《騎士団》
01






 たった一瞬だ。攻撃の反動で怯んだその一瞬、目の前の相手から目を切ってしまった、その瞬間に飛び込んできた、ピカチュウの小さな体からの大跳躍の力をすべて込めた一撃。突撃の速さはとてもとてもかわすことはできず両の腕で辛うじて受け止める形となり、その強烈な衝撃にさらに大きく仰け反るように怯んでしまったルカリオ。しかし無慈悲なことに、次にそんな彼の視界いっぱいに飛び込んできたのは、ピカチュウが放った黄金色に輝く激烈な追撃の"かみなり"。
 先ほどの一撃からの、この立て続けの大技。こんなものを受けてしまってはとてもじゃないが次にまた立ち上がることは不可能。そう判断した彼は、次のことを考えずになりふり構わず真横に懸命な飛び込み。強烈な"かみなり"を皮一枚でかわし、壁にぶつかるぎりぎりのところを無理やりローリングして何とか体勢を立て直す。
「どおぉりゃぁーっ!!」
 しかし大技のニ連撃を叩き込んでも、なお飛び込んでくる強烈な追撃。強烈かつ超速であった先ほどの雷撃をも彷彿とさせる突撃、"でんこうせっか"は、使用者であるピカチュウ自身の体色も相まって一筋の閃光を生み出す。
 目標である、ルカリオのやや手前。先ほどの一撃同様床がえぐれるのではないかというほどの踏み込みから前方へジャンプ。ショルダータックルの要領でその一撃を叩き込んだ――はずだった。
 ピカチュウの身体には、確かに攻撃が当たった手ごたえがあった。が、肩に感じるのはルカリオの肉体の感触ではなく、もっと細く堅固で、冷たい、まるで鋼のような――
「――っぶねぇー!」
 優位だったはずのピカチュウの表情が、苦痛にゆがむ。対照的にルカリオが浮かべるのは、苦境を切り抜けた安堵と一息の喜びの表情。そして二人の間に現れたのは、ルカリオの右の手の甲、はがねタイプであることの象徴でもある銀色のトゲの部分から伸びた三本の鉄爪、"メタルクロー"。壁に叩きつけられるほどの突撃を、片腕の鉄爪で辛うじて防いでいた。
 幾秒かの膠着が続いたのち、衝撃のダメージから立ち直ったルカリオが、彼の鉄爪を足場に後退しようとしていたピカチュウを鉄爪ごとブン回し、ピカチュウを正面の空中に向かって思いっ切り放り投げる。不意に吹き飛ばされてしまったピカチュウはでたらめな体勢で宙を舞い、背中から落ちゴロゴロと二回転。それでも小さな手を床に思い切りたたきつけ力の限り踏ん張り、先ほどルカリオを追い詰めた側とは反対の壁ギリギリ、すんでのところで直撃を避けることに成功する。
 床を転がった際顔に被ったホコリをぶるぶる首を振って払い、睨みつけるように正面を見据える。
 既にクロードは立ち上がり、次の攻防への構えに入っていた。顔には少し余裕も見られる。
 相手に余裕を持たせてしまったが――このまま負けてたまるか。やられたらやり返してやる。ピカチュウの戦闘本能が、再び激しく沸騰しブーストする。
 二足で立ち上がり、吸って吐いて深呼吸。さらにもう一度息を吸い、全身の力を右の拳に収束させる。小さな腕に血管が浮き出るほどの力が込められ、手には目に見えるほどの力が溜められている。
 対するルカリオも、小さく二、三回小ジャンプして全身をリラックスさせ、同様に深呼吸から同じく腕に力を込める。おそらく今日一番であろう相対するピカチュウのその一撃を真っ向から受ける姿勢。ルカリオの右の(てのひら)にも同様に凄まじいエネルギーが充填(じゅうてん)された。

 瞬きひとつすら許されないほどの、二人が放つ圧倒的威圧感。
 一瞬先に動いたのはピカチュウ。刹那の間をおいてルカリオも飛び出す。
 ピカチュウの"きあいパンチ"。ルカリオの"じしん"エネルギーを込めた(てのひら)底。二つの高密度エネルギーが真正面からぶつかり合い、激しい音と閃光があたりを包み、周りの空気を激しく震わせる。
 そして二、三秒ほどの均衡ののち、激しく競り合う二つの力はバランスを失い、同時に爆発。ノアルとクロードの間を中心に、強烈な爆音と爆風が部屋全体を支配する。当然近くにいた二人は爆発の衝撃を受けてそれぞれ後方に十メートルほど吹き飛ばされる。
 しかし吹き飛ばされようとも、二人は決して倒れない。当然直撃を受けて体制を崩すものの、それでもなお戦闘本能は身体を動かし、次へ次へと手足を回そうとする。絶対に目の前のあいつに負けたくない、その強い思いに従って。
「まだまだぁ!」
「もーいっちょ!」

