第3章 『雪降る摩天楼に舞う忍』
第3話
華澄
(街並みもほぼ変わってはいませんな…)


ここは雪が降り積もり、高層ビルの建ち並ぶ大都会。
本当に映画の舞台を思わせる世界観であり、どこか現実めいた街並みでもある。
しかし、この世界に存在するのはあくまでポケモンたち…

現実とは明らかに違うのです。


華澄
(相変わらず、寒い)


拙者は水タイプ故にそこまで寒さが苦手ではないものの、寒い物は寒い。
人化した肉体という物は、そう言う部分はある意味良くも悪くもあります。
人肌としての温もりを与えられる一方、極度な温度変化に悩まされる事もあるのですから…


華澄
「………」


拙者は舌を伸ばしてそれを首に巻く。
今までは舌が乾くのが苦手で避けていたのですが、訓練によりそれも克服致しました。
このスタイルこそが本来のゲッコウガ。
人化した影響で変化した感覚故に、違和感はあるのですが…

そもそも、ゲッコウガの舌は人間とは違いが大きすぎる。
味覚を司る敏感な感覚器官である一方、戦闘における武器にもなるのですし、痛覚に関しても人間と違って相当鈍いでしょう。
何より舌をマフラーにして体温調節する等、人化したポケモンでもゲッコウガ位の物でしょうしな…


華澄
(さて、まずはあの場所に行ってみますか…)


拙者は少し足を早め、移動を開始する。
目的地は大通りから外れた暗いスラム街。
そこにはいわゆるはぐれ者が多く住んでおり、一般の住民は近寄ってさえ来ない場所です。
しかしながら、今の拙者にとっては最も情報を集めやすい場でもある。



………………………



華澄
「…変わりませんな、ここの空気も」


拙者はそう呟くも、周りの反応は薄い。
こちらをチラリとは見る物の、拙者の服を見て興味を失ったのでしょうな…
拙者はため息を吐きながらも、そのまま奥へと進んで行く。
誰からも止められる事すら無く、拙者はひとりで人気の無い路地裏へと足を踏み入れた…



………………………



華澄
(…いる)


拙者はとある集団の気配を感じ取った。
目の前にはいないものの、確実に複数の気配…そして敵意。
拙者は軽く構え、いつでも動ける体勢に入った。
そして次の瞬間……


キィン!!


拙者は僅かに身を退いて飛び道具をかわす。
拙者の頭を明らかに狙ったソレは、コンクリートの地面にぶつかって弾き飛んだ。
ただのナイフであり、そこまで殺傷能力は無い。
それでも急所に当たれば絶命は免れぬ。
そんな得物を躊躇無く扱うとは…


華澄
「…2年経っても、まだ更正してはおりませんかっ!」


拙者は舌を戻してそう叫び、次々と放たれる『水鉄砲』を全て回避した。
大きくは動かず、あくまで必要最小限の動きだけでそれをこなす。
そして拙者は軽く作った『水手裏剣』を5枚同時に投げた。
それ等は宙を飛んで、それぞれバラバラの位置にある建物の壁に着弾して弾ける。
今のはあくまで牽制…壁に傷すら付かぬ威力です。

しかしそれを見て相手は戦法を変えた。
見えない場所から見える場所に降り立ち、拙者を囲む様に数人の『少年』達が拙者を睨んでいたのだ…


少年A
「………」


拙者の前方にいるのは、『ゲコガシラ』の少年。
青い覆面を被り、首には泡の様な白いマフラーもどきが付いている。
あれはゲコガシラ特有の特徴であり、ケロマツから引き継いでいる特殊な物ですな。

他のメンバーも同様の特徴を有しており、体格差はあれど皆ゲコガシラ。
この街においては有名なはぐれ者達であり、それだけの問題集団でもある。
拙者の目的は、正にこの集団に会う事だったのだ。


