第1章 第8話 トレーナーズスクールにて
ツツジから与えられた『宿題』を覚え、深い眠りに落ちていたリーフは目を覚ました。
「もう8時か……トレーナーズスクールはもう授業が始まっているかもしれないわね」
パジャマ姿のままベッドから離れ、目を擦りながらリビングに向かう。
リビングルームではアカネが簡単な朝食を作ってリーフが起きてくるのを待っていた。
「お早うさん。上手く出来たかどうか自信が無いんやけど、作っておいたわ」
スクランブルエッグとレタスが皿の上に盛られ、備え付けのコップには牛乳が注がれている。
同じ大きさのお椀が2つあり、そこには即席の御飯と味噌汁が入っていた。
「おはよう……凄いわねコレ。ちょっとした御馳走じゃない」
「そんな大層なモンやあらへんよ。朝食を食べて着替えたら、ツツジはんの所に顔を出しとこか。
お互いに挑める程のレベルや無いけどな……」
食事を取る前に手を合わせ、生命を貰う事に感謝しつつコップを手に取るリーフ。
牛乳を一口飲むと、今まで飲んできた牛乳とは違う、濃厚さが感じられた。
「ウチの連れてるミルタンクの母乳や。特に朝一番に絞ったものは身体に良いんやで。
スッキリした状態で1日を過ごせるから、愛飲してるんよ」
口当たりも滑らかで、あっと言う間に喉の奥へと消えていく。
まだ少しだけぼんやりしていた頭が、覚醒していく様だった。
「ツツジさんは生徒達に授業を教えているでしょうから、それが終わるまで邪魔は出来ないわね」
「部外者もトレーナーなら一緒に授業を受けても大丈夫らしいで」
御飯を食べ、味噌汁を啜り、皿の上にあったスクランブルエッグとレタスを綺麗に片付ける。
アカネと他愛も無い話をしながら食事を終えた後、リーフは着替えを済ませ宿舎の外に出た。
宿舎からトレーナーズスクールまで徒歩で約2分。
隣にあるのだから当たり前なのだが、広いグラウンドを通って施設内に入るまでの時間も短かった。
「ツツジさん、何処にいるのかしら」
「何処かの教室にいると思うんやけどな。しらみつぶしに探してみよ」
アカネとリーフ、そして宙にふわふわと浮いているロトム図鑑が廊下を通り抜け、教室の中を覗きこむ。
トレーナズスクールではツツジ以外にも教師が多数おり、1つの教室に対して20名程の生徒と1人の教師がいる様な形だった。
『皆真剣そうロ』
何を言っているのか教室の外からでは解らなかったが、生徒達が目を輝かせ、授業に臨んでいるのが伝わってくる。
教師も時には熱く、時には冷静に生徒達と向き合い、立派なポケモントレーナーを育成する為に心血を注いでいた。
そうして教室を巡り、3階に上がった所で2人はツツジを発見する。
「ごきげんよう。昨日は宿舎でよく眠れまして?」
休み時間が終わり教室に向かおうとしていたのか、ツツジは教室の扉に手を添えていた。
「ええ、おかげさまで。宿題の方もしっかり済ませました」
「折角だから、私の授業を受けていってくださいまし。私が教えている可愛い生徒達も紹介して差し上げますわ」
微笑みながら手招きをし、リーフとアカネを教室の中へと誘うツツジ。
ただ待っているよりは有難いと思いつつ、2人は彼女の好意に甘える事となった。
教室内には大きな長方形のホワイトボードと教壇、それに向かい合う形で沢山の机が並んでいる。
20名程いた生徒は皆リーフやアカネと歳が近いか同じ位に見えた。
「先生、その人は?」
男子生徒の1人が椅子に座り頬杖をついたままツツジに対して質問をする。
「私と勝負したいと申し出てきているポケモントレーナーの卵ですわ。
卵と言う意味では貴方達と同じ。今日は特別に彼女達を交えた授業を行いましょう」
ツツジはそう言うと別の生徒に教室の隅に置かれていた予備の机と椅子を用意させ、2人にそこへ座る様促した。
「今日はポケモンのタイプ相性について学んでもらいますわ。
私がバトルに用いているのはいわタイプですけれど、他にも様々なタイプを持つポケモンがいますわね」
ツツジはそう言いながらホワイトボードに2つの円を描き、2つの円が重なっている部分を赤く塗り潰す。
