第11話
パルキア
「皆…とりあえず、今までありがとう」
オレは城内1階の中央広場にて、全従者を集めていた。
そしてオレの言葉を受け、場の緊張感は上がる。
これが、皆との最後の会合だからね…
パルキア
「皆には、本当に悪いと思ってる」
「だけど、オレにはもうこの選択肢しかなかった」
「勝とうが負けようが、皆とはこれが最後だ…」
「だから、これが最後の指示だよ?」
オレは心を殺し、淡々と語る。
感情的にならない様、心を殺して…
何故なら、皆の犠牲の元で、オレたちは最後の戦いに挑むのだから。
パルキア
「ラランテスは、エムリットと共に1階中央広場」
「ゲンガーは、アグノムと共に3階広場」
「ミミロップは、ユクシーと共に最上階広場」
「残りのメイドは、全員外の大庭園で固まって待機だ」
「先に言った3組以外は、当初の予定通り戦闘には加わるな」
「ただ、祈っていてほしい…オレたちの勝利を」
場は静寂に包まれていた。
まさに通夜という表現がピッタリだろう。
だが、オレは負ける為に戦うわけじゃない。
勝って、存在を勝ち取るんだ!
………………………
聖
「そうですか、遂に…」
パルキア
「うん、だからこれが最後になるかもしれないね…」
聖
「…覚悟は出来てます」
それでも怖い物は怖い。
あまりにも怖くて、心が押し潰される事だろう。
だけど、俺は耐えなきゃならない。
この戦いは、俺という特異点を勝ち取る事なのだから。
そして、俺は勝った方を家族として、しっかり抱き締めてやらなきゃならない。
その為に、俺は決して絶望はしない。
ユクシー
「…ミミロップ、配置につくわよ?」
愛呂恵
「愛呂恵とお呼びください、ユクシー様」
「それが、聖様が与えてくださった、私のただひとつの名です」
愛呂恵さんはそう言い、俺に何も言わず背を向けて部屋を出た。
いや、愛呂恵さんには最後までずっと俺の事を世話してもらってたからな…
これ以上受け取る言葉は無い。
俺なんかが与えた名前を、愛呂恵さんは嬉しいと言ってくれたんだ。
後はもう、信じるだけさ…
聖
(決して、愛呂恵さんが憎悪や悔恨の念で死なない様に…)
パルキア
「…聖君、戦いに勝てたら、オレにも名前をくれないか?」
聖
「…フラグですよ、それ? でも…約束します」
俺は笑って、そう答える。
すると、パルキアさんも体を震わせながら笑っていた。
俺は切に願う。
どうか、この笑顔を失わせないでほしいと…
パルキア
「…そういえば、クリスマスプレゼント、まだだったね?」
聖
「あ、そういえば今日でしたっけ?」
俺は思い出すが、確かそのはずだ。
手記に12月25日と書いてたはず…
結局、守連たちは相当早く辿り着いた計算なんだろう。
予定では100日計画だったと聞いてたし、ここまでで確か84日目だ。
パルキア
「…結局、ドタバタしてて何も用意出来なかったから、今はコレで我慢してくれる?」
聖
「えっ……っ!?」
パルキアさんは突然俺の首に抱き付き、優しくキスをした。
前に阿須那にされた様な荒々しさは一切無い。
むしろ、脳が焼き付くかの様な、愛のこもった優しいキス。
俺は、その気持ち良さで頭がどうにかなってしまいそうになる。
それは、たったの数秒だったが、俺は明らかに顔を紅潮させていた事だろう…
パルキア
「メリークリスマス…聖君」
「続きは、戦いが終わってからやろう…」
そう言って、パルキアさんはすぐに転移して消えてしまった。
大丈夫なんだろうか? あんな事して…
ギリギリのはずなのに、あんな危険な行為。
ユクシー
「…ついでに私からも、プレゼント」
「…ちょっと頭痛がするかもしれないけど」
聖
「え? …っがあぁっ!?」
ユクシーちゃんが俺の頭に手を当て、目を開けたかと思うと凄まじい頭痛がした。
ビリビリと電撃でも走ったかの様な痛みが全身を駆け巡る。
俺は思わず床を転がり、頭を抱えてその痛みに耐えた。
一体どの位悶えたのだろうか?
俺はそんな事も解らないまま、床に寝転がり、息を荒らげて天井を見る。
そして、そんな俺の顔を上から覗き込む様に、再び目を閉じていたユクシーちゃんの顔が視界に入った。
ユクシー
「…じゃ、メリークリスマス」
聖
「い、今のは何なんだ!?」
ユクシー
「…単純に言うならバックアップメモリーよ」
「…いらないなら他の人の頭に手を当てて願えば良いわ、それで譲渡出来るから」
背中越しにそう言い、ユクシーちゃんは部屋を出て行った…あえて扉は施錠せずに。
出るなら出ろって事か…だけど、それは覚悟のいる事だな。
俺は、それでもここで祈る事にした。
皆の無事を、そして…皆が精一杯戦える様に。
聖
(頑張れ守連、頑張れ阿須那、頑張れ華澄、頑張れ女胤)
(頑張れパルキアさん、頑張れ愛呂恵さん、頑張れゲンガーさん、頑張れラランテスさん)
(頑張れユクシーちゃん、頑張れアグノム、頑張れエムリットちゃん…)
「…皆、頑張れ」
結局、バックアップメモリーとは何なのか、俺には全く理解出来なかった。
しかも、いらないなら譲渡可能…?
一体、何なんだそれ?
………………………
守連
「…!」
阿須那
「まずは庭園か?」
華澄
「の様です…これも作られた物でしょうか?」
女胤
「いえ、本物の様な感じがしますわ…」
「少なくとも、この花々はとても良く手入れをされている気がしますし…」
私(わたくし)たちは、城門を潜って大きな庭園に辿り着き、そこで一旦周りを見ました。
城下町は明らかに作られた空間と解りましたが、城門を潜った先は明らかに今までとは違う違和感。
つまり、この城が…というより、ゲーム的には城下町がラストダンジョンだったというべきでしょう。
私は念の為、もう1度周りをグルリと確認する…そして改めて皆を見ようと振り向きますが、そこには誰もいなかった。
いえ、むしろ私が、いつの間にか別の場所にいたのです…
女胤
「なっ!?」
ラランテス
「ようこそ、パルキア様の城へ」
私は突然の事に思考が追い付かなかった。
気が付けばいきなり城の中?
ですが、考えてもみればすぐに解る事でしたね…
女胤
「パルキアの空間転移で全員を分断ですか…そして、そこから各個撃破」
「初めから罠にかかっていたと言うわけですか…」
ラランテス
「中々冷静ですね…やはり、難敵の様です」
エムリット
「………」
私の前にはふたりの女性が佇んでいた。
声をかけてきたのは燕尾服の女性。
シルクハットも被っており、まるで奇術師の様にも見える。
もう片方はいかにも子供という感じで、少し怯えた様に燕尾服の女の後で震えている。
あれは、前に見たユクシーに似ていますわね。
いえ、髪色から確実にエムリットと踏むべきでしょう。
でしたら、油断は出来ません。
仮にも神と呼ばれる伝説のポケモン。
ふたりを同時に相手とは…ここまででも多少は消耗しているだけに、苦戦は免れませんか!
ラランテス
「まずは自己紹介を…私は庭師のラランテス、こちらはパルキア様の愛娘、エムリット様です」
「消耗している相手にふたりがかりで戦うなど、やや不本意ではありましょうが、それだけ貴女の実力を危険視していると判断していただきたい」
女胤
「そう言ってもらえるのは光栄ですが、退く気は無いのですか?」
「今なら、まだ見逃してさしあげますよ?」
私がそう言うと、ラランテスと名乗った女性は帽子の鍔に指をかけ、一笑に付する。
成る程…無駄な問答の様ですわね。
ラランテス
「随分甘い事です…こちらが既に貴女方を殺そうとしているのは明白だというのに」
「こちらも初めから殺す気、殺される覚悟でここにいます」
「そちらも覚悟なされよ…この戦いは避け様の無い戦い」
「互いどちらかが死ぬまで、死合ましょう!!」
そう言ってラランテスは凄まじい気迫を私に向ける。
やはり強敵ですわね…しかもエムリットまでいるのは正直誤算でした。
感情の神と言われるエムリット…一体どんな戦術で来る?
ラランテス
「エムリット様は上空に退避を、そして決して射程距離に入らぬ様」
エムリット
「うん…」
ラランテスが言うと、エムリットは上空に逃げる。
サポートに徹させるという事ですか…
私は気を引き締める。
エスパータイプは予想の出来ない事をする者も多い。
この目の前の相手と戦いながら、果たしてそれを見切れるでしょうか?
いえ、弱音など見苦しい…聖様を救う為、私に敗北は許されないのですから!!
女胤
「良いでしょう、そこまでの覚悟がおありなら、この私も一切の容赦を捨てます!」
「さぁ、始めますよ!? この私の舞を!!」
………………………
阿須那
「…ちっ、想定はしとったがやっぱこうなるか」
アグノム
「母さんの空間操作は、解ってても対策なんてそうそう取れない」
「お前らは既に籠の鳥だ! ここでくたばっちまえ!!」
青い髪の小さな少女が顔を歪めて笑っていた。
前に見たユクシーとは正反対やな、返って気が楽やわ。
ウチはそう思い、微笑する。
それを見てか、青い少女は鬱陶しそうに歯軋りしてた。
阿須那
「何やアンタ? もしかして怖いんか?」
「せやったら見逃したるさかい、さっさと消え…」
「ウチが用あるんわ聖だけや…ザコに用は無いで?」
アグノム
「黙れ黙れ黙れっ!!」
「誰がお前なんか恐れるか! お前は俺様たちで絶対に殺すんだ!!」
「そしてお前の存在その物を、俺様が奪ってやる!!」
青の少女は必至の形相でそう叫んだ。
ハッタリやない、本気で言うとるな。
せやけど、顔は恐怖と憎悪に歪みきっとる。
一体、何でそんなにウチが憎いんや…?
そして、ここでウチは何故かデジャビュの様な感覚に陥った。
こんな光景…どこかで?
ゲンガー
「アグノム様〜とりあえず退がっててくれません?」
「護衛対象が前に出るとか有り得ねぇでしょ…」
アグノム
「ちっ、ゲンガー任せたぞ!」
そう言ってアグノムは浮遊して上空に避難する。
ウチはとりあえず問答無用でそれを追撃した。
ドォンッ!!
アグノム
「あ…っ!?」
ゲンガー
「………っ!!」
ウチが軽くアグノムに放った『弾ける炎』は、咄嗟に空中へ飛んだゲンガーの手で弾き、防がれた。
せやけど、着弾と同時に炎は周囲に弾け、少なからずアグノムもダメージは負う。
中々ええ反応やな、あのゲンガー。
速度ならウチとええ勝負するかもしれへん。
せやけど、無理に手で弾いたんが仇になったな…着弾後の事も想定して防ぐべきやで?
