始まりはいつもデンジャラス
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同じ場所へ何度も足を運ぶと、対して感慨と言えるような物を得られなくなるらしい。
空が次期に夜へ挿しかかろうとする頃、グレイはシラと共に『プクリンのギルド』の拠点となる建物の前に来ていた。
この場へ来た回数は数えるのも面倒になったので正確には覚えていないが、少なくとも五回以上は自ら門前で退いている気がして、もう特に反応すべき箇所が見当たらなくなっている――というのがグレイの見解だが、シラに関しては初見なのもあって、面食らったかのような表情になっていた。
というか、全体的にドン引きしていた。
「……なんともまぁ、個性的というか……ポケモンの顔をそのままデザインに使うってどうなのよ。正直どうかと思うわ……」
「それ、街とかだと色んなポケモンに対して喧嘩売るのに等しい台詞だから控えてね!? 気持ちは解らんでもないけど、誰がその施設を管理してるのかを明確にする上で必要なんだから!!」
「誰が管理してるのかを明確にする『だけ』なら、普通に立て札とかで事足りるんじゃ……」
「ポケモンそれぞれの趣味とか個性とかがあるから気にしちゃダメだってば!!」
遠回しにポケモンの個性そのものを否定しかねない事を言うシラの口を、やけに迫真染みた声で封じ込めようとするグレイ。
どんなに個性的だろうが何だろうが、結局の所この建物の中に入らないと本題に移れないのも事実。
(もう何度も体験した事だけど……あの格子の上に立ったら、真下から声がするんだよね)
この後に起きるであろう出来事を思い出すと、グレイの胸の中には不安や緊張が重なっていく。
(……いや、今回はシラも一緒なんだ。大丈夫……多分、あの『声』が聞こえた後も立ったままでいればいいんだろうし……)
事態を大きく感じるのではなく、逆に大した事が無い事として認識する事で不安や緊張を和らげる事を心掛ける。
あらゆるアクシデントを予測し、いかなる場面においても動揺を見せないように構えておけば、どんな出来事になってもパニックに陥る事は無い。
グレイは呼吸を整え、隣に居るのであろう友達――シラに声を掛けようとした。
が、
「シラ、あの格子が張った穴の上に立つんだけ、ど…………?」
いつの間にか、グレイの隣からシラがいなくなっていた。
最初に疑問を覚えたが、直後にとても解りやすい回答があった。
「おーい、何を突っ立ってんのよ。さっさと用事を済ませるんでしょ?」
いつの間にか『プクリンのギルド』の入り口の方へ進んでいたシラが、すっかり思考の海に浸っていたグレイへ声を掛けて来たのだ。
ああ、もう格子の張った穴の下から聞こえる『声』との対話が終わって、入る許可を得たんだな――――なんて事を考えながら、グレイは前に進みながらシラに言葉を返す。
「ごめんごめん。にしてもシラ、全然驚いたりしなかったんだね。やっぱり度胸があるポケモンって羨ましいよ」
すると、シラは何故か怪訝そうな視線を向けながら、
「……驚く? どういう事よ。ここまでにびっくりするような要素なんてあったかしら?」
「……ん?」
グレイは、シラの言葉に違和感を感じた。
彼女が単に怖い物知らずな性格であるだけなら、ここでの返答は『こんなので驚くわけじゃないでしょ』とか、どちらかと言えば強がるような物言いが来て然るべきなのに、シラから返って来た言葉は疑問形だった。
まるで、根本的にグレイが聞いた『声』を、彼女は一切聞いていないかのように。
何か、猛烈に不安を覚えながらもグレイは問う。
「……ちょっと、待って? シラ、君はこの穴の上に立ったの?」
「? 何を言ってるのよ」
シラは、怪訝そうな表情から一変、いっその事呆れたかのような顔になってから、こう言った。
「そんな下手をしたら痛い目を見そうな『落とし穴』の上に、自分から立つ馬鹿なんていないでしょ?」
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その瞬間、グレイの体も思考も、まるで永久凍土にでもブチ込まれたかのように固まった。
そして一瞬で解凍(と言う名の現実直視)すると、別に大きな争いや命の危機に見舞われているわけでも無いのに、グレイの頭の中は戦闘中に敵を欺いたり突破口を見い出したりする時――要するにシリアスな場面の時のように高速で回転していく。
よくよく考えてみれば、建物の目の前に『穴』を空けておく事には、必ず『理由』が存在するはずなのだ。
シラの言う『落とし穴』の線は薄いとして――担う役割は、他に何がある?
