どうも、緊急措置って対価が馬鹿になりません。
「ねぇねぇ、ちょっと気になったんだけどさ」
……グル?
「君ってさ、何か夢とかあるの? ほら、いつか果たしてみたい事とか、成し遂げてみたい事とか、なってみたいものとか……」
……グルルゥ……。
「……あはは、そうだった。君の言葉を分かってあげる事が出来ないから、こんな事を聞いても答えは出ないよね」
……グル、グルゥ。
「不思議だよね。君の言葉を分かる事は出来ないのに、君は僕の言葉を分かれるんだもん」
……グルルゥ、グォゥル。
「え? 僕の夢は何なんだって? そりゃあ、決まってるよ」
……グルゥ?
「僕はね……」
とある一人と一匹の、ちょっとした小話。
その、断片。
◆ ◆ ◆ ◆
さて、現代社会の世の中には欠かせない住居と聞いて、普通ならば何を想像出来るだろうか?
やはり、無難に自分の好みに合わせた一軒屋?
――それを建ててもらっても余裕があるレベルの金を所持していない。
狭くて機能も高いとは言えなくとも、家賃の安定するアパート?
――空き巣やら放火魔に目を付けられたりしたらどうするんだ。
多少値は張れど、割と高めのセキュリティと住機能を有するマンション?
――ぶっちゃけた話、地震とかの災害が来たら無理だろ。
……結局のところ、第一に『お金が無い』という一点の問題を抱えている者にとって、そんな有数の選択肢なんて夢のまた夢なのかもしれない。
ローンでも組んで毎月お金を振り込んで過ごす、というのが普通であるのだろうが、そもそもお金を稼ぎたいヤツにも『出来る仕事』が見つからないのならどうしようも無いわけで。
一人の女の子を匿えるだけの家も持たず、一般的に職と言えるような職も無く、社会的なステータスが何も無いドラゴンさんが見ず知らずの女の子と一緒に押し入っても問題無いような場所と言えば、知人の住居ぐらいしか無いのだった。
「……で、他者からの第一印象とかを恐れて警察にも病院にも取り合う事が出来なかった結果、こうして面倒を押し付けにあたしの家に来たわけだ」
尻尾の先に紅い炎を灯し全身焦げているわけでもないのに真っ黒なドラゴン――世間では『リザードン』と呼ばれる種族の中でも『色違い』である彼、ブレアは真正面で仁王立ちしている相手に対して頭を上げられない。
現在進行形で彼が土下座を決行している相手は人間ではなく、人間のように二足歩行に適した骨格を保ちながら、これまた人間とは違い頭部に赤色のトサカのような物が生えていて、腹部にはドラゴンが持つような蛇腹が生じていて、下半身はズボンのような形状の黄色く厚い『皮』に覆われた――『ズルズキン』と呼ばれる種族の、タツカワという名の者だった。
彼等――人間とは違う不思議なモンスター達の事を、人間の社会では『ポケットモンスター』……通称ポケモンと呼んでおり、それ自体は本人とも言える彼等にとっても周知の話である。
都会にて数多く在るマンションの中の一室――その玄関前にて、ズルズキンのタツカワは、両腕を組んでブレアの方へ呆れた風な視線を向けながら、
「あのさぁ。そりゃあ事情が事情だからアタシとしても見過ごせなくなったけどさ? いくら何でも、後ろのベランダの窓を割って入ってくるってのはどうかと思うのよ。一応誰かに襲撃される時の備えとして防弾性能も高いものにしてたのに、それすら引き裂いて押し入ってくるとか何なの? この場で現行犯逮捕でもされたかったの?」
「……い、いやぁ……だってあの子、海水とか飲んじゃってる上に海流に流されていた時間も短くなかった所為か、肉体的にも精神的にも疲労してたっぽいんだぜ? 緊急時の処置については人道的にもある程度譲歩されるはずだし、あの海域から近い街に居る知り合いって言えばお前しか居なかったわけで……」
「大人しく病院に行っていれば良かったのに。何を思ってアタシん家に来たんだかねぇ……」
ちなみに、二人――というより二匹の種族的な体格の差は、身長や体重の両面においてもリザードンのブレアの方が上であるのだが……立場で言えば完全にブレアの方がタツカワよりも『下』だった。
