第4話
ガタンガタン! ガタンガタン!
唐突に電車が移動する音。
そう、今俺たちは電車に揺られているのだ。
守連
「わぁ〜綺麗な景色〜♪」
華澄
「ふむ、後何駅位で着くのでしょうか?」
女胤
「まだ、大分先ですわね…10駅以上ありますわ」
阿須那
「まぁ、ゆっくりしようや…折角の旅行なんやし♪」
それぞれが、思い思いの期待を寄せている様だった。
そう、俺たちは今回、旅行に出ている。
それも、海に向かって!
………………………
聖
「はぁっ!? 2泊3日の旅行券が当たった!?」
それは、8月22日の朝だった。
唐突に電話が鳴ったと思ったら、朝っぱらから母親が俺にかけてきたのだ。
向こうでは既に深夜だそうだが、どうやらアメリカにでも行ってる様だな…
母
『そっ! 速達で送ってるから、そろそろそっちに着くと思うわよ?』
『どうせ私たちは行けないし、良かったら友達でも誘いなさい…』
『一家族分だから、5人位までならタダで行けるはずだしね♪』
『それじゃ、明日も早いから切るわね?』
『貴方の事だから心配は無いけど、何かあったら何時でも言うのよ?』
『それじゃ、お休み…』
それで電話は切れる。
お休みって、こっちではおはようだっつーの。
俺は頭を掻き、とりあえず着替える事にした。
まずは皆と相談しないとな。
………………………
聖
「と言うわけで、旅行券をゲットした」
「で、お前ら行きたいか?」
守連
「わぁ〜私は行きたい〜! 海〜♪」
阿須那
「ええやん♪ 折角やし、ウチも休養がてら連休貰うわ!」
華澄
「ふむ、それなら拙者も合わせて休みを頂きます」
「皆との旅行、楽しみでござるな…♪」
女胤
「私(わたくし)は聖様が行かれるなら、もちろんお供致します♪」
俺は、皆が集まる昼にリビングで旅行の話をした。
皆乗り気の様で、既に頭が旅行に切り替わっている様だな。
なら決まりだ…俺は軽く息を吐き、こう告げる。
聖
「なら、予定は3日後だ! 2泊3日だから、最低でも3日は予定を開ける様に!」
全員が頷き、それぞれの思いを馳せる。
色々不安はあるけど、まぁ何とかなるだろ。
俺はそんな風に考え、早速水着の用意をする事にした。
………そして今。
聖
「ほい、これであがり!」
守連
「あ〜やられた〜」
阿須那
「これで守連が大貧民やな」
女胤
「しかし、華澄さん強すぎますわよ…」
華澄
「いえいえ、運でございますよ」
移動中の電車内で、俺たちはトランプの大富豪で時間を潰していた。
ことのほか場は盛り上がり、既に1時間は過ぎようとしているで。
現在順位は上から華澄、阿須那、女胤、俺、守連だ。
ここまで、華澄は1度も富豪以下には落ちておらず、阿須那と激しいトップ争いをしている。
残り3人は下の不毛な争いを繰り返していた。
ちなみに、今回は皆それなりに偽装はしている。
阿須那や守連は帽子と大きめのスカートで耳と尻尾は隠す。
女胤は大きめの帽子を頭の花に被せる事で、何とか偽装は成功していた。
思ったより、人目からは気にされないモンなんだな…?
