《騎士団》
02


 フロアはすでに、地下20階をとうに過ぎた頃だろうか。不思議のダンジョンに現れる不思議な階段は、登っても登っても、降りても降りても景色はそう変わることもなく、どこまで森深く進もうとも緑は尽きず、また深き森に降り注ぐ木漏れ日も決して弱ることはなく、ただ儚く静かに森の命を照らし出す。
 そんなダンジョンの1フロア。広くも狭くも無い程ほどのスペースを持つダンジョン特有のそのフロアに、一匹のハヤシガメが紛れ込んできた。彼はおもむろに周囲を見渡し、危険がないことを確認すると足元に生い茂っていた草花を食み始めた。もしも周囲から狙われていないか、と気を配りつつも、もしゃもしゃと一心に食み続ける。
 そんなポケモンを、フロアそばの小道の物陰から狙う、二対の目。そのうちの一対は、もう今に飛び掛らんとゆらゆらと揺らめいている。
 それでもなお、息を潜める。確実で、完全で、絶対の一撃を叩き込む、その瞬間まで。瞬きのひとつすら惜しむ心境で、じぃっと待ち続ける。
 そしてついにその一瞬は訪れる。目標であるハヤシガメが、夢中で草をはみながらこちらに背を向けて歩き始めた。
 
「せぇ、のっ……!」
 今しかない。そう決めたら行動は迅速に。
 わずかな動きも許されないほどの静寂から一転、物陰から全力で、一気に、耳に障る風切り音をも振り切る勢いで、目標の懐を狙って走る。
 その目標であるハヤシガメが己が置かれている状況に気づいた時には、すでに遅い。奇襲強襲、飛び出してきたイーブイによる渾身の"たいあたり"が、ハヤシガメの自慢の甲羅をはずし、ガードの薄い横っ腹に炸裂した。
 小柄なイーブイに比べれば巨大で重量のあるハヤシガメの体が宙を舞い、数メートルほど吹っ飛ばされる。地面にたたきつけられそのまま転がっていき、ダンジョンフロアの壁にぶつかりようやくその巨躯は停止。白目をむいて口は半開きに、ピクリとも動かなくなった。戦闘不能状態である。
「お疲れさん、ウィッシュ」
 戦闘を終えて大きく一回息をつくイーブイに、腕を組み壁に寄りかかりながらも労いの声をかけるクロード。緊張の糸が解れ息を乱しつつもこれにイーブイは笑顔で答え、とことことクロードのそばに歩み寄る。
「なかなかいいんじゃないか? よし、次行くか」
「……はい!」
 壁に寄りかかっていたクロ−ドも腕組みを解きつつすっと立ち上がり、そのままスタスタとまだまだ続くダンジョンのその奥地へと歩き始める。ウィッシュと呼ばれたイーブイもまた、その後ろについて深い森の奥へと足を踏み入れていった。


 * * *


 彼らが現在立っているこの場所は、十六番銀河の惑星の一つ。超の惑星と呼ばれる星に点在している不思議のダンジョンの一つであり、地元の住民からは【こくびゃくのもり(黒白の森)】と呼ばれているうっそうとした森林型ダンジョン、その内部である。エスパータイプが多く暮らすこの超の惑星ではあるがそんなことは全く感じない、むしろ別の星、草や虫といったポケモンたちのダンジョンなのではないかと疑うほどにじま付いており十分な太陽光を目一杯に浴びその葉に朝露をつける草々や水分を豊富に含んだ腐葉土に落ち葉、そして太陽の光を一部遮ってしまうほどの深く高い木々の緑が辺り一面を覆う、もはや樹海と言ってしまってもあまり差し障りの無いようなダンジョンである。
 そんな地に、十六番騎士団【TOW】の副団長を務めているクロード、そして団員であるノアル、レイ。この三名は今回とある依頼でこのダンジョンに突入している。そしてさらに、このダンジョン潜入に挑むものがもう一名。今回の依頼を出してきた、その張本人。
 今回の依頼を出したのは、先日レイが掲示板前で出会い、そして今彼らとともにこのダンジョン攻略に挑んでいる、イーブイの男の子。
 彼の名前は、ウィッシュ。首都に母とともに住まう、ごく普通の一般市民の一名である。
 そんな彼が出した今回の依頼の内容――それは、『ダンジョン攻略及びその道中の戦闘による鍛錬の補助』。と、面倒な制約などは無い非常にシンプルなものとなっている。先日になって急きょ受けることになった依頼だったが、この依頼を受けたとしてTOWとしては別に害が生じるといったものでもなく、また報酬も内容に見合っていると考えそのまま当日中に依頼を受理し、日をまたいでの今日の依頼の運びとなり、現在に至っている。