華澄
「さて…2年振りとはなりますが、あの方は元気なのでしょうな?」

ゲコガシラA
「………」


前方のゲコガシラは何も答えない。
ただ手に持った石ころを掌で転がしながら、こちらの隙を窺っている様でした。
やはり…言葉は通じませんか。


華澄
「…少なくとも、そなた等の存在がそれを示唆している」
「やれやれ…厄介な事になりそうですな」


次の瞬間、石ころが拙者の頬を横切る。
拙者は軽く首を傾けて回避しており、完全に見切っていた。
だが、更に後のゲコガシラが通り過ぎた石をキャッチして投げ返す。
拙者は更にそれをかわし、またその先で別のゲコガシラがキャッチ…

この作業を僅か数秒でお互いにこなす。
端から見れば曲芸じみた動きでしょうが、こんな物は遊びレベルに過ぎませぬ。
拙者は機を見て石を軽く砕き、息を吐いて相手を睨み付けた。
それを見ても相手は動揺すらしない。
それ位は想定済…という所でしょうな。


華澄
「お遊びは終わりにしましょう…そろそろあの方を返していただきます!」


拙者は瞬時に前方のゲコガシラまで踏み込み、肘打ちでひとり倒す。
そのまま口から『黒い霧』を吐いて視界を完全に塞ぐ。
ただでさえ薄暗いこの路地裏にこの濃度の霧…まず目は機能しない!

拙者はそのまま5人程いたゲコガシラの少年たちを全員倒す。
数秒程の間にそれを成し遂げた拙者は、霧が晴れる頃に集団のリーダーと思われる少年の元まで歩み寄った。
拙者はその少年を見下ろしながらこう話す…


華澄
「…まだ話す気にはなりませぬか?」

ゲコガシラA
「………」


相変わらず何も喋りませんな…
表情も覆面のせいで全く解りませんし、困った物です。
少年はそのまま震えながら立ち上がるも、すぐにその場から逃げ出す。
既に他のメンバーも逃げており、拙者はため息を吐いて少年の背を追った。

ゲコガシラたちは建物の壁を蹴って、あっという間に屋上まで登っる。
拙者もそれを追って軽く登り切った。
ゲコガシラたちはバラバラに散って逃げており、全員を捕まえるのは無理ですな…ならば!


ゲッコウガ
「情報を聞き出すだけなら、ひとりいれば十分でござるよ!」


拙者はリーダーっぽいゲコガシラの少年に目を付け、それだけを追う。
相手も中々のスピードですが、拙者には勝てませぬ。
すぐにでも追い付いて捕まえ……


華澄
「!?」


拙者は突然、言い様の無い『恐怖』に襲われる。
ビルからビルへ跳び移ろうかという瞬間に、拙者は思わず足を止めてしまったのだ。


華澄
「!?」


拙者はその場で背後を見る。
するとそこには、異様な何者かが宙を浮いていたのだ…
その姿は、いわゆるボロ…
ただのボロ布に身を包んでおり、顔も中身も解らない。
雪も降り風も強いこの屋上で、その異様な者はこちらをただ見ている様でした…

身長はそれなりに大きく、180pはある…
体格もかなりあるのか、ボロ布は足元に向かってかなり横に広がっていた。
ゆらり…ゆらりとその場で揺れながら、その者はこう話しかける。



「…邪魔は、させません」

華澄
「邪魔ですと…? 一体そなたは何者!?」


聞いた感じは女の声、しかし抑揚が無い。
あまりに小さな声で、聞き取るのも難しい位でした。
しかし、声に反して放っているプレッシャーが尋常では無い!
まさか…例の七幻獣のメンバーでしょうか!?


華澄
(拙者がこれ程の恐怖を受けるとは…! 特殊な能力でも発揮しているのか!?)


いくら何でも、対峙しただけでこの感覚は異様すぎる!
恐らく、相手の能力の効果と判断致します。
しかし、その効果自体は絶大…その証拠に拙者はその場から身動きひとつ取れないのですから。



「……縹 華澄、残念です」
「…あの子がいたら、さぞ喜んだでしょうに」

華澄
「あの子? まさかアリサ殿の事ですか!?」


彼女はクスクス笑い、その場で揺れ動く。
あまりに特殊な挙動…まさかゴーストタイプかエスパータイプの類いでしょうか?
どちらにしても、彼女は何かを知っている。
なればここでそれを聞き出さなければ!



