第5話
聖
「そして時間がすっ飛んで早くも2月!!」
いい加減、序章が長くなりすぎたからな…一応まだ本編じゃないのよ?
今回は、いわばその本編に入る前の一大イベントが待っているのだ…!
聖
「今日は2月14日…そう、リア充死すべし!のイベントがある日だ!!」
そして、それは今年の俺を盛大に脅かすであろう。
今まで姉さんからの以外には、縁もゆかりも無かったこのイベント…
今年の俺は今までとは立場が違う! どこにも隙を見せない様にしなければ!
………………………
光里
「おっはよー! 聖君、今日は何の日か知ってるかな〜?」
聖
「知らんな」
光里
「ほ〜う? 上等ね…それじゃあ、このチョコレートを見てもまだ何だか解らないの?」
そう言って、光里ちゃんは急にヘルメット助教授の様な口調になり、チョコレートと言いつつ何故か拳銃を取り出した。
銀ピカに輝くリボンの付いたそれは、あまりにインパクトの強い代物だな。
聖
「あ、ああ知ってる! 知ってるとも!!」
光里
「だったら、もう1度だけチャンスをあげるわ…今日が何の日か言ってみろ〜!」
聖
「た、頼む! 殺さないでくれ!!」
光里
「私は嘘つきが大嫌ぇなんだ!!」
と、ここまでネタ全開で突き進んだ。
ちなみに、現実の光里ちゃんも俺とは友達であり、出逢った日も夢の世界と同じ。
ただ、当時の俺は誰も信じる事は出来ず、優しくしてくれた光里ちゃんには多大な迷惑をかけていた。
三学期が始まってからは、俺は光里ちゃんに土下座して謝り、今はこうして一緒に登校する仲になったって事だ。
光里
「ちっ、不発か…運が良かったわね」
聖
「つーか、何その物騒なチョコ! 拳銃型の意味があるのか!?」
俺は思いっきりツッコム。
すると光里ちゃんはアッハハ!とこの上無く笑った。
そして笑顔のまま、光里ちゃんはそれを俺に渡す。
サイズは何気に本物と同じ位か?
重量は所詮チョコだが、銀ピカなのは銀紙だからか…やれやれ、これは早めに食わないと形が溶けて偉い事になりそうだな。
俺はとりあえず周りに誰もいないのを確認してそれを鞄に入れる。
よし、誰もいないな…?
光里
「…? どうかしたの?」
聖
「何、気にする事は無い」
俺はとりあえずそうはぐらかし、光里ちゃんと一緒に登校する。
今の所は何も無いな…つか、あっても困るだけなんだが。
流石にアイツ等も学校で仕掛けて来る事はしないだろうし、したら某ニンジャヒーローが黙ってないだろう。
とりあえず、その辺はまだ安心って所だな…
光里
「ふふ…でも聖君、ホントに明るくなったよね♪」
「初めて会った頃は、いつ自殺してもおかしくない位暗かったのに…」
聖
「実際自殺しようとしたんですけどね! 結局生き残っちゃったよ!!」
光里ちゃんはアハハッと、屈託無く笑う。
何だかんだでこの娘もお人好しだよな…
ちなみに当然だが夢の世界の事や、戦いの事、ポケモン娘の事は一切話していない。
いくら信頼出来るとはいえ、やはり現実の人間にそんな突拍子も無い事話すのは頭が疑われるだろう。
とりあえず、今は秘密のままにしとかないとな…
………………………
そして放課後までフツーの学校生活。
特に絡まれる事も無く、俺は無事平穏に終える事が出来た。
よし…ここまで順調だ。
このまま何事も無く家に着けばどうにかなるだろう。
思ったよりも家族の皆さんは自制が効いている様で何よりだ。
光里
「それじゃあ、私バイトだから♪」
聖
「ああ、今日はイベントだろ?」
光里ちゃんは苦笑いしながら走って行く。
まぁ、あの手の仕事だとこんな日は大変だわな…阿須那も流石に相当しんどい事だろう。
さて、とりあえず帰るかな…
聖
「………」
俺はどうにも不安が付きまとう。
いや、別に良いんだけど、どーにも気になる。
聖
(この学校、ホントにカップル多いんだよな〜)
周りを見ると、そこかしこでチョコを渡してる奴らがいた。
どいつもこいつも、顔をニヤつかせて幸せアピールしてやがる。
まぁ、中には義理もある様だが…
聖
(冷静に考えたら、光里ちゃんのコレって義理…だよな?)