「はーいそこまでーっ!!」
 そして再び二人が次の一撃を打ち込もうと踏み込んだ瞬間、二人の者ではない明るい陽気な声がトレーニングルームに響き渡る。
 明らかにその状況から考えて場違い感あるその声が上がるや否や、先ほどまで殺気ビリビリで激しい戦闘をしていたはずの二人が一気に戦闘の姿勢を解き、緊張の糸が解けたからか一斉に大きく息を吐く。かたや小さな体で猛烈な攻撃を仕掛けていたはずのピカチュウ――ノアルに至っては、その場に背中からびたーんと仰向けになる始末。
「二人ともおつかれさま! はい、これアルに! タオル!」
「おう、サンキューな、ルキィ」
 先ほどまでの覇気はどこへ行ってしまったのかすっかり床に伸び切ったノアルの下に、先ほどの陽気な声の主であるゾロア――ルキィがとことこと駆け寄り、頭に乗せたタオルを器用にポンとノアルに渡す。ノアルは上体を起こして腹部に置かれたタオルを拾い上げて首に掛け、タオルを持ってきてくれたお礼にルキィの頭をなでてやる。撫でられている当人は褒められた喜びから小さな尻尾をパタパタと振り満面の笑みを浮かべる。
「くっそー、終始押され気味だった……」
 タオルで汗を拭いながらルキィと笑顔で話をしているノアルとは対照的に、ノアルの手合せ相手であるルカリオ――クロードは悔しさをにじませる表情で膝に手をついて荒れた息を整える。ある程度息が整ってから姿勢を戻すと、後頭部にタオルを投げつけられる。
 頭にぶつけられたタオルを手に取りながらタオルの飛んできた方向、真後ろを振り返ると立っていたのは、眠いのか不機嫌なのか判別のしにくい顔つきの、ノートパソコンを小脇に抱えたフローゼル。
「ん、サンキュ、ウェイ。しかしこんなんじゃなー……」
「変に熱くなりすぎだ。アルの突撃思考に乗せられてあの馬鹿力に真っ向勝負オンリーじゃ、パワー差で負けんのは見えてんだろ。無い頭しっかり使えっつの、バカ」
真っ白なタオルで汗を拭うクロード。やはり先ほどの手合せで押されたのが悔しいようで、息が整ってもなお膝に手を置き溜息をつくが、そんな彼に対してフローゼル――ウェイヴは一切表情を変えず、ただ淡々と自分の思ったことをそのまま口にしていく。彼は決して言葉も相手も選ぶことはしない。
「……ウェイは毎回辛辣だな。もう少し言い方どうにかならないのか?」
 今までもこうしたやり取りを何度もしているから別に発言内容に傷つくことはないが、それでも何の変わり映えの無い丸くなることのないウェイヴの口の悪さに、思わずあきれ口調のクロード。騎士団というポケモン同士の対話も仕事のうちになる職業柄一応注意してきたのだが、訂正する気は全くないらしい。
「ハッ、事実だろ。分かったら反省しろ、こんなんじゃ副団長務まらねぇぞ」
 そう言い放つと彼はクロードの元からすたすたと離れていき、先ほどまでついていた室内のベンチに腰掛け、膝の上にノートパソコンを開きカタカタと自分の世界に戻っていく。口が悪くても、こういう配慮、とは違うがまあそんな感じのものができている辺りはまだポケモンまともなんだろうな、とクロードはあきれ気味に自分に言い聞かせておいた。
 

