とりあえず、彼女いない歴17年の俺がポケモン女たちと日常を過ごす現実。やっぱり後悔はしていない













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第5章 『POKE MOA EVIL』
第3話 功夫編
POKE MOA EVIL

功夫編 『努力』



………………………



揺られる転移の感覚。
俺は少し意識が朦朧とし、次の世界へと誘われる。
原始、西部と来て、次はどんな世界に辿り着く?
そして、次は誰が巻き込まれているんだ…?
俺の感覚は徐々に覚醒していく…そして真っ暗な闇の中、光の孔が俺を飲み込んでいった。

その、先には……




「はっ!!」


「あべしっ!?」


転移した矢先、俺の顔面は何かに吹き飛ばされる。
当然体ごと後に吹き飛び、俺の体は地面をゴロゴロと転がって行った。
俺は数秒程意識を失いかけたが、ヨロヨロと立ち上り、まずは状況を確認する。
すると、ここはとりあえず山だってのは理解出来た。
そして、俺の正面数m先には拳を振り抜いた格好の…爺、さん?



「ふっ…やるじゃないか、いくら異能生存体化した俺といえども、転移した矢先で攻撃されては対応出来ない」
「だが、これで勝ったと思うなよ!?」


俺はそう言ってズビシィッ!っと老人を指差して威嚇した。
が、老人は?を浮かべるだけで、特に何もコメントが無い…
クッソ…流石にツッコミ無しとは恐れ入るぜ!


老人
「君は一体何処から…? そして、その奇妙な格好は…?」


「まぁ、話しても理解出来ないと思いますけどね…」


俺はそう言って痛む顔面を抑えた。
かなーりキツイ一撃だったな…ありゃ間違いなく格闘家だ。
老人は鼻の下から長い髭を生やしており、その先端だけ黄色く染まっていたのが特徴的。
中華風の帽子を被っており、色は薄紫だった。
髪型は普通の短髪で、特にそれ以上の特徴は無い。
そして、その帽子の横から伸びる小さなケモミミ、袖の部分だけがやけにダブダブの拳法着、俺はこの時点で老人の種族を推察する。



(コジョンド、か…そりゃ中華って感じだわな)

フーパ
『とりあえず、そこは功夫編、まぁ大体予想通りの世界だと思うよ』


フーパの説明で俺は察する。
西部劇の次はカンフー映画ね…定番の怪鳥音でもその内聞くんだろうか?
とりあえず、この周辺には家族は見当たらない…が。


コジョンド
「詳しい事は後にしましょう…まずはこちらに、私の道場がありますので」


俺は老人に連れられ、少し歩く。
意外と冷静に対処されるな…もっと疑われるかと思ったが。
俺がそんな事を考えていると、すぐに小さな道場が見え、俺はそこの中に案内された…



………………………




「ちち、まだ痛むな…」

コジョンド
「さぁ、これで患部を冷やしてください」


俺は老人から濡れタオルを受け取り、それを顔に当てる。
思ったより冷たい…高山だからか、空気は薄くそれなりに気温は低い様だった。
普通の水でもこんなに冷たいんだな…



(何気に、服とかはそのままなんだな…)


考えてもみれば、俺の服は西部の時のまま。
空腹感や疲労感まで同じなので、俺はここまで全て直結で旅をしているらしい…
だとすると、時間の経過はそのまんま出るって事か。



(となると、もう半月以上は過ぎてる…大丈夫なのか他の家族は?)

コジョンド
「…どうやら、何か深い事情がお有りの様だ」
「よろしければ、話してみてはいただけませんか? 力になれるかもしれません」


老人は正座をしながらそう促す。
かなり丁寧な物腰の人の様で、顔の皺から感じる年齢通り、落ち着いた老人だな。
俺は少し考えながらも、言葉を選んであえてこう言った…



「…家族を、探しています」
「詳しい容姿とかは言えませんけど、多分…ひとり」

コジョンド
「お家族を…? その方も、貴方の様な妙な格好を?」


「いえ、どうでしょう…時間が経っているかもしれませんし、同じ格好とは」


老人は顎に手を当て、ふーむと考える。
俺は少し痛みが和らいだのを感じ、それ程重症じゃないのを理解した。
これなら、自然と治るだろ…
俺はすっかり温くなったタオルを老人に返す。
老人はそれを受け取り、側にある桶の中に入れた。


コジョンド
「失礼、申し遅れましたが私は『中 發白』(チュン ファーパイ)と申します」
「この道場の師範代、『清山拳』(せいざんけん)の継承者です」
「とはいえ、既に周りからは老師と呼ばれる位には年老いた者ですが」


老人はそう言ってお辞儀をし、笑う。
見た所、相当な拳法家みたいだけど、由緒正しい流派なんだろうか?
少なくともかなり優しそうな感じで、いかにも平和主義者って感じだけど…



「清山拳…拳法ですか」
「すみません、俺は魔更 聖…今はこんな格好ですけど、人間です」


「ニンゲン…? 聞いた事の無いポケモンですな」


「いや、そうじゃなくて…俺はポケモンじゃないんです」
「つまり、別の種族…人間と呼ばれる別の生き物です」


俺の真面目な顔を見て、老師は少なからず驚いていた。
やはり、この世界にも人間はいないのか…
基本的にはまず、それが大前提って事なのかね?
しかし、考えてみれば不可思議ではある。
ポケモンは本来、かなり古い時代から人と関わりを持っていたはずだ。
なのに、何故他の世界では人間がいないのか?

いや、過去の混沌を見ればいる事はいた。
だが、今回の混沌ではいない…何か理由があるのか?
それとも…それすらただの『設定』か?



「…まぁ、それは今は良いとしましょう」
「とにかく聖君の家族が心配です、まずは1度下山し町に降りましょう」
「そこでなら、情報は集まるかもしれませんし」


俺はその意見を受け入れる。
幸いにもこの人は相当良い人だ、きっと頼りになるだろう。
何があるかも解らないし、まずは情報収集だな。



「おっと、その前に着替えた方が良いですな」
「こちらへどうぞ、1度体も洗うと良いでしょう」


俺は自分の体を見て理解する。
砂まみれだな…当然だが。
やれやれ…とりあえず体を洗えるなら助かる。



………………………




「ほぉぅわっちゃぁ!!」


と、とりあえずお決まりの怪鳥音をあげてみる。
俺は黒い拳法着に着替え、テキトーなポーズを決めていた。
うむ、意味解らんな! まぁこんなのはとりあえずノリだ!!



「ほっほっほ、元気があるのはよろしい」


老師はおおらかだった…出来ればツッコンでほしかったのは内緒だ。
俺はふっ…と厨二っぽいポーズで微笑し、とりあえず今のは無かった事にする。



「町まではどの位かかるんですか?」


「今からですと、明日の昼にはなりますかな…」


俺はゲッ…となる。
高山かな?とは思ったけど、どうやら想像以上の様だ。
しかも、多分老師は俺のスタミナを考慮していない。
格闘ポケモンのコジョンドと人間の俺とじゃ、流石に身体能力が違いすぎるだろ…



………………………



そして当面の予想通り、下山したのは3日後だった…



「だぁ〜! キツイ!!」


「ほっほっほ…まだまだ鍛練不足ですな」


チクショウ…これでも体は鍛えてるんだがな。
改めて山男の偉大さを垣間見たわ…降りるだけでもこんなにキツイとは。
これまで色んな世界を体験して来たが、ここまでガチな下山は初めてだ…



「とりあえず、やっと町か…」


俺は既に疲れきっていた。
老師はいたって疲れを見せない、わざわざ俺のペースに合わせてくれてる位だ。
やっぱ、この人はタダモンじゃないな…相当な達人臭い。



「まずは食事にしましょうか? そこで少し休んでからお家族を探してみましょう」


俺は頷いて老師に付いて行く。
ここまでは老師がストックしてた饅頭しか食ってなかったからな…
とりあえず、見た目まんま中国って感じだし、中華は期待出来そうだ♪



………………………




「ふむ、それでは妙な格好の女性がいたと?」

店員
「そうなのよ! 見た事の無い服でね、ノーマルタイプっぽかったんだけど…」
「もう半月位前ですけど、確か南側の方で見かけたって話ですよ?」


老師は店員から話を聞き、情報を集めていた。
俺はその話を聞きながらラーメンをすする。
結構日本のとは違うな…味付けが独特と言うか。
まぁ、美味いのは美味い、餃子も焼き飯もあるし量は文句無しだ。



「…スリ?」

店員
「そう! 最近、妙に被害が増えてるんですよ!」
「南の連中がそれに困ってるみたいで、良かったらこらしめてやってくれませんか?」


「スリ…ねぇ」


まぁ、よくある話なのか?
中国の貧民層とかって、割と生活酷いみたいだし、そうでもしなけりゃ生きていけなかったりするのかもな…



「分かりました、では南の方に行ってみます」

店員
「はい! お願いしますね老師!!」


店員は笑顔で手を振って去って行く。
老師も手をかざしてそれを見送った。
老師、人気あるんだな…いや人望と言うべきか。
会う人会う人ひとりひとりが老師にキチンと挨拶している。
老師も丁寧にその度にお辞儀をするもんだから、中々食事も進んでいなかった…



「では、食べ終わりましたら南に向かいましょう」


「はい」


俺たちはしばし食事により休息する。
そして小一時間程した後、俺たちは町の南に向かった。



………………………




「ここが、南区か」


「はい、主に貧しい者たちが集まって出来た区画です」
「治安が元々悪く、犯罪は多い場所でもあります…」


確かに、見るとここは空気が違うのが解った。
路地裏で踞っている子供たちも多い。
基本的に住民は服装もあまり綺麗ではなく、まさに貧民層って感じだな…


ドンッ!



「わっ!?」


「おっと」


突然、俺にぶつかって走り去る誰か。
後ろ姿を見ると、女性の様にも感じたが、流石にここからだと詳細はよく解らなかった。
普通の黒い男物の中華服に身を包み、頭には黒い帽子を被っていたので髪型もよく解らない。
ただ、俺はあの尻尾には見覚えがある気が…



「今の…」


「見事にやられましたな…」
「中々の手捌き、子供とは思えぬ手際です」


俺はまさかと思ってポケットに手を入れる。
すると、財布が無かった。
もっとも、この世界で使える通貨なんざ入ってないが。
とはいえ…あの財布は俺の宝モンだ、誰にも渡すわけにはいかない!