(……『穴』を垂直に空けてるって事は、少なくとも『通る』ためじゃない。となると……『見る』ため……)
何を、と疑問に思う必要はなかった。
誰かが乗ることを前提に木材で格子を張っている以上、答えなど一つしか無かったからだ。
と、すると。
「待って……シラ、ちょっと待って!! 一回こっちまで戻ってきて!! 何だか凄く嫌な予感がするから!!」
「あによ? 別に怖い事は無かったんだし、今更戻る理由がわかんない。まさか、ここまで来て見えない何かにビビってんの?」
「違うって!! べっ、別にビビってなんかないから早く!!」
必死に訴えかけるものの、シラはまるで『馬鹿馬鹿しい』とでも言わんばかりの溜め息を吐くと、踵を返して更に奥へ進もうとしていた。
焦りからか思考がどんどん狭まっていき、グレイの頭の中は回転させても『ヤバい』という三文字の言葉しか出てこなくなって来た。
だらだらだらだら、と頬に汗を伝わせていくごとに、グレイは冷静さを欠いていく。
そして、短い時間の間に色々とテンパった末に、
「待ってって言ってんでしょうがァァァあああああああああああああああ!!」
ザサアッ!! と、もう電光石火の勢いでグレイは一陣の風と化し、進行方向上にあった『穴』を無視してシラの元へと急行する。
……と、ここで悲劇は三つほどあった。
一つ目は、経緯がどうであれグレイもシラと同じく『穴』を無視して『プクリンのギルド』に入ろうとした事。
二つ目は、鬼気迫るかのような形相で迫るグレイに驚いたシラが、咄嗟に横方向へ回避するため動いた事。
三つ目は、地を伝う音か何かからシラが無断で侵入しようとしている事に感付いた第三者が、子供のように高い声で何かを喋り散らしながら、前後左右の何処でも無い方向から真っ直ぐシラに接近していた事。
そして、負のミラクルが起きた。
ずむっ!! と。
直後に、地中から出現したポケモンの頭部が、『穴』を飛び越えてシラの居た場所へ急行したグレイの腹部にクリーンヒットし、電光石火の勢いで急行したグレイの体がへの字に折れ曲がりながら縦回転――そのまま地下へ続いていると思われる梯子が通った『穴』の中へとチップイン。
ゴッ!! メキッ!! ガンガンガンッ!! と、途中で梯子に引っ掛かっているのか何度も鈍い音が炸裂する。
「「…………」」
何とも気まずい空気が流れ、シラだけではなく地中から現れたそのポケモン――ディグダと呼ばれる種族の何者かも、少しの間押し黙っていたが、
「来訪者発見!! 来訪者発見!!」
「全力でスルーしやがった!?」
12
そんなこんなで御用なのだった。
この『プクリンのギルド』にて働いているらしいポケモン達に囲まれ、どうやら『親方様』と呼ばれているポケモンが居るらしい部屋へ連行されながら、シラは(虫の巣に顔を突っ込んだ後のような状態の)グレイに向けてジト目で囁いた。
「……こんな展開になるとか、あたし聞いてないんだけど」
「一応弁解させてもらうけど、話を聞かずに進んだシラが悪いんだからね!? 僕は悪くない!!」
半ば涙声になりながらもグレイは反論する。
冷静に考えてみればどちらにも過失は存在するのだが、どちらが悪かろうが何だろうが『プクリンのギルド』側のポケモンからすれば『無断侵入者』に対しての『当然の措置』を施しているのに過ぎないらしく、問題が一点に集中している以上はどちらが悪いかなど関係無いのであった。
何やらこの『プクリンのギルド』の中でも高い立場にいるらしい――『顔面が音符の形になっている鳥』と形容するのが尤も適している姿をしているポケモン――ペラップは、地下二階に存在する一つの扉の前までシラとグレイを誘導すると、二匹を取り囲んでいたポケモン達に『戻っていいよ』と告げ、その次に問いを出してきた。
「……で、オマエたちは何者なんだ? 見たところ怪しい者では無いようだが、わざわざ警備をスルーした理由が知りたいんだが」
言葉では優しい風に接しているが、その目は明らかに疑心を含んだ物だとグレイは察する。
最低限でも信頼を得るためには、正直に事情を語った方が手っ取り早いと判断し、彼は開口一番から自己紹介をする事にした。
シラも流れを汲んだのか、自身が元々は人間だったという限り無く信じ難い情報だけを除き、きちんと説明してくれた。
信じてくれるかどうかはともかく必要な情報を語り終えると、ペラップは軽く溜め息を吐いて、
