第1話
第3章 『家族、それから…』
聖
「お〜れ〜の武・器〜を〜知っ・てる〜か〜い!?」
華澄
「モップ!」
女胤
「柱時計!」
守連
「胡椒!」
聖
「今日も事件だ!」
「◯イナマイト! 刑〜事〜!!」
阿須那
「逮捕したろか!?」
「って、開幕から全員で何やってんねん!?」
「いきなり読者困惑するやろ!」
今回の完璧なネタに、俺は大満足する。
うむ、これこそ第3章開始に相応しい!
聖
「さて、ってなわけで学校行って来るわ♪」
俺はそう言って鞄を担ぎ、ビッと片手を目の高さまで上げる。
そう、今日から2学期も開始だ…
はっきり言って気が重すぎ、やる気が凄まじく出ないんだが。
いかにこの家での生活が充実しているかが解るな。
阿須那
「あ、こら聖〜!? 弁当忘れてるで〜!」
聖
「おっと、忘れてた…!」
俺は阿須那の手から弁当箱を受け取る。
赤黒チェック模様のハンカチに包まれていた。
ほんのりと温もりを保っているそれを、俺は鞄に詰め込んで改めて家を出る。
聖
「ありがとな阿須那! じゃあ、行って来る!」
阿須那
「あんじょう気張りや〜」
華澄
「道中お気を付けて…」
女胤
「ご一緒出来ないのが、本当に残念ですわ…!」
守連
「行ってらっしゃ〜い♪」
4人の見送りを受け、俺は気分良く家を出れた。
やっぱ、ひとりの時とは違うよな。
誰かが居てくれるだけで、こんなに嬉しいなんて。
思えば、アイツ等と出逢うまではホントに何も無かったな…
家を出る時は小さい頃から俺が鍵を閉める役だったし。
気が付けば、自分で全部家事をこなすスキルも身に付いた。
両親からはほとんど何も与えられなかったとはいえ、感謝はしている。
それに…
聖
(今は、アイツ等がいるからな!)
………………………
担任
「よしっ、じゃあ今日のHRはこれで終わりだ!」
「明日から本格的に授業開始だから、休みボケは直しておけよ?」
俺たちはこうして最初の始業式を終え、2学期初日を乗り切る。
そして、それぞれがさっさと帰路に着き、俺は自分の机の前で呆けていた。
聖
「…思いっ切り半ドンで、弁当いらなかったじゃん」
俺は11時前にHRが終わった教室で、阿須那の作ってくれた弁当とにらめっこしていた。
流石にまだ時間が早いが、持って帰って食うのもなぁ〜
やむを得んか…と俺は思い、とりあえず弁当を開封する。
中に広がっていたのは、定番ながらも色取り取りの美味そうなおかずたちだった。
聖
「お、シンプルな白ご飯に、卵焼き、タコさんウィンナーにミニハンバーグ、そしてポテトサラダか」
「味は…うむ、流石は阿須那! これは美味い…」
俺は思わずバクバク食ってしまった。
阿須那の奴、どんどん料理が上手くなってるな。
仕事先でかなり揉まれてるみたいだし、そのお陰なのか?
今や阿須那は華澄以上に料理が出来るみたいだし、これからも期待出来そうだな。
?