「とりあえず追わないと…」


「そうですね、私が先行しましょう…聖君は見失わない程度に付いて来てください」


そう言って老師は人混みをスイスイと避けて行く。
スリの動きもそうだが、老師はやはり年季が違うのが解るな。
俺は何とか見失わない様に追いかけ、やがて10数分移動した後に、老師は足を止めて建物の陰に隠れていた。
そして首だけを出し、何かを見ている様だ。



………………………




「老師…」


「しっ…あれを見てください」


俺は老師と同じ様に隠れてその先を見る。
すると、そこには俺の財布を持って立ち尽くしているスリの姿があった。
そして、それを囲む3人の不良っぽい感じの男が見える。
それぞれマッチョ、ガリノッポ、メガネチビだ。
種族は…よう解らんな、まぁモブだし何でも良いだろ。


マッチョ
「おう、早くそれを渡せよ」

ガリノッポ
「グズグズすんなよ! 誰かに見られたら面倒だろ?」

スリ
「…これだけは、渡せません」


それは、俺の耳に響く声だった。
やや低めで、抑揚の少ないトーン。
それは、俺の耳にしっかりと記憶されている声と同一だった。
俺は、瞬間叫びそうになるが、老師が俺を腕で遮り、俺は老師を見る。
すると、老師は真剣な顔で首を横に振った。



「……!?」

老師
「激情に任せてはいけません…ここは私に任せてください」
「大丈夫…聖君の家族は、必ず助けて見せます♪」


老師は全てを察してくれていた。
そして、その上で必ず助けると約束してくれた。
俺は拳を強く握り、その場は耐える。
そして、老師の判断を信じるしかなかった…


マッチョ
「何だそりゃ? この俺様に逆らおうってのか!?」

メガネチビ
「お前、逆らったらもう飯は分けてやんねぇぞ?」

スリ
「構いません、これは私の命よりも大切な物です」


そう言って『彼女』は一歩後ろに退がる。
俺の財布を右手でしっかりと握り、例え命を捨ててでも守ろうという気概を感じた。
それを見て、3人はイラついた様な顔でこう言う。


マッチョ
「この野郎、だったら力ずくだ!」

ガリノッポ
「覚悟しろよテメェ!?」


「そこまで!!」


気が付くと、老師は間に入っていた。
それを見て3人はかなり驚いている。
もちろん、俺の財布を守ろうとしている大切な家族も。



「力を誇示するのも、ここではやむを得ない部分もあろう」
「だが、こんな何も知らぬ少女にスリを働かせ、自分たちだけが私欲を貪るとは…恥を知りなさい」

マッチョ
「んだとテメェ!? ジジイ、怪我したくなかったらそこをどけ!!」
「言っとくが、俺様は『光龍門』(こうりゅうもん)の門下生だぞ!?」


それを聞いて老師は少し眉を釣り上げる。
だが軽く息を吐き、こう話した。



「いかに強い流派を学んだとて、それに心が伴わぬのであれば、力にはなり得ない」
「更に言うなら、そなたとこの少女では、その差は圧倒的…そなたでは到底敵わぬだろうな」

マッチョ
「バカか!? 俺様がコイツよりも弱いってか? 有り得ねぇな!!」
「たかが進化もしてねぇジグザグマの女が、このリングマの俺様に勝てるわけねぇだろ!?」


老師はまたため息を吐く、完全に呆れている様だ。
そして、激情に任せて怒り狂うリングマのマッチョ相手に老師はこう説明する。



「私が言っているのは、力や種族の差の話ではない…」
「まだ解らぬか…? その差とは…」

マッチョ
「あぁ…何、が……!?」

チビメガネ
「い、いない!?」

ガリノッポ
「ど、どこに行きやが…」


それは、本当に瞬きした瞬間だった…
俺ですら目を疑う。
老師はほんの一瞬で、3人の背後に回っていたのだ…!



「それは…心じゃよ♪」


老師は軽く笑う。
そして、その声を聞いてマッチョのリングマは怒り狂い、振り向いて全力で拳を振るった。
老師は表情ひとつ変える事も無く、両手を後で組んだまま、軽く右足を払ってマッチョをグルリと横に1回転させる。
それは、蹴りとか言う物じゃない…本当に、ただ払っただけ。
むしろ、マッチョの動きに合わせて差し出した様な感じだった。
その結果はこれ…あの2mはあるマッチョの巨体が、軽く宙を舞って地面に落ちたのだ。


マッチョ
「がぁっ!? な、何が…!?」

チビメガネ
「ヤバい、やっぱり本物だ!!」

ガリノッポ
「あぁ!? 何がだよ!?」

チビメガネ
「あれは、あの人は老師だ!! 清山拳師範の…!!」
「中…發白! 老師…!!」


3人組は露骨に驚く。
そして、老師を見て後ずさった。
老師はにこやかに笑い、倒れたマッチョを見下ろす。



「体の鍛え方は悪くない、じゃが心の鍛え方はまるでなっておらん」
「真に強くなりたいのであれば、心もしっかり鍛える事じゃ♪」


老師は優しい笑顔でそう諭した。
3人組はそれを見てあからさまに驚き、その場から逃げ出す。
老師は特に気にした風も無く、黙って背を向けジグザグマの少女に向き直る。


ジグザグマ
「………」


「さぁ、後ろを見なさい…貴女の大切な人が待っていますよ?」


老師はそう促すと、ジグザグマの少女は震えながらゆっくりとこちらを向く。
俺は、俯いたその姿を見てこう呟く…



「…瞳、さん」


「聖…様」
「…聖様ぁ!!」


瞳さんは泣き叫んで俺の胸に飛び込んで来る。
その際に帽子は外れ、瞳さんのロングヘアーが露になった。
どうやら、帽子の中に髪を隠していたらしい…偽装のつもりだったのかな?

しかし、彼女の想いは、どれ程寂しかったのか…
そして、どれ程辛かったのか…?
瞳さんは強すぎる程の強さで俺を抱き締め、俺はそれを優しく抱き止めた。
老師は、その光景を優しく見守ってくれている。



「良かった…こんなに早く見つかって」


「うぅ…聖様ぁ」
「こんな、訳も解らない世界で、私はどうしたら良いのか…!」
「ただ、言われるままに強盗を働かされ、心さえも汚され…!」
「聖様の財布を見た時、私は何も考えられなくなりました!!」
「ただ、聖様が近くにいた事が、こんなに、こんなに嬉しいだなんて…!!」


瞳さんの言葉はそれだけ俺の胸に突き刺さった。
瞳さんはそれだけ辛い思いをしたのだ。
生きる為とはいえ、望まぬ罪を重ね、不当な扱いを受けて生きてきた。
それは、一体どれ程の苦しみを味わったのか?
俺には、想像するべくもなかった…



「…良かったですね、こんなに早く見つかるとは」


「老師、ありがとうございます! 瞳さんを、助けてくれて…!!」


俺は膝を着き、老師に土下座をする。
その姿を見て、老師は笑い、俺の頭を撫でてこう言った。



「良いのです、聖君は何も悪くありません」
「きっと、家族と再会出来たのは、聖君の運命だったのでしょう」
「ですから、頭を上げてください…家族の方が戸惑ってしまいますよ?」


俺はそう言われてハッとなる。
そして、すぐに頭を上げ、改めて老師と向き合った。



「すみません、この恩は絶対に忘れません!」


「…いえ、それよりもどうか頼みがあります」


老師は少し顔をしかめて、そう言葉を放った。
俺はかなり驚き、老師の顔を見ながら次の言葉を待つ。
すると、老師は真剣な面持ちで、俺にこう頼んだ。



「もし、よろしければ…瞳さんを私に預けてくださいませんか?」


「!? えっ…それって……?」


俺は理解するのに時間がかかった。
だが、すぐにその意味を察する。
そして、老師はこう続けた。



「我が清山拳…瞳さんに、次期継承者として学んでほしいのです」


それは、まさにターニングポイントの様に感じた。
きっと、これはフラグなんだ…この世界をクリアする為の。
そして、瞳さんは選ばれた…その攻略に。
俺は、不安は有りつつも、先を見据える。
きっと、これは必要なルートだ。
だったら、俺は瞳さんの意志に委ねるしかない。



「…瞳さん、どうしますか?」


「えっ…? ですが、それは一体…?」


「俺の見解を簡易的に述べます…恐らく、これはこの混沌を攻略する為のフラグです」
「ですが、判断はあえて瞳さんに任せます」
「瞳さんが良いのであれば、俺は全てを老師に任せるつもりですんで」


俺の言葉を聞いて瞳さんは体を震わせる。
恐らく、瞳さんはこの状況をよく理解していない。
ただ、俺の真剣な意志は汲み取ってもらえたはず。
瞳さんは少し考えた後、体の震えを止めてこう答えた。



「…分かりました、聖様が仰られるのなら、私は従います」
「老師、どうか…この私に、その技術をお教え下さい!!」


瞳さんは土下座してそう懇願する。
老師は微笑みながら、瞳さんの手を握りそしてこう言った。



「こちらこそ、よろしくお願いします…」
「どうか、我が清山拳の修行…耐えてくだされ」


老師の顔は険しかった。
きっと、その修行は想像を絶する過酷さなのだろう。
だが、瞳さんは選ばれてしまった。
瞳さんの表情は不安に満ちている…俺はそんな瞳さんの肩を叩いて笑う。



「頑張ってください、瞳さん…」
「俺は、信じていますから…!」


「…はい、お任せを!」


瞳さんは強くそう言ってくれた。
老師は微笑んで頷く。
俺はここで確信する…きっと、これはこの世界をクリアする為に必要な事だ。



「本当にありがとうございます…辛い修行になるとは思いますが、貴女なら大丈夫だと信じます♪」


「はい、それが聖様の為になるのであれば」
「私は、例え地獄に落ちようとも這い上がってみせます!!」


瞳さんは強い意志でそう言った。
俺はその言葉に嬉しさと力強さを感じる。
きっと瞳さんは強くなるのだろう。
そして、この世界をきっと攻略に導いてくれる。
俺はその為に出来る事をしよう。
この先に待ち受けるであろう、何かの陰謀の為に…



………………………




「伝承者となれるのはひとり! 暗殺拳を持って、その人食い虎を見事倒して見せよ!」


「グルル…!」


「…え?」


突然の無茶振りに私は開幕混乱してしまう。
ちなみに、現在私たちは西区にある竹林にいた。
聖様と再会した後、私は中老師に師事する事となったのですが、その後老師は町人からとある依頼を受け、この竹林に向かう事になったのです。
そしてその依頼とは…



「ほっほっほ…別に清山拳は一子相伝ではありませんよ?」
「それに、この虎はそこまで恐ろしくはありません」


そう言って老師は虎の頭を優しく撫でる。
何気無い動作だけど、実の所勇気のいる行動だ。
すると虎は唸るのを止め、その場で座り込んでこちらをじっと見ているだけだった。



「虎は老師に死を覚悟した!」


「老師、それで例の野盗とは?」


私は聖様のボケを無視してそう老師に尋ねる。
聖様は少し悲しそうに俯きましたが、やむを得ないでしょう。
老師はふーむと考え、やがてこう話す。



「まぁ、その内現れるでしょう」
「もう何度も目撃されているのですし、自信をつけている可能性は高い」
「ですから、ここは素直に歩いて待ちましょう…」


そう言って老師は両手を後ろに回したまま歩く。
特に警戒している様子も無い、実に自然な歩き方だ。
私と聖様は、その背中を追いかける様にゆっくりと歩いた。



………………………



やがて、30分程歩いた先、それは遂に現れる。



「おっとジジイ、ここを通りたきゃ出すモン出しな!」


それは突然空から降って来たのだ。
それもそのはず、私たちの前に現れた野盗は、身長160cm程ある鳥ポケモンの女。
白髪のセミロングで髪質はあまり良くない。
服は白のチャイナドレスだけど、肌の汚れとは不釣り合いに綺麗な服だった。
そして、背中には汚れだらけの大きな翼。
本来は純白であろうと思われる白い翼はみすぼらしく汚れており、彼女の生活を物語っている様でした。



「ほっほっほ、まさか正面から向かって来るとは…」
「余程の自信があると見えますな…」

野盗
「良いから、怪我したくなきゃ早く出しな!」
「それとも、痛い目見ないと解んないかい?」


そう言って野盗は包丁を右手に構える。
老師はそれを見ても全く動じず、ほっほっほ…と笑っていた。



「まぁ、典型的な野盗だよな」


「はぁ…そうなのですか?」


私たちは少し離れた位置で老師を見ている。
聖様も全く動じておらず、生暖かい目でふたりを見つめていた。


野盗
「舐めやがって、ただの脅しじゃねぇんだぞ!?」


野盗は包丁を鋭く横に振るう。
かなりのスピードですが、老師はそれを少し後ろに首を引く事で回避した。
どうやら掠めるだけのつもりだった様で、老師には読まれていた様です。


