第8話 『ノアは最終兵器』
ノア
「メイリンさん、体調はどうですか?」
メイリン
「あはは…肋骨と内臓やられて、危うく死ぬ所だったからね〜」
メイリンさんは、そう言って苦笑いする。
仕事上いつもの事とはいえ、やはり見ていて痛々しい…
私はそんな彼女を、今見ている事しか出来ない。
ノア
「とりあえず…しばらくは休養をとの事ですし、羽を休めてください」
私はそう言って、メイリンさんに食事の乗ったトレーを渡す。
今日はレバニラ炒めにしてみました…鉄分を多めに取った方が良いでしょうし♪
メイリン
「これ美味し〜♪」
メイリンさんは嬉しそうにパクパク食べていく。
基本的にメイリンさんは好き嫌いも無く、何でもそれなりに食べてくれる。
作り手としては嬉しい限りですが、たまには驚く様な料理も出してみたい所ですね…
ノア
「そう言えば、メイリンさんは休日に予定はあるのですか?」
メイリン
「え? って言われても、こちとら本来年中無休だし…」
「確かに休養は貰ったけど…予定なんて何も無いわね」
メイリンさんは、食事を続けながらそう言い放つ。
この通り、メイリンさんは趣味みたいな物がありません。
常にダクタリアンと戦う事しか考えておらず、いつも誰かを助けてあげたいと思っている優しい女性なのだ…
その為に、自分の体を傷付けてでも…
ノア
「体は、動きますか?」
メイリン
「うん…大まかな治療は済んでるし、歩く位なら何とか」
ノア
「でしたら、今日は一緒に街に出ましょう」
私がそう言うと、メイリンさんは箸を止めてポカンとする。
そんなに予想外の台詞だったのでしょうか?
メイリン
「えっと…それって、もしかしてデート!?」
ノア
「そう思ってもらっても構いませんよ?」
「折角の機会ですし、お互いもう少し理解を深めませんと…」
基本的に私とメイリンさんは同居していますが…
とはいえ、実際一緒に寝室を共にする事はほとんど無い。
特にここの所は独立部隊に配属されており、ほとんど戦場に出ているのですから…
私としては、もう少しメイリンさんの事を知っておきたい。
彼女も私の事は好いてくれているみたいですし、都合が良いでしょう。
彼女が自分からその領域に踏み込むのは、絶対にしないでしょうが…
メイリン
「ま、まぁ別に良いけど…でも、私で良いの?」
ノア
「貴女だから良いんです」
私は笑ってそう言う。
すると、メイリンさんはあからさまに顔を紅潮させた。
ふふ…本当に良い反応をしてくれますね。
やはり、彼女は私を惹き付けてくれる…
ノア
「では、食事後にすぐ出ましょう」
「着替えを用意してきますので、そのまま食べていてください」
私はそう言って部屋を後にする。
そして、少しだけ楽しくなってきた自分の心を、更に高揚させた。
今日は…楽しくなりそうですね♪
………………………
ノア
「さて、それでは行きましょうか?」
メイリン
「ちょっ! ちょっと待って!? 本当にこの服しかないの!?」
メイリンさんは顔を真っ赤にして私を制止した。
ちなみに彼女が着ているのは、フリフリの可愛らしいフリルが付いたワンピースタイプのドレスだ。
色は純白であり、まさに可憐な美少女!
…おっと、20歳の彼女に少女とは失礼ですかね?
