第8話
アグノム
「クソが…化物共め」
俺様はひとり指令室で毒づく。
52日目、敵は第四大陸を突破した。
予定よりも3日速い。
難易度の上昇が、返って敵の緊張感を引き上げたのかもしれない。
これは予定を大幅に修正する必要があるかもな。
アグノム
「次の大五大陸は荒廃した近未来都市」
「精神的には相当鬱になるイベントもある」
「せいぜい苦しんでから突破してくれ…!」
俺様はモニターを見ながら空しく呟く。
アイツ等のあの希望に満ちた顔…本当に吐き気がする。
こちとら、いつ心が壊れるか解らない位恐怖してるってのに…
実際、ゲーム感覚なんだろうな…命の危険とか何も感じてないに違いない。
アイツ等がここに迫ってるかと思うと、こっちは気が狂いそうだってのに…
俺様は両手で頭を抱え込み、自分に強く言い聞かせる。
絶対勝つんだ! 母さんを守るんだ! 奴らをぶっ殺すんだ!!
俺様はひとしきり自分を鼓舞し、気を落ち着ける。
チクショウ…こんなんで、最後まで持つのか?
意志の神がこんな低いメンタルとか、ホントに笑えるよな…
俺様は、誰もいない指令室のソファで、ただ空笑いを木霊せた。
ダメだ…聖でもからかいに行こう。
こんなモンばっかり見てたら、鬱病にかかる…
………………………
アグノム
「いい加減、妊娠したかミミロップ?」
ミミロップ
「いえ、聖様は不能だと思われます」
「もしくはホモセクシュアルかと」
聖
「待ってミミロップさん!? 俺、不能所かまだ未使用なんですけど!?」
「っていうか、男には興味無いから!!」
もはや、定例になりつつあるアグノムの挨拶(?)。
俺はミミロップさんの冷静な解析に反論しつつ、椅子を回してアグノムを見た。
すると、そこには予想以上に顔色の悪いアグノムの顔が目に入る。
聖
「…お前、疲れてないか?」
アグノム
「あ? 誰に向かって物を言っている?」
聖
「ミミロップさん」
ミミロップ
「はい、攻撃命令を」
アグノム
「ごめんなさい! めっちゃ疲れてます〜!!」
アグノムはミミロップさんの構えを見てすぐに謝る。
ったく、10歳の美少女が強がりやがって…
俺はなるべく気遣う様な口調でこう言ってやった。
聖
「…あまり無理すんなよ?」
アグノム
「…うっせぇ、お前に何が解る?」
聖
「パルキアさんの事助けたいって想ってんのは、お前だけじゃないんだぞ?」
俺がそう言うと、アグノムは声を詰まらせた。
予想通りだな…アグノムはどこまでも母親を1番に考えている。
それも、ここまで解りやすい位思い詰めて。
およそ10歳の子供が背負う物とはとても思えない。
いくら、意志の神とはいえ、この姿は小さな少女にしか見えないのだから。
聖
「お前たちの気持ちは、俺にもそれなりに解る」
「たった1ヶ月半だけど、もう何度こうやって顔会わせてると思ってんだ?」
「俺はもう覚悟したぞ…お前たちが死んでも、守連たちが死んでも、俺は絶望しない」
「必ず、生き残った方を俺は全力で抱き締める!」
「だから、思いっきりやれよ…後悔する位なら」
「そして、憎むな」
アグノム
「…何、だと?」
「憎むな…? ははっ、笑わせんなよ?」
「あんなバケモノ相手に絶対勝たなきゃならないのに、憎むなだと!?」
「こっちは、約85%の犠牲前提で戦略考えてんだ!!」
「そんな被害を前提に憎むなだと!?」
「お前は聖人君子かよ!?」
それは、アグノムが初めて見せる激昂だった。
そして、その憎悪に歪む顔を見て、俺は哀れに思う。
こんな…こんな小さな娘が、大切な家族の為に手を汚そうとしている。
やっぱり、世界はクソッタレだ…こんな子供にこんな顔させやがって…!