「…貴女は、まだ必要ありません」
「舞台に上がるには少し早いのですから…」


拙者は恐怖を振り切り、水手裏剣を1枚放った。
しかしそれは空中で霧散し、彼女には届かない。
拙者は更に強い恐怖に襲われ、その場で膝を着いた…


華澄
(くっ…!? 一体、どういうカラクリで!)


「貴女は私に勝てません、その『恐怖』が有る限り」
「そして恐怖は私の下僕…それが私」
「『恐怖(Fear)』…私は、『フィア』」


フィア…恐怖? そ、それが彼女の名なのですか?
だとすれば、それは全く新たな存在を意味してしまう…
メロディ殿の言っていた七幻獣にその名は無いのですから…!


フィア
「…もう、良いでしょう」

華澄
「…ぐっ、はぁっ!?」


拙者は一気に恐怖から解放され、四つん這いになって全身から冷や汗をかく。
ガクガクと体を震わせながら、拙者は歯軋りしてその場に踞る事しか出来なかった。
気が付けばフィア殿はいない…もう、消えてしまったのか。


華澄
「…情けない! これでは拙者は何の為に鍛えたのか!!」


拙者はコンクリートの床を殴り付けて悔しがる。
体は鍛えた、今までサボっていたゲッコウガとしての特徴も鍛え直した!
それでも、この結果…!!
このままでは…拙者は勝てない?


華澄
(否! 恐怖等、己の弱さ故の事!!)


負けたのは、己の弱さ故!
拙者は己を奮い立てて立ち上がる。
こんな所で立ち止まってどうするものか…!


華澄
「………」


もう、情報源を追うのは無理でしょう。
あのフィアという謎の女性までいる以上、容易には近付かせてもらえぬはず。
今回は…とりあえず退きましょう。



………………………



華澄
「………」


拙者はトボトボとひとり帰路に着く。
結局、収穫は殆ど無かった。
アリサ殿が恐らく無事だと思われるのが唯一の収穫ですが、同時に新たな難敵の登場。

前途多難とは…この事ですな。


華澄
(ですが、逆に目的はハッキリし始めた)


あのフィアという存在、確実に常軌を逸している。
その姿は2年前に見られなかったのに、です。
つまり、今日唐突に現れたその存在は何かを意味しているはず。
最悪、この世界のクリア条件に関わっている可能性は高いでしょう。



………………………



スミルノ
「お帰りなさいませ華澄様、お食事の準備は出来ておりますが…」

華澄
「先に体を洗います…」

スミルノ
「そうでしょうと思い、既に準備は出来ております」
「入浴後に食事を段取りしておきましょう」


そう言ってスミルノ殿は厨房に向かった。
拙者はそのまま先に体を洗って着替える事にする。
少し…気も落ち着けなければ。



………………………



華澄
「……」

スミルノ
「………」


無言で拙者は食事を取る。
温かいボルシチを頂きながら、拙者はとりあえず気を落ち着ける事になったのだ。
やがて食事も終わり、スミルノ殿はすぐに食器を片付ける。
拙者は水を飲みながら、この広すぎる空間を見渡し改めてこう思った。


華澄
(ひとりで食事するには、広すぎますな…)


まさに映画で見る様な大豪邸での食事風景。
しかしながら、ここで食べているのは拙者のみであり、あまりに異質な空間なのだと改めさせられました。
そして同時に、アンドレイ殿の寂しさも身に染みる。


華澄
「…アリサ殿、必ず!」


拙者は拳を握って決意を固める。
例えそれが容易で無くとも、拙者は負けませぬ。
聖殿が諦めなかった様に、拙者も絶対に諦めない。
救える者は、必ず救うと心に決めるのです!