流石に本命チョコをあんなネタでぶち込む乙女はいないだろ。
つーか、改めて光里ちゃんはノリが良すぎだ。
ネタ方面に関しては、俺を女にしたかの様なノリだからな。
…本命なのか? 何か俺を基準にしたらいきなり疑問が出始めた。
もし俺がホワイトデーで渡すなら、間違いなくネタをぶち込むからな。
その場合、義理だろうが本命だろうが関係無いのだ。
聖
(流石に考え過ぎか…大体、光里ちゃんが俺に惚れる要素無いだろ)
夢の世界ならともかく、現実での俺からしたら好感度下げる選択しかしてないぞ。
むしろ一緒に登下校してくれるなんて、どんだけメンタル強いんだよ…
爆弾にしたら10発以上は軽く連鎖してるはずなんだがな。
とまぁ、バカな考えをしつつも俺は無事に帰宅する。
不気味な程に何も無かったな…
………………………
聖
「ただいま〜」
守連
「あ、お帰り〜♪」
守連も特に変わらずいつも通りか…ってコイツの場合はそもそもバレンタイン理解してなさそうだ。
でも、テレビとか見てるんだし、今日が何の日かは解ってると思うんだが…
聖
「家にいるのはお前だけか?」
守連
「うん、愛呂恵さんは買い物だよ」
ちなみに現在、華澄と女胤は仕事に行っている。
華澄はまた新聞配達、女胤は商店街のゲーセンでバイトしてるらしい。
とりあえず金銭面はこれで大体安定するだろうし、後は裁判待ちだな。
弁護士からの話だと、証拠がザクザク出てるらしいし負ける要素が見当たらないって話だ。
予定だと4月辺りに決着着くらしいから、それまでは現状維持だな。
聖
「…で、お前は何やってるんだ?」
守連
「…私はデータ復旧に忙しいんだよ」
それだけで俺は理解する。
コイツは夢の世界でもゲーム好きだった。
しかし、悲しいかな現実世界に夢のセーブデータは当然持ち越せない。
という訳で、こっちに来てから守連は同じハードで再び奮闘しているのだ。
俺はチラリとリビングのテレビを見ると、守連は○剣伝説2をプレイしている様だった。
しかもラスダンで武器レベル集めか…今日も気合い入ってるな。
聖
「とりあえず、頑張れ…俺は部屋に戻って宿題やるから」
守連
「うん、頑張るよ〜♪」
守連はギリッ!と硬く拳を握って笑う。
顔と気合いが一致してない…やっぱデータ消失は事件だよな〜
とはいえ、攻略した記憶は残ってるし、操作も体が覚えてるからな。
そういう意味では完全攻略も自ずと早くなるはずだが。
アイツの好みはRPGだからな…特に収集マニア。
実績とか無いのにも関わらず、レアアイテムは全て集めるという徹底振りだ。
何気にああいう所は守連って頑固なんだよな…普段のアイツからすると想像つかん側面だわ。
………………………
聖
「さてと、とりあえずさっさと宿題や…」
夏翔麗愛
「むぅ、流石にエロゲーは無いですね…」
何か勝手に物色されてた。
ここにもいたよ、ゲーマーが…
夏翔麗愛ちゃんもあれからすっかりゲームにハマってしまい、今やかなりの腕前になっていた。
ただ、守連とは違って夏翔麗愛ちゃんはかなり片寄った思考のユーザーなのだ。
守連は定番の人気所がメインだけど、夏翔麗愛ちゃんはまさにクソゲーハンター。
バカゲーもかなり好きな様で、とにかく斜め上のゲームがお好みの様だ。
ちなみに、俺の部屋にはそこまでバカゲーやクソゲーは無い。
後、断じてエロゲーも持ってない!!
聖
「夏翔麗愛ちゃん、もう前のゲームクリアしたのか?」
夏翔麗愛
「ううん、何か名作すぎてやる気無くなったの…」
斬新すぎる解答が帰って来た。
何だよ、名作すぎてやる気無くすって…メーカーの人に謝れ!