「あれ〜? 魔更君、何でこの時間にお弁当食べてるの?」
聖
「ん? 誰だっけ?」
俺が箸を口に咥えながら答えると、ソイツは苦笑いをする。
ちなみ、女子学生だ。
フツーの黒髪ロングに、フツーの学校指定の制服。
身長もフツー位の160cm。
バストもおよそフツーと思われる80cm位。
特に特徴らしい特徴も無い、ただの人間だった。
女学生
「…魔更君、ホント他人に興味が無いんだね」
「今日転校して来た人の顔も覚えてないなんて…」
聖
「悪かったな…これでもクラスメートに友達すらいないからな」
「って、転校して来たばかりで、何で俺の名前知ってるんだ?」
女学生
「私、『新央 光里』(しんおう ひかり)…」
「阿須那さんと同じ喫茶店でバイトしてるの♪」
「魔更君、阿須那さんの弟なんだよね?」
俺は一瞬吹き出しそうになる。
そういえば、そういう『設定』だったな…
つか、まさか知り合いだったとは…俺は気不味くなって顔を背けてしまう。
その姿を見てか、新央さんはクススと笑った。
光里
「ふふ、そのお弁当、阿須那さんに作ってもらったの?」
「ちょっと味見させてもらっても良い?」
俺はどうぞ…とだけ言うと、新央さんはタコさんウィンナーをひとつ指で摘まみ、それを一口で食べる。
そして、堪能する様にモグモグと口を動かし、ゴクンと飲み込んだ。
光里
「あ、やっぱり店長の味に似てる…」
聖
「店長?」
光里
「喫茶店の店長…阿須那さん、店長に料理教わってコックやってるんだよ?」
聖
「成る程…それで、そんなに上達してるのか」
「って、コスプレ喫茶の店員なのにコックもやってるのか?」
「フツーはホールで接客じゃねぇの?」
単純に考えればそのはずだ。
阿須那は本来接客で雇われてたはずだからな。
それが気が付けばコックに転職してたとか…
いや、料理教わってたのは知っていたが、冷静に考えたら色々おかしい。
光里
「うーん、阿須那さんホールでも人気者だったけど、店長に勧められてからコックの仕事を始めたらしいんだよね〜」
「お陰で、今やコスプレ部隊の花が減ってしまったよ〜」
「まぁ、それでもたまにホールにも出てくれるけど♪」
「ちなみに、店長は三星シェフ級の腕前だからスッゴいよ〜?」
「阿須那さんも、最初は相当絞られてたみたいだし」
聖
「…そうか、やっぱ苦労してるんだな」
聞いてて、阿須那はやっぱり心底スゴいと思った。
口では大丈夫としか言わないアイツだ。
いきなりやった事もないコックの仕事とか、相当なはずだっただろう。
それも三星シェフ直伝とか、並大抵の難易度じゃないじゃないか。
だけど…だからこそ、この弁当の美味しさが生まれてるんだな。
俺はそう思い、残りの弁当を一気にかっ込んだ。
その姿に驚いたのか、新央さんはキョトンとしている。
聖
「ごちそうさまでした!」
光里
「ふふふ、魔更君って面白いね♪」
「そういえば、阿須那さんって関西から引っ越して来たんだって?」
「今は魔更君と一緒に住んでるって」
成る程…そう説明していたのか。
全く、いきなりの新情報だらけに混乱するじゃないか…
つーか、一応そういう設定だから、俺はアイツを姉と呼ばねばならんのか!?
な、何か恥ずいな…
聖
「あ、あぁ…元々、別々に住んでたんだけど、7月からこっちに来て、今は一緒に住んでる」
光里
「姉弟なんだよね? どうして、別々だったの?」
聖
「親の都合だよ、俺元々独り暮らしだったから」
俺がそう言うと、新央さんはえぇっ!?と驚いた。
どうやら独り暮らしという所に驚いたらしい。
だけど、少し微妙そうな顔をしている…
光里
「独り暮らしかぁ〜憧れるけど、辛いんだろうな〜」
聖
「まぁ、俺の場合は生活費が親から支給されるし、そんなにキツくは無かったかな」
「むしろ自由に時間を使えるし、気も楽だから得する事の方が多い」
「…金銭面まで自分でやれと言われたら、地獄にしか感じないけどな」
俺がそう言うと、新央さんもうんうんと頷き同意している。
やはり金銭面がネックなのはフツーの感性とも思えるな…
光里
「そうだよね〜バイト代だけで学費も生活費も稼ぐとか絶対キツいもんね…」
「そこまでやるなら、いっそ就職した方がマシだもん」
聖
「違いないな、学生は学生らしくした方が良いって事だ」
「さて、じゃあそろそろ俺は帰るけど、新央さんは?」
光里
「あ、私も帰るよ」
「今日はバイト午後からだし、良かったら一緒に帰らない?」
と、そんな提案をされる。
じょ、女子と一緒に下校だと!?
そ、そんな…◯きメモみたいなイベントがこの俺にも来たと言うのか!?
選択肢
『じゃあ、一緒に帰ろう!』
『恥ずかしいし、止めとくよ』
こ、これは難しい問題だ…
下手に一緒に帰ると確実に爆弾が起動する気がする。
俺には某悪友の様な情報通はいない…
起動してしまったら、誰に爆弾が付いているのか判別がつかないぞ!?