「……なるほどな。こればっかりはこちら側の過失と言っていい。本来ならあの『足型確認の穴』で確認を取るまで鉄柵が入り口を塞いでいたのだが……今、ちょうど諸事情で鉄柵が壊れていてな。仕方なくあのような開放状態になっていたのだ」
どうやら、こちらもこちらで事情があったらしい。
一応、事情を知らないポケモンのために立て札を設置する予定があったらしいが、
「肝心の立て札を作ろうにも、先日は自然災害の影響か猛烈な嵐が吹いていただろう? アレの所為で、とても木材を調達するために外出する事は出来なかったのだ。そして、嵐が吹き止んで今日……木材を調達させ、即興で立て札を作っていたのだが……」
「……まだ完成していない所でやって来たのが僕等、と。僕等以外にもここに来るポケモンは居たと思うんだけど……みんなあの『穴』の上に立ってんですか?」
「立っていないポケモンも居るには居たが、比率としては少ない方だと聞いている。そして、立たなかったポケモンに関しては見張り番にも『来訪者』として扱うように指示していた。事実としてオマエたちは『侵入者』とか聞こえの悪い扱いは受けなかっただろう?」
言われて思い出せば、地中から現れたあのポケモンは開口一番に『侵入者』ではなく『来訪者』を発見した、と言っていた。
手間こそかかるが、一度話し合いが出来る場に移る事が出来れば『扱い』を決める事が出来る。
そう考えての判断だったらしい。
グレイもそこまで聞けば、事情に納得を得る事は出来ていた。
(……鉄柵が『壊れる』って、いったいどんな事が起きたらそうなるのよ……)
尤も、シラは違う方向へ疑心を抱いていて、警備の一件などは割りとどうでも良いと思っていたのだが。
そんな事などいざ知らず、会話は本題へと移っていく。
「改めて、こちらも自己紹介しようか。ワタシはペラップのローディ。ここら辺では一番の情報通であり、このギルドの長を勤めるお方……プクリン親方の一番の子分だ。オマエたち、今回は何の用でこのギルドへ足を運んだんだい?」
(……情報通……)
シラは一瞬、ペラップ改めローディの自己紹介に混じっていた単語に対して疑心を浮かべたが、彼女が口を開く前にグレイが当初の目的を簡潔に話す。
「僕たち、探検隊になりたくて……ここでその修行をするために来たんです」
「えっ」
すると、ローディは突然後ろに振り向いて、何かを呟き始めた。
「……今時珍しい子だよ。よりにもよって『このギルド』を修行の場に選ぶだなんて…………あんな厳しい修行はとても耐えられないだと言って脱走するポケモンだって跡を絶たないというのに……」
どうやら聞こえないように自らの右翼で嘴を覆いながら呟いているようだが、残念なことに全てダダ漏れだったりする。
隠し事や嘘を吐くのが苦手なタイプなのかな? と適当な印象を抱くグレイだが、その背中から漂う気苦労感マックスの雰囲気から、余計な事を口走ろうとは思えなかった。
が、一方でシラはそんなグレイの心境も、ローディの心境も考えぬままこう言った。
「心の声がダダ漏れなんだけど。ここの修行ってそんなに厳しいの?」
「しぃーっ!!」
空気を読まずに事実を告げたシラの口を、何処となくツッコミ染みた怒声で封じようとするグレイ。
ローディはローディで『ハッ!!』と自身の言葉が漏れている事に気付くと、何故か翼を羽ばたかせながら、
「そ、そそそんな事は無いよ!! ここの修行はとっても楽チン!! そっかー♪ 探検隊になりたかったんだねー♪ それなら早く言ってくれれば良かったのにー♪ フッフッフッフッフッ♪」
十秒前の三倍か四倍の早口に、急旋回で勧誘スマイル全開な態度。
何というか、聞いている側としても居た堪れなくなりそうなので、グレイもグレイで『あれ? これ弟子入りするギルドを間違えたんじゃ?』などと内心で呟いてしまっていた。
しかし、だからと言ってここで予定をキャンセルして『別のギルド』を探すというのも、これまた苦難の蔓延る道のりにシラを巻き込む形になってしまうので。
「……うん、とりあえず厳しかろうが何でもいいので、弟子入りしてもいいんですか? ダメなんですか?」
「良いに決まってるさ!! このギルドは来る者拒まず去る者ゆるさ…………とにかく、キミたちのようなポケモンは大歓迎のスタイルで運営されているからねっ!!」
ははははー★ と、もうあんまり言及したくないキラキラボイスと勧誘スマイルには、グレイもシラも軽くドン引きしていた。