聖
「…怖いなら、怖いと言え」
「そんで、さっさと尻尾巻いて逃げりゃあ良い」
「そうすりゃ、楽じゃないのか?」
「お前は、本当は簡単に人を殺せる性格じゃないだろ?」
「だから、憎悪を糧に奮い立ててるんだ」
「俺はそんなの認めねぇぞ…?」
「そんな憎しみで守連たちを殺したら、俺は絶対にお前を許さねぇぞ!?」
アグノム
「!? …ぅ……くっ…!」
アグノムは俯き、震えながら拳を強く握っていた。
自分でも解ってるはずだ…本当はこんなに憎みたくなんてないのにと。
聖
「アグノム、憎しみで戦うな」
「そうすりゃ、どんな結果になっても俺はお前を憎まない」
「怖いなら、背中位擦ってやる」
アグノム
「…ふざけんな、誰が頼むかそんな事」
「解ってんだよ、そんな事位…」
「…母さんが、そんな事望んでない事位」
そう言って、アグノムは力の無い背中を向けて出て行ってしまった。
相当、参ってるみたいだな。
それだけ守連たちが怖いって事だ。
アイツ等の戦闘力が高いのは知ってたが、パルキアさんたちだって相当強いはず。
そんなパルキアさんたちでさえ、守連たちの強さは常軌を逸してるって事なのか?
ミミロップ
「…聖様、ありがとうございます」
聖
「えっ? な、何がですか?」
突然感謝され、俺は驚いてミミロップさんを見る。
だが、ミミロップさんは俺に目を合わせる事なく、いつもの直立不動で待機し、それ以上は何も言わなかった。
俺は何となく察する。
そうか、ミミロップさんもアグノムの事が心配なんだな。
聖
「ミミロップさん、俺は礼を言われる事はしてません」
「アグノムだって、立派なこの家の家族なんですから」
ミミロップ
「…それでも、ありがとうございます」
俺は笑ってミミロップさんを見る。
やっぱり、ミミロップさんは良い人だな♪
聖
「…そういえば、守連たちってそんなに強いんですか?」
「俺、直接戦闘とかはほとんど見た事無いから、ぶっちゃけ実感無いんですけど…」
少なくとも知ってるのは華澄が悪人を成敗した事位だ。
後、守連が規格外の電撃ぶっぱなした位か。
俺の質問を受け、ミミロップさんはしばし考えた後、ゆっくりと口を開く。
ミミロップ
「…こちらの全軍を100とするならば」
「彼女たちは300という所です」
「ひとり頭の平均値を出すと、2.9対75ですね」
聖
「…え?」
俺は絶句する
全軍で100なのに、守連たちはたったの4人で300?
そんなにも絶望的な差なのか?
あくまで予測だろうが、そんな物をパルキアさんたちは覆そうとしてるのか?
俺は想像してみる、それだけ戦闘力に差がある相手とマトモに戦う所を…
考えるまでもない、為す術なくパルキアさんたちは蹂躙されるだろう。
それでも、パルキアさんたちは戦わないとならない。
理由は解らないが、パルキアさんたちは他に選択肢が無いのは確かだ。
理不尽、と言うのは簡単だが…ここまでの理不尽はそうそう無いんじゃないのか?
とはいえ、守連たちは命を狙われてる。手心を加えるなんて事は当然出来ないだろう。
だからこそ、つらい…
そんな馬鹿げた戦いを止める事も出来ない、自分が……
………………………
アグノム
「とりあえず、今日はメンテナンスだ! まずはゲンガー!」
ゲンガー
「はい〜っす」
俺は次の日の朝イチ、全メイドを大部屋に集合させてメンテナンスを行っていた。
といっても、機械じゃないんだから、あくまでメンタル面でのメンテナンスだな。
俺様の持つ意志制御の力を使って、全メイドをひとりひとりチェックする。
ここしばらくやってなかったからな、コイツ等の調教も俺様の仕事だ。
アグノム
「お前の主人は誰だ?」
ゲンガー
「テメェだよクソ主人」
アグノム
「お前に命令出来る主人は誰だ?」
ゲンガー
「アタシに決まってんだろクソ主人!」
アグノム
「分かっちゃいたけど、もうちょっと敬え!」
「クソ…お前はもう良い! 次、ミミロップ!!」
俺はゲンガーをとっとと退がらせて、ミミロップを呼ぶ。
だが、全メイドを見渡してもミミロップの姿は見えなかった。
アグノム
「…オイ、ミミロップはどこだ?」
ゲンガー
「いるわけねぇでしょうが…今は聖様の命令しか聞かないんですから」
アグノム
「…もう良い!! 次! オタチ!!」
俺はもう諦めて次のメイドを呼ぶ。
ここから全員、特に問題無しで俺はメンテナンスを終了した。
………………………
アグノム
「ったく、何でミミロップは俺様にここまで反抗するんだ?」
ゲンガー
「アンタがそう仕込んだんでしょうが…」
「ミミロップは与えられた命令は必ず遂行する最高傑作でしょ?」
「そんなミミロップに聖様を主人設定したらああなるのは目に見えてたでしょうに…」
ゲンガーは当たり前の様に言うが、それはあくまで俺様や母さんが最重要項目とする前提のはずだ。
なのに、アイツは俺様所か母さんにまで歯向かいやがった…
どう考えても異常だ。
このままでアイツは本当に使い物になるのか?
