とりあえず、彼女いない歴17年の俺がポケモン女たちと日常を過ごす現実。やっぱり後悔はしていない














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第4章 『新たなる再会』
第2話
沙譚
「…はぁ」


アタシは、ため息を吐きながらも、自宅のガレージで愛車を見ていた。
状態は良い、今日も問題無く走ってくれてる。

だが、それでもアタシの欲求は完全に満たされない
このままプロになれば、それで本当に満たされるのだろうか?
アタシの中にある、このくすぶり…それが、バイクに乗れる様になった今のアタシにずっと引っ掛かっている。

本当に、プロになる事でこのくすぶりは消えるのだろうか?
それとも、永遠に残り続けてしまうのか?

このマシンは、そんな疑問に答えてはくれなかった…



「あんだ? 帰って来たと思ったら、いきなりマシン見て沈んだ顔か?」

沙譚
「…兄貴か、ただいま」


アタシが素っ気なくそう言うと、兄貴はおう!と軽快に答えた。
兄貴は、ドロドロに汚れた作業服に身を包んでおり、今日もバイク屋の仕事で忙しかったのだろうと、予想出来る。

この店は小さな店だけど、それなりには繁盛している。
特に改造や修理の依頼は結構多く、親父と兄貴が毎日笑顔で作業をしているのが、もはや常態化していた。
そのお陰で、アタシはそれなりに好き勝手やらせてもらってる訳なんだが…


兄貴
「何だ、遂に恋する乙女にでもなったか?」

沙譚
「張っ倒すぞ? 誰がどう見たら、恋する乙女に見える?」

兄貴
「まぁ…お前は恋する位なら、その場で奪い取る女だわな」


兄貴はそう言って笑う。
確かに、アタシは自分でもそうとは思っている。
待つだけの恋なんて面倒臭いだけだ、そんなモン抱える位なら、初めから自分で奪い取る。

欲しい物は、欲しいと言うのがアタシの欲求だからな…
アタシはただ、今はそれをマシンに向けているだけだ。
アタシは、そんな事を考えながらも愛車をまた見て俯く。

兄貴たちの改造もあり、コイツの性能はそんじょそこらのマシンとは違う。
多分、その辺の族が乗り回してる改造車位ならブッちぎれる位の速度は出るだろう。

勿論、それだけのスピードを乗りこなすにはそれだけの度胸と技術がいる訳だが…
まっ、それはおいおい身に付けていけば良いさ。


兄貴
「…そのマシンが不服か?」

沙譚
「そうじゃない、ただ何かが足りない気がする」
「このまま我武者羅に走り続けて、アタシは本当に満たされるのかが解らないんだ…」


このバイクは、アタシの全てだ。
コイツと走る事で、アタシは全てを忘れて裸になれる。
だけど、アタシは未だにあの『風』を思い出せないでいた…

かつて、おふくろが教えてくれたあの風を…
そんな事を考えてるアタシの顔を見てか、兄貴は低い声でこう言う。
それは、ややアタシを窘める様な口振りでもあった。


兄貴
「…お前は、おふくろとは違うんだぞ?」

沙譚
「…分かってるさ、おふくろはアタシとは違うって」
「でも…アタシにとってあの風は、やっぱ特別だったんだ」


アタシはそう言って、フルフェイスのメットを強く握り、それを持って家に入った。
そのまますぐに自室へ戻り、アタシは着替えを持ってシャワーを浴びる事にする。



………………………




「おう! 帰ったか沙譚!」

沙譚
「親父か、ただいま」


アタシは部屋を出て、すぐに親父と出くわした。
親父も、今日の作業は終わってシャワーを浴びた後の様だ。

親父の年齢47と、高校生の父親としては結構老いてる。
だが、まだまだ元気はあり、仕事もバシバシこなしているんだからとりあえずは安心だ。
ガタイも良いし、並の同年代とは比較にならない程には、元気があり余ってるだろうからな…


親父
「へっ、お前も益々母ちゃんに似てきたな!?」

沙譚
「そうか? おふくろはもっと淑やかだっただろ?」

親父
「なぁに言ってやがる!? ありゃ皮被ってただけだ!!」
「お前らが産まれる前は、俺を押し倒して無理矢理孕みやがった程のじゃじゃ馬だったんだからな!?」


アタシは頭を抱え、その光景を想像してしまった。
おふくろはもう死んでこの世にいないが、アタシにとっては優しい姿の記憶しか無い。
よって、そんな黒歴史行動は、即刻アタシの記憶から消させてもらう事にした。