とはいえ、断ったら断ったで新央さんを傷付ける事になる…
光里
「…どうしたの?」
考える俺を新央さんが不思議そうに見ていた。
つか、んな爆弾とかねえっての!
聖
「じゃあ、一緒に帰るか…家どっちなんだ?」
光里
「あ、私の家は『パール小公園』の近くなんだ」
「確か、魔更君の家もそっちでしょ?」
パール小公園か…確かにそこなら歩いて数分の距離だな。
俺は頷き、新央さんと一緒に昇降口まで降りた。
………………………
光里
「へぇ〜じゃあ、阿須那さん最初から料理出来たわけじゃないんだ…」
聖
「あぁ、初めて作ったって言ってたからな」
「それが1ヶ月もしない内にあの腕だ…空恐ろしい才能だよ」
俺たちは帰りながら阿須那のバイトの話をしていた。
新央さんは阿須那を相当尊敬しているのか、俺の知らない阿須那の話を沢山してくれた。
そして、聞けば聞く程…阿須那の事をスゴイと感じていく。
そもそも、俺は阿須那はバイトだと最初思ってたからな。
だけど新央さんが語る阿須那は完全に正規スタッフ。
それも店ではNo.3の人気者。
いや、人気だけならもうNo.2かもしれない、と新央さんは熱く語ってくれた。
聖
(そうだよな…そうでもなきゃ、皆の生活費稼ぐなんて )
光里
「魔更君? おーい、また考え事〜?」
聖
「あ、あぁ…すまない」
「俺、あんまり姉さんの仕事の話とか聞いた事無かったから」
「いっつも…心配いらへん、大丈夫や、とかしか言わないし」
光里
「そっか…魔更君、愛されてるんだね〜♪」
聖
「ぶっ!? あ、愛されてるって…!」
俺は思わず吹き出したが、冷静に考えれば意味は違う。
新央さんが言ったのは、家族としてだ。
決して、恋人ではない。
そして、阿須那の頑張る姿は、まさしく家族の姿だ。
年長者として、皆を支えようとする姿は阿須那の愛情の表れなのだ。
聖
「そうだよな…愛されてなきゃ、そんなに頑張らないよな」
光里
「うん、きっとそうだよ♪」
「あ…私、それじゃあこの辺で」
聖
「あ、あぁ…俺はこっちだから、ここまでだな」
「それじゃあ新央さん、また」
光里
「光里で良いよ、魔更君…」
「阿須那さんにもそう呼ばれてるし、魔更君もそっちで呼んでくれれば♪」
新央さんはやや前屈みになり、そう言ってウインクした。
慣れたポージングだな、職業柄か?
とはいえ名前で良いのなら、俺も対等の地に立たねばなるまい!
聖
「なら、俺も聖で良い…それで対等だ」
光里
「あはは、確かに♪ それじゃあ聖君、さよなら〜♪」
光里ちゃんは最後に右手を額に掲げ、もう1度ウインクする。
そして、軽くジャンプし両手を後ろに回してニコッと笑った。
フツーの少女だと思ってたけど、これは充分フツーじゃ無さそうだ。
光里
「聖君、良かったら店の方にも顔出してみて?」
「コスプレ部隊の時間でも、ちゃんと一般来客用のカウンターがあるから、普通のメニューも出てくるし」
「今日は阿須那さん前半部隊に出るって言ってたから、14時までならホールで仕事してると思う」
「ちなみに、私に会いたいなら14時以降にね?」
「にひひ…♪ もう友達だからサービスしてあげちゃうよ?」
そう言ってイタズラっぽく笑うと、光里ちゃんは後を向いて駆け出して行った。
軽快なステップでスキップし、ギリギリパンチラしていた。
聖
「…白か、良い物を見させてもらった」
俺はそれを目に焼き付け、ゆっくりとした足取りで家に向かう。
コスプレ喫茶か…噂には聞いてたけど、実際行った事は1度も無いんだよな。
かなり一部では有名店らしいんだけど、どんな物なのか…?
………………………
聖
「ただいま〜」
守連
「あれ、早かったね〜?」
聖
「今日は始業式だったからな」
華澄
「それでは、お弁当はまだですか?」
聖
「いや、もう食って来た」
俺はそう言って弁当箱を華澄に渡す。
華澄はそれを受け取ると、微笑んで流し台に持って行った。
聖
「女胤は?」
守連
「掃除中だよ〜♪」
聖
「ふむ…で、お前はまだリボン粘ってるのか…」
リビングのテレビを見ると、未だ守連がリボンを狙っている様だった。
つか、気が付いたら全員のレベルが相当上がってやがる。
◯ルテマウェポン速攻撃破レベルじゃねぇのか?