アグノム
「ゲンガー、お前から見てミミロップはどうだ?」
ゲンガー
「…まぁ、消える心配はまだ無いっすね」
「ただ、いつそれが爆発するかは解らねっす…」
「アタシから見ても、聖様は間違いなく特異点」
「普通の物差しじゃ測れない何かはあると思うっすよ?」
俺様はゲンガーの言葉を聞いて考える。
姉さんは鍵になるとは言ってたが、危険な橋じゃないのか?
結果としてメガ進化出来たとしても、アイツは使い物になるのか?
俺様は嫌な予感ばかりが頭に浮かぶ。
そして、いてもたってもいられなくなり、ミミロップの所に行く事にした。
………………………
アグノム
「ミミロップ、緊急メンテだ」
ミミロップ
「……?」
聖
「いきなり何だお前は? ロボットじゃないんだからメンテとか無いだろ…」
突然現れたアグノムはミミロップさんにそんな事を言い、俺は呆れてそう答えた。
ホントにコイツは人をモノ扱いしてるな…
ミミロップ
「私はモノではありません」
アグノム
「ふ、神に喧嘩を売るとは…どこまでも面白い奴らだ」
「これも、ポケモンのサガか…」
聖
「ミミロップさんはチェーンソーで攻撃」
ミミロップ
「了解しました、アグノム様をバラバラに致します」
アグノム
「うわぁぁぁぁんっ!! もうお前なんて嫌いじゃあ〜!!」
相変わらずの豆腐メンタルでアグノムは泣き叫ぶ。
ネタひとつでここまで泣く奴もある意味貴重だな。
ミミロップ
「………」
聖
「ミミロップさん、冗談なんで本気で構えない」
俺がそう言うと、ミミロップさんはいつもの攻撃態勢を解く。
それを見てアグノムはガタガタと震えながら言葉を放った。
アグノム
「…お前、いい加減にしろよ〜?」
聖
「お前がミミロップさんを大事にしようとしないからだろ?」
「何でミミロップさんの意志を操作してんだ?」
俺がやや厳しい顔で言ってやると、アグノムはウザそうに嫌な顔をする。
やっぱりか…ハッタリで言ってみたが、図星だったみたいだな。
アグノムはミミロップさんの意志を操作してたんだ。
アグノム
「ミミロップは俺様の最高傑作だ」
「それだけに、コイツは他とはわけが違う」
「コイツに秘められてる性能は母さん以外では、唯一あのバケモノに通用しうる性能だ」
「そんなミミロップに自由意志を与えてみろ?」
「誰の命令も聞かず、下手したら母さんたちに牙を向くかもしれない」
「お前は、そんな最悪の想定も頭に浮かべられないのか?」
アグノムは真面目に言ってる様だった。
そこまでミミロップさんは凄いのか…
だけど、このミミロップさんがそんな暴挙に走るとはとても思えない。
ミミロップさんは主従関係無しに俺を友人と言ってくれた人だ。
例え誰の命令が無くても、俺の危機を救ってくれると言ってくれた人だ。
そんなミミロップさんが、鎖から解き放たれた獣の様に暴れると言うのか?
