その名は騎士団
――月下の騎士は、人知れずに夜を駆ける。
今宵も、あなたのすぐそばを――
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涼しく穏やかな夜風が、夜の賑わいを見せる町をふわり包む。見上げれば、はるか広がる大空を覆うわずらわしいものは何一つ存在せず、曇りなきそれ自体が一つの宝石のような満天の星空。あまりの美しさに禍々しさすら感じるほどに大空の真ん中に佇む大きな満月のすぐ隣、はるか地平線の先にまでかかる燦然と輝く星の川は、何万キロも離れている星と星とを繋ぐ大きな架け橋とも謳われている。
その月下、作り物の輝きを放つ市街はその住民たち――ポケモン、主にノーマルタイプの者たちの往来で賑わい、その居住区や下町、商店街など住民の集まる地には、昼間のものとはまた異なる夜独特の賑わい。日常の営みをするためのものだけではなく、あるところでは酒と少々もしくは大量のつまみと個々の思い思いを肴に世間話や愚痴にあげく与太話にまで花を咲かせる。
そんな日常と非日常の狭間。それは必然か、町に巣食う闇の巣窟にもゆうになりえる。
「…………で? 次の取引先はどうなのよ?」
「へへ、それはもう稼げるぜ。なにせ、目の前の金にしか頭が無いよーなバカだかんなぁ、へへへ」
「ははは、そいつはいいことだよ。俺たちにとっちゃな」
小さな通り、商店街と商店街のつなぎ、狭間の小道。他者の目に付きにくい道のさらに光の届かない暗い軒下にて行われているのは、とっても悪いお兄さんたちによるとっても悪い取引のお話。
喧騒は、蔓延る闇をも覆いつくす。その忌々しき毒牙は、この景気の良い平和な日常を、光の影からじわりじわりと侵食していく――リングマとヤルキモノの二名の男たちが、こっそりじっとりと悪いお金稼ぎの話をしていた。誰も聞いておらず、自分たちの企みが成功するのを確信してか、気分も大きくなって二人で酒をかっくらいながら高らかに笑う。そしてそのまま、夜の繁華街へと繰り出していった。
――――――――――
一刻ほどが経ったころ、二名は繁華街の街中をいまだに練り歩いていた。顔色は赤く笑い声も話し声も町中に届くのではないかと言うほど大きく、また内容も今すぐお縄についてもおかしくないほどのグレーゾーンな話ばかり。周りのポケモンたちは一様に関わらないように、彼らを避けるように歩くようになっていた。こうして歩いているだけで自分たちの目の前に花道が広がっていくのだ、なおのこと二名の気も大きくなっていった。
そして二人は舞台を移そうと、少し細い道に入っていく。すると少し進んだ先、一匹のポケモンが道の隅に座り込んでいた。外套のようなものを被って詳しい正体は分からないのだが、少なくとも片方の男、ヤルキモノよりは大きく、もう片方のリングマの目線に届きそうなほどの体高。
「ねぇ、おにいさんたち」
先程同様に酒を煽りながら歩む二名を、そのポケモンが呼び止めた。ただ座っているだけならそんなポケモンは気にも留めてなかった二名だったが、さすがに声をかけられたからか二名は談笑をやめて声の方に顔を向ける。
賑やかな通りのすぐ近くの細道、そのさらに横道であるすすまみれの小汚いとさえ感じる裏路地の入り口。体格からは予想もつかないほどの少女のようなか細い声で彼らを呼ぶ声。しかし顔までその外套で覆っているのでやはり正体はわからなかった。
いくら一瞬でも声に惹かれたとはいえ変な空気を感じ取ったのか顔を向けただけでその場を離れようとした二名だが、何かを感じ取りその動きを止めた。
香り。それは二名にとって何度も嗅いだ、甘くとろけるような香り。
「どしたぁ嬢ちゃん? おじさんたちになにかよーお?」