 * * *


「何で勝手に馬鹿みたいに飛び出してんだよ!! 依頼の主旨ともちげぇし、それにリーダーはオレなんだから指示には従えって」
「うるせぇ!! 実戦で指示待ちなんて退屈なんだよ、実際アタシが全員ボッコボコにしたから文句ねぇだろ!!」
「だからリーダーはオレだっつってんだろ作戦を決めるのはオレなんだお前が勝手に決めてんじゃねぇ!! ってかこれ戦闘訓練の護衛の依頼なんだぞ、そもそもお前一人が無双してどーすんだよ!! 依頼の意味全くねーじゃねぇか!!」
「うるせぇてめーも一緒に戦ってんじゃねーかそもそも勝手にリーダーぶりやがってこーのクソカッコつけ野郎!!」
「こんのクソアマ……!! ってかてめーら邪魔なんだよ吹き飛べクソッタレがぁ!!」

「賑やかだねぇ。よく飽きないよね」
「はは……」
 そして依頼は順調に進み、彼らはさらに奥地へと踏み入っていた。現在地はダンジョン最奥部ももう目前といったところ。
 前方十数メートルほど先、それはそれは口汚い罵りあいの口ゲンカを繰り広げているのはノアルとクロード。そんなまるで子供のような言い争いを繰り広げながら、ダンジョンを進んでいた彼らの前に突如出現したモンスターハウスの敵をその低次元なケンカついでにぶん殴り蹴飛ばし合間に罵りブン投げ吹き飛ばし合間に暴言を吐き、と言った具合にぎゃーぎゃーと騒ぎながら戦闘不能ポケモンの山を築き上げているノアルとクロードを、モンスターハウスとなったダンジョンの一室から少し離れた安全地帯でバッグからお手製のドリンクを取り出しグイッと飲みつつ見守るレイとウィッシュ。
 先ほどまではクロードがウィッシュの隣におり彼の戦闘補助を務めていたはずだが、今では血の気の多いノアルとともに依頼そっちのけで大暴れ。自然と残ったレイがウィッシュの護衛についているが、あきれ顔でドリンクに口をつける彼にもウィッシュからして見れば緊張感はないようにしか見えない。

「皆さんは、いつもこんな感じなんですかね」
「まぁねー。初めは依頼通りやるけど一度ああなったら割とこんな調子だよ、今回はよくもった方。結局ああして二人や、たまにもう一人加わってケンカついでに全員なぎ倒してるんだから、修行と護衛の依頼だっていうのに本末転倒だよね」
 先ほどまで飲んでいたレイ特製スペシャルドリンク、とでかでかと書かれたボトルを背負っている大きなバッグにしまいつつ、ため息の洩れそうなあきれ顔でやれやれこれだからと呟きつつも、どこかこの状況を楽しんでいる様子のレイをウィッシュはモロに苦笑いで眺める。

「オレは副団長で、かつ団長であるオウルにこの中でのリーダーを任されてんだお前の粗相でオレにも、というかあいつらにも迷惑かけるんだ自覚持って」
「あーあーうるせーバカのくせに年長者ぶってリーダー面して説教とか一番似合わねーし気持ちわりーからやめろ!!」
「実際リーダーだしお前より年上だっつの!! リーダーで年長者で当然だろーが!!」
「あーあーうるせー!! もういい付き合ってらんねーアタシは先に行く!!」
「あっこら待ちやがれ勝手に行くんじゃねぇ!!」
 そしてあっさりとモンスターハウスとして湧いて出てきたポケモンたちをなぎ倒した二名。しかしそれでもケンカは収まることもなく、ノアルがかったるそうに捨て台詞を残して一人勝手に前に進んでいけば、それを引き留めようとしてかリーダーとして前に出ようとしてかノアルの後を全力で追いかけるクロード。もちろん二名とも、レイとウィッシュの方を配慮どころか一瞬たりとも振り向くこともなく、一目散にダンジョン奥へと全力疾走。そのまま視界の外に姿を消した。

「……何しているんだか、ね」
「……レイさんも苦労されてるんですね。よくこうして後ろ目に下がって回り見ていますし」
「あ、分かる? よく見てるんだね、まったくその通りだよ」
 ため息交じりに片足を上げやれやれといったポーズ。さすがに気苦労を察してかウィッシュが慰めの声をかけるとやっと気持ちが分かるヒトに出会えたといわんばかりの表情で苦笑いでレイは返す。

