第3章 『雪降る摩天楼に舞う忍』
第3話
賢城
「…ほう、そないな事があったんかい」

華澄
「はい…そちらも、人の身でよくぞご無事に」


拙者たちは、ふたりで1度屋敷に戻り昼食を共にしていた。
そして互いの情報を交換しあい、これからの事を話し合っていたのだ。


賢城
「…要は、そのお転婆娘を捕まえたらええ訳か」

華澄
「有り体に言えばそうです…が、容易では無いでしょう」

賢城
「…詳しい事は解らんが、ソビエラルとかいう悪ガキ共がおるっちゅうんは知っとる」


賢城殿はとある縁で、セミレヴィッチに客として身を置いていたらしい。
元々ヤクザなのもあり、マフィアとして働くのもそんなに苦労は無かったとの事だ。
しかし…それでも、マフィアはマフィア。
賢城殿は比較的良心のある方とは聞いていますが…


賢城
「…で、どうやったらこの訳解らん街から出れるんや?」

華澄
「残念ながら、拙者にはそれは解りませぬ」
「強いて例を挙げるとすれば…世界に存在するボスを倒す、というのもひとつの指標だと聞いてはおります」


それは過去に混沌世界を攻略した聖殿達の見解です。
あくまで指標のひとつに過ぎませんが…
それに、この世界が混沌世界と同様かは解りませぬしな。


賢城
「ふん…そのボスっちゅうんは、目星が付いとんか?」

華澄
「…無くもありせん、が」


正直、勝てる算段が無いのも事実。
あのフィア殿の異能に対して、果たして勝てるのか?
ましてや相手は仮にも組織…決してひとりではない。


スミルノ
「お待たせしした…どうぞこちらを」

賢城
「…すまんの、頂くで」


そう言って賢城殿は食事を取り始める。
特にコメントも無く、黙々とパンを食べていた。
拙者も同様に食事を取る。
その間、しばらく静寂が生まれただの食事風景が流れる事となった…



………………………



賢城
「ごっそさん…ええ腕やな爺さん」

スミルノ
「お褒めに預かり恐縮でございます」


そう言ってスミルノ殿は礼をし、食器を片付ける。
そして賢城殿は水を飲み、ふぅ〜と息を吐いた。


賢城
「…見た目は、元の世界そのものなんやがな」
「2年もおって慣れたはずやが、それでもまだ違和感あるわ」


それは、住民達の事だろう。
人間の賢城殿にとって、ここでの世界は危険極まるはず。
あくまでただの人間のである賢城殿では、マフィア生活もかなり苦労するでしょうに。


賢城
「…お前は、あくまで恩返しの為に戦うんか?」

華澄
「それも重要ではあります…が」
「あくまで拙者は、聖殿を救う事を第一に考えているでござる」

賢城
「ふん…なら、何ですぐにでも動かん?」

華澄
「…?」


拙者は意味が解らなかった。
すると賢城殿はため息をひとつ吐いて、拙者の目を見てこう言い放つ。


賢城
「目的がハッキリしとるなら、手当たり次第でも暴れまわったら済む話やろ?」
「お前にはそれだけの力があるんやないんかい?」


それは至極極論であり、ある意味真理。
しかしそれでは野生の獣と変わらぬ。
拙者には、そんな結論は到底出せませぬな。


華澄
「…賢城殿、拙者は無駄な争いをする気はございませぬ」

賢城
「随分優しい事やな、せやから2年も無駄にしたんちゃうんかい?」
「ホンマにやる気なら、ひとりふたり死んだ所で足は止めんやろ?」


拙者は少し顔をしかめる。
この2年を…無駄だと?
拙者は確かに、甘さ故無駄な投獄生活をしたかもしれませぬ。
ですが、それはあくまでアリサ殿の事を考えての結論。
ましてやクリスタ殿の死は、拙者の責任…