自分たちと同じ体高とはるかに大きな体躯を誇るその外套のポケモンに、声色からの敵意の無さと酒の勢いと、さらにとてつもなく誘惑される甘い香りにも誘われて近づいて様子を伺う二人組。
「こっち、来て欲しいの……お願い。いいもの、あげるから」
先程と同じく、その甘美な声は彼らの神経に染み入り、先程から嗅覚を支配する香りに頭の中はすっかりとろけきっていた。酒の力もあいまって、この声に逆らうことは出来ない。
そうして立ち上がり裏路地に入っていくポケモンに引っ張られるかのように後ろをついていく二名。何か絶対にいいものがもらえる、そんな期待感に胸を膨らませながら。
だが、そんな期待感などはあっさりと終わりを迎えた。
マントのポケモンの座っていた場所から十歩ほど歩いたその時、真後ろから激しい落下音。すっかり蕩けきっていた男たちも、さすがに異常事態を感じ取り現実に戻ってくる。その音源、彼らの真後ろ、路地裏への入り口に、落下の衝撃を物語る道路の残骸、めくれ上がった岩盤の真ん中にそれはいた。
「おっしゃ、見つけたぜターゲット! って、酒くせーなー。こんなアホみてぇに酔っ払って、こりゃチョロそーだな」
男たちの背後に現れたのは、男たちの腰の高さにも満たないほど小さなポケモンだった。肝心の姿は、先程のポケモン同様に頭まですっぽりと外套を羽織っているのと暗闇のせいで正直なところはっきりとは分からない。だがこの時点で間違いなく分かるのは、この者は、男たちの敵であること。
背後に現れた強襲者に、とっさのことに戸惑いつつも二名の男たちは応戦の姿勢を取る。じり、じりと迫りくる小さな敵にえもいわれぬ威圧感にも近い迫力を感じてじり、じりと交代していく。すると、先程のポケモンがまだそこに残っていたのか、二人の背中にふかふかの毛皮の質感を感じる。
「あ、ごめんよ嬢ちゃ――」
しかしそれは一瞬だった。直後、二人の背筋をひやりとした風がなで、数瞬の誤差を伴い硬質なものが凄まじい勢いと力で、彼らの背を叩き飛ばした。狭い路地裏で襲われたので、即座に建物の壁に叩きつけられる。一名はその衝撃でそのままうなだれ、気絶。もう一名もなんとか起き上がり動こうとするが、嬢ちゃんと呼ばれた者によって、地に伏したままに押さえつけられてしまった。背中を激しく打ち力が入らない体に必死に鞭打ち拘束から逃れようとするが、押さえつける力がそのポケモンの見た目にたがわず相当のもので、全く抜け出せそうにない。
それでももがき続けていると、先程まで殺気をむき出しにして男たちを威嚇していたはずのポケモンが外套のフードを手で外しながら、こちらにむけて駆け寄ってきた。
「おいレイ!! こいつらはアタシの獲物だぞ、なに先に手ぇ出してんだ!!」
「いやいや、僕がここに誘い込んで捕まえようとしてたの。君から見てこいつらの後ろにずっといたでしょ僕。むしろアル、君が手柄の横取りしようとしてたんだよ?」
「そんなの認められっか、アタシが先に見つけたんだっつの……ってクッサ!! え、誘ったってまさか香水かよこれクサすぎんだろ!?」
「悪い? 誘い出すのならば、五感全てを掌握するのが一番いいと思ったからやったんだけどなー」
そのポケモン――メスのピカチュウは、男ではなく外套のポケモンに言いたいことがあり寄ってきたらしい。男の上の大きい方は先程の甘美な声ではなく、もっとフランクな印象を受ける声で話している。この二名は仲間で、共謀(?)して男たちを捕まえようとしていたようだ。まんまとはめられたのだった。
「な、なんだてめぇらは……って、そのバッジは!?」
それでもなおさらに抵抗しようと男が体を少しだけ起こしたその時、ピカチュウの纏う外套に付いているキラリと輝くバッジが目に入った。狭い道にわずか差し込む月光の光を受け凛と輝くそのバッジは、彼らが平和の象徴であることを証明する唯一のもの。
