とりあえず、彼女いない歴17年の俺がポケモン女たちと日常を過ごす現実。やっぱり後悔はしていない













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第4章 『新たなる再会』
第8話
女胤
「明日は、どっちだ〜?」


私(わたくし)は誰ともなく、ひとりで呟いた。
意味は全くありませんわ。もはや何の事かも解らない。
ちなみに私は今、商店街のゲームセンターで店員をやっており、とりあえず清掃作業に没頭している。


女胤
「全く、また灰皿から灰が…」


この店は基本的にレトロゲームがメインで稼働しており、来てくださるお客様はいわゆる『古参』の方が多い。
なので、必然的に大人の方が良く出入りする為、こういった灰皿の清掃は私の悩みの種だった。


店長
「女胤ちゃん、今日はそろそろ上がっても良いよ?」


この店の店長であり、私の雇い主である『塔』(あららぎ)さんが私の背後からそう声をかける。
塔さんは60歳を越える方で、女性でありながら旦那様が残してくださったこの店を経営しているのだそうです。
旦那様は20年前に亡くなられ、その時のこの店は子供たちもよく遊びに来る繁盛店だったそうですが…今は見る影も無くなってしまったのだとか。
塔さん自身の子供も、かつてひとり娘がいたそうですが若くして亡くなり、もう身内と呼べる家族は実質自分ひとりだけになってしまったと聞きました。


女胤
「店長、まだ時間には早いですよ?」


「今日は、多分固定客位しか来ないと思うから、後は私ひとりでも大丈夫よ♪」


この店はお世辞にも繁盛していない。
本来なら夕方から夜はピークタイムのはずなのに、逆に夕方からが暇になるのは大問題な気もしますね…
私のシフトはあくまで朝〜夕方までなので、午後の17時以降はシフト外となる。
今は終了約20分前、客はおらず店内は寂れた物ですね。
私はとりあえずため息を吐き、店長に礼をして更衣室に向かった。



………………………



女胤
「せめて、もう少し新作なども入荷していれば違うのでしょうが」


ここ数年、この店では新作を入荷していないらしい。
代わりに様々な所から古いレトロゲームを仕入れており、その種類はかなり豊富です。
各所で閉店を余儀無くされた店から引き取る事も多く、それらのゲームはこの店で元気に稼働している。
店では週に1度のペースで基盤のラインナップを入れ替えており、なるべく飽きない様にと工夫はしていた。


女胤
「…やはり、店の狭さがネックですか」


私は更衣室で既に着替えを終え、そう考える。
生着替えを想像した紳士は妄想内に留めておきなさい!


女胤
「2階は住居スペースですし、増設は厳しい…」


そもそも、そんな資金があるのなら初めから苦労はしないのですが。
店が存続しているだけでも奇跡ですのに、流石にレトロゲームのみで戦うのは限界があろうという物。
やはり、どこかに新作も混ぜなければ…
とは考えても、私には有効な打開策は浮かばない。
やはり世の中金なのだ、何をするにも資金がいる。


女胤
「…夢の世界同様、この店はとても良い店ですのに」


私は夢の世界で来たこの店を思い出す。
それは聖様の記憶に内包されていた物で構築された店。
聖様の記憶はより現実に近く、この店もそう表現されていた。
だからこそ、現実世界でも私はこの店に足を運んだのです。

そして同時にこの店の状況も察しました。
店長ひとりでやりくりするのに、あのお歳ではそろそろ無理があります。
だからこそ、私はいてもたってもいられず店員に志願したのですが。
例え給料は安くとも、私はこの店の助けになれるのでしたら、我慢は出来ます。



………………………



女胤
「………」


私はシフトが終わった後も店でゲームをプレイしている。
これは日課の様な物で、メンテナンスの意味も込めていた。
特に音楽ゲームはレスポンスが悪いとすぐに客足が離れてしまうから、入念に確かめないといけません。
私は1P、2Pと同時にプレイするスタイルで演奏しながら、筐体のボタンを確かめていた。
反応ズレも無く、今は問題無い様ですね。
私は軽めの曲をとりあえず完走し、息を吐く。
まだまだ高難度をクリアするには練習が足りませんか…



