第3章 『雪降る摩天楼に舞う忍』
第4話
賢城
「…さて、まだやる気か?」

オトスパス
「ぐ…が! や、やってくれるじゃあねぇか…!」

華澄
「………」


オトスパスの男は床を這いずりながらも、口から血を吐き捨てて妖しく手足を蠢かせる。
その動きはまさに捕食者を思わせるイメージで、あれもオトスパスの戦法なのだと拙者は理解した。

対する賢城殿は冷静にオトスパスを見下ろしている。
スタイルを変える事無く、構える事もせずに堂々と歩いてオトスパスの射程に入った。
だが、流石に次は先制等出来ない。
オトスパスは想像以上に素早く動き、賢城殿の両足を右手2本で同時にホールド。
賢城殿は軽く踏み込むも、足が動く様子は無かった。
流石の賢城殿でも、見た事の無い戦法相手には危険か?


賢城
「ホンマにタコみたいな動きやな…」

オトスパス
「捕まえたぞ!? もう放しゃしねぇ!!」


オトスパスはそのまま床を滑る様に動き、賢城殿の背後に回って背中に張り付く。
オトスパスは逆さまの状態で器用に片手2本、両足4本を使って賢城殿の両腕と首を締め付けたのだ。

ややこしい状態なのであえて説明致しますが、右手2本で両足を、左手1本で右腕を、右足1本で左腕をホールド。
後は残りの手足2本で首を締めている状態ですな…


華澄
(しかし両手足と首を同時に締め付けるとは…! 確かに軟体生物を思わせる柔軟性ですな)


加えて、技術もある…あの様にテクニカルな戦法を難なく仕掛けるとは。
流石に幹部クラスと言うべきでしょうか?


賢城
「……!」

オトスパス
「ははっ! どうだ俺の『蛸固め(たこがため)』は!?」
「このまま締め落としてやろうか!?」


賢城殿は無言でその攻めに耐える。
ギリギリ…と、ここまで音が伝わる程に強く締められているのが解りますな。
しかし賢城殿は全く動じる事無く、ただ両手で首を締めている足2本を掴んだ。

まさか…力技で振り解く気でござるか!?


オトスパス
「バカか!? 外せるとでも思ってんのか!!」

賢城
「…ふんっ!!」


ブチブチブチィ!と、凄まじい音が鳴り響く。
まさに、肉を引き千切る…そんな音だ。
その音を聞いて下っ端達は悲鳴すらあげ、今起きた光景が信じられなかった様です…


オトスパス
「!?」

賢城
「ほう、悲鳴もあげんとはホンマにタコ足みたいやな…?」
「吸盤もしっかり吸い付いとるし…焼いたら食えそうか?」


賢城殿は無理矢理オトスパスの手足を1本づつ引き千切り、それを放り捨てた。
流石に本物のタコ足みたく、千切れて動く事はありませんが…痛覚は殆ど無いのですかな?


賢城
「やれやれ…面倒やな、1本づつ千切るか?」

オトスパス
「ま、待て!? 解った降参だ!! アンタの方が強い!!」


たまらずオトスパスは降参して手足を離した。
賢城殿はふぅ〜と大きく深呼吸をし、首をコキコキと鳴らす。


賢城
「大したもんやな、手足が千切れても問題無いん言うんは」

オトスパス
「どっちがだよ…! あの状態で技を返される方がどうかしてる!」
「ホントに、何モンなんだアンタは…!?」


ただの人間とは口が裂けても言えませんな…
やはり賢城殿の胆力は凄まじいの一言…
あれで人の身であるのですから、拙者ですら自信を無くしそうです。

人の身でも、鍛えていればああもなる。
良い意味でも教えられる結果でしたな…


賢城
「さぁ、お前等の大将に話させてもらおか?」

オトスパス
「…しゃあねぇ、負けた俺の責任だ!」
「オイ! すぐに幹部連に伝えろ!! ボスに会いたい『漢(おとこ)』がいるとな!!」


オトスパスが倒れながらそう言うと、部下の下っ端共は慌てて動き出す。
とりあえず…これで話は出来そうですかな?