ノア
「とても似合っていますよ? それならどう見ても軍人だとは思われません」
メイリン
「ぐっ…そ、そりゃそうでしょうけど!」
メイリンさんは露骨に嫌そうな顔をしながらも、そのまま外に出た。
私はちなみに普通に茶色のジェントルマン風スーツを着て、それに合った同色の帽子を深々と被っている。
右手には杖を持ち、左手でメイリンさんの手を取ってエスコートした…
ノア
「ではお姫様、参りましょう♪」
メイリン
「そ、そういうのは良いから!!」
私は恥ずかしがるメイリンさんを見て、楽しむ。
決して、からかっているだけではないのですがね…
ふふ…彼女にとっては、まだまだ人間としての楽しさというのは解らないのかもしれません。
………………………
メイリン
「………」
ノア
「どうかしましたか?」
メイリン
「ううん…こうやって街を歩くのは久し振りなんだけど」
「皆、それなりに楽しく生活してるんだなって…」
メイリンさんはそう言って、感慨深そうな顔をした。
そして、すぐに微笑んでニューヨークの住民たちを見つめる。
その顔は安心した顔であり、メイリンさんは自分の仕事の結果を再認識しているのでしょう。
こうやって皆が安心して暮らせるのは、紛れもなく彼女たちの功績なのですから。
メイリン
「ダクタリアンの出現は、本当に唐突なのよね…」
ノア
「そうですね…常に神出鬼没、今でも世界各地のどこかで少なからず人を襲っています」
もちろん、今の人類には小型のダクタリアンとやり合う位の戦力はある。
各国、それぞれに自国を防衛する位の力はあるのですから…
それに、Pokemonたちの存在はどこかにある。
私たちの頼れる隣人は、そうやって何処かで人類を守ってくれているのでしょう…
メイリン
「世界中の皆が笑顔でいられる…そんな日は、いつか来るのかな?」
ノア
「来ますよ、きっと」
私は根拠も無しにそう言い放つ。
実際問題、そんな簡単な事でないのは承知です。
それでも、私は強い意志でそう言った。
ノア
「例えダクタリアンがどれだけいようと、きっといつか戦いは終わります」
「その為に、メイリンさんたちは戦い続けているのですから…」
「終わりの無い戦争など…ただ虚しいだけですよ」
メイリン
「…? ノア?」
おっと、いけませんね…つい、雰囲気に出してしまいましたか。
メイリンさんには、出来れば笑顔でいてほしい…
これは、私の希望です。
彼女がいるからこそ、今の私はいるのですから。
………………………
ノア
「では、これと…これを」
私は今夜の料理に使う食材を買っていた。
隣ではメイリンさんが嬉しそうに立ってくれており、今夜の食事が既に楽しみな様です♪
メイリン
「今夜は何を作るの?」
ノア
「ふふ…秘密です♪」
私は口元に人差し指を当て、そう言って微笑む。
メイリンさんは少し?を浮かべながらも、可愛い仕草で微笑み返してくれた。
やはり、メイリンさんは私の心を癒してくれる…
彼女さえ良ければ、私は……
………………………
メイリン
「やっぱり、人間って凄いよね」
ノア
「何が…ですか?」
買い物が終わって帰り道、メイリンさんは両手を後ろで組んでそう呟いた。
私は杖を片手にメイリンさんの方を見て、?を浮かべる。
すると、メイリンさんは静かにこう答えた…
メイリン
「私はPokemonなのに、それでも人間は何一つ嫌な顔をしない」
「例え軍服を着ていなくても、街の人たちは笑顔で私を見てくれるんだ…」
メイリンさんは、本当に嬉しそうだった。
そして同時に、彼女の固い決意も伝わってくる。
彼女は、あの笑顔の為に戦っているのだから…
ただ、笑いかけてくれる人間の為に、命を賭けて彼女は戦う。
そんな彼女に対し…今の私は対して力になれはしない。
自分で選んだ道とはいえ、少しだけ歯痒かった。
メイリン
「ノア…私は、絶対に皆を助けるから」
ノア
「…はい」
メイリン
「だから、待っててね? もし戦争が終わって、それでも私がこの世界にいられるなら…」
私は、少しだけ緊張する。
彼女は、今から何を言うのだろうか?
私が無言でその先を待っていると…
ズシィィン!!
メイリン
「!? そんな…!?」
ノア
「!!」
突如、私たちの前に現れたのは小型のダクタリアンだった。
他のダクタリアンは見当たらない…まさか単騎で?
サイズは3m程度で、メイリンさんなら対して問題にならない相手でしょう。
…もちろんそれが万全の状態であれば、ですが。
メイリン
「くっ!! どうやってこんな小型が防衛線を!?」
ノア
「…!!」
私はメイリンさんの手を引っ張って走る。
このままではメイリンさんがただでは済まない。
いくら小型とはいえ、まだ怪我が治っていない上に特装も無いメイリンさんでは危険すぎる!