「よっ、もう仕事終わりか?」

女胤
「あ…聖様、珍しいですね?」


プレイ後の私に声をかけて来たのは聖様だった。
私服を着ておられるので、1度家に戻ってから来ているのは明白ですね。
今日は平日、聖様は学校に行っていたはずですから。



「とりあえず、コイツが来てみたいって言ったから、ちょっと連れて来たんだ」


そう言って聖様が自分の背後を親指で指差す。
その先にいたのは、小さな少女でした。
もちろん、私はその少女をよーく知っている…ある意味憎らしい程に。


少女
「………」


「ほら、前に話しただろ? 光里ちゃんに引き取ってもらったポケモン」

女胤
「ええ、存じています…確か、○ベル・ザロックさんでしたよね?」

少女
「…全然違う」


「ゾンビかよ…」

女胤
「いえいえ、冗談ですよ…○レイザードさんですよね?」

少女
「…誰?」


「魔王軍氷炎魔団団長だろ…」


流石は聖様、的確なツッコミですね。
私はおふざけはこの辺にして、真面目に答える事にした。


女胤
「それで、キュレムさん…今日は何のご用で?」

キュレム
「…合ってるけど違う、今の私は穹」


そういえばそうでした…ちゃんと名をいただいていたのでしたね。
私は失礼を詫び、改めてこう尋ねる。


女胤
「では穹さん、今日は一体何のご用で?」


「…遊びに来た、何かお勧めある?」


成る程、ここはゲームセンターなのですから当然の答えですね。
とはいえ穹さんの適正が解りませんし、一概にお勧めというのはどうしたものでしょうか…?



「穹は何か好きなジャンルあるのか?」


「簡単操作のが良い…シューティングは好き」


ふむ、確かにシューティングならボタン数も少な目ですし、操作は簡単な印象がありますね。
とはいえ、ここにあるのはあくまでアーケードシューティング。
元々シューティングはかなり敷居の高い難易度で、慣れないプレイヤーにはお勧めしかねる所もありますが。


女胤
「ここにあるシューティングは難しい物がほとんどですが、大丈夫ですか?」


「大丈夫、聖の奢りで連コインクリア出来る」


「完全に俺頼みな!? つーか連コイン前提なら、今時家庭用移植買った方がマシまであるけどな!!」


確かにその通りですね…
アーケードシューティングを初見からとなると、家庭用を買った方が確かに建設的。
やれやれ、どうしたものですかね?


女胤
「とりあえず、簡単操作のシューティングでしたらこれはいかがですか? 」


「○-TYPE LEOか…基本的にはワンボタンゲーだから確かに簡単操作だな」
「移植にも恵まれないし、難易度も控えめだから、お勧めと言えるだろ♪」


「ん、とりあえずやってみる…」


穹さんは聖様から100円玉を受け取り、クレジットを投入する。
この店では基本的に100円で2クレジット設定ですので、これで2回はプレイ出来ますね。


3・2・1・レッツゴー!



「おお…結構スピード遅い」


「初期装備だからな…ちなみにボタン押しっぱなしだと○イビットの射出モードだから、通常時は適当にボタンは連打しながらプレイしてみろ」

女胤
「Bボタンには連射装置が付いていますので、使い分けも出来ますよ?」


私たちの助言を受け、穹さんは適度にショットを連射しながら進めていく。
やがて、パワーアップクリスタルを入手し、機体は○イビットを装着する。
さぁ、ここからが本領発揮ですわね。



「よし、そこからはAボタン押しっぱなしで○イビット攻撃が使えるぞ」
「○イビットはゲージを消費して敵を追尾する攻撃が出来るが、その間はビットで弾を防ぐ事やレーザー照射が出来なくなるからそこ注意な」


「ん…おお、ビット強い」


穹さんは試しにビットで敵を殲滅していく。
流石に1面程度の敵であればほとんどビットだけでもクリアは可能です。
穹さんはそうやって聖様から助言を受けながら、ゲームを楽しくプレイしていた。
あのキュレムが、そうやって楽しそうな微笑みを見せていたのは、私にとっては感慨深い物でした…


女胤
(当時は倒すべき敵だった相手…)


ですが、今は違います。
彼女もまた、世界の修復により本来の自分を取り戻した。
何故この世界に呼ばれたのかは解りませんが、彼女たちの出現は恐らく何かの予兆なのだと私は思いますが…