野盗
「何っ!?」


「ほっほ、遠慮はいりませんぞ? さぁ、本気で来なさい…」


そう言って老師は左手だけを前に出し手招きする。
右腕は腰の後ろに回しており、使う気は無い様ですね。
それを見て野盗は怒り、正面から包丁を突いて来る。
狙いは心臓、当たれば死にますが、当たるとは思えない。



「ふむ、それが全力ですかな?」

野盗
「げっ!?」


老師は左手だけで包丁を軽く奪い取る。
一瞬の事でしたが、包丁が老師の差し出した左手と交差する辺りで老師は左手をクルリと回し、気が付いたら老師の手に包丁が握られていたのだ。
野盗は驚き、一旦距離を離した。



「やれやれ、こんな物に頼らなければ戦えませんか?」


そう言って老師は包丁を手首のスナップだけで軽く投げる。
すると、野盗の頬の側を猛スピードで包丁が通りすぎて行った。
そして包丁は竹に刺さり、ガサガサ…と音を立てて竹と共に揺れる。
この時点で老師の凄まじさが解りますね…


野盗
「クソッ、後悔させてやるぜ!!」


「さてさて、それは楽しみですな♪」


老師は本当に楽しそうに笑う。
まるで野盗を試しているかの様に相手をしている感じです。
野盗は自己流なのか、鳥ポケモンらしく空を飛びながら華麗に突きや蹴りを放っている。
素人目に見ても中々の実力で、相手が老師でなければああも簡単には捌けないでしょう。


野盗
「クッソ! 何で当たらねぇ!?」


「ほっほっほ、動きが単調ですな」


老師は左手1本だけで全ての攻撃を捌いている。
やがて野盗は疲れを見せ始め、露骨に自慢のスピードはなりを潜めていた。



「ふむ、合格」

野盗
「なっ!?」


老師のその言葉と同時に、野盗の体は後に1回転。
かなりの勢いで地面に叩き付けられ、野盗は唸りながらダウンした。



「合格ですか?」


「ええ、良い素質があります♪」


聖様は理解している様でした。
私にはまだ解りません…老師は何を持って合格と?



「娘さん、そちらの名は?」

野盗
「は、はぁ…? 『麗 水鳥』(リー スイキン)…だけど」


「では麗さん、もしよろしければ私の弟子になってくれませんか?」
「是非学んでほしいのです、我が清山拳を…」


そう言って老師は倒れた野盗に右手を差し伸べる。
野盗は?を浮かべながら、訳が解っていない様でした。
私は逆にようやく理解出来た。
老師は、弟子を取る為にこの野盗を試したのだ。
そしてこの野盗は合格した…だから老師はああ言ったのですね。



「清山拳…? 何だいそりゃ?」


「古くから伝わる、由緒ある拳法ですよ」
「麗さんなら、それを学ぶ資格があります」


麗さんはしばし戸惑うも、老師の手は借りずに立ち上がる。
そして、キッ!と老師を睨み付け、こう言い放った。



「良いぜ、学んでやるよ…ただし、アンタをぶっ殺す為にな!」


「ほっほっほ…それは楽しみです♪」
「では麗さん…共に行きましょう」


老師は振り返り、こちらに歩き出した。
麗さんはそれを見て黙って付いて来る。
そして、私たちと並んで歩く事になった。



「見た感じスワンナみたいだけど、年はいくつ?」


「はぁ? いきなり何だお前? 15だよ15!」
「それが何だってのさ?」


「だったら1番下か、瞳さん19ですもんね?」


私は頷く…先月に誕生日を迎えたので、今は19歳となりましたから。
ですが、そうですか…麗さんは15歳でこんな野盗を…
思えば仕方ないのかもしれない。
この世界では、力の無い物は力のある物に従う風習もある。
麗さんは子供ながらにその力を持って生きて来たのですね…



「はっ、歳なんて大した意味は無い」
「所詮は力のある奴が上に立つんだ、あのジジイだってそうなんだろ?」


「さて、な…俺は別の世界の人間だし、詳しくは解らないが」
「でも、老師は強くても上に立つ人じゃない」
「まぁ、おいおい解るんじゃないか? これからしばらく一緒だろうし」


聖様は両手を後頭部に回し、ダルそうにそう言った。
その言葉の意味はことのほか大きい。
つまり、この世界を脱するには、かなり時間がかかると言う事。
私の成長いかんでその時間は変わって来る…



「ニンゲン…別の世界?」


「とりあえず俺は魔更 聖、こっちは金萪 瞳さん」
「これからよろしくな♪」


聖様は笑ってそう言った。
私も会釈だけしておく…聖様は一切警戒してませんが、本当に大丈夫なのでしょうか?
少なくとも麗さんは野盗をやっていたのは事実。
老師の弟子になったとはいえ、その罪が清算されるわけではない。
すぐに信用するのは、やや早計だとは思いますが。



(それも、聖様の人柄ですか)


考えるだけ無駄なのかもしれない。
何故なら、それが聖様であるのですから…



「よく解んないけど、まぁ良いさ…」
「要は強くなれれば良い…アタシはそれが目的なんだから」


「良いんじゃないのかそれで…? 俺たちも自分の目的があるしな」


「はい…絶対に元の世界に戻りましょう」


私たちは、そんな感じで軽く自己紹介も兼ねた会話をしながら歩き続けた。
次は東区に向かうという事で、私たちは一旦中央区で休む事になった。



………………………




「やれやれ、とりあえずは休憩か」


「はい、瞳さんも麗も1度体を洗った方が良いと思いまして」


俺たちはとりあえず中央区の宿屋にいた。
宿泊もする予定で、今日1日はお世話になる宿だ。
今は瞳さんと麗が風呂に入っている最中だし、俺と老師は部屋でくつろいでいた。



「聖君、お聞きしてもよろしいですかな?」


「何を?」


老師はやや真剣な顔つきで聞いてきた。
俺は少し緊張感を高め、老師の言葉を待つ。



「貴方は、異世界から来た…と言いましたが、それは本当なのですか?」


「信じてもらえるとは思ってない…最初にそう言いましたけどね?」


俺の言葉に嘘は無い。
老師は探るつもりもあったのかもしれないが、俺は一切ブレる事なく真剣に返した。
老師はそれを受けて何かを考える。
俯いたその顔はかなり真剣な様で、俺にも老師の緊張が伝わって来る様だった…



「正直に言いましょう…恐らく、私はもう長くはありません」


「え…っ!?」


老師は顔をゆっくりと上げ、そう言い放った。
それは、間違いなく死期の事…老師は、それが解っているのか…?
俺は様々な点で合点がいった。
何故老師は弟子を探しているのか、それは由緒ある清山拳を伝承する為だったんだ。
そして、瞳さんと麗は選ばれた…



「出来れば今のは内密にお願いします…弟子には修行に集中してほしいので」


「…分かりました、絶対に他言はしません」
「ですが、逆に聞きます…何故、瞳さんだったんですか?」
「俺たちは異世界人、いずれはこの世界から去る存在です」
「それなのに、何故瞳さんなんですか?」


俺がやや強めの口調で聞くと、老師は笑っていた。
そして、いつもの口調で老師はこう答える。


老師
「瞳さんの心は、私の心を震わせてくれました」
「あの時の瞳さんの眼は、聖君を守る事しか見えていなかった」
「そして命を賭けてでも守ると宣言し、例え勝てぬと解っている勝負にも関わらず、彼女は戦う道を選んだ…」


「…ですが、俺たちはいずれ消えます」

老師
「そんな物は些細な事です」


老師は笑っている。
そして、本気で瞳さんに清山拳を教えるつもりなのだと解った。
俺はそれならばこの件に関しては、もう何も言わない事にする。
これも、恐らくこの世界のイベントなのだろうから…



「…老師、ひとつだけ理解をお願いします」
「俺の探す家族は、まだ他の世界にもいます」
「そして、ここでの修行はその分の足止め…」
「最悪の場合、俺たちは修行半ばでこの世界を去る事になるかもしれません」

老師
「もちろん理解しています」
「その時はその時…きっと、それはそうなる定めなのでしょう」
「何、今は麗もいてくれます…あの娘ならきっと良き伝承者になれる」


老師は笑って温かい茶を飲んでいた。
この世界は正直寒い位だからな…俺も同じ茶を頂く。
すると体は少し温まり、俺は今後の事を考えていた…



………………………




「…東区は、繁華街みたいな所なのですね」

老師
「はい、ここでは多くの者が食事に来ています」
「折角なので、今日はここで食事を取りましょう」


「そりゃ良いや…もちろんタダで食わせてくれんだよね?」


老師はほっほっほ、と笑って頷く。
そして私たちは様々な店を見歩きながら、どこで食事するかを吟味していた。



「やっぱ肉だろ肉!」


「まぁ、定番だよな…青椒肉絲に回鍋肉、麻婆豆腐もあるな」


想像以上に中華と言うのは種類が多い。
中々これだという物は見つからなかった。
どれも美味しそうで、逆に決めきれないのです。



「ほっほ、まぁ好きな店を選んでください♪」


老師は私たちのやり取りを温かい目で見ている。
さながらそれは家族の様に、優しい眼差しでした…



「く、食い逃げだーーー!!」


私たちはその一言で一気に緊張感を高める。
声のした方を見ると、奥から人混みを押し分けて走る巨漢の男。
腹はだらしなく半袖の白いシャツからはみ出しており、青の短パンに短足の足で器用にステップを踏んで走っている。
黒髪短髪、頭には尖った耳、そして口には大きな牙が左右に2本見えた。
身体中から汗を大量にかいており、必至の形相で逃げている。
住民や店の籠等を吹き飛ばしながら、その男はこちらに向かって来た。



「さながら暴走列車だな!」


「おい、どうすんだい?」


「流石にこれを止められるのは…」


私たちが戸惑っている間に、老師はゆっくりと男の進路に歩み出る。
そして、男がそれを避け様とした瞬間…



「ぷしゅっ!?」


ズッシィィィィィィィンッ!!と大轟音。
2m近くはあるであろう巨体でしたが、老師は難なく男の体を宙に舞わせてしまった。
手を使う事も無く、足1本でそれを成し遂げてしまうのですから老師は凄い…


老師
「ほっほっほ、これこれ…何故食い逃げ等した?」


「ぷ、ぷしゅ〜〜〜」


男はかなり痛そうにしながら体を起こす。
その状態でも老師より大きく、かなり大きなポケモンの様ですね。



「ありゃ多分カビゴンだ…流石にデカいな」


「やれやれ、どんくさい奴だね」


「しゅ〜…ど、どうしてもお腹が空いて…それでお金持ってないのに、つい…」


単純に食欲に勝てなかったというわけですね。
カビゴンの男は申し訳無さそうに俯き、項垂れていた。
まるで糸目の様な細い目からは涙を浮かべており、どうすれば良いか解らない様だ。


老師
「やれやれ、それにしてもその巨体であれだけ動いて見せるとは…」
「ほっほっほ…そなた、私の弟子になってみるか?」
「そうすれば、今回の件は私が何とかしてあげよう」


