とりあえず、彼女いない歴17年の俺がポケモン女たちと日常を過ごす現実。やっぱり後悔はしていない













小説トップ
第10章 『過去との決別』
第7話

「…一体、何があるってんだ?」


俺は、原付を転がして実家のある街に来ていた。
理由は特に無ぇんだが、魔更先輩が何か気になるって言ってたからな…



(…5年前か)


突然途切れた、俺の記憶。
あの時の、とある場面だけがすっぽり失せちまってる。
それが一体何なのか解らねぇが、魔更先輩はそれを疑問に思ってるのかもしれねぇ。



(とはいえ、俺に何が解るってんだか…)


俺はとりあえず、駅前の有料駐車場に原付を止め、それからしばらく歩いた。
すると、例によって凄まじい歓声が耳に聞こえて来る。
今やこの街の風物詩になりつつある、あの光景だ…



………………………



客A
「阿須那ちゃーーーん!! こっち向いて〜!!」

阿須那
「は〜い♪ こすぷれ〜ん♪ チュッ!」


ひとりの店員がそうやってポージングする度、客からは歓声があがっている。
他にも歓声を受けている店員はいるが、あの阿須那さん程の大きさはまだ無い様だった。

俺は改めて、『こすぷれ〜ん2号店』を遠くから眺める。
店長は、何とあの魔更先輩の育て親とも言える、姉の苧環 風路さん。
血は全く繋がっていないが、その絆は本物で、魔更さんは相当慕っているみたいだったな。

そして、コスプレ部隊をまとめあげてるのが阿須那さん。
キュウコンとかいうポケモンで、魔更先輩の家に住んでる家族のひとりだ。
何で関西弁なのかは全く解らんが、とにかくポケモンの世界でもそういうのはあるらしい…



「…相変わらずスゲェよな、ポケモンたちが人間に偽装しながら人間を接客だってんだから」


あの店の店員は、ほとんどが魔更先輩の家族…つまりポケモンだ。
人間の店員も数人いるが、ほとんど違和感無く交じってる。
直接触ったりしなきゃ、バレる事も無ぇみたいだからな…



(そういや、この辺って呂華斗組のシマだよな?)


呂華斗組…かの俺が尊敬する、銀 賢城さんが組長を努める極道一家!
ヤクザの身でありながら、理由無くカタギに手は出さず、義を重んじる熱い集団だ。
俺も過去、組長に命を助けてもらった事があった。
それがキッカケで、今の俺の野望がある!

俺は必ず強くなり、組長の元でこの街を守ってやるんだ!!



(とはいえ、現実的には難しいんだよな…)


喧嘩にはそれなり自信がある。
体は鍛えたし、その辺の不良にはまず負けねぇ。
…勝てねぇのは、魔更先輩位だ。
つーか、あの人マジでどういう鍛え方してんだ?
前に鐃背さんと一緒にトレーニングしてたのは一緒に見たが、そこまで強くなれるモンなんだろうか?

そもそも、あの人肝が座り過ぎてんだよな…どこぞの万能ラノベ主人公みたいに。
まぁ、それもあの人の類まれな経験があるからなんだろうけど…



(経験…か)


俺に足りないのは間違いなくそれだ。
体は鍛えてるって言っても、ぶっちゃけ場数が無ぇ。
喧嘩はほとんどしてねぇし、魔更先輩みたく混沌で体張ったりもしてねぇ。
詰まる所、まだまだガキってこった…

そして俺は、前に魔更先輩から受けた言葉を思い出した。


『ポケモン舐めてんじゃねぇぞ、このクソヤロウ!?』
『良いか覚えとけよ!? ポケモンは俺にとって家族だ!』
『人間なんだよ、心があんだろ!?』


あれは効いた…俺の弱い心をバラバラにする位。
何が野望だ、俺はこの程度じゃねぇか…って、心底思わされた。
魔更先輩は本気でポケモンを愛している。
それこそ、敵も味方も分け隔て無く…
だからこそ、魔更先輩はポケモンの事に関しては真摯なんだろう。



(今の俺は、まだ弱い…)


だが、これから強くなるさ…それこそ魔更先輩に負けねぇ位。
とにかく、今は俺に出来る事をやらねぇとな!