………………………




「…大満足!」


「結構やれるんだな…驚いた」

女胤
「全体的にそつなくこなせるタイプですね」
「守連さんと似た様なタイプですけど、穹さんはシューティングやアクションが得意な様です」


あれから、穹さんは色んなゲームを試し試しでプレイしていった。
とはいえ、ここにあるのはほとんどが古参向けのレトロゲームなので、必然的に難易度は高い。
穹さんも初見では流石にほとんど進めず、大体前半でゲームオーバーになっていた。
ただ、それでも穹さんには楽しかったらしく、やや興奮気味に微笑んでいる。



「ここにあるの、ほとんど古いの?」

女胤
「そう、ですね…新しくとももう10年前後は経っているゲーム群ですし、古い物なら30年以上経っている物もあります」


「ある意味貴重だよな…移植に難があるゲームもあるし、家じゃ出来ないゲームが出来るのは良いポイントだろ」


確かに、それは数少ない利点と言えるでしょう。
とはいえ、ターゲットを絞っては衰退は免れない。
世のゲームセンター需要も年々減ってきていますし、閉店するゲームセンターも後を絶たない。
このままでは、ここもいずれ…



「…客、少ない」


「まぁ、このラインナップじゃなぁ…基本的に若い世代に向けてないし、今の時代じゃキツいだろ」

女胤
「…ここも、長くは無いのかもしれません」


私は諦めたくはない…ですが現実は非情です。
店長はかなり無理をして存続させているはず…
ひょっとしたら、大きな借金も抱えているのかもしれません。



「…俺には、そこまでの思い出は無いけど」
「ここには、それだけの歴史と客の想いがあったんだろうな…」

女胤
「…そうでしょう、昔は繁盛していたと聞いていますし、子供たちも笑顔で遊びに来ていたと聞いています」


「私は楽しかった、知らないゲームばかりだし、やり応えもある」


「…ちょっと電話してくるわ」


聖様はそう言ってひとりで店外に出てしまう。
私たちもそれを追って一緒に店外に出た。



………………………




「…そうですね、丁度隣は空き家っぽいですし」
「はい…はい、そうです…じゃあ、それで」


聖様は店の隣の物件を見ながら通話をしていた。
そして話は纏まったのか、聖様は電話から耳を離す。


女胤
「あの、一体何を…?」


「今度の週末に、とりあえずプラン立てるそうだから女胤も出席しろよ?」



「プラン?」


私たちは?を浮かべ、この時は意味が解っていなかった。
しかし実際にその時が来た時、私はただ驚愕するしかなかったのです…



………………………



大城戸
「成る程、確かにこのスペースなら十分でしょう」


「問題は建て替えですね…そのまま利用出来れば良いんですけど」

大城戸
「まずは調査を頼んでからですね…では、1度店長に話を通して来ましょう」


私は唖然としていた。
週末に大勢の人間が店の前に集まり、会議を開いていたのですから。
どうやら、聖様はこの店の右隣にある物件を買い取り、店を増築しようとしている様なのです。
その為に、わざわざ大城戸さんを呼んでまでこの話を進めようとしている。
果たして、このまま話が進んだらどうなってしまうのか?



………………………




「まぁ…でも、そんなお金は家には」

大城戸
「ご安心を、費用に関しては会長が全額負担すると言っておられます」
「後は、貴女の承諾さえ受けられれば、すぐにでも作業に入りたいと思いますので…」


店長は悩んでいる様だった。
あくまでこの店は今のままで置き、その隣に別館を作ると言うのが今回の流れ。
間違いなく店としては大きく進化するはず。
今後の事も考えれば、断る理由は無いでしょう。



「やはり、お断りします」

女胤
「店長、何故です!?」


「大変魅力ある提案ですが、もう私はそこまで長くは経営出来ませんし、跡取りもいません」
「短い間の経営でしかない以上、いっそひっそりと消える方が良いと思うのです…」


店長の言葉は静かに響き渡った。
誰も反論は返さない、それが店長の意志であれば、私は何も言えない。



「でしたら、継承者を作ってはいかがですか?」
「なぁ、女胤?」

女胤
「…へ?」


私は思わず素頓狂な反応を返してしまう。
聖様は微笑みながら私を見て継承者とか言い出すのだ。



「とは言っても、そんなすぐには…」


「ですから、ここにいる女胤に引き継がせていただけませんか?」
「もちろん、店長の判断に委ねますが…」
「自分で言うのも何ですが、この女胤は出来る女ですよ?」
「きっと、この店をより良く継ぐ事が出来ると、俺は思います」


聖様は大真面目に私を推薦する。
私は途端に気恥ずかしくなり、思わず顔を押さえてしまった。
あの聖様が、私を出来る女と…!?



