「いってらっしゃい」
あたしは何やってるんだろう。スクールの終業試験にポケモンバトル。ピカチュウに少し無理をさせちゃったんだけど何とか勝つことが出来た。
だけど、だけど……! あたしがテストの答案に名前を書き忘れるなんて。あたしはなにやってるのさ! 不意に急に貧血を起こしたみたいに頭が重くなった。悔しいから、自分のミスがピカチュウに申し訳ないのと、やっぱりユースケくん達との約束を守れなかったことが辛いから……
「お、お姉ちゃん、大丈夫!? しっかりしてよ!」
え? ア、アイ? やっぱり立っていられなかったあたしは近くにあった椅子に座り込んでいたみたいだ。う、うーん……うん、なんとなく治まった。暗くなっていた視界もなんとなく戻ってきたみたい
「う、うーん……ごめんアイ、少し眩暈がしちゃって」
「しっかりしてよ。少し疲れちゃってる?」
つ、疲れてなんていないハズ、いないハズだけど……間違いなく精神的にかなり参ってしまっている。いろんなショックが同時に降りかかってきたからね。だ、大丈夫……今は落ち着いてるから落ち着いているから。
「疲れてないよ。大丈夫……大丈夫だから」
「本当に大丈夫なの!? それってもしかしなくても……そっか、ごめんね」
アイが察してくれたのかそう言ってくれる。普段元気いっぱいなアイのトーンが少しだけ低くなっている気がする。そんなささいな心遣いが嬉しくて
「あたしは落ち着いているから大丈夫。気にしないで」
「お、お姉ちゃん……声震えてるよ。そんなの大丈夫じゃないよ」
「試験に落ちただけだよ。まだチャンスがあるから気にしてなんかいないよ。あたしは冷静だよ」
そんなのただの強がりだ。そんなの自分だって分かってる分かってるよ……でもそうでもしないとアイに八つ当たりをしてしまいそうだったから。ごめんね、こんなダメなお姉ちゃんで
「……ちょっとお隣に言って来るよ。ユースケくんに言づけとかある?」
少し間を置いてからリビングから出て行こうとするアイがあたしに振り返ってそういう。うーんっと……
「ん、ユースケくんが受かっていたらケンイチくんと一緒に先に行ってって伝えてよ。二人には迷惑かけたくないから」
あたしの失敗でユースケくん達に迷惑を掛ける事なんで出来ない。だからこんなこと言ってるけど……そんなの内心納得できている訳がないよ!
「はーい、それじゃいってきます。お姉ちゃん、元気出してね」
そう言ってアイがリビングを出て行った。アイ、ありがとね。
そういえばユースケくんは合格したのかな……今すぐ電話して聞いてみようかな? ダメだ、ユースケくんがもしも落ちていたら、多分ユースケくんも自分と同じだ。って思って喜んでしまう。あたしはそんな自分にはなりたく無かった。多分、受かっていても素直に喜んであげる事は出来ないよ。ダメ、考えるたびに悪いことを考えちゃう……もう寝ちゃお
◆
「お姉ちゃん、起きてよ! ああ、これじゃダメだ……ピカチュウ、やっちゃえ!」
『ピカ……ピッカ!』
わあっ!? ピ、ピカチュウが寝てるあたしの顔に飛びついて電気マッサージのみたいに軽い電撃を断続的に仕掛けてくる。く、くすぐったいよ……あ、あーもー! これじゃ寝ていられないよ!