………………………



ボス
「…で?」

賢城
「…ソビエラルとかいうガキのグループに何をさせとんや?」
「しかもその中に、何処ぞの富豪のガキが利用されとるとかいう話やないかい」
「仮にも大マフィアのボスが、カタギのガキ使ってシノギを稼ごう言うんか?」


拙者たちは、オトスパス殿の計らいでセミレヴィッチのボス殿と話をする事になっていた。
相手のボス殿は老齢のサザンドラであり、老いていてもその風格は十分。
賢城殿はそれに臆する事無く、核心をただ求めていた。
セミレヴィッチのボス殿はそれを問われても表情すら変えず、冷静にこう答える。


ボス
「…噂程度には聞いておった、が」
「その件、儂には直接関係が無いとだけ言っておこう…」

華澄
「どういう事でござる!? この期に及んで無関係と仰るのか!?」

賢城
「…ほうか、ならその件の始末はどうするつもりや?」


食いかかる拙者に対し、賢城殿も冷静に対処する。
拙者はひとりで熱くなってしまったばかりか、場の空気すら読めていない様で途端に恥ずかしくなってしまった…


ボス
「…末端の暴走でやった事であれば単純に処分する所だが、タチの悪い事にそれで済む話ではなくなっておる」
「少なくとも子供を利用して等、真実であれば本家の儂が許しはせぬよ…」

賢城
「ほな、ワシ等がソイツをブチのめしても構わへんか?」

ボス
「好きにするが良い、こちらも見付ければ即座に処理する…」
「だが、忘れるな? あくまで本家はその件にノータッチだ」
「勝手にどこぞの一派が無断で画策しただけの事…」

賢城
「賢しい(さかしい)こっちゃな…まぁ名誉のある組織の長や、しゃああらへんやろ」
「こっちもそっちのメンツを潰す気はあらへん、安心せぇ」


どうやら勝手にふたりで話は纏まってしまった様だ…
良くも悪くも、裏の人間同士の会話ですな。
拙者は俯いて歯軋りするも、この場で役に立てはしない。
所詮拙者は…まだまだ子供扱いなのですから。



………………………



華澄
「………」

賢城
「どないした? 今からそんなしょげとってどないすんねん?」

華澄
「…拙者は、あんな時何の役にも立てませぬ」


それは自虐の塊だった。
賢城殿がいなければ、どれだけの無駄な被害を出していたかも解らぬ。
奇しくも賢城殿がやった事は被害を最小限に抑える行為でもあり、恐らくは拙者よりも正しい行動。

それに対して、拙者は何が出来たというのか?
恐らく、反抗する勢力相手にただ無意味に力を振るうだけでしたでしょう…
そんな拙者に…ひとりで一体何が出来たのか?


賢城
「…ガキはガキらしくしとれ」
「イチイチ大人と比べんな…お前はまだまだ若いんやさかいな」

華澄
「…しかし、それでも拙者は」

賢城
「何背伸びしようとしとんねん?」
「お前はガキや、なら大人の言う事は大人しく聞いとけ」
「ほんで、よう見とったらええねん…前を歩く大人の背中をな」


そう言って賢城殿はズボンのポケットに手を入れて拙者の前を歩く。
雪の振る寒空の中、そんな賢城殿の背中は身長以上に大きく見えた…


華澄
(やはり、これが経験の差なのだ…)


賢城殿は確かに世間的には悪党なのだろう。
ですが、その辿った道は確かに正しい道なのだと拙者には解る。
例え人に認められなくとも、ただ己の信じた道を突き進む…
その姿は、まるで大人になった聖殿の様にも見えた。


華澄
(そうか…そうなのだ)


拙者は、本当に正しいと確信して行動などしていなかった。
自分を信じてなど…一切していなかったのだ。
だから、いつも間違う!
拙者は聖殿にただ憧れて、真似をしようとしていただけ。
だから、賢城殿はそんな拙者を見て子供だと言ったのだ。

