魔更 聖編
第3話

『ここは…何だ?』


俺は謎の空間に身を置いていた。
白き光に包まれたここは、とても神秘的でどこか儚い印象を受ける。
ここには俺以外の存在は見受けられず、俺は途方に暮れてしまった…
とりあえず俺は歩いてみる…体には若干の浮遊感があり、酷く感覚は曖昧だ。
それでも足を動かす事は出来、俺はちゃんと自分の力で動けているのは感じられた。



『…? これは、玉座…か?』


特に豪華さ等は感じないが、確かに玉座だ。
世界は全てが白いというのに、それは確かにそこに存在していた。
夢の様に曖昧なこの世界に、何故こんな物がポツンと置いてあるんだ?



『おやおや…ここは、貴方の様な特異点が来るべき場所ではありませんよ?』


『!?』


突然、背後から声をかけられる。
俺は玉座に触ろうとしたのを止め、すぐに振り向く。
だが、そこには誰もいなかった…
だけど声は聞こえる、一体誰がいるんだ!?



『成る程、それも雫の選択…と』


『? 雫…選択?』


とりあえず訳が解らない。
記憶すら曖昧な俺に解る事は、この声がやけに皮肉めいた口調の女性という事だけだ。
もちろん姿は見えないし、本当は男かもしれないが…



『残念ですが、ここには結果は存在しません』


『??? 一体、さっきから何を言ってるんだ!?』


『少年よ、今は眠りなさい…』


その声と共に、俺の感覚は微睡んで(まどろんで)いく。
やがて声は遠くなり、俺の意識は薄れる。
そこから数秒もしない内に、俺は時間すら忘れて落ちていった……



………………………




(…く、お、俺は…?)


いつの間にか俺は眠っていたらしい。
昨日の記憶も曖昧で、俺はやけに息苦しい状態に陥っていた。
と、いうか窒息の危機だ!
俺は顔面に押し付けられている何かに手を付け、無理矢理押し上げてみた。
すると、目の前には…柔らかくもヌルついている、とても形容に困る代物があった。


伊吹
「zzz…」


「…何で、この人の胸がここにあるんだ」


どんな状況でこうなったのかが全く理解出来ない。
とりあえず俺は未だに眠っている彼女の両肩を掴み、体をズラしてベッドに倒してあげた。
うつ伏せになって気持ち良さそうに眠るその人は、どこか幸せそうに見える。
俺はやれやれ…と思うも、改めて状況を確認した。
昨日の襲撃から、特に何も無し…美拑ちゃんは、今は外か。
時間は朝の6時前、眠気はそんなに無いな…



「っ…傷が痛むな」


俺は自分に巻かれている包帯を触って痛がる。
それなりに深い切傷だった為、出血は酷かったみたいだからな…
昨日動いたせいで肋骨もやられたし、何かと運が無いのかもしれない…



(俺は…何だ?)


未だにその疑問が晴れる事は無い。
だけど俺は多分フツーじゃない…命を狙われて、誰かに護られて、そして何故かここにいる。
俺には何の価値がある? 保美香さんたちの様な優しいポケモンに何故守ってもらえる?



「…何故、俺はここにいる?」


もはや存在意義すら解らない。
それでも、俺は生きている。
生かされている…誰かに、護られて。


美拑
「よっと! 見回り完了! 異常無しっと!!」


「………」


突然、壁をすり抜けて美拑ちゃんが現れる。
見回りと言っていたが、汗をかいており、何か運動でもしていたのだろう。
俺は軽く視線だけ向けて、窓から外を見る。
こんな時間だ…ほとんど人も歩いていないな。
いや、ひとり見付けた…紫の可愛い尻尾を靡かせるポケモン娘だ。
頭には耳も付いており、獣系の感じがするな…
どんなポケモンかはよく解らないが、その娘は楽しそうにスキップしていた…幸せそうだな。
この病院に向かって来ているって事は、きっと誰かのお見舞いだろう。
こんな朝早くからとは、少し気になるが…


美拑
「また、ポケモンですか? それとも敵?」


「違うよ…あれは敵じゃない」


俺は即答する。
確信など何も無いのだが、それでもそう思った。
あの娘は昨日のピカチュウとは違う。
多分、ただの一般ポケモンだろう…


美拑
「一体、何が根拠でそう言えるんですかね…」
「昨日の時点で2度の襲撃…絶対にまた来る気がしますけど」

伊吹
「ふぁ〜あ…あれ〜? もう起きてたの〜?」


伊吹さんは大きな欠伸をして体を起こす。
そして、少し周りをキョロキョロして?を浮かべていた。
俺にはこの人の思考が全く読み取れない…
果たして、今の彼女の脳内では何が浮かんでいるのだろうか?