「しっかし、真面目だしいい子だよねーウィッシュ君。今も僕の後ろから絶対離れなかったね、何も言ってなかったけどさ。それクロードの言いつけでしょ?」
「え、ええ。危険な場面になったら前に出るな、安全な位置まで下がっていろ、と。たまたまレイさんが近くにいたからでもあるんですけど」
「特に怯えた感じでもないと思ったら、やっぱりねー。アルでも君の二個上なのに、比較にならないよねー全く」
 ダンジョン内では、決してクロードの言う事を破ることはなく、アドバイスにも忠実に動くことができていた。単独行動も我が侭もなくむしろ協調性豊かな振る舞いでここまでを共にしてきたウィッシュは、だれがどう見ても真面目で良い優等生である。年上でも無鉄砲でお転婆で奔放な幼馴染とはとても違うや、と感心した表情でウィッシュを称賛するレイ。
「いや、まあ、普通ですよ。家にはあまり体の強くない母もいますし、迷惑をかけるわけにもいかないので」
「ほほー、お母さんのね。だからこの依頼なのかな?」
「ええ、まあ、そんなとこですかね」
 少々照れながらも肯定の言葉を返す。依頼内容としては己の研鑽という事で話を聞いていたのだが、好戦的な性格ではなかったので何か変だとは思っていたのだが、母のためであると聞いて合点のいった"ような"表情を浮かべるのはレイ。偉いじゃーん、と軽く褒めてみれば顔を赤らめて余計に照れ照れモジモジするウィッシュ。それをこれまた今度はニヤニヤしながら顔を覗き込めば余計に顔を赤くしてこちらから逸らす。親孝行くせに恥ずかしがりで真面目でかわいらしくて弄り甲斐があって楽しいものだ。

「はー面白い。――しかし今更だけども、もう二人とも音も影もなくなったね」
「そう、ですね。大丈夫なんでしょうか」
「そこは心配してないけど……まあ最終フロア近いからいいんだけどさ、勝手に離れないでほしいよねー」
 はーやれやれだよ、とため息交じりにノアルとクロードが消えていった方角に目と耳を傾けるレイ。しかしまあ聞こえることもなく、下手をしたら先に次フロアに上がっていそうなほどである。早く追いかけねば面倒だと思いつつ、移動の準備をするレイ。

「もう、最終フロア……」
 その横。ぽつりと、ウィッシュが言葉を漏らし、思わず生唾を飲み込む。その顔には、先ほどのレイとの会話にあった和やかさ柔らかさが消え初めにあった硬さや不安が戻る。額には薄く汗が浮かんでおり、それらが全て、先ほどまでにはなかった緊張によるものであろうことは一目瞭然。
「どうした、何か不安? この先に何かあるっけ?」
 当然レイがこれを見逃すわけもなく察知し、一言声をかける。
「な、何がですか? 不安よりも、もう終わっちゃうんだ、って感じです」
「ふーん。でも大丈夫なの本当に、不安なら隠さなくてもいいのに」
「か、隠してませんよ。……何も」
 大丈夫か、そう声をかけても問題はないと、ウィッシュは言い続ける。地面に流れ落ちるほどの汗とこわばっている表情が、何かに対しての緊張を物語っているというのにもかかわらずかたくなに態度を崩すことはなかった。

「僕は大丈夫です。先に行きましょう」
 そして、ニヤニヤもしていない真剣な表情で見つめてくるレイの視線をも振り切るように、会話を切って強引に先に歩き出したウィッシュ。表情には、先ほどのこわばりから落ち着きを取り戻したようで強い瞳で前を向いている、ように見られた。

 しかし、レイは決してそうは思わない。既に数メートル先を歩き始めたウィッシュの背を見つめ、彼もまたひとり呟く。
「嘘は駄目だよ、ウィッシュ」
 ウィッシュの最後の言葉。あれは、決してレイに向けられたものなどではない。他者に向かっていったものではなく、まるで己を律するような、己を奮い立てるような、自分に向けての言葉である。まるで、そんな話し方だった。