有り得ない…そんな姿は想像も出来ない。
なので、俺は逆にこう言ってやる。
聖
「お前、もうちょっとミミロップさんを信頼してやれ」
アグノム
「はぁ? お前はメンテもロクに出来ない核兵器を信頼すると言うのか?」
「バカも休み休み言え…コイツはそんな生易しい兵器じゃな……」
俺はドガッ!と、思いっ切り側の壁を殴った。
あまりに突然の音に、アグノムはビクッと体を震わせて驚く。
そして、俺は怒りの形相でこう叫んだ。
聖
「兵器とか言うな!! ミミロップさんは人間だろ!?」
「2度と俺の前でミミロップさんをモノ扱いするな!!」
「お前、そんなに俺を敵に回したいのか…?」
「俺に、そんなにお前を嫌いになれって言うのか?」
「残酷だろ…そんなの」
「俺は、お前だって家族みたいに思いたいのに…!」
俺が一通り感情をぶつけると、アグノムは訳の解らないと言った風な顔でワナワナと首を横に振り、震える。
そして、何かに恐怖する様に息を荒らげていた。
瞬間、アグノムはその場から凄まじいスピードで飛び去る。
開け放たれた扉を、ミミロップさんは静かに閉めた。
そして、俺に目を合わせる事なく、静かに口を開く。
ミミロップ
「聖様…私は、人間ですか?」
聖
「…え?」
言葉の意味が解らなかった。
それは…ミミロップさんが見せる、初めての弱さの様に見える。
機械的で、無表情で、それでも俺を気遣ってくれるミミロップさん。
そのミミロップさんが、今弱さを見せた気がした。
そして、俺は一気に血の気が引いて体温が下がった気がする。
自分のしてしまった事を俺はある意味後悔した。
心臓が一気に動悸する。
俺は取り返しのつかない事をしたのかもしれない。
俺の中にある特異点…もしかしたら、それがミミロップさんを消してしまうのではないか?と、俺は恐怖する。
だけど、ミミロップさんはそんな俺の心境を察してくれたのか、いつものミミロップさんの感じでこう言う。
ミミロップ
「…問題ありません」
「私は、絶対に消えません」
「聖様を苦しめて消える事は、絶対にありません」
「ですので、そんな顔を…しないでください」
ミミロップさんは、心なしか苦しそうな顔をしている様に見えた。
俺は思いっ切り歯を噛み締め、自分を奮い立てる。
こんなんだからダメなんだ俺は!
ミミロップさんを心配させるなんてその方がダメじゃないか!!
そう思うと、俺は気力が沸いてくれる。
ミミロップさんを俺は信じよう。
それが、約束なんだから…
聖
「…ゴメン、ミミロップさん」
「俺…ミミロップさんを、信じるよ」
ミミロップ
「…はい」
「聖様がそう言ってくださるのなら、私は必ず約束を果たします」
「私は、決戦まで必ず消えません」
「そして、勝って聖様に誉めていただきます」
ミミロップさんは直立不動のままそう言った。
俺は、その言葉を聞いて改めて思い直す。
信じるんだ、それが俺の出来る事。
後悔しない為に、全て受け止める為に…
俺は、皆を信じよう…
………………………
アグノム
「はぁ…! はぁ…! はぁ…!!」
「うぅおぇ!! ヤメロヤメロヤメロ!?」
「…クッソが、俺様は消えねぇぞ?」
「誰が気を許すか…俺様は生き残るんだ!!」
「勝って家族全員で存在を勝ち取るんだーーー!!」
俺様は誰もいない指令室でそう叫ぶ。
吐き気がヤバイ…あのクソが、俺様にあんなクソみたいな意志をぶつけやがって!
一瞬、屈服しかけた。
そうなったら俺様は終わりだ、一瞬で消えてしまってたろう。
意志の神たる俺様が、アイツの意志に屈服するわけにはいかない。
消えたら…それで終わりなんだぞ?
誰が、誰がアイツの事を好きになんかなるもんか!!
俺は、気持ち悪い体を両手で抱きながらソファで震える。
クソッ、クソッ、クソッ!!
収まれ…収まれよぉ!!