華澄
「…拙者は、責任を果たさなければなりませぬ」

賢城
「その為に1番大事なモンを蔑ろにしてでもか?」

華澄
「違う!! 聖殿なら、絶対に見捨てたりせぬからです!!」


拙者は声を荒らげてそう主張する。
賢城殿は一切表情を変えず、冷静なまま水を1口飲んだ。
そしてトンッ!とやや荒っぽくコップをテーブルに置き、こう言葉を放つ。


賢城
「お前は、依存しとるだけちゃうんか? あの魔更の坊やに」

華澄
「…!? 依存、ですと?」


拙者は、今までの自分を振り返る。
確かに、そういう所もあったかもしれない。
かつてそれを聖殿に指摘された事もあった。
ですが、拙者はもうあの時の自分ではない。
今は家族皆の事を考え、自分に出来る事を最大限やっているだけ…


賢城
「確かに、アイツならそう言うんかもしれん」
「せやけど、それをお前が完璧に真似する必要は無いんちゃうんか?」
「お前は心の何処かで、不安や後悔を抱えとるんちゃうんか?」

華澄
「…拙者が、不安?」


不安なのは当然でしょう。
こんな状況で味方も少なく、明確な解法も見付からない世界で…
拙者は、そこまで賢くないのに…


賢城
「…お前は、強ぅ見えて弱いな」
「魔更の坊やとは真逆や、アイツは弱そうなんに強い」
「まだちょっとしか知らんが、そんでもアイツの中にある絶対的な何かはワシでも感じられたで?」
「それに対してお前は何や? ただ流されるままにされるだけか?」
「そんなお前の姿は、ただ助けを請うだけの浮浪者みたいに見えるわ」

華澄
「…拙者が、弱い?」
「確かに、聖殿とは比べるまでも無いでしょう」
「ですが、拙者はそれなりに自分の力に自信を持っております!」
「決して、誰かに依存しなければ戦えない程弱くはありませぬ!!」


拙者は強く言い放つ。
だが賢城殿はそれでも表情ひとつ変えない。
まるで駄々をこねる子供を相手にするかの様に、賢城殿はそんな拙者の言葉を聞き流していたのだ…


賢城
「…口だけなら何とでも言えるわ」
「お前は、ボスを倒せばと言うたやろ?」
「せやけどお前は昨日、そのフィアとか言う何者かに負けた…何でその場でソイツを倒さんかった?」
「お前の言う事が合っとるなら、ソイツを倒したら解決やったんちゃうんか?」
「なのに…お前は勝てへん相手やったからと思うて諦めた」
「絶対に勝たなアカン場面やろうに、敗けを認めた時点で終わりちゃうんか?」


それは、確かに正論です…
事実、拙者はフィア殿に負けた。
あの時点で…拙者は諦めていた、と?
そんなはずが無い! 拙者は諦めなど…!


華澄
「結果として生き残っている…ならば、例え負けても生きている限り戦います!」

賢城
「で…戦ってホンマに勝てる相手なんか? 見逃してもらったんやろ?」


拙者は何も言い返せなくなる。
確かに、あの時フィア殿がその気だったなら…拙者は殺されていたかもしれませぬ。
つまり、温情をかけられて生かされた…?

そんな相手に、本当に勝てるのか?


華澄
「………」

賢城
「やれやれやな…それでどこに自信があるんや?」
「お前はまだまだガキや、それは理解せぇ」
「ほんで虚勢は張るな、もっと素直になれ」

華澄
「虚勢…素直?」

賢城
「お前は強がっとるだけや、そこにホンマの自信は無い」
「せやけどそれを受け入れるんや、それが自分やと」
「今のお前は、不安と後悔で自分を押し殺しとる」
「そんな状態で、勝てんかった相手に勝てるか…」
「勝ちたかったら、自分を信じて戦うんや!」


賢城殿は拳を硬く握ってそう言う。
賢城殿拳は大きく、傷だらけ。
これまで幾人もの人を殴ってきたであろう拳だ。
それに対し、拙者の手は綺麗すぎるのかもしれぬ。

不安と後悔…確かに反論も出来ませぬな。
拙者はひとり故に焦っていたのかもしれぬ。
そして、失う事の辛さに押し潰されていた。
そんな拙者の弱さを知っていたから、フィア殿は勝てないと言ったのかもしれませぬ。