華澄
「そろそろ着きそうですが、まだ続けるでござるか?」
阿須那
「1ゲーム位行けるやろ、最後はウチがトップで終わらしたる!」
阿須那はやる気の様だった。
とはいえ、流石に俺は疲れる。
守連たちはどっちでも、という感じだな。
聖
「まぁ、今回はこれで終わりにしよう」
「まだ旅行は始まったばかりなんだから、遊ぶのは何時でも出来るし」
俺がそう言って締めると、阿須那も納得したのか渋々引く。
何だで阿須那も勝負には熱くなるタイプだな。
これでいて、勝負事にはちゃんと強いのだから何気に凄い。
俺たちの中じゃ最年長だし、唯一の成人だしな。
華澄
「では、カードを片付けましょう」
「皆さん、飲み物をどうぞ」
華澄はカードをケースに仕舞い、それを鞄に仕舞う。
そして、小型のクーラーボックスから5人分の飲み物を出した。
守連
「ありがと〜♪」
阿須那
「おおきにな」
女胤
「助かりますわ♪」
聖
「さんきゅ」
守連はオレンジジュース、阿須那はコーヒー(流石に今回はホットではない)、女胤はミルクティー、俺はコーラだ。
そして、華澄は自分用の水筒を取り出し、お茶を飲んでいた。
何気に皆好みは違うんだよな…
守連は果物系のジュース(特にオレンジ)が好きだし。
阿須那は生粋のコーヒー党(ブラック派)。
華澄はお茶系(主に緑茶)と天然水以外飲んでる所を見た事無い。
女胤も殆ど紅茶(基本的にはストレート)メインだったな。
俺は大体炭酸系かスポーツドリンクだし。
良くも悪くも、趣味も好みも違う5人がこうやって仲良く出来ているのだ。
ある意味、これは奇跡的なんじゃないかと切に思う。
そして、俺はそんな奇跡を大事にしたいと思った。
それから数分後…遂に俺たちは目的地である、終着駅へと到着した。
………………………
阿須那
「あ〜! やっとか〜!!」
阿須那はまず駅から出てうーん、と体を伸ばした。
流石に1時間半も電車で揺られるのはしんどいわな。
俺も首をコキコキと鳴らす。
運動不足は仕方ないか…殆どインドア派だからな俺は。
華澄
「さて、ここからはバスで移動ですな…」
「おお、あそこにバス停がありますぞ?」
華澄が旅行パンフレットを見ながら皆を誘導する。
そして、全員が荷物を持ってバス停に集合するが…
守連
「…次のバス、1時間後だよ〜?」
守連が複雑そうな表情でそう言う。
成る程、辺境だとは思ってたが、ここまでだとはな。
お世辞に俺の住んでる街はそこまで都会ではないとはいえ、終着駅まで来るとここまで違うのか…
まぁ、慌てても仕方ないな…時間調整しなかった俺たちの落ち度だし。
華澄
「仕方ないでござるな、先に食事に致しましょう」
「幸い、駅前に小さな定食屋が有るでござる」
「そこで早めの昼食にして、時間を潰しましょう」
華澄の提案に全員が頷く。
そして、俺たちは荷物を持って喫茶店に入って行った。
カランカラン…
やや古びた音が鳴り響く。
中にはひとりも客はおらず、寂れた店だった。
やがて、店の奥からひとりのお婆さんが現れる。
結構な年の様だが、腰も折れていないし元気な様だった。
お婆さん
「いらっしゃい…あらまぁ、めんこいお嬢さんたちじゃね〜♪」
守連
「めんこい?」
華澄
「可愛い、と言う意味でござるよ」
「5人ですが、大丈夫でござるか?」
お婆さん
「あらまぁ、まるでお侍さんみたいね〜」
「えぇえぇ…好きな席にどうぞ♪」
「こんな、寂れた店によう来てくださって…」
「すぐにお水をお持ちしますね…」
華澄
「…ここは、お婆さんひとりで?」
華澄はあまりに静かな店内を疑問に思ったのか、そう訪ねる。
店長と思われるお婆さんは、苦笑いでこう答えた。
お婆さん
「そうねぇ…もうそろそろ、店仕舞いしようと思ってるのよ」
華澄
「どうしてで…ござるか?」
お婆さん
「ほら、こんな所だとお客さんも少なくてねぇ…」
「私も年だから、これ以上は…ね?」
そう言ってお婆さんは全員分のコップを持って来てくれた。