「とにかく、5年前の事件だ…何で俺の記憶は無くなったのか?」
「そこに、魔更先輩の目的とかがある気がする…」


「ん? お前確か、万丁とかいう奴だったな?」


俺は思わず、ああん?と言って、メンチを切ってしまう。
すると、そこにいたお人の姿を見て俺は顔を青ざめてしまった。
世の中には、逆らっちゃいけない人は沢山いる…これはそのひとりだ。


沙譚
「ほう、良い度胸してんな? 先輩に対して、いきなりそれか?」


「すっんませんでしたーーー!!」


俺はソッコーで平謝りする。
よりにもよって赤城先輩にメンチ切るたぁ、俺のお茶目さん!!
魔更先輩を推して、この人には絶対逆らうなと釘を刺されてたんだよな〜
噂じゃ、鞄で人体切断したとか…超人かっつーの!!


沙譚
「ちっ、まぁ良いさ…それで? テメェもここにいるって事は、魔更の件か?」


「え? あ、いや…まぁ当たらずとも遠からず、すかね?」
「それより、赤城先輩は何で? 制服姿すけど…」


そう、赤城先輩は制服姿のまま、この街に来ていたのだ。
ここは学校からは何駅か離れており、赤城先輩の家から見ても近くはないはずだが…


沙譚
「少し用もあってね、ついでだよ…」
「今、愛車がオーバーホール中でね…足が無いから電車で来たんだよ」


「ああ…そうだったんですか」
「って、赤城先輩の家ってバイク屋でしょ? 他のマシン使ったら…」

沙譚
「アタシは他のマシンに体を預ける気は無い」


ソッコーで反論された。
やれやれ…この人も相当な堅物だよな〜
レーサー目指してるとは聞いてたが、硬派過ぎて男も寄り付かねぇと来てるし…



「…とりあえず、俺行きますんで」

沙譚
「待て、魔更の件ならアタシも連れてけ」


俺はギョッとしながらも、その意味を探る。
赤城先輩の性格からして、自分から厄介事に首突っ込むとは考えられねぇんだが…



「ま、まさか赤城先輩、魔更先輩の為に!?」

沙譚
「張っ倒すぞボケ!? 単に面倒が起きるなら、先に潰したいと思っただけだ!」


うわ〜もう巻き込まれる事は前提なんすね…
だから、その前に自分から突っ込んで、元凶潰そうって魂胆か〜


沙譚
「とにかく、魔更の居場所は解るのか?」


「ああ、それなら解るっすけど…本当に来るんすか?」


赤城先輩は、ああ…とだけ答えて鞄を肩に担ぐ。
俺は少しため息を吐きながらも、まずは魔更先輩がいるであろう呂華斗組の事務所へと向かった…



………………………



沙譚
「あのバカ、ヤクザにケンカ売りに行ったのか?」


「そうじゃないとは思いますけど…とにかく、5年前の事件に何かあるって思ったから、ここに来たんだと…」


俺たちは近くの路地裏から事務所を見る。
入り口には門番のひとりが立っており、ややキザっぽい髪型と服装。
確か、小次郎さんだっけか? 前にそう呼ばれてたのを聞いた気がする。
魔更先輩はもう来てたんだろうか?
それともまだ? どっちにしても、もう少し様子を見た方が良いみたいだ。


沙譚
「…ちっ、よりにもよってゴミ捨場かよ」


「我慢してくださいよ…ここが1番近いんすから」


とはいえ、臭いはそれなりにキツイ。
風がそんなに吹かないのもあって、薄暗いこの路地裏に人気が無いのも納得ではあった。
それだけに、誰も普段は近寄らねぇし、隠れるにはもってこいな訳だが…



「…な、何か寒く無ぇっすか?」

沙譚
「…確かに、やけに冷えるな」


季節は11月、確かに冷え込み始める時期なのは確かだが、それにしたって寒い。
風が吹くわけでもないのに、この路地裏はかなり冷え込んでいた。
俺は手がかじかむのを感じる…隣にいる赤城先輩も寒そうだ。
だけど、下手に動くわけにもいかねぇし、我慢するしかねぇか…



(何でだ…? 何でこんな時に、あの時の光景が甦る?)


俺は何故かこの寒さで、あの時の雪を思い出した。
夏なのに、降った雪…異常気象とも取れるその現象が起こった日、俺はここにいた。
だが、俺はそこから記憶が途切れている。
間で何が起こったのかは覚えていない。

覚えているのは、青白い髪をした女性がいた事だ。
顔も覚えてないし、声も覚えていない。
そもそも、話しかけられたのかすら解らないし、もしかしたら関係すら無いのかもしれない。



(違う…きっとそれが何かに繋がるんだ)


恐らく、魔更先輩が気にしているのはここ。
青白い髪の女性、そして有り得ない降雪。
魔更先輩は、その女性がポケモンだと睨んでる?