 しかし、それよりも、何よりも。

「僕にはすべて、"視"えているから、ね」



 * * *


「うわー! ひっれー! でっけー! めっちゃキレーじゃんなんだこれー!!」
「ジメジメしてたダンジョンの奥に、こんな神秘的なものがあったんだな。すっげーな」

  【こくびゃくのもり】奥地を駆け抜けていたノアルとクロードの目の前に現れたのは、苦い顔で緩い地面を踏んできたこの薄暗い森林型ダンジョンの風景とは、 趣も何もかもが全く異なる景色。森が大きく開けておりその真ん中には太陽の光を受けそれを反射し、天然のダイヤモンドのような輝きを放つこれまた大きな湖 がお出迎え。澄んだその湖の美しさに思わずノアルも大きな声で感嘆する。
「最終フロアだな、多分。結構時間かかったしさっさと行くぞ」
「どこに行くってんだ」
「決まってんだろ、帰るんだよ。これで目的は果たしたわけだから長居する必要もないだろ? だから」
「どうやってだよ」
 さっさと帰ろう、そう言いかけたがノアルのその一言でクロードの口が止まる。
 さあ今ここからどうやって帰るべきか。見渡す限りそこに在るのは草木の緑と湖の青。周囲をどうやって注視してもどこか別のフロアへと続くような道はこの辺りにはなく、さらに奥深いダンジョンにつきものであったりもする親切な脱出用にのワープパネルなども存在しないようにみられる。ある程度は事前調査をして臨んだとはいえ全くの初突入のダンジョン、このような状況になると少々困ったものである。

「おーい、どーすんだよ?」
 ノアルもすでに疲れと飽きでめんどくさそうな表情でクロードに声をかけてくる。しまいには雑草生い茂る大地に大の字で寝っころがって帰りてぇとボヤき出す始末である。
「……収穫ももうないし帰るか。"もどりだま"、しっかり持ってきてるよな」
こう横でグチグチと言われると、考え込んでいたクロードも思考を放棄する方向にシフトし一息ついて体をひと伸ばし。ジメジメした森からはさっさと撤収して依頼完了とし、快適な騎士団船内でゆっくり休もう、そう考えつつ帰り支度をしようとしたその時、気づいた。
「ちょっと待て、レイはどこ行った」
 一名、足りない。
 団内二番目の巨躯を持ち、明るい体色で目立たないはずのレイが、どこをどう見渡してもいない。必ず後ろをつかず離れずついてくるあの犬が、なぜかいない。
 というか、そいつが"もどりだま"の所持者ですべての道具の管理者だ。つまり、帰れないではないか――。
 まさかの事態に少しあわてて周囲を見回すクロードの横、ノアルもまた何かに気付く。
「そういや、ウィッシュは?」
「……は? え、ちょ、マジかよおい!!」

 団員一名と、依頼者一名が行方不明。
 どうやら簡単には帰れそうにないようだ。




 ――――――――――


 所変わって、依頼者のウィッシュも暮らす超の惑星首都、そのメインストリートである大きな商店街。殺伐としたダンジョン探索とは全く異なり明るく賑やかで盛況しているお昼下がり、夕方のお買い物ピークの時間ほどではないにしろ数多くのこの町の住民のポケモンたちが往来し、買い物に外出にランチにと賑わいをみせている。
 
「――これで、目的の物はあらかた手に入ったか。チッ、クソ犬の野郎、クソだりぃ面倒を押し付けやがって」
 そんな群衆の真ん中を、一際大きなバックパックを抱えメモ帳と思われるアプリを開いた平べったいパーソナル機器を片手でいじりながらスタスタと早足で歩くウェイヴ。表情はやや不機嫌そうである、と言うよりは時折苛立ちを隠せず露骨に舌打ちしているほどである。

 現在彼は、食材や細かい備品など日用品メインでの買い出しのために街に繰り出してきていた。背負っているバックパックはパンパンに膨れ上がり、むしろ少しはみ出ているくらいに詰め込まれているため凄まじい量であることは容易に想像できる。
 そんな荷物であろうとだるいだるいと口では言っている割に涼しい顔をしてそれを背負っている彼ではあるが、本来の彼の仕事はこれではない。こういった家事に近い事柄はレイが行っているもので、彼の本分はネットや機械、それと一応クロードら同様に戦闘である。ではなぜか、それは今回この仕事をするはずのレイが依頼のため離れているからである。
 船の家事全般を任されるレイがこうした買い出しを行うのだが、今回の依頼にノアルが「暇過ぎて死にそうだから意地でも行く」とどうしても聞かず、彼女の幼馴染みでありストッパーでもあるレイは半自動的に依頼に行かざるを得なくなる。そこでウェイヴに白羽の矢がたった。
 もちろん初めは「外に出るのも面倒」と一度はっきり断ったのだが、「今度ウェイの欲しがってた機材の一つでも買うからさ」の一言でつい手のひら返しの二つ返事でOKを出してしまった。目の前の餌に容易に釣られた形である。
 案の定その約束をしたすぐ直後、こんな簡単な餌にかかってしまったことへの自責とめんどくさいことをまた引き受けてしまった嘆きとで肩を落としたわけだが、約束は約束ということで今はこうして買い出しに彼の代わりに出ている。