そして、冷たい水の入ったポットを持って注いでいく。
聖
「華澄、お前が気に病んでもどうにもならない」
「気持ちは解るが、座ってメニューを見ろ」
「そしてちゃんと注文して飯を食え」
「それが、今出来る俺たちのお婆さんへの恩義だ」
華澄
「…!? は、はいっ、申し訳ございません!」
「それでは皆さん、早速食事を頼みましょう!」
「…拙者、この『たらこパスタセット』と言うのをお願いするでござる!」
そう言って華澄は1番最初に決める。
こういう時は即断即決だもんな華澄は…
お婆さんは嬉しそうに伝票に記載した。
阿須那
「ほな、ウチはカレーセットでええわ」
守連
「私、オムレツとチーズハンバーグとライス大〜♪」
女胤
「私はチキングリルとサラダを頂きますわ」
聖
「俺はピラフセットでいいや」
お婆さん
「はい、承りました…時間かかるかもしれないけど、待っててね♪」
そう言って、お婆さんは厨房に入っていく。
動きはまだまだ衰えてない感じだな。
これは思ってるより期待出来るかも…
そして、俺たちは予想していたよりも早く完成した料理群を見て驚愕する。
………………………
守連
「ハムハム…美味しい〜♪」
阿須那
「マジか…この速度でここまでの料理出せるんか?」
華澄
「凄いでござる…お婆さん、もしや相当な達人と見受けますが!?」
俺たちが驚き、華澄がそう訪ねるとお婆さんは笑顔で軽く答える。
お婆さん
「ふふふ、これでも50年やってますからね?」
「同時に注文されても、ちゃんと時間を効率化して料理が出来る様にしてるから♪」
事もなげにそう言ってしまう。
だが、現実にこれだけの量の料理が15分程で出来てしまっているんだ。
やっぱ、経験って凄いな…
女胤
「味も素晴らしいですわ…! どれも手が込んでいるみたいですね…」
お婆さん
「ふふ、ありがとね♪ そう言ってもらえて、とても嬉しいわ♪」
お婆さんは本当に嬉しそうだった。
これだけの料理が出てくるのに、客が入らないなんて…何か理不尽だな。
聖
「…よし!」
華澄
「聖殿、スマホを取り出して何を?」
俺は料理に手を付ける前に、スマホのカメラで料理を撮影した。
そして、それを確認してから改めて食事を始める。
うん、やっぱり美味しい!
俺は大満足の味の料理をすぐに平らげた。
………………………
華澄
「聖殿、何をしているのですか?」
聖
「ん? ちょっと情報サイトにな…投稿してるんだよ」
俺はそう言って、華澄にスマホの画面を見せる。
俺は、ここの料理を撮影して、実際に食べて感想をブログサイトに投稿したのだ。
そこでは、常に色んな場所の食事が投稿されていて、世界中の人がそれを見ている。
俺は、ここの美味しい料理が評価されないのをおかしいと思い、この投稿をする事に決めたのだ。
ここの料理は間違いなく美味しい。
そして、その味をもっと色んな人に知ってもらいたい。
だったらこの程度の行動でも、力になれればと思った。
阿須那
「成る程なぁ…それならウチもやってみようかな」
「お婆さん、デザート頼むわ! フルーツパフェお願い!」
お婆さん
「はいはい、すぐに用意しますね…」
阿須那がそう注文すると、5分もしない内にデザートは完成した。
そして、阿須那はそれを撮影して食べ始める。
俺と同じ様に、阿須那は満足そうに感想を投稿した様だった。
阿須那
「よしっ、ついでに仕事仲間にもシェアしといたわ」
「運が良かったら、すぐに拡散されるで♪」
聖
「流石だな、やっぱり飲食店勤務だから、そういう所には強いのか?」
俺がそう聞くと、阿須那はまぁな、と言って食後のホットコーヒーを飲む。
守連たちは不可思議な様だったが、まぁ仕方ないか。
聖
「まぁ、気にするなよ…ちょっとした支援だ」
「見る人が見てくれたら、もっと客が来てくれるかもしない」
「後は、その人たちの仕事だ」
華澄
「そうですか…それなら拙者は何も言いません」
