第6章 『調和と混沌』
第5話

「……」

リーナ
「……」


あれから既に数ヵ月の時が流れました。
私は変わらずリーナ師匠に師事しており、今も稽古の真っ最中。
私達は互いに構えたまま、前に差し出している左手を交差させて沈黙していた…

場には風の音だけが聞こえ、私達は互いの隙を見切る為に全身から気を張り巡らせる。
そして私は弟子としてあくまで先に動いてみせた。



「ふっ!」

リーナ
「……」


私は一瞬で踏み込み、右拳で師匠の顔面を狙う。
しかし師匠はそれを読んでいた為、ほんの少し体をズラして私の左肩を指で押した。
すると…私の体はいとも容易く宙を舞ってしまう。
そして師匠は右足をそっと前に出し、逆さまになった私の頭部を支え、その場で留めてみせた…

残念ながら、これが今の力量差だ…



………………………




「はぁ…はぁ…」

リーナ
「まだまだ動きに無駄が多いわ、型は綺麗やけど丁寧すぎるな〜」


ほぼ過去に老師から言われた事をそのまま言われる。
つまり、その頃から私は殆ど成長していないという事なのでしょう…
平和な世に慣れすぎてしまったせいもあるのかも…



(ですが、やはり師匠の動きは老師に良く似ている!)


特に無駄の全く無い動きで体を捌き、かつ動く時は流麗…
必要最小限の力で最大の効果を引き出す技法は老師も良くやっていた技法です。
いえ、むしろリーナ師匠の方がより洗練された動きとも感じ取れます!

恐らく、師匠は老師の全盛期よりも強い…!


リーナ
「あれから3ヶ月でコレか…まぁ基礎はよう出来とる」
「せやけど、アンタにはやっぱ決定的に足らんモンがあるわ」


「!? 決定的に…足りない物?」


師匠はうむ!とワザとらしく大袈裟に頷く。
そして顎に手を当て、師匠は演技っぽくこう私に告げた…


リーナ
「とりあえず、基本の心・技・体は合格点や」
「せやけど、そこから派生する応用系の四法(しほう)がひとつ足らん!」


「!?」


私はそれを言われて体をビクつかせる。
途端に、過去に老師から言われた事を私は思い出してしまった…



………………………



あれは、私が老師からZクリスタルを伝授された直後の事です。
その時、老師は私だけにある重要な事を確かに告げていました…



「老師…私に本当に出来るでしょうか?」


「必ず出来ます、その為の心・技・体はちゃんと身に付きました」
「ですが、ここまでの修行は瞳さんには駆け足過ぎたのも事実…」
「それだけに、全ての四法を仕込めなかった私の寿命を呪います…」


老師は本当に悔しそうな顔でそう呟く。
確かに、もっと時間があるのであれば私も納得いくまで師事したかったものです。
しかし、四法…とは一体?
少なくとも、今までの稽古で聞いた事は無い教えですが…



「…老師、四法とは?」


「清山拳において、最も重用とされる4つの心得です」
「過去に、地水火風の心得を教えた事を覚えていますか?」


「はい…それぞれの属性において、4すくみとなる清山拳の基本の事ですね?」


老師はコクリと頷く。
そして老師はそれを確認した上で、やや厳しい顔で私にこう言った。



「瞳さん…四法とは、その地水火風から成り立つ風林火山の技法の事なのです」


「風林…火山!?」


「風の如く、形無く自由に駆け」
「林の如く、心静かに優しく揺蕩い(たゆたい)」
「火の如く、熱く激しく燃え盛り」
「そして山の如く、大いなる大地の一部となりて立つ…」


それは聞いた事の無い教えでした。
恐らく、麗さんや包さんも知らない教えでしょう。
そんな重要な教えを、何故今になって私だけに?



「本来、この四法は地水火風の心得を習得していれば、いずれ自然と身に付く技法でもあるのです」


「自然と…? それでは、今の私にも?」


「はい…少なくとも、内3つは身に付いているでしょう」


3つ…まで?
しかし、それでは残りひとつが今の私には身に付いていない…と?



「瞳さんは、山以外の3つなら何とか…という所ですか」
「対して麗は林以外なら、包なら風以外…ですかな」
「しかし、先程も言いましたがこの四法は鍛練を続けていれば自然と身に付く物」
「今は足りぬとも、きっと皆いつか身に付きましょう♪」


「…老師は、それが身に付くのにどれ程?」


「ほっほっほ…私は弟子の3人程、優秀ではありませんでしたので」
「全ての四法が身に付いたのは、もう40を過ぎた辺りでしたかな…」


私はそれを聞いて絶句する。
老師でさえそれだけ時間のかかる技法なのだ。
いや、それでも私達は既に3つを修得している。
それなら残りひとつも…?