「…でも、本当に良いの? 女胤ちゃんなら、もっと良い所に就職もきっと出来るのに」

女胤
「…構いませんわ、私はこの店が好きですから」
「例え賃金が安くとも、私にはここでの仕事は楽しいです」
「ですから店長さえ良いのでしたら、私に経営を教えていただけませんか?」


「だ、そうです…どうします?」


店長は迷っている様だった。
私の意志は固い…やるからには全力で取り組みます。
聖様も信頼なされている以上、それに答えなければ!



「分かりました、でしたらそのご提案…お受けいたします」

大城戸
「分かりました…それでは、こちらもすぐに作業にかかりますので…」


話は決まった。
大城戸さんはすぐに礼をして外に出て行く。
そして聖様も腰を上げ、外に出ようとするが…



「ちょっと待って…会長さん、貴方まさか魔更 幸子の?」


「…知っているんですか? 俺の母、前会長の事を…?」


それは、唐突な言葉だった。
聖様のお母様と店長はまさか知り合い…?



「…ああ、そうなのね」
「こんなに大きくなって…立派になって」


「…ま、まさか貴女は?」


店長はゆっくりと立ち上がり、そして聖様の体に抱き着く。
そして聖様の背中を撫で、嬉しそうに微笑んだ。
聖様は呆然とし、されるがままの状態で固まっていた。



「魔更 幸子…旧名、塔 幸子は、私の娘よ…」


「…っ!? じゃあ、貴女は…俺の祖母!?」

女胤
「店長が、聖様のお婆様!?」


それはあまりに衝撃の事実でした。
まさか、聖様の血縁関係者がこんな所にいようとは…
店長は体を離し、優しく微笑んだ。
そして聖様を見つめ、こう語る。



「ごめんなさいね、今まで気付いてあげられなくて…」


「まさか、こんな所にそんな人がいたなんて…」


「驚くのも無理は無いわ、私もそうだもの」
「貴方は、准一君の親戚に引き取られたと聞いていたから」
「きっと、どこか別の街で元気に暮らしているんだろうって、信じてはいたのだけれど…」


聖様は震えていた…涙を堪えているのでしょう。
聖様を引き取った親戚は、莫大な遺産の為だけに幼き聖様を引き取り、遺産を貪った存在。
その間、聖様はロクな扱いを受けておらず、たまりかねた風路さんが聖様を助けたのですから。



「…あの後は最悪だったよ」
「俺の世話は全部ベビーシッターに任せて、親戚共は自由気ままに生きてた」
「もし、姉さんに助けてもらえなかったら、俺はどうなっていたか…」


「まぁ、貴方にお姉さんがいたの?」

女胤
「いえ、本当の姉ではありません」
「聖様の幼馴染の方で、今までずっと聖様の面倒を代わりに見てくださった方なのです」


私は代わりにそう説明すると、お婆様は驚く。
そしてその日、聖様はお婆様であった店長とゆっくり話をしました。
流石に私たちの正体については伏せていましたが、それは仕方ないでしょう。
とはいえ、隠し通すのには限界はあると思うのですが。



………………………




「…そう、じゃあ今はちゃんと元気にしてるのね」


「…うん、周りの皆に助けられて、俺は今を生きてる」
「皆がいたから、俺は強くなれたんだ…」

女胤
「聖様、それは少し違います」
「聖様が私たちを助けてくださったからこそ、私たちもまた、聖様を助ける事が出来たのです」


聖様は無言で頷く。
そして真剣な目でお婆様を見てこう言った。



「婆ちゃん、やっぱり正直に話すよ…」
「俺の家族の事、女胤の事…」


聖様は決心してお婆様にそれ等を全て話した。
お婆様はそれを微笑みながらも、真剣に受け止めてくれている。
普通なら、子供の戯れ言と言われても致し方ない程の非現実。
ですが、その全てが現実であり真実。
私たちの存在その物が、その証明でもあるのですから…