とは流石に俺も言えず、心の中でツッコムだけに留める。
俺はとりあえず学習机に鞄を置いて中身を出した。
夏翔麗愛
「また勉強ですか? お父さん、真面目人間なのです!」
聖
「習慣だからな、別に成績にはこだわり無いし、ただの自己満足だよ」
俺はそう言って、早速宿題を始める。
まぁ授業はちゃんと受けてるし、戸惑う事も特に無い。
とりあえずフツーが1番なのが俺のモットーだからな。
…全然フツーじゃない人生は送ってますけどね!
夏翔麗愛
「ん〜ここにはもう求めるゲームが無いのです…」
聖
「とはいえ、店で買うにもまだ資金に余裕が無いからな」
とりあえず遺産を取り戻すまでは仕方が無い。
皆働いて助けてくれてるんだし、贅沢は出来ないのだ。
夏翔麗愛
「うーん、やっぱりお母さんに頼んで買ってもらうのです!」
聖
「お母さんって…白那さん、お金持ってるのか?」
って、持ってなけりゃフツー生活出来ないわな…
冷静に考えたら、あのメンバー養ってるんだから相当の資産あるはずだけど…
夏翔麗愛
「とりあえず、城には金塊が山盛りあるのですよ」
「たまにお母さんがそれを換金しに行って生活費にしてるのです!」
金塊山盛りって…ファンタジースゲェ!
いや、一応現実の城だからファンタジーでは無いのだが。
聖
「…その金塊、元は誰のなんだ?」
夏翔麗愛
「解らないですね…お母さんも知らないそうですし、とりあえずある物は使わせてもらおうって」
まぁ、金は切実な問題だからな…
計27人で住んでるんだし、食費だけでもかなりの出費だろう。
ましてや城の修復代とかどれだけかかったのやら…
一応、城は大体修理が終わったらしく、以前と見た目はほとんど変わらないんだそうだ。
強度は以前に比べたら上がっているらしいし、他の部分もその内補強するって言ってたな。
聖
「まぁ、でも無駄使いはしない様にな? 誰の物かも解らない金塊なんだから」
夏翔麗愛
「了解なのです! どっちにしてもお母さんの説得が最大の鬼門なのです!!」
そう言って夏翔麗愛ちゃんは窓から外に出る。
おいおい…人に見られるなよ〜?
俺はとりあえずため息を吐きながらも窓を閉めた。
まだまだ寒いな…エアコンかけるか。
………………………
聖
「…ふぅ、よく考えたら明日は俺の誕生日か」
そう、バレンタインデーの後は俺の誕生日。
明日で晴れて17歳となり、ようやくタイトルに偽り無しとなる。
今年は家族もいるし、賑やかにはなりそうだな。
どうせなら、白那さんの城でパーティーやるか?
やっぱり騒ぐなら全員でやりたいし、その方が良いだろ。
俺は宿題も筋トレも終えてとりあえず休憩した。
そして既に今日の事も忘れて、明日のパーティーに思いを馳せていく…
………………………
阿須那
「ふ〜ん、誕生日パーティーかぁ」
華澄
「それは良い考えでしょう、折角の記念日…皆で聖殿をお祝いせねば」
守連
「うんうん! 私も賛成〜♪」
女胤
「私も異存はありませんわ」
とりあえず決まりだな。
白那さんには後で伝えておくとして、とりあえずまずは…
愛呂恵
「お待たせしました、チョコレートケーキです」
そう、皆が今日の日の為に用意してくれたバレンタインチョコ。
都合上、ケーキになってしまったが、まぁそれは良いだろう。
基本は愛呂恵さんが作っているが、守連たちも全員手伝ったらしい。
…女胤は冷蔵庫から物を出すだけの役割だったらしいが、それも適材適所だ。
聖
「へぇ〜これは美味そうだな」
阿須那
「まぁ、味は問題無いで? 遠慮無く食べ」
とりあえず阿須那がナイフで切り分け、それぞれに配る。
バレンタインデーのはずだが、これだと単にデザートだな。
俺は苦笑しながらもケーキを食べる。
うん、美味しい…これは皆の愛が詰まってるんだな♪
守連
「美味しい〜♪ 頑張った甲斐があったね〜」
華澄
「はい、洋菓子は初挑戦でしたが、上手く出来て良かったでござる♪」
女胤
「私はほとんど役に立てませんでしたが、その分聖様への愛を込めましたわ!」
愛呂恵
「皆さんの想いが詰まったこのケーキ…いかがですか聖様?」
聖
「もちろん美味しい、皆ありがとうな」
俺の言葉で皆は嬉しそうに笑顔になる。(愛呂恵さんは顔に出さないが)
何だかんだで、バレンタインデーは平穏に終わったな…
そもそも、考えてみれば現実世界のイベントをポケモンたちが知ってるわけ無いもんな…
まぁ白那さんたちならあるいはだろうけど、それで一々他の家族に伝えたりもしなかったんだろう。
とにかく、明日は誕生日パーティーだな…
………………………
聖
「で、時間は次の日の夜にすっ飛ぶと」
メタな話だが、実際こっちがメインイベントだし。
ようやくこれで俺も彼女いない歴17年か…げふん。
俺たちは今、白那さんの城の1階でどんちゃん騒ぎしていた。
大広間全てを使って俺の誕生パーティーをしているのだ。
何気にここまで豪勢なパーティーは高校生じゃ珍しいのではなかろうか?