 * * *


 そうこうしているうちにしばらく歩けば、先日レイも立ち寄ったあの依頼掲示板の目の前にやってくる。もっとも盛況した時間帯は抜けているものの未だ賑わいを見せる掲示板を、ウェイヴは人ごみを避けて遠目に眺める。行きに立ち寄った際と張り紙の種類は減っている、これはおそらくどこかの探検隊か救助隊かそのあたりが依頼を受けたのだろう。まぁそれはいいことなのだが、新たな依頼が張り出された形跡は無し。残念ながら期待していた結果――単価の高い得な依頼書を見つけることは出来なかった。
「依頼の更新も無し。寄ったはいいが成果ゼロか」
 折角外に出たから金になる依頼を拾って手土産にしよう、と考えていたが残念ながらそのあてはハズレ。仕方が無いなと踵を返して騎士団船のある停船所に戻ろうとした。
 その時、視界の端に不自然な人ごみがあるのを捉える。というよりは、否が応でも視界に入るほどの人だかりができていた。
 普段ならばこんな群衆は無視して帰るところである。有名ポケモンや探検隊なんかが来ていたとしても、何かの超特価セールがやっていたとしても、どんな凄まじい見世物があってもウェイヴにとってはどうでもいいこと。興味もない。そう、いつものように帰ろうとした。
 しかし、今回ばかりはそうもいかないようである。
 わざの爆裂音のような大きな音や激しい砂煙、住民たちの甲高い悲鳴に、威圧的な野太い怒号が飛び交う。
 ウェイヴは、やれやれだとでも言いたげに肩を落としてため息をつくと、手元のパーソナル機器を浮き袋の内側に挟み入れ、その群衆の真ん中めがけて飛び込む。


 * * *

 
 その群衆のど真ん中。周りのポケモンたちが恐怖の表情を浮かべながら見守るその真ん中には、四体のポケモン。
 一体は、トレジャーバッグの半分ほどのサイズの女性もののバッグを抱えて怯えた表情で震えている、メスのエーフィ。そして、その女性を囲むようにチャーレム、カイロス、ヤミラミが、不敵な笑いを浮かべて立っていた。
 悪意むき出しでエーフィに迫る三体。エーフィは恐怖で身体を小刻みに震わせながらもその魔の手から逃れようとするが、足がすくんでいるのか力が出ず、手を伸ばせば届く位置にまで詰め寄られてしまう。
 民衆の多くは、巻き込まれるのを恐れて我関せずを通して過ぎていくものが大半。何名かはその悪漢を止めようと一瞬は足が動くのだが、カイロスが凄まじい怒気と覇気をはらんだ目でにらみ、「引っ込んでいろ」と野太い声で威嚇をすれば、すごすごと情けなく引き下がってく。そして、「苦手なタイプ相手とはいえ腰抜けめ」と、貶し鼻で笑うのだ。

「出すもん出しな、奥さんよ。俺らも暇じゃないんだ」
 囲い迫るうちの一体、三体のうちの頭と思われるチャーレム。一般人相手に理不尽とまで言える強い語気でエーフィに脅しをかける。その上右腕はその力を持て余すように、ゴキゴキと指を鳴らしながら手を開いて握って。抵抗するならこの力をふるうぞ、とこれもまた無言の脅し。しかしエーフィは最後の抵抗なのか、瞳に涙を浮かべながらも首を横に振る。そこからはどうまくし立てても、エーフィはただ首を横に振るばかりである。
 一般のポケモンに手を出してことを厄介にするのは好ましくない彼らにとってはあまりうれしくないギャラリーもいることである、早く目的を済ませて早々に立ち去ろうと、一人がエーフィの抱えるバッグに手を伸ばす。バッグのヒモに手をかけると女は目に涙を浮かべながら抵抗をする。早々に事を済ませたい男たちはなりふり構わない実力行使でバッグを奪い取ろうと、ヒモを持っていた一体のチャーレムがその腕を振り上げ――
「カツアゲか強盗か――真っ昼間からつまらんことしてんなよ」
 震える女性めがけて振り下ろされたその手は、女性に届く前に突如阻まれる。
 予想外の出来事に困惑しつつも腕をつかまれた方向を振り返ると、バックパックを背負い片手を腰に当てたまま、もう片方は腕の血管が浮き出るほどの強い力で掴んできているウェイヴが立っていた。
 