そんなアタシを見ながら、親父は大笑いしてこうも言う。


親父
「お前も、好きな男見付けたら絶対に同じ事をやる! 断言してやらぁ!!」

沙譚
「黙れクソ親父! アタシはんな事絶対にしねぇ!!」


アタシは顔を真っ赤にしてそう言い、すぐに脱衣所へ向かう。
後ろから親父の小言が聞こえたが、全部無視した。
ったく、人の母親像を壊すなっての!
アタシの脳裏には、未だにあの風を走らせた優しいおふくろの背中が焼き付いてるってのに…



………………………



その日は…風呂に入って、飯食って、結局すぐに寝た。
そして、アタシは何気に今日見た魔更の笑顔を思い出す。
アイツ、あんな顔出来たんだな…?
確かに2年の3学期開始の時から、アイツは変わってた。

本当に同一人物なのか?と思う程に、変化してたんだよな…
もっとも、アタシはアイツには特に関わらなかったし、その時は別に気にもしなかった。
ただ、光里がアイツを好きになっていたのには、少し驚いたな…

アイツはただお節介なだけで、ああいう男の事は別に娘のみじゃないと思ってたんだが…
いや、違うか。
深く関わろうとしてしまったからこそ、その本質を見て光里は魔更を好きになったのだ。

光里が特殊な趣味ってのもあるし、理解者っていう意味でも、魔更はある意味理想だったんだろう。
それが何となく解ってたから、アタシも別に光里を咎める事はしなかったしな…

そこまで考えて、アタシは寝ながら深いため息を吐く。
そして、その後は全てを忘れて眠りに着いた…



………………………



沙譚
「………」

光里
「あれ? サーたん珍しいね?」


次の日も、アタシは光里と出くわしてしまう。
アタシは結局良く眠れず、またいつもよりも早起きしてしまったのだ。
普段なら、ワザと遅れて時間ズラすんだが…
アタシは軽く舌打ちするも、次の展開を予想してしまった…


沙譚
(くっそ…このパターンだとまたアイツも?)


アタシはそう思って光里の後ろを見る。
…が、アタシの予想していた姿は全く見えなかった。
逆にアタシは不信に思ってしまい、思わず顔をしかめる。


沙譚
「…ん? 魔更はいないのか?」

光里
「うん、いつもならこの時間に来るんだけど、どうかしたのかな?」


まぁ、別に始業にはまだ余裕があるが。
だがモタモタしてると、すぐに余裕も無くなる。
とりあえず、光里はその場で少しだけ待つと言った。
アタシもそれに倣い、ため息を吐いて待つ事にする。

本当なら、アタシまで待つ必要は無いんだが…
光里が露骨に嫌そうな視線をぶつけやがるんで、渋々待つ事にしたのだ。
別に屈した訳じゃないぞ? アタシは今後の嫌がらせを回避する為に、あえて協調しただけだ!


光里
「…いつもなら、もう来る頃なのに」

赤城
「ん? 来たぞ…だが、今日はひとりだな」


アタシがそう言うと、アタシたちの後ろから走って来る魔更の姿をふたりで見る。
ここまで全力で走ったからなのか、魔更の息は少なからず切れていた。
そして、アタシたちの側まで辿り着いた魔更は、息を軽く整え、まずこう謝る



「ちょっと遅れた、ゴメン!」

光里
「ううん、まだ時間は大丈夫だし、別に良いよ♪」
「それより、今日は何かあったの?」


光里が笑顔でそう言うと、魔更は何やら複雑そうな顔をする。
ん…? 何か、光里に言い難い事なのか?
それとも、アタシがいるとマズイ事か?
正直、どっちでもアタシは構わないんだが、魔更はすぐに笑ってこう言った。



「ちょっと、ね…まぁ、家族の問題だから心配いらないさ」

沙譚
「家族、ね…って、お前両親いないんじゃなかったか?」


「…まぁ、それはそれ」
「とにかく、今は気にしないでくれ…」


アタシはあえて突っ込んでみるも、魔更は露骨に濁した。
成る程、触れられたくない事情って訳か。
それなら、わざわざ聞く必要は無い。
聞かれたくない事をズケズケと聞かれるのは、アタシだって嫌だからね。