伊吹
「…やっぱり、いないよね〜」


「………」

美拑
「…誰が、ですか?」

伊吹
「茂君〜…」


その声は、寂しそうだった。
俺はその人の事は知らない、だけどこのふたりには重要な意味を持つ。
いや、ふたりだけじゃない…あの家に住んでいるポケモンは全員その人の事が心配なんだ。
だけどその人はここにいない…しかも、それは俺のせいかもしれないのだ。


美拑
「…案外、この人を差し出したら帰って来たりしないんですかね?」

伊吹
「………」


多分冗談のつもりなんだろう。
でも、伊吹さんの顔は笑っている様で笑っていないみたいだった…
途端に空気が重くなる…俺は少しトイレに行きたくなり、その場を一旦離れる事にする。


伊吹
「あ、どこに行くの〜?」


「トイレです…ひとりで行けますんで」


俺はそう言って立ち上がる…が、肋骨の痛みに俺は歯軋りした。
そんな俺の姿を見て、伊吹さんは優しく俺の体を支えてくれる。
情けないな…こんな位の事もマトモに出来ないなんて。


伊吹
「無理しないで〜お姉さんが手伝ってあげるから〜♪」

美拑
「何故だろう…伊吹さんが言うといかがわしくも聞こえる」


「………」


俺は特にツッコム気力も起きず、ため息を吐いて歩き出した。
伊吹さんはそれに付いて支えてくれる。
とりあえず、俺は伊吹さんに支えられながらもトイレに向かう事にした…



………………………




「…俺と引き換えに、か」


存外、間違ってないのかもしれない。
俺と交換で入れ替わったのなら、俺がいなくなれば必然的に帰って来るのかもしれないし。
そもそも、その方が皆幸せなんじゃないのか?
敵が何を考えているのかは解らないが、少なくとも俺を殺さずに捕まえたい奴もいるかもしれない。
それなら、ワザと捕まってみるのもひとつの手だ。
何も情報が無いより、危険を承知で飛び込んででも探さないとダメなのかも…



(何より、あの家族をこれ以上危険な目には合わせたくない!)


俺はトイレを済ませてそう思った。
そして痛む体を押して、俺はトイレの窓から外に出る。
ここは1階だからそのまま街へ出られる。
スリッパのままだが贅沢は言ってられない…とにかく敵と接触しないと!



………………………



保美香
「!? 逃げられたって…」

美拑
「言葉通りですよ…トイレから外に出たみたいで、伊吹さんがひとりで飛び出しちゃったんですよ!」


わたくしは美拑から話を聞いて呆れてしまう。
聞けば怪我はそれなりに重いらしく、歩くのにも難儀していたらしい。
そんな状態の彼が、今敵に遭遇すれば間違いなく殺されるか、最悪捕まってしまう。
伊吹が追っているとの事ですが、彼女が巻き込まれてしまったら危険すぎますわね…


保美香
「とにかく、追いますわよ!」

美拑
「…兎に角無事だと良いですけど!」


美拑はどっちの心配をしているのか、すぐに剣と盾を持って走り出した。
まだそんなに遠くへは行っていないはず、早く見付けなければ!



………………………




「ぐっ…! くそ…こんな痛みが何だ……!」


俺は痛みに耐えて走っていた。
目的地は定めていないものの、俺は迷う事なく体が覚えている方向へ突き進む。
やがて商店街らしき場所に俺は付き、俺は人目から隠れる様に移動していった。
幸い朝早くだけに、人はほとんどいない…敵はどっから来るか解らないが、少なくとも誘拐派に会わなくては元も子も無い。
この辺はもう運試しだ…! 最悪俺が死ねば、あの家族は解放される可能性がある。
どっちにしても、やるしかないんだ…!



