06
「えー! 今日はもう入れねーの!?」
ジンの叫びは、雪に飲み込まれてあまり大きな音にはならなかった。
あのあとすぐにポケモンセンターを出て、嵐の前の静けさを見せる天候の中、マダツボミの塔まで走った。にもかかわらず、門をくぐろうとしたところで呼び止められ、作務衣を着た修行僧に言われた言葉は「今日の一般開放は終了しました」。修行僧はそれだけ言うと、重たい門を楽々と閉めてしまった。
しかしヤトは、どうしようどうしようとさわぐジンを尻目にいたって冷静だった。そんなことは問題ではないと言いたげな顔だ。
右腰のホルダーからモンスターボールを取り出す。ラプラスはボールの中で聞いていたらしく、ヤトを目が合うとにやりとした。
「ラプラス、あれをやろう」
赤い光をまといながら、ラプラスがどっしりと降り立つ。
待ってましたと言わんばかりのラプラスは楽しそうに左右に揺れながら、ヤトの準備が整うのを待った。
「答えはわかってるけど、一応聞いておこうか。……イーブイを取り返すのとちょっと冷たいの、どっちがいい?」
バッグから雨具を取り出しながら聞くヤトのとなりで、ラプラスがぱかりと口をあける。ラプラスの体内で形成された水が渦巻くのが見えた。
嫌な予感がする。本当にこれしか方法はないのかと思いながら、ほかにいい案が浮かばない。
「あ、の、その……や、やさしくお願いします」
「俺にまかせろ」
ヤトがにっこりと笑った。
手渡された雨具は上着とズボンに分けられたタイプで、濡れたくなければフードもかぶるように、と指示される。
木箱なんかがあったら完璧なんだけど、と言いながら、ヤトが足元の雪を積み重ね、かためた。ある程度の高さになったところで、その上に雨具を着たジンを立たせる。ジンの後ろに移動したラプラスは、できるだけ姿勢を低くして待機していた。
「いいか? いくぞ?」
「ちょちょ、ちょっと待っ──」
ジンの言葉は、背中を強く押される衝撃で打ち消された。
ラプラスが放った水の柱がななめ下からジンのからだを持ち上げる。そのままの勢いで塔の外壁まで押し上げられて、最後はよじ登るようにして壁を乗り越えた。
「ヤト兄ちゃん、いっつもこんな無茶苦茶なことやってんの?」
「便利だぞ」
何も言うまい、とヒミは乾いた笑みを浮かべた。そんなヒミの足元に、先ほどまでジンが着ていた雨具が届く。
「早くしないと見つかるぞ?」
ヒミはもう、笑うしかできなかった。
***
なんとかして塀の内側に入った三人は、見つからないように塔に侵入することに成功した。ヤトの後ろでは、ヒミとジンが先ほどの行為について言い合っている。しかしその内容は否定的ではなく、むしろ機会があればまたやりたい、なんて肯定的なものだった。
「なんか、意外と楽しかったってかんじ!」
「だな。間違って段差おりたときにも活用できそう」
「おれ、シャワーズにしてまねしよっかな!」
二人の会話にただ相槌を打っていただけのヤトが、静かに、と声をひそめた。
冷え込んだ塔の内部、誰かの話し声が壁を使って反射してくる。少しずつ近づいてくるようだった。三人以外の人物の足音がこだまする。
壁を背にしながら角の向こうを覗き見る。作務衣が少し見えたところで、慌てて頭をひっこめた。
「やばいな。誰かきた」
隠れる場所はどこにもなかった。仕方なくそばにあった階段をのぼった。伝統のある古い建物だからか、一歩ごとにぎしぎしと床がきしむ。けれど中央でゆれる柱の音がそれを隠した。
息をひそめて修行僧が去るのを待つ。すぐそばにくる。こっちを向くな。そう念じながら、なるべく物陰に入るようにからだを移動させる。もう少し、もう少しで通り過ぎる──
そう思っているとき、ジンは視線を感じた。しかし両隣は通り過ぎる修行僧に夢中で、自分のほうなんて見ていない。後ろは壁だ。でも、視線は背後から、感じる。
冷たい汗が背筋を流れた。後ろは壁。後ろは壁。心の中で繰り返す。
後ろから視線を感じたときは、上にいるらしい。スクールの誰かが言っていた。そのときはそんなわけない、とばかにしていた、けれど。
ジンはそっと頭上に視線をうつした。何かいるわけがない。そう思いながらも、心臓があばれる。
「うわあああああ!」
ヤトとヒミがジンの口を押えるのと、修行僧がこちらを見るのは、ほぼ同時だった。