阿須那
「何驚いとるんや? これは殺し合いやぞ?」
「そっちから戦う意志を見せた以上、もう始まってるんやで?」
「気ぃ抜くなや…ウチは機嫌が悪いねん!」
そう言ってウチは体温を上昇させる。
今この空間は気温が一気に上がった。
ここからは火力に調整はつけん。
一瞬で灰にしたる!!
ゲンガー
「…テメェの相手はアタシがするっつってんだ」
「なのに、脇目も振らねぇでアグノム様を狙いやがって…」
「テメェはここで絶対に殺す!! アタシの大切なクソ主人に手ぇ出した事を死んでも後悔させてやる!!」
ゲンガーがそう叫んだ直後、突然何かが弾ける様な音が耳に響く。
そしてゲンガーは、凄まじい輝きのオーラに包まれた。
その瞬間、ぼんやりと見える葉っぱの様な紋章。
ウチはその輝きに目をやられ、一瞬怯んでもうた。
次の瞬間…ウチの目の前には拳が迫ってた。
………………………
華澄
「はっ!? こ、ここは!?」
気が付くと見た事もない場所。
周りに皆はいない、そして背後にはふたりの気配。
拙者は気配のする方を向き、相手を見据える。
ひとりは長い垂れ耳の女性、もうひとりは前に見た事がある少女でした。
華澄
「ユクシー殿! これは、もしや貴女が…?」
ユクシー
「…まさか、こんな芸当出来るのはお母さんだけよ」
「…悪いけれど、貴女はここで終わり」
「…出来れば自害してくれると楽なんだけど、どう?」
ユクシー殿は無感情に言い放つ。
その言葉にはまるで感情が宿ってない。
迷い無く拙者の死を望んでいる。
何故なのだ…? 何故、こんな戦いを…
華澄
「教えてくだされユクシー殿! 何故この様な戦いが必要なのです!?」
「パルキア殿は誰かに脅されているのではないのですか!?」
ユクシー
「…まるきり検討違い、とも言えないわね」
「…誰かに、ではないけれど」
「…少なくとも選択肢が無いのは理解してもらえる?」
「…貴女が死ぬか、私たちが死ぬか」
「…非常にシンプルな答えよ?」
ユクシー殿は含みのある言い方でそう言う。
やはり、パルキア殿は何かを恐れてこんな暴挙に出ているのだ。
そして、もはや選択肢は無い…それは手遅れという事?
拙者は嘆くも、拳を強く握り込む。
覚悟せねばならない。
きっと、パルキア殿もユクシー殿も、本来は罪の無いお方。
それでも、この馬鹿げた殺し合いをしなければならないのか…?
ユクシー
「…まだやる気になれないなら、良い事を教えてあげるわ」
「…私たちの丁度後にあるのが、魔更 聖のいる部屋よ」
「…良かったわね、私たちを殺せば貴女が1番乗りね?」
言われて、拙者はユクシー殿たちの背後の扉を凝視する。
あそこに、聖殿が…?
拙者は、鮮明に思い返す。
聖殿の声を…聖殿のお姿を…聖殿の、笑顔を。
そして、己を鼓舞した。
護ると決めた主がいる!
絶対に護ると約束した己がいる!!
死ぬわけにはいかぬ…! 拙者は約束したのだ。
華澄
「…申し訳ありませぬ、ですがっ!」
ユクシー
「…構わないわ、こちらも容赦しないもの」
「…じゃあミミロップ、お願いね?」
愛呂恵
「愛呂恵とお呼びください」
ミミロップと呼ばれた女性は、無感情無表情で機械的にそう告げる。
愛呂恵…それがあの女性の名なのですか?
ユクシー殿は少々面倒そうにこう訂正した。
ユクシー
「…じゃあ愛呂恵、よろしく」
愛呂恵
「了解しました、攻撃目標ゲッコウガの華澄」
「完全抹殺対象と認定、一切の容赦は必要無し」
「私の全能力を持って、速やかに抹殺いたします」
「メガストーン起動、これより進化を始めます!」
愛呂恵殿は右膝を腰の辺りまで上げ、構える。
そして、突然弾ける様な音と共に、愛呂恵殿は輝くオーラに包まれ、葉っぱの様な紋章が現れた。
拙者は輝きに目を眩ませながらも、相手をしっかり見る。
輝きから解放された愛呂恵殿の姿は……
………………………
守連
「!?」
パルキア
「やぁ、また会えたね」
突然真っ暗な部屋に私はいた。
ライトは点いている様だけど、そんなに明るくない。
そして、私の背後にはパルキアさんが無造作に立っていた。
守連
「パルキア…さん」
パルキア
「…やっぱり、納得出来ない顔してるね」
バレてる…そうだよね。
私は、阿須那ちゃんたちみたいに割り切れないから。
やったぱり、戦いたくないのは変わらない。
守連
「パルキアさん、聖さんはどこですか?」
パルキア
「オレに勝てたら、教えてあげるよ」
守連
「…どうして戦わなきゃならないんですか?」
パルキア
「そうしないと皆消えちゃうから」
守連
「何か別の方法は無いんですか!?」
パルキア
「無いよ、あるならこんなクソみたいな選択は絶対にしない」
やっぱり、パルキアさんも本当は戦いたくないんだ。
でも、それしか無いからこんな馬鹿げた事をしてる。
どうしてなの? どうして他に方法が無いの!?
パルキア
「手加減はしないでね? 例え死ななくても、オレは負ければ消える定めだから」
守連
「…え?」
パルキア
「君に選択肢は無いよ? オレを殺すか、オレに殺されるか」
「さぁ、戦って決めよう…どっちが聖君に相応しいのか」
パルキアさんは、聖さんの事が好きなんですね。
私も大好き…世界で1番大好き。
同じなのに…お互いに聖さんが好きなのに。
守連
「どうして、こうなるんですか!?」
「こんなの聖さんはきっと望まない!!」
パルキア
「でも、覚悟してくれたよ?」
覚悟…? 聖さんが…?
こんな、こんなただの殺し合いを、聖さんが覚悟した?
パルキア
「この戦いは避けられない」
「オレたちに後は無い、このままだと全て滅ぶ」
「それを回避するには、君たちの存在が邪魔だ」
「オレは既に犠牲を払っている…この事は理解しておいてくれ」
守連
「犠牲…?」
パルキア
「そうだ、メイド総勢30名と庭師ひとり」
「オレは既に、これだけの従者を生贄に捧げた」
「よって、もう退く事は出来ない」
「さぁ、これでも君はオレに戦うなと言えるのか?」
生贄…そんな馬鹿な事を既に…?
私は、頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。
もう、犠牲は出てる…既にこれは、戦争。
私たち4人を殺す為だけに、この人は31人もの命を既に捧げた。
そんな彼女が退くわけない。
もう、火蓋は切って落とされてる…回り続けている、誤った歯車はもう止められない。
私は、もう何も考えられなかった…
全部、私たちのせいだ。
私たちがいなければ、誰も苦しまなかった。
私たちがいなければ、この人たちは幸せになれたんだ。
それが解った瞬間、私は…戦意を喪失した。
………………………
女胤
「さぁ、私の動きに付いて来れますか!?」
私は先制で『蝶の舞』を踊り始める。
相手がどんな戦い方をするのかは解りませんが、この技を使って不利になるとは考え難い。
非常に安牌な行動ですが、確実とも言えます!
ラランテス
「予想通り、と言っておきます」
「やはり貴女は少々、自信過剰がすぎる様ですね?」
「何故、我々がここまで綿密に計画を練ったのか…その意味を知るが良いでしょう!」
ラランテスが落ち着いた顔であっさりそう言う。
そして、私は『蝶の舞』を踊り終えた辺りで、凄まじい違和感に襲われた。
まるで、世界が早回しの様に…見える?
ラランテス
「…さて、それでは此方も仕掛けさせていただきましょうか!」
「エムリット様の『トリックルーム』の中、私の攻撃がかわせますか!?」
ラランテスの声が余りに早回し過ぎて聞き取れない。
まるで音楽テープを早送りしたかの様な声。
ですが、既に私は理解した…これは『トリックルーム』!
恐らく、エムリットが事前に仕掛けた物。
しかも、私が舞始めるのを完全に見越した上での仕込み!
私は舌打ちした…完璧な読みと対策ですわね。
私の戦術と性格を完全に読まれていたとは。
そして、ラランテスは体感で守連さんをも越えるかねない速度を出し、私に向かって来る。
今の私に、回避する術は無い。
ここは、無理を承知でも仕掛けるしかありません!
女胤
(まずは撹乱する!)
私はその場で横に一回転し、『眠り粉』をバラ蒔く。
ラランテスは危機を感じ、一瞬で停止して素早く横に動いた。
この隙に私はバックステップで後に退がり、あえて壁を背にする。
このスピード差では背後を取られるのは危険すぎる。
ですが、壁を背にすれば正面、左右、上空からの攻撃に集中すれば良い。
恐らくルームの効果は約5分! ここは何としても耐えさせていただきますわ!!
ラランテス
「あえて背水の陣ですか! ならばこういう技はどうです!?」
ラランテスは距離を縮めず、その場で両腕を高く掲げた。
そして、ラランテスの両腕に強力なビーム粒子が集まっていくのが見える。
私は危機を察し、すぐに真横に転がった。
ドジュァァァァァァァァ!!
女胤
「っぅ!?」
私のすぐ横で閃光。
私が背にしていた壁は軽く両断され、そこから強い日光が入って来ていた。
間一髪、その場から横に転がって難を逃れましたが、余波だけで背中が焼かれる…危なかったですわ。
威力も間違いなく申し分無し、今のが『ソーラーブレード』ですね…始めて見ましたわ。
もはや速すぎて両断のモーションは見えない。
私は次弾を予測し、もはや勘で『守る』を発動させた。
ドジュァァァァァァァァ!!
2発目! 私はこれを防ぎ、次に備える。
まだ5分は経ちませんの!?
かつて、これ程長いと思った5分は無い。
ですが、私の今の体感時間は相当遅いはず。
ルームの外では相当時間が経っているはずなのです。
相手は、幸い大技で一撃必倒を狙っている。
読みさえ当たれば、凌げなくはないはず。
私はその場で両手を斜め上に掲げ、背中から日光を直接受けて『ソーラービーム』高速チャージした。
日本晴れ程の日光ではありませんが、短縮にはなるはず!
結果、私の技は発射がやや遅れたものの、何とか両断寸前でブレードを受け止められました。
ジュァァァァァァァァッ!!
焼け焦げる様な押し合い。
私の『ソーラービーム』は、ラランテスの『ソーラーブレード』とかち合い、押し合っていた。
そして互いの草エネルギーが衝突するという事は、威力の高い方が勝つという事。
そして、そこにもはや速度差は意味がありませんわ!
ラランテス
「く…おおおっ!!」
女胤
「フフフ…アハハハハハッ!!」
私はルームの効果切れを確認した。
もう私に敗北は無い! 先ずは邪魔なエムリットを落とす!!
ジュァァァァンッ!!
ラランテス
「しまっ!?」
私のビームはラランテスのブレードを貫通する。
ラランテスは即座にブレードを構え直すがもう遅い。
鍔迫り合いに押し勝った私のビームは、空中のエムリットに向かって直進していった。
ドォンッ!!
