南の孤島
ジャイトは小さな足場を華麗に飛び跳ねながらマサラに帰って行った。それに対して僕たちは上手くできる自信は無い。当然、母さんとの約束もあるからケーシィがある程度回復するまで待たないとね。はぁ……もうちょっと手段を考えるんだったよ。
「オオシゲくん、すごかったね……」
「うん、正面突破っていう戦術だって突き詰めればあそこまでやれるって思い知らされたよ」
ピンチこそ最大のチャンスとはよく言ったものだと思う。無茶でもなんでもさっきの戦いはそれに状況を崩され続けていたんだ。引き分けになったのだって運が良かったのもあるんだ
「ポケモンバトルってやっぱり最後は知恵と勇気ってことなんじゃないかな? ユースケくんだって意表を突いて上手く体制を立て直してたしいい勝負だったと思うよ。ね?」
『ピカピカ!』
ランにそう言われるとなんか照れるな。知恵と勇気か……スクールの実習でも結構言われてるけど本当に重要なんだよなぁって思う。
「ありがとう。とりあえず今はゆっくりしよっか。ケーシィがテレポートを使えるぐらい回復するまで少し時間がかかりそうだしね」
「そだね。そういえば今まで危ないから来たことなかったけど……なかなか綺麗なところだよね」
ん、少し殺伐とした雰囲気を感じるのを除けば、広がる綺麗な平原にその向こうには水平線が見える。確かにこれは綺麗な景色だよね
「ここで転がりながら本を読むと気持ちよさそうだな。時間を忘れて読みふけりそうだよ」
「読みふけってるのはいつもの事でしょ? えっちゃんのところでもそんな感じじゃない?」
「それは否定できない……」
ランとは付き合い長いからね。そういうところの突っ込みはホントに鋭いよ。
「でしょ。悪い癖だからなんとか直さなきゃ」
「き、気をつけるよ」
とは言っても本を読むことは好きなんだ。それを簡単に直せるかって言われたら疑問なんだよな……
「うん、よろしい。え……?」
う、うん? ラン、急にどうしたんだろう? 何か様子はおかしいけど……
「ラン?」
「ユースケくん……あれ」
うん? ランが指差す先にはポケモンがいる。体全体が弦の塊みたいになっているポケモン、モンジャラがいたでもその様子は明らかにおかしい。なんていうか殺気立ってるというか……もしかしてさっきまでの殺伐とした雰囲気の正体ってあのモンジャラ?
『おい、ユースケ……一体だけじゃねえぞ!』
ケーシィ、意識が戻ってたんだ。一体だけじゃないって……視野を広げてみるとまだいる。マダツボミにナゾノクサ、それにポッポにバリヤード。1番道路には生息してないポケモンがここにはずいぶんいるんだね。そんな事よりこれはおかしいよ!
すべてのポケモンがあまりにも殺気立ちすぎだ。こんなこと普通じゃ考えられないよ!
「これはちょっとまずいんじゃ……」
「う、うん……どうするのユースケくん」
ど、どうするったってそりゃ逃げの一手を選ぶのが得策だと……思うけど
「ケーシィ、テレポート行ける?」
『悪い……少しパワーダウン中だ。体力が回復するまでなんとかしてくれ』
そんなに都合がいいようには転がらないか……こうなったら気づかれないようにこっそりとしてるしかない? う、うーん、見つかったら怖いんだけどな。仕方ないこうなったらダッシュで逃げ出そう!
「ラン、一気に駆け抜けるよいいね?」
「うん、絶対にユースケくんの手を離さないから」
ぎゅってランが僕の手を握ってくる。その手は僕に頼るみたいに力強く握られている。大丈夫だよ。ラン、今だけは強くなるから、なって見せるから……絶対に守って見せる。
そう言いたいけどそんな歯が浮くセリフを言うのは恥ずかしくて、僕はランのその手を力一杯握り返すだけですませる。よし、一気にここを駆け抜けるよ!
「行くよ!」
とりあえず全力で走る。目指すはあの小さい足場の一つのみ! 足を草に取られて走りにくい。でもそんなことに構っていられないんだ!
『ぴっか!』
「っ! うわっ!?」
ピカチュウが突然声を上げてそれのおかげで反応できた。い、今目の前を【ようかいえき】が通り抜けて行った……ピカチュウのおかげで助かったよ
「ユ、ユースケくん!」
何体かのポケモン達が僕たちを囲んでいる。自分たちのテリトリーに入って怒ってるのかもしれない。
でもここまで怒る必要があるのか!? 普通さ!
「ケーシィ、まだ?」
『すまん』
普段からケーシィに甘えすぎだからたまには自分の力で何とかしろってこと!? くっそう!
「ユースケくん、おじさんに連絡して」
父さんに? それにランが構えているけど何をするつもり?
「ラン?」
「少しだけ……ケーシィが回復するまで時間を稼ぐよ。あたしだってポケモントレーナーなんだから! ピカチュウ、準備できてる?」
『ピッカチュ!』
ランの勇ましいセリフをきいてピカチュウがランの鞄から飛び出して構える。相手は草タイプが中心なんだよ!? 相性が悪いうえにこの数はきついよ!
ケーシィは間違いなく戦う力なんて残っていない。くそっ、何が強くなってみせるだ……結局何も出来てないじゃないか!