………………………




「そう…女胤ちゃんは、人間ではなかったのね」

女胤
「今まで隠していて申し訳ありませんでした」
「私たちの存在は、世に知らせるわけにはいかなかったのです…」


あくまで私たちは異世界からの来訪者。
決して、人類に望まれて呼ばれたわけではない。
あくまで、魔更 聖というひとりの少年の願いだけで、私たちはこの世界に呼ばれたのですから…



「そうよね…決して誰もが受け入れられはしない」
「でも、話してくれてありがとう…」
「私は大丈夫よ…絶対に女胤ちゃんたちの正体の事は話したりしないから」


お婆様は私の手を取って優しく言ってくれる。
その手は温かく、本当の家族の様に、とても安らぎに満ちていた。
思えば、私にはこういった経験は全く無い。
生まれた時からひとりで、生きる術は本能的に理解していた。
元々、草タイプはある程度の光と水だけでも生きられますから、それなりに丈夫な種族。
それ故に、親も知らずに生きている草タイプはきっと多いでしょう。
私もそのひとりで、生まれた頃からひとりで生き、気が付けばチュリネからドレディアにまで、ひとり孤独のまま成長していた。


女胤
(そして、そんな孤独な私の前に現れてくださったのが、聖様…)


もちろん、あの時は互いにポケモンとしての姿。
当時の聖様はミジュマルとして戦い、私たちを導いてくださった。
私はその時、聖様の戦う姿に心を奪われた。
そして世界をも救うその心に、私は全てを捧げようと思った。
私は聖様の為に、聖様の為だけに、戦っていました…


女胤
(思えば、何と孤独な…)


結局、その時の私は孤独のままだった。
聖様だけを見つめ、聖様だけを想う。
そんな独り善がりの私は、仲間からもあまり良くは思われていなかったのかもしれません…

それでも、聖様は私を選んでくださった…
数ある候補の内、たった4人という小さな枠の最後のひとりに、私は選ばれた…
嬉しかった、私は認められたのだと…聖様は選んでくださったのだと。

ですが、それは夢でしかなかった…
私たちは記憶を失い、ただの虚構に満ちた夢の世界で逃げ隠れていただけ…
何ひとつ問題は解決せずに、ただ幸せな夢を見て終わる…
それでも、私は満ち足りていた。
夢でも良い、聖様がいてくださる。
私は…それだけで幸せだったのですから。



「どうしたの女胤ちゃん? どこか、具合でも悪いの?」

女胤
「あ…い、いえ…何でも、ありませんわ」


私は何故か涙が出ていた。
別に悲しくなったわけじゃない。
辛かったわけじゃない。
それでも、何故か涙が流れていた。



「女胤…?」

女胤
「申し訳ありません、少し…顔を洗って来ます」


私はその場から立ち上り、洗面所に向かった。
そして、1度冷水で顔を洗い、頭を冷やす。


女胤
(…不思議な物ですね)


私はそう思った。
シリアスな場面で涙など流したのは、初めてかもしれない。
これでも自分は気丈なつもりです。
例え悲しくとも、すぐに涙する様なタイプではありません。
むしろ、仲間の中では冷酷な部類でしょう…
私は良くも悪くも、普通の性格ではないのですから。


女胤
(…ですが、やらねばならない)


奇しくも私は選ばれてしまった。
信頼には答えなければならない。
この店を私が継ぐのであれば、必ずより良い店にしていかなければ!



………………………




「そう、女胤ちゃんは聖君の事が好きなのね」


「…まぁ、行き過ぎる事も多いけど」
「でも、信頼は出来るよ…女胤ならきっと出来る」


私は部屋の前でそんな声を聞いて立ち止まってしまった。
悪いとは思いつつも、ドアの前で聞き耳を立ててしまう。



「そうね、私も女胤ちゃんが継いでくれるのなら、安心出来るわ」


「大丈夫、この店は俺たちが守るよ…」


「ええ、ええ…嬉しいわ本当に、こんなに素敵なふたりがいるのだから」
「それで、卒業したらどうするの? 結婚して夫婦で店をやるの?」


「……は?」

女胤
「勿論ですわお婆様!!」


私は間髪入れずにドアを勢いよく開け、高らかに宣言した。
聖様はポカーンとしていますが、これは千載一遇のチャンス!
聖様にはご両親がおられない以上、いわばお婆様は親代わりも同然!
ならば、ここでお婆様の信心をゲットしておけば、自ずと私が聖様の1番になれるという訳ですわ!!