女胤
「!?」
爆発音と共に、私はバランスを崩す。
ラランテスの『種爆弾』が肩に直撃しましたか…
威力を抑えて確実に当てに来た感じですね。
それでも中々に効きました…今ので左肩がやられ、腕が上がらない。
結果、ビームも軌道をズラされ、エムリットは比較的掠り傷で健在していました。
エムリットは地上にフラフラと落ちて行く。
それを見て、ラランテスはエムリットの側にすぐ駆け寄って安否を確かめた。
美しい主従関係ですわね…敵ながら素晴らしい従者ですわ。
ラランテス
「エムリット様!」
エムリット
「……!」
エムリットは何かをラランテスに伝えた様でした。
そして、ラランテスはキッと顔を引き締め、両手を胸の前で合わせて力を溜める。
ソーラーブレード? いえ、何かが違う。
次の瞬間、私は凄まじい殺気を感じた。
と同時に、ラランテスの体が突然オーラを帯び、突如として金色の巨大な蕾に包まれたのだ。
そして、そこから一筋の太い閃光が真上に伸びる。
私はここまでで最大の危険を感じ、迷わず『守る』を使った。
数秒後、それは私に向けて放たれる…
ラランテス
「私は、絶対に勝つ! 我が剣閃、受けてみよ!!」
「ブルーーームシャイン! エクストラァァァッ!!」
閃光は私に向け、1本の大剣の如く一気に振り降ろされる。
見た事もない技ですが、この障壁の前には…
ドジュゥゥゥゥゥッ!!
女胤
「なっ!?」
私は危険を感じ障壁の中で身を捩った。
そして、閃光は数秒後に障壁を真っ二つに切り裂く。
その中にいる、私の体ごと…
女胤
「アアアアアアアアアアァァッ!!」
障壁内で辛うじて横に身を捩るも、閃光の余波で私の全身が焼かれる。
障壁を破ったとはいえ、威力は相当減衰しましたわね…今のは流石に死ぬかと思いました。
彼女の言葉が身に染みましたわ…自信過剰だと。
私はその場で転がり、息を荒らげて苦しむも、意識を強く持って再び起き上がる。
予備の服だったとはいえ、ボロボロになってしまいましたね…
とはいえ、まだ裸にはなっていない…見た目的にはまだ中破止りなのでギリギリセーフですわ!
しかし、彼女が放ったあれだけの大技、連発するにはリスクがあるはず…
ここで、ここで確実に終わらせなければ!!
ラランテス
「はぁ…っ! はぁ…っ!!」
予想通り、相手は肩で息をしている。
そして彼女の両腕が焼け焦げているのが解った。
袖も完全に吹き飛んでボロボロなっている。
やはり相当な消耗を要する技だったという事ですわね。
これならば、まだ勝機はある!
ラランテス
(く…ぶっつけ本番というのがマズかった)
(クリスタルも途中で砕け散り、反動が両腕に来るとは…もう、この腕は死にましたね)
女胤
「ここで、確実に終わらせますわ!」
私は全身の痛みに耐えながらも、両手にエネルギーを集め、それらを『種マシンガン』として放つ。
しかし、私のそれは通常のそれとは違う。
さながら散弾銃の様に広範囲に広がり、ラランテスに逃げ場を与えなかった。
ドッバァッ!!
ラランテス
「グウゥアァァァァッ!!」
種マシンガンがラランテスの全身を一瞬で撃ち抜き、彼女は痛みに叫ぶ。
その際に彼女の帽子は吹き飛び、服もボロボロに千切れ飛んだ。
よく見ると、かなりのスタイルですわね…私よりも上のバストとは恐れ入りました!
しかし、これの目的はあくまで動きを止めるだけ。
私は動く度に増していく痛みに歯を食い縛って耐え、体を無理に動かしてでも一気に接近する。
本来なら遠距離で戦うのがドレディアのスタイルですが、今は接近した方が好機と踏みます。
私も…もうそこまでは動き回れませんからね。
ラランテス
「ぐぅぅっ!!」
ラランテスは両腕をだらりと下げながらも、愚直に突進して来る。
そのスピードはあまりに遅い、トリックルームが無ければこんな物ですか。
改めて、出会い頭で私を仕留められなかったのが、相手の敗因でしたね…
女胤
「…褒めてさしあげますわ、ここまでの執念を見せてくださるとは!」
ラランテス
「まだ、終わりではない!!」
ラランテスは壊れた両腕を振り上げて尚も力を溜めようとする。
ソーラーブレードを使わせる隙は与えません!
私は構わずに近距離で先程と同じ散弾型の種マシンガンを相手の腹に向けて放つ。
この距離でなら、ほぼ全弾当たります。
最低でも気絶していただきますわ!
ドッバァッ!!
ラランテス
「…ぐぅぅっ!! …ぬぅあああぁぁぁっ!!」
ドゴォォッ!!と、鈍い音が耳に響いた。
ラランテスは私の種マシンガンの接射を受けて尚、壊れた両腕をただ上から振り落として殴り付けたのだ。
何という、『馬鹿力』です、の…?
こ、これは…効きましたわ、ね。
ドシャアッ!
ラランテス
「あ……あぁ………」
ズシャッ!
互いに崩れさる音。
私は後頭部を強く打ち付けられ、前のめりに叩き付けられた。
ラランテスもダメージで後に倒れ去る。
私は、この時点で完全に意識を失った。
むしろ、生きているだけでも…僥倖、です…わ……
………………………
エムリット
「ララン、テス…お姉、ちゃん」
ラランテス
「…エムリット様、今なら…トドメは……刺せます、よ?」
エムリット
「…!!」
エムリット様は声に出さず、首をブンブンと横に振って涙を流した。
そう、ですね…エムリット様はお優しい方。
そんなエムリット様に…トドメを刺せなどと、どの口が言うのか。
私は、次第に意識が遠退いていくのを感じた。
腹は破られ、内蔵がボロボロにされている。
私は、もうここまで…ですね。
ですが、悔いはありません。
相手を戦闘不能にしただけでも、上出来でしょう。
ただ、エムリット様だけは何としても逃がさねば。
ラランテス
(ダメか…もう声も出せない)
(エムリット様、どうか読み取ってください)
(すぐに避難を…大庭園に行けばメイドたちが保護してくれます)
(そこで、全てが終わるのを待っていてください…)
私の意識は、ここまでだった。
最後の最期に、エムリット様が飛び立つのは見える。
良かった…伝わったの、です…ね……
ラランテス
(パルキア様…拾ってくださった恩、返せましたでしょうか?)
(先に逝く不義を、お許しください…)
(そして、どうか勝利を……)
ラランテスの体は限界を迎え、次第に光の粒子へと変わっていく。
世界の理に従い、死んだ者は存在を無かった事にされるのだ。
だが、ラランテスの死に顔は、とても満足そうだった。
あくまで己の主君に殉じ、忠実に従った、たったひとりの庭師。
その庭師の最期は、ただの笑顔だった……
………………………
阿須那
「かっ……はっ!」
ウチはいきなり顔面を拳で強打され、天井を仰いで倒れる羽目に。
今ので意識が飛びそうになったが、何とか持ち堪えられたわ…
幸い、体の芯に残る拳やない。
意識さえ絶ち切られんかったら、大したダメージや無いやろ。
ウチはすぐにその場から飛び起き、改めて相手を見据えた。
阿須那
(あれが、ゲンガー…か?)
見た時点で、まず違和感を覚えるレベル。
両腕はバランスが悪いと思える程に肥大化し、もはやハンマーとでも言える太さ。
そして、額に浮かぶ金色の第三の眼。
不気味を通り越して、恐怖すら覚えるその風貌は、もはや人間離れしているレベルやった。
アグノム
「どうだ? これがメガゲンガーだ!」
「覚悟しろよ? この状態のコイツは能力が相当上がる」
「もうお前のレベルアドバンテージはほとんどねぇ!!」
そう言ってアグノムは勝ち誇った笑みを浮かべる。
ウチは額から血を流すも薄ら笑った。
阿須那
「ククク…オモろい事言うやんか」
「ほな、少し遊んだるわ…まずは、これを食らってもらうがな!?」
ウチは両目を見開き、ゲンガーを直視する。
その瞬間、ゲンガーは一瞬たじろぐも、逆にウチを睨み返した。
ゲンガー
「何をしたのか知らねぇけど、小細工はさせねぇぞ!?」
「正面切ってかかって来な!!」
そう言ってゲンガーはウチを『挑発』する。
これで、ウチは小細工出来へん。
室内戦やし、特性の効果も薄い…これはチト面倒な事になるな。
阿須那
「ほなっ、正面切ってやったろうか!!」
ウチはゲンガーに向かって真っ正面から突っ込む。
すると、ゲンガーはしてやったりの顔で笑った。
ゲンガー
「バカが! まずは眠ってもらうよ!?」
ゲンガーはそう言って『催眠術』を使おうとする。
せやけど、技は発動せぇへん。
今度はウチがほくそ笑む。
阿須那
「アホが! 既に『封印』されてたのに気付かんかった様やな!?」
ゲンガー
「何っ!? キュウコンが催眠術使えんのかよ…!」
慌てて動こうとするも、もう遅い。
ウチはまず手堅く地盤固めをする。
全身から炎を纏い、ウチはゲンガーに全速力で右肘を構えて体当りした。
イメージ的には◯影拳やが、説明は省くで!
ゲンガー
「がはっ!? だが、こんなもんで!!」
ゲンガーはさっきのウチの速度を軽く超え、体を地面に滑り込ませながら一瞬で背後に回る。
ゴースト特有の嫌らしい動きは確かに厄介やな…
せやけど、もう慌てる事は無い。
こっからは、ウチの方が速いからな!
ダンッ!
ゲンガー
「んだとぉ!?」
ウチはゲンガーの速度を更に超え、相手の背後に回る。
ちなみに、さっきの技は『ニトロチャージ』や。
今のウチの速度は5割増…さぁ、どうする気や?
阿須那
「!?」
ウチは背筋にゾクリとする物を感じ、その場からすぐに飛び退く。
すると、ウチのいた場所の空間が突然弾けた。
この技、エスパータイプか?
せやけど、『サイコキネシス』やない…つまり、放ったのは!?
アグノム
「ちっ…俺様の『未来予知』をかわしやがったか!」
やっぱり、そういう事か。
面倒な限りやな…ただでさえ暴力的なメガゲンガー。
その戦闘中に安全地帯でアグノムが攻撃を放ってくる。
さて、どないするかな?
ウチは極めて冷静に考えた。
先にゲンガーを倒すか、アグノムを倒すか。
それとも、両方同時に倒すか…や。
考えるまでもあらへん。
どうせやるなら一遍にやった方が速いやろ!?
ゲンガー
「うおおおおぉぉっ!!」
ゲンガーはウチに向かって『シャドーボール』を投げる。
せやけどモーションが大きい、こんなん軽く後に退がれば…
阿須那
「!? な、何や!?」
ウチの脚が動かんかった…いや、正確には前には出れる。
せやけど、後には退がられへん!
ウチは上体だけを上手く反らし、何とかシャドーボールを回避するが、右肩を服ごと抉られる。
このぉ…お気に入りのコートをようも。
その後、背後で爆風が起こるが、ウチはとりあえず無視して状況を考察した。
この状態、『黒い眼差し』…か?