「っていうか、何でまた赤城さんが?」

光里
「そういえばそうだよね…? いつもなら、もっと遅れて登校してるのに」

沙譚
「たまたまだよ…また時間を間違えたんだ」


実際には、時間をズラすのも面倒だから家を出ただけなんだが。
アタシは基本的に時間の無駄が嫌いなんだ…せっかちな性分もあるけど。
そしたら、また出くわすして後は昨日と同じって訳さ。
何だか、このままズルズルと馴染んでしまいそうで怖いが。


光里
「ところで美代さんは?」


「悠和ちゃんは先に出てるよ、もう学校にいるんじゃないかな?」
「今日は日直だから、先に登校したいんだと」

沙譚
「そうか、ならさっさと行くぞ? グズグズしてたら遅刻しちまう」


アタシがそう言って先頭を歩き始めると、ふたりもそれに付いて来る。
この辺りの時間帯は他の学生も少ないが、次第に増え始めるだろう。
あんまりゴチャゴチャするのも、アタシは好きじゃない。
そういう意味ではこの早起きもメリットはそれなりにあると思えた。

普段はギリギリになる位で調整してるから、そこそこ人混みはあるからな…
もっとも、それはそれで人混みに紛れて校舎に入れるから目立たなくて良いんだが。



「そういえば、赤城さんの家ってこの辺なの?」

光里
「うん、割と近くにあるバイク屋さんなんだよ」


「バイク屋ねぇ、それでレーサー志望なのか?」

沙譚
「別に家がバイク屋だからって訳じゃないぞ?」
「アタシはおふくろが走り屋だったから、その道を選んだだけだ」


アタシが釘を刺す様にそう言うと、魔更はへぇ〜と感心していた。
ちなみに、おふくろは別にレーサーだったというわけではない。
ただ、走るのがとにかく好きな人だっただけだ。

アタシはそんなおふくろに憧れて、小さい頃からおふくろと一緒にバイクに乗させてもらってたんだ。
そして、アタシはあの風を体感した。
今も、アタシはあの風を追い求めている…


光里
「でも…もう亡くなちゃったんだよね、サーたんのお母さん」

沙譚
「ああ…走り屋の宿命だよ、事故で死んだ」


「…それでも、赤城さんはレーサーになろうと?」


アタシはすぐには答えられなかった。
バイクに乗って死んでしまったおふくろは、その時何を考えていたのか?
死ぬ間際、一体どんな風を浴びていたのか?
アタシは…例え死ぬと解ってたとしても、あの風を追い求めるのか?

その答えは、まだアタシには解らない。
なので、アタシは簡単にこう答えた。


沙譚
「…アタシがレーサーになるのは、ただの夢さ」
「どうせ仕事するなら、好きな事で稼ぎたいしな」

光里
「そうだよね〜♪ 私もそうだから研修頑張ってるし!」


「夢、か…」


突然、魔更は俯いて顔を暗くした。
その顔は、かつての魔更を少し思い出させる。
だが、すぐに魔更は何かを振り切るかの様に目を瞑り、そして真剣な顔をして顔を上げた。
その後は、何事も無かったかの様に黙って歩き始める。


沙譚
(何だ…? 魔更は夢に対して何かあるのか?)


考えてもみれば、アタシは魔更の事は何も知らない。
光里が語ってくれた範囲に関しては知ってるが、あくまでコイツの口からは何も聞いていないんだ。

もっとも、アタシからすれば本来興味は無い物。
なので聞く必要は特に無い。
魔更も、あまり詮索されたくなさそうだからな。
結局、アタシは疑問には思うものの決して突っ込まず、そのままアタシたちは軽い会話をしながら登校した。

そして、そのまま何事も無く1日の授業は終わる。
アタシはいつも通りすぐに家へと帰り、そして着替えてからすぐに走る事にした…



………………………



ブォォォォォォォォォッ!!


沙譚
(マシンの調子は良い、今ならもっと速く走れる気がする)


夕暮れ時、アタシは少し街から離れた峠で、ひとり走っていた。
車通りはそこそこあるが、アタシは気にせずにスピードを上げて走り続ける。
今日の風はいつもと違う…アタシはそれを直感で感じ、更にその先を目指そうとした。


赤城
(おふくろが感じた風、今なら感じられるのか?)