拙者は所詮、真似事だけで正しいかどうかも解らずにただ足掻いていただけ。
その本当の意味にすら気付かず、ただ我武者羅になるだけで…



………………………



スミルノ
「…お帰りなさいませ、収穫はございましたかな?」

華澄
「………」

賢城
「まぁボチボチやな…風呂借りても構へんか?」

スミルノ
「勿論でございます、ご準備出来ておりますのでどうぞご入浴を…」


そう言われると、賢城殿は上着を脱いでスミルノ殿に手渡す。
そのまま無言で浴場にまで歩いて行った。
何だか…拙者よりも慣れた感じですな。


スミルノ
「…華澄様はいかがなさいますか?」

華澄
「あ…拙者は、部屋に戻るでござる」
「夕食の準備が出来たら、教えてくだされ」

スミルノ
「かしこまりました…それではそれまでごゆっくりお休みくださいませ」


スミルノ殿はそう言って礼をする。
拙者はそのまま無言で部屋へとひとりで戻った…



………………………



華澄
(拙者は、こんなにも弱かったのか…)


拙者はひとり部屋で崩れ落ちる。
入り口のドアを閉めた後、その扉を背にただその場で床に崩れ落ちたのだ。
そして自らの不甲斐無さをただ悔やむ。
拙者ひとりでしたら、どれだけ無駄な事をしていたでしょうか?
今日賢城殿がやってくれた事は、ある意味拙者の代弁。
しかも、拙者がやったであろう結果に比べてもその差は雲泥の差。

人生の経験と言うものは、こうまでに大きい物とは…



華澄
(ですが、ただ悔やむだけでは何の意味も無い!)


拙者は明かりも点けていない暗い部屋でそう考える。
そしてただ自らの体を抱え、決意を新たにした。
拙者は、成長してみせる。
聖殿と再会した時、ちゃんと胸を張っていられる様に…!



………………………



華澄
「…賢城殿、明日からはいかがに?」

賢城
「せやな…結局セミレヴィッチの頭本家とソビエラルの繋がりは証明出来んかった」
「なら、事を起こしとんのはあくまで本家の下のモンや」
「それを何とか見付けん事にはの…」


拙者達は、食事後にこれからの事を相談していた。
流石の賢城殿でもこれ以上は目星も付かない…か。
そんな感じで椅子に座りながら拙者達が考えていると、スミルノ殿がこちらへ近付いて来る。


スミルノ
「華澄様、あれからこちらで情報を集めておりましたが…」
「一向に姿を見せないソビエラルと同様、とあるセミレヴィッチの一派が姿を消している様でございます」

賢城
「…えろうあからさまやな?」

華澄
「恐らく、上からの査察でもあったのでしょう」
「上の反応から見ても、セミレヴィッチ本家がソビエラルを支援等というのは本意では無い様でしたし」

スミルノ
「仮にも、セミレヴィッチの本家は由緒正しい一族のマフィアです」
「少なくとも子供を利用して仕事をする等、人道を明らかに外れた事は容認しますまい」


しかし、繋がり自体は2年前からあったという…
ならば、それまで隠し通していたのでしょうか?
いや、スミルノ殿はそこまで自力で辿り着いている。
それで他の者が気付かないとは…


賢城
「臭いな」

スミルノ
「確かに」

華澄
「…罠、とでも?」

賢城
「爺さんの話やと、繋がり自体は2年前の事件からあったんやろ?」

スミルノ
「恐らくは…ですが」
「セミレヴィッチに所属する何者かが手引きしていたのは間違いないかと」

賢城
「…何でそこだけ穴を作るんや?」

華澄
「…穴?」

スミルノ
「確かに気になる所ですな」


拙者はイマイチ理解が追い付かない。
やはり罠か何かだと、おふたりは考えておられるのでしょうか?