せやけど、ウチはそんな技食らった覚えは無い。
一体、どんな技を使ったんや?
そこで、ウチは奇妙な事に気付いた。
よくよく考えて見れば、あのゲンガーは浮遊出来たはず。
なのに、あのメガゲンガーは常に足を地に着けとる。
ここでウチは、まさか…の推測をした。
あのゲンガー…特性が変わった?
アグノム
「気付いたか? 今、そいつの特性は『影踏み』だ!」
「ゲンガーの足が地に着いている間、半径10m以内の獲物は本能的にそれ以上後に退がれなくなる!」
「さぁ、恐怖しろ! 俺様も『未来予知』で常にお前を狙ってるぞ!?」
阿須那
「ご講説、どうも…お陰で簡単に対策出来るわ」
ウチはそう言い、右足を強く踏み込んで足元の床を破壊する。
いわゆる『穴を掘る』なんやが、こういう場所やと当然真下に落ちる。
足音から高さを推測したけど、やっぱり2階以上の建物やったな。
ウチはニヤリと笑いらそのまま自由落下で下に落ちていく。
いくら影踏みと言えども、自由落下は止めれんっちゅう訳や。
ウチの意識の外の逃走やからな。
そして、ウチはそのまま半径10m以上の距離を離せた。
デカイ建物で助かったわ…1階層分で10m以上も高さあるとはな。
せやけど、このままやったらウチもタダでは済まん。
なので、ウチは右腕を着地寸前で地面に向かって薙ぎ払い、強烈な『熱風』を放った。
その風圧で落下速度は弱まり、ウチは悠々と着地に成功する。
そして、即座にウチは両腕で炎の塊を作り、真上に特大の『煉獄』を放った。
巨大な火球と化した煉獄は天井に着弾し、凄まじい熱量で天井を焼く。
すると、どないなるか? すぐに解る。
ゲンガー
「ぐあああぁぁぁぁぁぁっ!?」
アグノム
「ヤバい!? 逃げろゲンガー!!」
ウチは下の安全地帯でほくそ笑んだ。
見た感じ、この城はコンクリート製や。
下をぶち抜いた時、鉄筋も入ってなかったのを確認したからな。
ちゅう事は、この城は全面コンクリートで敷き詰められとると思われる。
ちなみに、コンクリートはウチの約1500℃の熱で熱しても融解する事はない。
つまり、熱伝導によって上は熱湯をぶっかけられたような温度にはなったはずや。
当然、そんなもん足にぶっかけられたらどうなるか?
軽い火傷にはなるやろ…痛みで当然動きは鈍る。
そして、奴の絶叫はウチに居場所も教える、と。
すかさず、ウチはゲンガーの足元と予想出来る天井に『神通力』を放つ。
ゴガァ!!
高熱で熱され、コンクリートの強度は低下しとる。
ウチはドンピシャで上から落ちてくるゲンガーを見据え、ゆっくりと落下地点に歩み寄って行った。
アグノム
「ゲンガー!!」
ゲンガー
「止めろクソ主人!!」
ここまでウチの予想通り。
そのままゲンガーが落ちれば落下衝撃でそもそも瀕死。
そして、助けるならアグノムは無防備や。
ゲンガーを助ける為に『念力』を使い、隙だらけとなったアグノムにウチは容赦無く『悪の波動』を右手で撃つ。
技後の硬直で、すぐには反応出来へんやろ。
ゲンガー
「ああああああああっ!!」
しかし、アグノムのお陰で助かったゲンガーは、迷いの全く無い反応速度で着地後にジャンプし、ウチの技を体を張って止めた。
…当然、波動の衝撃でゲンガー吹き飛び、メイド服をボロボロにして床に落ちる。
あのタイミングでよう間に合ったわ…流石のスピードやな。
せやけど、これで結果的にアイツは虫の息…さて、残りをさっさと片付けるか。
ウチはギロリとアグノムを睨む。
すると、アグノムはガタガタと震え、涙目になりながらウチを睨み付けた。
アグノム
「この悪魔め…!!」
阿須那
「ぬかすなクソガキ…ウチは逃げるなら見逃したると言うたで?」
「それでも戦う事を選んだんはアンタや」
「これは、殺し合いや…負けた方は死ぬんやぞ?」
「死ぬ覚悟の無いモンが、戦場に出て来るな!!」
ウチの強い言葉で、アグノムは我慢の限界を越えたのか、とうとう泣き叫んでしもた。
所詮は子供やな…何や弱い者イジメになってもうたわ。
もうアレはええやろ…放っといてもどうって事無い。
それよりも聖を探さんと…
ガッ!
阿須那
「なっ!?」
ゲンガー
「余所見なんて…余裕じゃねぇ、か……?」
虫の息のはずのゲンガーが、突然ウチの背中を羽交い締めにしてた。
しかも、力が強い…! どっからこんな力出るんや!?
アグノム
「ゲ、ゲン…ガー……?」
ゲンガー
「バカ、ヤロ…泣いてんじゃ、ねぇ…よ」
ゲンガーは息も絶え絶えにそう言う。
背後なので顔は見えへんが、ウチの後頭部に血の臭いがした。
相当出血してるのは明白や。
せやけど、振りほどけん! この状態で一体何する気や!?
ゲンガー
「…っ! さっさと逃げろ、クソ主人!!」
アグノム
「!? そ、そんな事…だってお前」
ゲンガー
「良いから行けよバカヤロー!! アタシを無駄死にさせる気か!?」
ゲンガーがそこまで振り絞った叫びで言うと、アグノムは泣き叫びながらその場から飛び去る。
アグノムは上の階や、もう追えん。
そして、叫ぶ事に力を使ったせいか、ゲンガーの腕が緩む。
ウチはこの瞬間にゲンガーを振り解いた。
そして、ウチはゲンガーが笑っていたのを見る。
この状況で…笑み?
ウチは最大の危険信号を発した。
今すぐウチは相手に背を向けて逃げ様とする。
…が、ウチの足は10mより、先には進めんかった。
マ・ズ・イ…!?
ウチがそう思った瞬間。
ゲンガー
(アバヨ…クソ主人……)
チュッ! ドオオオオオオオォォォォォォン!!
一瞬の閃光をゲンガーは全身から発する。
そして、その後ゲンガーは『大爆発』を起こし、ウチもろとも自爆した。
ウチの意識はそこで途切れる……
………………………
アグノム
「!? ゲ、ゲンガー…?」
俺様は、城をも揺らす大爆発を感じて真下を振り返る。
そして、俺様はダメだと解っていても、ゲンガーのいた戦場に舞い戻ってしまった。
アグノム
「あ、あぁ…っ!?」
舞い戻った戦場は酷く埃臭かった。
噴煙が大量に舞い上がり、視界は最悪。
俺様はそんな視界の中で、足元にゲンガーの右腕を見付ける。
俺様は、すぐにゲンガーを助けようと手を伸ばす…しかし。
アグノム
「ゲンガー! 大丈……」
噴煙が突風で散らされ、俺様は視界が晴れた先を見て絶句する。
そこで俺様が見た物は、バラバラになったゲンガーの体だった…
手を伸ばした先にあったのは、ただの右腕の肉片……
アグノム
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
爆発の熱量で血も蒸発し、見るも無惨な姿。
俺様はそれを直視出来ず、その場で嘔吐する。
胃が焼き付きそうだった。
思考も安定しない…まるで地獄絵図だ。
アグノム
「あぁ…あぁ……!」
そして、死を迎えたゲンガーは光の粒子へと変わっていく。
もう、これでゲンガーは世界の理により、存在を抹消された。
俺様の記憶から…ゲンガーはいなくなってしまう。
アグノム
「……しょう」
「…畜生畜生畜生!!」
「どこだ! 俺様の1番大事なメイドを殺した奴はぁっ!?」
俺様は、既に記憶から消えたメイドの仇を討つべく周りを見る。
何故そんな事を思ったのかは、俺様にも解らなかった。
ただそれでも、俺様には明確に敵意が残っている。
俺様は残った記憶と今の状況から推察して、メイドが殺されたと予想は出来たのだ。
そして、今は決戦時…俺様なら、1番大事なメイドを絶対に使う!
俺様は既に意識を憎悪に支配され、敵の姿を血眼になって探した。
すると10m程先、ボロ雑巾の様になっているキュウコンの背中を見付ける。
しかも、まだ生きてやがる…俺様は更に憎しみを膨れ上がらせる。
もう、マトモな思考も残ってなかった。
アグノム
「殺してやる…」
「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!!」
俺様は死にかけているキュウコンに向けて手をかざす。
そして、トドメを刺すべく技を集中した。
だが、そんな俺様の憎悪が神の逆鱗に触れたのか、突如俺様の上に何か巨大な物体が落ちてきた。
俺様はそれに押し潰され、腰から下が潰れて血を吐く。
どうやら、天井が落ちて来たらしい…
さっきの爆発で、崩落しかけていたのだろう。
ちゃんと気を付けてれば、音で解ったかもしれなかったのに…
アグノム
「ちく、しょぉ〜……!」
俺様は、死を理解した。
俺様はもう死ぬんだ…
そして同時に、全ての犠牲が無駄になったと確信する。
これで、ゲームオーバーかよ?
母さんと俺様たち姉妹…全員が生き残る事が勝利条件のこの戦いは、あまりにも呆気無く敗北が決定した。
アグノム
「…天罰、かな?」
俺様は血の気が引いていき、意識が遠退く中で、誰かが言った様な気のする言葉を思い出した。
憎しみで人を殺すな…だったか?
だったら…やっぱ、天罰だな……
俺様は…悪い娘だから……だから………
………………………
華澄
「!?」
愛呂恵
「進化完了、これより攻撃を開始します!」
愛呂恵殿の姿が変わっていた。
特に耳の形状が大きく変わり、まるで多関節の様な形状にも見える。
脚も筋肉の着き方が微妙に違う。
そして、拙者は理解した。
華澄
「これが、メガ進化!?」
瞬間、愛呂恵殿が高速突進して来る。
拙者は何とかそれに反応し、地面を叩いて『畳み返し』を使った。
壁の様に愛呂恵殿の正面でそびえる畳のオーラは、あらゆる攻撃を1度だけ防ぐ。
先ずはこれで眼を眩まし、拙者は直ぐに距離を取った。
構えを見ても、恐らく愛呂恵殿は接近戦タイプ!
それも格闘タイプの技をメインで使っていくスタイルと拙者は読む。
ならば、ここは無意味でも『影打ち』でゴーストタイプに変わっておきましょう。
ノーマルタイプの愛呂恵殿なら、これで大抵の攻撃は捌けるはず…
愛呂恵
「…無効攻撃確認、戦闘に支障無し、継続して突撃します」
バシッと軽い音が愛呂恵殿の体を打った。
拙者の影が愛呂恵殿に向かって伸び、それで攻撃したのだ。
しかし、ゴーストタイプの技はノーマルに無効。
拙者の攻撃は失敗しましたが、これにより拙者は特性でゴーストタイプに変わった。
愛呂恵殿がそれに気付いているかは微妙ですが、突っ込んで来る以上、ここは何とか凌いでみせる!