守連
「う〜ここ、やり直すのに時間かかるから辛いよ〜」
聖
「まぁ、頑張れ…俺は部屋に戻る」
愚痴りながらも諦めない守連を激励し、俺は2階に上がった。
このままだとアイツ全アイテムコンプするまでやりそうだな…
………………………
ガチャ…
女胤
「あぁっ…! 聖様聖様聖様…っ!!」
聖
「何してんだテメェーーー!?」
俺が自分の部屋のドアを開けると、そこにいたのはただのHENTAIだった。
そして俺はズカズカとベッドまで早足で歩き、股間に手を潜り込ませて喘いでいた女胤を平手で張り倒す。
コノヤロウ…人の枕抱き締めて何やってやがる!!
女胤
「あ、あら嫌ですわ…聖様ったら、私の自慰を眺めるだなんて♪」
聖
「眺めてねーよ!! 完全に変態じゃねーか!? 掃除に来てるのに逆に汚すんじゃない!!」
「つか、たまに変な甘い匂いするかと思ってたら、お前の愛液じゃねーだろうな!?」
女胤
「大丈夫ですわよ♪ 愛の証ですから(はぁと)」
俺は問答無用で女胤を外に追い出してドアを施錠する。
くっそ〜これじゃおちおち寝ててもいられねぇ…
とりあえず、枕は◯ァブリーズで除菌しておこう。
ついでに布団と座布団もやっておく、そして部屋全体に満遍なく消臭剤を撒いた。
聖
「…ふぅ、着替えるか」
俺は制服を脱ぎ、普段着に着替える。
黒のTシャツに青のズボンと、シンプルなスタイルだ。
そして、時間を見てとりあえず椅子に座って机に向く。
とりあえず、今日は宿題も無いし自由だな。
聖
(で、どっちに会うか、か…)
俺はいきなり窮地に立たされていた。
選べるヒロインはひとりだけ。
二者択一でどちらかのフラグは折らねばならん。
これは極めて重要な選択肢だぞ…エンディングに関わる。
無論、どちらも選ばずにバッドエンドを通るのもまた勇気だろう。
そうなったら女胤に凌辱される未来しか見えねーな、却下だ。
聖
「つか、ゲームじゃねーんだから両方会えるように時間調整すりゃ良いだけだろ…」
切り替わりの時間は14時。
要するにその時間の前辺りで阿須那に会い、過ぎてから光里ちゃんに会えば良い。
簡単な事だ、何でギャルゲーの主人公はこうしないのか。
択一じゃなく、全員救うとか出来ても良いと思うのだが。
等と、くだらない事を考えながら俺はスマホを弄って時間を潰した。
………………………
ワイワイガヤガヤ!
聖
「うわ、スゲェな…」
時刻は14時半。
噂の喫茶店まで来てみたは良いものの、大行列だ。
過去にテレビで紹介された事もあったらしく、今やほぼ毎日こんな状況。
コスプレ喫茶としては値段もリーズナブルで、料理も美味しいと評判らしいし、小さな店だが相当有名なんだろうな。
俺はとりあえず、行列を整理しているコスプレ店員に話しかける事にした。
服は白の巫女服か。
確か、毎日違う衣装に変えてるんだっけか。
聖
「あの、すみません…一般客って、どうすれば?」
店員
「あ、一般のお客様ですね!」
「少々、お待ちください…風路さーん!? 一般の方、ひとり来客でーす!!」
店員が店の中に声をかけると、奥から返事が返され、やがてひとりのツインテ巫女服店員が表れた。
かなりの美人だな…一瞬、ドキッとしてしまった。
風路
「この方?」
店員
「はい、一般希望の方です」
風路
「オッケー♪ じゃあ後は任せて!」
「お客様、こちらにどうぞ〜♪」
「一般客、カウンターひとり入りまーす!!」
店員一同
「いらっしゃいませー!!」
俺の前を歩く店員さんの声に反応し、全員が一斉に挨拶する。
ス、スゲェなホントに…空気が違う。
そして、店員さんは奥で止まり、俺にカウンター席を薦めた。
風路
「こちらへどうぞ…お客様、ご来店は初めてですか?」
聖
「あ、はい…やっぱ解ります?」
俺がそう言うと、店員さんは吹き出して笑う。
な、何かおかしな事言ったか?