俺はとりあえずそんな事を思いながら、皆の様子を見回る事にした。
守連
「ハムハムハムッ! もう、後3杯はいける!!」
香飛利
「美味し〜! 肉サイコー♪」
夏翔麗愛
「育ち盛りは今の内に食うのです!」
麻亜守
「む〜! よく食べてよく寝るのが子供のマナー!!」
やれやれ、ここはもはや俺の誕生日を祝う気がゼロだな。
端から見たらただの大食い大会じゃねぇか!
しかも守連と香飛利の2強! 料理は沢山あるとはいえこりゃ作り手も大変だったろうな…
阿須那
「流石に疲れたわ…」
櫻桃
「全くだね…予想はしてたものの、足りるのかね?」
愛呂恵
「その時はその時です、足りなければまた作れば良いのですから」
悠和
「…とりあえず、少し休みたいです」
こっちは料理家軍団か。
阿須那に至っては仕事帰りでだからな…
なお、今回姉さんは仕事が長引くらしいのでパスだそうだ。
電話でお祝いの言葉は貰ったし、俺はそれで満足している。
姉さんには、苦労しかかけてないからな…
白那
「それじゃあ、乾ぱ〜い♪」
神狩
「…乾杯」
鐃背
「うむ、皆飲め飲め! 妾も飲むぞ〜♪」
ペンドラー
「わはは〜! 良いぞ飲め〜♪」
クワガノン
「やれやれ…もう酔っぱらったのか?」
浮狼
「ふふ…ペンドラーは相変わらずですね」
借音
「私は、軽くだけいただきます♪」
こちらは大人連中だな…皆酒を飲んでる。
流石に結構臭いがあるな…これは未成年には近付かせられんわ。
しかし、神狩さんかなり強いのか、全く酔ってる顔しないな。
少なくともボトルでラッパ飲みしてるんだが、みるみる内に無くなっていくぞ。
鐃背さんも一升瓶で豪快に飲んでいる…体は子供みたいなのに強いな。
一方、ペンドラーさんはベロンベロンに酔ってる…こっちは弱いのだろう。
藍
「ふーん、なら手続きは偽装するのか?」
棗
「…そのつもりよ、貴女もそのつもりでしょ?」
藍
「まぁな、とりあえず入試は余裕だったし、俺様は4月から晴れて大学生だ」
なぬ!? 今大学生とか聞こえたが、聞き間違いだろうか?
いや、あの藍なら有り得るか…? しかし、偽装って大丈夫なのか?