(くそ…思った以上に体が動かない)


食事も取ってないからな…気温もすこぶる寒いし、相当無茶をしているのだと俺は自分でも思う。
だけど、その甲斐はあったのだと思った。
俺は昨日感じた違和感と同質の感覚に陥り、敵の出現を確信したのだ。



(問題は誘拐派か殺害派か?)


その確認は多分俺には出来ない。
だけど無駄死にだけはするわけにいかないんだ。
俺には多くの記憶が無い…だけど何か大切な物は確実にある。



「………」


現れたのは、ボロボロのドレスを身に纏った女。
頭には大きな花が乗っており、ポケモンであるのはすぐ解る。
そして、コイツからは殺意を感じない。
間違いなく敵なのは解るが、昨日のピカチュウと同様、敵意はあっても殺意が感じられないのだ。
女は動かない俺に近付き、プルプル震え出す。
口元は不気味に歪み、その顔は狂気に満ちていた。
やがて俺はソイツに乱暴に捕まえられ、その場から連れていかれた…とりあえず、ここまでは予定通りか。



(クソッタレ…殺意は無くても、俺の体の事なんて全く考えてない!)


半ば引きずられる様に、俺は女の片手に抱えられているのだ。
当然ながらとてつもなく痛い。
いっその事気絶したかったが、しばらくはこの生き地獄に耐えなければならない様だ…



………………………



伊吹
「聖く〜ん! どこに行ったの〜!」
「どうして〜ひとりで行っちゃったの〜!!」


アタシは、ひとり叫び続けた。
彼は理由無く、ひとりで去る様な子じゃない。
何も言わずに行ったのは、きっとアタシたちに負い目を感じていたから…
でも、彼は怪我をしている…本当ならまだ治療をしなきゃいけないのに。


伊吹
「………」


答えは何も帰って来ない。
もしかしたら、もう……
アタシは最悪の事態を想像するけれど、それでも諦められなかった。
アタシは走って聖君を探し続ける。
すると、アタシは商店街に入った辺りで、ある物を見付けた。


伊吹
「こ、これ〜…聖君が履いてた〜」


そう、病院のスリッパだ。
それが何故かこんな所に落ちている…そしてその先には血痕が残っていた。
アタシは思わずスリッパを足元に落とし、震えてその先を見る。
でも、その先には何も無かった。
まるで急にその場からいなくなったかの様に、血痕も途切れている。
アタシは考えてみた…相手は2度とも空間に何かをして現れたという。
だとすれば、相手には空間を操作する何かがあるという事。
と、なれば…急に空間を開けたり閉めたりして、ワープする事も…不可能じゃない?


伊吹
(でも、そうだとしたら追う術が無いって事に〜?)


アタシたちにワープとか出来る能力は無い。
例え出来たとしても、場所が特定出来なければそこに行く事は難しいだろう。
だったら、発想を変えてみよう…追う事が出来ないなら、追わなくても探せる方法を。


伊吹
(聖君は拐われたと仮定して、そして、まだ生きているとも…)


とにかくそれは大前提だ。
死んでしまっていたら、元も子も無い。
アタシは考えられる方法を手当たり次第頭に浮かべていく。
この時点で、アタシにはひとつの仮説が生まれた。


伊吹
(まさか、ワザと捕まったの?)


あくまで仮説だ。
その真意は聖君だけが知っている。
だけど、そうなるとひとつだけ確認を取る方法があった。
アタシはスマホを取り出し、SNSアプリを起動させる。
そして登録してあるグループメンバーのリストを出し、そこに書かれている『現在位置』を見た。
その内のひとり、『常葉 茂』の現在地が更新されている。
ただ、アタシはそれを見て愕然とした…何とそこはかなり離れた場所にある地点だったのだ。
GPSを使ってアタシは更に正確な場所を割り出す。
茂君のスマホがある場所は特定した…そして、そこに聖君はいる!