「この四法とは、最後のひとつがとにかく厄介でしてな」
「3つまでならすぐでも、残りのひとつは果てしなく遠いのです」


「それは、何故です?」


「では、簡単な問題を出しましょうか?」
「炎で水に抜群を突く事は出来ますか?」


私はまたまた絶句する。
そして、改めて地水火風の存在を思い出した。
更にそこから発展する四法とは…つまり。



「四法とは、まさか地水火風全てを内包した技法だと?」


「正解です♪ ですので…四法全てを修得するというのは、全ての属性における『気』をその身に宿さねばなりません」
「歴代の伝承者でも、その全てを身に付けるのには途方も無い時間がかかったと伝えられています」
「中には、次代に伝承した後身に付いた物も多い程に…」



………………………




「四法……私には、山が足りない」

リーナ
「何や、自分で気付いとったんかいな?」
「まぁ、そやな〜…たかだか数ヵ月で身に付かせるのはそら無理な相談やしなぁ」
「ウチかて身に付いたんは30過ぎてからやし、本来ならもっと時間かかるはずや!」
「…氷華のアホは12で修得しよったけど!」


私は呆れて物も言えなかった。
やっぱりこの方はとんでもない人なのだ。
自称、優秀ではないと仰られた老師ですら40を過ぎてからだと言うのに…
私は…本当にそれが身に付くのでしょうか?
いえ、師匠が教えてくださるのなら…きっと!



「…そういえば、鳳凰清拳の極意にも風林火山の四法が存在するのですか?」

リーナ
「そういえば、そっちも同じなんか?」
「おっかしぃな〜、これウチが勝手に考えた技法やで?」
「たまたまか?」


私はそれを聞いてギョッとする。
まさか、鳳凰清拳の創始者であるリーナ師匠が考案した技法だとは…
私はここで更なる疑問が浮かぶも、今は置いておく事にした。
何故清山拳の極意と共通するのかは確かに謎ですが、むしろコレは純粋に好機!
改めて私は、師匠に対してこう懇願した…



「師匠! どうか、私に残りの技法の修得方法をご教授ください!!」


私は土下座してそう頼む。
それを見た師匠はポリポリと頭を搔き、ダルそうにこう告げた。


リーナ
「さっきも言うたが、数ヵ月そこらで身に付くのは無茶や!」
「せやから、今からそこまで到達するにはそれなりの時間がかかる!」
「それは…最低限、覚悟しとるんやろな?」


「は、はい!! 時間がかかるのは承知の上!」
「ですが、それでも私は急いでそれを修得したいのです!!」


今も、家族の皆は戦っているかもしれない。
そんな中、私だけがいつまでもここで遅れる訳にはいかないのだから…!


リーナ
「…ええやろ、ほんならウチもそのつもりで稽古付けたる」
「言っとくけど、泣き言は聞かへんからな?」

リーナ
「はいっ! よろしくお願いします!!」


こうして、私は心新たに修行を取り組む事になった。
私に足りない唯一の四法、山の技法を必ず修得してみせます!



………………………



リーナ
「ええか、まず四法とは地水火風の融合が基本や」


「はい、私に足りないのは山…つまり、地の融合が不完全だという事ですね?」

リーナ
「ちゃう、正確には地と風や」
「アンタの場合、山以外の三法は身に付いとる…」
「即ち! 水・火、火・風、地・水! この反属融合は出来とるって事やな!」


成る程…私に出来てないのは地・風の反属融合。
四法に照らし合わせるなら…山と風、ですか。
私は試しに両拳を握り、腰の横に構えて目を瞑る。
そして呼吸を整えて、しっかりと両足を大地に根差した。
師匠は何も言わずに私の『型』を見てくれていますね。



(感じるのは風と地…そしてそれを気に融合させられれば!)


私は大地と大気に流れる気を同時に掴もうとする。
しかし、どれだけやっても手応えは感じなかった…
むしろ、逆に気が抜けていく様な…?