風路
「ふふふ、今のは接客の基本ですよ?」
「まずは確認の為に、ほぼ必ずお客様全員に確認させていただいていますので♪」
成る程、基本ね…
こういう所はやっぱ働いた事の無い人間の反応か〜
かなり恥ずかしい事をしてしまったな…
風路
「とりあえず、初めてとの事ですので、簡単に説明させていただきます」
「今の時間はいわゆるコスプレ喫茶の時間で、一般希望の方は通常テーブルは使えません」
「代わりにカウンターのみの座席となり、こちらは時間制限もありませんが、もし満席の場合は食事後、すぐに離席をお願いさせてもらう事もあるので、ご了承ください」
「メニューはこちら、一般用のメニューとなりますので、ご注文はこちらの中からお願い致します」
「お決まりになりましたら、近くの店員にどうぞご注文を♪」
「それでは説明は以上です、すぐに水をお持ちしますね!」
それだけ一気に説明して、店員さんはカウンターの裏に回り、水を用意してくれた。
かなり手慣れた様子で、こんな客ごった煮状態でも冷静に対処している。
経験豊富そうだな…ベテランの人なのかな?
風路
「はい…それじゃ、どうぞごゆっくり♪」
聖
「あ、ありがとうございます」
「えっと、とりあえずフライドポテトお願いして良いですか?」
風路
「はい、フライドポテトですね!」
「ご注文は、以上でよろしかったでしょうか?」
聖
「はい、お願いします」
風路
「かしこまりました! 阿須那ちゃんフライドポテト、ワン!!」
聖
(阿須那、そういえば今厨房にいるのか?)
俺はチラリと店内を見渡すが、阿須那らしき姿は確認出来なかった。
となると、やはり厨房にいるのだろう。
連絡した店員さんはハンズフリーの小型通信機を使っていた様で、それが直接厨房に繋がっているみたいだ。
となると、作ってるのは阿須那なのか?
俺はとりあえず、異様な雰囲気の店内の中、水を飲んで待つ事にした。
………………………
阿須那
「ほ〜い♪ フライドポテトお待ちどうさま!」
「って、聖!? どないしたん、こんな時間に…学校は?」
予想通り、阿須那がフライドポテトの乗ったトレーを持って来た。
そして、俺の顔を見るなり驚いて捲し立てる。
聖
「今日は始業式で半ドンだよ…だからもう終わってるの」
阿須那
「な〜んや…せやったら、お弁当無駄になってもうたな〜」
聖
「んな勿体無い事しないよ、ちゃんと食べた…美味しかったぜ♪」
俺が笑顔でそう言うと、阿須那は恥ずかしそうに顔を赤くした。
そして、俺の顔を見てられなくなったのか、顔を背けて頬をポリポリと掻いている。
な、何か新鮮な反応だな。
阿須那もちゃんと着物型の巫女服でコスプレしてるし、どこぞのゲームの◯ルーン族みたくなってる。
しかも関西弁だしな…しかし、この状況は…
聖
(ギャルゲーだ!)