「うん、僕らは騎士団だよ。残念だったね、お兄さんたち。あとはブタ箱で反省してね」
騎士団。
この十六番銀河、無の惑星のみにあらず。この世界に二十区分けされた銀河の一角、十六番銀河の平和のために活動をする組織。一部地域では伝説扱いされるほどに気高き集団。救助隊、探検隊、果てには警察のさらに上を行く組織の名。
そんな組織に捕まってしまったのだ。男たちが犯してきた罪など全て洗い出されているであろう、だからこそ老後区域をこんなにも堂々と告げることが出来る。
「こ、こんの小娘ぇ……クソったれがぶほっ」
嵌めやがって、と悪党らしい捕まる間際の口汚い台詞、の続きの言葉は言わせてもらえず。トドメと言わんばかりに、男を押さえつけていたポケモンはその足で男の後頭部を真下に向けて蹴っ飛ばした。強い衝撃に、彼の意識は耐えられずにそのままブラックアウトしていった。
ポケモンは男が完全に伸びたのを確認するとその頭においていた足をよけ、体に掛けていた深緑の外套のフードを首を乱暴に振って外す。
風格を感じさせる体格と毛皮の紋様。しかしその表情は柔らかく温かみがあり、女性的な印象を受けるウインディの姿があった。しかしその威厳をあまり感じさせない物腰柔らかな顔つきは、あからさまに不機嫌そうにぶすーっとしている。
「全く……僕はオスだってゆーのに」
既に意識ははるか遠く行ってしまっているその男に、少々の怒りと呆れと哀れみの表情を浮かべながら一瞥し、そのふっくらした尻尾をゆら、ゆらと揺らす。そして男たちをこの場から運び引き渡すために、近くに隠しておいた大きめのバッグから縄上のものを取り出していく。そして二人組を足と口で器用にぐるぐる巻きにしていると、ピリリピリリと甲高い電子音が狭い路地に鳴り響く。
耳を傾けてみたが、自分のもののではない。ならばとピカチュウのほうを見てみれば、既に通信用の機械を手に通信を始めていた。
「ん、オウルか……ああ、レイとアタシで捕まえたぜ。テキトーに行くから、クロードたちに先にサツのにーちゃんたちに話つけさせといてくれ。任せんぞ」
「アル、それじゃヤクザだよ……ま、いっか。次もあるし、早く行こ」
「おう」
そのまま通信用の機械を外套の内ポケットに収め、粗雑に二人組を縛り上げ終わったレイの背に飛び乗る。もはや彼女専用と化している彼の背中の外套を勝手に整えて座りやすくしている彼女をほんのり笑顔で眺めつつ、二人組を縛り上げたロープをくわえ、引きずりながら町の暗闇に消えていった。
闇に、光に、彼らは駆け抜ける。その正体は、この銀河(せかい)をこよなく愛し平和維持に尽力する者。
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銀河。
ごく一般的な見解で言えば"屑星の集まりの天体"程度の言葉であるのだが、この世界においては銀河とはその程度のちっぽけなものではない。
この世界における銀河とは、ずばり"『世界』そのもの"。
星と星との間に歴然とした隔たりは基本存在せず、星と星同士の交流は国と国、都市と都市の交遊や貿易となんら変わらない。
これは、そんな世界――銀河の一つをまたにかけて活動する、『星の騎士団』の物語。
『星の騎士団』――。
この世界に二十、それぞれに数字を割り振られ統治されている銀河の平和を、それぞれの個性ある形で守る、『全銀連』という組織を親とする公式部隊である。
守る形も様々だ。人々の信頼から平和を築くもの。悪を切り払って平和を守り抜くもの。戦いの元に平和を掴み取るもの。
そしてここにも、その銀河の一つである『十六番銀河』がある。
この銀河には、どんな生があるのか。どんな騎士が、平和を守っているのか。
これは、そんな十六番騎士団の一ページ。
正常で異常、異常で正常な、そんな物語。