賢城
「セミレヴィッチ内部では本家でも知らへんのに、何でこっちにはその情報が渡っとるんや?」

スミルノ
「少なくとも、私(わたくし)の調査はあくまで超能力を利用しての物です」
「それを利用し、直接裏の人間の会話を聞き取って知った事ですから…」

賢城
「ほんなら、それを話してたアホがおるっちゅうんか?」

スミルノ
「…嘘の会話で無かったのでしたら、ですが」
「しかし考えてもみれば、確かに穴でしたな…このスミルノ一生の不覚でございます」


まさか、スミルノ殿の能力を見越してあえて伝えていたと?
だとすれば、それは2年前から用意周到に準備されていたという事になる。
何故(なにゆえ)、そんな手の込んだ事を…?


賢城
「上には一切バラさず、こっちにだけ伝えるっちゅう事は…」

スミルノ
「十中八九…誘いでしょうな」

華澄
「…ならば、拙者はあえて乗るでござるよ」


拙者は覚悟を決めていた。
これが全て罠だとして、用意された舞台だとして…
それでも拙者はやらねばならぬ理由があります故…


賢城
「やれんのか?」

華澄
「やれるかどうかではありませぬ…やるのでござる!」

スミルノ
「かしこまりました…それならばこちらも全面的に支援致します」


そう言ってスミルノ殿は笑顔で両手に銃を持って構えた。
ま、まさかスミルノ殿まで!?
それを見て賢城殿もクックック…と笑っている。


賢城
「ええやろ、ならボスに従おうやないか…」

スミルノ
「左様でございます、どうぞご命令を当主代理!」

華澄
「…分かりました、ではこれより拙者達は敵の誘いに乗って乗り込むでござる!」



………………………



賢城
「この辺か?」

スミルノ
「はい、消えた一派がいた事務所ですな」


拙者達は調査の為、車で既にその場所に辿り着いていた。
事務所は人気の少ない場所に建てられており、今も気配は感じない。
逆に…不気味に思えますな。


華澄
「…まずは突入してみましょう」

スミルノ
「かしこまりました…それでは私めが先に」


スミルノ殿は堂々と入り口のドアを開けてみる。
特に反応も無く、むしろギギィ…と錆び付いた音がする事で、ここが長い間放置されているのを感じ取れる程だった。


賢城
「えろう、古臭い感じやな」

スミルノ
「確か築20年物とは聞いていますが…それにしても劣化が激しいですな」
「見た感じ、これでは何年も人の手が入ってない様ですが…」

華澄
「やはり、誘いであり罠なのでしょうか?」


「そう思いながらも、わざわざ来るのですね?」


突然現れたこのプレッシャーと声…!
まさか、こんなにも早く出会えるとは!!
拙者はキッ!と声の方を睨み付けた。
するとそこには、前と同じ様にゆらゆらと低空に浮かぶボロ布の存在を確認する。
紛れもなく、フィア殿だ!


賢城
「…成る程確かにデカイな、女としちゃ」

スミルノ
「…この方が噂のフィア様で?」

フィア
「自己紹介はいりませんね…? 白銀(しろがね) 賢城、縹 華澄」


フィア殿は感情を殆ど感じさせない口調でそう告げる。
今は特に恐怖も感じない…やはり能力による何かで攻撃をしていたのでしょうか?
どちらにせよ、拙者は必ず勝ってみせまする!


フィア
「舞台はようやく整いました…役者も揃った」
「では、始めましょう…マスターの望む『ゲーム』を」


彼女がそう言った瞬間、急に寒気がして場が暗くなる。
そして真っ黒な蝙蝠やカボチャの頭を思わせる何かが空間を支配していた。
やがてフィア殿の体から大量の怨霊染みた何かが放出される。

それを見ていち速く状況を理解したスミルノ殿が、拙者を突き飛ばして代わりにそれを受けた。
その後何事も無かったかの様にスミルノ殿は両手で銃を撃つ。
正確にフィア殿へと向かった銃弾はフィア殿の体を突き抜け、後の壁へと着弾して跳ねていた。


賢城
(!? 減衰してへんやと…! すり抜けたんか!?)
スミルノ
(これはマズイですな…既に彼女の術中ですか!)