間違いなく俺は阿須那のフラグを立てた事だろう。
それなりにドキドキするも、阿須那はすぐに表情を戻してプロの顔になる。
阿須那
「まぁ、ゆっくりしとき! 後10分でウチもあがるし、良かったら一緒に帰ろ♪」
滅茶苦茶ときめく笑顔でそんな事を言って厨房に戻る。
チクショウ、やっぱ阿須那のコスプレは反則だな…
しかし、これで予想通り光里ちゃんのフラグがへし折れる事となった。
流石に阿須那の誘いは断れん…頭が上がらんしな。
俺はそう思い、阿須那の仕事をチラ見しながらポテトを食べる。
美味い…ちゃんと塩が均等に振られてるし、揚げ加減も中ホクホクでバッチリ。
これだとコーヒーが欲しくなるな…とはいえ、相応の値段はかかるし、今日は我慢する事にした。
コーヒーはまた今度飲みに来よう。
阿須那
「ありがとうございましたー!! またのお越しをお待ちしてます〜!」
「あっ、いらっしゃいませー!! こすぷれ〜ん☆」
阿須那はホントに楽しそうだった。
こういった仕事って、偽の笑顔を振り撒いてるだけと思ってたけど、阿須那は違う。
ホントに楽しくて笑顔を見せてる。
阿須那の人気が高いのも解る気がした。
皆、あの嘘偽りの無い笑顔に癒されてるんだろうな…
聖
(スゴイな、阿須那…改めて、感謝しないとな)
風路
「本当は大変じゃない? 阿須那ちゃんとの生活」
聖
「えっ…?」
気が付くと、先程案内してくれた店員さんが俺の側にいた。
確か、風路さん…だったか。
この人、何かやっぱり他の店員とはオーラが違うよな。
風路
「阿須那ちゃん、本当は人間じゃないんでしょ?」
聖
「えっ…!?」
俺は息を飲んで驚いた。
幸い風路さんは小声で誰にも聞こえない様に配慮してくれている。
風路
「この店では、店長と私だけは阿須那ちゃんの正体知ってるから」
「阿須那ちゃんも、それは知ってるよ?」
そ、そうだったのか。
阿須那の奴、正体バラして仕事してたのかよ…
それで、大丈夫なのか…?
風路
「でも長く続けてたら、きっと多くの人に気付かれる」
「阿須那ちゃん、ホントにこの仕事好きでやってくれてるから、それが凄く心配で…」
「お義父さんも、裏方のコックでやってもらおうと考えているみたいだし、私もその方が良いと思う」
「義理の弟君としては、どう思う?」
最後に右手の人差し指を唇に当て、風路さんはウインクしてそう聞いて来た。
その可愛い振りに惑わされる事なく、俺は真面目にこう言う。
聖
「…アイツの好きに、やらせてやってください」
風路
「それで、良いの…?」
俺は静かに頷く。
風路さんは意外だったのか、少々驚いてはいる様だったが…
俺は阿須那を見ながら言葉を続けた。
聖
「阿須那のあの顔を見たら、とても止められません」
「アイツもきっと続けていきたいでしょうし、引き際が解らない程、愚かでもないですよ」
「何だかんだで、大人なんですから信頼してます」
風路
「ふふ、愛されてるのね阿須那ちゃん♪」
聖
「い、いやっ! 断じてそういう関係では!!」
俺が露骨に慌てると、風路さんは大人の対応で笑ってみせる。
分かっている…という事だ、この人相当な大物だなきっと…
見た目からして、プロって感じがするし、長く続けてる人なんだろう…
風路
「阿須那ちゃーん! そろそろ交替の時間よーー!!」
阿須那
「はーい! ほな、中に戻ります!! 皆さん、ごゆっくり〜♪」
阿須那がそう言ってポーズを取ると、客は一斉に歓声をあげる。
ホントに人気者だな…気が付けば阿須那に代わるように風路さんがホールの応対に向かっていた。
やっぱ、あの人動きが違う…
俺は伝票を持って立ち上がり、レジに向かう事にした。
………………………
阿須那
「あ〜! 前半終了ー!!」
聖
「お疲れさん、ほいコーヒー」
阿須那
「おっ、気が利くやん♪ あんがとな〜」
阿須那は缶コーヒー(流石にコールド)を笑顔で受け取り、すぐに缶を開ける。
そしてグビッと一口飲んで気持ちをリラックスさせた。
ちなみに今はふたりで店の外におり、歩きながら話をしていた。
阿須那
「ぷは〜! やっぱ仕事の後は美味い!」
聖
「はは…酒呑みみたいだな」
阿須那
「まぁ、流石に酒は夜中だけや…それにコーヒーが1番好きやし」
聖
「夜中だけって…飲んでたのか?」
俺が追求すると、阿須那はまぁな…とだけ答えて、コーヒーを口にした。