沙譚
「…おい」


「は、はいっ!? な、何すか?」


俺は突然赤城先輩に肩を叩かれ、ビクッと反応して振り向く。
すると、赤城先輩は路地裏の奥を注視し、その先にある何かを見て驚いている様だった。



「…?」

沙譚
「…あの花、最初からあったか?」


「え? 花って…」


確かにあった。
それも1輪だけ…寂しそうにコンクリートから生えてやがる。
って、コンクリート!? 突き破ってんのかアレ!?
それとも、ヒビか何かから生えたんだろうか?
どっちにしても逞しい花だな…


沙譚
「…アタシは少なくとも、さっきまで見ていない」
「あの赤い花、急に現れやがった」


「見間違いじゃ、無いんすか?」

沙譚
「なら良いんだがな…アタシの勘がこう言ってる」
「あの花は、何かヤバイ!ってな!!」


赤城先輩は突然身構える。
俺は何が何だか解らず、その赤い花を凝視していた。
それから何が起きるわけでもなく、俺たちはしばしその場で止まる。
やがて数分が経ち、俺は違和感を感じた。



「…? 喧騒が、消えた?」

沙譚
「どうなってる? 何で急に静かになった!?」


赤城先輩は路地裏から飛び出す。
しかし、その先の光景を見て絶句していた。
俺も、同じ様にそれを見て絶句する。
気が付けば、街から人がいなくなってたのだ。



「そんな、バカな…!? まさか、また混沌!?」

沙譚
「…みたいだな、最悪じゃねぇか!」
「生身の人間ふたりで、何が出るかも解らねぇ世界に放り込まれたってか?」


赤城先輩は軽く言うが、事態は深刻だ。
魔更先輩の話だと、いきなり銃撃戦とかも有り得るって…
そんな事になったら、俺たちじゃ対処出来ない。
しかも巻き込まれたが最後、外の世界から救出される可能性は0に近いって…



「赤城先輩、何か気配とか解ります?」

沙譚
「解るわけねーだろ…アタシを忍者か何かだとでも思ってんのか?」


そりゃそうですけどね!
何となーく、赤城先輩なら出来るんじゃねーのか、とか思った訳で。


沙譚
「ちっ、とにかくあの花の所に行くぞ!」


「あっ、赤城先輩!?」


赤城先輩は全く物怖じせず、考えたら即行動の理念で動き出す。
あの人には恐怖ってモンがねーのかよ!?
俺はとりあえず走る赤城先輩の背中を追って、また路地裏へと侵入した。



(しかし、見た目は現実の世界と変わらねぇな…)


少なくとも、前に巻き込まれた世界とは全然違う。
ただ何の気配も無いだけで、見えてる世界は確かに現実みたいな世界だ。


沙譚
「!? 無い…」


「どうしたんすか? 無いって、何が…?」

沙譚
「あの花だ! あそこに生えてたろ!?」


赤城先輩はある場所を指差してそう叫ぶ。
が、そこにはコンクリートの地面があるだけで、花は咲いてなかった。
俺はそれを見て何となく嫌な予感がする。

確かにあったはずだ…俺は赤城先輩と一緒にそれを確認した。
そして違和感を覚えた時点でまだあったんだ。
なのに、急に消えたってのか!?


沙譚
「クソッタレ…あの花がもしかして元凶か?」
「だとしたら、罠だったのか?」


「待ってくださいよ! だとしたら、巻き込んだ奴は現実世界に紛れてたんすか!?」


俺のツッコミに赤城先輩は言葉を詰まらせる。
何が問題かは解らねぇが、少なくともあの花は違和感を感じる前からあった。
それがキッカケだったってんなら、俺たちを巻き込んだのは現実に存在する何かって事になる!


沙譚
「…ちっ、魔更は巻き込まれてねーのか?」


「そういや、この手の混沌とかいうのは、大概魔更先輩が関わってるんですよね…」


だとしたら、まず魔更先輩を探すのが得策だ。
あの人なら大抵の事は何とかしちまうだろうし、とにかく今は安全を確保しないと!