アタシは長い直線に入ってから、一気にアクセルを強める。
そしてマシンのスピードは最高速に達し、絶好調のエンジンが全力でマシンを動かした。
アタシはそのスピードにしばし酔いしれる…
だけど…それでもまだ、おふくろのあの風を感じる事が出来なかった…



………………………



沙譚
「ちっ、今までで最高の走りだったんだがな…」


アタシは休憩がてら、峠の途中にあるコンビニで休憩していた。
時間はもう20時過ぎ…今日はちょっと走りすぎたかもしれない。
まぁ、燃料は前もって満タンにしてるし、帰る分に問題は無さそうだが。
兄貴たちも、アタシが夜遅く帰った所で、特に口うるさくは言わないからな…


沙譚
(思えば…兄貴も親父も、アタシにだけは甘いんだよな…)


少なくとも、兄貴や親父もそこそこ名の知れたやんちゃっ子だったらしいし…
もちろん、そんな親父に叱られた事は沢山ある。
だけど、親父はその後には絶対優しく笑ってくれるんだ。
兄貴も、そんなアタシを見てよく笑っていた。
だからこそ、何だでアタシはあのふたりに支えられてるんだと、改めて実感出来るのだ。

そしてアタシは、そのお陰でいくらでも走ろうと思える。
おふくろの風に辿り着く為に…


バォンバォン!!


と、アタシがそうやって感傷に浸っていると、突然耳障りなエンジン音がコンビニの駐車場に木霊する。
アタシは顔をしかめて見てみると、そこには悪趣味な改造を施されたバイクが多数駐車場に乗り込んでいたのだ。
いわゆる族だ…この辺りにはチラホラといるみたいだが、実に面倒そうだ。
ただ…あのマシンの声があまりに耳障りだったので、ついアタシはこう呟いてしまった…


沙譚
「…ちっ、気持ち悪い音たてやがって」

族A
「あぁ!? 今何っつった!?」


…と、即因縁をかけられてしまう。
やれやれ、耳の良いこって…まぁ、ワザと聞こえる位の声で言ったんだがな。
アタシは流石に鬱陶しくなるものの、とりあえず面倒事はゴメンなので、出来る限り穏便に済ませる事にした。


沙譚
「悪趣味な音出して、気持ち悪いって言ったのさ…」
「そんなお遊びのマシン転がして、人の気分を害してんじゃねーよ!」


アタシはそう言って軽く挑発し、すぐにメットを被った。
そして素早くマシンに跨がり、即座にエンジンをかける。
すると、すぐにマシンはアタシの気分を表したかの様な音で、族共を威嚇してくれた。


オオオオォンッ!!


族B
「う、うおっ!?」

族C
「す、すっげぇエンジン音…!」

族A
「ちょっ! テメェ、待ちやがれ!!」

沙譚
「なら、追い付いてみろよ? その見せかけだけのマシンでな!!」


アタシはいきなりエンジン全開で加速し、すぐにその場から離れて行く。
そのスピードに恐れをなしてか、誰ひとりそこから付いて来る者はいなかった。

少しでもバイクを弄ってるなら、加速の段階で追い付くのは無理だと解るはずだからな…
このアタシのマシンは、おふくろから受け継いだ特別製だ。
おふくろは死んでも、マシンは死ななかった。
例え事故で傷付いても、コイツはまた走る為に甦ってくれたんだ…


沙譚
(アタシはそんなコイツと一緒に、世界を目指すって決めたんだ!)


この日、アタシはマシンの限界を突き詰めた走りを峠で披露する。
だがその時に感じた風は、まだあの時の風とは思えなかった…
やっぱり…アタシには無理だってのか?