「聖殿が考えられた事、きっと何か意味がありましょう」
守連
「うんうん! ここのご飯、とっても美味しかった♪」
「この美味しさを知ったら、また食べたくなるよ〜♪」
お婆さん
「あらあら、ありがとね〜」
「ふふ…最後に、こんな良いお客さんに出会えて、とても良かったわ〜♪」
お婆さんも嬉しそうだった。
最後か…出来れば、最後にはしてほしくないかな。
女胤
「ですが、これだけの料理、最後にするのは惜しいですわね」
阿須那
「まぁ、決めるのは店長のお婆さんやで…」
「ウチらは美味しく頂いたんや、今はそれでええやろ?」
阿須那の言葉に女胤も納得する。
そう、間違いなくここの料理は美味しい。
後は、どれだけ他の人が広められるかだ。
俺たち皆が大満足の味。
きっと、他の人だって美味しいと言ってくれるはずだ。
………………………
聖
「さて、時間はどうだ?」
華澄
「そうですな、後10分程です」
聖
「なら、そろそろ出よう…お婆さん! お会計お願いします!」
お婆さん
「はいはい…それじゃあ」
俺は伝票を持ってレジに向かう。
そして、代金を支払って店を出た。
それぞれが思い思いの感想をお婆さんに語り、それを聞いたお婆さんは本当に嬉しそうな顔をしてくれる。
守連なんかは、そんなお婆さん相手に特にニコニコしていた。
しかし、あの量に対して料金設定もそれ程高くなかったよな…実に満足度の高い設定だ。
俺たちの投稿で少しでも客足が増えてくれたら、お婆さんは喜んでくれるかね?
………………………
ブロロロロロッ!!
それから、俺たちはバスに乗って一路海を目指す。
昼飯も美味しい料理が食べれたし、あそこは本当に良い店だったな。
守連
「聖さん、また…あの店に行っても良い?」
聖
「え? そうだな、また帰りにでも行くか?」
守連
「うんっ♪ 私、あのお婆さんの料理、とっても気に入ったよ♪」
「まだ、続けてくれると良いな…」
守連はそう言って少し悲しそうな顔をする。
コイツは美味しい料理には目が無いけど、ここまで残念そうな顔をしたのは初めて見るな。
とはいえ、実際に投稿した程度で、そこまで効果があるかは正直解らない。
お婆さんは年齢の問題もあるし、続けるにはそれなりの覚悟もいるだろう。
実際には、金銭的な事よりも難しい問題だろうな。
守連
「お婆さんも、とっても良い人なのに…」
「どうして、お客さん来ないのかな…?」
守連はそれでも悩んでいる様だった。
実際、あの店の料理は絶品だ。
あれで潰れてしまうのは、確かに惜しいだろう。
だけど、それをどうするか決めるのはあのお婆さんだ。
俺には、それ以上は何も言えなかった。
聖
「…今は気にするな守連」
「とにかく、今は旅行中」
「その事はとりあえず置いておいて、これからの事を考えよう」
「じゃないと、折角の旅行なのに楽しくないぞ?」
俺がそう言ってやると、守連は少々納得いかない顔ながらも、ちゃんと切り替えて笑顔を見せた。
守連
「…うん、そうだね」
「今は、皆と楽しむ事を考えるよ〜♪」
それを聞いて、俺も改めて気持ちを切り替える。
さぁ、次は海だ…俺にとっても記憶が薄い海水浴だし、コイツらと一緒は初めて。
さて…一体、どんな海水浴になるかな?
………………………
華澄
「ふむ、この旅館がそうですかね?」
聖
「ああ、それっぽいな…うん、名前も合ってるし」
阿須那
「へぇ〜結構良さそうなとこやん♪」
「ちなみに予算は大丈夫なん?」
聖
「大丈夫だよ、ちゃんと旅行券の範囲内で支払えるから」
俺はそう言って旅館の外観を見渡す。
それなりに大きな旅館で、客も結構泊まっている感じだな。
ここは、いわゆるシーサイドビューというタイプの所で、旅館の部屋から海が一望出来るのがウリ。
それだけに海からは近く、利便性も良い。
料金も高すぎず安すぎずの範囲で納めてあり、基本的には問題は無いはず。
そして、俺たちは早速受付に向かう。
現時刻は昼過ぎ、少しゆっくりしてから海かな?