「ピカチュウ、やめてよ……えいっ!」
『チャアッ!』
両手で力一杯ピカチュウを顔から引き離す。うう、6キロはさすがに重いよ。それにしてもなんで寝てるところにこんな事を……むくりとあたしは体を起こしてピカチュウを足のあたりに乗せる。
「アイ、ピカチュウ。説明してくれるよね」
『ピカぁ』
「アハハ……そのごめんねお姉ちゃんって、そんなことしてる場合じゃないよ!」
き、鬼気迫る表情でアイがあたしに顔を近づけてくる。い、一体どうしたんだろう……まだ朝の5時にもなってないよ。それにしてもずいぶん寝ていたみたい……頭がガンガンするよ。
「ユースケくんがもう行っちゃうんだよ! 昨日言ってたよ。5時に出発するって!」
え、ええ!? も、もう出発しちゃうの……ケンイチくんもユースケくんも旅に出るのを楽しみにしてたし、あたしの事を少しでも思ってなのかもしれない。二人にこんなに気を使わせちゃってあたしは何をしてるんだろう。
「ごめん、今は笑顔でユースケくんを送り出せる自信がないよ。行くならアイだけで……」
「馬鹿! 何時までそんなマイナス思考でいるつもりなの? そんなお姉ちゃんなんて見てられないよ!」
アイ……
「ユースケくんを見送って、気持ちの整理をしてきてよ。ピカチュウもそう思うよね」
『ピカチュ』
うんうんって、ピカチュウは頷いているけど……う、うーん自信ないなあ。けどアイの言うとおり、いつまでもメソメソしてたらダメだよね。頑張らなくちゃ
「ごめんねアイ、ピカチュウ、あたしちょっと行って来るよ」
時間が時間なだけに静かにドアを開いて部屋を飛び出す。一気に玄関まで駆け降りてジャケットを羽織ってからマフラーを巻く。これで最低限の防寒は出来たかな? それから靴を履いてドアを開いて外に出た。そのままお隣まで歩いて行くと……
「ラン、そんな格好で何してるのさ」
「ユースケくん……」
そんな恰好って……確かに春の早朝にする格好としては寒そうな恰好をしてると思うけど、ユースケくんには言われたくないな。ユースケくんだっていつもの愛用の黒いジャケットをTシャツの上に羽織っただけじゃない……それより
「ユースケくんに会いに来たんだよ……ごめんね。アイの面倒みさせちゃって、心配させちゃって」
「気にしてないよ。思ったより元気そうでよかったよ。アイちゃんから話を聞いたときどうしようと思ったけどさ」
「ご、ごめんね……でも、大丈夫、あたしはもう大丈夫だから。そんな顔しないで」
う、うん……アイとピカチュウに色々言われたりされたりしたのに加えてユースケくんに会ったらなんとなく落ち込んでいた気持ちも晴れてきちゃった。まだ少しだけだけどある程度自然な形で笑顔を出せている気がする。
「うん……無理しててもなんでもランはそう元気そうにしてるのが一番だよ」
そ、そんな事どうして分かっちゃうかな……? 付き合いが長いからなのかあたしが単純だからなのか……多分付き合いが長いからだよね。だよね?
「あたしもそう思う。ってそろそろ行かないとまたケンイチくんに何か言われちゃうよ」
「うん、っとそのまえに……えっと」
どうしたんだろう? なんかバツが悪そうな顔をして……何かを言おうとするのを躊躇している? 何を言おうとしているのかな。ちょっとの間キョロキョロとしたと思ったらあたしの目を見て口を開いた。
「絶対に追いついて来てよ。僕もケンイチも待ってるから!」
そう言ってあたしを元気つけようとしてくれるユースケくんが、真剣にそう思って伝えてくれる。それが凄くうれしくて……自分の今後に強い目標が出来て
「……う、うん! 頑張ってる二人に負けないぐらいあたしも頑張るから……約束だよ」
気が付いたら涙が出てきちゃってるよ。泣いてないで笑って送り出さないと、もう落ち込んでいる理由なんてないから
「そ、それじゃラン、僕はもう行くよ……いってきます」
「いってらっしゃい、ユースケ」
さよならは悲しいイベントなんかじゃない。ユースケは振り返らないけどあたしは笑顔で手を振って送り出した。あたしは彼の後姿が見えなくなるまで見続けていた。