メイリン
「手を離してノア! ここで私が足止めしないと!!」
ノア
「ダメです! 聞けません!! ここで貴女を殺させるわけにはいかない!!」
メイリン
「ダメよ! それだと他の住民に被害が出る!!」
「私なら大丈夫…! あれ位なら特装無しでもやってみせるわ!!」
そう言ってメイリンさんは私の手を振りほどき、ひとりで振り返る。
怪我をしているというのに、それでも人を軽く越えたその速度はまさにPokemonの証…
ですが…あれではまるで、死にに行く様な物!
例え相手を倒せたとしても、この場の皆を守れたとしても!
それで彼女が犠牲になっては意味が無い!!
………………………
メイリン
「敵はひとり…! 小型にしても小さい?」
私はダクタリアンの前まで走り、手に電撃を走らせる。
頬袋から私は放電し始め、それを右手に集中させた。
本来なら特装に伝わらせて銃弾にするんだけど、今は直接放つしかない!
バヂバチバチィ!!
ダクタリアン
「!?」
小型は少しだけ怯む。
見た目は西洋のドラゴンみたいな風貌で、口かと思われる部分を開いてこちらを威嚇してきた。
まただ…このダクタリアンも、どこか感情がある?
今までとは明らかに違う…まさか本当にダクタリアンは進化しているの!?
メイリン
(だとしたら、マズイ! ここで下手に刺激して相手を進化させたら、未曾有の被害に繋がるかも!!)
私は通信機を家に置いてきたのを後悔した。
どうする? 小型とはいえ、装甲を貫いてコアを破壊出来るか?
多分私には無理だ…! 私の攻撃方法はどうやったって電撃か超能力。
しかも超能力の方はあまり得意じゃない…そこまで強力な力場は私に出せないだろう。
と、なると…必然的に足止めしか出来ないんだけど。
ダクタリアン
「!!」
ダクタリアンはこちらを見て待機していた。
何を考えているのか全く解らない。
でも、これは前の挙動と同じだ。
あの時の戦闘機型も、こちらから仕掛けなかったらほとんど動かずに観察していた。
多分…こいつも観察してるんだ。
私の、一挙手一投足を。
メイリン
(くっ…それならそれで好都合! だったら救援が来るまで睨み付けてやるわよ!)
もちろん、ライチュウはそんな技を使えないので本当に睨むだけだが…
私はここでちょっと閃く、こういうのって効果あるのかしら?
メイリン
「………」
ダクタリアン
「………」
私はダクタリアンの前で尻尾をフリフリと振ってみる。
一応、Pokemon相手には防御を下げる技なんだけど…
メイリン
「………」 フリフリ…フリフリ…
ダクタリアン
「………」
ダメだ! 全く効いてるのか解らん!!
これだと甘えるのとかもダメっぽいわね…やっぱPokemonとは生態が違うって事かなぁ?
メイリン
(とはいえ…本当に動かない)
私は思わず警戒を解いてしまった。
もしかしたら…別の道が見えるのかもしれない。
本当に…何となく、何となくそんな気持ちになってしまったのだ。
私は、そのまま何もしてこないダクタリアンに向かって歩き始める。
そして…ダクタリアンの手に私が触れようとした時。
ガキィィィィン!!と、凄まじい音が響き、何かが私の頭の横を通り抜けていた。
そしてそれは的確にダクタリアンの胸を貫いており、ダクタリアンは無言のまま霧散してしまう…
私は思わずハッ!?となり、すぐに背後を向く。
だけどそこには誰もおらず、住民も既に避難しているのか人の気配すら無かった。
私は?を浮かべながらも、ダクタリアンを貫いた獲物を確認しに行く。
すると、それはビルのコンクリートを貫いていた。
メイリン
「な、何よコレ!? 柄の無い、ナイフ!?」
刃渡りは60cm程で、やや大きめのナイフだろうか?
あのダクタリアンの装甲を容易く貫き、コアを破壊するだなんて…
近くにPokemonの気配は無い…? いや、すぐに離れたのかもしれないけど。
メイリン
「特装かしら? って!?」
私が持っていたナイフは、ボロボロと崩れてしまう。
一体どんな素材で出来ていたんだろうか?