愛呂恵殿は目も霞む速度で拙者と距離を詰める。
恐らくは『電光石火』! これなら無効……
ドグゥッ!
華澄
「がっ!? はぁ…!!」
拙者はスピードが乗っただけの軽い膝蹴りを腹部にめり込まされる。
あり得ない…ゴーストにノーマルが当たるなど。
だが、この痛みは現実。
拙者は直ぐに右手で『水手裏剣』を1枚大きめに練り、それで目の前の愛呂恵殿の耳を狙う。
ミミロップは耳を腕の様に使う事の出来る種族。
先ずは戦闘力を削ぎ落とす!
愛呂恵
「!!」
愛呂恵殿は間髪入れずに上空へ跳び跳ねた。
10m以上はある、高い天井のスレスレまで一瞬で跳び上がるとは。
拙者は攻撃タイミングを外されるが、空中の相手になら確実に当てられる!
拙者はタイミングを見計らい、右手の水手裏剣をより大きく練った。
ですが、愛呂恵殿は拙者の考えをいとも簡単に覆してしまった。
ズバァン!
爆発音の様な音と共に、愛呂恵殿は天井付近の壁を蹴り、城内を『高速移動』する。
凄まじい瞬発力で壁の端から端へと、壁を蹴りながら高速移動していた。
これではとても容易に狙えない!
拙者は作戦を変える事にする。
ゴーストタイプの優位性が無いと言う事は、恐らく愛呂恵殿の特性は『肝っ玉』!
もしそうなら、タイプも何も無い。
愛呂恵殿は自分の得意な技を好きに叩き込めるという事になるのですから。
そして、あの速度と脚力…容易に拙者の骨や内蔵を一撃で持って行く可能性が高い。
華澄
(でしたら、ここは搦め手で行く!)
拙者は『影分身』で多数のダミーを作った。
高速移動しているとはいえ、愛呂恵殿の動きは直線的。
当たらなければ、どうという事はありませぬ!
そして拙者の狙い通り、愛呂恵殿は分身を攻撃して一瞬動きを止めた。
愛呂恵
「!! ダミーを攻撃、本物を検索…断定しました」
しかし、この一瞬で即座に分析され、あっさりと多数の分身から拙者の姿を一目で見付ける愛呂恵殿。
『見破る』かっ…これでは分身の意味も無い!
愛呂恵殿は的確な判断で徐々に拙者を追い詰めていく。
拙者は直ぐ様大きく息を吸い、口から『黒い霧』を大量に噴出した。
これで『高速移動』の効果は失われ、愛呂恵殿の速度は一旦落ちるはず。
拙者はこの間に素早く『身代わり』を張り、保険を掛ける。
身代わりは拙者に重なる様に本物と変わらぬ姿で拙者と同じ動きをトレースする技。
この状態なら状態異常も多数が無効、代わりに血を多少失いますが、まだ動きが鈍る程でもない。
愛呂恵
「速度上昇の効果解除を確認」
「高速移動の使用は無駄と判断、このまま突撃します!」
愛呂恵殿は高速移動を諦め、正面から突っ込んで来た。
ここが数少ないチャンス! 素の状態であるなら、まだ拙者の方が若干速い。
ここで何とか勝機を掴む!
愛呂恵
「最大攻撃技を持って、目標を抹殺します」
華澄
「望む所! 正面からお相手するでござる!!」
拙者は身代わりを盾に強引に行った。
水手裏剣を両手で1枚づつ練り、均等に威力を調整する。
そして、左の水手裏剣を先ず先に投げる。
ズバシャァッ!!
床を切り裂きながら、縦回転で電動ノコギリの様に愛呂恵殿に向かう水手裏剣。
それを愛呂恵殿は横に高速で跳んでかわす。
拙者はその位置を先読みし、右手の水手裏剣を放っていた。
狙いは愛呂恵殿の脚。
これで機動力を奪えれば!
バシャァッ!!
華澄
「!?」
確実に愛呂恵殿の着地硬直を狙った水手裏剣が、空中で突然爆散する。
今のは愛呂恵殿の技ではない…という事は。
ユクシー
「………」
華澄
「…ユクシー殿! 小細工は止めていただきましょう!!」
拙者は間を置かずにユクシー殿を『挑発』する。
これで3分程はユクシー殿の変化技を封印する事が出来る。
そして、この隙に接近していた愛呂恵殿は『飛び膝蹴り』を放った。
しかし、拙者は身代わりを失っただけで無傷。
とはいえ、衝撃で後には吹き飛ばされたな。
ダメージは無いものの、一瞬隙だらけになるのはつらい所です。
愛呂恵
「対象にダメージ無し、身代わりと推測」
「距離を詰め、再度最大攻撃技を放ちます!」
再び高速接近する愛呂恵殿。
もう身代わりは無い。
ユクシー殿のエスパー技は現在悪タイプの拙者には通用しない。
そして、このタイミングがギリギリでござる!!
華澄
「はぁーーーっ!!」
拙者は大きく息を吸い『煙幕』を愛呂恵殿に放った。
愛呂恵殿は既に前屈みで横に跳ぶ事は出来ないはず。
そして、煙幕を吐き終わったと同時、拙者は前のめりに身を伏せ、愛呂恵殿の攻撃を回避する。
愛呂恵
「!?」
ドゴァッ!! ガラガラガラ…
愛呂恵殿は見事に拙者の後の壁に激突した。
衝撃で壁は容易く崩れ、愛呂恵殿はフラフラと体を揺らす。
そして直後…
愛呂恵
「かはっ!!」
ビチャァッ!と、大量の血を口から吐く愛呂恵殿。
見た感じ、脚が折れたとかは無さそうですが、血を吐いた所を見るに、内蔵破裂でも起こしましたか。
むしろ、立っているだけでも恐ろしく感じますな。
ユクシー
「…愛呂恵!?」
華澄
「御免!」
バンッ!と音がし、ユクシー殿は力無く地面に落ちる。
拙者の『神通力』でユクシー殿の頭に衝撃を与え、気絶させました。
神とはいえ、体は幼子。
一応手加減はしましたので、死ぬ事は無いでしょう。
さて、後は…
愛呂恵
「…内蔵組織の破壊を確認」
「戦闘行動に支障有り…現段階で目標達成は困難と判断」
「よって、今出来る最大の行動は、ユクシー様を逃がす事と判断します!」
華澄
「なっ!?」
愛呂恵殿は拙者を無視し、迷わずユクシー殿の元に向かった。
そして、愛呂恵殿はユクシー殿を優しく抱き上げ、胸に手を当て、気付けをする。
ユクシー
「…かはっ!? …あ、愛呂恵?」
愛呂恵
「…ユクシー様、お許しを」
ユクシー
「…な、何を!?」
愛呂恵殿はユクシー殿を耳に乗せ、体を振り回してテラスの外に放り投げた。
凄まじい勢いで飛ばされた為、ユクシー殿はその場から一瞬で離脱してしまう。
華澄
「愛呂恵、殿…」
愛呂恵
「…最後の攻撃を遂行します」
「この命に代えても、ゲッコウガの華澄を排除します!」
愛呂恵殿は血を吐きながら拙者に向かって来る。
しかし、その動きは最早拙者を捉えられる速度では無い。
拙者は顔を俯かせ、心を殺して水手裏剣を放つ。
それにより、突進中の愛呂恵殿は右足を容赦無く切り落とされた。
愛呂恵
「!? …!!」
愛呂恵殿はバランスを崩しながらも、両耳と左足を地面に押し付け、そこから高く跳ぶ。
そして、血を撒き散らしながらも天井を左足1本で蹴り、拙者に向かって上から飛び掛かって来た。
落下速度もあってか、片足を失ってもスピードはほとんど落ちていない。
それよりも、高速移動を使って更にスピードを乗せている様でした。
華澄
「…!!」
拙者は全力で体を捻り、愛呂恵殿の飛び蹴りを間一髪かわす。
しかし、拙者は愛呂恵殿の執念を知る事になった…
華澄
「ぐっ!?」
ガッ!と愛呂恵殿は着地と同時に長い左耳を使い、拙者の首を絞めた。
そしてそのまま右腕を腰の下に構え、左足1本で屈む。
拙者は危険を感じ振り解こうとするが、愛呂恵殿の力は強く、とても振り解けなかった。
瞬間、拙者の腹を愛呂恵殿の右アッパーが貫き、拙者は愛呂恵殿の体と一緒に上空へと突き上げられる。
背中まで突き抜ける痛みに意識を失いそうになるも、拙者は強く意識を保った。
このままでは天井に拳ごと叩き付けられる。
そうなったら死は免れぬ…拙者はあっさりこの世を去る事でしょう。
故に…それだけは出来ぬが故!!
拙者は、容赦無く愛呂恵殿の胴体を…水手裏剣で横に両断した。
愛呂恵
「!! ……!?」
上半身と下半身が空中分解し、拙者たちは壁の手前で勢いを止める。
だが、拙者もそれが限界…後は力無く落ちて行くだけ…
このまま落ちれば、全身の骨が砕けて拙者も死ぬ。
ですが、ここで拙者は死ねぬ…!
拙者は最後の力を振り絞り、右手から『ハイドロポンプ』を床に放って落下速度を弱め、何とか生き延びた。
しかし、ここまでが拙者の限界。
あの一撃だけで、肋骨が多数折られ、内蔵に突き刺さっている。
拙者はうつ伏せのまま血を吐き、そのまま意識を失った…
………………………
愛呂恵
「………」
私は天井を仰いでいました。
胴体を両断され、10m近くの高さからコンクリートの床に叩き付けられ、骨も折れた。
もう、私は死ぬのですね…
やはり…勝てませんでしたか。
ですが、ユクシー様は守れました。
聖様は、褒めてくださいますか?
私は何故か、聖様の顔を思い出した時、涙が流れたのを理解した。
今まで、流した覚えの無い、涙を…
愛呂恵
(申し訳ありません…聖様)
(いえ、違いますね…訂正します)
私は自分の謝罪を否定する。
決して、後悔して消えてはいけません。
ですので…こう思い直します。
『聖様、今までありがとうございました』
………………………
聖
「…あ、愛呂恵、さん?」
大きな音の連続で、凄まじい戦いがあったのは理解していた。
そして、それが急に止んだ為、俺は勇気を出して外に出ると、そこには下半身の無い愛呂恵さんが横たわっている。
そして、愛呂恵さんはすぐに光の粒子となり、霧散していった…
聖
「………」
俺は呆然とする。
そしてしばらくした後、何か頭を打つ様な痛みがあった。
その瞬間、俺は理解する。
これが…消えると言う事。
愛呂恵さんは、光になって粒子と共に消えた。
そして、俺はやり場の無い悲しみに涙する。
覚悟はしていたのに…
でも、やっぱり悲しい…! こんなの、悲しすぎる!!
それでも、俺は絶望するわけにはいかない。
俺には…まだ家族がいるのだから。
聖
「華澄ーーー!!」
俺は、およそ3か月振りとなる家族の名を大声で叫ぶ。
華澄もボロボロにされている、愛呂恵さんの爪痕が見て取れた。
見ると、白いシャツの腹部辺りから血が滲み出している。
軽く触って俺はギョっとした。
多分肋骨が相当折れてる! このままじゃマズイ!!