 全銀連所属、星の騎士団。十六番銀河を担当するは、十六番騎士団。団名【TOW】。トレーニングルームで鍛錬などに精を出していたこの四名は、その団員である。
 十六番銀河の秩序平和を守り正義を貫くために銀河中を日々飛び回り、民間の依頼に上からの指令によくわからん異変の解決に、と駆け巡る彼らの足となる宇宙船、その一室である巨大なトレーニングルーム。どんな場所どんな依頼であろうと困っている者あらば駆けつける彼らでも、その依頼がなければ普通のポケモンである。特にやることもなく取り残された団員の四名は、何もなく持て余している時間を使って鍛錬・手合せを行っていた。
「っかぁー、割と疲れた! そして腹減った!!」
 先ほどの手合せから十数分。息はとうにしっかりと整い汗もにじむことはないが、それでも緊張感や動いたことでの疲れからかノアルはまたもや床に大の字でべたぁっと寝そべる体勢。疲れたにしても随分とオーバーアクションではある。
「今レイが買い出し行ってんだから飯なんかまだまだだろ。とりあえずお前は水分を取れ」
 寝そべってグダるノアルが煩わしかったらしく、ウェイヴは静まらせるきっかけに飲料水の入ったドリンクボトルを投げ渡す。その腰ほどもあるボトルをノアルは抱え込むようにキャッチ。もらうや否やボトルを逆さにしてガーッと流し込む。
「っはぁー、美味い! ウェイのくせに気が利くじゃねーか」
「……調子のんなクソアマ」
 口元を拭いにっかり笑顔のノアルだが、さももらって当然のような素振りにウェイヴは思わずイラッとする。そして結局余計にイライラして損じゃねぇかこれじゃと変な子とした自分にもイライラする。そんなイライラもノアルには無関係、上機嫌にドリンクを飲み干していた。
 
「そいや、オウルは何してんだ? レイが出かけてんのは知ってっけど」
 少し間を置き、クロードが口を開いた。現在ここにはいない、あと二名が存在する同じ十六番騎士団の団員について。
「団長殿は統括官殿と打ち合わせ中だろ。何話してるかは知らんが」
「いい感じの依頼、なんか思いっきりぶん殴れるようなのポイっとくれれば良いんだがなぁ、アタシゃ暇で暇で」
「アルのそういう女捨ててる言動、逆に心配になるわ」
 淡々とクロードの疑問にウェイヴが答える中、ノアルは寝そべったまま欲望のままに自分の希望だけを喋っていく。そんなノアルにクロードは皮肉めいた言葉を投げかけておく。「なんだっていいだろ」とノアルは仰向けから腹這いになりフリフリと先に切れ込みの入った雷型の尻尾をちらつかせる。こんな話し方だが、彼女は一応は生物学上はメスである。一応は。

 ただ、まだもう一名ここにいない団員はいる。
「レイはまだ帰ってこないのかなー? ごはんも近いのに」
 時計の短針は、もうすぐに六時を指す頃。夕食の時間が迫り主婦の者達が家族を思って一生懸命に準備をしているような頃合い。だが、この騎士団の料理担当の者はいまだ料理の準備どころか買い出しから帰ってすらもいない。もう一名の存在と同時にその時間についてもルキィが心配そうに言葉を漏らす。
「それなー! アタシ腹減ったー!! ってか今日いつもよりずっと帰り遅くねーか、あのヤロー絶対どっかで寄り道してんだろ!!」
 床で寝そべっていたノアルも彼の言葉で時間に気づくと、憤りをあらわに立ち上がり、まだ帰ってこない団員への怒りを床にぶつけるように地団駄を踏む。
「まぁ少し遅い気もするがなー、まあゆっくり待てば」
「あんにゃろう……帰ってきたらシメてやる!! くそったれめー!!」
「あ、まってよアルー! おいてかないでー!」
 なだめ気味に同調したクロードの言葉などこうなった彼女には届くことはなく唐突に怒りをぶちまけるだけぶち撒いて、やたら大声でオーバーに喚きながらノアルはたたきつけるようにドアを開閉してトレーニングルームを後にしていった。ただ憤慨していたノアルを呆然と見ていたルキィもノアルに続いて出ていく。
 トレーニングルームには、日常茶飯事なこの風景をあきれ気味に見守っていたクロードと、パソコンとにらめっこしつつも表情は不機嫌度マックスなウェイヴ、そして激しく開閉されたドアのむなしい残響のみだった。
 こめかみに青筋を浮かべ、凄まじい表情のウェイヴ。波導を視覚化してみることのできるクロードだが、わざわざそんなことをしなくてもだれにでも分かるほどの怒りのオーラが、ウェイヴから出ているのを見てしまった。
「喧しいバカ騒がせやがって……あの犬、ほんと何処ほっつき歩いてやがんだ……!!」
 小さくか細い、それでいて凄まじい怒気をはらんだ声でひとりごちたウェイヴ。青筋に般若のような表情に怒りのオーラに、果てには貧乏ゆすりまでしているもんだから、同じく室内に取り残されたクロードは正直彼と一緒の空間にいるのがしんどい。出ていくのも何か違うし、と思うとここから動けなかった。
 早くあいつは買い出しから帰らないのか、心底そう思うクロードだった。
 