ここまでやらなければならない程に、手が足りていないのか――あるいは別の思惑があっての事かは知らないが、これからこのポケモンと真正面から付き合っていけるのかどうかについては不安さえ覚え始めていた。
「さぁさぁ!! 探検隊になるって言うんなら『チーム』を作らないとね!! ちょうど親方様の部屋が近くにあるし、さっさと事を済ませちゃおうか♪」
「とりあえずアンタはその下心丸見えなスマイルを止めた方が……」
「余計な事は言わなくていいからっ!!」
と、何やかんやでペラップの誘導に従い、地下室である事にも関わらず芝生な床を歩いていく。
その途中で、グレイは地下室のある一点に視線を向けた。
「……ん? ここって地下なんだよね。どうして外の景色が……」
「ここが大きな崖の『内部』に造られたギルドだからさ。地下なのにも関わらず、日光が入り込んでいるだろう?」
「なるほど。こういう構造もあるんだ……」
「まぁ、ここは『そういう』場所だと思えばいい……と、そこが親方様の部屋だ」
会話をしながらも、グレイとシラは木の板に赤色で特徴的な模様が描かれている扉の前まで辿り着く。
ギルドの長であるポケモンが、この扉の向こう側に居るのだろう。
「くれぐれも……くれぐれも粗相の無いようにな?」
本当に、自分自身も用心するかのようにローディは告げてから、扉の向こう側へ届くように声を放つ。
「親方様。ローディです♪ 入ります」
そう言ってローディは自らの翼で扉をこじ開ける。
その一瞬、翼が鈍く光ったように見えたが――その正体までを理解する事は出来ず、シラとグレイはローディに着いて行く形で入室する。
室内はさして豪勢というわけでも無いが、隅の方には探検隊としての経歴をそのまま表しているかのような宝物の海が宝箱の中に収められているのが見えていて、他にも綺麗な花が所処に植えられていたりと、インテリアの部分で手が施されている面が強く感じられた。
そして、その部屋の中にはピンク色のポケモンが背中を見せる形で居座っている。
(……このポケモンが……あの有名な探険家……)
「親方様。こちらが今回新しく『弟子入り』を希望している者たちです」
ローディがギルドの長――プクリンに対して丁寧な敬語で話しかける。
が、何故か反応が無く、ローディも『親方様? あの、親方様……?』と疑問形の言葉を漏らす。
(……ねぇ、まさか寝ているなんて事は無いわよね?)
(……さぁ……)
反応があったのは、更に数秒が経った頃――ローディがプクリンの顔を覗き込もうとした時だった。
「やあっ!!」
「うわっ!?」
プクリンは突如としてシラやグレイの方を振り向くと、初見の相手に対して向ける言葉(にしてはやけに気合が入っている)を勢いよく言い放ち、何も問いを出していないにも関わらず自己紹介を始め出した。
何処となく勢いで誤魔化そうとしているように見えなくも無いが、その顔は気持ちよく眠った後のように清々しい物になっていたため、場に居たプクリン以外の全員が事情を察してしまった。
ああ、寝ボケてたんだな、と。
「僕はプクリンのバニラ!! このギルドの親方だよ?」
何故に疑問形!? と思わず口走りそうになるグレイだったが、ローディから『粗相の無いように』と釘を押された直後に失礼な事は言うまいと、ツッコミたい気持ちを押さえ込む。
「えーっと、探検隊になりたいんだって? それじゃあ一緒に頑張るためにも、とりあえず『チーム』の名前を登録しないとね!! 君達二人の『チーム』はどんな名前にする? 6文字以内でお願い!!」
「……あっ」
「? グレイ、どうし……」
プクリン改めバニラから『チームの名前』という単語を聞いた途端にグレイが呆けた声を漏らしたので、シラは思わず疑問を口にしようとしたが――その途中で、事情を察した。
「……まさかアンタ、あんなに探検隊の事を熱弁してながら、決めてなかったの? チームの名前」
「仕方無いじゃないか!! 元々は誰かと組めるなんて考えてもなかった事だし、たった今思いついたのだってロクな物じゃないよ!!」
「ちなみにどんなの?」
「ポケダンズ」
「壊滅的にネーミングセンス無いわねアンタ」
無情に思った事を告げるとグレイがいじけ始めたので、シラは仕方なくチームとしての名前を決める事にした。
頼るのは未明の『記憶』ではなく、単語とその意味が記された『知識』の方なので比較的苦労はしない――とシラは思っていたのだが、いざ決めようとなると候補が多くて迷いが生じる。
花の名前。
宝石の名前。