沙譚
「…? 何だ、霧だと?」


「い、一体どこから…!?」


それは、突然だった。
薄暗い路地裏で、急に深い霧が漂い始めたのだ。
それに伴い、気温がガクッと下がる。
俺は体をブルッと震わせ、思わず自分の体を抱いた。
赤城先輩は路地裏の奥を睨んでる…何か見えるのか?


沙譚
「…あ、っ!?」


「赤城先輩? どうか…」

沙譚
「ふっざけんなーーー!!」


突然、赤城先輩が見た事も無い顔で叫んだ。
そして狭い路地裏を奥まで走り、あっという間に霧の中に消える。
その場には何の音もしなくなり、俺は唐突にひとりにされてしまった…



「ちょっ!?」


俺はすぐに後を追う。
どこまで走って行ったのか? 全然追い付く気配が無い。
そもそも、霧が深すぎて何も見えねぇ!



(おかしい!? あの路地裏がこんなに距離あるか!?)


俺は一気に不安になり、後ろを振り向いた。
そして軽く絶望する…背後には鬱蒼と森が広がっていたのだ。
気が付くと、周り全てがそうなっている。
俺は訳が解らなくなり、その場で立ち尽くした。



「冗談、だろ?」
「おーーーい!? 誰かいないのかーーー!?」
「魔更先ぱーい!! 赤城先ぱーい!!」


俺の声は、エコーをかけながらドップラー効果で消えていく。
そして、反応は何ひとつ帰って来ない…
風が吹く音も、街の喧騒も、虫の鳴き声すら無いこの異質な森で、俺は孤独感に苛まれる事になった…



「どうするんだよ…俺ひとりになっちまったぞ?」


かつて無い絶望だ。
小学生の頃、死にかけた時以来の恐怖だろうか?
こんな時、一体どうすりゃ良いんだ?
魔更先輩なら、どうやって乗り越える?

俺は頭をフル回転させ、ありとあらゆる状況をシミュレーションした。
とにかく、この世界は混沌だと仮定しておくか…



(とはいえ、前の経験とは明らかに相違点がある)


俺は考え込む事で、一旦恐怖をリセットする。
昔から勉強とかする時は、こうやって周りの意識を消す癖があるからな…
そうなりゃ、後は頭ん中だけに集中出来る。



(現実世界と変わらない、あの風景は何だったんだ?)


少なくとも前に巻き込まれた混沌は、初めから異世界だと解る位ハッキリしていた。
だが、今回のはまるで誤認させるかの様な巻き込み方だ。



(あの赤い花も気になる…本当に罠だったのか?)


今の所、元凶と思われるあの謎の花。
何の花かまでは解らないが、とにかくあれが原因で俺たちはこの世界に巻き込まれた可能性が高い訳だ。



(そして、霧…か)


思えば、急に気温が低下したかと思った。
霧のせいだとも思ったが、もしかしたらもっと他に原因があるのかも…

いや、そもそも何で霧が出た?
気象的にまず有り得ねぇ…条件が揃ってたならともかく。
…となると、考えられるのはひとつか。



(ポケモン…その、能力か)


あれから色々ポケモンについて調べてみた。
あくまで、実際のゲームで出て来る奴の知識だが、無いよりも遥かにマシだと思ったからだ。

…調べれば調べる程、本当に何でポケモンが人化して現実に現れたのか解らなくなるがなっ。



「とはいえ、そうなったらそれなりに該当先が出て来るな…」


霧を操るポケモン…確か、そんな能力を持った設定の奴がひとりいた。
しかし、それはいわゆる伝説のポケモンとか、そういう類いの奴で、普通に考えたらそうそう会える様な類いじゃ無ぇ。



「『カプ・レヒレ』…とか書いてあったな」
「霧を操り、敵を惑わせて自滅させる…能力の持ち主」


確かに、この状況を考えたら納得は出来る。
あの霧に何かされたから、赤城先輩はひとりで飛び出したんだ。
結果的に俺たちは分断され、更なる危機に陥ってんだから、これが相手の作戦なら大成功って訳だ。



(だが、あのポケモンは土地神とかで、他の地域にいるとは思えない…とか、そういう考察もあったな)


少なくとも神様ってタイプのポケモンでも、外に出たがらない奴もいるってこったな。
…大愛さんみたいな神様系は、逆にポンポン世界渡って出て来るみたいだが。



(仮に、そのレヒレってのが元凶だと仮定しよう)


だったら、何が目的だ?
少なくとも、人化したポケモンであるなら、会話も可能だろう。
だが、相手は姿すら見せずに何かを画策してる。
つまり、今の所対話する気も無いか、それとも…



(人化してないポケモン…って可能性もあるのか?)