華澄
「あれだけやっても、まだ拙者は弱いのか…」

賢城
「別に弱いんは恥やない」
「それを認めずに虚勢を張るんが恥なんや」
「弱いなら、弱いなりに割り切らんかい」
「心に隙さえ作らんかったら、大物食いはいくらでも出来るで?」


心の隙を…ですか。
確かに、フィア殿の能力はまさにそこを突くかの様なタイプに思える。
弱いなら、弱いなりに…
拙者は、何となく可笑しくなった。
そしてようやく理解する…自分がどれ程弱かったのかと。
聖殿の強さと拙者の強さは、そうまでに違うのだ。


華澄
「…賢城殿に恐怖は無いのですか?」

賢城
「そんなもんは誰かてあるやろ、せやけどそれを理由に逃げ出すのは弱者のする事や」
「まぁ、こんな訳の解らん街に放り出されて、知った顔ひとり見付からず2年も過ごした俺の身にもなってみるんやな…」
「お前がもっとしっかりしとったら、俺はひとりで彷徨わんでも済んだんやからの?」

華澄
「…そ、それは誠に申し訳ござらぬ」


確かに、もう少し配慮すべきだったのかもしれませぬ。
まさか賢城殿が同じ世界に巻き込まれていたとは思ってもいませんでしたし。
一応、他の家族を探そうとはしていたのですが…早い段階でアンドレイ殿に出会ったしまった故、そこまで気が回らなかったでござる…


華澄
「しかし…一体どうやってマフィアに入ったのですか?」

賢城
「裏の人間には裏の顔がある」
「ワシはそれを見せただけや、後は向こうが勝手に気に入っただけ…」


裏の顔…ですか。
そういう言い方をしたという事は、拙者は聞かない方が良いという意味なのやも。
…賢城殿にとっては、拙者はそれ程子供に思われてるのですな。


華澄
「…賢城殿は、何故拙者たちに協力してくれたのですか?」

賢城
「言うたやろ? 魔更の坊やには恩がある…それを返す為や」


恩…確か聖殿や悠和(はるか)殿たちと一緒に事件に巻き込まれたとか。
その時に、聖殿の雫に救われた恩…という所でしょうか。


華澄
「しかし、それだけの理由でこんな危険な世界に来るのは…」

賢城
「関係あらへん、ワシがやる言うたからやるんや」
「カタギの人間に助けられたら、命捨ててでも必ずその恩を返せ…」
「それが…親父の遺言やからな」

華澄
「親父殿、ですか…その方もヤクザだったのですか?」


賢城殿はおう…と言い、また水を飲む。
そして少し遠い目をして、静かにこう語り始めた…


賢城
「ワシの親父は、今の組の先代や」
「親父は苧環(おだまき)はんとの勝負に負けてから、すぐにカタギになった」
「ワシもその当時一緒におって、苧環はんのオムライスを食わされたわ」
「あの時の衝撃は…今でも思い出せる」


そう言えば、賢城殿は勇気殿とお知り合いだったのですな。
風路殿のお店にも顔を出していたみたいですし、相当な思い入れがある様にも感じます。
しかし…この様なスジ者の方がオムライスとは。
人を見た目で判断してはいけない好例でしょう。


賢城
「確かに、小さな恩かもしれん」
「事実魔更の坊やにとっちゃ、取るに足らん事件やったんやろ」
「せやけど、それでもワシには変わらん恩や…」
「……もう2度と、あんな体験はでけへんやろうしの」


賢城殿が最後に見せた表情はとても悲しげでした。
拙者はその顔を見て、賢城殿の真意を理解する。
賢城殿は、拙者を試していたのだ…
あえて煽るかの様な言い回しをしたのも、拙者の本音を引き出す為。
そして、それを聞いた上で賢城殿はダメ出しをしたのですな…