老師はまた唐突にそんな事を言う。
当然カビゴンは驚き、あたふたしていた。


カビゴン
「で、でも弟子って何をするの?」

老師
「清山拳を学ぶのだ…拳法をね」

カビゴン
「え〜!? 僕、この体だし、絶対無理だよ〜!!」

老師
「そんな事は無い、追い詰められていたとはいえ、あれだけの動きは並の素質では出来まい」
「きっと、そなたには資質がある」
「どうじゃ? この手を取るなら、今日からそなたも弟子としよう」


差し出された老師の手をマジマジと見つめるカビゴン。
やがて、決心した様に老師の手をしっかりと握った。
これで、弟子は3人…


カビゴン
「よ、よろしくお願いします…」

老師
「うむ、それでそなたの名は?」

カビゴン
「『包 大量』(パオ ダーリャン)って言います」

老師
「では包、まずは店に謝りに行くぞ?」


老師は包さんを連れて歩いて行く。
その先々で老師は皆に礼をされ、老師はそれに手を上げて答えていた。
やはり、老師は凄い…強いだけでなく、優しさも人望もある。
私は、こんな師から技を学ばねばならない…



(ですが、一体どれだけの時間がかかるか…)


既に半月は過ぎている。
他の家族も同じ様に巻き込まれているのであれば、どんどん時間は経過していく。
聖様も、少なからず焦っているはず。



………………………



そして、その日は食い逃げを捕まえた礼として、その店で食事をご馳走になった。
皆好きな物を食べ、自己紹介も済ませる。
やがて、良い時間になった所で私たちは中央区の宿に戻るのだった…



………………………




「………」


「アンタは、何か武道はやってなかったのかい?」


「いえ、何も…」


私たちはふたり、宿の部屋で休んでいた。
麗さんは暇そうに布団で横になり、私に話しかけたのだ。
私は部屋の壁に背を預け、三角座りで休んでいる。



「はっ、それでいきなり拳法ね…」
「まぁ、良いさ…アタシはアタシで強くなる」
「他の奴らには目もくれず、アタシは1番強くなってやる…!」


麗さんは拳を握ってそう決意する。
私は特にコメントもせず、無言で俯いた。



(強くなる、か)


今まで必要の無かった言葉。
私は9歳の時に白那様に拾われ、明美、毬子、教子、悠っちと一緒に城へと招かれた。
そこからはただメイドとして生き、特に争いも無く、ただ特に何も考えずに時間を過ごしたのです。

それでも、あの時の事は鮮烈に覚えている。
城の外で皆と一緒に祈る中、爆発音や絶叫、悲鳴、私はただ恐怖に震えていた。
白那様は運命に抗えずただ敗北し、私たちは世界の終焉と共に光となったのです…

そして、気が付けば私たち5人は元の世界にいた…9年前のままの姿で。
人化はそのまま、記憶だけを引き継ぎ、私たちは大災害に巻き込まれながらも生き残った。
どんどん住人が失われていく世界の中、私たちは少なくなった人たちの為に旅館を建てた。
思えば、あの時が1番充実していたのかもしれない…
生きるという事に、意味を見出だす事が出来たのですから。



(そして、聖様が現れてくださった…)


嬉しかった…白那様たちも救われたと聞かされ、聖様は私たちをも救ってくれると約束してくださる。
あの時程、私は死にたくないとはきっと思わなかった。
結果、聖様は全てを救い、私たちを聖様の世界に呼んでくださったのです。



(それから今に至るまで、私は何も戦おうとはしてなかった…)


元々力は非力だ、精々この世界でも少々の素早さと存在感の無さを生かして、スリを働ける程度。
ただ、そんな私でも譲れない物は有りました。



(よりにもよって、聖様の財布を盗む等…!)


風路さんのお店で働いている時、チラッとだけ聖様の財布は見た事があった。
後から聞いた話ですと、風路さんが聖様への誕生日プレゼントに渡した思い出の品だそうです。
そんな、聖様にとってとても意味のある財布を…下衆に渡す事など誰が出来ましょう!

私は、生まれて初めて争う事を決意した。
例え弱くとも、例え死んででも、私は聖様の思い出を守ると決めました。
そして、今私は聖様に期待されている。
それには絶対に答えなければなりません。



(これは、メイドとしての矜持ではありません)


私、『金萪 瞳』と言う、小さな存在の想いです!!



「…アンタ、今までどんな生き方をして来た?」


「特に何も、堕落にも近い生き方だったかもしれませんね…」
「ですが、もうそれは過去です…私は強くなると決めました」
「聖様の為に、聖様を守る為に、そして…聖様の力になる為に!」


私の気迫に麗さんは少し驚いている様だった。
何故彼女がそんな質問をしたのかは解りませんが、今の私はもはや迷いません。
必ず、成し遂げます…!



「アンタの眼は、見た事無いタイプだよ」
「ただのジグザグマに、そんな眼が出来るとは思えないけどね」


「はい、ですから私は変わりました」
「過去の自分とは決別します…聖様の為に」
「そして、家族の為に…」


「…アンタ、死に急ぐタイプだね」


私は、言われて?を浮かべる。
麗さんは悟った様な感じで頭を掻き、あくびをひとつして私を見ずにこう言う。



「別にアタシにはどうだって良いけど…自己犠牲なんて下らないね」
「生きてナンボだよ、その為ならアタシは何を利用してでも生き残る」


「…見解の違いですね、ですが私は貴女をそこまで信用はしてませんのでご安心を」


「ハッ、そりゃ良いや…こっちもその方が張り合いがある」
「精々頑張りなよ…修羅場も潜った事の無さそうなジグザグマごときに、アタシが負けるとは思わないけどね♪」


麗さんは自信がある様だった。
ですが、それは仕方の無い事でしょう…実際に私は無能なのですから。
精々、物拾いの特性を利用してスリを行う程度の存在です。
そんな私が、ひとりで野盗をしながら戦って来た麗さんとは、力量が違い過ぎる。



「…私は、これから貴女をも越えてみせます」


「そりゃ面白い…雑魚を相手にしててもつまらないからね」


私たちは、互いに目を合わせ意志をぶつけ合う。
私の意志は絶対に曲げません…
そしてこの世界から出て、私は聖様と共に戦います。
空気は張りつめている…これから私たちは共に修行をする弟子。
誰が1番強くなるのか…それは、まだ誰にも解らない。



………………………




「で、今度は山登りかよ!!」


「ほっほっほ…道場はそこにありますからな♪」


次の日、俺たちは食料等を買い込んで再び山を登っていた。
当然その先に道場はある…もはやこの時点で修行は始まっているのだろう。



「………」


瞳さんは元々体力がある方じゃないが、それでも人間に比べたらやはりあるのか、それ程疲れは見せていない様だ。
これは麗も同様で、退屈そうにダレながら歩いていた。
逆に露骨に疲れているのもひとり…



「はひひ…」


やはりあの巨体で山登りは大変そうだ。
気候的にはかなり寒いと言うのに、包さんは汗を大量にかいて息を切らしていた。
老師も気付いてはいる様だが、あえて何も言いはしない。
とりあえず今回は荷物もあるし、ペースは考えて登らないと…



………………………




「も、もうダメ〜! 少し、休ませて〜!!」


包さんが後方で膝を着き、そう叫んだ。
その声を聞いて俺たちは止まり、息を吐く。
朝9時に出発して今は昼前か…
ペース的には5日かかりそうな計算だな…道場に向かうのだけでこれか。

仕方ない事だが、後数日で合計1ヶ月は経つ。
その間に他の家族が同じ様に時間経過しているのなら、その分苦しんでいるかもしれない…


フーパ
『まぁ、気持ちは解るけどね…こればっかりはアタシにも解んないし、今は現状を何とかする事だね』
『それに…多分何とも無いと思うけど』


『何とも無いだと?』

フーパ
『そっ、ここまでで大体予測はつくと思うけど』
『今回の混沌は、まるでゲームの様に進行している』
『だとすれば、それはまさに今こうしている事がシナリオであり、時間がかかるのは進行度合いに過ぎない』
『…理由は、解らないけどね』


『…それは本当か?』


俺はあえてそう聞いた。
フーパの最後の方の声は何故かトーンが違っていた。
顔は確認出来ないだけに、俺は声をよく聞いている。
フーパの声には、少し疑念が浮かんだのだ。



(…答えは察しろか、こういう所も藍に似てるな)


俺は少し可笑しくなった。
そして、あの時の事を少し思い出す。
考えてもみれば、少し状況は似てる。
まるでゲームの様な世界に家族が放り込まれ、俺の知らない所でシナリオは進行している。
今回は俺自身が介入出来るとはいえ、やはり別の世界の事は全く解らない。
俺自身はクリアアイテムだと称された。
だから俺は実質不死身で、絶対に死ぬ事は無いんだそうだ。

だが…それは何故なのか?
フーパは、理由を知っている気がするんだがな…



「聖様? どうかなさいましたか?」


「…いや、何でもない」
「それより、休憩するのか?」


俺がそう答えると、瞳さんは頷いて昼食の用意をしていた。
かなり多目に買い込んでいるから、問題は無いと思うが…
問題は、調理か…?



「食材はあっても、どうやって調理すんだい?」
「鍋は買ったにしても、火が起こせなきゃダメだろ?」


そう、まさにそれが問題だ。
炎技が使えるならそれで何とか出来るが、果たしてどうなのか?
ジグザグマの瞳さんは炎使えないし、水タイプの麗は論外だ。
と、なると…必然的に包さんか老師がやる事になるけど。



「僕、炎は無理〜」


「ダメじゃん! 老師お願いします!!」


「ほっほっほ…仕方あるまいな」


老師は笑って懐からマッチ箱を取り出す。
って、そんな便利なんあるんかい!!
初めからそれで良いんじゃん…



「では、木炭を準備します…」


流石は瞳さん…元メイドで、元旅館店員で、現喫茶店店員。
って、肩書き長ぇな…まぁ、とりあえず瞳さんはテキパキと調理の準備をし始めた。
何気に瞳さんが調理とかするの初めて見るな。



「アンタ料理とか作れんの?」


「愚問ですね、仕事上必須でしたので」


そう言って瞳さんは包さんから中華鍋を受け取り、その場で肉と野菜を炒め始める。
既に木炭には火が点いており、良い感じに熱が伝わって来た。
瞳さんは菜箸で丁寧に混ぜながら調味料を入れていく。
これは良い物が出来そうだ…



………………………




「うっま〜〜〜い!」


「簡単な肉野菜炒めだけど、確かに美味いな」


「恐縮です…私程度の料理を聖様に食べていただけるとは」


「…まっ、誰にでも特技はあるってこったな」


「ほっほっほ…これは確かに美味しい」
「味付けは独特ですが、新鮮な味でとてもよろしい…」


老師も絶賛の様だった。
そして俺たちは昼食に満足し、少し休んで再び山を登る。



………………………



それから4日経ち、俺たちはようやく道場に辿り着いたのだ…
何だで予想よりかは早く到着…これも皆の成長なのかね?