それでも、せめてもの願いとでも言わんばかりの目で彼は問う。
「……『あの子』は大丈夫なのか?」
「大丈夫、ではないだろうねぇ」
タツカワは当たり前の事を告げるような調子で、背後の方へと指を指しながら、
「まず、命に関しては既に問題無いようにしてる。心肺蘇生に人工呼吸とか、その他色々と処置は行ったからねぇ……ただ」
「やっぱり、何か後遺症でも残ってるのか」
「詳しい事は知らんが、何かで頭を強く打ったらしくてね。海流に流された際のダメージだけじゃなく、そもそも海流に流される『前』が関連してるらしいよ。おかげで意識が戻るのにもうちょっと掛かりそうだ」
それを聞いたブレアの表情が、後悔の色を含んで歪む。
そして、タツカワはそもそもの疑問点に問いを出した。
「そもそもアンタ、あんな惨状の女の子をどこで拾ったんだい? ただ適当に空を飛んでいて、偶然にも海流の中でもがき苦しんでいる声を聞き取った、なんて都合の良い話じゃないんだろう」
「…………」
「アンタは間違い無く、あの子が『海に落ちた瞬間』を目撃していたか、あるいはまだ水面上に顔だけでも浮かんでいられた時を目撃出来るような場所に居た。人間って空気も無いまま水中に居ると、一分も経たずに溺死しちまうだろうから……まぁ、海流に流されて『落ちる前の場所』からそれなりに離れた所でやっと救助出来たって所かな?」
「……まぁ、それで大体合ってるんだけどさ。これに関しては正直俺も詳しい理由を知っているわけじゃない。『あの子』が落ちる……というより吹き飛ばされる場面を目撃出来た事は偶然だし、そもそも何が『原因』なのかは……『あの子』の意識が戻ってからにしようと思ってるんだ」
せめて作った笑みを維持しようとする彼を見て、タツカワは浅く溜め息を吐く。
実際、事件の被害者という立場であるのは間違いない子供に問いを出し、それによって獲得した情報を元に推理、考察して事件の元凶を探るのは間違った判断でも無い。
だが、その言葉に秘められた感情には、薄くは無い後悔の色が見える。
タツカワは、それを察する事が出来る者でもあった。
だから、深く問い詰めようとはしなかった。
だけど。
「……それで、今更なんだけどアンタこれからどうすんの?」
「え? どうするのって……いや、何が?」
「『あの子』をアタシの家に預けて、更に意識が戻るのを確認してから行動するって言ったわけだけど。それまでの間、アンタ何処に居るつもりなの? まさかこんなマネをしでかしておいて、黙って見逃すタツカワさんだとは思ってないよね?」
「……え、え〜っと……その……」
割とガチで刑務所でカツ丼なビジョンが見えて、黒い顔を思わず青くしたブレアは、
「……アナタ様のお家に一時的にお世話になっても良いですか?」
思わず敬語で言ったブレアを見て、タツカワはしばし無言になる。
切実な状態のブレアは、その意図を掴むことが出来ずに私情を言いたくっている。
「いやだって、いくら俺でも体温だけでこのびしょ濡れな体を乾燥させるのは無理があるわけで、つまる所バスタオルか何かで体を拭かせてほしいわけですよ。ほら、俺達『ほのお』タイプって水浴びとかしちゃうだけでもヤバイし。俺とかマジで命に関わるし、ほらタツカワさんってそんなナリでも優しい方だし『かくとう』タイプらしい正義の心をですね……」
そして、タツカワは無表情になると玄関のドアを無言で閉めた。
ドアの向こう側から、ドン!! ドン!! という打撃音と共に馬鹿野郎の言葉が聞こえて来る。
「おおう!! 待って待って!! 別に俺は好きでこんな事をしたわけじゃないし、人命救助のための措置はきちんとやったんだからベストな回答でしょ!? 何もご飯とかまで用意しろとは言ってません。せめて体を拭かせてもらうまでは行かずとも、助けた子供の安否が確認出来て、更に里親さえ見つかればオールオッケーなのでっす!!」
「帰れ」