スミルノ
「華澄様、よろしければ食後酒はいかがでしょう?」
「気を詰めすぎるのも良くありません、少しは弛める事もよろしいかと」

華澄
「お酒…ですか? 拙者、懲役前はまだ未成年だった故、流石に飲んだ事が無いのですが…」

スミルノ
「無論承知しております、ですのでお試しにでも…」
「華澄様も、今や21…立派な大人のレディーにございます!」
「酒の席に誘われる事もありましょう、これも訓練と思えば…」


成る程、訓練となれば話は別ですな。
確かに家族でもお酒を嗜む方はいますし、飲める様になる事に越した事は無いはず。
なれば、いざ!


華澄
「……こ、これは飲んでも大丈夫なのですよね?」

スミルノ
「勿論です、最高級品のウォッカにございますよ?」


拙者はショットグラスに注がれた酒を見て、やや躊躇う。
何と言うか…凄まじいアルコールの香りが。
ううむ、しかしこれも訓練!
こんな事で怖じ気付いていては、フィア殿の恐怖にも勝てませぬ!


華澄
「んっ!」


拙者は意を決してそれを一気に飲む。
すると次の瞬間、拙者は一気に意識を失って顔からテーブルにビターン!と突っ込んだ。
そこから先の記憶は…一切無く!


スミルノ
「おっと…まさか一口でゆかれるとは」
「このスミルノにも読めませんでしたな…」
「やれやれ…それではお部屋までお連れしましょう」
「まぁ、これも良き経験という事で…」



………………………



華澄
「うぐ…? ううん…?」


拙者は気が付くとベッドにいた。
昨日の記憶がハッキリとしない…何があったのでしょうか?
うぐ…頭がズキズキする、そう言えば酒を飲んだ記憶はありますな。
そこから何も覚えていませぬ…


スミルノ
『華澄様、お食事の準備が出来ました』

華澄
「は、はい! すぐに着替えるでござる!」


拙者は大声を出して答えるも、更に頭痛に悩まされる。
うぐぅ…お酒がこれ程強敵とは!



………………………



スミルノ
「まずは食前にこちらをどうぞ…少しは楽になるかと」

華澄
「あ、ありがとうございます…」


拙者は先にスープを頂いて落ち着く。
確かに…少し楽になった気がしますな。
後は少しづつパンやサラダを食べながら拙者は朝食を終える。
まだ少し頭痛はするものの、大分楽にはなりました…


スミルノ
「華澄様、例の組織の件ですが」

華澄
「!! 手掛かりがあったのですか?」


拙者は気を引き締め、キッとした表情でそう答える。
スミルノ殿は髭を整え、こう説明し始めた…


スミルノ
「2年前、アリサ殿がここを出て行った時に手を引いていた組織…」
「『セミレヴィッチ』というマフィアですな」

華澄
「セミレヴィッチ…ですか」


流石に名前を聞いただけでは良く解りませんな。
とりあえずマフィアというからには、それなりの組織と思うべきですが…


華澄
「そのマフィアは、件の『ソビエラル』とも繋がりが?」


ソビエラル…それは昨日相対した少年たちの所属するグループです。
昨日のはあくまでその一部のメンバーであり、このグループは様々なポケモンたちの集まりで出来た未成年のアウトロー集団。


華澄
(そして、アリサ殿が所属する組織でもある…!)

スミルノ
「恐らく、ソビエラルはセミレヴィッチによって生み出されたグループなのでしょう」
「そして、アリサ様の性格や生い立ちを知った上で引き抜いた…」



………………………



華澄
「アリサ殿、いい加減になされよ!」

アリサ
「うるせぇ! アタシに口出しすんなって言ってんだろ!?」


2年前のあの日…あの事件が起こる直前。
拙者はアンドレイ殿からの依頼で、アリサ殿の護衛をしていました。
しかしこのアリサ殿がかなり問題児であり、両親ですら頭を悩ませる程…
良い家に生まれてしまったが為、アンドレイ殿たちの優しさ故、アリサ殿は良くも悪くも自由に育ってしまったらしい。
そして、当時のアリサ殿は16歳…思春期さながら同世代の悪友たちと大人に迷惑をかけていたのです。