フィア
「今のを庇ったのは良い判断ですね…優秀なポケモンの様です」

スミルノ
「お褒めに預かり、恐縮致します! ですがこちらはいかがですかな!?」


そう言ってスミルノ殿は右の銃を捨てて右手を前にかざす。
そこから放たれるのは渦を巻いて前方へと進む火球だった。
確か…あの技は。


フィア
「………」


フィア殿はボロ布の隙間からほぼ同じ軌道を描く火球を放つ。
そしてそれでスミルノ殿の技を容易く相殺してしまった…
流石のスミルノ殿も少々苦い顔をしている。


スミルノ
「…華澄様、撤退を!」

華澄
「スミルノ殿!?」

フィア
「逃げても構いませんよ? どの道ゲームは始まっていますので…」
「それとも、ここでゲームオーバーを選びますか?」


フィア殿はやや楽しそうな口調でそう言った。
つまり…初めから遊ばれていると?


賢城
「なんぼ何でも、相手の正体が解らんと話にならんやろ!」

華澄
「くっ!? 賢城殿ぉ!?」


賢城殿は拙者の腰に手を回して抱え上げる。
そのまま全力で出口まで走った。
スミルノ殿は殿(しんがり)を務め、追いかけて来るであろうフィア殿に睨みを利かせていた…


フィア
「ふふふ…それでこそ、マスターはお喜びになります♪」

スミルノ
「マスターとは誰の事でございますかな!? 『パンプジン』のお嬢様!」


そう言ってスミルノ殿は右手でフィア殿に『サイコキネシス』を放つ。
しかしフィア殿には一切通用せず、フィア殿が被っているボロ布を少し傷付ける程度でした…


華澄
「パンプジン…!? では、フィア殿の正体は…!」

賢城
「何やそれは!? まるでカボチャみたいな名前やが…」

スミルノ
「タイプは草・ゴースト、耐久力に秀でたポケモンであり、覚える技も相当な曲者であります!」
「しかも、あのフィア様の場合…規格外のバケモノと認識した方が良いでしょう!」

フィア
「うふふ…♪ さぁ、どこまで逃げられますか?」


フィア殿はゆっくりした速度で、低空浮遊しながら追いかけて来る。
このペースなら追い付かれる事はありませんが…


華澄
「!? 賢城殿前方に!!」

賢城
「ちっ、新手か!?」


何と前からはゲコガシラの集団が。
間違いなくソビエラルの少年達…!
こんなタイミングで来るとは…やはり罠だったのか!


華澄
「賢城殿、下ろしてくだされ!」

賢城
「ちっ!」


賢城殿は舌打ちしながらも拙者を離す。
拙者は地に足を着けたと同時、一気に前方へ飛び出して迎撃に入った。
相手は5人、大した数ではありませぬ!

拙者は両手にそれぞれ水を練って短い刃を形成する。
その形は苦無(くない)の様であり、圧縮された水で形成された『アクアブレイク』でござる!


華澄
「ふっ! はっ!!」

ゲコガシラ達
「!!」


苦無型とはいえ、斬る事には特化させていない。
あくまで衝撃で相手を気絶させるだけ…こういう使い方であれば水手裏剣よりも応用は利くでござるな。
水手裏剣ですと斬る事に特化させ過ぎてしまう故に、手加減が難しいので…


フィア
「ふふ…♪」

賢城
「何やと!?」


突然、フィア度が目の前に現れた。
拙者は驚くも、空中の為動きはロクに制御出来ない。
このままでは、否応無く交戦する事に…!


スミルノ
(後にはゲコガシラ…? 『サイドチェンジ』ですか! 早速器用な真似を致しますな!)