まぁメタな話、有り得ねぇんだがな!
この作品は擬人化物の作品だから、基本的に出て来るのは人化したポケモンだし!

ゲフン! 閑話休題だな!!



「…さて、考え込んだら頭が冴えてきた」
「冷静になるに越したこたぁねぇ…まずは情報を集めながら、探索だな」


きっと魔更先輩ならそうする。
俺に出来る事は限られてるが、もし他にも巻き込まれてる誰かがいるなら、合流すれば生存確率も上がる。

とにかく、まずは探索だ!



………………………




「……って、誰もいねぇ!」


俺は途方に暮れそうになった。
時間にして、1時間は歩いただろうか?
歩けど歩けど、森は鬱蒼と茂るばかりで、景色すらも変わらない。
俺は流石に疲れてしまい、思わずその場で座り込んでしまった。

何だよ…せめて誰かいてくれよ〜



「肝心のレヒレすらも見当たらないし、一体どうなってんだ?」


もしかしたら、俺の推測その物が違っているのかもしれないが。
こんだけ動いても景色は変わらねぇし、もしかしたら動いただけ無駄だったのかも…

結局、八方塞がりか…赤城先輩も見付からねぇし、どうなってやがるのか?
俺は心配になりながらも、とりあえず一息着く。
こんな時に襲われない様、頼むぜ本当に…?



………………………



沙譚
「…嘘だろ?」


アタシは、我が目を疑っていた。
気が付けば、周りは全て森。
霧が深く、周囲はほとんど見えない。
にも関わらず、今アタシの目の前には信じられない光景があった…



「…沙譚」

沙譚
「何で!? どうして生きてる!?」
「本当に…本当におふくろなのかっ!?」


死んだはずの母親がそこにいた。
それも、アタシが脳裏に焼き付けている姿のままで。
おふくろの服は、ライダースーツのそれで、当時バイクに乗る時はいつも着ていた服だ。
そして、それは今のアタシが受け継いで着ている服でもある。
アタシは、いつもおふくろの背中を追って走り続けていたんだから…



「沙譚…大きくなったねぇ〜」

沙譚
「…偽物じゃ、ないのか?」


「そうだよ、本物だ…死んだ人間ではあるがね」


おふくろはそう言って屈託無く笑う。
アタシは理解出来ずにいたが、やがて少しづつ冷静さを取り戻していった。
そして、今更ながら聞きたい事が腐る程思い付く。
アタシは、どれから聞けば良いのかも解らずに、ただ慌てながら涙を流す事しか出来ないのが歯痒かった。

クソッ、何でだよ!!
おふくろが目の前にいるのに、アタシは何やってんだ!?



「言いたい事は色々あるだろうけど、悪いがそんなに時間は無いんだ」

沙譚
「時間が、無い?」


おふくろは悲しそうな顔をし、アタシの方に歩み寄って来る。
そして、アタシの目の前に着くと、おふくろはこう言った。



「沙譚、手ぇ上げろ」

沙譚
「え…こう、か?」


アタシが右手を軽く上げると、おふくろはそれに向かって自分の右手で叩く。
まるで、タッチをするかの様な強さで、おふくろはすぐに笑ってこう言った。



「とりあえず! 後は任せた!!」

沙譚
「は、はぁっ!?」


おふくろはガハハッ!と豪快に笑い、アタシの肩を抱いて背中をバシバシ叩く。
アタシは意味が全く解らず、あたふたしていると、おふくろは優しい笑顔で更に言葉を続けた。



「父ちゃんと、兄ちゃんの事、しっかり頼むぞ!?」
「何だかんだ言って、男は頼りにならねぇからな!」
「女のアンタが、きっちり仕切って面倒見な!!」

沙譚
「おふくろ…はは、はははっ!!」


アタシは思わず泣きながら笑ってしまった。
そうかよ…おふくろって、こんな性格だったのかよ?
猫被ってたって親父は言ってたけど、本当だったのかよ!



「まぁ、事故ったのは自業自得だし、それは受け入れてる」
「ただ、お前に何も残せなかったのが、とにかく後悔でさ…」

沙譚
「バーカ、心配いらねぇよ! おふくろのマシンも、家族も、全部アタシが守ってやるから!!」


アタシが笑ってそう言うと、おふくろは優しく微笑む。
そして、段々霧は濃くなり、アタシは別れの時が来たのだと理解した。
やがて、視界全てが霧で覆いつくされ、アタシは妙な浮遊感に捕らわれた。


沙譚
(見ててくれおふくろ…アタシは、絶対におふくろのマシンで世界を取るから!)


