したのは、ラプラスの短い悲鳴だった。
先ほどまでの自分を後悔する。敵の前でよそ事だなんて。なんという失態。
無意味に傷つけてしまったラプラスに謝罪しながら、ヤトは目の前の張りぼてを見つめた。敵は機械だ。見た目的に金属でできている。金属は熱と電気の良導体だ。しかしラプラスは炎の技を覚えない。ならば道はただ一つ。
機械の電圧よりもより強いボルトで過電流をおこし、電線を焼き切ってしまえばいい。
「ごめんラプラス、今回だけがんばってくれ──『10万ボルト』!」
ラプラスの体内で電気が蓄積されていく。水タイプであるラプラスにとって、体内に電気をためることは少なからずダメージにつながる。少しずつ体がしびれるのを感じながら、ラプラスは張りぼてを強く見据えた。
追いついた修行僧が指示をだすと、手足代わりのロープがひゅっと音を立てて振り上げられる。鞭が放たれるよりも先に、ラプラスが体内の電気を解放させた。
あたりがまばゆい光につつまれる。振り下ろされたロープをつたって、十万もの電圧がロボットに伝わった。キャパシティを明らかに超えた電流に、中の機械が悲鳴をあげる。継ぎはぎされた金属の隙間から、灰色の煙が立ちのぼった。ロボットの傍らに立っていた修行僧がとばっちりを受けて、ぎゃっと短く叫ぶ。
ラプラスにまひなおしを与えながら、ヤトは先を急いだ。モンスターボールにラプラスを入れながら走る。
階段にはヒミとジンの姿がない。もうとっくに二階に到着してしまったようだった。探すのが困難になると感じながら、とにかく階段をのぼりきることを目指す。
後ろで修行僧が何か言っていた気がしたけれど、そんなことにかまっている余裕はなかった。
***
背後にずっと感じていた気配が消えたのがわかって、ジンはようやく立ち止まった。まず初めに抱いた疑問が、ここはどこだろう。次いで、一緒にきていた二人はどこに行ったのだろう、だ。
古い木造の建物で、あたりにはマダツボミをかたどった装飾がところどころに施されていることから、マダツボミの塔内にいることはわかる。しかし、それ以外の情報は何一つなかった。
窓には鉄格子に加え、重たい鉄のカーテンがしかれていて、外の様子はうかがえない。それどころか、窓からの脱出が不可能である。
オレンジ色の炎が天井でゆれている。今のジンには、その明かりはあまりにも頼りなさすぎた。
「はあ。恥ずかしいとこ見せちゃったなー……でもおれ、幽霊とか嫌いなんだよなあ」
ひとりごちて、ジンはその場に座り込んだ。
ポケモンセンターを出たときは、イーブイを奪還するのなんて簡単だと思っていた。いや、マダツボミの塔に侵入したときもだ。ポケモンについて一番尊敬しているヒミが一緒だったし、そのヒミが一目置いた様子であったヤトも一緒にいてくれた。だから何の問題もないと思っていたのに。
「マダツボミの塔にゴースが出るなんて、聞いてねーよ!」
声を荒げてみたものの、誰に聞こえることもなかった。あの二人にはもちろん、自分たちを追っているであろう修行僧たちにも。
イーブイを探しに行きたいのは山々だが、薄暗い中を一人で歩く勇気がなかった。
──イーブイのために勇気をふりしぼることもできない。そんな臆病な自分、意気地なしの自分が恥ずかしくなる。そうは思っても、やはり足は動かなかった。
それにしても、と思う。
それにしても、ヒミとヤトはどういう関係なのだろう。初対面だと思ったのに、ヒミはヤトを知っていそうだった。ヤトが名乗ったときの反応。それから、ヤトと呼ばれたときの彼の顔。初対面であるとは思えない、なんともいえない違和感があった。
「ジン! ジーン! どこだー!?」
「ヒミちゃん!?」
聞き覚えのある声がして、ジンはその声の出所を探した。もう見つかってしまったのだから、と大声でそれにこたえる。
自分がいる廊下の突き当りから、ヒミが走ってくるのが見えた。大きく手を振りながら走っていく。やっぱヒミちゃん頼りになるなーなんて言いながら、意識はヒミだけに集中していた。
「ヒミちゃーん! 会いたかった──うわっ!?」
廊下のちょうど中間あたりにさしかかったとき、事件は起こった。
ジンの右足が床に着地した瞬間、ぱかりと音とたてながら開いた。ジンは当然そこに着地すべき場所があると思っているので、そのまま右足を、床の穴へと放り込む。
「……何がしたいんだ、おまえは」
ジンが落ちて行った穴を見つめながら、ヒミはため息をついた。慌てるべきなのはわかっているが、今さら慌てる必要もないような気さえする。
「おーい、大丈夫かー?」
「大丈夫じゃないってばー! ヒミちゃんも早く降りてきてよ!」
大丈夫そうだな、と呟きながら、ヒミは額の汗をぬぐった。
もちろん降りたい気持ちはあるが、ジンに振り回されて疲れたし、ヤトを待っておく必要もあるだろう。心の中で言い訳をする。
「危なくなさそうなら、そこでじっとしとけよ!」
「やだよ! 一人でこんなところ! 真っ暗でなんも見えねーし!!」
さわぐジンの言葉を聞いて、ミヒはふと違和感を感じた。
床を隔てた上と下という関係ではあるが、会話ができる位置にいるのだから一人ではない。しかし、感じた違和感の正体はそんなことではなかった。
穴からその奥をじっと見つめてみる。明かりはあまりないのか、ジンの顔がうっすらと見えるだけだ。しかし、それでも目を凝らし続けると、視界の端で動くものをとらえる。それがなんなのか気づくのに、あまり時間は必要なかった。
「大丈夫、おまえはひとりじゃないから」
言いながら、視線はジンではなく、薄暗闇で動くもの──ゴースのほうを向いていた。そばにゴースがいることにも気づかなずに、ジンはその言葉に感激している。ヒミちゃん大好き! なんて言うジンをおもしろく感じてきたところで、誰かにぽんっと肩をたたかれた。
慌てて振り向くと、息を切らせたヤトがどうだと言わんばかりのにやり顔で立っていた。
「三分かからなかっただろ?」
「……数えてねーよ、そんなの」
ヒミもにやりとする。
「それより、ジンは?」
「この下」
ヒミが指差した穴の中をのぞいてみる。うっすらとした光の中にジンの顔が見えた。
ヤト兄ちゃんと嬉しそうに叫ぶジンとは違う方向を見ながら、ヤトがつぶやく。ヒミがけっして言わないようにと思っていた一言だった。
「……なんだ、まだ一緒にいるんじゃないか」
ジンの悲鳴が、再びこだました。