………………………
受付嬢
「魔更様御一行でございますね? 畏まりました、これが部屋のキーとなります」
「あちらにエレベーターがございますので、よろしければご利用ください」
「何かお申し付けがございましたら、部屋の内線でご連絡を…」
聖
「ありがとうございます」
俺はそう言って鍵を受け取る。
部屋番は『439』…4階か。
なら、とりあえずエレベーターだな。
俺たちは近くのエレベーターの前に立ち、ボタンを押して待った。
………………………
チーン!と、音がして扉が開く。
守連がビクッとしていたが、初めてで驚いたのだろう。
そして、エレベーターから数人の客が降り、俺たちと入れ替わりになった。
その際、一瞬妙な顔をされたが無視して自然にしておく。
一応、見た目の対策はしてるし、すれ違い位なら大丈夫だろ。
俺はそう思い、すぐにエレベーターのドアを閉めてボタンを押した。
そして、すぐにエレベーターは上に動き出す。
殆ど揺れも無く、軽快に上へと登って行った。
………………………
聖
「ふぅ…意外に疲れたな」
華澄
「ふふ、聖殿も久し振りの旅行との事…それも致し方ありますまい」
「それで、まずはどう致しましょう?」
聖
「まずは荷物置いてゆっくりしよう…」
「とりあえず、各人自分のベッドを決めろ」
「俺は端のコイツをいただく」
俺はそう言って自分が確保したベッドの上に、とりあえずボストンバッグを置く。
この中には着替えやら何やらの生活品が多数入ってる。
そして、俺はとりあえずベッドに腰かけて息を吐いた。
阿須那
「ほな、ウチは逆の端にするわ」
華澄
「では、拙者は聖殿の隣に…」
女胤
「ちょおっと待ちなさい!! そこは私がいただきますわ!!」
聖
「はい却下〜早い者勝ちだ、お前は阿須那の隣に行け」
「守連は真ん中だ」
俺がすかさずそう言うと、女胤は渋々阿須那の隣に座った。
やれやれ…この調子じゃ何しでかすか解らんなアイツ。
俺はとりあえずバッグからスマホの充電器を出し、枕元にあるコンセントに指して充電を開始する。
そして水着やパジャマを確認したら、とりあえずバッグは床に。
そして充電中のスマホを操作しながら、とりあえず周辺を検索してみた。
ふむ、海水浴場は近いが出来れば人目は避けたい所だな。
となると、やはりちょっと遠くてでも人気の少ない所を選ぶか。
俺は航空写真画像の地図アプリで調べながら計画を立てる。
とりあえず、まずは海だからな。
やっぱり泳がないと!
聖
「よしっ、決めた! じゃあ、とりあえず30分後に出発だ!」
「それまでに各自準備しておく様に!」
「部屋の外に出ても良いが、ポケモンだとバレない様にしろよ?」
「特に守連と女胤!」
守連
「は〜い」
女胤
「私もですか!? くっ…了解致しました」
守連は特に文句も言わず素直に従う。
女胤は自分が1番ロクでもない事にまだ気付いていないのか、納得しかねる顔だった。
やれやれ、ホントに頼むぜ…?
聖
「じゃあ、俺はちょっと部屋を出るから大人しくしてろよ?」
「華澄、監督はしっかり頼んだ」
華澄
「承知! この華澄にお任せを…」
俺はこうして、部屋を出る。
財布はあるな…とりあえず売店に行くか。
………………………
聖
「結構色々あるな」
俺は1階の売店で色々見繕っていた。
一応、浮き輪とかゴーグルは事前に用意してたものの、それ以外の遊具は余り用意してなかったからな。
とはいえ、皆は初めての海だし、出来る事はそこまで無いかな?