ユクシー
「…記憶、消そうか?」
アグノム
「余計な事をするな、俺様の記憶は俺様だけの物だ!」
「何日とつ消すんじゃねぇぞ!?」
俺がギロリと睨んで言うと、姉さんははぁ…と珍しく溜め息なんかを吐く。
俺様の言葉をバカにしてる様な感じだった。
ユクシー
「…それを決めるのは私」
「貴女の存在を消す位なら、問答無用で記憶を消すわ」
アグノム
「…心配すんな、こんなのは一時的だ」
「すぐに、収まる」
俺様はそう言って、動悸を抑える。
ようやく落ち着いたか…今度からは注意しねぇとな。
ユクシー
「アグノム、貴女はもう聖さんに会わないで」
アグノム
「はっ…俺様がアイツに惹かれてるとでも言うつもりか!?」
「それこそあり得ねぇ…俺様は消えねぇよ」
ユクシー
「説得力が全く無いわね…記憶消して無理矢理改善した方が良い?」
姉さんは本気の声でそう言った。
俺様はせせら笑う。
何だよそりゃ…俺様が脅されるってか?
ふざけんな…俺様の記憶は俺様だけの物だ!
アグノム
「やられる前に姉さんの意志を奪う事も俺様には出来るんだぞ?」
「どっちが速いか、試してやろうか…?」
俺様たちはふたり、正面で相対してそんな気を放つ。
反応速度で負ける気はしない。
姉さんの能力は目を開いてから発動が基本だ。
その前に俺様は意志を奪って能力の発動は止めれる。
それが解らない姉さんじゃないだろ…これは解り切った相性差だ。
俺様たちは無言でそのまま向かい合う、そしてその静寂を破る様に声が別の方向から放たれた。
パルキア
「…喧嘩はいけないな〜」
「何があったの? お母さんに話してくれる?」
俺様たちはふたり顔を背ける。
母さんの前で喧嘩は出来ない。
俺様は大きく息を吐き、軽く説明した。
それを聞いて、母さんは少し嬉しそうな顔をし、そしてすぐに悲しい顔になった。
パルキア
「そっか…アグノムも、やっぱり聖君に惹かれてるんだね…」
「だったら、もうダメだアグノム」
「聖君に会うのは禁止する」
アグノム
「待ってくれ母さん!? ミミロップは俺様のメイドだ!!」
「アイツこそ危うい、俺様が定期的にメンテしてやらねぇと…」
「聖は、俺様がいればどうにかなる! ミミロップを守れるのは俺様だけだ!!」
パルキア
「それ、自分で言ってて理解してる?」
「アグノム、貴女消えるよ?」
俺様は言葉を詰まらせてしまう。
俺様が、そこまでアイツに引き込まれてるってのか?
だが、母さんの顔は本気だ。
本気で言っている。
俺様が、消える…と。
アグノム
「…姉さん、俺様の記憶を消してくれ」
ユクシー
「…良いの?」
俺様はコクリと頷く。
母さんを納得させて聖に近付くにはそれしかないと判断した。
俺様は記憶を犠牲に今の立場を維持する。
ミミロップを守らなきゃならない。
俺様のメイドは俺様が守らなきゃならない。
パルキア
「…アグノム、そこまでミミロップが信じられない?」
アグノム
「…信じたいさ」
「でも、アイツは危うい!」
「深入りしすぎている! いつ消えてもおかしくないんだ!?」
「だから、聖から俺様が守ってやらなきゃならない!!」
俺様は振り絞って声を放つ。
嘘は言ってない、メイドは俺様の家族だ!!
パルキア
「…そこに、本当に聖君の存在は無いのかい?」
アグノム
「…!?」
俺様は想像して何も言えなかった。
ちょっとでも何かを考えれば、すぐに聖の顔が浮かぶ。
何か嫌になったら、アイツをからかおうとすぐに思い付く。
…俺様は、そこまで追い詰められていたのか?と、ようやく気付いた。
聖の存在が、俺様にとってそこまで大きな存在になっていたのか…?
何だよそれ…? そんなの…知らない内になんて、反則だろ。
アグノム
「…姉さんは、どう思う?」
ユクシー
「…好きにすれば?」
パルキア
「母さんは、その気持ちは大切にしてほしいとは思う」
「記憶を消してまで、その感情を捨てるのはあまり勧めたくない」
「…もちろん、消えてしまうのは論外だけど」
何だよそれ…結局、俺様はアイツの事が好きってこ……
ユクシー
「…!!」
瞬間、頭が真っ白になる。
あれ? 俺様、何でここにいるんだ?
ここ、指令室…?