「やっと着いたな…」


「はい…ここが、清山拳の道場」


「汚ねぇ道場だねぇ〜」


「はぁ…はぁ…もう、お腹空いて動けない」


皆ここまでで流石に体力は限界みたいだった。
比較的、麗は余裕があるみたいだったが、瞳さんと包さんはかなり疲れている。
老師はひとりだけ平気な顔で、息も切らさずに道場の入り口を開けた。
俺たちはそれに続いて中に入って行く。



………………………




「さて、ここまでお疲れ様…ですが、早速修行に入ります」


「え〜っ!? 休めるんじゃないの〜!?」


「面白ぇ、やってやろうじゃないか!」


「…弱音を吐く気はありません、どうぞご指導を」


それぞれがそんな反応をし、老師はうんうんと頷く。
そしてすぐに真剣な顔をし、老師はまずこう言った。



「まずは、そなたたちの実力を見せてもらう…」
「無論、全力で…私を殺す気でかかって来ると良いでしょう」


そう言って老師はいつもの様に両腕を後ろに回し、特に構えもせずに気を放つ。
全身から発せられる目に見えない気は、素人の俺ですら感じ取れる程の迫力だった。
これが、老師の気なのか…



「誰からでも構いません、ひとりづつ順に相手をします」


「なら僕から行きます! もうこれ以上お腹空いたら動けない!!」


包さんは手を上げてそう宣言する。
そして、ひぃひぃ言いながらもドシンと強烈に踏み込み、全力で突進する体勢に入った。



「おっと…流石に凄い重量だな」


包さんの踏み込みは道場を軽く揺らすレベルだった。
包さんはあの体格でも意外と機敏に動く。
その動きは並の肥満体では到底出来ない物だろうな。



「ふむ…」


「はいーーっ!!」


包さんは全力で右拳を振るう。
老師は返し技を出す事はせず、その場から動いて軽く避けた。
包さんはそれを見てすぐに腕を振り回す。
反応も速く、鋭さもある…これは確かに良い素質を感じるな。



「ほっ」


「あららららーっ!?」


包さんは腕の振り回しをかわされ、ちょん…と老師に指で振り回した後の肘を押され、その場で横に大回転。
包さんは目を回してその場にズシィィンッ!!と転んでしまった。



「も、もう動けない〜…」


「ほっほっ♪ そなたはもう少し痩せるべきじゃの」
「少し絞れば、その巨体でも縦横無尽に動く事も出来よう」
「破壊力は申し分無し、これからが楽しみじゃな♪」


老師は嬉しそうにそう言った。
包さんはそれを聞いて大の字に寝転がる。
本当に動けないみたいだな…



「次はアタシだ! 今度こそアンタをぶっ殺してやる!!」


「ほっほっ…威勢は良いが、前と同じにならんと良いがな」


麗は舌打ちしてすぐに突っ込む。
やや不意打ち気味だが、老師は至って冷静で全く動じていない。
麗はその場で勢いよく前方回転し、老師の頭上から白い翼を振り下ろした。
ビュンッ!と風切り音だけが鳴り、老師は横にズレて回避する。
麗はそのまま回転を止めずに勢いのまま、もう片方の翼で追撃をかけた。
だが、老師はそれでも当たらない。
攻撃を完全に読んでいる様で、そもそも先読みして動いている感じだった。
麗は舌打ちし、着地して態勢を整え様とするがその隙を老師は見逃さず、麗の顎を思いっきり蹴り上げた。



「がはぁっ!?」


「スピードはあるが、大振り過ぎる…だからこうやって反撃をもらう」


麗は一撃でダウンする。
かなり強烈な蹴りだった様で、麗は後ろに1回転して背中から床に落ちた。
その際に口の中を切ったのか、血を吐いて息を荒らげている。
やれやれ…まぁこれで少しは実力の差も解ったろうな。



「さて、残るはひとり…」


「!! 行きます…!」


瞳さんはすぐに突進する。
そして右拳を腰の辺りで握り、殴り抜ける体勢を見せた。
老師は一切動かず、瞳さんの攻撃を待っている。
瞳さんは射程ギリギリまで拳を振るわず、正確に老師の動きを見ていた。
だが、所詮戦闘はド素人…老師にもそれは解っている。



(どの道勝てないのは解ってる、だったら小細工でも何でもやれる事は全部やる!!)


瞳さんは拳を振るう。
老師は当然それを見て回避に移る、だがそこには瞳さんの心理的罠があった。
老師は先読みで拳を避けるも、瞳さんは避けられる事前提で技を仕掛けていたのだ。
つまり、瞳さんの本命はただの『体当たり』!


老師
「よっと」


「!?」


流石は老師…瞳さんのあの体当たりを軽くジャンプして飛び越えてしまった。
回避にバランスを崩した状態、それでも片足だけの脚力で3mは真上にジャンプしてしまったのだ。
瞳さんは当然対象を見失い、そのままの勢いでゴロゴロと前方に転がって行った…



「…くっ」

老師
「力も速さも無いですが、発想は中々…」
「そしてそれを実行する勇気と決断力…評価出来る部分はありますぞ♪」
「ですが、あくまでこれは拳法の修行!」
「心だけでなく、体と技も強くなるのです!」


老師は強い口調でそう言った。
3人はそれぞれ光る部分は見せるも、老師には指1本触れる事は出来なかったのだ…
だが、これはあくまで修行。
これから、この3人はどんな風に強くなるのか…?



………………………



それから、厳しい修行の日々は始まった…
優しくも厳しい老師の指導は、日を重ねる毎に皆を強くしていく。
やがて、気が付けば更に一月が過ぎようとしていた…


老師
「ふむ…今日はここまで!」


「…はい」


本日最後の組み手を終え、瞳さんは前のめりに倒れる。
あれから瞳さんも随分逞しくなった。
先月までは、全く戦う事も出来なかった瞳さんは、見違える様になっている。
だけど、それでもどうしても越えられない壁があったのだ…



(未だに、ジグザグマのまま…か)


そう、瞳さんは進化が出来ないのだ。
別に変わらずの石やBボタンキャンセルを使っているわけじゃない。
瞳さんは既に十分なレベルに到達しているはず。
伸び代も他のふたりよりも明らかに大きいし、成長率で言えばダントツにトップだ。
にも関わらず、瞳さんは進化出来ずに水を開けられている。
レベルだけなら恐らくトップだと思うんだけどな…



「…やれやれ、面倒なこったね」


麗は愚痴りながらも、倒れた瞳さんを担いで寝室に向かった。
何だかんだで、ふたりの仲はそれ程悪くは無い様だ。
初期はそこそこにギスギスしてたけど、この一月で互いに認める所はあったらしい。



「ふぃ〜…ふたりは女の子なのに、本当に凄いよね…」


「そう、ですね…」


改めて言われると、俺は不思議にも思う。
家族内では皆がポケモン娘だし、強さも千差万別。
腕っぷしでも男ポケモンに負ける事は無いし、あまり女の子だから…とは思った事が無い。
だけど、こういった世界においては、人として男女の差はちゃんと存在するって事なのかもな…



「ほっほっ、これ包…動けるなら夕飯の支度をせい」
「瞳さんは今日は動けんじゃろうしの」


老師に言われ、包さんはすぐに厨房に向かう。
この1ヶ月で麗も包さんも料理はちゃんと覚えた。
瞳さん程ではないにしろ、これもしっかりとした成長だろう。



………………………




「…麗さんにはスピードや技のキレ」
「包さんには、パワーとスタミナ、タフネスがある…」
「それに比べ、私は全ての戦闘力が劣っている…」
「最初に比べれば差は縮まっている…ですが、後1歩が」


「大丈夫ですよ…瞳さんなら」


俺は、夜にも関わらず道場の外でひとり稽古をしている瞳さんにそう話しかけた。
今日だけでもない、瞳さんはこうやって皆が寝静まっている時間に努力している。
だからこそ、瞳さんは今はふたりの同門に劣らぬ実力をちゃんと持っているのだ。



「…聖様、起きてらっしゃったのですか?」


「俺は別に弟子じゃないし、明日起きれなくても別に問題は無いですよ」
「まぁ、起きますけどね…フツーに」


俺は笑ってそう言う。
ここは山頂で基本的には人は来ない。
昼の修行時には稽古で来る事はあるが、私用で来る人は皆無だろう。



「申し訳ありません聖様…既に1ヶ月も経っていると言うのにこの体たらく」


「そんなのは瞳さんが気にする事じゃない」
「これは家族全体の問題です、瞳さんがその体たらくと言うなら、俺はもっと酷い穀潰しですね」


俺がややキツ目にそう言うと、瞳さんはハッ…となって口をつぐむ。
瞳さんは、少しネガティブな所があるよな…いや、俺の為なんだろうけど。
もう少し、瞳さんは自分を大切にしてほしいとは思うかな…

俺はここで、華澄の事を思い出す。
アイツも、初めの頃は自己犠牲が酷かったからな…
瞳さんはあの時の華澄と良く似てる。
俺の為なら自分の命など厭わない。
だが、華澄と瞳さんは違う。
自分ひとりでも戦い抜ける力を持った華澄はともかく、瞳さんはその力が無いのだ。
だから、余計に危うく感じる。
俺がちゃんと手を差し伸べてやらないと、瞳さんはきっといつか命を落とす気がした…



「申し訳ございません…軽率でした」
「聖様、もうお休みを…私はもう少し稽古を続けますので」


「分かりました、瞳さんも早めに休んでください」
「体を壊したら元も子も無いですよ?」


俺はそう言ってその場を去る。
瞳さんは一心不乱に型を練習している。
その技のひとつひとつは優雅華麗、綺麗に纏まっており、威力も推して知れる。
だけど、やっぱり不安だった…



(瞳さんの技には、殺気が無さ過ぎる…)


それは、この1ヶ月で俺が修行を見てきた事で気付いた事だった。
麗は逆に殺気がありすぎてアレだが、穏やかな性格の包さんですら、組手の時はそれなりに殺気を込めている。
老師は特に凄い…普段はまるでそんな気は放ってないのに、技を放つその瞬間には異常な気を感じるのだ。
もちろんそれは一瞬の事で、多分ずっと見続けてでも無い限り感じる事すら難しいんだと思う。
大体…それが解った所で俺が対処出来るわけないからな。
きっと感じた時には地面に転がってる…あれはそういう世界の話だ。



(…ここまで、特に突発イベントも無しか)

フーパ
『でも、いずれ起きる…』


『あぁ、間違いなくな…』


俺たちは互いにそれは確信している。
フーパには、未だ本音を聞いていない気がするが、俺には信じてやる事しか出来ない。
フーパには、話せない事情がきっとあるのだ…
だから、俺は流されるままに身を委ねよう。



(ほっほっ、流石は聖君…見事に私の出番が奪われてしまいましたな♪)
(瞳さんの危うさは、聖君がちゃんと埋めてくれる…)
(ならば、迷いますまい…彼女はまだまだ強くなる)



………………………



それから更に時は過ぎる…原始編から数えて約3ヶ月目、瞳さんたちは更なる飛躍を遂げていた。



「はっ!」


「むぅ!?」


瞳さんは老師との組み手で、遂に触れる事が可能となっていた。
劇的な成長速度で、瞳さんは今や老師ですら簡単には倒せない拳士へと変貌していたのだ。



「はいっ! はいっ!!」


「ふっ! ほっ!!」


互いの手足が高速で交差し、技が飛び交う。
そのまま10分以上その状態が続き、やがて瞳さんはスタミナ負けして老師に倒される。
ここ数日は、こんな日が続いていた…



………………………




「はぁ…! はぁ…!!」


「ふぅ…大分手こずりましたな」
「随分成長したものです…これは私も余裕は無くなってきましたな♪」


「ジジイ! 最後はアタシだよ? 良い加減引導を渡してやるからね!!」


老師はほっほ、と笑って麗の相手をする。
麗と包さんもやはり強い…今や3人の弟子はそれぞれの強みを持ち、老師は段々と追い詰められ始めているのだ。
特に、最近の3連戦は老師もスタミナ切れし始めている。
さて、確実に疲れのある老師相手に万全の麗…今日はどうなるかな?