「感情が無さ過ぎる!! そんな事出来るわけねぇだろこの冷血不良ズルズキン!! 融通の利かない機械のAIかお前は!! 目の前に救われぬ手があれば救いを差し伸べる、これ即ち世界のグローバルルールなのですよ!!」
「こんの、レア度と戦闘力だけの没落ポケモンが……本当にそうなら警察もヒーローも苦労しねぇっつぅんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ズパァァァァァァァァン!! と玄関のドアが細腕からは想像も付かない腕力で大きく開き、そしてドアの直撃を受けてペットボトルで作った即席ロケットのように吹っ飛ばされるブレア。
対して、ズルズキンのタツカワは両手を腰に当ててプンスカしながら、
「偉そうに言うのは勝手だけどね。アンタが切り裂いた窓ガラスの弁償代に、更に言えば『あの子』の里親が見つかるまでの間の食費。そういった諸々を全部アタシに押し付ける気か、コラ!? 最低限でもアンタにはちゃんと義務を果たしてもらいたいけど、それについても無職のアンタが!! どうやって!! 果たすべき責任と義務を執行するってんだ!? あぁん!?」
「ぐ、ぐるぶぅ……」
「ちょっとアンタこっちに来い!! 家には入れてやる。ただし暖かい歓迎があるなんて思うなよ。全身ロープで縛り付けた上、眼球に市販の安い炭酸水を垂れ流してやる!! レーティング2113こと『精密襲撃《クリティカルアサルト》』のタツカワさんを怒らせるとどうなるか、その身に刻み込んでくれるわ〜っ!!」
「ひっ、ひぃぎゃあああああああああああああああ!? そ、それは『ほのお』タイプにクリティカルヒットな100円ちょいで購入出来る拷問グッズ!? しかもパチパチ言ってる辺りスパーキング仕様で『ひこう』タイプな俺には倍以上のダメージが入ってしまうのでは〜っ!?」
やめてやめて、一つの攻撃に二つの属性とか聞いた事ないから〜っ!! と、そんなわけでタツカワが正式に『自分の家』として購入している一室の、更にちょっとした一室にて目元をしゅわしゅわと音を立てさせられるブレアだったが、何だかんだ言っても海水塗れで内部外部問わず酷い惨状となっていた少女を見捨てるわけにもいかず、制裁用の処置を施した後にタツカワはブレアが救助した少女を保護している寝室へと入る事にした。
本来ポケモンであるタツカワは、人間と違って法律的にも『衣類を着る』事に必要性こそ無いのだが、それでも文明の中で生きる以上、『並み』程度でもファッションには気を配ろうとする意識は持った方が良いのだと経験から知っている。
よって、偶然にも体格に大した差も無い少女へ着せるための衣服は、少しではあるが保有しているのであった。
(……それにしても……)
部屋に入り、少女の容姿を確認してみる。
今でこそ濡れた衣服を脱がせて毛布に身を包ませているが、元々着ていた衣服の内容は何処かのパーティーにでも着ていくような、機能性よりは外観を重視したピンク色のドレスだった。
髪は黒く、伸ばす方針にしているのか背中の方まで普通に届く長さだ。
身長や体重などから察しても、恐らくは10歳にも満たない幼子であるのは間違いない。
(良いとこのボンボンだったのかねぇ。まぁ、この子もそうだが『そういう人物』の集まる場にはお金も集い、同時にそれは犯罪者を呼び込むエサになる、か……)
海水に浸って体を冷やされていた所為か、少女は高熱を発症していた。
濡れたタオルを額に乗せ、布団に横にさせているのはそういう理由である。
(聞き込みを行いたい所だが、この様子だとまだ時間は掛かるだろうねぇ)
一応死に至らしめる状況を脱してはいるが、まだ幼子の体には厳しいダメージを負っている事に変わりは無く、意識が戻るには本人の気力次第としか言いようが無い。
そして、タツカワが少女の看病を担っている一方、その背から生えている翼ごとロープで拘束されたブレアは、割とマジで涙目になりながら、『こうなる前』の出来事を思い出していた。
「…………痛ってぇわマジで…………」
時は、数時間以上ほど前にまで遡る。
それは、実際のところ偶然の遭遇だった。