『ああ…信じてるぞ、アタシの大切な沙譚♪』



………………………




「…これは?」

賢城
「…花、か?」
「それも…『彼岸花』とはな」


俺は、あれから組長と事務所を出ていた。
悠和ちゃんも一緒におり、今は事務所側の路地裏で立ち尽くしている。
たまたま、組長が目に入ったのが切っ掛けだったんだが、そこにはコンクリートから元気に生えている、彼岸花があったのだ。

彼岸花、赤い色はまさにその花の象徴で、その葉の全てが毒の塊。
いわく、その花は死を意味するとも言われる、曰く付きの花だ。


悠和
「何だか、嫌な気分になりますね…」


「ああ…よりによって、雪さんがいた場所に咲いているとはな」

賢城
「お前らは、これが異常やと思うか?」


組長は花を睨み付け、拳を握っていた。
その気迫は凄まじく、まるで怒りを放っているかの様な雰囲気。
彼岸花に対し、そこに咲くんじゃない…とでも言いたげだった。



「この花は、今まで咲いてなかったんですよね?」

賢城
「ああ、初めて見るわ…こんな不気味な花はな」


確かに、そういった群生地ならともかく、こんなコンクリートジャングルの路地裏でひっそり咲いてるとはな…
確かに、暗い路地裏で見える彼岸花は酷く不気味だ。
まるで、そのまま地獄にでもご招待…って雰囲気だな。


悠和
「聖様…この、空気は」


「!! やられたか…罠だったのか?」

賢城
「何や…? 何が起こった!?」


さしもの組長も少し慌てていた。
それ位唐突に巻き込まれた。
これは、混沌…か?



「…しかも霧かよ、露骨じゃねぇか」

悠和
「……? この霧、どこかで?」


悠和ちゃんは何やら反応していた。
こんな状況で霧…間違いなく人為的に起こされてる現象だろうな。
となると、ポケモンの能力の可能性が高い。
そして、恵里香が言っていた事を思い出し、俺はすぐに推測を立てる。



「カプ…レヒレ」

悠和
「!? 土地神…? それがこの空間に!?」


悠和ちゃんはいつも以上に警戒している。
口元の牙を見せ、ギリッ…!と歯軋りしていた。
何だ…? 悠和ちゃんはレヒレに対して何かあるのか?

俺は色々想像してみるが、悠和ちゃんの生まれを考えた時、何となく予想が出来た。

悠和ちゃんの進化前は『タイプ:ヌル』…それは、本来ウルトラビーストを妥当する為に人工的に造られたポケモン。
だが、それには避けて通れない道もある。

それが、土地神たるカプだ。
カプはその土地を守る為にその力を振るう。
過去には、襲来したウルトラビーストと争った歴史もあると言われている。
だとすると、後から産み出された悠和ちゃんは、カプからしても目障りな存在だったのかもしれない。

そして、悠和ちゃん自身もその記憶が残っているのか…?
カプと争った記憶が…本能的に何かを呼び起こしてる?


賢城
「何や、嬢ちゃん? えろうイキリ立っとるが…」


「彼女はポケモンです、種族は『シルヴァディ』…人工的に造られた、戦う為のポケモンと言われています」


俺が説明すると、組長は少なからず驚く。
しかし、特に軽蔑する様な顔はせず、むしろ少し悲しげに悠和ちゃんの姿を見ていた。


賢城
「ほうか…戦う為に、な」
「そんな、ロボットみたいな扱い受けてたんか?」


「…かも、しれません」
「でも、今は俺の大切な家族です」


俺の真面目な言葉に、組長はクククと笑う。
そして、この異常な状況を素直に受け入れていた。
本当に大物だなこの人…万丁君が憧れてるってのも頷ける。
雪さんのお陰でもあるんだろうが、とにかくこの状況は色々とどうなるか解らない。

果たして…本当にカプ・レヒレが絡んでいるのか…?











『とりあえず、彼女いない歴17年の俺がポケモン女たちと日常を過ごす現実。やっぱり後悔はしていない』



第7話 『彼岸花…地獄に咲く花、散りゆく花』


To be continued…

Yuki ( 2019/11/14(木) 22:03 )