武器の名前など、『名付け』に使われるキーワードとしては大体その辺りが有名だが、それぞれの名前に込められた意味もまた重要な要素であり、無視出来ない物であるからだ。
(グレイの性格を考えても、あたし自身の事を考えても……意欲的になれる物がいいわよね)
「……『アズライト』……」
「? それって何の名前?」
「……あたし自身も見た覚えが無いけど、石言葉は『成長』らしい宝石の事よ」
「へぇ……」
シラが呟いたその宝石の名と石言葉にはグレイも好感を持てたのか、思いのほか関心するような声が返って来た。
やはり探検家を目指しているのもあって、宝石も好みの一つだったりするのだろうか。
「うん、僕はあんまり『意味のある言葉』を知っているわけじゃないし、シラの案に賛同しようと思うよ。何となく、良いイメージが湧くし」
「そう……それなら決まりね」
シラは改めて、宣言するようにプクリンのバニラに向けて言う。
「あたし達のチーム名は『アズライト』でお願い……します」
「『アズライト』で決まりだね。うん、じゃあ『登録』するよ」
すると、突然バニラは『今から大声出しまーす!!』とでも言わんばかりに息を吸い込み始めた。
何となく次に起きる事を察したので、シラとグレイは咄嗟に両耳を塞ごうとしたのだが、
「耳を塞ぐだけじゃ足りない!! 親方様の正面から離れて!!」
疑問の声を挟む暇など無かった。
直後に、大声というか猛烈な空気圧のような何かが迫ってき
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『彼』の意識は明滅していた。
自分自身が何に倒れ込んでいるのか、その実感さえも曖昧になっていた。
肌には冷たさが伝わっているが、具体的な一例を挙げようにも思考が定まらず、瞳を開けても暫くの間は視界がぼやけて見えていた。
「…………っ」
ここは何処だ。
自分は何者で、何が起きて『こうなった』のか。
そういった疑問の内、前者に関しては明確だったが、後者については解ることもあるが解らないこともある――という曖昧な物だった。
だが、その上で『彼』は他に優先するべき事があり、今は余計に事態を混同させるべきでは無いと判断し、状況の分析を開始していた。
自らの腕を支えに起き上がり周囲を視回すと、自分以外のポケモンの姿が一匹だけ見えていた。
全体的に紫色の体をしていて、その両目は何らかの形で取り込んだらしい宝石の形になっている、その人型のポケモンの種族としての名はヤミラミと言い、現在『彼』と協力の関係にあるポケモンの一匹だった。
それ以外には夜空から挿す月の光と闇に、幾つか聳え立つ木々の群れしか見えない。
ふと集中して周囲の音からポケモンの気配を感じ取ろうとしてみたが、やはり目立った変化は無く。
総合的に、現在の状況を『彼』はこう判断した。
逸れたな、と。
(……前途多難だな……『この場所』に着いたのは、俺とコイツだけのようだし)
「……おい、大丈夫か? しっかりしろ」
気を失って倒れているヤミラミに近付き、軽く揺らして目覚めを促してみると、少ししてヤミラミは呻く声と共に意識を取り戻した。
「……ここ、は……くっ……」
「無理をするな。まだ戦闘での傷が癒えていないだろ?」
「……俺は『じこさいせい』が使えるから大丈夫だ。それよりも……」
痛みに耐えながら、ヤミラミはそんな事はどうでもいいといった調子で『彼』に問いを出した。
「……あのお方は?」
「少なくとも、この辺りにはいないらしい。世界の何処かにいるとは思うんだが、安否までは解らん」
「……くっ。あのお方の事だから無事に『超えられた』と思いたいが……」
「アイツの事だから大丈夫だろう。今は状況を確認し、最低限でもいいから動く事から始めるぞ」
「ああ……解ってる。やるべき事は解ってるんだ。だけど……あのお方の実力を知っていても、どうしても……不安を拭えなくてな……」
「……それでも、やるんだ。今ここで動かなかったら、その最低限の可能性さえ潰されるぞ」
状況に困惑して。
事情に歯噛みをして。
自らの力でもって自らの体を治療しながら、ヤミラミは『彼』に向けてこう言った。
「……解った……ジュプトル。とにかく、やれる事からやっていこう……」
そう呼ばれた、全体的に緑色のトカゲ染みた輪郭に、体の各部位から短かったり長かったりする葉っぱを生やしているそのポケモン――ジュプトルは、さも当然のように一言で応じる。
夜の帳は、まだ明けそうに無かった。