アグノム
「…えっと、奴らの進行は?」
ユクシー
「…ごめんなさい」
パルキア
「…仕方ないよ」
「あれだけ、聖君に近付いていたんだ」
「アグノムの事を思えば、これが最善だろう」
何だか、母さんと姉さんが悲しい顔をしていた。
何だよ…そんな顔、俺様は見たくないのに…
いや、違うな…これ、俺様が原因か?
俺様…そんなに追い詰められてたのか?
近況が何も思い出せない。
モニターを見れば敵の進行は解る。
もう第五大陸だ…そんなに時間が無い。
早く、ミミロップたちを切り札に仕上げないと…
アグノム
「…ミミロップの所に行く」
「早く、メガ進化の足掛かりを見付けないと」
パルキア
「…待つんだアグノム」
違う…俺様はこの時点で気が付く。
これは姉さんの能力だ。
そして、それから予想出来る経過を俺様は瞬時に分析した。
アグノム
「…姉さん、俺様は消えかけたのか?」
ユクシー
「…理解して、危なかったのよ貴女?」
俺様は姉さんの言葉を聞いて血の気が引く。
マジかよ…そこまで俺様は追い詰められていたのか?
俺様は震えながら歯を噛み締める。
母さんが見た事もない様な顔をしてる。
クソ…! 俺様ともあろう者が…!!
パルキア
「アグノム、やっぱりもう…」
アグノム
「まだ消えてないんだろ? だったらもう問題無い」
「ミミロップの様子を見て来る」
ユクシー
「…ダメよ! 貴女はもう限界!」
「これ以上聖さんに近付いてはいけない!」
珍しく、姉さんが必至な声を出して俺様を止めた。
そうかよ…そんなに俺様は信用を失っているのか。
消えかけていたのであれば、それも仕方ないと俺様は結論する。
不思議と、恐怖は無かったな…
むしろ、この迫り来る恐怖から逃げれるのなら、それでも良いと思ってしまった。
だがすぐに否定する。
ダメだ…そんなんじゃ、誰も守れないじゃないか…!
アグノム
「母さん、俺様は…」
パルキア
「もうダメだ! 母さんは絶対に許可しない!!」
母さんは俺様の体を強く抱き締めた。
俺様は朦朧としながら、母さんの温もりを感じる。
そうだ、俺様はこの温もりを守らなきゃならない。
その為に、俺様は…聖から離れなければならないのか。
何故か、俺様は涙が零れた。
それは、母さんに抱き締められたからなのか、それとも……
アグノム
(聖に会えなくなるから…?)
俺様は何も想像出来なかった。
あれ? 聖って、どんな顔してたっけ?
酷く曖昧だった。
聖という名前は思い出せるのに、顔が思い出せない。
そもそも、聖って誰だ?
どれだけ考えても、俺様はそれを思い出せなかった…
………………………
聖
「……?」
ミミロップ
「…? どうかしましたか聖様?」
聖
「いや、何か…アグノムが来そうな気がしたんだけど」
「予想が外れたかな?」
俺はそんな事を思うと、ミミロップさんは無言だった。
何かを考えている様だったけど、言葉を放つ事は無い。
もしかして、何かあったのかな?
聖
「…言い過ぎたかな?」
ミミロップ
「いえ、聖様が間違った事を言ったとは私は思いません」
「アグノム様にも、何か事情があるのでしょう…」
パルキア
「ゴメンね、そういうわけじゃないんだ」
突然、パルキアさんが部屋に現れる。
俺は驚いてパルキアさんを見るが、何だか凄く悲しそうな顔をしていた。
聖
「…アグノムに何かあったんですか?」
パルキア
「本当に、残酷だよね……」
俺は、この時点で察した。
アグノムは、消えかけたのか?
俺が消しかけたのか?
だから、アグノムはここに現れないのか?
俺は、考えてとてもつらくなった。
アグノムと最後に交わしたあの会話が、最後になるのか?
まるで、ケンカ別れみたいじゃないか…
パルキア
「ゴメン、多分…アグノムはもうここには来れないと思う」
聖
「…消える、寸前なんですか?」
俺が言うと、パルキアさんは無言だった。
それは肯定の様に思える。
俺は、目を瞑って覚悟した。
アグノムは、もう俺には近付けない。
俺が特異点で、アグノムもとうとうギリギリになってしまったんだ。
俺は…どれだけこの家族を苦しめれば良いんだろうか?