………………………



保美香
「いつの間に仕込んでいたのですか?」

伊吹
「もしかしたら〜役に立つかもって思って〜♪」

美拑
「それで聖さんが寝ている間にポケットに突っ込んでたんですか?」
「用意周到と言うか…って、それなら最初に教えといてくださいよ!?」


アタシはあはは〜と笑っていた。
でも、SNSの居場所更新ってタイムラグあるから、そんなにすぐには反映されない事も多いんだよね〜


保美香
「しかし…城、ですか?」

伊吹
「そうみたいだね〜こんな城、多分今まで無かったと思うよ〜?」

美拑
「だとしたら、確実に敵の拠点でしょう」
「今頃は拷問でも受けているのかも…」

伊吹
「それか改造人間に〜?」

保美香
「止めろー! ○ョッカー!! ぶっ飛ばすぞぉ〜!!」

美拑
「あえて○リダーですか!? って何で知ってるんですか!?」

保美香
「わ、解らないかしら…急にそんなセリフが頭に浮かんで」


おやおや、これがネタの神様が降って来た〜って奴なのかな?
これも、聖君が現れた事の影響なのかもしれないね♪
とりあえず、アタシたちはその場所に移動しようとは思うけれど、肝心の足が無い。
場所は相当な山奥で、まず一般人が近付こうとはしなさそうな樹海。
当然、車や電車が通れるわけも無く、行くにしても歩いていかないとならない。
正直、すぐに行くのはちょっと難しいかも〜


保美香
「ここはわたくしが適任ですわね…多少なら浮遊も出来ますし」

美拑
「じゃあ、ボクは保美香さんと一緒に…」

伊吹
「じゃあ、アタシは茜たちに連絡しておくね〜」


こうなったら、アタシは足手まといになってしまう。
ただでさえ足が速いわけでもないのに、樹海になんて入ってしまったらきっと迷惑をかけるだろう。
だからアタシはアタシに出来る範囲でサポートする。
戦う事は出来なくても、アタシにも誰かを助ける事は出来るはずだから…




「…? 伊吹から?」


突然、SNSで伊吹が連絡して来た。
グループ全員に向けて発信されているその発言は、あまりにも突拍子が無くて私はポカンとしてしまったのだ。
その内容とは……


『今から、保美香と美拑で魔王討伐〜♪』
『参加したい人は、すぐに返信してね〜♪』



(魔王討伐…? 魔王がいるの? ファンタジー再び?)


私は思わず帝国の事を思い出す。
あんな世界があったのだから、魔王のひとりやふたりいてもおかしくはない。
とはいえ、それを討伐するとなると中々の難易度だと思うんだけど…保美香たちは大丈夫なの?
私はとりあえず同じグループ内でこう返信した。


『とりあえずご飯どうするの?』

『申し訳ありませんが、後回しです』

『先に拐われた聖さんを救出しますので』


保美香がそう返信する。
そしてまたしても驚愕の事態が判明した。
聖さんが拐われていた…それも魔王に!?
だとしたら、聖さんはどこかの国の偉い人だったのか…
普通じゃない様な雰囲気はあったけど、魔王に狙われる位だから相当な人物だったのだろう。


『仕事が優先だ、私はパスする』

『なら私が行こう、今からすぐに向かう』


予想通り華凛はパス。
そして凪は参戦を表明…これで行くのは3人?
私は流石に遠慮しよう…戦闘になったら足手まといだし、あの3人なら危険もそこまで無いはず。
なので私はこう返信した。


『とりあえず、先にお昼ご飯作って食べとく』

『じゃあアタシも一旦戻るね〜』


伊吹がすぐに返信した。
伊吹も戦うのは苦手だろうから妥当だろう。
私はそれを確認して、とりあえず冷蔵庫を見る事にする。
伊吹が帰って来るなら、サラダを作ろう。
後はショートパスタがあるから、マヨネーズとドレッシングを組み合わせてサラスパ。
うん、今日はこれで行こう…



………………………




「待たせたな…行くのはこの3人か?」

保美香
「ええ、何があるか解りませんし細心の注意を」

美拑
「昨日のも結構手強かったですし、あんなのが複数来たら洒落になりませんよ?」


ふむ、保美香と美拑は昨日交戦していたんだったな。
だとすれば、敵の強さは大体解っているという事…
今回は剣を持って来ていないが、まだまだ直接戦闘なら私も役に立てるだろう。