俺は優しく華澄を抱き上げ、軟禁室のベッドに華澄を優しく乗せてやる。
華澄は完全に気を失っており、ピクリともしない。
だが呼吸はしてるし、脈もとりあえず正常だ。
ホッとして良いのか解らないが、とりあえず死んではいない。
でも俺じゃ治療なんて出来ないし、ここは華澄の生命力を信じるしかないのか?
そして、俺は他の3人の事も気がかりになった。
皆、こんな風にボロボロにされてるんじゃないのか?
そう思うと、俺はすぐにそこから立ち去ろうとする。
そして、華澄の安らかな顔を見届け、俺は部屋の外に走り出した。
………………………
ユクシー
「………」
私はテラスから外に放り出された後、音が途切れたのを確認し、もう1度3階へと入って行った。
もう、消えたであろうメイドの名も、思い出せないけど…
城の3階は、所々穴が開いているだけで何も無い。
私は穴から更に2階へと降りた。
ユクシー
「……あ、あぁ!?」
私は絶句する。
近くには、倒れているものの、まだ辛うじて生きているキュウコン。
そして、その少し離れた所に、妹のアグノムが天井の下敷きになっていたのだ。
私は絶望し、アグノムの側に寄る。
私の姿を見て、アグノムは弱々しく眼を開けた。
アグノム
「…姉、さん」
ユクシー
「…喋っちゃダメ!! まだ、まだ!!」
アグノムは横にゆっくり首を振る。
私は無視してアグノムを下敷きにしている天井を『念力』で持ち上げてどかした。
そして、私はまた絶句する。
アグノムの下半身はグチャグチャに潰され、胃や腸が夥しく飛び散っていたのだ。
私は確信する…もう、終わりだ……
私は眼を瞑ったままその場で膝を着き、天を仰いで泣いた。
アグノム
「…天罰だよ」
「憎しみで戦ったから、天罰を食らったんだ…」
アグノムは弱々しい声でそう呟く。
もう助からない…解ってる。
それでも、アグノムは言葉を続けた。
アグノム
「…こんな事になるなら、もっと良い娘にしとけば良かった」
「ごめん…な、さ……い………」
最期にそう言い、アグノムはこの世を旅立つ。
そして、すぐに光の粒子となり、理によって存在が消された。
ユクシー
「…終わってしまった……こんな、こんな簡単に」
「…う、あぁ…ぁぁぁぁぁぁぁぁっ…!」
どうしようもない絶望感。
もう私は、この場から動く事も出来なかった。
誰の為に泣いているのかも忘れ、私はその場でうずくまる事しか、もう出来なかった…
………………………
聖
「くっそ、皆どこにいるんだ!?」
エムリット
「聖お父さーん!!」
部屋を出た後、突然エムリットちゃんが俺の胸に飛び込んで来る。
俺は衝撃でフラつくも何とか抱き止め、エムリットちゃんの顔を改めて見た。
エムリットちゃんは顔をクシャクシャにして泣いている。
よっぽど怖かったんだな…
俺は、優しくエムリットちゃんを抱き締め、頭を撫でてあげた。
聖
「大丈夫だよ、エムリットちゃん」
「俺が守ってやるから、一緒に行こう?」
エムリット
「…うんっ」
俺は、一瞬で気が遠くなる。
体を離したら、エムリットちゃんの体が光の粒子になっていくのだ。
この時、不覚にも俺は忘れていた…そして気付く、特異点の意味を。
エムリットちゃんが俺に近付かない様に徹底されていた理由はこれなのだ…
こんなにも…こんなにも簡単に、消えてしまうのか!?
エムリット
「お父さん…やっぱり、大好きなのです♪」
その言葉を最後に、笑顔でエムリットちゃんは消えてしまった。
何てこった…俺、何て事を……
聖
「…ぅ、うあああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」
俺は叫び声をあげた…つらすぎる、苦しすぎる!
いっそ死んでしまいたい!!
だけど、それでも俺は絶望するわけにはいかない…!
だって、約束したじゃないか…!?
俺の罪は、後で清算するんだ…今は、今は前に進む!!
俺は、泣きながらも下の階に降りて行く。
まだ、俺を待っている家族がいるはずなんだ!
聖
(ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい! パルキアさん!!)
(俺が、俺がエムリットちゃんを、消してしまった…!!)
………………………
守連
「…パルキアさん」
パルキア
「………」
目の前で相対するパルキアさんは、落ち着いていた。
ううん、何だか無理に落ち着いてる様にも見える。
私はパルキアさんの話を聞いて戦意を失い、力無く項垂れている。
戦いたくない…私がいるから、この人がこんなにもつらい目にあっている。
だったら、私…生きてる価値なんて。
ドガァッ!!
突然、視界がブレて私の体は横に吹っ飛ぶ。
何が起こったのか解らず、私は右側頭部の痛みに苦しみ、床を転がった。
パルキアさんはその場から一歩も動いていない、ただ、右腕を横凪ぎに振るっただけの様だ。
パルキア
「そろそろ、甘えるのは止めようか?」
守連
「…え?」
パルキアさんは冷たい言葉でそう言う。
私はゆっくり起き上がり、再びパルキアさんを見た。
パルキアさんの顔は、まるで怒りを我慢しているかの様な表情にも見える。
パルキア
「戦うんだ、守連ちゃん」
守連
「戦う理由が解りません」
パルキア
「聖君はオレが貰っても良いのかい?」
守連
「構いません、パルキアさんならきっと聖さんを守ってくれる」
ドガァ!
今度は逆の側頭部に痛みが走り、また吹っ飛んだ。
パルキアさんは左の裏拳を振り抜いている。
だけど、やっぱりパルキアさんはその場から一歩も前には出てない。
飛び道具にも見えないのに、何故あの距離から拳が当たるの?
少なくとも、パルキアさんとの距離は5m以上はある。
当然手の届く範囲じゃない。
私はそんな事を考えるものの、答えを導ける頭は持っていないからどうにもならなかった…
私はフラフラと立ち上がり、再びパルキアさんを見る。
気絶する程じゃない…パルキアさんは手加減してくれているんだ。
まるで、私を叱りつける様に…
私は、また胸が痛くなった。
パルキア
「それ以上、聖君の覚悟を侮辱するな…」
守連
「!?」
パルキアさんは静かに怒りを燃やしている。
違う、パルキアさんは戦う事に怒りを感じているんじゃない。
私が戦わない事に怒りを燃やしている。
聖さんの覚悟…こんな、残酷な戦いの覚悟。
守連
「…聖さんは、こんな戦いを望んだんですか?」
パルキア
「まさか? 必至になってどうにかしようとしてくれたよ、ずっと」
「だけど、何をやっても無理なんだ…聖君もそれに気付いた」
「だから、聖君は覚悟してくれた」
「オレが勝っても、君が勝っても、決して誰も恨まないと言ってくれた」
「オレたちも、君たちも、皆大切な家族だと…」
「そう、言ってくれたよ……」
パルキアさんの言葉に、私は涙した。
声には出さず、ただ右拳を強く握り締め、聖さんの顔を思い出す。
聖さんの笑顔、聖さんの温もり、聖さんの優しさ。
全部、全部大切な物だ。
そして、そんな聖さんは、失う覚悟をしてしまった。
この時、私に重く重圧がのし掛かったのを感じる。
きっと、聖さんは今も私に頑張れと言ってくれてる気がした。
多分、パルキアさんにも、同じ事を言ってるのだと思う。
パルキアさんは、戦う事しかもう出来ない。
なのに私は戦意を失って、聖さんの応援も覚悟も見なかった事にするなんて…それは、確かに侮辱だ。
私は、心の中で聖さんに謝罪する。
そして、私は体内の電力を徐々に上げ、戦意を高めていった。
バチバチバチィ!と、足元から青白いスパークが発生し、それが私の攻撃性を示す。
パルキアさんは、それを見て優しく笑った。
そして……
パルキア
「今度こそ、戦ってくれるね?」
『とりあえず、彼女いない歴16年の俺がポケモン女と日常を過ごす夢を見た。だが、後悔はしていない』
守連
「はい、私は……」
強く思う。
そして、絶対に負けないと鼓舞する。
私はキッ!と、強い眼差しでパルキアさんの優しい顔を見て、しっかりこう答えた。
第4章 『あなただけに送る、花言葉』 完結
守連
「私は、絶対に勝ちます!!」
第11話 『赤い薔薇の…花言葉』
守連
「……!!」
私はある程度の電力を高めた所で、まずは『10万ボルト』を放つ。
強力な電気の帯が鞭や蛇の様にしなり、デタラメな軌道でパルキアさんを襲う。
だけど、パルキアさんは何も動じずに笑顔のまま。
そして、電撃に当たる前にパルキアさんはその場から消えた。
守連
「!?」
私は危険を感じ、すぐにその場から思いっ切り前にステップする。
すると、私のすぐ背後で凄い風切り音がした。
どうやら、パルキアさんが背後から右拳を振るって来ていた様だ。
パルキア
「よくかわせたね〜流石と言うべきかな?」
守連
「これが…パルキアさんの能力!?」
パルキア
「そっ、いわゆる空間操作って奴…」
「実の所、そこまで簡単な能力じゃ無いんだけど…」
「こうやって一瞬で転移したり…」
気が付くと、また私の背後にパルキアさんが転移する。
私はすぐに反転し向き直るが、その瞬間に側頭部を殴打されて吹っ飛ばされた。
さっきと同じだ…パルキアさんは手の届かない位置から打撃を放てる!
パルキア
「とまぁ、こうやって好きな空間を殴れたりは朝飯前さ」
「とはいえ、こんなのは簡単な使い方だからね〜」
「目に見える範囲じゃないと攻撃には正確な座標が絞れないし、座標が解らない所への転移は危険度が高い」
「つまる所、考え無しにポンポン使える訳じゃないんだよ」
「まぁ、この戦いの範囲程度なら、ほぼ問題無いけどね♪」
「さ、どうする? 講義はここまでだけど、対策はありそう?」
「無ければ…一瞬で終わるよ?」
パルキアさんは右腕を腰の後に大きく振りかぶる。
私は危険を察知しすぐに『高速移動』で加速した。
まるで風を切る私の速度に、パルキアさんは顔をしかめて動きを止める。
やっぱり! いくらパルキアさんの空間操作といえども、使うのはあくまで人間の脳。
反射速度さえ上回れるなら、攻撃はそうそう当たらない!
私はそれを確認し、更にギアを上げた。
一足跳びで数mを移動し、電気の帯を引いて私はパルキアさんに接近する。
ブンッ!という風切り音と共に、私の拳は空振った。
体勢を崩し、私は勢いのまま床を転がるも、すぐによつん這いの状態から跳ね飛び、トップギアまで加速する。
1秒前まで私がいた場所で何か凶悪な音が聞こえた。
通常の打撃じゃない…! 多分パルキアさんの技だ!
パルキアさんが言う様に、当たれば一瞬で終わる威力。
私は絶対にもらうわけにはいかないと気を引き締める。
だけど、あの転移と攻撃をどうやって対処する!?