本当に情けない…拙者はまだまだ子供なのだ。
歳をしっかり取ったとしても、それに心が伴っていなければ決して大人ではない。
拙者も、もっともっと成長せねば…


賢城
「…で? これからどないするつもりや?」

華澄
「…どうすれば良いと、賢城殿は思われますか?」


拙者はあえてそう返す。
何も考えていないわけでは無い…ですが、それでも賢城殿の答えを聞きたかった。
すると賢城殿はククク…と笑い、軽くこう言い放つ。


賢城
「ワシ等極道のやる事言うたら、ひとつしかあらへんぞ?」

華澄
「…はぁ?」

スミルノ
「それでは、お出掛けになられますか?」

賢城
「おう、カチコミの準備や」


賢城殿は堂々とそう言う。
それを聞いたスミルノ殿はそう思いまして…とすぐにトランクから小火器を取り出した。
拙者は呆気に取られながら、その異様な状況を傍観する…


賢城
「ほう、AN94か…ええモン持っとるな」

スミルノ
「ポケモンと言えど、銃で撃たれれば死にます」
「まぁ、当たればの話ではありますが…マフィアの構成員程度であれば十分驚異となりましょう」

華澄
「ちょっ、ちょっとお待ちくだされ!! いくら何でも無駄な殺生は!?」

賢城
「何言うとるんや? 殺るからには殺られる覚悟もあるやろ?」

華澄
「せ、拙者は殺し合いをする為に戦うのはゴメンでござる!!」


とりあえずそれを聞いてスミルノ殿がほっほっほ…と笑う。
どうやら遊ばれていた様ですな…人の悪い!


賢城
「やれやれ…ホンマに大馬鹿らしいな」
「それでマフィア相手に喧嘩売るんか?」

華澄
「だから喧嘩でもなく…! 拙者はまずアリサ殿を救えればそれで良いのです!!」


賢城殿はため息をひとつ吐き、銃をスミルノ殿に返した。
そして首をコキコキ鳴らし、拙者の前に手を出す。
握手…でござるか?
拙者はとりあえずその手を握り……


華澄
「いづづづづづっ!?」

賢城
「何や、この位で根ぇあげるんか?」


賢城殿は拙者の手を握り潰そうとしたのだ。
それもかなりの握力であり、ここまでの力はポケモンでもそうそう出せないレベル!
拙者は不意を突かれたものの、すぐに息を吸い込んで力を思いっきり込めた。


賢城
「…!」

華澄
「うぐ…!」


賢城殿の表情が一瞬だけ変わる。
手の大きさが違い過ぎるだけに、こちらからでは力を込め難い。
賢城殿はそのままの状態を維持し、やがて力を抜いた。
一体…何のつもりなのですか?


賢城
「…ひとつ聞くが、お前より力強いんはゴロゴロおるんか?」

華澄
「え…? さ、さぁ…どうでしょうか?」
「並のポケモンではあれば、拙者より力のある者等そうおらぬと自負しておりますが」


勿論、あくまで単純な力だと仮定した場合です。
超能力等、特殊なブーストをかけられてれば拙者より力のある者はそれなりにいましょう…


賢城
「ふん、ならええわ…ほんならどないする?」
「マフィア相手に平和的に交渉でもするつもりか?」

華澄
「無論、その様な無駄な事は致しませぬ」
「賢城殿はセミレヴィッチに関してどこまで知っておられますか?」

賢城
「…所詮は客人扱いやったからな、あそこはセミレヴィッチん中でも小さい組やったみたいやし、上の連中の事は何も知らされてへんみたいや」

華澄
「では、本部に直接乗り込みましょう」
「勿論、正面から堂々と…」


拙者が強気にそう言うと、賢城殿はクックックと笑う。
まるで望む所…そんな風にも見えますな。
とはいえ賢城殿の今の力を見ても、並ではないのが解りました。
身体中の傷は、それだけの猛者の証…想像以上に頼れる方かもしれませんな。