 女性を囲っていた三体が、今度は自分たちに向かってあろうことか敵対してきたウェイヴに向かって詰め寄る。筋骨隆々な彼らにとって、目の前の全く力のない瞳のフローゼルなどこの状況では障害にもならないと思っているのか、彼らの表情はヘラヘラと余裕そうな笑みを浮かべる。さながら彼らにとっては、正義の味方ぶっている奴を軽く適当にひねり潰す、そのくらいの気持ちなのだろう。その自信の表れとしての、この無警戒の態度。そして、三体同時にもみくちゃに襲いかかるガサツな行動。

 しかしてそれは、ただの過信で、油断で、慢心であるわけで。


 * * *


「俺の通り道を邪魔していたから除けただけだ、勘違いするな雑魚どもが」
 それが、ただの"正義の味方ぶった奴"ならともかく、彼らに立ちはだかったウェイヴという男はれっきとした騎士団で、れっきとした戦士である。そんな愚かな心理愚かな行動が通用するはずもない。
 その間わずか20秒足らず。"れいとうパンチ"の名残で冷気を纏った右手をはらはらと力を抜くように振るウェイヴの背後には、白目をむき泡を吹き、痙攣をして気絶している先程のチンピラ三体が路上に打ち捨てられるように倒れていた。それぞれ腹部、頭部、顔面は大きな拳の形に赤くなり、わざの名残である薄氷が付着していた。
 そんな間抜けな醜態をさらす男たちを一瞥し、そのままスタスタと、襲われていた被害者であるエーフィの元へと歩み寄る。とりあえず戦闘で彼女を巻き込むようなことはしていないが、やはり目の前でそんなものが繰り広げられたからなのか、最初の恐怖心が体を支配してしまっているのか、目を伏せ小さくうずくまり、体は小刻みに震えていた。
 そんなエーフィのすぐそばにしゃがみ、様子を伺うウェイヴ。すぐそばに誰かが来たことを察したのか、エーフィは伏せていた顔をあげ、ウェイヴに目を向けた。
「大丈夫か、あんた。とりあえず、周りの使えん奴らが最低限警察のジバコのおっさんたち呼んでるらしい、安全は確保してやるから少し待ってろ」
 ぶっきらぼうなそのウェイヴの言葉に、エーフィは小さくうなずく。助けられ緊張の糸が緩んだのか少し安心したのか、涙で潤んだ瞳には光が戻った気がする。
 ウェイヴもまたそれに少し安堵し、犯人たちをとりあえずでも縛り上げようとゆっくり立ち上がり、背負っていたバックパックからロープ状のものを取り出して、情けなく倒れる男たちに近寄る。
 すると、足に何かがぶつかった。何事かと見下ろすと、女性もののバッグが転がっていた。たった今故意ではないにせよ蹴飛ばしてしまったのでバッグは埃塗れになり、中の物が散乱してしまっていた。状況からすぐにこのエーフィのものだと察し、バッグを取り上げ散らばったものを汚れを払いつつ中に収めていく。
 そして最後の一つを収めようとした時、"あるもの"――いや、"ある文字"が、ウェイヴの目についた。
「これは……何でこんなのがこの中に」
 "それ"を片手に、全体をいぶかしげに眺めていた、その時だった。

「それは…………私の、息子の」
 初めて、エーフィの口が小さく開かれた。か細い言葉が発された。周りで心配そうに彼らを見つめる民衆には絶対聞こえないような、とてもとても小さく頼りない声。誰にも届かないのではと心配になるほど、力のない声。
 その小さな小さな一言に、ウェイヴはひどく驚愕した。そして、もう一度"それ"と、"その文字"を見る。
「ちょっと待ってろ」
 そしてまた、今度は小さくため息をつき、しまい込んでいたパーソナル機器を取り出し、凄まじい速度で何かを打ち込んでいく。
 最後の一字を打ち終え、パーソナル機器を再び浮き袋に収納しつつ、うつむき気味に頭に手を当て、不機嫌な表情でひとりごちた。

「――簡単だと思ったが、難儀な依頼になりそうだな。クソッタレが」

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yuusuke ( 2015/10/03(土) 21:12 )