まるで、証拠隠滅と言わんばかりにそれはやがて灰になってしまったのだ。
これでは、何の情報も得られない。
一体…誰がダクタリアンを?
メイリン
「しかも、初めからコアの場所を見抜いていた?」
明らかに狙い済ました一撃であり、確実にダクタリアンを倒す為に投げたと思われる。
確かに、あのダクタリアンは無防備だったし、チャンスだとは思うけれど…
メイリン
(何で…こんなにも悲しいの?)
私は、何故か泣きそうになった。
前の時もそうだ…あの怒り狂った感情をバラ撒いていた超大型。
痛みと苦しみと、怒りの感情を私たちにぶつけていた。
私たちは…人類の為に戦っているのに、どうしてこんなにも迷いが生まれてしまったの?
メイリン
(私は…人類の為ならダクタリアンを倒す事に躊躇いは無い)
でも、あんな無抵抗な相手をただ滅ぼすなんて、何故か納得出来なかった。
もし…もし、あのダクタリアンが私の手を取っていたら…
その時、私はどうしたのだろうか?
ノア
「メイリンさん! 無事でしたか!?」
メイリン
「あ…ノア」
気が付けば、ノアが私の元に走って来ていた。
ゼェゼェと息を切らし、杖も忘れてここまで全力疾走だった様だ。
良かった…とりあえず何ともないみたいで。
誰があのダクタリアンを倒したのかは解らないけれど、この街の人たちを安心させたのは確かだ。
私のこの考えは、まだ…胸に仕舞っておこう。
ノア
「あのダクタリアンは?」
メイリン
「解らない…でも、誰かが隠れてやったみたいなの」
本当に、一体何者なんだろう?
あんなナイフ1本でダクタリアンを倒すだなんて…
それとも、相当強力な特装だったんだろうか?
でも、ニューヨークにそんな強いPokemonがいるだなんて聞いた事無い。
そもそも北米には私の他にふたり程しか軍所属のPokemonはいないはずだ。
ひとりはカナダ、もうひとりはワシントンにいたはず。
私もほとんど面識は無いし、そもそもどんなPokemonなのかも私は知らない。
所属が違うだけで、前線にも出て来ないしね…
その点、防衛ラインの最前線にいたサイアとは、よく一緒に戦線に立ったんだけど。
メイリン
「ねぇ、ノアはこの辺で私以外のPokemon見た事ある?」
ノア
「いえ、まさか…そもそもPokemonは貴重ですし、そんなひとつの街に何人もいるとは思えません」
私もそう思う。
だとしたら、あれをやったのは新鋭のPokemonなのか?
また新たに来訪したPokemon?
だとしたら、どこの所属なんだろうか?
1度、長官に話を聞いた方が言いかもしれないわね。
メイリン
「そう言えば、買い物袋と杖は?」
ノア
「ああ、それならあちらに置いてきました」
「巻き込まれてはいけないと思いましたので…」
ノアってば、意外に冷静なのね…
普通、あんな突発的な事が起これば驚いたり怯えたりするのに。
事実、街の人たちは大慌てで逃げていた。
ダクタリアンへの恐怖とは、それ位大きいはずなのだ。
ノア
「とりあえず、荷物を取りに行きましょうか?」
メイリン
「あ…うん」
私はノアに手を引かれ、静かになってしまった街をふたりで歩く。
そして、少し心が痛む…私は、少し唇を噛んでそれに耐えた。
………………………
メイリン
「これ…何?」
ノア
「鍋ですよ…そろそろ寒くなってきましたからね」
私たちは帰宅後、夕飯に鍋という物をいただいた。
見るのは初めてであり、和製の鍋でぐつぐつと食材が煮込まれている。
既に野菜が大量に放り込まれており、他にも魚や肉もある様だった。
ノアは長い箸を器用に扱って鍋の食材を掻き回す。
確かに…これは暖まりそうな料理ね♪
ノア
「とりあえず、試しにポン酢でいただきましょうか」
メイリン
「あちちっ!」
私は肉を口に入れるも熱さに驚く。
ノアはそれを見て笑い、自分の分を取っていた。
私はポン酢に食材を付け、ひとつづつ味わっていく。
メイリン
「うん、美味しい!」
ノア