………………………



沙譚
「…ちっ」

兄貴
「やれやれ、またか?」


アタシの舌打ちを聞き、また兄貴が店前で出迎えてくれる。
コレもまたいつもの光景だが、兄貴はマシンを見て珍しくため息を吐いていた。
何だよ? いつもと雰囲気が違うじゃねぇか…
アタシがそう思うと、兄貴は珍しく厳しい顔でアタシを睨み付け、アタシのマシンに手を当ててこう言った。


兄貴
「…お前、エンジンを酷使しすぎだ」
「今のチューニングで限界を突き詰めた所で、マシンの寿命を減らすだけで、タイムなんざそこまで変えられねぇぞ?」

沙譚
「別にタイムなんてどうでも良いんだよ…アタシは、おふくろと同じ風をただ感じたいだけだ」

親父
「だが、お前にはそれは無理な話だ」


何と、親父まで店先に現れる。
そしてその言葉は、アタシの胸に容赦無く突き刺さった。
その親父の顔は真剣その物で、まるでアタシが間違っているのだと言わんばかりに、こう言葉を放つ。


親父
「母ちゃんは、母ちゃんにしか出せないモノを持ってた」
「そのマシンは、確かに今やお前のマシンだが…ソイツが出せる限界を持ってしても、お前は決して母ちゃんと同じ風は得られない」

沙譚
「何でだ!? おふくろは、このマシンであの風を受けていたんだぞ!?」
「アタシの肌には、今でもあの風が刷り込まれているんだ!」
「なのに、同じマシンで、今や性能もあの時より上になったこのマシンで、何故そこに到達出来ないって言うんだ!?」


アタシは夜間にも関わらず、近所迷惑も考えずに親父へ叫んでかかった。
そんなアタシを止める為か、兄貴が片腕を上げて制し、アタシは辛うじて止まる。
そしてアタシは俯き、拳を痛い程強く握り込んだ。
それ見た親父がアタシに放った言葉は…とても優しく、幼い子供を諭すかの様な静かな声で、アタシに真実を教えようとしていた…


親父
「お前は、気付いてねぇだけなんだ…その時の風が、大してスピードなんて出ちゃいなかった事を」

沙譚
「…え?」


それは、あまりにも呆気無い答えだった。
アタシは信じられない…という顔をしていただろうが、親父はため息を吐き、至って真面目な顔でアタシを真っ直ぐ見る。
そして、親父は更に信じられない真相を静かに語り始めた…


親父
「いくら母ちゃんでも、小さなお前を乗せてトップスピードなんか出すかっ」
「お前はまだ小さかったから、そんな程度のスピードでもあまりに印象に残りすぎて、その時の風を神格化しているにすぎない」
「もうお前は、あの母ちゃんよりも上の次元に立ってるんだと、気付かないままにな…」


アタシはそれを聞き、呆然として持っていたメットを地面に落とした。
カランカラン!と、それが静かな夜の空間に音を響かせる。
そしてアタシは、そんな親父の言葉を一向に信じる事が出来ず、ただ首をヨコに故に降る事しか出来なかった…


沙譚
「そんな馬鹿な…! アタシは、ずっとあの風を追い求めていたのに…?」
「それが、ただの子供騙しだったって? そんなの…そんなのあんまりじゃないか……!?」

兄貴
「お前の気持ちは良く解る…だが、それが真実だ」
「おふくろの風は、確かに俺も覚えてるよ…そしてアレは、もう2度と味わう事の出来ない、優しくも強い風でもある」

沙譚
「そんな、バカな…!? じゃあ、アタシはこれからどうすりゃ良いんだよ!?」

親父
「甘ったれるな!! さっきも言った様に、お前はもう母ちゃんの次元を超えてんだ!」
「だから、お前はお前の夢を信じて突っ走れ!! 母ちゃんが生きてたら、必ず笑ってそう言うぞ!?」


それは、本当に久し振りの叱責だった…
親父が、こんなに強くアタシを叱責するのは、いつ振りだろう?

おふくろが死んでから、親父はアタシをほとんど叱らなくなっていた。
悲しくてわんわん泣く小さなアタシを、親父と兄貴はずっと優しく慰めてくれ、アタシは次第におふくろの事を忘れない様にと、バイク弄りを学んだんだ…

そして免許が取れる年になるまで、アタシはあのマシンを整備だけし続け、その日が来るのをずっと待った…
その後、今年4月でようやくアタシは18歳になり、念願である大型自動二輪車の免許が取れたんだ。
そんなアタシが、ただ目指した夢は…


沙譚
「夢…そうだ、アタシの夢は…あのマシンで世界を取る事」


大型自動二輪の免許を取って、すぐにアタシはおふくろのマシンに乗った。
元々、かなり改造されているマシンだったから、最初はアタシも戸惑ったけど、それでも何とか乗りこなしてみせた。
そしてアタシは、あの時のおふくろの風を追い求める様になったんだ…