リーナ
「ほいそこまで! まだアンタには無理や!」


「…っ、基本をなぞるだけでは到達が難しい?」

リーナ
「基礎だけでやったら30〜40年はかかるで? アンタはそんなに時間無いんやろ?」


私は、はい…と力無く頷く。
師匠はそれを聞いて、はぁ…と息を吐き、腕を組んでこう言った。


リーナ
「2年我慢しぃ」


「…え?」

リーナ
「アンタの才能にも寄るやろけど、ウチが2年でそれを修得させたる!」
「ただし! 失敗したらそれで諦め…」


師匠はここで期限を明確に定めた。
そして、その2年という期間は…ある意味私の才能の限界。
それ以上はどれだけやっても、すぐには身に付かないという証明でもあるのでしょう。
ならば、私はやるだけです!



「お願いします! それで構いません!!」
「それで無理なら、きっぱり諦めてそのままの自分で戦い抜いてみせます!」

リーナ
「うむっ! ほんなら、しばらくは基礎の反復からや!」
「とりあえず酒買って来ぃ!!」


私は若干頭を抱えながらも、すぐに準備をした。
これも一応、体力強化の修行だと思えば…!



………………………



明海
「…あ!」

カーズ
「ようやく、形になったか…随分かかった物だな」


あれから数ヵ月、コツコツと特訓を続けて私はようやく『シャドーボール』を形に出来た。
私の両掌の上に渦巻くその黒い球体は、まさしくゴーストタイプの技!


明海
「…これで、ようやく次のステップに!」

カーズ
「そうだな…なら外に出るぞ、早速試射だ」


私ははい!と頷き、立ち上がってさっさと歩くコーチに続く。
若干ドキドキするも、私は少しだけ楽しく思えた。



………………………



カーズ
「何処でも良い、適当な木に狙いを付けて発射してみろ」

明海
「は、はい!」


私はもう1度最初からシャドーボールを練る。
すると私の両掌からそれは精製され、ひとまず形にはなった。
けど…私は思わず固まってしまう。


明海
「コ、コーチ! どうやって飛ばすんですか〜!?」

カーズ
「……普通に飛ばせ」


普通って何!? え、えっと…もうどうにでもなれ!!
私はこの際両手を真上に上げ、上から投げ付ける様にシャドーボールを放った。
しかし…ボールは明後日の方向に飛んで行き、虚空へと霧散する。
コーチはそれを見てため息を吐いていた。


カーズ
「あんな馬鹿げた撃ち方があるか…普通に飛ばせと言っただろう?」

明海
「だって、使った事の無い技の普通なんて知りませんよ〜!」


コーチは顔を押さえて首を振る。
そして軽く息を吐き、片手でシャドーボールを精製してみせた。
それをそのまま前に掲げ、ボールは真っ直ぐに高速で発射される。
私はそれを見て、おお〜!と耳を立たせて感激してしまった。


カーズ
「…たったこれだけの事だが?」

明海
「そっか…だったら私も!」


私は再びシャドーボールを練る。
そして今度はコーチと同じ様に両手を前に構えた。
すると…ボールはそのまま真下に落ちてしまう。


カーズ
「……何故そうなる?」

明海
「わ、解りません〜!!」


どうにも、私のシャドーボールはコーチの想定しているそれでは無かったらしい…
その後、どうやっても何をやっても…私のシャドーボールは真っ直ぐ飛ばせなかった。
というか、重力に全く逆らえないのだ!



………………………



カーズ
「……何をどうやったらシャドーボールが重力干渉を受けるんだ?」

明海
「でも、投擲なら出来る様になりましたよ!?」


私はそんな事を喜びながらも、シャドーボールを投げ付けてみせる。
命中率は全く無いけど!
とりあえず私はガッツポーズを取って嬉しそうな顔をした。


カーズ
「…まぁ、それもお前の個性だと割り切るか」
「とりあえず今日はここまでだ…明日からは、ピクニックに出るぞ?」

明海
「…はい?」


私は思わず聞き返してしまった。
それ位、コーチには似合わないであろう単語が出てきたのだ。
そしてコーチはもう1度こう言う…


カーズ
「ピクニック、だ」
「しばらくは平和なままだし、明日は店を閉めて4人で山に向かう」
「そこで気分転換も兼ねて、別のトレーニングをする予定だ」

明海
「そ、そうですか…だったら、教子と毬子にも伝えておかないと」

カーズ
「その辺は任せる、時間は朝6時に出発だ」


そう言ってコーチはひとりで旅館に戻る。
もう日が落ちてきてる…大分熱中してたみたいね。
とりあえず、私にも新しい技が増えた!
この調子で、もっともっと強くなろう!