「しかし、彼が拐われたとは…命を狙われている訳では無いのか?」

保美香
「私が戦った相手は、明確に殺意を持っていましたわ」

美拑
「ボクが戦った相手は、聖さんが言うには殺意が無かったって…」


ふむ、となるとふたりが予想している通り、内部分裂の可能性があるな。
つまり相手は組織だっているが一枚岩ではない。
そこに付け入る隙はあると見るべきか。



「とにかく、話は移動しながらにしよう!」
「聖君の身に何があるかも解らない以上、作戦は一刻を争う!」


私はそう言って移動を開始する。
目的地は、スマホの『ナビ』とやらで案内してくれるので安心だ。
距離にして数10km以上はあるな…しかも山奥の樹海か。
そこに城とやらがあるらしいが、一体どんな城なのだろう?
少なくとも、少年ひとりを拐う為に、何度も刺客を送り込んで来る輩がいる城だ、十分に警戒をせねばならんな…!



………………………




「ちっ…予想はしてたが、扱いは最悪だな…」


俺は特に縛られたりはしていないが、謎の城に連れ込まれていた。
そしてそこの最上階と思われる階層の部屋に投げ込まれ、俺は閉じ込められてしまったのだ。
俺はその場から立つ事も出来ずに、もはや痛みで感覚すら失われてる両足を見た。
それは血塗れになっており、皮は破れ、肉もズタズタにされている。
正直、生きてるだけマシって奴だな…



(結局、他のポケモンがいる様には見えなかった…)


この城は酷く閑散としており、見た目は綺麗なのに人の気配を感じないのだ。
環境音すらほとんど聞こえず、まるでゴーストハウス。
どっちにしても俺は動けないし、今はどうする事も出来やしない…
空腹感もようやく感じてきたな…さぁ、ここからは厄介な耐久戦が始まる。
だけど、負けはしない…折角潜り込めたんだ!
何がなんでも情報を得て、そして探してやる…



(この城に常葉 茂という人間がいるのなら、俺は例え手足が千切れても助け出してやる!)


それは記憶の無い俺に沸々と燃える決意だった。
俺は助けられた…その恩は絶対に返さなきゃならない。
あの家族に、あんな顔をさせるのは絶対にダメだ!
あの家族には、ひとり大切な人が足りないんだ…!
俺は…それを必ず見付けてみせる!!

そう決意すると、俺の意識は遠ざかっていく。
痛みや出血で意識が朦朧としてるのだ…とにかく、今は休んで……



………………………



伊吹
「…ただいま〜」


「お帰り伊吹……?」


アタシが家に帰ると、茜が出迎えてくれる。
今この家にいるのは、茜だけだろう。
そう…やっぱり、茂君はここにいない…



「…とりあえず、お昼ご飯用意する」

伊吹
「うん、ゴメンね〜…」


茜はすっかり家事も覚えて、ひとりでやる様になってた。
料理も練習して出来る様になり、保美香だけに頼らなくても良くなっている。
アタシは、そんな茜の成長を見て…少しだけ、羨ましかった。


伊吹
(アタシが戦えたら、聖君は出て行かなかったのかな?)


今更、後の祭りだけど、それでも思わずにはいられなかった。
きっと聖君は、アタシや美拑に迷惑をかけたくないから勝手に出て行ったんだ。
それを悲しむ人もいるって事を忘れて…


伊吹
(確かに、他人だよね……)


それは間違いない、彼はあくまで茂君と入れ替わっただけの他人だ。
でも、だからといって彼を遠ざける理由にはならない。
彼は記憶を無くしてもポケモンが好きだと言っていた…それはとても嬉しい事だ。
そんな彼が、アタシたちポケモンの為に体を張って何かしようとしている。
アタシは…そんな彼の為に戦わなきゃならないのかもしれない。


伊吹
「うん…やっぱり〜アタシも……っ!?」


それは突然の違和感だった。
急に環境音が消え、茜がやっいるはずの調理の音も消えてしまった。
もしかして、これが保美香たちを襲った状況…?
でも、それならどうして…?