意外だな、酔ってる所は見た事無いけど。
阿須那
「まぁ、仕事仲間と飲みに行く時だけやからな〜」
「家では流石によう飲まんよ…誰かが間違えて飲んだらマズイし」
聖
「確かにな…成る程、そういう事ね」
「で、今日も夜勤なのか?」
阿須那
「せやで、代わりに後半休むさかい」
聖
「気が付けば、どんどん料理美味くなってるもんな〜」
「明日からの弁当も期待して良いのか?」
俺がそう聞くと、阿須那は当たり前や!と、強気で承諾する。
やる気は十分だな、これは期待出来る。
聖
「でも、無理だけはするなよ?」
「お前の代わりになれる奴なんて、家にはいないんだから」
阿須那
「分かっとる、ちゃんと体調は考えとるよ」
「アンタは何も心配せんでええ…皆の家は、ウチが必ず守ったる」
阿須那は強い意志を感じさせる口調でそう言う。
そして、その顔は優しかった。
改めて、俺たちは阿須那に支えられているのが解る。
いや、阿須那だけじゃない。
皆が皆を支え合って、俺たちは奇跡的なバランスを保っていると言って良いはずだ。
聖
「あ、そうだ! ちょっと、ここで待っててくれるか?」
阿須那
「ん? 何なん?」
聖
「良いから、すぐ戻るよ」
俺はキョトンした阿須那を尻目に、商店街のとある店に入った。
そして商品を確認し、俺は財布の中身を確かめる。
それをすぐにレジに持って行き、俺は大きめの袋を手に提げて阿須那の元に戻った。
………………………
聖
「お待たせっ」
阿須那
「何? 何を買うて来たん?」
聖
「いつもお世話になってる、阿須那へのプレゼントだよ」
阿須那
「えっ…!? ウチに…か?」
あまりにも突然の事に、阿須那は珍しく狼狽える。
そして、震える手で恐る恐るプレゼントの袋を手にした。
それなりに大きな袋なので、重量もそれなりだが、阿須那にはさして重くもないみたいだ。
阿須那
「あ…これ、コーヒーメーカー」
聖
「いつもインスタントだったろ?」
「それだったら、ちゃんと豆から挽いてドリップ出来るから、自分の好みで好きにブレンド出来るぞ?」
阿須那は全身を震わせ、放心している。
それは、貰った物が嬉しいからだけじゃない。
ただ、俺の素直な感謝の気持ちに、阿須那は感動して震えている様だった。
阿須那
「…アホやな、こんなん結構高かったやろ?」
聖
「気にするな! ◯きメモだったら誕生日にカラオケセットとかプレゼントするんだぞ?」
「それに比べたら安上がりだ!」
阿須那
「何やねん、それ…アホやな」
「……っく、ひっく…!」
何と、阿須那はついに泣き出してしまった。
そ、そこまで喜ぶとは思ってなかった。
っていうか、こんな阿須那見たの初めてで、俺も困惑してしまう。
だが、すぐに阿須那は空いてる手で涙を拭き、震えを止めた。
阿須那
「ありがとな、聖」
「こんな嬉しい事、2回目や…」
「1回目は、アンタに名前もろた事」
「そして、2回目が今や…これ、大事に使わせてもらうから」
聖
「ああ…そうしてくれると助かる」
阿須那
「それと、これはウチからの……」
聖
「…っ!?」
阿須那は袋をそっと地面に置き、獣の様な速度で俺の懐に潜り込む。
そして息を吐く間も与えずに、俺の唇を自分の唇で塞いだ。
誰が何と言おうと、接吻…キスだ。
俺は一気に頭が発熱して混乱し、訳も解らず自分を攻撃しそうになる。
離れようにも阿須那に後頭部と背中を抑えられ、身動きが取れない。
やがて数秒後に阿須那から唇を離され、阿須那はスッ…と一歩退がった。
その後、恥ずかしそうに俺から目を逸らしながら、袋を再び持ち上げる。
通り行く人の視線などお構い無しの強行策だったな…
そして、阿須那はやや俯いて静かにこう言う。
阿須那
「…ウチを本気にさせた罪は、重いで?」
聖
「えっ…?」
阿須那はそれ以上何も言わず、ゆっくりと歩き出す。
俺は、どんどん速くなる心臓の鼓動にドギマギだった。
まさか、俺のファーストキスを奪われ様とはな…
阿須那
「………」
阿須那は立ち止まっている俺に振り返る事なく、ただゆっくりと歩き続ける。
俺も置いていかれない様に、阿須那の背中を追いかけた。
この背中を、決して見失わない様に…
『とりあえず、彼女いない歴16年の俺がポケモン女と日常を過ごす夢を見た。だが、後悔はするはずがない!』
第1話『阿須那へのプレゼント、阿須那の気持ち』
To be continued…