………………………



毬子
「ピクニックとか、初めてだね〜♪」

教子
「確かに! いっつも働いてるイメージしかなかったから、何だか新鮮♪」


毬子と教子は嬉しそうに尻尾を振りながら歩く。
先頭を歩くコーチは荷物を全てひとりで背負い、私はその隣で思わず微笑んでいた。


カーズ
「………」

明海
「ふふ、ふたりとも楽しそう♪」

カーズ
「…その為の企画だ、そうでなくては意味が無い」
「しかし…初めて、か」


コーチは少しだけ寂しそうな顔をする。
私は少し、自分達の境遇を思い出した。
産まれた世界でも旅館やってて、城では世界から隔絶された中メイドをやっていたもんね…
そして聖様の世界では、人間に混じって喫茶店の店員をやってた。
思ってみれば…私達は殆ど遊ぶ事も知らないんだよね〜


明海
「正直、こんな風に遊びに出られる事自体…今まで無かったんですよね」

カーズ
「……そうか」


コーチは深く聞いてこない。
この人はそういう人なのだ…口数は少ないけど、とても暖かい心の持ち主。
きっと、私達の事を心配してくれているからあんな顔をしたのだろう。
それが何となく解ると、私はまた笑みが溢れた。


明海
「…ハルっち、今頃は何処にいるのかなぁ?」


私はポカポカと陽気な太陽を見上げて目を細める。
そしてここにはいないもうひとりの家族を思い浮かべた。
きっと今もあの娘は、聖様の事を愛して頑張っているのだろう。
だから私も…頑張らないと!


カーズ
「…あまり思い詰めるなよ?」

明海
「え? 何をですか?」

カーズ
「…今までロクに戦闘をやった事の無い奴がすぐに強くなるのは難しい」
「お前の場合は、特にだ…進化前の体だしな」


私は思わずハッとなる。
そして改めて自分の体を見た…
長い耳と尻尾…それが私、『オタチ』の特徴だ。
しかし種族の力としてみれば私の力は貧弱を通り越している。
ましてやレベルも段違いに低い…あれから訓練して強くはなっていると思うけど、それでも上の人達からすれば赤子にも等しいのだから…


明海
「…進化、かぁ」

カーズ
「手っ取り早い強化法のひとつではある」
「だが、お前の場合は特徴がガラリと変わるからな…全てがメリットとも言えん」

明海
「瞳は、自分が望むまで進化は出来なかったと言ってました」
「だったら私も、そうなのかも…」


コーチはその言葉に対して何も答えなかった。
なりたければ、なれ…って事なのかな?
だったら、私だって進化に意味はあるはず!


カーズ
(コイツ等は、俺達と良く似ている)
(自分よりも強い相手と相対した時、成長を加速度的に倍加させる事の出来る特異体質)
(恐らく、特異点に関わった物の特殊能力なのだろう…)



………………………



教子
「毬子、どう?」

毬子
「うん、美味しい! 教子の料理もレベル上がったよね〜♪」


ふたりは互いが作った料理を食べあって喜んでいた。
今は山の頂上付近の開けた場所で昼食を取っている。
暖かい日差しの中、やや冷たくも優しい風が私達を撫でていた…


明海
「どうですかお味は?」

カーズ
「…問題無い、上出来だ」


そう言ってコーチはファスナーを開けた口で食事を取っていく。
改めて見ても、ジュペッタって種族は特殊な身体構造だよね〜
コーチは色々観察してても不思議な人だ。
箸の使い方とかも慣れた手付きだし、現代的な文化の事も理解している。
過去に様々な世界を渡り歩いていたって事だし、私達とはそれだけ経験値が違うんだろうと如実に感じてしまう。

でも逆に言えば、それだけ学べる事も多い。



………………………



カーズ
「…よし、試しにアレを狙ってみろ」

明海
「…アレ?」


私はもう1度確認する。
コーチは無言で指をとある場所に指し、私はその先にある物を見て絶句した。
その先にあるのは1本の細い木であり、今私達が立っている場所からは別の山にある木だったのだ…


カーズ
「あの木だ、アレに命中させてみろ」
「そうだな…必中とまでは言わん、8割は当てれる様になれ」

明海
「は、8割〜!?」


私はオタチ特有の優れた視力でその木を注視する。
距離にして…多分約1q! あんな所までそもそも届かせるの〜!?
私は足元が崖下なのに軽く恐怖する。
間違って落ちたら…即死ね。


カーズ
「次のミッションはそれだ、出来るまで毎日朝から通え」
「店の作業は夜だけやると良い」


ま、毎日ここまで…?
歩くだけでも、4〜5時間はかかってるのに?