「イメージとしてはこの様に考えてもらうと解り易いですわね。弱点が重なっていればタイプ複合により4倍。
逆に耐性が重なっていればダメージは4分の1。
バトルにおいて重要なのは、いかに相手に耐性を押し付け、自分が相手に対して弱点を突けるか。
その為には全てのタイプを把握し、対策を練る必要がありますわ。リーフさん」
リーフは突然名前を呼ばれ、椅子から立ち上がる様促された。
他の生徒達が全員座っている中、自分だけが立っていれば否応無しに注目される。
緊張しながらも、リーフは自分が試されているのだと己に言い聞かせ心を落ち着かせた。
「ヤミラミの弱点を突けるタイプが何か、お解りになりまして?」
「ヤミラミはフェアリータイプでのみ弱点を突けます。フェアリータイプが発見されるまでは弱点が存在しませんでした」
リーフが昨日の夜ポケモンのタイプをロトム図鑑で調べていた際、まず質問されるであろうと思ったポケモン。
『ヤミラミとミカルゲは数年前にフェアリータイプのポケモンの存在が確認されるまで、弱点が存在しないと言われていたロ。
ただし、ゴーストタイプを一時的に無効化する技もあって、一手間をかける事により弱点を突く戦法もあったらしいロ』
ゴーストタイプとあくタイプの複合により、お互いの弱点を補完し合う形となり弱点が消滅したヤミラミ。
だがあくタイプに対して効果抜群の攻撃を繰り出せるフェアリータイプの登場により、弱点無しと言う前提が崩れ去った。
「満点の解答ですわ」
ツツジは笑顔を見せながら、ホワイトボードに様々な事柄を書き記していく。
「ドラゴンキラーと呼ばれるフェアリータイプの登場によって、ポケモンバトルは覇者が存在しない群雄割拠の時代に突入しましたわ。
本当の意味で最強と呼ばれるポケモンはいなくなり、逆を言えばどんなポケモンであろうと勝てる可能性が広がったと言う事。
そして勝つ可能性をさらに高めたいのであれば、タイプ相性をしっかりと把握しておく必要がありますわよ」
ホワイトボードに『攻撃』『特殊攻撃』『防御』『特殊防御』と言う言葉が並んだ。
「ポケモンバトルにおいて重要なのは、ポケモンのステータスを把握したうえで最適な技を選ぶ事。
攻撃のステータスが上昇し易いポケモンには攻撃技を、特殊攻撃のステータスが上昇し易いポケモンには特殊攻撃を。
そしてポケモンが元々持っている固有のタイプ以外の技を覚えさせる事が大事ですわね。
それは何故か、解る方は挙手をしてくださいまし」
ツツジがそう言って生徒達を見つめる。理由が解ってはいるのだが挙手して答えるのが恥ずかしいらしく生徒達は動けなかった。
リーフは率先して手を挙げると、積極性を見せる為に立ち上がって答える。
「出来るだけ、多くのポケモンに対して弱点を突ける様にする為です」
「その通り。理想は勿論、タイプ一致技で相手の弱点を突く事ですけれど、それがすんなり出来る事があまり無いと言うのも1つの現実ですわ。
弱点をなるべく多く突ける様にタイプを選ぶ。複合タイプであれば、一致技で多くのポケモンの弱点が突ける状態が望ましいですわね」
一例ではあるが、バシャーモやゴウカザルと言った『ほのお・かくとうタイプ』のポケモンは非常に強い。
むし・くさ・こおり・はがねタイプの弱点を突けるほのおタイプ、ノーマル・こおり・いわ・あく・はがねの弱点を突けるかくとうタイプ。
さらにエスパー・じめん・みず・ひこうタイプの4タイプでしか弱点を突けず、4倍ダメージが与えられない。
「バシャーモやゴウカザルが優れているのは、相手のポケモンに対して『どうしようもない』と言う状況を作り難いと言う点ですわ。
相手がゴーストならばほのおで攻め、エスパーやみずならばかくとうタイプで少なくとも等倍のダメージを与えられますの。
メガシンカした『メガバシャーモ』は特に『特性』が優秀で、殆どのポケモンを相手にしても怯まずに戦っていけますわね」
ターン経過毎に素早さが上昇していくと言う、ぶっ壊れた性能を持つ『かそく』持ちのメガバシャーモ。
勿論『トリックルーム』等の対策技はあるものの、明確な対処法が無ければあっと言う間に歯が立たなくなってしまう。