アリサ
「どうせお前も金目当てでこんな事やってんだろ?」
「だったら、金持ってさっさとどっか行けよ!」
「アタシはひとりでも生きて行く!」


拙者はそんなアリサ殿を諫(いさ)めながらも、何とかしようと努力した。
しかし、そんなあの日…事件は起きてしまったのだ。



………………………



華澄
「クリスタ殿!?」


クリスタ殿…アンドレイ殿の奥方殿であり、アリサ殿の母。
アンドレイ殿やアリサ殿と同じくエースバーンであり、アリサ殿とは似ても似つかない程大人しく、優しいご婦人でした。


クリスタ
「か、華澄さん…逃げて」
「このままでは……貴女が」


それは…たまたま拙者がクリスタ殿の護衛をしていた日の事でした。
クリスタ殿の買い物に付き合う為、街へ出ていた最中…突然ソビエラルの少年達が襲いかかって来たのです。
そしてクリスタ殿は拙者を庇って凶弾に倒れてしまわれた…

これは護衛である拙者の完全な落ち度であり、全て拙者の責任。
守れたはずの命でありながら、守れなかった…!


華澄
「…馬鹿な!? 何故なのですかアリサ殿ぉぉっ!?」

アリサ
「お前には関係無い、これはアタシが決めた事だ!」


そう、それは悪夢を見せられていた様だった。
あのアリサ殿は、事もあろうにソビエラルと手を組み拙者を殺そうとしていたのだ。
拙者はアリサ殿が拐われていると聞かされていた…故にこんな事になろうとは予想も出来なかった。

だが全てはアリサ殿が仕組んだ罠であり、演技…
拙者はその嘘を見破れず、みすみすクリスタ殿を死なせてしまう羽目に…!


アリサ
「ふん、今回は見逃してやる」
「だがいつかお前は殺してやる! それを忘れるな!?」

華澄
「待っ…!」


アリサ殿はソビエラルの仲間と共にその場からすぐに離れる。
拙者はクリスタ殿を放ってはおけず、その場で叫ぶ事しか出来なかった。
そしてクリスタ殿はその場で息を引き取ってしまう。
その後、警察に囲まれた拙者は自首をした。

自分が…クリスタ殿を殺害したと。



………………………



華澄
(拙者には出来なかった…アリサ殿に母殺しの罪を背負わせる事等)


勿論、実際の犯人である以上…その罪は消えはしない。
ですが世間から母殺しの目で見られる等、未成年の少女には耐え難い苦痛。
だからこそ、周りから馬鹿だと笑われようとも、拙者には我慢が出来なかったのです。

そして2年もの間、拙者は鍛練した。
もう2度とあんなミスを犯さぬ様に…次こそ、アリサ殿の目を覚まさせる為に!


スミルノ
「アリサ様は、何不自由無い暮らしが逆に嫌いだったのでしょう」
「故に、ソビエラルの様な連中に感化されて犯罪者の仲間になど…」

華澄
「…それでも、己が母を殺める等許される事ではありませぬ」
「アリサ殿にも、我慢出来ぬ何かがあったのは確かでしょう」
「そして全てはこの拙者が招いた過ち…」


何故、アリサ殿が拙者を憎んでいるのかは解らぬ。
あの短い期間に、恨まれる様な事が果たしてあったと言うのでしょうか?
考えてもみれば、謎ですな…


華澄
「…スミルノ殿、アリサ殿が拙者を殺したいと思う程憎む理由」
「解りますか?」

スミルノ
「ふむ…それについてでございますが」
「…皆目検討付きません!」


拙者は少しズッコケそうになる。
いかにも何か知ってそうな雰囲気で言わないでくだされ…


スミルノ
「これまでも、アリサ様がご両親に反発する事は多々ありました」
「しかしながら、それはあくまで思春期の少女なら誰にでもある反抗期という物…」
「いくら荒々しい性格のアリサ様とはいえ、お客人でもある華澄様に殺意を向けるとは…到底思えませんな」


それは、逆に言えばアリサ殿の本心では無かった…と?
スミルノ殿は少なくともアリサ殿を信頼している。
アリサ殿が生まれた頃から世話をしているスミルノ殿が言う以上、その意味は果てしなく大きいと言えるでしょう。

ならば…アリサ殿はやはり操られている?