「そうですか、良かったです♪」
初めて食べた鍋は、本当に美味しかった。
私がこの世界に来て、もうすぐ1年。
とても短く感じたけど、ノアと出会ってもう1年経つのか…
ダクタリアンと人類の戦いは、まだ続いている。
果たして、いつまで続くのかは…私には解らない。
メイリン
(でも、守ってみせるから)
私は食材を食べながら、改めてそう決意する。
幾度と無く決意してきた事だけど、それでも改めて。
私は何があっても、人間を守る。
ダクタリアンが何を考えているのかは解らないけど、今は戦う事を考えないと…
………………………
メイリン
「………」
ノア
「………」
私は、寝室で安らかに眠るメイリンさんを見て安心する。
時刻はもう深夜…ほとんどの家庭はもう寝静まっている頃でしょう。
私は寝室のドアをそっと閉じ、リビングの方に向かった。
そこには、ひとりの客人を待たせている。
ノア
「…お待たせしました、長官」
ジェフリー
「構わんよ…少し様子を見に来ただけなのでな」
そう、待たせていたのはあのインディペンデントの司令でもあるジェフリー・スタンダップ長官だ。
現在、インディペンデントも特に動きは無く、大規模なダクタリアンとの戦闘は行われていない。
とはいえ、長官自らがここに来るとは…今日の事件の件ですかね?
ジェフリー
「…昼過ぎに、小型のダクタリアンが現れたと聞いた」
ノア
「確かに、私たちの目の前に現れましたからね」
私は冷静にそう言ってホットコーヒーを飲む。
長官も一口コーヒーを飲み、少しだけ息を吐いた。
ジェフリー
「メイリン少尉が仕留めたのか?」
ノア
「いえ、謎の存在に仕留められたそうです」
「Pokemonではないか…とメイリンさんは疑っていましたね」
私がそう言うと、長官は目を細めて私を睨む。
温厚な長官としては非常に珍しい…
やれやれ…バレていますね、これは。
ジェフリー
「君の事に関しては、私程度の立場でどうこう言える訳ではないが…」
ノア
「………」
ジェフリー
「君は、いつまで騙し続けるつもりなのだ?」
ノア
「もちろん、人類が追い詰められるまで…」
私は微笑んでそう言う。
何故ならば、それが私との『契約』でもあるのですから。
私は、有りとあらゆる人類の法律から逃れる事が出来る権限を持っている。
その代償として、私は人類に置ける『最終兵器』としての役割も持っているのです。
つまり、私は何があっても最後には人類の為に戦わなければならない。
それこそが、私が人類と交わした契約…
ジェフリー
「君が少尉を引き取りたいと言った理由を、私に聞かせてもらえるかね?」
長官は表情を和らげてそう呟く。
私は少し迷ったものの、長官にならば…と思い、話す事にした。
ノア
「…彼女は、私にとって天使なのです」
ジェフリー
「…よもや、君の口からそんなメルヘンな言葉を聞くとはな」
長官は苦笑してコーヒーを飲む。
私はいたって大真面目です。
本気でそう思っている。
メイリンさんは私にとって、掛け替えの無い存在なのですから。
ノア
「私には、人間を愛する事など出来ません」
ジェフリー
「だろうな…感情すら失い、ただの兵器として育てられた君には」
長官は皮肉めいた言い方でそう言う。
そう…私は所詮ただの人型兵器であり、その程度の存在。
人間らしい感情などおおよそ必要無く、ただ笑っていれば人は特に疑いもしなかった。
ですがその実、私の身体は最終兵器その物。
人の身でありながら人類最強の存在であり、その気になれば身一つでダクタリアンを打倒すら出来るのですから。
事実…今日1匹消しましたね。
ノア
「私は、本来対ダクタリアンへぶつけられる予定でした」
ジェフリー
「それは聞いている…まだPokemonが世に現れる前の予定だが」
ノア
「ですが…突如としてPokemonは人類の前に現れ、私の役目は後回しとなりました」
ジェフリー
「Pokemonの特異性と能力、そして新たなるテクノロジーの開発」