何故、俺はこんなにも罪深いのか…
俺が原因なら、俺が消えてしまえば良いのに…!
パルキア
「聖君!!」
聖
「!? パルキア、さん…?」
パルキア
「お願いだから、絶望だけは…しないでくれ」
「じゃないと、オレ…戦えなくなってしまう……」
俺はパルキアさんの悲しい顔を見て、顔を横にブルブルと振る。
何を考えているんだ俺は!
覚悟するって言ったろ!?
強く、なるんだ…
パルキアさんを支えてあげられる位、強く…!
聖
「…!?」
ぎゅっ…と俺の体をパルキアさんが抱き締めてくれる。
そして、パルキアさんは子供に言い聞かせる様にこう言った。
パルキア
「大丈夫、聖君だけは…何があっても絶対に守るから」
「だから、安心して…例えオレが消えても、必ず守るから」
聖
「…!!」
俺は何も言えなかった。
怖かった…下手に感情的に答えたら、パルキアさんが消えてしまうかもしれない。
俺はそれだけは許せない!
誰ひとり、俺は失いたくない…詭弁と言われても構わない!
俺の存在と言葉が引き金となるなら、俺はもう何も言わない方が良い。
見届けるんだ…パルキアさんたちの覚悟を。
そんな俺の決意が伝わったのか、パルキアさんは俺から体を離して頬笑む。
パルキア
「…ありがとう聖君」
「絶対勝つなんて、ヒーローみたいな事は言えないけど、オレ…頑張るから」
そう言って、パルキアさんは背を向け、ユクシーちゃんと一緒に空間転移する。
俺はやるせない体を項垂れさせ、椅子の上で脱力していた。
どれだけ、皆を追い詰めたら俺は気が済むのだろうか?
俺は、どれだけ罪深いのだろうか?
本当は、1番に消えるべきなのは俺なんじゃないのか?
そんな自問自答を繰り返すが、俺はすぐにその考え自体を捨てる。
パルキアさんの覚悟を無駄にするな!
これは、もう避けられない運命なんだ。
俺はそれを見届けるしかない…一切の憎しみを抱かずに。
ミミロップ
「聖様」
聖
「大丈夫! 俺は、絶対に絶望しない…」
俺の言葉を聞いて、ミミロップさんはそれ以上何も言わなかった。
俺は強く気持ちを持つ。
俺のせいで誰かが消えるなんて、そんな事耐えられない。
だから、俺はこの流れを受け入れるしかない。
深追いは誰かの消滅を招く。
アグノムは、もう限界なんだ。
だから、俺は謝ろうと思った。
全てが終わって、皆が俺の前に立っていたなら、俺は謝ろうと。
しかし、それが最も難しいという事も俺は理解していた。
世界は…それだけ残酷だ。
そして、俺はそんな世界に怒りを覚えた。
後、どれだけ憎しみと悲しみを生み出せば良いのか。
この戦いの先に、本当に幸せはあるのか?
俺は…本当に存在して良いのか?
いや違う…俺は自分を強く思わなければならない。
信じてくれる人がいる以上、俺はそれに答えなければ!
聖
(守連たち、今はどんな気持ちでいるのかな?)
(俺の為に、死に物狂いなのか?)
(それとも、鼻唄歌いながら余裕でここを目指してるのか?)
俺は、もう1ヶ月半は会ってない家族の顔を思い浮かべる。
そして、俺は違和感を覚えた。
何で、家族の顔が曖昧なんだろう?
俺は頭を振り、しっかりと家族の顔を思い出す。
ダメだろ俺…守連たちの顔を忘れるなんてあっちゃダメだ!
俺は、改めて脳に守連たちの笑顔を思い出し、脳に刻み込む。
パルキアさんたちも大切だが、俺の本当の家族は守連たち。
俺はもう1ヶ月半会ってない家族の顔を、しっかりと思い出した。
決戦は近付いてる…だけど、俺は絶望だけは…してたまるかっ。
『とりあえず、彼女いない歴16年の俺がポケモン女と日常を過ごす夢を見た。だが、気が付けば異世界バトル物に』
第8話 『迫り来る恐怖、そして覚悟と愛情』
To be continued…