05
「きえた……って、どういうことだ?」
沈黙をやぶったのはヤトだった。信じられない、という顔でジンを見つめる。
ジンは涙をたえた震え声で、わからない、とつぶやくことしかしなかった。こらえきれなかった涙が、下を向いたジンの鼻先を伝って落ちる。それを隠すように、こぶしで目元をこすった。
それを見たヒミがジンの頭に手を置く。つややかな黒髪をさらりと撫でてから、ジンのかわりに詳細を語った。
「消えたって言うと語弊がある。正確に言うと“盗まれた”んだ」
「盗まれた? 人のポケモンを盗むやつがいるのか?」
数年前にはロケット団がそういった犯罪をおかしていたいもしたと聞いたが、ある少年によって壊滅させられたはずだ。やつら以外にそんなことをするような組織があるとも思えないし、トレーナーには暗黙の了解として、他人のポケモンを奪うことは許されないというルールがある。いや、それはルールどころではなく、常識として人々に知られているほどだ。
にわかには信じられない話だが、ヒミとジンの様子はけっして二人をからかおうという意図を感じさせなかった。
これがもし自分だったら。ラプラスをだれかに奪われたら。──考えるだけでからだが震える。
「だ、だれに……? ジン、だれに奪われたんじゃ?」
少しふらつきながら近寄った老人が、ジンの肩に両手をおいた。それにはジンはわからない、と返す。
祖父の手の温度が洋服ごしにじんわりと伝わる。それを感じた瞬間、こらえていた涙があふれ出した。幼いこどものように泣きじゃくるジンをなだめながら、少しでも情報を引き出そうと躍起になる。
その様子を、ヒミは少し冷めた目で見ていた。あきれているわけでも、怒っているわけでもない。冷静になろうという気持ちの表れだった。
少しずつ落ち着いてきたを見ながら、ヒミがそれで、と声をかける。
「ジン、おまえどうしたいの?」
「どう、って……」
しゃくりあげながらジンが答える。
ジンの目には、その色と同じく燃えるような闘志がゆれていた。
先ほどの弱弱しい姿はなく、そこにいたのは強い意志を持った少年だった。
「取り戻すよ」
ヒミがにやりとした。いたずらを計画するこどものような、そんな顔だ。
それを見たヤトが、でも、と間に入る。
「取り戻すって言っても、どうやって? 犯人の目星はついてるのか?」
それはもっともな疑問だった。取り返すと言っても、闇雲に探すだけではただただ時間だけが過ぎていくだろう。そうしている間に犯人がどこかに移動して、追及不可能になってしまう可能性だってある。
それに対して答えたのはジンだった。先ほどまで泣きじゃくっていた姿が嘘のようだ。
「おれのイーブイをとったやつ、マダツボミの塔に逃げていったんだ。それに、予報では今日は大雪ってなってるじゃん? きっと犯人は大雪の中で移動しないと思うんだ」
ジンの計画には、計画とはとてもじゃないが呼べないほどに穴があった。──けれどなぜか、心が躍る。
「よっし! そうと決まれば、早めに行こうぜ!」
「おうっ! じいちゃん、おれ行ってくる! 母ちゃんに迎えにきてくれるように頼むから、家で待っててよ!」
「じ、ジン……」
老人の言葉をさえぎって、ジンが笑う。
「だーいじょうぶだって! おれ、絶対イーブイを取り返すよ。心配しないでよ!」
「そうですよ、おじいさん。ジンはやる時はやるやつだって、僕よりもあなたのほうが知ってるでしょう?」
まるで弟を見守る兄のような、優しい目だった。微笑むヒミが老人を見据える。お世辞なんかじゃないと言うように。
優しげな微笑すぐに消え、かわりに現れたのは、あのいたずらっぽい笑みだった。それに、と続けながら、その目はヤトをとらえる。
「今日は、ヤトがいますから」
その言葉に、不思議な懐かしさを感じたのは、なぜなのか。