「全てがトントン拍子に進んでいった…少々気味悪い位にね」
ノア
「私は基地でメイリンさんを見た時、初めて別の感情が芽生えました」
あれは、今でも鮮明に思い出せる。
遠目から見たメイリンさんは、とても美しく、とても活発で、とても…優しく思えた。
ノア
「ですが、所詮Pokemonは軍にとってモルモット…」
「だからこそ、私はメイリンさんを引き取る事にしたのです」
「私情ではありますが、軍に脅しをかけて強引に引き取らせていただきました♪」
ジェフリー
「成る程…そういう事だったのか」
「確かに、軍の上層部に任せていたらどんな仕打ちを受けていたか」
ノア
「だから、条件付きでメイリンさんを軍へ所属させる事にしました」
「貴方が指揮するであろうインディペンデントに配属させるなら、メイリンさんを軍に戻しても良いと」
「更に、彼女に関しては本部からの指示は一切無効という条件付きで」
長官は苦い顔で手を顔に当てる。
そして首を横に振り、呆れている様だった。
ジェフリー
「君に関しては、全てが国家機密以上のトップシークレットだ」
「その君に睨まれては、世界の首脳全員が顔を青くした事だろう…」
ノア
「ふふ…そんな私を造ったのは人類だというのに」
全く笑い話でしかない。
従順だったからといって、鎖も繋がずに放し飼いしていたのですから。
もっともメイリンさんがあの場に現れなければ、私があんな事をする事もなかったのですが、ね。
ジェフリー
「…何故、私を選んだのだね?」
ノア
「世界でも、数少なく信頼に値する方だからですよ」
「特に長官という役職でありながら、上から疎まれてる貴方だからこそ、メイリンさんを預けても良いと判断しました」
長官は嘘偽り無く、それこそ掛け値なしに良い人間です。
自らの保身しか考えていないアメリカ上層部の中で、唯一といって良い存在。
そんな長官だからこそ、私は自らの天使を預ける決意をしたのです。
ジェフリー
「君といい、鹿島提督といい…私はそれ程優秀な人間では無いぞ?」
ノア
「優秀さは関係ありません」
「私は、貴方の人間性にしか興味はありませんので」
長官はそれを聞いて苦笑する。
私の事を知っている長官ならば、それが嘘でないのは解るはず。
ジェフリー
「やれやれ…まだまだ老体に鞭を打たねばならんか」
ノア
「それが貴方の仕事ですよ」
「そして、貴方自身が選んだ道でしょう?」
ジェフリー
「確かに…私は人類の未来の為なら、いつでも死ぬ覚悟はある」
「むしろ、私の命程度で戦争が終わるなら今すぐにでも差し出したい所だ」
長官はそう言って、軍帽を被って立ち上がる。
明らかに使い古されたと解るその帽子は、彼の生き様を語っているかの様だった。
長い間人の為に戦い続ける長官は、今も休む事無く戦い続けているのでしょう。
ジェフリー
「邪魔をした…メイリン少尉の事をよろしく頼むよ」
ノア
「もちろんです、本来なら返したくない位ですからね♪」
私は皮肉を込めてそう言う。
長官は苦笑し、そのまま背中を向けて去って行く。
私はそれを見送り、やがて静かになったリビングの片付けを始めた。
明日の朝食はどうしましょうかね?
最近和食が多かったですし、たまにはピザでも焼きましょうか♪
私はそんな事を考えながら、ふたり分のコーヒカップを洗い始める。
メイリンさんはぐっすり眠っている…私はそんな天使を起こさない様に、最新の注意を払って作業をこなした。
そして、ギリギリまで私の正体は決してメイリンさんには明かさないと決意する。
出来ればメイリンさんにとって、私はただの人間でありたい。
私もまた、メイリンさんの前でなら人間でいられる気がするのです。
ただの兵器としてしか扱われなかった…この私が。
たった唯一…安らぎを感じられる。
それを与えてくれる彼女は、まさに天使なのでしょう…
『遠い世界のPokemonさん』
第8話 『ノアは最終兵器』
To be continued…