スミルノ
「それでは、お車のご用意を致しましょうか?」

賢城
「すまんの、頼むわ」

華澄
「賢城殿は車の運転が出来るのですか?」

賢城
「そらそうやろ…今時の若い奴らはともかく、ワシ等の若い頃は免許あってナンボやったからな」


うーむ、やはり免許はあった方が良いですよな〜
拙者は見た目人間とほとんど変わりませんし、元の世界に帰れたらチャレンジしてみるでござるかな…



………………………



賢城
「ほう、セナートやないか…ええ車持っとんな」

スミルノ
「今は亡きアンドレイ様の遺品です」
「華澄様が許可なさるのでしたら、どうぞご自由にお使いください」


そう言って賢城殿はキーを受け取り、車に乗り込んだ。
流石に2m以上ある賢城殿の巨体では相当窮屈そうですが…
とりあえず拙者は助手席に乗り込む事に。


華澄
「だ、大丈夫でござるか?」

賢城
「まぁ、何とかなるやろ…ベルトはしとけよ?」


言われて拙者はすぐにシートベルトをかける。
賢城殿も目一杯ベルトを伸ばして装着し、エンジンをかけてアクセルを踏んだ。
そのまま車は外に出て、街を駆けていく…



………………………



賢城
「…ホンマ、道路とかも現実と変わらんな」
「まぁ、外国みたいなモンやが…」

華澄
「賢城殿は海外に行った事も?」

賢城
「いや、ワシは無い」
「こんな風景はテレビで見た位や」


確かに、拙者も映画とかで見た程度ですしな…
浮狼殿は仕事でしばしば海外に出ていたそうですが…こういう街並みの国にも行った事があるのでしょうか?


賢城
「こういうビルとかはアメリカみたいな感じやが、むしろ物はロシア寄りやな」

華澄
「そうなのですか?」

賢城
「この車もロシア産や…銃とかもそやった」
「あえてワシにも解るモンをポケモンたちが扱っとる…何か意味があるんか?」


そう言われても、拙者には判断しかねますな…
この世界を作ったであろう者の趣味…とでも言えば良いのでしょうか?


賢城
「不思議なもんやなホンマ…」
「人間になったポケモンだけの世界で、ホンマの人間はワシしかおらん」
「…何となく、元の世界で過ごしとるお前等の気持ちが解った気がするわ」


確かに、ここでは賢城殿の様な人間は逆に異端。
もし世の中に人間という得たいの知れない生物が確認されれば、どれだけ大騒ぎになるやら…


華澄
「そういえば、賢城殿は今まで正体を隠していたのですか?」

賢城
「その辺は適当や…自分の種族なんざ忘れたで通した」


な、成る程…かなり強引ですが、マフィアの中で一々それを気にする者もいなかったのでしょう…
この体格でござるし、ゴーリキーやドテッコツあたりに思われても納得しそうではありますしな…


華澄
「あの事務所で暮らして、問題は無かったでござるか?」

賢城
「まぁ、やっとる事は悪どいシノギばっかやったからな」
「ワシが睨み利かせたったら、すぐに大人しゅうなったわ」
「そっからは待遇もようなったし、別に問題もあらへんかった」


人間に睨まれてビビるマフィアですか…いや、賢城殿も極道ですが。
何とも妙な物ですな…それとも賢城殿がそれだけ凄いと言うべきか。

何だかんだ、自分の力だけで2年も過ごしていたのですから…


賢城
「…それより、お前はまだ後悔しとるんか?」

華澄
「…そうかも、しれません」
「ですが、拙者は忘れたくないのです…」
「拙者の為に死んでしまわれた、あの方の想いを…」

賢城
「ワシ等の界隈やと、人の生き死には日常茶飯事や」
「せやけど、組の家族を想う気持ちは忘れた事あらへん」
「ワシ等は極道やが、道を外れた事だけは許してへんからな」

華澄
「道…でござるか?」

賢城
「せや、道や」
「極道っちゅうのは、道を極めると書くやろ?」
「元々は偉い坊さんたちの称号やったらしが、江戸時代から少し意味が変わったらしい」

華澄
「それで…?」

賢城
「弱い奴を助け、強い奴を倒す…そんな意味の極道がワシの矜持なんや」
「せやからカタギには絶対手ぇあげんし、筋の通らん暴力は許さん」
「勿論、所詮世間から見たらただのヤクザや…褒められた職業やあらへんけどな」


賢城殿はそう言う物の、その顔は何処か誇らしげだった。
つまり世間からどう思われていようと、自分の信じた道は曲げないという意志。
拙者にも…それ位の気概が必要だったのかもしれませぬな。