だが、その時は唐突に来たのだった…
俺はいつかはこの日が来ると予想していた…そして、今日遂に。



………………………




「がはぁっ!?」


「!? ジ、ジジイ…?」


「老師!?」


「喀血!? すぐに手当てを…」


「静まりなさい!!」


老師は口から血を滴らせながら、手をかざして叫ぶ。
その声で、全員が凍りついた様に動きを止めた。
老師は麗との組手の最中、技を食らってもいないのに喀血したのだ。
俺は知っていた…老師はもう長くないと。
そして、着々と近付いているのだ…老師の死期が。



「大丈夫…ただの発作じゃよ」
「ほっ…ほ、とはいえ…もうここまでになるとは」


「どういう事だよ!? まさか、病気なのか!?」


「そんな! だったら医者に見てもらわないと!!」


「大丈夫、これは…もう変えられぬ定め」
「私は、伝承者を育てる為に、この残り少ない命を賭けている」
「だから、嬉しいのだ…そなたたちの成長が」


老師はハンカチで口を拭き、笑ってみせる。
その姿は、弟子たちの心に深く響いた。
そして改めて知った事だろう…老師の想いを。



「老師…何故、何も仰られなかったのですか?」


「言えば、きっと瞳さんはここまで強くなれなかったでしょう」
「いえ、麗や包もきっとそうだ」
「だからこそ、私はこの体を突き動かして全ての技を伝える…」
「そして、もうそろそろ教える事は無くなりそうです」


老師はほっほっほっと笑って虚空を見つめる。
そして、3人の弟子はそれぞれ老師の近くに集まった。
老師はその3人を見てうんうん…と頷く。
そして、ひとりひとりにこう言葉を送った。



「麗、そなたは優しくなったの…今なら不安だった心の部分も十分に強くなった」


「…ジジイ、アタシは納得しねぇぞ?」
「こんな形で決着なんてアタシは認めねぇからな!?」


麗は涙目になりながらそう叫ぶ。
麗には身寄りはひとりもいない。
思えば、老師たちの事はまさに家族そのものだったのかもしれない。



「包はちゃんと体も絞れ、よくここまで我慢したの♪」
「今や技も磨かれ、立派に強くなった…もう、食い逃げなどしなくても我慢出来るじゃろ」


「で、でもそれは老師の教え方が良かったから!」
「老師や麗や瞳ちゃんがいなかったら、きっと僕は…」


包さんも涙を堪えてそう返す。
包さんは3人の中では最年長の20歳だから、思う所もあったんだろう。
今やブクブクに太っていた脂肪は筋肉に変わり、まだ肥満とはいえ見た目は格闘家のそれだ。
良い意味で包さんは恵まれた体を活かしているなのだから…



「瞳さんは、人一倍努力しましたね…」
「種族として劣っている部分を貴女は知恵と勇気で補った」
「元々強かった心に、ようやく体が追い付いたのです…誇ってください」


「老師…清山拳は、必ず私たちが正しく受け継ぎます!」
「ですから、どうか…まだ、ご指導を」


瞳さんは俯き、泣いていた。
ここまでの修行は、かくも辛い日々だったはずだ。
何度も打ち倒され、それでも努力して、瞳さんは結局ジグザグマのまま強くなった。
今や、老師も認める立派な拳士に育ったのだ…



「…皆、外に出なさい」
「最後に、見せたい物があります…」


老師の言葉に従い、俺たちは道場から出る。
そして、冷たい風が吹く外にて、俺たちは老師の背中を見ていた。
老師は静かに息を吐き、清山拳の構えを取る。
左手は目の高さに、掌を開く。
右手は腰の位置に構え、拳は軽く握る。
そして足は蹴りもステップもしやすい位置で自然体。
この基本の構えを老師はあえて取り、そして今までに無い静かな気を放っていた。
まるで老師を中心に空気が固体化する様な感覚。
やがて老師はその構えから虹色に輝くオーラに包まれる。



「Z技!? まさか老師の…いや清山拳の!?」


老師は細い目を見開き、前方に向けて拳を放つ。
あまりにシンプル…だが、その拳は目の前の空気をもねじ切り、凄まじい威力の衝撃波が空間を歪ませたかの様に見えた。
すると老師のオーラは消え、老師は背中を向けたままフラリと体を揺らす。
そして再び喀血し、その場で膝を着いて口を押さえた。



「老師!?」

「今の技は!?」

「大丈夫ですか!?」


老師は弟子3人に囲まれ、優しく笑っていた。
そして、3人の腕に抱かれ、老師はこう呟く。



「今のが、清山拳奥義『神破孔山拳』(しんはこうざんけん)」
「恐らく、見せられるのはこれが最初で最後となるじゃろう…」
「どうじゃ? 目に焼き付けたか?」


「はい…! この眼に、しかと!!」


「あぁ、細かいとこは解んねぇけど…」


「とにかく、凄い奥義でした!!」


3人の答えに満足したのか老師は力を抜く。
どうやらかなり辛かったみたいだな…



「…老師、今日はお休みを」
「後の事は全部お任せください」


「そうだな、ジジイは黙って寝てろ」


「今夜は皆で老師の好きな料理を作ろう!」


老師は、幸せそうだった。
そして、まだ老師は死ねないと思っているだろう。
奥義はそんなに簡単に伝授出来るわけじゃない。
これから残された少ない時間で、老師はそれを伝えていかなきゃならないんだ…



(どうやら、フラグが立ったみたいだな)

フーパ
『そう…これはきっとイベントだよ』
『はてさて…どんな結末になるかね?』


フーパは割とテキトーにそう言った。
俺は逆に安心感がある。
瞳さんはきっと凄い伝承者になるだろう…もちろん、麗も包さんも。
だから、老師は嬉しいんだ…こんなにも恵まれた3人の弟子がいる事を。

だが、この後俺たちは知らされる事になる。
この世界に隠されていた、闇の部分を…



………………………




「下山、ですか?」


「はい、町の方から連絡を受けまして、すぐに来てほしいと」
「なので、少し道場を留守にします」


とある日の朝、老師は私にそう言った。
私はまだ稽古前の状態でこれからという所でしたが…



「…では、私もお供します」


「ほっほっ、大丈夫です…私ひとりで何とかなりますよ♪」


「いえ、そのお体では無理はさせられません」
「ご同行を許されないのでしたら、力ずくでも止めさせていただきます」


私は少々強めに言う…老師は少し困った顔をし、考えた後にこう答えた。



「分かりました、瞳さんに従いましょう…」
「やれやれ、これではどちらが師範か解りませんね」


「ふふ、仮にも伝承者候補ですから」


私たちは互いに微笑み、そして下山の準備を始めた。
どうやら、町で何か良くない事が起こっている様ですが…



………………………




「こ、これは!?」


「何と…」


私たちは町に到着した時には目を疑う事となった。
中央区の町並みは活気溢れていた以前とは大きく変わり、まるで何かに支配されているかの様な様相。
道行く人たちは、怯えた様な表情で歩いていた。



「あの胴着、もしや…」


「はい、光龍門の門下生ですな」


私たちは偉そうに振る舞っている数人の胴着男たちを見てそう確信した。
どうやら、あの方たちがここを支配している様ですね。
しかし、何故この様な事を?



「見付けたぞジジイ!!」


「ん? そなたは…」


私は突然叫んだ男を見てすぐに思い出した。
あれは、私が聖様と再会した日に老師によって懲らしめられたリングマの男ですね。
まぁ、所詮モブなので名前は言いません、別に構わないでしょう?


リングマ
「あの時はよくもやってくれたな! あれからまた修行して強くなったぜ!!」
「今度こそ墓場送りにしてやる! 覚悟しろジジイ!!」


「老師、お退がりを…私がやります」


「ほっほっ、ではお任せしましょうかね…」


そう言って老師は一歩退く。
私はリングマの前に歩き、構えもせずにため息をひとつだけ吐いた。
すると、リングマは怒りを露にし私を見て吠える。


リングマ
「んだテメェ!? 邪魔するなら容赦しねぇぞ!?」


「ひとつ聞きます、この惨状は貴方の仕業ですか?」

リングマ
「あぁ! そうよ!! 俺様の力でこの町の奴らを思い知らせてやったのよ!」


リングマは高らかに宣言する。
私はもうひとつ大きなため息を吐き、リングマとは目も合わせずに俯く。
そして、体内の気をコントロールし、私は臨戦態勢に入る。
リングマはそんな私の気を感じる事も出来ない様で、偉そうに笑っていた。
私はそんなリングマの顎に向かって蹴りを放つ。
真っ直ぐ斜め上に放たれた蹴りは、リングマの顎をカチ上げ一撃で意識を奪う。
リングマは無気力に後ろへとダウンし、私は蹴りを振り抜いた体勢のまま他の門下生を睨んだ。
すると、門下生たちはリングマをすぐに担ぎ上げそそくさと逃げ出す。
私は更にため息を吐き、構えを解く…その瞬間。


ワァァァァァァァァァッ!!



「スゲェなあんた!? もしかして老師の弟子かい!?」


「奴らを追っ払ってくれてありがとう!!」


「え…あ……?」


私は突然の事に戸惑ってしまう。
町の人たちはどんどん集まり、私や老師を囲んでしまったのだ。



「これからは立派な拳士だな!」


「老師にも、こんなに良いお弟子さんがいたなんて…!」


「ほっほっ、これこれ皆さん…あまりはしゃぎすぎない様に」


老師が皆さんを抑え、私たちは徐々に囲みから離れる。
しばらくは礼を言われ続けていたが、数分後には次第に収まっていった…



………………………




「………」


「ほっほっほっ、驚かれましたかな?」


私は無言で頷く、そして初めて清山拳を他人に振るった事を考えた…
人々はそれに感謝をくれる…私にとっては、色々未知の体験でしたね。



「清山拳は、弱き人を助ける為に生まれた拳」
「故に、長い歴史はありながらも、それ程目立った流派ではありません」


老師は山を登りながらそう呟く…私はそれを追いながら無言で聞いていた。



「清山拳は決して人を傷付けるだけの拳であってはなりません」
「瞳さんの技も、それは解っていた様で良かった…」


「…はい」


あまり自覚は無かったですが。
私は、ただ町の人を解放すべく技を放ったにすぎません。
老師が言う様に、本当に正しかったのかは、私にはまだ…



………………………



それから1日で私たちは山を登りきり、道場に戻る。
そして、私たちはその日…あまりの惨状に言葉を失った…



「そんな…これは、一体!?」


「道場が…破壊されている!?」


私たちは聖様たちの名前を呼ぶが、返事は返って来ない。
この場にいないのか、それともまさか…?



(いえ、聖様に関しては決して死ぬ事は無いと本人が仰っていました)
(少なくとも、いないのであれば、拐われたとするのが自然!)