女胤
「ご安心をお婆様…聖様は必ずや私が幸せにしてみせます!」


私はお婆様に歩み寄り、体を屈めてお婆様の手を握ってそう約束する。
すると、お婆様はぱぁ…と笑顔を見せ、うんうんと頷いてくださいました。


女胤
(…勝った!!)


私は心の中でこの上無い顔芸を披露した事でしょう。
しかし笑ってはいけません、決して表情に出してはいけない。
こんなタイミングでまさかお婆様に私が出会っているとは、誰も予想していないはず。
つまり、このアドバンテージは絶対!
もはや、聖様との結婚1番乗りは私以外にあり得ませんわ!!



「…当身!」

女胤
「はぐっ!?」


唐突に私の意識は断たれてしまった。
恐らくは聖様が背後から当身を食らわせたのでしょう。



「やれやれ、婆ちゃんゴメン、コイツちょっとテンション上がると変になるから…」


「あらまぁ…でも、彼女なんでしょ?」


「…まだ、違うから」
「ってか、その辺の事も話さなきゃダメだなこりゃ…」



………………………



女胤
「う…?」


「起きたかバカ者」


私は気が付くと聖様におんぶされていた。
状況が状況だけに、私は一瞬困惑する。
しかし、これはこれで好機と思い、私はここぞとばかりに聖様の背中に胸を擦り付けた。



「止めい! いくらなんでも息子が反応する!!」

女胤
「うふふ…体は正直ですね♪」


「それ以上やったら投げ飛ばすからな」


本当にやられかねないので、私は残念ながらも諦める。
まぁ、この程度で聖様が発情してくださるなら楽なのですけどね…


女胤
「聖様、そんなに私とはお嫌ですか?」


「嫌なわけない、ただ今はまだそんな関係にはなりたくないだけだ」
「俺が愛しているのは、お前だけじゃないんだぞ?」


私は少し強く聖様に抱き着く、気持ちは分かっていますとも。
でも、それでも私は聖様の1番になりたい…
他の誰を同時に愛してくださっても良い、私だけには1番の愛を頂ければ。



「正直、お前には1番キツイ当たり方はしてるとは思ってる」
「でも、これだけは覚えておいてくれ、俺はお前だってちゃんと愛しているんだと…」

女胤
「分かってますわ…聖様のお考えは」
「でもだからこそ、私たちはその中で運命を選択する気は無いのです」
「自分の力で、聖様のご寵愛を賜る」
「そして、誰もが…最終的に聖様の1番になりたいと、きっと思っていますわ」


「…そうだろうな、でも俺は誰も選ばない」
「選ぶなら全員だ、誰かひとりを特別には絶対にしない」


聖様の決意は何よりも固い。
私は解っていたものの、今は涙を流す事しか出来なかった。
頬を伝う涙は聖様の首筋に落ち、聖様は少しだけ体をピクリと反応させる。



「…いくらなんでも、反則だろそりゃ」

女胤
「ふふ、涙は女の武器ですもの…ですが」
「この涙は、悲しくて泣いているのではありませんよ?」
「今はただ、辛くて…涙しているのです……っ」


私は小さく震えて聖様の首に額を埋める。
聖様は嫌がる様子は無く、ただ静かに無言で家まで私をおぶってくれました。
そんな聖様の背中は、やはり優しく、温かい。
私はそんな聖様の背中に乗れるだけでも、幸運なのだと思う事が出来ました。
例え、1番になれなくても、それでも私は求めてしまう。
でも、良いですよね?


女胤
(聖様は、私のたったひとりの王子様なのですから…)










『とりあえず、彼女いない歴17年の俺がポケモン女たちと日常を過ごす現実。やっぱり後悔はしていない』



第8話 『女胤の王子様』

第4章 『新たなる再会』 完


To be continued…

Yuki ( 2019/05/03(金) 10:20 )