華澄
(あの時、何がなんでもアリサ殿を止めるべきだったのかもしれぬ…)


まさにそれが拙者の甘さ…
だが、後悔してもその結果が変わる事は無い。
なれば、拙者はただ前を見るしかない。
これまで聖殿と共に歩んだ、己の道を…


賢城
「誰かて、後悔する事はあるやろ…」
「せやけど、それで立ち止まっとったら何の意味もあらへん」
「大事なんは、そっからどないするか…や」

華澄
「どう、するか…」
「…拙者は、アリサ殿を救いたいでござる」

賢城
「なら、そうせぇ」

華澄
「…え?」

賢城
「そう決めたなら、もう後悔はすな」
「絶対にそうすると決めたんなら、何がなんでもやり遂げぇ」
「それが、お前の為に死んだモンへの何よりの償いや」


拙者は、その言葉を受けてようやく理解した。
この賢城殿も、後悔した事があるのだと。
そして、それを乗り越えて…今の自分があるのだと。

拙者は、ただそれを引きずって悪戯に己を苦しめていたに過ぎない。
あの独房生活も、ただ戒めの為に過ぎなかった。
だからこそ、拙者は弱いのだ。
そして、フィア殿はそんな拙者の弱さを見抜いていたのでしょう。
だからこそ、勝てないと断言した。
ならば、今こそ変わりましょう…


華澄
(フィア殿…次は同じ手を食いませぬ! どうか、お覚悟を!)

賢城
「…腹は決めたか?」

華澄
「はい、もう迷いは有りませぬ」

賢城
「ほんなら、頼らせてもらうで? ポケモンはん…」


賢城殿はそう言って車のスピードを速める。
明らかに法定速度違反でしたが、幸い捕まる事はありませんでした…



………………………



下っ端A
「な、何モンだテメェ等!?」

華澄
「大した事ではござらぬ、少々そちらのボスに用があります故」

下っ端B
「ふざけてんのか!? そんな事許される訳無ぇだろうがよ!?」

賢城
「下っ端は黙っとれ…邪魔なだけや」


賢城殿は片手でダルマッカの男を頭を掴んで投げ捨てる。
その凄まじいパワーに下っ端連中は驚き、明らかにこちらへ敵意を向けた。
流石に本部なだけはあります…タダで通しては貰えませぬか。


下っ端C
「ヤロウ出入りだーーー!! ぶち殺してやれ!!」

華澄
「解りやすい対応で助かるでござるよ!」


拙者は冷静に『水手裏剣』を駆使して敵の武装を切り裂いていく。
その際敵の手にも傷を着けておき、あえて恐怖を煽らせる。
あまりの速度で投げられたソレに、下っ端たちは反応すら出来ずただ狼狽えるのみ。

拙者は、ここでやや疑問に思った。


華澄
(ソビエラルの少年たちですら、拙者相手に物怖じすらしなかったというのに…)


仮にもプロであるはずのこの連中は何だ?
たったさっきの一手で狼狽え、恐怖している。
これではアマチュアであるはずのソビエラルの方がまだ手応えがありますぞ?


賢城
「ふん、何やこのトーシロー共は? ホンマに本部の構成員か?」


「ほう、たったふたりでカチコミたぁ良い度胸してるな?」


今の騒ぎに駆け付けたのか、ひとりの屈強な男が立ちはだかる。
明らかに下っ端風情とは風格が違う…幹部クラスといった所ですかな?

特徴は青い肌に、目元だけが黄色い。
しかし何より手が4本もあり、足も4本…!
まるでタコの吸盤の様な物をちらつかせるそのポケモンは、拙者も見た事の無いポケモンでした。


賢城
「何や、タコかイカか知らんのが出て来たのぉ?」


「『オトスパス』を見るのは初めてか?」

華澄
「オトスパス…? 聞いた事も無いでござるな」


オトスパスと言った男はユラユラと4本の腕を動かす。
タイプはまるで解りませんな…あえて言うなら水タイプでござろうか?
しかし、あの屈強な筋肉…格闘タイプの可能性も?