「む…これは?」


老師は足元に落ちていた封筒を拾った。
どうやら、道場を襲った何者かからの様で、老師は顔をしかめる。
老師はその中身を開き、手紙を開いて読んだ。
そこに書いてあったのは…


『弟子は預かった、返してほしくば西区の先にある我が館へ来るがいい』


それは、あまりに簡単な文章…そして最後に添えられた名前は。



「『黄 龍』(ファン ロン)…光龍門の創始者であり、当主ですな」


「また光龍門? 一体何が目的で…?」


「恐らくは、私への憎しみでしょう…」
「力と勝利しか信じていない、彼らしいやり方です」


老師はため息を吐き、悲しそうに俯いていた。
ですが、その内に秘められた怒りは私でも解る程に荒々しかった。
老師は手紙を握り潰し、懐に入れて私を見る。
そして、老師は首から下げていた首飾りを私に差し出した。



「…これは?」


「それは、先日見せた奥義を使うのに必要な石です」
「清山拳に代々受け継がれて来た、いわば奥義の鍵」
「瞳さん、貴女にこれを託します」


私はギョッとなってそれを恐る恐る受け取る。
清山拳の奥義…神破孔山拳の鍵!?
そして、同時に悟る…それはつまり。



「瞳さん、今から貴女を清山拳の師範代と認めます」
「正しき伝承者として、これからも弱き人を守り続けてくだされ…」


老師は笑顔でそう言った。
私は頭が回らないままそれを握り締め、老師の心を胸に刻んだ。
私はいずれこの世界から消えるのに、老師はあえて私に託すのですか。
そして、それが私の…弟子としての最後の試練となるのですね。
私は顔を引き締め、それを首から下げる。
白く輝く菱形の石は私の胸元に乗り、私はそれを見て頷く。
老師も頷き、私たちは次の目的地を見据えた。
目指すは西区…光龍門の本拠地、黄の館!!



………………………




「…ここが、黄の館」


「門下生の数は100を越えます、その全てが敵と思っても良いでしょう」
「覚悟は、出来ていますな?」


私は無言で頷き、門を堂々と潜る。
ちなみに、今の私は白いチャイナドレスに着替えていた。
金の刺繍がキラリと輝く、少々お高い逸品です。
正式な伝承者となった事で、老師が町でプレゼントしてくださいました…


門下生1
「何だ、入門志願か?」


「まさか、聖様を返していただきに来ました!」


私は問答無用で門番の門下生を裏拳で殴り倒す。
同時に老師ももうひとりの門下生を蹴り倒した。
まずは宣戦布告です…これで門の中では注目が一気に集まり、数十人の門下生たちが私たちに襲いかかって来る。
ですが、私たちは一切恐れる事無く、その群れを吹き飛ばしていった。
ひとり、ふたりと順に近付く者を倒していき、やがて20人はいたと思われる門下生たちは全員倒されている。
私たちは息を切らす事無く館の内部に入り、更に奥を目指した。
この館は相当広く、狭い通路が多い、意図的に外部の進入を阻害する作りに思えますね。
とはいえ、こちらはたったのふたり…むしろ狭い通路は囲まれる心配が少なくて有利でしょう。



………………………



門下生27
「この野郎!!」


「ほっと!」


老師は槍を突かれながらも流れる様に身を捩ってかわす。
私は対して槍を叩き折って無力化した。
老師はもうあまりスタミナが持続しない…出来る限り私が相手をしなければ!



「はぁっ!!」


私の回し蹴りで門下生は吹き飛ぶ。
ここまでは全て雑兵…明らかに数だけで押すだけの戦術ですね。
私たちにとっては烏合の衆、スタミナさえ続くなら触れられる事すら無いでしょう。



………………………



門下生72
「だ、駄目だ強すぎる!?」

門下生73
「俺たちじゃとても止められない! おい、増援はまだか!?」

門下生74
「無理だ! もう皆逃げ始めてる!! こんな化け物と戦えるか!!」


70を倒した辺りで段々と門下生の数が減ってきていた。
既に過半数は倒れたからか、門下生たちはもはや武器を捨てて館から逃げ出している様でした…



「老師、大丈夫ですか?」


「ええ…この程度でしたらまだまだ♪」


思いの外、老師も余裕の様でした。
私たちは既に撤退した敵を無視しながら安全に館を進む。
そして、特に罠も無く私たちは最後と思われる大きな扉に辿り着いた。



「この先に、聖様たちが?」


「恐らくは…ですが、気を付けてください。複数人の気を感じます」
「それも、これまでの門下生とは明らかに違う…」


私にもそれは感じられた。確かにこの先には大きな気を感じる。
ですが、私は迷う事無く扉を開けた。
その先には、広い空間が広がっており、玉座にひとりの男が偉そうに座っている。
その後ろには3本の柱が立ててあり、そこには聖様たちがそれぞれ縛り付けられていた。
高さは3m程ですが、3人とも自力で抜ける事は出来ない様ですね。



「瞳さん!? 老師!!」

「ジジイ、瞳…!」

「老師、瞳ちゃん!!」


3人は私たちを見て叫ぶ。
明らかに罠と解ってはいるものの、私たちは堂々と前に出た。
すると、玉座に座っている男が私たちに向かってこう言う。



「ようこそ我が館に…私が光龍門の創始者、黄 龍だ」
「まずはここまで来た事に対して誉めてやろう…だが、ここから先はどうかな?」

老師
「成る程、手練れの者を集めておったか」


黄と名乗った男はククク…と笑う。
黄は銀の刺繍が目立つ黄色の拳法着に身を包み、髪はツンと上に伸びているのが特徴的。
そして金髪に近い黄色の髪色はゆらりと揺れ、黄は目を細めて笑っている。
背中には翼が映えており、その形は翼竜系のそれに思えた。
つまり、この方はドラゴンタイプ…?



「私を倒すつもりであれば、まずはこの10名を倒していただこう…」
「そう、光龍門が誇る10傑の拳士たちをな!」


「良いでしょう、何人来ても同じ事…3人は必ず取り戻します!!」


私は気を放ち、前に出て構える。
ですが、私の前に手を水平にかざし老師が私を制していた。
私は?を浮かべ、老師を見る。
すると、老師は険しい顔でこう言った。



「瞳さんはそこで見ていてください…あの10名は私が倒します」


「!? で、ですが…」


私は言おうとして口をつぐむ。
ここで老師の病の事をバラすわけにはいかない…!
しかし、逆に言えばそれは老師自らが礎になると言っているのです!!
私は、それをただ見ていろ…と?



「いかに瞳さんとはいえ、あの10名を相手にしては黄を倒す体力は残らないでしょう」
「ですので、休んでいてください…そして、黄はお願いします♪」


そう笑って老師は前に出る…それを見て黄は笑い、こう言い放った。



「中老師、まさか貴方自らひとりで戦うと?」


「そうですね、少なくともその10名は倒して見せましょう」


「面白い! ならば見せてもらおう!! さぁ、早速一番手だ!」
「光龍門が10傑! 棒術使いの『ドテッコツ』呂(ルゥ)!!」


まずは手前にいた小柄な男が前に出る。
手には2m位の長さの棒を持っており、木製でしなっている。
呂と呼ばれた男は棒を前に構え、老師と相対した。
そして、すぐに戦いは始まる。



「はっ!!」


呂の棒は真っ直ぐ高速に放たれる。
しかし、老師はそれを容易く見切り、棒の真ん中辺りを握って逆に呂の体を浮かして投げてしまった。


ドガシャァ!!


呂はあっさりと壁に叩きつけられ、置物を破砕して床に転がる。
まさに圧倒的…老師にとってはウォーミングアップに過ぎなかった様だ。



「これは流石…! 呂には荷が重すぎたか」


「この程度であれば、別に数人同時でも構いませんよ?」
「逆にその方が手間が省ける…」


老師は腰に両手を回し、余裕を見せてそう言い放った。
黄は微笑し、次はこう言い放つ。



「ならばお言葉に甘えよう! 金(キム)、銀(イン)!!」
「次はお前たちだ! 双子『ニューラ』のコンビネーションを見せてやれ!!」


次にふたりの弁髪男が前に出る。
互いに鉄の爪を利き腕に装備しており、それが得物の様だ。
老師はそれを見てほっほと笑う。
そして、清山拳の基本の構えを取り、相手を見据えた。
双子の男は同時に襲いかかり、時間差をかけて老師に襲いかかる。
老師はまず正面から来た金の爪を右手に持つ男の攻撃を捌く。
そして、すかさずそのタイミングでもうひとりの銀の爪を左手に持つ男が老師の頬を切り裂いた。
あまりに絶妙なタイミング…いかに老師といえども傷を負わされるとは…!



「ふんっ!」


「げっ!?」


しかし、傷を負った矢先に老師は銀の顔面をチョップで叩き割る。
銀は顔面を割られ、鼻血を噴出してその場で倒れた。
その威力はまさに○斬両斬破…柔のイメージが強い老師ですが、こう言った剛の拳も流石ですね。



「くっ!? キェェェェェッ!!」


「遅いですね…」


老師は一瞬で金の背後を取る。
そのスピードはまさに神速…技ではないですよ?
まぁ、とにかく金は呆気に取られ、老師はそんな金の後頭部に横蹴りを放ち、一撃で意識を奪った。
これで早くも3人…まだ余裕ですがさて?



「見事…! あのふたり相手に傷ひとつとは…」
「ならば次はこの3人だ!! 『バオップ』の一(イー)! 『ヒヤッキー』の二(リャン)! 『ヤナッキー』の三(サン)!!」


今度は3人の女性が前に出る。
いわゆるお団子頭のチャイナドレスを赤青緑と揃えた3人だ。
背格好もほぼ同じで見た目も大差無し、今度は三つ子ですかね?
今回はとくに獲物は持っていない…素手で戦う気の様です。



「ふぅ…あまり女性には強く出れませんな」
「まぁ、一瞬で済む様に気を使いましょう…さぁ、どうぞ」


老師はそう言って構える。
そして3人は縦列陣形で同時に駆けて来る。
それはまるで○ェットストリームアタックの様に美しい陣形でした。
老師はそれ相手に気を引き締め、まずは先頭の赤い女性を相手にする。
赤い女性は右手で貫手を放ち、老師の目を狙う。
要は目潰しですが、当然老師はこれをかわしてまずその女性を投げ飛ばす。
これは一瞬の出来事で、赤い女性は意味も解らず横に回転して床に強く叩き付けられた。
そして、間を置かずに青い女性が突っ込んで来る。
本来なら目を潰した後に追撃する役目なのでしょうが、今は全く意味を成さない。
老師はその場から斜め上に跳び、青い女性の後頭部を踏み抜いた。
その衝撃で青い女性は床に叩き付けられ、意識を失う。
そして、その慣性で老師は空中に飛び上がり、上から奇襲しようとしていた緑色の女性を正面から踵落としで脳天を打ち、床に叩き付けた。
ここまでの攻防は僅か数秒…まさに一瞬の攻防ですね。



「ふぅ…やはり女性相手に本気を出すのは躊躇われますな」


老師は軽く息を吐いてそう言う。
その台詞はことのほか重い…逆に言うなら老師でも本気を出さざるを得なかったという事。
つまり、ここから先は老師も常に本気にならねばならない…!