でも、その風はあくまでアタシが小さな頃に感じただけの、優しい風だったのか…


兄貴
「おふくろは走り屋であって、レーサーじゃなかった」
「だけど、お前は何となくでもレーサーの道を選んだんだんだろ? なら、その道を絶対に諦めるな!」
「きっと天国のおふくろも、それを笑って見守ってくれてる」
「だから今度は、お前が誰かの風になってやれよ…?」


兄貴は俯いたままのアタシの肩を、ポンと優しく叩く。
アタシが、誰かの風に…か。
そんな事、今まで考えた事も無かったな…


親父
「かっかっかー! その前に、男見付けてガキ作るこったな!?」
「お前なら母ちゃんに似て、きっと良い母親になるだろうさ♪」

兄貴
「言えてる! 年々似てきてるもんな〜」

沙譚
「…そんなに似てるか?」


ふたりはこの上なく嬉しそうに笑ってそう言う。
そんなアタシ自身は、ほとんどおふくろの事は覚えてない。
おふくろが死んだのも、アタシがまだ5歳の頃だったし。
ただ、いつも優しく笑っていたあの笑顔だけは、今も強く脳裏に焼き付いているんだ…


親父
「がさつな所はそっくりだな!? 後、喧嘩っ早い所もな!」

兄貴
「まぁ、そんな所も遺伝なんだろ? 俺は親父似だから、そこまででもねぇし」

親父
「へっ、お前はチト大人しすぎる位だ! 俺が若い頃は、ケツに女乗せてブイブイ言わせたモンだぞ?」


親父は親父で、若い頃は結構なやんちゃだった様だしな…
そんで、たまたまバイクの修理を依頼されておふくろと出逢い、そのままその日の夜におふくろに押し倒されたそうだ…
ホントにその日に孕んだのかね? だとしたらアタシ的には相当な黒歴史なんだが…
アタシの母親像からでは、そんなイメージが全く湧かないからなっ。


親父
「さ〜て、とっとと家に入れ! 飯、食ってないんだろ?」

沙譚
「ああ、とりあえずシャワー浴びてから食うよ…」

兄貴
「なら準備しといてやるから、さっさと入って来い!」


アタシはふたりに背中を強めに押された。
兄貴は兄貴で、やっぱアタシの事気遣ってくれてんだな…
どうやら、アタシはやっぱまだまだ子供らしい…

その日、アタシは何故だかぐっすり眠れた。
そして…その次の日の朝は、想像以上に頭がスッキリしていたのだった。



………………………



沙譚
「…って、この時間じゃ流石に光里たちもいないか」


今朝のアタシは、いつも以上に早起きしてしまい、そのまま登校する事にした。
そして、大体光里たちがいつも通るであろう場所を、アタシはそのままスルーして学校に向かったのだ。
流石にこの時間じゃ、殆ど誰も登校してねぇな…

アタシが本来登校してる時間はギリギリだったし、それと比べたら閑散としてる…



………………………



悠和
「あ…」

沙譚
「ん? アンタ、確か美代だっけ?」
「随分早いんだな…まさか今日も日直だってのか?」


アタシがそう聞くと、美代はいえ…と露骨に口ごもり、アタシに一礼だけして校舎に入って行った。
何だ…妙な態度だな?
昨日といい今日といい、魔更の態度と何か関係があるのか?

とはいえ、魔更はあまり関わってほしくなさそうだった。
美代も丁度そんな感じか…拒絶とまでは言わないが、出来ればそっとしておいてほしい…って所だな。


沙譚
「はっ、何だかアタシらしくないね…他人に気をかけるとは」


元々アタシは、人と関わるのは極力避けてた。
基本的に関わっても良い事は少ないし、アタシには夢があるから余計な時間は割けない。
光里の事は、今思えば助けて良かったと思っちゃいるが、当時は余計な事をしたモンだとも思った。

そんなアイツは、今やアタシの唯一の友人だし、不思議と光里とは気が合う所もあったからな。



「ん? 赤城か、今日は早いな…関心関心♪」

沙譚
「ちっ、雪花かよ…もう担任じゃねぇんだから、一々世話を焼くなよ?」


アタシに声をかけたのは、元担任の雪花 葉竹(せっか はちく)だった。
今は確か、また魔更のクラスを担当してたんだっけか?
そういや3年になってから、あんまり顔を合わせる事は無かったな…
そんなこんなで久し振りに話をした雪花は、やけに嬉しそうに笑っていた。