でも、ただ泳ぐだけって言うのもアレだし…
聖
「おっ、ビーチボールか」
俺は空気で膨らませるタイプのビーチボールを発見する。
ふむ、これなら持ち運びも便利だし、皆で遊べるな。
俺はそう思い、購入を決意。
そして、他にも大きめのブルーシートと折り畳みのビーチパラソルを購入しておいた。
………………………
聖
(さってと、まだ少し時間あるけど…)
俺は、そう確認しながら1階のロビーで考えている。
今の時間、他の客は皆外で遊んでいるのか、あまり姿は見えなかった。
だが、そんな中で異様な視線を俺に向ける何者かが近くにいる。
そして、そんな存在を見目にした俺は、心の中でこう思った。
聖
(ウホッ! 良い女!!)
良い女
「………」
そう、エレベーターの向かい側。
壁の側に置いてある長椅子でソイツは足を組み、両腕を広げて椅子にもたれ掛かりリラックスしていた。
そんな女は俺を見て微笑し、俺は思わず視線を合わせてしまう。
そしてここで俺は気付く。
聖
(コイツ…人間じゃない!)
よく見れば、髪は白髪で後髪は少しだけウェーブがかかってる。
後頭部の辺りからふたつの耳の様な物が飛び出しており、第一印象はとにかく白い、だ。
そして、俺を誘うかの様な妖艶な青い瞳は釣り目で鋭く、俺の目を見て離さない。
他には首にふたつの白いリング。
服装は完全にハイレグ系でこれまた白。
まるで羽毛の様なデコレーションも付いているが、鳥系だろうか?
だが、俺は更に目を奪われる物に気付く。
それは翼と尻尾。
背中から生える1対の白い翼は大きく、威圧感がある。
そして尻尾…その特徴的なデザイン。
椅子に座っている為、尻から横に飛び出した形だが、弾丸の様な形状にふたつのリング。
回転する事を前提としている様な形のそれは、まさにソイツの代名詞。
俺は確信を得ながらも、その場から動けなかった。
そんな俺の姿を意に介する事無く、ソイツは右手で胸元の服を下にズラして開く。
目測90近くはあろうかという豊満なバストが、乳首の見えるギリギリまで露になり、俺はドキッとする。
そんな俺の反応に興味を示したのか、ついに女は言葉を発した。
良い女
「…やらないか?」
聖
「やるかボケェッ!?」
俺は全力で言い放つ。
幸い近くに人はいなかった様で良かったが、少し冷静ならねば!
コイツは間違いなく『レシラム』だっ!
よもや、ついに禁止伝説まで放り込まれて来たか!?
ウチのメンバーはことのほか低種族値多めだから、今までだとダントツトップだな!
しかし、何でこんな所に出て来るんだよ…?
そもそもコイツも俺の部屋から出て来たのか?
そんで、わざわざ飛んでここまで来たとかか!?
レシラム
「ふむ、てっきりこの体に興味があると思っていたのだがな…」
「もっとはっきりと、交尾しようと言った方が良かったか?」
聖
「とりあえず黙れ! そして帰ってくれ!!」
「こちとら、既に店員オーバー! 禁止伝説とか絶対養えない!!」
つかそもそも、禁止伝説ってどんな生態なんだ…?
まぁ、ツッコムだけ無駄なので、俺はさっさと話を変える。
聖
「で、お前も俺の部屋から出て来たオチか?」
レシラム
「何の事だ? それより、早速子作りしよう」
聖
「まずはお前の桃色脳ミソを切り替えろ!!」
「お前はどこから来た!? 何が目的だ!?」
もはや、開幕から発情しっぱなしのバカに、俺は全力でツッコム。
どうせ記憶喪失とか言うオチだろうが…
レシラム
「…目的か、よくは解らんが、強いて言うならお前だ」
「どこから来たとは説明出来んが、我々はお前を求めている」
コイツ…今何て言った? 我々…だと!?
まさか、他にも仲間が存在して、組織的な何かで俺を狙ってるのか!?