フィア
「さぁ…どうしますか?」

華澄
「ならばお覚悟を! 拙者に『ハロウィン』は意味を成さぬでござるよ!?」


拙者は『アクアブレイク』を更に集中させ、刀状にまで伸ばす。
そしてそれを迷い無く、フィア殿の体へと叩き付けた。
するとフィア殿のボロ布は激しく飛び散り、少しづつ彼女の姿が露になっていくのが解る。
チラリと見えたのはピンクの綺麗なロングヘアー…そして、闇に輝く金色の瞳!


フィア
「…! 流石に、今ひとつとはいえ効きますね」

華澄
「くっ…! 流石に草タイプ相手には通用しませんか!」


しかし、拙者は今の衝撃で後へと弾かれた。
そのまま後方で宙返りして床に着地する。
倒し損ねたゲコガシラふたりが更に横を固め、フィア殿はゆらり…と低空を維持して前に降り立つ。
パンプジンであれば、完全な飛行は出来ますまい…精々低空を漂うのが精一杯のはず。
ましてや、あの体格…確実に特大サイズ!
スピードは見た目通りと思って良さそうです…が。


華澄
(その分、並みの防御力ではござらん…ましてや、ゴーストの特徴を存分に生かして攻撃をいなしてくる!)


恐らく、正面から戦ったのでは不利でしょうな…
先程の様に『サイドチェンジ』を駆使されれば、尚の事。
しかし、やらねばならぬ以上…退く事はもはや出来ませぬ!


スミルノ
「華澄様、フィールドを展開致します…ご注意を!」


スミルノ殿がそう言うと、スミルノ殿を中心に紫色のフィールドが広範囲に形成される。
これは『サイコフィールド』でござるな…エスパー技の威力を上げ、同時に先制技を無効に出来る効果だったはず。
つまり、自ずと拙者の『影打ち』や『水手裏剣』が封じられる訳でござるが…


華澄
(元々サイドチェンジはそれでは封じられませぬ…が)


逆にだからこそ、サイドチェンジの移動先も読む事が出来る!
スミルノ殿はそれが解っているから、あえて罠を仕掛けたのです…
逆に相手がサイドチェンジを使うであろう…という罠を!
それが今の『サイコフィールド』であり、布石。

わざわざ大きな声で使用を宣言し、フィア殿に意識を植え付ける。
それを見聞きしたフィア殿は、それがあからさまなサイドチェンジ対策だと思ったはず。
しかし、サイドチェンジはフィールドに関係無く使用可能…
そして、その仕様を正確に理解出来ている者は恐らくそういない。
そう思ったからこそ、フィア殿は高確率で引っ掛かるはず…!


華澄
「そこでござる!!」

フィア
「!?」


拙者は瞬時にフィア殿の移動先へと『悪の波動』を発射した。
サイドチェンジは、あくまで自分自身にかける技…故に移動先は自動的に最も遠い距離にいる『味方』へと決定されるのです!
なので、拙者が放った黒き球体状の波動は高速でフィア殿に見事直撃した。
フィア殿は流石に後へと吹き飛んで背中から地面に落ちる…

効果抜群の技…やりましたか!?


スミルノ
「さて、ゲコガシラの少年たちもこれで全滅…いかが致しますかな、フィア様?」

フィア
「…やられましたね、まさか誘導されていたとは」


フィア殿はゆっくりと体を浮かせて起き上がった。
ダメージはある様ですが、表情も見えないので何とも言えませんな…
しかし今ので更にボロ布は千切れ飛び、遂に下半身はほぼ露になっていた。
スカート状でやや横に膨らんだ、ジャック・オー・ランタンの頭を模した衣装…
しかし人としての足はしっかり有しており、あくまでアレはコスプレみたいな衣装の様です。


賢城
「…ホンマとんでもないな、ポケモンの戦いっちゅうのは」

華澄
「人の身であれば致し方ありませぬ…この相手は特にですが!」


拙者は未だ構えを解かず、フィア殿を強く睨み付ける。
対してフィア殿はやや無言でこちらを見ていた。
あまりに不気味で、掴み所の無い視線…一体何を企んでいるでござるか?