伊吹
「どうして…聖君がいないのに、ここに〜?」


「少々厄介な事になってるのでね…君たちを利用させてもらう事にした」


アタシはゆっくり振り向く…するとそこには、見た事の無い少女の姿をしたポケモンがいた。
髪は銀髪でセミロング。
体格は細く、身長も高くはない。
ただ、背中に大きな銀の輪っかを付けており、そこにはいくつもの鍵が付いていた。
服はピンクのローブを身にまとい、さながら僧侶の様にも見える。
そんな彼女は右手に別の鍵束を持っており、それをチャラチャラと振り回していた。
アタシは冷静に相手を見て考える。
アレは、『クレッフィ』だ…鍵束ポケモンと呼ばれる。
頭頂部には小さな角があり、そこから金属イオンを吸うらしい。


伊吹
「…利用って〜何に〜?」

クレッフィ
「知る必要は無い…が、抵抗しないのであれば危害は加えないと約束しよう」
「あくまで我々が求めるのは雫の排斥だ…あれはふたつもこの世界に存在してはならない」


アタシは?を浮かべる。
雫? 一体それは何の事?
ただ、何となくそれが聖君に関わっているのだとは予測出来た。


伊吹
「もしかして〜それが聖君の狙われる理由〜?」

クレッフィ
「そうだ、故にあの継承者には死んでもらう」
「そうする事で、雫は正しい世界へと戻る…この世界の秩序は保たれる」


結局、彼の命が危ういのは確かだった。
そして、その為にアタシが利用されようとしている。
危害は加えないと言うものの、それはあくまで聖君を見捨てた場合に限るのだ。
だったら、アタシはそれを受け入れる事は出来ない…


伊吹
「やっぱり〜アタシには〜、見捨てられないよ〜」

クレッフィ
「何故だ? 君には彼を助ける理由は無いだろう?」

伊吹
「理由なんて〜アタシにはいらないよ〜…」

クレッフィ
「理解に苦しむな…あれが死ねば君たちの家族も帰って来るのだぞ?」

伊吹
「!! 茂君〜…が〜?」


アタシは一瞬揺れる。
だけどすぐに気付く…そんな方法で大切な人を助けたら、きっとアタシはもう家族でいられない。
子供の聖君を見殺しになんかしたら、もうアタシはアタシじゃなくなる!
そんなのは…絶対にダメだ……


クレッフィ
「家族は戻る、そして秩序も保たれる…これ程の魅力的な結果が他にあるのか?」

伊吹
「じゃあ〜…聖君の帰りを〜、待ってる人はどうなるの〜?」

クレッフィ
「そんな事はどうでも良い事だ…所詮、交わる事の無い世界の擦り合わせ」
「そんな世界の人間が悲しもうと、別世界の問題にすぎない」
「君は自分の住んでいる世界の秩序を崩壊させてまで、そんな存在価値の無い人間を庇うのか?」

伊吹
「価値が無いだなんて〜…そんな事無い〜っ!」


アタシは叫んだ。
同時に泣く…どうしようもなく悲しかった。
どうして聖君はこんなにも世界に嫌われてるの?
ただ巻き込まれただけなのに…ただポケモンが好きな良い子なのに……
彼にだって、待っている大切な家族がいるのに!
アタシは、生まれて初めて拳を握った。
本来なら強すぎるヌメルゴンの力は、容易に人体を引き千切る事も出来る。
でも、アタシはそれが嫌だから戦う事を避け続けた。
アタシは、戦う事よりも護る事の方が好きだったから…
でも、アタシは決意する…今ここで、アタシがやらなきゃ、聖君は世界に見捨てられてしまう。
それだけは…それだけは絶対にイヤだ!!


クレッフィ
「交渉決裂か…やれやれ、益々面倒だな」
「仕方あるまい…ならば当初の予定通り、脳を弄くって交渉材料にしよう」
「どの道結果は変わらん、それこそが守られるべき秩序なのだから」

伊吹
「そんな無情な秩序なんて〜、この世界にはいらない〜っ!!」


アタシはその場からダッシュして突進する。
クレッフィはため息を吐き、右手の鍵を固く握った。
そしてアタシは途端に足の裏に激痛が走る。
アタシはその場で転び、足の裏を見ると、鋼鉄の『まきびし』が突き刺さっていた。
そんなのさっきまで無かったのに…?
アタシはすぐに意味を察した、彼女の特性は『悪戯心』(いたずらごころ)!
変化技を先制攻撃で使える特性…