「もう6人抜きか…恐れ入るな」
「では次の3人! 『ゴーリキー』の萬(マン)、『キノガッサ』の林(リン)、『コドラ』の山(シャン)!!」


次に特徴もバラバラな3人の男が前に出る。
それぞれが青竜刀、槍、鋼の手甲を装備して老師に襲いかかった。
老師は若干息を荒くしている…やはり体力は限界に近付いていますね。
しかも、この期に及んで最後のひとりは温存…余程の自信があると見える。



「むぅ…!」


老師は先に突っ込んで来たコドラの拳撃をかわす。
しかし、反撃をする間も無く槍が老師の胴を狙い、老師は回避に専念した。
そして時間差で青竜刀が頭上から老師を狙う。
老師は隙を狙い、青竜刀を持つ手を狙って蹴りを放ち、まずはその男の手を砕いた。
悲鳴をあげる間も無く、老師はその男を返す後ろ回し蹴りで吹き飛ばし、すぐにコドラを狙う。
ですが直後に槍が老師の腹を霞め、老師は出血して顔をしかめる。
そのまま老師はコドラの顔を正拳で打抜き、腹から血を流しながらも強く踏み込んでキノガッサの懐に入り、まずは手刀で槍を落とした。
そして衝撃で戸惑うキノガッサの顔を裏拳で殴打し、一発で気絶させる。

老師は、はぁはぁ…と息を荒らげ、最後のひとりを見据えた。
黄はクククと笑い、老師の健闘を称える。



「流石は清山拳の老師! よもやここまでやるとは…!」
「だが最後のひとりは強敵だぞ!?」
「光龍門が配する最強の拳士! 『コジョンド』の暗(アン)!!」


名を呼ばれ、最後の男が前に出る…その男は老師と同じ位の老人で同じ種族。
黒い拳法着に身を纏い、老師と似た袖がブカブカのタイプ。
ですが、老師とは明らかに違う空気…!
間違いなく強敵ですが、一体どんな戦い方を…?



「ふっ!!」


暗は貫手で老師の顔面を狙う。
かなりの速度でしたが、老師は軽くいなし、反撃の手を出す。
しかし、その瞬間傷を負ったのは老師…!



「ぐっ!?」


突然、暗の袖から何かが出る。
それは老師の右腕を切り裂き、老師は反撃を阻止された。
暗は不適に笑い、そのまま老師の顔面に蹴りを放つ。
老師は左腕を上げてそれをガードするが、老師の腕からは血が吹き出した。
わたしはこの時点で察する、あの老人は暗器使い!!



「ぐぅ…!!」


「ククク…いつまで持つかな?」


暗は腕を振り回し、老師を暗器で傷付けていく。
老師は直撃を避けるものの、予測不可能な攻撃に大きくバランスを崩した。
しかし、それでも老師は暗器の射程を見切り、即座に対応する。
老師は一瞬で暗の懐に密着し、傷付いた右手を暗の鳩尾に軽く当て、そこから強烈な『発勁』を放った。
それを受け、暗は呻き声をあげる事無く、その場で白目を向いて膝から落ち、前のめりに倒れる。



「はぁ…ふぅ…!」


「老師…! お見事です!!」


老師は見事に10人抜きを達成した。
かなりダメージは負ったものの、これで残されたのは黄ただひとり!!
私は老師に近付き、体を支えようとする…が。



「瞳さーーーん!!」

「避けろバカ!!」

「ダメだーーー!!」


私はその声を聞いて殺気を感じた。
そして、老師はいち速くそれを察し、私と体を即座に入れ替える。
そして、横から突如乱入して来たふたりの黒ずくめの攻撃を老師は受け止めて見せた。
ですが、直後に喀血…老師は限界を迎えてしまった!



「ろ…」

「やりなさい瞳さん!!」


私は一瞬で制される…そして、すぐに状況を察した。
これは、老師が想定していたケース。
初めから伏兵も予測して、私を温存してくれていたのだ…!!
私は怒りに震え、老師に背を向けて黄を睨み付ける。
そして、聖様が黄を糾弾した。



「テメェ…!! 話が違うじゃねぇか!?」
「聞いてねぇぞ!? 他にも潜んでいるなんざ!!」


「吠えるなカスが…これは保険だ」
「老師の力は知っている…だからこそ裏の裏まで仕込んでおくのが定石だ」
「一対一でも負ける気はしないが、万が一も廃するのが私のやり方…」
「確実な勝利こそが、光龍門の真意よ!!」


そう言って黄は玉座から飛び上がり、私の前に着地した。
間違いなく強い…恐らく黄は『カイリュー』…!
単純な種族差にすると、ジグザグマの私とは雲泥の差!
ですが、私は退きません!!
私の前には聖様が、麗さんや包さんがいる!!
3人は、必ず助けてみせます!!



「ククク…よもや、弟子が私の相手とはな?」
「老師も寄る年波には勝てぬという事か…」


そう言って黄は独特の構えを取る。
やや後に重心を起き、両手を目の高さで構えている。
見た事も無い構えですが、私は清山拳の基本を貫きます!



(そうです、それで良い…貴女ならきっと勝てる)
(ですが、それには越えねばならぬ壁もあります…)
(どうか、その壁を越えますよう…私は影ながら願いましょう!)


私の背中で老師が気を練るのを感じる。
その気を感じ、私は同様に気を発した。
そして黄を目の前に見据え、私は一気に踏み込む。
持てる全てを出し、黄を倒します!!



「ふっ…!」


「ハイハイハイィッ!!」


私は高速で突きと蹴りを放つ。
しかし、黄はそれを簡単に捌き、逆に突きや蹴りを返して来る。
その技は決して見切れない物では無い、私はちゃんと対応して技を返した。



「ほう! 流石にやる!! 清山拳の技はしっかりと極めたか!?」


黄に称賛される程、私は成長していたのだろう。
ですが、私はまだまだ老師を越えたとは思っていない。
私には決して越えられない壁がまだあるのだから…!



「えいやぁぁぁっ!!」


「ふっ! はぁぁっ!!」


私の蹴りは容易く受け止められ、逆に黄の蹴りは私を吹き飛ばす。
これが、カイリューのパワー! いえ、スピードでも上回られている!?



(くっそ…流石にカイリューとじゃ性能が違いすぎる!)
(せめて、瞳さんが進化していれば!!)


「はははっ! 所詮はジグザグマか? いかに清山拳の技を極めていても、使う肉体が付いて来ていない様だな!?」


黄はそう悟ると一気に私を攻め立てて来る。
私はそれをいなしながら技を返すも、全て黄は返してみせた。
私は察する…これが、私の今の限界なのだと!
そして、改めて私は気付いた。
今の今まで、私は進化出来なかった理由を。



(私は自分で拒否していたのですね…進化する事を)


そう、私は今の自分が弱いのを知っていた。
だからこそ、進化出来ないのならそのままで強くあろうと目指したのです。
ですが、それは結果的に進化を阻害していた…
私は進化を望む事をしなかったから…
私はようやく枷を理解した…そして、その枷をようやく解放する。
私は望む、更なる力を…そして、願う…!



(聖様を、守れる体を!!)


私は虹色のオーラに包まれ右拳に気を込める。
基本の構えを維持し、私の体は光輝いて体の再構築が行われた。
黄は一瞬躊躇したものの、すぐに笑みを浮かべてこう言う。



「ククク…! ここでか! だが、その程度で差を埋められるかな!?」


「…清山拳、奥義!」


私は光の中から新たな姿を見せる。
体は進化系である『マッスグマ』となり、私は更に清山拳の奥義の鍵となる首飾りに意志を込めた。
すると、その石は私に呼応し、力を与えてくれる。
私は己を、老師を、そして聖様を信じて、こう叫んだ。
そう…これこそが、清山拳の奥義…!



「神破! 孔山拳!!」


私の拳は真っ直ぐに前方へと突き出される。
そのスピードは決して速くなく、距離すらも合っていない。
しかし、その突き出された拳の先の空間は歪み、気の流れを生み出して黄の体に向かって行く。
その気流は目に見える物ではなく、黄は無防備に気の流れに巻き込まれた。
そして、黄の胸はゆっくり…と、衝撃で抉られ始める。
黄は次第に顔を歪め、痛みを感じている様だった。
そのまま、黄の体は後に加速し始める。
約1秒後には、凄まじい速度で後方に吹き飛んだ。
そして、聖様を縛っている柱をへし折り、黄はその後ろの壁をぶち破って更に外に放り出される。
私は、すぐにその場から『神速』で走り、聖様を縛っている縄を手刀で切って抱き抱えた。
柱はズズンッと倒れ、私は聖様を抱き締める。
聖様は驚いた顔だったものの、私の顔を見て優しく微笑んでくれた。



「瞳さん…おめでとう」


「…はい」


私は、そう答えてすぐに老師を見る。
すると、ふたりの黒ずくめは倒れており、老師は体を血塗れにしながらも立っていた。
私はすぐに麗さんと包さんの縄をジャンプして切り、ふたりも解放する。
そして、私たちはすぐに老師の元に向かった。



「老師ーーー!!」


「ふ、ふふ…お見事、です」


老師はもはや限界だった。出血も多く、顔も蒼い。
それは、まさに死に逝く者の顔でした…



「ジジイ!!」

「老師ー!!」


すぐに麗さんたちも駆け寄って来る。
老師は力無く倒れそうになり、私はその体をしっかりと受け止めた。
そして、老師は優しく笑う。



「見せてもらいましたぞ? 清山拳の奥義を…」
「これで、もう思い残す事はありません…」


「ろ、老師…!!」


老師の体にはもう力は残されていない…救う事は、もう出来ない…!
私はそれを認めてしまうのが悔しかった。
でも、それが定めなのだと理解も出来た。



「どうか、清山拳の教えを…お願いします」
「例え、この世界を去っても…貴女が、いる限り」


「はいっ! 必ず、必ず伝えてみせます!!」
「私が、伝承者のひとりとして!!」


「うん…うん……麗、包…そなたたちも、立派な伝承者となってくれ」
「奥義の伝承は出来なかったが、そなたたちにも必ず出来る」
「だから、頼むぞ…清山拳を」


「バッカヤロウ…! アタシはこんなの認めねぇぞ!?」
「まだ、アタシはアンタに、何の恩も返せてないのに…!!」


「良いんじゃよ…もう、十分に返してもらった」
「そなたの優しさは、きっと多くの人を救える…」
「包も、麗を支えてやってくれ…きっとふたりなら大丈夫じゃ」


「老師…はいっ! 絶対に、絶対に清山拳の教えを伝えてみせます!!」


麗さんも包さんも泣いていた。
そして、皆理解していた…老師がもう生きられないのを。
最後に、聖様だけが涙を浮かべる事無く、老師の側で屈んで目だけを見つめていた。



「聖君、迷惑をかけましたね…」


「いえ、立派でした…俺は貴方の事を絶対に忘れません」
「そして、ありがとうございました! 瞳さんの事を、こんなにも強くしてくれて!!」


聖様は目に涙は浮かべながらも、泣きはせずに老師の手を握ってそう叫んだ。
老師はうんうん…と弱々しく頷き、幸せそうに笑う。
そして、老師はそんな顔のまま、最期にこう呟いた。



「私には、見える…清山拳の教えを正しく伝える、子供たちの姿が……」


それが、老師の人生最期の言葉だった。
聖様に手を握られたまま、老師は幸せそうに息を引き取る。
私たちはその現実を目の当たりにし、やがて麗さんが叫んだ。



「お、お師さぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 老師ーーーーー!!」


「……っ!!」


「聖様、私は…泣いても良いのですか?」


「あぁ…でも、まだ終わりじゃないですからね?」


私は無言で聖様に抱き締められ、声に出さずに泣く。
あまりに悲しい別れ…それでも、私たちは戦わなければならない。
家族を救う為に、私たちは…世界を渡る。



「!? ひ、瞳!?」


「そんなっ!? 孔に吸い込まれ…!!」


それが、最後でした…私たちは謎の孔に吸い込まれ、この世界から弾かれる。
私は察する…これが世界の選択であり、結果。
そして、この先はまだあるのだと…
私は絶対に約束する! この先に何が待ち受けようとも、清山拳の伝承者として戦うと!!










『とりあえず、彼女いない歴17年の俺がポケモン女たちと日常を過ごす現実。やっぱり後悔はしていない』



第3話 『伝承、そして師との別れ』


To be continued…

Yuki ( 2019/05/05(日) 15:39 )