07
「何者だ!?」
「ばか、ジン!」
「やばい、逃げるぞ!」
三人の声が重なる中、ジンは上を向いて震えることしかできなかった。
頭上は真っ暗な闇だ。ただそれだけ。そのはずなのに、周囲より濃い闇をまとった“何か”がそこにいるのがわかる。
ヒミに腕をひかれながらなんとかして立とうとするが、わらった膝は言うことをきいてくれなかった。
修行僧が壁に設置された何かのボタンを押すのが見える。叩き割るように力任せにスイッチを殴った瞬間、けたたましい警報が鳴り響いた。
「ジン、なにやってる! 早く逃げるぞ!」
「逃げたいけどぉ! あれ、あれぇ!」
ジンに促されるまま、その指先に視線をやる。丸いなにかが闇の中でうごめいていた。丸の周囲には、うっすらと紫がかったモヤが見える。その姿はまさに──
「……ゴース?」
大正解! とでも言わんばかりに、ゴースが笑いながら宙を舞った。
ゴースという名を聞いて、ジンはえ、と素っ頓狂な声をあげる。
「なんだジン、トレーナーのくせにゴースが怖いのか?」
ヤトが揶揄するのに数秒遅れて、ジンの顔が火を噴いたように赤くなった。
そんな場合じゃないから逃げようと言うヒミの言葉を聞ききらず、思わず驚愕してしまうような素早さで階段を駆け上る。それをヤトとヒミが追いかけた。さらにそのあとを、修行僧が追いかける。
「とまりなさい! 逃げても無駄だ!」
「とまれって言われてもっ!」
「……無理な相談だな」
長い階段を、ジンがひたすらのぼっていくのが見える。どこにそんな体力があるのか、疲れを知らない豪快な走りだった。
それをひたすら追いかける。年齢、体力などを考えると当然ヤトとヒミ追いつけるはずなのに、その差は縮むどころかどんどん開いた。
がむしゃらに走るジンの後ろを、先ほどのゴースがぴったりとくっついていた。それにジンは気づいているのだろうか。そんなことを考えながら走っていたら、どこからか機械が始動するような、そんな音が聞こえた。音の出所をたどる。──天井?
「よけろ!」
ヒミがその音に気付いたのと、ヤトが叫んだのは同時だった。天井にぽっかりと開いた穴から、つい先ほどまでいたところに何かが落ちてくる。それぞれが左右に飛び退いて振り向くと、そこには巨大なマダツボミが佇んでいた。いや、正確にはマダツボミではない。余った鉄と鉄をつなぎ合わせたような張りぼて。顔も少し違っているように見える。手作り感があふれるそれは、マダツボミの形をしたロボットだった。
「マダツボミの塔だからって、こんなところまでマダツボミ?」
つぶやいたヒミをねめつけるようにして、ロボットが顔を向ける。一瞬ひるんだような顔をしてから、モンスターボールに手を伸ばした。
ジンのほうに目をやると、もうずいぶん先まで走ってしまっている。
敵は見た目からして、炎に弱そうだ。しかし手持ちで炎を操れるポケモンはいない。
ヒミはちらりとモンスターボールに目をやった。パートナーと目が合うのを感じる。──いけるよ。そういわれているようだ。
ヒミがよしとつぶやいて、ボールを持った右手を振り上げようとしたときだった。
「パルシェンなんて出したら、重すぎて床に穴があくぞ」
言いながら、ラプラスが再び現れた。ラプラスの持ち主を見ると、なんとも言えない顔をしている。いったいどうしたと出かかった言葉を飲み込んで、ヒミは踵を返して走り出した。
「……三分で追いつけよなっ」
ヤトは答えない。そのかわりに、右手をすっとあげて見せた。
ジンはまだ階段を上っている。もうすぐで登り切りそうだ。二階にいって見失ったら、探すのが困難であることは目に見えて明らかだ。
──落ち着きがないその性格、しっかり矯正してやるからなっ!
心の叫びが届くことはない。