   * * *

 依頼掲示板。
 それは、このポケモン世界においての重要な情報源の一つ、生活するうえでの基盤の一つとなるものである。こうした掲示板の存在する街に住む多くの一般市民は、新聞などの紙媒体とこの掲示板で大体の世の中の動向を知ることができるのである。もちろん本来の用途としていざ自分が依頼を出すことになればお世話にもなるだろう。そして、依頼を受ける者たちにとっては、情報源であり収入源に直結するものとなりうるものである。
 十六番銀河においてももちろんそれは例外なく、今日もここ超の惑星きっての大都市であり首都である街では、掲示板前は大きな賑わいをみせていた。新たな依頼は無いものかと熱心に見回す探検隊と思われる者もいれば、興味本位でどのような依頼や調査が行われているかを見に来る野次馬感覚の町民もいる。中には将来探検隊や救助隊を夢見て目を輝かせながら掲示板にくぎ付けになる子供や、明らかにこの喧騒に似合いそうもない貴族然とした者までいるほど。
 一人が輪から抜ければ、また一人が入ってくる。そして職員が新たな掲示物を張り出しに来れば、それ目当てでわらわらと町民らは寄ってくる。

 そんな掲示板前を、陽気な笑顔であまり上手ではない鼻歌を歌いつつたくさんの荷物を抱えながら通り過ぎる、あいつやらあのヤローやらあの犬呼ばわりされていたウインディ。
 十六番騎士団団員、レイ。丁度この時刻の市場が品ぞろえ豊富と聞き、依頼の合間の時間に丁度いいと団員たちの食事の買い出しからの帰路についていた。エコバッグ代わりに持ってきたパンパンに膨れ上がったトレジャーバッグ二つにさらに手提げかばんを口に咥えながらも、軽快な足取りで街を闊歩する。
 そしてちょうど依頼掲示板の前に来たのだから、ということでちょこっとだけの休憩がてらに、自分の騎士団の試みである張り紙の紅かはどんなものかと、ついでにいい感じの依頼は無いものかとふらっと掲示板の前に足を運ぼうとした。
 その時、一体のポケモンが目に留まった。

 他の掲示物と比べて、張り出されてまだ時間がたっていないような、真新しい張り紙。多くのポケモンたちでにぎわう掲示板の中でも隅っこの目立たず賑わいがほとんどないとさえ言えるそんな場所の掲示物の前に、一体のイーブイが立ち尽くしていた。その表情は、活気あふれる掲示板前のものとは到底思えない、僅かに陰を感じる暗いものだった。

「どうしたんだい? このへんてこな張り紙が気になるのかい?」
 その瞬間は、はっきり言ってしまえばただの興味本位だった。別にここで何かが起きるとも思ってなかったし、困っているなら助けてあげようだなんてそんな綺麗なものでもない。本当にただの興味。
 声に反応してか、突如現れたレイの大きな身体に驚いたのかはわからないが、イーブイはとっさに後ずさりながらその小さな顔を上げ、すぐにうつむいてしまう。
 心配になって少し顔を覗き込むが、イーブイとウインディという種族差からくるもの以上に小さなその顔はやはり弱弱しく感じられ、今にも泣き出してしまいそうな顔だった。少々驚かせてしまったと反省し、今度は正面から、イーブイになるべく近い目線までさらに身体を落として優しく声をかけてみる事にした。
「ごめんね、驚かせちゃったみたいで。僕はレイ、この場違い感あるダッサイ張り紙に書かれてる騎士団の、【TOW】の一員なんだ」
 自分が騎士団である。ただ正体を明かし安心させようとしただけの言葉であった。
 が、その言葉を聞いた瞬間に、先ほどまで弱弱しくどこか暗かったイーブイの表情に光が戻った。
「で、どうしたんだい? ずっと張り紙を見つめてたけど、何か変なことでも」
「あの、騎士団さん」
 話を聞いてみようと問いかけ始めたら、イーブイが初めて割り込み気味に口を開いた。先ほどのうつむき気味の表情は消え、目はまっすぐレイを見つめる。
 先ほどまでの少しオドオドした雰囲気が消えた、真っ直ぐで誠実さを感じさせる瞳。レイもまた、柔らかな表情のままにイーブイを"視"詰めなおしておく。
 そして、何か考えているのか言葉をひねり出しているのか、一呼吸置かれてイーブイは続けた。

「騎士団さんに、お願いがあるんです。ボクに、その……力を、貸してください……!」

 それは、十六番騎士団が初めて受けた、一般ポケモンからの依頼。本部からの勅令でも何でもない、正真正銘初めての依頼であった。

 それはきっと、未来への小さな、大切な一歩。

   * * *

 「いざよいぼし」第一幕。

 《騎士団》編、開幕――。

yuusuke ( 2015/04/02(木) 23:03 )