カーズ
「反論は聞かん、無理なら諦めれば良い」

明海
「!! や、やります! やってみせます!!」


私はそう言ってすぐにトレーニングに入った。
だけど、何度やっても私の投げ方じゃあの距離には届かない。
精々数10mしか射程距離が無かったのだ。
つまり、必然的に飛ばし方を変える必要がある…!


明海
(何度やっても、私は真っ直ぐ飛ばせなかった)


でも、今はそれが出来なきゃ話にならない!
私は強く念じ、一際大きなシャドーボールを作り出した。
そしてそれを前に掲げ、私は絶対に落とさない様にボールを目の前で維持し続ける。


カーズ
(あえて逆の発想か…だが)

明海
「…っ!」


バンッ!と大きな音をたて、私のシャドーボールは爆散してしまった。
どうやら、力の込めすぎでパンクしてしまったらしい…トホホ。


カーズ
「力を込めればそれだけ精度は下がる」
「お前のやり方は逆に成功から遠退くだけだ」


そう言ってコーチは指先ひとつで極小のシャドーボールを精製してみせた。
そしてコーチはそれをゆっくり前に向け、指先に力を集中させて高速で発射する。
それはまるでライフル弾の様な速さで飛んでいき、見事に1q先の木に命中させてしまった…
私は思わず唖然となり、改めてコーチの凄さを垣間見る。

同時に、私の考え方その物が変わった。


明海
「…大きくなくても、力を込めなくても、届かせる事は出来る」

カーズ
「この技は想像以上に繊細な技だ…使い方次第でこんな事も出来る」


コーチはそう言って右掌の上に標準サイズのシャドーボールを精製する。
コーチはそれを握り潰し、自らの手にゴーストのエネルギーを宿らせてみせた。
まるで『シャドークロー』みたいだけど、ちょっと違う。
シャドーハンド? みたいな?


カーズ
「これは、『物理型』シャドーボールの応用だ」

明海
「物理型…? シャドーボールって特殊技ですよね?」

カーズ
「一般的にはな…だが、物理技のシャドーボールは確かに存在する」
「この様にな…」


コーチはそう言って私の額にそのエネルギーを軽く当てる。
するとパァンッ!と破裂音に似た音が響き、私は一瞬視界が封じられる。
とはいえ全くダメージは無かった…まぁ、私ノーマルタイプだもんね〜


カーズ
「コイツの優れた点は、物理で非接触の技だと言う所だ」
「ただし、追加効果に関しては変わらない…その点だけはどうにもならんな」

明海
「そもそも第3世代までの仕様でも、何で特防ダウンだったのか意味不明でしたもんね!」


おっと…遂に私にもネタの神が!?
最近ネタがめっきり無くなってたから、いい加減やりたくなったのかな?


カーズ
「……とまぁ、その気になればこの技ひとつで戦術はいくらでも広がる」
「精々自分の頭で考えてみる事だ」


そう言ってコーチは背を向けてその場を去る。
私はひとりでもう少し特訓を続ける事にした。
…とはいえ、結局その日は殆ど成果が無かったけど。



………………………



明海
「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」


私は息を荒らげながらも訓練場の山を走る。
1日で出来る訓練時間は限られている為、少しでも時間を増やす為の体力作りだ。
とはいえ、私は元々殆ど運動はしてなかった。
今更鍛え始めた所で、果たして何処まで効果があるのか…?



………………………



明海
「っ!!」


私は小さく集中させたシャドーボールを精製出来る様に訓練する。
まだ私のレベルじゃコーチ程圧縮させる事は難しい。
でも、コーチは殆ど力を込めずにあの木を撃ち抜いてみせた。
私が本気でやれば、アレに近付く事は不可能じゃないはず!


明海
「…ダメ、何度やっても上手くいかない」


私は何度も何度も失敗を繰り返して項垂れる。
このシャドーボールという技のコントロールは、本当に繊細なのだと今更理解する。
櫻桃さんとかは何気無く使ってたけど、こんなにも単純に撃ち出すのが難しいだなんて…!


