「いってきます」
「え……ランが試験に落ちたって?」
それを僕が知ったのはランの妹のアイちゃんが家に来てからだった。アイちゃんは僕たちの二つ下ので丁度その頃のランとよく似てる。でも髪型はランみたいに伸ばしている訳じゃなくて二つに分けて結んでいる。
そんなアイちゃんが家に訪ねてきてそんな話をしている訳だけど……アイちゃんが凄い困った表情で言ってるのを見る限りよっぽど落ち込んでいるんだろうな
「うん、お姉ちゃんユースケくんとケンイチさんと3人で、一緒に旅立つのが目標だったから凄い落ち込んじゃってて……声を掛けても「あたしは落ち着いてるから大丈夫」としか返ってこないし。あたしはどうすればいいかなぁ?」
そ、それは……ランって結構繊細なんだよね。多分試験に落ちたこともそうだけど約束を守れないことが一番堪えてるんじゃないのかな。
追試でランが合格するのを待つっていうのも考えられるんだけど、それは余計にランを傷つけかねない。僕やケンイチに迷惑をかけたって考えるだろうしさ
「アイちゃんが特別気にすることないよ。ランのネガティブが移りそうなぐらい酷かったら怒鳴るぐらいでいいよ思うよ」
「だ、だったらいいんだけど……お姉ちゃん大丈夫だよね?」
大丈夫だと信じたい。けど実際にどうなるかなんて僕にはわからないからすごい不安になる。それが大事な人だからその気持ちはなお大きくなっている。だからそれを誤魔化すように僕はこの言葉を選ぶんだ
「大丈夫さ、アイちゃんの元気なところを見てたらランの方も元気になるよ。きっとそうさ」
これは僕の願望みたいなものだ。元気なアイちゃんをみて元気を出してほしい……真剣にそう思うんだ。
「そうかな……うん、ユースケくんがそう言うならあたし頑張ってみるよ!」
い、いや……僕は特別に何か頑張ってくれって言ってはいないんだけどな。ま、いっか
「う、うん、頑張って」
そういっている僕は間違いなく苦笑いしているはずだ。昔からアイちゃんって少し早とちりしすぎちゃっている傾向があるからね……でもこの活発で前向きなところは見習いたいな。
アイちゃんはなんとなくだけど元気つけることが出来た気がする。けどランが心配だな……試験に合格した手前会いに行くなんてなんとなくしづらい……
台所越しにお隣のランの家を、その2階にあるランの部屋を見上げる。そこはカーテンがしまっていて電気だってついていない。ただエリのとこに行ってるだけかもしれないけど、やっぱり不安になってしまう。落ち込んでいるランを想像する……ダメだ。ランはやっぱり笑ってる方が似合ってるよ
「あ、お姉ちゃんから言づけも預かってきたんだった。えっと、ケンイチ君と一緒に先に行ってって」
「……分かったよ。アイちゃん、ランに分かったって伝えておいてよ」
ランならこうするってなんとなくだけど分かってた。けど、僕はそれに頷くのが正解だったのか?
『ユースケ、お前の決定だから俺は何も言わないけど……後悔だけはするなよ』
そ、そんなのケーシィに言われなくたって分かってるさ。今までだって悔いがないように頑張ってきた……今度だってくいなんて残すもんか
◆
バッグはよし、モンスターボールも入ってる着替えに……グローブに野球ボールといった気分転換用のアイテム。それにポケギアも持って完璧だ! うん、忘れ物は無いよね。ベルトにはヒトカゲのボールと……アレ?
『おい、流石に冗談酷いぞ!』
「わ、悪かったよ……」
冗談抜きで置いていくとこだったよ。パートナーを置いていくなんてシャレにすらなってないよ。ケンイチと合流して旅に出るまであと少し時間があったから、それまでに冒険に必要な【あなぬけのひも】や【シルバースプレー】みたいなアイテムを整理して連れて行く仲間達の準備とかしてたんだけど………
結局、昨日の今日だからランとは会っていない。う、うーん……って考えてたら時間がもうないじゃないか! 今が朝5時だからって……僕はいったい何やってるんだよ!