身分証明とかかなり無理があると思うんだが…
どっちにしても流石と言うか何と言うか、バカと天才は紙一…げふんっ。
華澄
「そうでしたか、相当な苦労を重ねられたのですな」
鳴
「まぁな…伝説つっても、鍛えなきゃその辺のポケモンと変わんねぇってのは痛感したよ」
喜久乃
「でも、鳴さんはちゃんと努力したんですし、成功したと言えるでしょ?」
明海
「努力かぁ…私たちでも少し位技の練習はするべきかな?」
瞳
「でも、この世界は平和その物…私たちが戦う必要は無いと思うけど…」
ふむ、戦う努力か。
鳴たちは、俺を助ける為に特訓して、死の運命を変えたんだよな…
一方、明海さんたちは戦う事はせず、常に裏方として誰かを支え続けた。
現実世界にとっては、そういったメイドさんの方が余程戦士だ。
現代社会に、相手を攻撃する技なんか役に立たないんだからな…
そういう意味では鳴は割と残念な結果になっているとも言える。
まっ、それも当人がこれから改善していけば良い事だがな。
舞桜
「やっぱり、私たちも何か働かない?」
水恋
「そうだよね〜いくら何でもタダ飯食らいってのは問題だし…」
教子
「それならメイドでもやってみる?」
毬子
「良いかもしれませんね…稼ぎにはなりませんけど、仕事という事ならいつでもありますし、大歓迎ですよ?」
ほう、流石に舞桜さんは真面目だな。
華澄と同年代でもあるし、やはり意識は高いのかもしれない。
水恋さんも人当たりは良い方だし、やる気になれば色んな仕事もこなせそうだけど。
女胤
「やはり、ここは脱ぎますか!」
騰湖
「同感だ! 折角、聖殿の誕生日という一大イベント! ここは文字通り裸一貫でご奉仕せねば!!」
聖
「その辺にしとけよ? これ以上場の雰囲気乱すなら、国外追放するからな?」
ホイーガ姉妹
「アッハハ♪ 怒られた〜!」
アブリボン
「バカな事考えるからよ…」
ケケンカニ
「ハハハッ、世の中には色んな奴がいるよなぁ〜!」
色々にも程があるよ!
女胤と騰湖はやっぱギリギリだよ!!
ちょっとでも隙見せたらナニされるか解んない!
っていうか、初見の皆さんに変態知らしめないで!!
………………………
聖
(とりあえずこんな所か…皆楽しそうで何より)
俺は全員の様子を確認し、少し外に出る。
風はまだまだ肌寒く、上着を着てないと凍えてしまうな。
俺はとりあえず夜の庭園をひとり歩いた。
月明かりがとても綺麗で、光に反射して花々が美しく輝いている。
すっかり、花たちも元気を取り戻したな…
聖
「…! 雪、か」
冷たい風と共に、真上からは雪が降り始める。
気が付くと雪雲が広がって来ており、次第に月明かりすら隠れそうになっていた。
ちなみに、この城は現実世界の日本に移動しているらしく、季節は関東圏内の物と同一らしい。
白那さんの能力で空間操作はされており、外部から存在を認識される事は無いそうだ。
いわゆる安全地帯で、この城は誰にも侵害出来ないユートピアでもある。
まぁ、ただひとつの例外はあるんだけど…
?
「あ、良かった…聖君、ここにいたんだ」
誰かが庭園の入り口に現れていた。
そう、これが例外…俺の家の倉庫からなら、この城に直接繋がっている。
そして、城の存在を知る者はここに辿り着く事が出来るのだ。
やがて雪雲の間から月明かりが差し、俺はその人の姿を確認して声をかけた。
聖
「…来てくれたんだ、姉さん」
風路
「うん、お父さんが…行ってあげなさいって」
「迷惑じゃ…無かった?」
俺はまさか…と笑顔で答える。
姉さんは厚手のコートに身を包み、防寒着には雪が積もり始めていた。
段々強くなって来てるな…このままじゃ体が冷えるばかりだ。
聖
「とりあえず中に入ってよ…皆騒いでるし、ひとり位増えてても問題無いさ」
風路
「ううん、良いよここで」
「今日は、聖君に渡したい物があっただけだから…」
そう言って、姉さんはプレゼント包装された何かを俺に渡す。
それを受け取ると、姉さんは笑ってこう言ってくれた。
風路
「聖君、改めてお誕生日…おめでとう♪」
「何年、振りかな…? こうやって、顔を合わせて言えたの」
聖
「……ゴメン、俺が弱かったせいで」
恐らく、もう5年にはなる。
俺は中学に入る前に絶望したからな…
それから中学に行き始めて、それでも何も出来なくて…次第に心は磨耗していった。
気が付けば俺は誰も寄せ付けなくなり、常にひとりでいる事を望んだんだ。
高校に入った後は、もう姉さんと呼ぶ事すら俺はしなくなってた。
姉さんは、どれだけ傷付いただろうか?
どれだけ心配したのだろうか?