クレッフィ
「ふ…君程度のドラゴンでは、私には勝てないさ」
「さて、大人しくしてくれると面倒が無くて良い…なぁに、痛みは一瞬だけだ」
「もっとも、その後どうなるかは判断しかねるがね?」


そう言ってクレッフィはまたチャリチャリと鍵束を振り回す。
アタシはまきびしを引き抜き、すぐに立ち上がってみせた。
ダメージはあるけど、動けなくなるほどじゃない…でも、近付く際には気を付けないと。
アタシの覚えている技は全てクレッフィのタイプに効果が薄い…だとしたら、単純な力技で殴る位しか攻撃手段が無い。
だけどクレッフィの技はどんな物なのかが想像付かない…変化技を多用してくるのかもしれないし、迂闊な行動は逆効果だろう…


伊吹
(近付かなきゃダメなのに…それが1番難しい)


相手は一定の距離で待っている。
こちらが動ける内は自分から近付かないのだろう。
そして同時に大きなダメージは狙って来ない…あくまで利用するのが目的だから。
だったら、ここでアタシがやれる行動は3つある。
まずはそのひとつ!


伊吹
「雨よ〜降れ降れ〜♪」

クレッフィ
「…は?」


クレッフィは素っ頓狂な声を出して?を浮かべる。
アタシはそんなクレッフィを無視して『雨乞い』を使ったのだ。
そして室内だというのに、この場でいきなり大雨が降り注ぐ。


クレッフィ
「!? 一体何を…! こんな所で雨だと?」


クレッフィは鬱陶しそうに鍵束を握り、それを持って右手を横に払う。
するとそこから風が巻き起こり、それはアタシの体を薙ぎ払った。
しかし、そこにはアタシのヌルついた粘液だけが飛び散る。
これが、ふたつ目。


クレッフィ
「なっ…ど、どこに!? クソッ! 雨が強すぎて足元が水溜まりに!?」


予想通り慌ててくれてる。
アタシは『溶ける』を使って水面に潜っているのだ。
流石にベルモットさんの様にはいかないけれど、それでも近付くだけなら十分奇襲になる。
そしてアタシは最後、3つ目の手を使った。


クレッフィ
「!? 隕石だと!?」


それは家の天井をぶち破り、たったひとつだけ降らせた『流星群』の隕石。
本来ならフェアリータイプのクレッフィには効果が無い…だけど、視線を向けただけでアタシには十分だった。
アタシは激しい雨と隕石の落下に紛れ、クレッフィのすぐ側に出現する。
クレッフィは隕石の着弾による爆風で怯んでおり、側に立つのは容易だった。
そして、アタシはそんなクレッフィの右肩をポンと左手で叩いてあげる。
するとクレッフィは?を浮かべて振り向き、その瞬間アタシの渾身の右拳がクレッフィの顔面にめり込んでいた。

凄まじい音をたててクレッフィは壁を突き破って外に飛び出す。
その際に何かガシャン!と大きな音がして、空間が歪み始めたのだ。
そして瞬きもしない内に、アタシは家のリビングで立ち尽くしていた。
そこは何も壊れておらず、戦いが始まる前の状態。
クレッフィがどうなったのか解らないけど、とりあえず勝利は出来たみたいだ。
アタシはズキズキ痛む右拳を見て、力を弛める。
初めて、本気で誰かを殴ってしまった…でも、そうしないといけないと思った。


伊吹
「うく…っ、ゴメンね〜茂君…アタシ〜、どうしても聖君を助けてあげたかったから〜…」


アタシは泣いた…聖君を見捨てていれば、救えたかもしれない茂君の事を想って。
でも、後悔はしていない…この世界に存在価値の無い者なんていないのだから。
例え世界に否定されても、アタシは聖君の味方をしてあげたい…
誰も望まなくても、アタシだけは望んであげるから…
アタシは拐われた聖君の事も想い、そして決心する。
戦おう…アタシも、と。
見捨ててはいけない存在がある…護らなければならない存在がある。
その為に、アタシは今だけ…拳を握ろう。










『とりあえず、彼女いない歴17年の俺がポケモン女たちと日常を過ごす現実。やっぱり後悔はしていない』

X

『突然始まるポケモン娘と歴史改変する物語』



第3話 『異物』


To be continued…

Yuki ( 2019/05/01(水) 21:36 )