華澄
(あの時のアリサ殿の目…尋常ではない憎しみの目でした)


初めて会った時から、アリサ殿には嫌われていた。
ですが、あそこまで明確な殺意を向けられたのはあれが最初…
やはり、怪しいのは…


華澄
(フィアと名乗った、謎すぎる存在…)

スミルノ
「仮にアリサ様が何者かに操られているとして、それはセミレヴィッチの手の可能性が高いでしょう」

華澄
「…そのセミレヴィッチというマフィアに、フィアという女性はいますか?」


スミルノ殿は露骨に?を浮かべ、首を傾げた。
同時に知らないのだと理解する…やはり、謎のままですか。
と、なると…考えられるのは自ずとひとつ。


華澄
(拙者と同様、外部からの…)


恐らく七幻獣を含む勢力と同様、拙者達を始末する為にこの世界に派遣されたか?
アレが第三勢力かは解りませんが、厄介な能力を持っている以上ただでは済みますまい。


スミルノ
「その女性については全く情報がありませんな…」
「華澄様のお知り合いで?」

華澄
「先日、交戦致しました」
「見た感じ、ソビエラルを助けていた様に見えましたな…」


そして彼女はこう言った。
まだ、早いと…


華澄
(まるで謎かけの様な言い方…舞台とも言っていましたな)


考えてはみるも、やはり何も浮かばない。
こういう時、阿須那殿や女胤殿がおれば何か解りそうな物ですが…
やはり拙者に考えるのは無理でござるな…


スミルノ
「ふむ、詳細は解りませんが調べておきましょう」
「それでは華澄様、本日のご予定はいかがなさいますか?」

華澄
「また街に出て情報を集めまする」
「最悪、セミレヴィッチに乗り込んでみるでござるよ…」

スミルノ
「かしこまりました、それではセミレヴィッチの拠点を地図に記しておきましょう」
「後程お持ち致しますので、しばしお待ちを…」


拙者は了承し、しばし休む事にする。
やがて小一時間程してから、拙者は地図を貰って外に出た。



………………………



華澄
「…今日は珍しく晴れていますな」


実に快晴だ…この街はほとんどが雪雲に覆われているというのに。
しかし、積もりに積もっている雪は中々溶けはしない。
そんな気分も良くなる程良い天気の中、拙者はひとりで歩いていた。


華澄
(…さて、直接乗り込むのは最後の手段として)


拙者は地図を見ながらどうするか考える。
地図にはソビエラルのいそうな場所も記されており、そこに向かってみるのも悪くは無さそうですな。
とはいえ、またフィア殿に邪魔される可能性が高そうですが…


華澄
(負けるとは思いたくないですが、今のままでは勝てぬかもしれませぬ…)


彼女は言った…恐怖がある限り勝てないと。
そしてその恐怖は彼女の下僕、故に恐怖(Fear)…と。
七幻獣に二つ名がある様に、恐らくそれが彼女の二つ名みたいな物なのでしょう。
だとすれば、あの言い様の無い恐怖は…


華澄
(拙者自身の、心の隙…)


拙者に少しでも恐れる心があり、それを増幅させられた?
それが彼女の能力と考えれば、合点はいく。
しかしそれでは…対策を立てられるのか?

そもそも、拙者にはあの時恐怖等抱いてはいなかった。
ただ、フィア殿が現れたと同時にあの恐怖心に包まれたのだ。
で、あれば…そもそもどういう原理で拙者に恐怖心を植え付けたのか?