少なくともこの速度で走り回っても捉えられない。
何か、別の作戦がいる…だったら!!
パルキア
「…流石に速いな」
パルキアさんは顔をしかめてそう言う。
私は最高速でパルキアさんに近付き、拳を握った。
そして、それを構えてパルキアさんの顔面に放つ……
パルキア
「!!」
守連
「はあぁぁぁっ!!」
…振りをした。
パルキアさんは、私の『フェイント』に反応し、直ぐ様背後に転移する。
そして私はそれを先読みして転身し、パルキアさんとの距離をすぐに詰めたのだ。
パルキアさんは攻撃を受ける前に再び転移、私はまたフェイントでそれを追う。
闘技場の端から端までを、私たちは一瞬で何往復もして行く。
端から見れば、部屋では青白い電気の帯が大量に糸を引いているのが見える事だろう…
だけど、これは我慢比べだ。
パルキアさんが、どこまでこの能力を使い続けられるか解らないけど、私も体力は無限じゃない。
既に息は切れ始めている。
だけど、速度はこれ以上落とせない!
パルキア
(くっ…あまりの速度に座標指定が間に合わない!)
(このままだと捕まる…!)
守連
「捉えたぁぁぁぁっ!!」
パルキアさんの転移タイミングが一瞬遅れた隙を、私は見逃さなかった。
この間、恐らく0.5秒前後。
そんな僅かな反応差が、私の拳をギリギリ届かせる。
メキ…ッ!と、右拳がパルキアさんの左頬にめり込む。
だけど、当たりが甘い! あまりの速度に私も距離感が正確に掴めなかったのだ。
それでもパルキアさんは軽く吹き飛び、背中から壁に叩き付けられた。
私はこの機を逃さずに追撃する。
パルキア
「!!」
パルキアさんはまた転移した。
私は若干遅れるも、パルキアさんもダメージは大きいと踏み、すかさず追う。
この距離なら、まだ間に合う!
私はトップギアのまま転移した先へと飛び込んだ。
そして、パルキアさんの顔面にもう1度拳をめり込ませるべく振りかぶると…
ゴッ!!
守連
「がっはぁっ!!」
攻撃する寸前、地面に叩き落とされた。
思いっ切り背中を上から殴られ、背骨が軋むのを感じる。
パルキアさんはそれ以上転移せず、その場で反撃してきたのだ。
しかも攻撃だけを転移させ、私の背中を思いっ切り殴り付けた。
幸いただの打撃だったし、まだ死んではいない。
私は血を吐いてゆっくり起き上がり、パルキアさんの顔を至近距離でしっかり見据える。
パルキアさんは、笑っていた…
パルキア
「はっ…ははっ…本当に凄いね、守連ちゃん」
「やっぱり、バケモンだ…オレの力でも届きそうにない」
パルキアさんはそんな軽口を叩くも、目は諦めていない。
何がなんでも勝つという、強い意志がパルキアさんを最後まで支えるのだろう。
だけど、それなら私も同じ条件だ…!
守連
「ゴメンなさい、パルキアさん…」
「私は勝ちます」
「勝って…聖さんに抱き締めてもらいます」
私の言葉を聞き、パルキアさんは声に出して笑った。
そして、次の瞬間パルキアさんは転移する。
私も呼応する様にそれを追う。
後、何度繰り返すのか解らないデッドヒートがまた始まる…
守連
「あぁぅ!!」
ズダンッ!と、私の体はまた地面に突っ伏す。
パルキアさんは転移してから、先読みで攻撃を最速のタイミングで合わせて来たのだ。
今の私の体力で、これはかわせない…?
私は残りの体力を考え、方針を変える事にした。
このまま続ければ、体力が圧倒的に劣る私だ。
それなら、いっその事部屋全体を攻撃すれば良い!!
ただし、耐えられたら私の方が負ける。
私は、すぐに同じ様にフェイントで飛び込んだ。
パルキアさんも同じ様に転移してそれをかわす。
ここで私は、更にフェイントで飛び込む『振り』をする。
瞬間、パルキアさんは腕を振りかぶるモーションを取ろうとした。
私はその瞬間、残っている全電力を部屋全体に解き放つ!
守連
「あああああぁぁぁぁぁっ!!」
パルキア
「ぐっ!? うがあぁぁぁぁぁっ!!」
私の全力全開の『放電』が、部屋全体を電撃で埋め尽くす。
流石のパルキアさんもコレをかわせるわけはなく、マトモに1億ボルトを越える電撃を浴び、後に倒れた。
かくいう私も、電気玉に蓄積された全ての電力を使い果たし、満身創痍の状態。
もう、『電気ショック』も出せない…
でも、私が…勝った!
守連
「はぁ……はぁ……」
私は天を仰ぎ、肩で息をする。
もう立っているのもつらい…私は近くの壁に背を預け、そのまま力無く座り込んだ。
パルキアさんは、仰向けになって倒れており、それ以上動かない。
そのまま気絶しているのだろう…
私も、少し『眠る』事にする。
せめて、体力を回復させないと……
………………………
聖
「阿須那!?」
俺は2階まで降りた所で、阿須那の姿を見付ける。
全身ズタボロになっており、こちらも死にかけていた!
とはいえこんな大怪我、俺に治療なんて出来ない!
どうすれば良いのか解らないが、とりあえず声をかける。
聖
「阿須那! しっかりしろ、阿須那!!」
阿須那
「…あ? さ、聖…」
「良かった…無事、やったん、やな……」
阿須那は息も絶え絶えにそう喜ぶ。
こっちは逆に笑えない。
一体どうすれば良い!?
阿須那はこのままで大丈夫なのか!?
何処かに傷薬でもあるのか!?
それとも元気の欠片か!? 塊!? もう聖なる灰じゃなきゃダメなのか!?
阿須那
「ちょっと落ち着き…ウチは大丈夫や」
「ダメージは大きいけど、ちゃんと勝った…」
「…他の、皆は?」
阿須那は安心させる様にそう言う。
少し、声に力が戻った様だった。
なら信じよう…阿須那が大丈夫と言うなら。
聖
「…俺はまだ華澄にしか会ってない」
「華澄もボロボロで、かなりヤバそうな状態だった」
俺の冷静な声に、阿須那は息を大きく吐く。
とりあえず安心した様な顔だな…まだ、女胤と守連が見付かってないのが気掛かりだが。
阿須那
「…ちぇっ、結局華澄が1番乗りかいな」
「まぁええわ…聖、早く他のふたりを探し」
「ウチは『眠る』で体力回復させるさかい、ここで寝るわ…」
「多分、華澄もそうしてるはずやで…?」
阿須那は言うだけ言って、さっさと寝てしまう。
何て言うか…これで回復させるってんだから、やっぱポケモンなんだな〜
でもそうか、華澄も眠るで回復してるんだな…
俺はとりあえずそれを聞いて安心し、周りを見渡す。
この階も凄い激戦だったんだな…天井がかなり崩れてる。
阿須那の炎の怖さが解る…コンクリートが石灰化してるぞ。
俺はそんな事を思いながら、足元を見るとギョッとした。
何と俺の足元には、うずくまって丸まっているユクシーちゃんがいたのだ。
聖
「ユクシーちゃん!! 無事だったのか!?」
ユクシー
「…聖、さん」
ユクシーちゃんは顔を上げて俺を見た(目は瞑ってるが)。
相当泣いていたのか、顔に涙の筋の跡が見える。
ユクシーちゃんは弱々しく立ち上がるも、体に力が無かった。
まるで、人形の様に…生気を失っている。
俺はユクシーちゃんの両肩を優しく掴み、優しく声をかけた。
聖
「ユクシーちゃん、しっかりするんだ!」
ユクシー
「…もう終わりよ、私たちは結局何も出来なかった」
「…やっぱり、抗えなかった」
ユクシーちゃんは、もう絶望していた。
こんな姿、見た事無い。
改めて、この戦いの凄惨さを思い知る。
そして、俺は自分で消してしまったエムリットちゃんの笑顔を思い出して、また泣きそうになった。
何て言えば良いんだ…? けど、黙ってるなんて俺には出来ない!
聖
「ユクシーちゃん…落ち着いて、聞いてくれ」
本当に、こんなユクシーちゃん相手に俺が消しましたって言うのか!?
そんな残酷な事無いんじゃ…?
だけど、俺は嘘を言う事の方が怖い。
俺が悪いのなら、俺が裁かれなければならないのだから…
聖
「…ゴメン」
ユクシー
「…え?」
聖
「俺が、エムリットちゃんを…消してしまった」
ユクシー
「…エムリットって、感情ポケモンの?」
「…何があったの? 消してしまったって……」
「……?」
何だか、おかしな返答だった。
ユクシーちゃんはよく解っていない、という風に考えてしまう。
そして、何かに納得したかの様に、俺の方をしっかりと向いた。
ユクシー
「…そう、そういう事なのね」
聖
「え? えっ?」
勝手に納得されてるが、俺にはちんぷんかんぷんだ。
だが、ユクシーちゃんは静かに、落ち着いた声で言葉を放った。
ユクシー
「…聖さん、今から言う事を、よく聞いて」
聖
「え? あ、ああ…分かった」
ユクシーちゃんはいつもの抑揚を取り戻し、淡々と言葉を続けていく。
そして、それは…おおよそ俺には理解出来ない内容だった。
ユクシー
「…私たちは、元々滅ぶ定めだったの」
聖
「…!?」
ユクシー
「…特異点に引き寄せられ、貴方の世界に辿り着き、『人化』した私たち」
「…だけど、その世界の『理』はそれを許さなかった」
「…選ばれた4人以外のポケモン娘は、いかなる理由でも世界に留まり続ける事は出来ない」
「…だけど、唯一お母さんだけは空間操作の力を使い、理から逃げ続けた」
「…今いる空間を、お母さんの作った別空間に剥離させる事により、常に時間の概念からズレる事で、理の制限時間を伸ばし続けたの…」
正直、混乱している。
恐らくユクシーちゃんが今語っているのは、俺が知りたくてやまなかった真相だ。
そして、その真相を語る事は、恐らく消える事を示している。
俺は、止められなかった。
ユクシーちゃんは、もう覚悟している。
例え自分が消えても、俺に真相を話そうとしている。
俺は、拳を強く握り締め、その言葉を頭に叩き込んだ。
ユクシー
「…それでも、逃げ続けるのには限界があった」
「…やがて、10年の月日を様々な空間で過ごす内に、お母さんは理のからくりに気付いたの」
「…そして、滅ぶ運命を回避する唯一の可能性を見付けた」
「…それが、今回の計画」
「…ピカチュウ、キュウコン、ゲッコウガ、ドレディアの4人を殺し、理の力で存在を消した後、私たちがその4人に成り代わる計画」
聖
「何…だ、と……?」
その計画は、あまりに身勝手な物だった。
だけど、それが悪意ある選択でないのは俺にはもう解っている。
消えるしかないんだ…誰だって死にたくなんてない!!