フィア
「…まずは、合格と致しましょう」
「先へ進んでください、そこに目的の少女はいます」


そう言ってフィア殿は初めて見せる右腕で拙者達の背後を指差した。
フィア殿の腕は袖が無く、綺麗な白い肌だったのがやけに印象深い…
拙者達はやや躊躇いながらも、その方向を見た。
そしてその方向は闇に包まれた謎の空間…!


華澄
「この先に…アリサ殿が!」

スミルノ
「判断はお任せ致します」

賢城
「おう、行くなら付いてったるで?」


拙者は少し考える…
そしてもう一度フィア殿を見て、拙者はこう話す事にした。


華澄
「…フィア殿、何故前と同じ力を使わなかったのですか?」

フィア
「…私の恐怖(Fear)の能力は、あくまで恐怖の支配」
「今使った所で、さして意味はありませんよ?」


簡単にそう説明してくださる…か。
つまり、意味が無いから使わなかった…と。
やれやれ…嘘か真かも判然としませぬな。
しかし、何となくこうとは思える。


華澄
「…フィア殿、そなたは単なるゲームの駒なのですか?」

フィア
「…そう、それが私に与えられた役目であり、プログラム」
「そしてその役目も半分は終えました、ですのでこれ以上戦う必要はありませんよ?」
「どの道、貴女方にはここから更に辛いイベントが待っていますので…」


? 心なしか、今フィア殿の感情に揺らぎがあった様な?
ここまで小揺るぎもしなかったフィア殿の口調に、若干含みのある何かが込められていた気がしましたな…


華澄
「…もう少し、よろしいですか?」

フィア
「……何か?」


フィア殿は、やや考える素振りを見せるも断らなかった。
拙者は少し可笑しくなり、微笑してしまうもこう話す…


華澄
「…そなたは、マスターという方が大事なのですな」

フィア
「…! はい、とても…とても大事な方です」
「私は…あくまでそんなマスターの為の駒であり、粉骨砕身尽くす事を誓っています」


やはり…この方は間違いない。
同じなのだ…拙者達と。
しかも、敵である拙者に対してこうもバカ正直な返答を返してくださるとは…
だからこそ、拙者も目を瞑ってこう答えた…


華澄
「…拙者も、同じでござる」
「ただ、守りたい方がいる…その方は何としても救いたい方なのでござるよ」

フィア
「存じています…貴女方の事は全て」
「だからこそ、マスターとは相入れない事も解っているのです」

華澄
「…手を取り合って、解り合う事は出来ませぬか?」

フィア
「それは不可能です…絶対にマスターはその道を選びませんので」
「私たちは必ず争う…そう運命付けられているのですから」
「ですので、覚悟をしておいてください…」

華澄
「…?」


最後に、フィア殿は初めて感情の明確な揺れを見せた。
それは怒りであり、悲しさでもある様な…そんな、口調。


フィア
「…私たち6人の眷族は、必ず貴女方に勝つと」

華澄
「…!? 6、人…?」


それだけを言って、フィア殿は闇に飲まれて消えてしまった。
恐らく、本来は語る必要の無い部分だったのでしょう。
ですが、あえてフィア殿はそれを教えてくださった。
この時点で、拙者は彼女の気持ちを痛い程理解する。

やはり、同じだったのですな…


華澄
(ただ、あの方も優しいだけなのに…それでも主の為にならば)


戦わなければならない…それが使命なのですから。
そう、これは運命等ではござらん…ただ拙者たちに共通する使命。
必ず守りたい方がいるからこそ、避けられぬ衝突なのです。

だからこそ、拙者もまた戦いましょう…
例えこの先にどんな艱難辛苦が襲いかかろうとも、拙者は七難八苦乗り越えて先へと進みますので!!










『とりあえず、彼氏いない歴ウン千年のポケモン女が愛する男を救う為に戦う。後悔する暇も無い』



第4話 『共通する使命、ふたりの優しき者』


…To be continued

Yuki ( 2021/07/18(日) 11:12 )