明海
「まだ100mも飛ばせてない…」


約1q…それは果てしなく遠い距離に思えた。
だけど、私は絶対に諦めないと自分に言い聞かせる。
瞳だって頑張ってる、私も頑張らないと!



………………………




「ふっ! はっ! ちぇあっ!!」

リーナ
「呼吸が悪い! ウチの呼吸にちゃんと合わせぇ!!」


師匠は軽く私の連撃を捌きながらそう叫ぶ。
直後、タイミングを外した私は宙を舞い、一回転して地上に叩き付けられた。



「…っ」

リーナ
「さっさと立つ! 時間は有限や!!」


あれから、半年…私は師匠との修行を続けていた。
曰く、基礎は常に積み重ねろとの事だけど…



(師匠の動きに合わせるだけなのに、こんなにもレベル差があるなんて…!)


私はまた構えながらも師匠を睨み付ける。
師匠は笑う事すらせず、真っ直ぐに私の目を見て息を吐いた。
そして師匠の動きに合わせて私は連撃を合わせる。
ある程度付いていけるものの、師匠が少しスピードを上げるだけで私は途端に付いていけなくなってしまうのだ…

もうこれだけを…3ヶ月続けている。



………………………



リーナ
「今日はここまで! 飯の準備せぇ!」


「は、はい!」


私はギシギシに痛む体を動かして夕食の準備をする。
日に日に師匠の厳しさは増していく。
私の体は毎日がボロボロだ。
でも、やればやる程自身のレベルが上がっていくのは理解出来る。
ハイレベル過ぎる師匠に無理矢理連れられ、強制的に引き上げられているかの様な感覚だ。

既に今の私は、過去の自分が見えなくなっているのを実感出来る。



(あの時と、何となく似ている)


私は鉄鍋を手にしながら過去の事を思い出す。
老師と修行をしていたあの時も、私は急激に強くなっているのを感じていた。
まるで今までの自分が影も残らないかの様に…



(つまり、私は確実に強くなっている…)


後1年半…その間に私は師匠に可能な限り追い付いてみせる!
結果、最後の四法が修得出来ずとも私はそれで戦い抜く。
少なくとも、それまでに自分が得た経験は決して無駄にはならないのだから…!



………………………



明海
「…!!」


私の指から放たれたシャドーボールは、300m程飛んだ所で霧散する。
あれから1年…ようやくここまでになれた。
コーチが見せてくれた圧縮型もようやく形になってる。
あれから射程距離はどんどん延びてる…あの木に命中させるのも、もう夢じゃないはず。


明海
(気が付いたら、体力も大分付いた)


私は自分の手足を見て感慨深くなる。
しっかりと筋肉も付き、旅館からここまで来るのにもう1時間もかからない位だ。
息が切れる事も少なくなったし、確実に自分が成長しているのを肌で感じられる。



………………………



明海
「…!!」

カーズ
「………」


旅館に戻ってからは、コーチと戦闘訓練。
半年を過ぎた辺りからコーチは急にそれをメニューに組み込んだのだ。
お陰で今の訓練メニューは更に苛烈な物になっていた…


明海
「ぐっ!!」

カーズ
「…今日はここまでだ、しっかりと体を休めておけ」


私は最後に投げ飛ばされ、そのまま仰向けになって天を仰ぐ。
コーチは本当に強い…軽くあしらわれてる。
でも、不思議とどれだけ負けても気分が良い。
まるでコーチとやり合う度、自分が別物になっていく様な感覚があるのだ。
気が付いたらあれから1年…もう私は以前の自分じゃないのだと実感する。

そろそろ…時期が来たのかもしれない。


明海
(進化、かぁ…したら、もっと強くなるんだよね?)


あの瞳だって、数ヵ月で別人の様になってた。
凄い訓練をしたのもあるんだろうけど、それでも進化という物は劇的な何かをもたらしてくれるのだ。
だったら、私も…?

私はそのまま、しばらく地面に背中を預けて夕焼けの空を見た。
やや霧がかっているものの、私は空に向けて手を伸ばす。
特に意味など無いものの、私には何か大切な物が見えた気がした。
私は手を握り込み、ソレを掴む。
次の瞬間…私の体から、光が放たれ始めた……










『とりあえず、彼氏いない歴ウン千年のポケモン女が愛する男を救う為に戦う。後悔する暇も無い』



第5話 『強くなる為に』


…To be continued

Yuki ( 2021/12/11(土) 14:05 )