それだけ避けられてたのに、それでも姉さんは俺を心配してくれる。
風路
「もう、良いのよ…私は大人だから、子供の面倒を見るのは当然なんだから♪」
そう言って姉さんは口元に人差し指を当て、ウインクして微笑む。
これは姉さんの癖だ。
姉さんが楽しかったり、嬉しかったりする時は、よくこれをやる。
聖
「ちなみに、これ…何?」
風路
「開けてからのお楽しみ♪ 何にするか悩んだんだけど、結局実用性重視になっちゃった…」
姉さんはそう言って苦笑いする。
俺は少し笑いながら、包装を優しく剥いでいった。
すると…そこから出て来た物は、割とシンプルな物…
聖
「財布か…成る程、確かに実用性はあるよな」
人間ならまず使う物だからな。
俺が今使ってるのは安物でもうボロくなってるし、良い機会かもしれない。
しかし、この手の長方形タイプは始めて使うな…何となく金持ちが使うイメージだけど。
聖
「げ…コレ有名ブランドのじゃないか? 高かったんじゃないの?」
風路
「ふふ〜ん、折角だから奮発してあげました♪」
俺は使うのが恐ろしくなる。
こんな高級財布に、はした金入れるのかよ!
…まぁ、遺産が取り戻せたら大金入れる事もあるかもしれんが。
聖
「とりあえず、ありがとう…大切にするよ」
風路
「うん、それじゃあ私はもう行くね? また明日もお店はイベントだから…」
姉さんも流石に疲れている様だな。
今期でコスプレは引退とはいえ、それまではまだ最前線だし。
姉さん目当ての客もかなり多いからな…イベントは相当修羅場だろう。
姉さんはそれでも、俺には笑顔を見せて背中を向ける。
俺は、そんな尊敬するケンホロウの背中をしっかりと見た。
後で聞いた事だが、姉さんは人間社会に溶け込む為に翼と尾翼を切り落としたらしい。
そんな事をしてでも、姉さんは人としての幸せを願った。
そして…こんな俺を見捨てずに、ずっと姉として支え続けてくれたんだ。
聖
(そうだよな…昔の俺は、姉さんの事が大好きで、いつもくっついてたんだ)
俺は小さな頃を思い出す。
小学生に入る前、俺は姉さんと一緒によく近所の公園に出かけていた。
幼児にはあの距離でも家から遠く感じ、その間俺の手を握り続けてくれる姉さんの手は、とても優しかった。
俺が転べば優しく抱っこしてくれ、俺が泣けばいつでも頭を撫でてくれる。
俺がどれだけワガママを言っても、姉さんは嫌な顔ひとつせずに、出来る事は何でも叶えてくれた。
聖
(そうだよ…何で、突き放したんだ)
勝手に絶望して、勝手に迷惑かけて、勝手に自殺未遂した。
俺は、そんな自分が本当に腹立たしい。
本当なら死んで詫びを入れたい位だ。
だけど、俺は生きて償う道を選ぶ…もう、全てを投げ出して逃げる事は絶対しない!
俺は姉さんから幸せを願われ、そして夢見の雫を継承した。
その意味を、俺は2度と履き違えてはならない。
俺の力は、誰かを幸せにする為の奇跡だ。
決して独り善がりの悪意で使ってはならない。
これから先、何が待っているのかは解らない…だけど、俺は必要なら何度でも立ち向かう。
そして、これだけは絶対に曲げないという信念が俺にはある。
聖
(俺の手が届く範囲なら、絶対に救える者は救ってみせる!)
そう、夢見の雫は万能でも、俺はそうではない。
何でも奇跡で救えるといっても、俺が知らない所で起こる事件には対応出来ない。
なら、俺は割り切る…少なくとも俺の意志で救える範囲なら、必ず救おうと。
聖
(恵里香…お前は、まだあそこにいるのか?)
俺は、もう声すら聞こえない最後の家族の事を思う。
あの戦いから、1度として彼女の声を聞いた事は無い。
恐らく、この世界はもうあの最果てに収束しなくなったのだと俺は予想している。
もし届いているなら、アイツは必ず言葉を返すはずだから…
聖
(俺は諦めないぞ…必ずお前だって救ってみせる)
あの何も無い世界に、アイツはひとりで今もきっと佇んでいる。
寂しいはずだ…口では言わなくても、アイツだってそんな気持ちは持ってるはず。
それでも、アイツは弱音を吐いた事は1度も無い。
いつだって、アイツは笑って俺の味方をしてくれた。
どんな絶望を前にしても、アイツは絶望しなかった。
無限とも取れる終わりの空間で…アイツは今、何を見ているんだ?
『とりあえず、彼女いない歴17年の俺がポケモン女たちと日常を過ごす現実。やっぱり後悔はしていない』
第5話 『誕生日』
序章 『魔更 聖、17歳への道』 完
To be continued…