雪花
「お前にしては珍しいからな! 去年は、大抵遅く登校して来てたし」

沙譚
「はっ、早く来た所で面倒が増えるからだよ…」

雪花
「って事は、今は面倒じゃ無くなったのか?」


そう言われてアタシは固まる。
まぁ確かに面倒は面倒なんだが、実際にはどう思ってるんだろうか?
自分の事なのに、何故かそれがよく解らない。
そう思うと、アタシは随分変わってしまったのかもしれないと、逆に思ってしまった…


雪花
「新央とよくつるむ様になってからは、お前も比較的よく笑う様になったからな…」
「最近は魔更とも仲良くなってるみたいだし、良い方向に成長してると俺は思うぞ?」

沙譚
「よせよ、柄じゃない…アタシはどっちかっていうと不良なんだしさ」


もっとも、別段素行が悪いわけじゃないがね。
授業は一応全部受けてるし、テストも赤点で落とした事は1度も無い。
ただアタシはこの性格だから、敵を作りやすい…
元々喧嘩っ早いのもあるし、何より男勝りだからな。


雪花
「それでも、お前は理由無く誰かに暴力を振るったりはしないだろ?」
「俺にとっちゃ、お前も心配の種だったからな…」
「特に、新央と一緒に包帯まみれで登校して来た時は、心臓が止まるかと思ったよ…」
「魔更もその日は怪我だらけで登校してたし、間違いなく関わったのが明白だったからな」


ちっ、あの時の事か…? ホントはバックレても良かったんだけどな…
あの時は光里に余計な心配させたくなかったから、無理して出たのが災いしたか…
アタシはその時の事を思い出して、思わず頭を抱えた。
そんなアタシを見た雪花は、微笑みながらこう言う。

雪花
「まぁ、今は問題も無さそうで本当に安心してるよ」
「お前も新央も、ちゃんと自分の夢を追いかけるみたいだし、これで俺の心配は魔更だけだ」

沙譚
「…魔更の奴、何かあったのか?」

雪花
「ん? ああいや、ちょっと進路の事でな…アイツ未だに明確なビジョンが見えてないみたいだからな〜」


何だ、進路の話か…それならアタシがどうこう言う必要は無い。
ただ、魔更の態度が気になると言えば気になる。
美代の態度も関係している臭いし、なーんか秘密がある気はするが…


雪花
「…もしかしてお前、魔更に気があるのか?」

沙譚
「張っ倒すぞ…!? どこをどう見たらそう見える?」


アタシがそう言って目を細めて睨むと、雪花はわははっと笑った。
やれやれ、コイツはホントに世話焼きだな…ムカつく位に。
コレで悪い奴じゃないんだから、あんまり関わりたくないんだよ…


雪花
「まぁ、青春出来るのは後少しだからな…今だけでも、恋位してみたらどうだ?」

沙譚
「どっちにしても魔更は無ぇな…光里でさえ玉砕してるってのに」

雪花
「何ぃ? 新央の奴が玉砕だと!?」
「魔更の奴…って事は、本当に苧環の事を…?」


雪花はそのまま、うーむとひとり唸っていた。
アタシはため息を吐き、さっさとひとりで校舎に入る。
結局変に時間かけちまったな…もう結構な人数が登校して来てるじゃねぇか、
光里たちと出くわす前に、とっとと教室に入らねぇとな…



………………………



その後、アタシは特に面白くもない授業の事を考え、少し憂鬱になった。
きっと、また光里が昼に突撃して来るのだろう。
その時は、魔更や美代も一緒なんだろうな。

アタシは不思議と、それを考えたら憂鬱さが和らいだ気がした。
そして改めて、アタシは変わったのだと認識する。
アタシは、おふくろを越えた先で夢を追う。
きっもその先には、アタシにも体験した事の無い風が待っているのだと何となく思えた…

アタシはそれを想像し、俄に心が踊るのを感じる。


沙譚
(ああ…今夜は、特に心地良く走れそうだ)










『とりあえず、彼女いない歴17年の俺がポケモン女たちと日常を過ごす現実。やっぱり後悔はしていない』



第2話 『おふくろの風、沙譚の夢』


To be continued…

Yuki ( 2019/05/01(水) 18:55 )