レシラム
「人化する等、こんな展開は予想していなかったが、幸い人間の体を得られたのだ」
「ならば、やってみる事はひとつだろう? 子孫を残す事だ」
「我々の様なポケモンは、本来子は作れぬ」
「だが、この体ならそれが出来るかもしれない」
「さぁ、我が伴侶よ! 我を受け入れよ!?」
レシラムは両手を広げ、俺に飛び込んで来いとアピールした。
俺は後退り、エレベーターのドアに背を合わせる。
コイツは何かヤバイ。
守連たちとは違う、明確に目的を持って俺を狙ってやがる。
しかも、それは決して踏み込んでは行けない誘惑的な花園だ。
俺はとりあえず、数秒その場で動きを止めた。
そして、奴も動かずにいた所で…
チーン!
聖
「今だ!」
レシラム
「させ……っ!!」
俺は他の客が乗っていたであろうエレベーターに無理矢理駆け込む。
俺はぶつかった客に謝りながらも手荷物ごと体を中にねじ込ませた。
そして、客が全員出たと同時にドアが閉まる様、ボタンを操作する。
レシラムは客の波に無理に逆らう事は無く、むしろその場から一瞬で離れて行った様だ。
あれだけ目立つ格好なら、アイツもあまり人目には着きたくないって事だな…
やっぱり、アイツは明確に俺を狙ってやがる。
しかも、我々とか言ってたし…こりゃ、とんでもない事になりそうだな。
聖
(くっそ…折角の旅行なのに)
すでに嫌な予感が出始めた。
皆には話した方が良いだろう。
………………………
華澄
「何ですと!? 襲撃…?」
俺は部屋に戻るなり、皆に相談した。
さっきの経緯と、まだ他にも来訪者がいるかもしれないと言う事。
そして、これからどうするか…
阿須那
「けったいな奴やな…子作りとか、そんなんは女胤だけで十分や」
女胤
「サラリと人を同列に並べないでください!!」
いや同列だろ…下手したら同居してる分、お前の方がむしろ怖いわ。
とはいえ、ホントにそれが本当の目的かどうかは、イマイチ解らん所だが。
しかし、あれは野性本能とでも言うんだろうか?
レシラム程数が少ないと、ああもなるものなのか?
守連
「聖さん、大丈夫?」
聖
「ああ、俺は大丈夫だよ」
「それより、これからどうするか…」
華澄
「…その者は、人目を避けたのですな?」
聖
「ああ、そう見えた」
「客の姿を見て、一目散に逃げたからな」
「明確に、自分の姿が目立つ事は多分認識している」
「ありゃ、ただの記憶喪失とかじゃ無さそうに見えた」
少なくとも、本人にとっても人化は予想外だが、結果的に好都合だったらしく、桃色脳ミソで俺に発情してやがった。
だけど、俺を求めて来た…か。
聖
(…一体、俺は何なんだ?)
その答えが出ないのはもう解りきってる、今は考えるだけ無駄だ。
問題は、奴に敵意が有るか無いかだ。
少なくとも、まずそこがはっきりしない。
単に俺が目的なだけなら、他の事はどうでも良いタイプなのだろうか?
華澄
「…とりあえず、予定通りここを出ましょう」
聖
「良いのか? 待ち伏せてるかもしれないぞ?」
華澄
「それならそれで好都合…まずは会ってみない事には」
「それに、人目を避けるのでしたら、近くにはもうおりますまい」
「この旅館を利用している客は数多い」
「日も沈んでくれば、他の客で溢れましょう」
俺は華澄の意見を考慮し考える。
確かに、会ってみない何とも言えないか。
敵かどうかも解らないのは確かだし。
聖
「分かった、じゃあ外に出よう」
「とりあえず、出たら出たという事で今は置いておく!」
「折角の旅行なんだ、そっちを優先しよう!」
俺がそう切り替えると、とりあえず皆は笑顔になる。
そう、今日は遊びに来たんだ。
突然の来訪者に驚きはしたものの、俺たちの目的は変わってない。
まずは遊ぶだけ遊ぼう。
『とりあえず、彼女いない歴16年の俺がポケモン女と日常を過ごす夢を見た。だが、後悔はしていない』
第4話 『禁伝の中でも、レシラムは環境的に不遇すぎる…』
To be continued…