だから、パルキアさんは家族の為に、大事な娘たちの為に、手を汚そうとしたんだ。
ユクシー
「…そろそろ、私も消えるわね」
「…最期に、これだけは胸に刻んで」
「…お母さんは、本当に貴方を愛しているから」
「…短い時間でも、お母さんは貴方が本気で好きだった」
「…だから、お母さんを……許して」
聖
「解ってる! 俺に出来る事があるなら必ず成し遂げる!」
「俺がパルキアさんを恨む事なんて、絶対に無い!!」
俺の強い意志を聞き、ユクシーちゃんは初めて笑った気がした。
そして、光の粒子に変わる間際、最期にこう付け足す。
ユクシー
「…貴方に渡したバックアップ、出来ればお母さんに渡してあげて」
「もう、娘の事も忘れてるだろうから…」
それを最期に、ユクシーちゃんは完全に消えてしまった。
忘れる…どういう事なんだ?
俺は、ふと服の中に隠していた手記を見る。
そこには、ここに至るまでの約3ヶ月が記されている。
何年経っても忘れない様に、いつでも思い出せる様に。
俺はそれを服の中に戻し、走って下に向かった。
………………………
聖
「!? 女胤!!」
女胤
「く…聖様?」
女胤はフラフラしながらも起き上がって俺を見る。
そして、頭から血を滴しながら笑った。
服もボロボロで、完全に中破状態だな。
俺はすぐに駆け寄り、女胤に肩を貸した。
女胤
「…聖様、私の事は良いのです、早く…他の皆様を」
聖
「後は守連だけだ! お前もどこか休める所に…」
女胤
「無用です、私は『光合成』で回復出来ますので…」
「早く、守連さんを…恐らく上に居なかったのなら、下だと推測します」
下となると、地下か?
確かパルキアさんが、地下に闘技場とか色々あるって言ってたな…よしっ。
俺は女胤から離れ、地下への階段を目指した。
女胤は安心する様に俺に手を振ってくれる。
………………………
聖
「…こ、ここか」
俺は地下への階段を発見し、そこを降りて行く。
灯りはあるが、薄暗い。
足元に注意しながら進まないとな…
そして、俺はそこからさほど時間をかける事なく、闘技場らしき部屋を発見した。
案外解りやすい位置にあるんだな…ドアプレートに『Training Room』って書いてある。
俺は、既に音も無い部屋のドアをゆっくりと開け…
バチッ!
聖
「げっ! 何だこのドアノブ!?」
俺がドアノブに手をかけると、静電気とは思えない様な強烈な電気が走っていた。
間違いなく守連の仕業だな…
俺は手に服の袖を長くして巻き付ける。
そして、その手でドアノブを一気に捻ってドアを開けた。
バンッ!
聖
「守連! パルキアさん!?」
俺は中に入った瞬間、ふたりの名前を叫ぶ。
既に決着は着いている様で、仰向けに倒れているパルキアさんと、壁に背を預けている守連の姿が見えた。
俺は、とりあえず近い位置のパルキアさんにまず駆け寄る。
パルキア
「…やぁ、聖君 」
聖
「パルキア、さん…」
パルキアさんは、全身が焼け焦げた様に黒ずんでいた。
目は虚空を向いており、焦点が俺に合っていない。
既に力は使い果たしたのか、起き上がる気配も無かった。
パルキア
「…やっぱり、負けちゃったよ」
聖
「…はい」
パルキア
「悔しいなぁ…一緒に過ごした時間は、あまり変わらないはずなのに」
確かにそうだ。
守連と出会ったのは、6月後半。
そこから10月頭位までの間だから大体3ヶ月ちょっとだ。
パルキアさんとは、そこからクリスマスまで。
こっちは3ヶ月足らずだが、過ごした時間は確かにあまり変わらなかったかもしれない。
聖
「…娘さんの事、覚えていますか?」
俺はあえて、そう聞いてみる。
ユクシーちゃんの言葉がどうしても理解出来なかったからだ。
本当にパルキアさんは忘れているのか?
だが、その答えはあっさりと帰って来た。
パルキア
「…? オレに、娘なんていないよ?」
本当に忘れている様だった。
俺は戦慄する。
消えるという事は、存在その物を消されるという事なのだ。
1度消えれば、その人は歴史上もういなかった事になる。
こんなに怖い事は無いと、俺は素直に恐怖した…
そして俺は、ユクシーちゃんから預かったバックアップメモリーをパルキアさんに渡す事に…
パルキア
「…?」
聖
(パルキアさんに、記憶を…)
パルキア
「…あぐぅっ!?」
俺が額に手を当て、そう願うとパルキアさんは俺の時と同じ様に苦しむ。
だけど、俺の時程つらそうでもなかった。
パルキア
「あ…あぁ……?」
「…そっかーもう、皆いなくなってしまったのか…」
「悔しいなぁ〜結局…全滅だなんて」
パルキアさんは顔に右手を当て、泣いていた。
思わずもらい泣きしそうになるが、俺は堪えてパルキアさんを慰める。
聖
「パルキアさんは十分やりました」
「俺は、パルキアさんに沢山勇気をもらいました」
「…でも、謝らないといけない事もあります」
パルキア
「何、を…?」
聖
「エムリットちゃんを消してしまいました…」
「本当は知っていたはずなのに、それでもあの状況で抱き締めてあげないなんて、俺には出来なかった…!」
「俺が危険な特異点という事も、忘れて…」
俺は溢れそうになる涙を堪え、そう告白した。
パルキアさんは、一切俺を責める様子は無く、微笑んでこう言ってくれる。
パルキア
「…エムリットは、最期に何て言ってた?」
聖
「えっと…俺の事、大好きって」
そう聞くと、パルキアさんは嬉しそうな顔をした。
涙の筋がパルキアさんの頬を辿り、床に落ちて行く。
そして、パルキアさんは…
パルキア
「…ありがとう聖君」
「エムリットだけでも、幸せに消してくれて」
「皆、きっと悔しい思いや、失意の念できっと消えてしまった事だろう」
「だから、せめてひとりだけでも、君のお陰で幸せになれたのなら…それは、本当に良かった」
それは、余りにも悲しい感謝だった。
確かに、エムリットちゃんのあの笑顔は、幸せそうだったけど…
でも、消えなきゃならないなんて…!
守連
「…パルキアさん」
パルキア
「…おめでとう、守連ちゃん」
「君たちの…勝ちだね」
気が付くと、守連が側まで来ていた。
そして、パルキアさんを一瞥し、すぐに俺の胸に飛び込んで来る。
俺はその小さな体を優しく抱き止めてやった。
守連は声を出さずに泣く。
寂しかったのだろう、つらかったのだろう。
色んな思いを胸に、守連はここまで戦い抜いたのだ。
聖
「頑張ったな、守連」
守連
「うんっ! うんっ!!」
パルキア
「…羨ましいなぁ」
「オレも、そうなりたかったよ…」
聖
「パルキアさん、本当に消えてしまうんですか?」
「本当に、これ以外の道は無かったんですか!?」
パルキア
「あれば、良かったのにね…ホント」
「だけど、もう終わりだよ…君は自由だ」
「どうか、幸せに…」
パルキアさんは、悔しそうな顔を一切せず、そう言ってくれる。
本当は、叫んででも俺を引き止めたいはずだ。
泣いてでも止めたいはずだ。
それでも、パルキアさんはそうしなかった。
そこには、もう諦めの念があるのかもしれない。
こんな、戦い…もう2度とゴメンだ!
パルキア
「あ、そうそう…」
「聖君、コレ…受け取ってくれないかな?」
そう言って、パルキアさんは空間操作で何も無い場所から花束を取り出す。
綺麗に手入れされており、大切にされているのがよく解る、赤い薔薇の花束だった。
パルキア
「花言葉は知らないんだけど、君に渡すなら、これが一番良いって、ラランテスが…」
俺は無言でそれを受け取った。
赤い薔薇の花言葉…俺は、ラランテスさんから聞いた事があるから知ってる。
それは…その意味は、ベタだけど1番シンプルでもある大切な人への言葉。
その、花言葉は……
パルキア
「!? 危ない聖君!!」
聖
「えっ!?」
突然、起き上がって叫んだパルキアさんに俺と守連は弾き飛ばされる。
それによって俺の手から花束が離れ、次の瞬間。
ドチュウッ!!
そんな、肉を貫く音が聞こえた。
俺は、頭が真っ白になる。
今、俺の目の前で、心臓を貫かれたパルキアさんが。
だが、そんな状態だというのに、パルキアさんの顔は安心した顔だった。
そんな優しい笑顔に、薔薇の花弁が周りに舞落ちている。
そして、パルキアさんの胸を貫く、手刀を構える謎の存在。
こちら側からは背中しか見えず、詳細は解らなかったが…
ソイツは、パルキアさんと似たような形の青い尻尾があり、頭には角。
青い髪がゆらりと揺らめき、その持ち主の顔がゆっくりとこちらを向く。
だが、次の瞬間…俺たちはそこから消えた。
………………………
?
「ちっ…最後の最期で足掻くとはな」
「特異点を転移させたか…」
パルキア
「…残念だったね」
「聖君は決して殺させない、何があってもね…」
心臓を貫かれたまま、オレの体が光の粒子へと変わっていく。
遂に終わりの時が来た。
最後の最期で、聖君を護れて良かった。
?
「しかし、貴様には手こずらされたが、遂に特異点を見付けたぞ…これで創造主の目的は完遂する」
パルキア
「…無理だよ」
オレは、消えゆきながら笑ってそう言う。
それを聞いて、彼女は不思議そうな顔をした。
オレはそれ以上の声は出せずに、心の中でこう補足する。
パルキア
『今の聖君は、きっと君たちに勝つから』
それを最期に、オレの体は粒子となって霧散した。
これにより、世界の理に則り、オレの存在は消滅した……
………………………
エムリット
「お母さん、ジェットコースター!!」
パルキア
「う〜ん、もうちょっと背が伸びたらね〜」
アグノム
「とりあえずお化け屋敷だろ!?」
「どんなモンか、俺様が採点してやる!」
ユクシー
「…お父さんは、何が良い?」
聖
「そうだな…ユクシーの行きたい所に行こうか?」
ユクシー
「…あ」
聖君はユクシーを肩車し、その場でグルリと回って、周りを見渡す。
ユクシーは初めての事に戸惑っている様で、顔を赤らめて恥ずかしがっていた。
そう、今日はユクシーと約束していた遊園地だ。
エムリット
「ん〜! お姉ちゃんズルいのです! エムリットも抱っこ!!」
聖
「はいはい、おいでエムリット♪」
聖君は両肩でバランスを取ってユクシーを支え、左腕でエムリットを抱っこする。
3人とも、とても幸せそうだ。
アグノム
「ったく、で? 姉さんはどこが良いんだ?」
ユクシー
「…私は、観覧車が良い」
「…家族皆で、楽しめるから」
聖
「よしっ、ならそれから行こう!」
「エムリットもアグノムも良いか?」
聖君の言葉にふたりも頷いた。
何て、幸せな時間だろう…
そうだ、ずっと言いたかったんだ。
オレは、オレは……
聖
「さぁ、行きましょう! パルキアさん…♪」
オレは、差し出された聖君の右手を取り、涙を流してこう言った…
パルキア
「君の事を、誰よりも…愛しています……」
To be continued…