01
――だれか、……
冷たい氷に囲まれた、清らかな世界だった。
氷が吐き出す白い息が視界をぼんやりと覆い隠して、それでも歩いた。声がするほうへ。導かれるまま、いざなわれるまま。
――だれか、わたしを……
遠かった声は、しだいに近くなっていく。
その声に感情と呼べるものはなかった。切なそうにも悲しそうにもとれるけれど、そのどちらでもないように思える。すべてを押し殺して、けれど時折ぽつりと洩れてしまったような。そんな声だ。
西に進んでるのか、東に、北に、南に進んでるのか。まっすぐに歩いているのだろうか、もしかしたら途中で曲がったり、きた道へ引き返しているのかもしれない。不安で心臓が縮まった。脈が少しずつ速くなる。
それでも立ち止まらずに今歩いているのは、なぜか。
――誰か、私を、早く。
はっきりと聞こえる。
いったいだれ。どうして呼ぶ。なんのために。早くなんだ。なにをすればいい。
思い付くかぎりの疑問は、どうしてか声にならなかった。
氷が爆ぜる澄んだ音。冷気が濃くなったけれど、霧はゆっくりと、晴れていった。
「だれ、なんだ」
けものの唸り声がする。
完全に霧が晴れて、その先にいたのは――――