華澄
(考えども考えども…結論は出ない、か)


だとすれば、もはや無心になるしかないやもしれぬ。
心を無にし、有りとあらゆる感情を0にする。
心の鍛練も欠かした事は無い…最悪それで対応してみるしかありますまい。

…何とも、後ろ向きな考え方でありますが。



………………………



華澄
「…これで、全ての地点は終わりですか」


拙者は地図にマークを付けて息を吐いた。
スミルノ殿が記してくださっていたソビエラルのいそうな場所は、全てハズレだったのだ。
つまり、手掛かりその物を失ったという事…

だとすれば、後はセミレヴィッチの事務所へ行くしかない。
確実に荒事になりそうな雰囲気ですが、仕方ありませぬ。
拙者は、とりあえず近場にあるセミレヴィッチの事務所のひとつに目を付け、そこで話を聞く事にした。
マフィアな以上、素直に話が聞けるとも思えませぬが…



………………………



下っ端A
「あん? アリサ・ゴルディバフの居場所だぁ!?」

華澄
「………」


とりあえず拙者は単刀直入に聞いてみた。
当然の様に相手は乱暴な言い回しで対応してくださる。
既に拙者はため息しか出ませんでしたが、まぁ予想通りなので…
ちなみに相手はゴロンダとワルビルの男ふたりですな。


ゴロンダ
「嬢ちゃん、小さいのにひとりでこんな所に来るたぁ正気かぁ?」

華澄
「失礼な、これでも21でござるよ」


拙者がそう言うと、下っ端ふたりは笑い飛ばす。
やれやれ…もう慣れた事ですが、この見た目では説得力が無いのも問題ですな。
拙者はまたため息を吐いて少し気を入れる。

そして次は少々脅し付ける様に声を低くしてこう言った。


華澄
「…そちらの組織にソビエラルが関係しているのは知っているのです」
「これ以上、シラを切り通すと言うのなら…実力行使もやむを得ませんが?」

ワルビル
「はぁ、ソビエラルだぁ? そんなガキ共知った事か!」

ゴロンダ
「とっとと帰んな、こっちも暇じゃねぇんだ」

華澄
(流石に、末端程度に情報は無い…か)


拙者はとりあえず宛を外したのだと割り切る。
考えみてもセミレヴィッチは大きな組織。
街の中にある事務所も、ピンキリなのかもしれませぬ。
直接アリサ殿に関わってるメンバーも、それ程多くは無いのかもしませぬな。



「待てや、ちょっとその女と話させぇ」

ワルビル
「えっ!? おやっさん!?」

ゴロンダ
「何でわざわざ…?」


突然、事務所の奥からひとりの男が姿を見せる。
その男は格闘タイプであるゴロンダーの男よりも屈強な体をしており、顔は傷だらけ。
変哲も無い角刈りの髪型に、黒いスーツを着込んだその男は拙者も1度だけ見た事のある顔だった。

そして拙者が驚いている間に彼はこう話しかける。



「確か2年前、あん時一緒におった嬢ちゃんやろ?」

華澄
「貴方はあの時の!? 確か…賢城(さかき)殿!」


そう、それはまさかの人物だったのだ。
あの時、黙示録終了時に拙者達と共にあの扉を潜った人間の男。
阿須那殿や宙(ひろし)殿の知り合いで、確かヤクザの親分をしている方。
そんな賢城殿はふぅ…と軽く息を吐いていた。
拙者の姿を見て、安心した…と、そんな風に見えますな。

こうして…2年越しに再会を果たした拙者達。
まさかの組み合わせに拙者は驚愕しながらも、確かな嬉しさもまた覚えるのだった……










『とりあえず、彼氏いない歴ウン千年のポケモン女が愛する男を救う為に戦う。後悔する暇も無い』



第2話 『心の底に潜む、恐怖(Fear)』


…To be continued

Yuki ( 2021/07/13(火) 17:38 )