結果が届いてアイちゃんと話たのは昨日の事だ。ケンイチと話し合ってこの突然すぎるけど今日この時間に出発することを決めてたんだ。トキワに早い時間に着くためってのと、ランがあまり気にやまないようにするためだ。これで僕は良かったのか?
『ユースケ』
「うん、行こうケーシィ。そろそろケンイチと約束の時間だ」
『ああ、母さん達に挨拶していくぞ』
そうだ、今出発したら当分母さんと会えなくなるのか……うーん、いい加減なことやって頼る事も出来なくなるんだな。しっかりと挨拶していかないと
愛用の黒色のジャケットを羽織ってから、バッグを肩にかけて掃除をしてきれいになった部屋を飛び出す。バタバタと音をたてながなら階段を下りる。その時にバッグが足に当たって少し痛いけど気にしない。母さんがいつもいるであろうリビングの戸を空けるといつも通り母さんは慌ただしく部屋の掃除をしている。
「母さん」
「あらユウスケ、もう出発するのかしら?」
「うん、もう約束の時間だからね。その、難しい事言えないけど……今までありがとう。母さん、僕は行くよ」
そう僕が言うと母さんが手に持っていた箒を置いて、両手を僕の両肩におく。母さん?
「そんなにあらたまなくていいの。辛くなったらいつでも帰ってきなさい。父さんに何か言われるかもしれないけど、私はあなたの味方だから」
「うん、そうするよ……母さん、頑張ってくるよ。行ってきます」
母さんの言葉が嬉しくて……少し泣きたくなるけどそれはこらえて、しっかりと言葉を返した。それからすぐに振り返って歩いて出ていく。玄関に出て新しいシューズを履いてしっかりと靴ひもを縛る。これで……よし!
そのまま立ち上がってドアを開けて外に出る。それからドアを閉めて視線を正面に移すと……
「ラン、そんな格好で何してるのさ」
「ユースケくん……」
朝一番は春に近づいているといってもやっぱり寒い。それなのにランはパジャマの上にジャケット、それにマフラーをしただけの寒そうな格好だ。僕も人のことは言えないけどパジャマじゃない分まだマシだと思う。そんな恰好で出てきて風邪でも引いたらどうするのさ
「ユースケくんに会いに来たんだよ……ごめんね。アイの面倒みさせちゃって、心配させちゃって」
「気にしてないよ。思ったより元気そうでよかったよ。アイちゃんから話を聞いたときどうしようと思ったけどさ」
「ご、ごめんね……でも、大丈夫、あたしは大丈夫だから。そんな顔しないで」
少し無理をしているように見えるけど、踏ん切りはついた……みたいだね。少し安心できたかな?
「うん……無理しててもなんでもランは元気そうにしてるのが一番だよ」
「あたしもそう思う。ってそろそろ行かないとまたケンイチくんに何か言われちゃうよ」
おっと、そろそろ行かないとまずいね。ランの言う通りまた何か小言を言われちゃうな
「うん、っとそのまえに……えっと」
続けて言うのが照れくさくてつい言葉を飲んでしまう。何やってるんだ、アイカワ・ユウスケ! それぐらい勢いでもなんでも押し切ってみせろ!
「絶対に追いついて来てよ。僕もケンイチも待ってるから」
「……う、うん! 頑張ってる二人に負けないぐらいあたしも頑張るから。約束だよ」
勢いで言ったセリフに僕の顔は真っ赤になっている自信はある。そうさ、これぐらい簡単に言えるさ! けど、ランの表情は多少だけど頬に雫が伝ってるように見えるけどさっきまでの少し無理した笑顔ではなく、いつもの優しい笑顔だ。うん、僕が好きなランといえばこの表情だよ
「そ、それじゃラン、僕はもう行くよ……いってきます」
「いってらっしゃい、ユースケ」
笑顔でそう返してくれるランに背を向けて僕は歩き出す。今振り返っちゃだめだ……そしたら旅立つのを躊躇してしまうと思う。それはダメだ
『なあユースケ……今さ、ランがお前の事を』
「……なんだよケーシィ」
『やっぱなんでもない』
あの時、ランが僕の事をいつもと違って呼び捨てで呼んでいたのに気づくのは、ケンイチと合流してマサラを発ってからだった