今は出来ることをするしかないんだ……僕はポケギアを取り出して電話帳を開いた
◆
ピカチュウが前に出るとあたし達を狙っているような視線は一気にピカチュウに向けられた。ごめんね……こんな無茶なことさせちゃって
あたしだってポケモントレーナーだもん。怖くなんかこわくなんか……正直やっぱり怖い。あんなこと言ってしまったけど今だって逃げ出したくて仕方ない、今だってユースケくんが手を握っていてくれなくちゃ怯えてあんな強気な事言えなかった。今だって自分の出来る事をしようとしているユースケくんの強さが羨ましい
「ピカチュウ、攻撃してくるポケモンだけを狙うよ!」
『ピカピ!』
でも今はそんな事を言ってる場合じゃないよ。この状況を何とか切り抜けることが最優先なんだから! だからピカチュウ、ユースケくん、少しだけあたしに勇気を貸して
「来たよピカチュウ! でんきショック!」
向かってきたポッポにでんきショックを浴びせる。効果は抜群の攻撃だよ! 直撃を受けたポッポはそれに耐えられずに墜落する。ごめんね……
『ピカッ!』
「見えてるよ、でんこうせっか!」
迫っているマダツボミに反応したピカチュウが声を上げるけどそれぐらいあたしにだって見えてるよ。すぐさまでんこうせっかを発動してマダツボミに向かって行った。高速の突進が決まってマダツボミは後退するまだだよ!
「でんこうせっかで壁キック! そこから追撃!」
『ピッカ、チュウ!」
『ツボッ……!』
体制を崩しているマダツボミにピカチュウは顔に飛びつこうとする。それに対して苦し紛れでマダツボミは両手のはっぱをふるってはっぱカッターを浴びせようとするけどそれは当たらない。一気に顔に飛びついて顔のあたりで両足で着地、そこででんこうせっかを発動し、マダツボミの体制を崩しながら後退した。そしてそこに追撃のでんきショックが飛んでいき直撃した。
相性は悪いけどこれだけの攻撃を受けたら戦意は落ちるよね?
『ツボォ……』
『ピカッ!?』
う、嘘……あれだけ攻撃されてもまだ向かって来るの!? 足だってフラフラしてるのにどうしてこんなにやれるの……本当におかしいよ!
「ラン、落ち着いて! 冷静さを失ったらダメだ!」
う、うん……動揺してたらピカチュウが危ない目に遭っちゃう。今はしっかりしないと!
「う、うん……ピカチュウ後退して!」
『ピカ……』
『ツボォ!』
ピカチュウに向かってはっぱカッターが飛んでくる。でもそれだって当たらない。高い素早さのピカチュウの前にマダツボミはついてこれてないんだよ。ランダムに飛ばしたって当たらないんだから!
『ナゾ!』
『ピカッ!?』
わ、わわ!? マダツボミのはっぱカッターに構ってて別方面からとばされたようかいえきの攻撃への反応が遅れたよ。狙いが甘くて当たらなかったけど……これは公式のポケモンバトルとは違うんだ。一瞬の油断でやられちゃう
「ピカチュウ、でんこうせっか距離を詰められたらダメだよ!」
『ピカッ!』
このままじゃ、このままじゃやられちゃうよ! どうすればいいの!
「ラン、集中して! ピカチュウ後ろだよ!」
あっ!? でんこうせっかで攻撃を切り抜けていたけど……一瞬止まったところが悪かった。その背後にはモンジャラがいて
『ピカッ!?』
「ああっ、ピカチュウ!」
その無数の触手でピカチュウを縛ってきた。まきつく攻撃……た、助けないと! で、でもどうやって
「ケーシィ、ピカチュウを助けよう!」
『……分かってる! アイツのピンチを放っておけるかよ!』
「みんなで逃げるためにもダメ! ピカチュウ、でんきショック!」
『ピイッカ!』
『モジャ……』
ダメっ! 相性も悪くて電撃が利かない! さっきまで戦っていたマダツボミとナゾノクサもピカチュウの近くに歩み寄ってきてるし……こ、このままじゃ! ピカチュウ!
『来る!? ピカチュウ、頭を下げろ!』
『ピカッ!?』
え、えっ!? ケーシィが急にテレパシーを全力で飛ばすけど、な、何が起こるの!?
「かえんほうしゃじゃ!」
『カゲッ!』
『モ!?』
こ、今度は何!? 炎がモンジャラを襲ってピカチュウを縛っている触手がはがされた。な、何が……
「オーキド博士、父さん」
「自分から飛び込まなくても巻き込まれるとは……こんなところまで似なくていいんだよ」
『その通りだ。血は争えないみたいだな』
お、おじさんとオーキド博士、それにフーディンとヒトカゲ……ずいぶん奇妙な組み合わせだけどた、助かったのかな?
「ランちゃん、ピカチュウをボールに戻すんだ! ユウスケ、ランちゃんを守りながらこっちまで走ってくるんだ。テレポートで逃げるぞ」
「うん! ラン、行こう!」
「……うん、ありがとうピカチュウ! 戻って休んでて!」
あたしはボールにピカチュウを戻す。ごめんね、すごい無茶させちゃった。それを確認してからあたし達はおじさんたちのところに向けて全力で走る。手を引っ張って、エスコートをしてくれるユースケくんが、すごく頼もしく感じた。