賢城
「おう、ワシ等はちぃと上のモンに話があるだけや…」
「それさえ出来るなら、見逃したってもええんやぞ?」

オトスパス
「それを易々と聞き入れる馬鹿だと思うのか?」
「ここを何処だと思ってやがる? 天下に轟くセミレヴィッチの本部だぞ!?」

賢城
「…少しは義理堅いのもおる、か」
「ええやろ、ほんなら少し遊んだるわ…」


そう言って賢城殿はネクタイを外し、上着を脱ぐ。
拙者はその上着とネクタイを受け取り、賢城殿の戦いを見守る事にした…


華澄
(拙者の見立てであれば、賢城殿の実力は並のポケモンを軽く上回る)


しかしあのオトスパスという男、並ではござらん。
果たして賢城殿に任せても良い物か?


オトスパス
「お前、何のポケモンだ?」

賢城
「さぁな、忘れたわ」


賢城殿の持つ威圧感は凄まじい。
体格ですらもオトスパスより上回っており、格の違いが感じられる程。
賢城殿は仮にも組織のボス…いかな幹部とはいえ、持っている矜持は比較にならない。
事実、賢城殿はオトスパスの異様な雰囲気に全く動じていない。
果たして…本当に人の身で勝てるのか?


華澄
(最悪の場合は、拙者が割って入るしかあるまい)

賢城
「…久し振りの喧嘩や、どうなっても悪ぅ思うんやないで?」

オトスパス
「良い度胸だ…久し振りに骨のありそうな『漢』だな!?」


そう言ってオトスパスは構える。
4本の腕を妖しく揺らめかせ、4本の足でどっしりと構える。
明らかに待ちの体勢であり、賢城殿はそれを見ても全く動じなかった。
それ所か、解った上で自分から射程距離に入って行く。
流石のオトスパスも一瞬狼狽えており、無防備に近付く巨体相手に若干の焦りを見せていた。


オトスパス
(コイツ、恐怖のひとつも無ぇのか!?)

賢城
「ほんなら、行くで?」


賢城殿は相手の射程でオーバーに右拳を振りかざす。
明らかにバレバレの行為であり、何より隙だらけすぎる!
いくら相手が待ちとはいえ、これではカウンターをしてくださいと言ってる様な物!


オトスパス
「バカか!? そんな大降りに当たる訳…」

賢城
「!!」


賢城殿は構えた拳とは別の腕で、ガシッとオトスパスの腕を1本掴んで自分の方に引き寄せた。
完全に右拳に気を取られていたオトスパスはそれに気付かず、状況を理解するももう遅い。
賢城殿は、そのままオトスパスの顔面に拳をめり込ませて思いっきり振り切る。
オトスパスの首があらぬ方向に曲がり、口からは大量の血を吐いていた。
そのままオトスパスは悶絶し、折れた歯を吐きながら地を這いずり回る。


華澄
「…つ、強い!」

賢城
「大した事無いわ、お前の方が強いやろ?」


賢城殿は軽く肩を動かしてそう言う。
確かに…単純な戦闘力で言えば拙者の方が強いかもしれませぬが。
少なくとも、単なる殴り合いであれば勝てる自信も無い。
シンプルながら、経験に裏打ちされた駆け引きも相まって、賢城殿の強さは人間としても常軌を逸している。

これが…弱気を助け、強気を挫く侠客(きょうかく)の、姿!!
拙者は、賢城殿の力を眼に焼き付けた。
あの力は、決して悪意に囚われて振るわれる力ではない。
守るべき物があるからこそ、振るわれる拳なのだ…
拙者はそんな賢城殿の振るまいに勇気を貰った。

今のは決して褒められた戦いでは無かったものの、賢城殿は正面から堂々と相手を倒してみせたのだ。
そしてその姿は同業のマフィアたちですら口が出せないレベル。
それだけ、この世界においては力が物を言うのでしょうな…










『とりあえず、彼氏いない歴ウン千年のポケモン女が愛する男を救う為に戦う。後悔する暇も無い』



第3話 『弱気を助け、強気を挫く侠客(おとこ)』


…To be continued

Yuki ( 2021/07/14(水) 18:54 )