ツツジの様な『いわタイプ使い』にとっては、天敵の様なポケモンだった。
「いわ・じめんタイプのポケモンならば特性『がんじょう』で耐えて、最高威力の『じしん』を放つと言うのもバシャーモ攻略法の1つですわね。
この様に、どれ程優れたポケモンだろうと明確に対策され、弱点を突かれれば倒れてしまう。
そこで3匹あるいは6匹の『パーティ』のバランスを整え、戦う事こそバトルの肝だと言えますわ」
バシャーモでもいわタイプの攻撃で倒せると言う点を強調する辺りに、ツツジのいわタイプ使いとしてのプライドが垣間見える。
相手が誰であろうと怯まずに戦っていく。そんな彼女の決意が感じ取れる様な言葉だった。
「それでは、ココで休憩時間を取りましょう。休憩した後は体育館に移動して実戦訓練。
リーフさんのポケモンと戦い、実際にバトルを行う事で感覚を掴んでいく事が肝要ですわ」
20名の生徒を相手にしての実戦訓練。ツツジが気を利かせて用意してくれたレベルアップの場。
生徒達と戦い勝つ事が出来れば、今持っている3匹のレベルを上げる事が出来る。
主賓としてスポットライトを浴びる事には慣れていないリーフであったが、与えられた機会を逃すワケにはいかなかった。
(ココで試合数をこなせば、ヒトカゲ達のレベルも上がるし使える技も増える。
何より、今のレベルではツツジさんとまともに戦う事すら出来ないと言う事実を踏まえれば、受けるべきよね)
人見知りがちで、他人と触れ合う事が苦手だったリーフが、夢を叶える為に積極的に前へと出ていく。
それ程までに変われたのはアカネとの日々の会話や、ヒカリとの出会いのおかげだった。
特にヒカリとの『約束』はどんな事をしてでも守りたいと思えるもので、達成する為には尻込みしている暇は無かった。
トレーナーズスクールは授業を受ける『校舎』と実技を行う『体育館』の2つの建物で構成されており、体育館でポケモンバトルを自由に行う事が出来る。
6つのバトルフィールドが用意され、放課後に生徒がポケモンバトルを行っている光景も決して珍しいものでは無かった。
「それでは、実技訓練を行いましょう。ゲストのリーフさん、アカネさんと2つのバトルフィールドを用いての3VS3バトルですわ。
20名全員、最低1回はリーフさん・アカネさんの両名とバトルする様に」
「はい、解りましたツツジ先生!」
歳がそれ程離れていないにも関わらず、生徒達は目を輝かせてツツジの言葉に耳を傾けている。
生徒と教師であるツツジの間に、相当深い信頼関係が築かれている事が容易に想像出来た。
「皆貴方と同じ歩き始めたトレーナーの卵。勿論、すぐに勝てるレベル差でも無いのは仕方が無い事ですわ。
それでも、レベルを上げる為の唯一の方法。それはポケモンバトルをする事!
不思議な飴を使ってのレベルアップの方法もありますけれど、あまり現実的ではありませんものね」
アカネとリーフはそれぞれバトルフィールドの赤く塗られている場所の方に立ち、生徒が青く塗られている場所の方に立つ。
赤い場所は『上位』を示しており、ジムリーダーに挑戦者が挑む場合はジムリーダーが赤側のフィールドに立つのが暗黙の了解だった。
「それでは、バトル開始!」
挑まれる側に立っている独特の緊張感が、リーフの身体を硬くさせてしまう。
側にいたロトム図鑑はマスターであるリーフを安心させる為、言葉を投げかけた。
『グリーン以来久しぶりのポケモンバトル、そして初めての3VS3バトルだロ!
ポケモンを出し合って、3匹のポケモン全てのHPがゼロになった方の負け。
さらに、2匹以上の『自爆系の技使用』及び『一時的な戦闘不能状態にする事』は禁止されているロ。
状態異常についてはその都度ボクが説明するから、まずはバトルに集中してほしいロ!』
一時的な戦闘不能状態とは『凍結』や『睡眠』の様に、殆ど何も出来なくなってしまう状態を指す。
火傷や麻痺・混乱等の『攻撃出来るかどうかは50%』の様な確率系の状態異常は該当しない。
そして自分から回復する為に眠る等の行為はそれに抵触しない等の細かいルールが存在していた。
「リーフさん、宜しくお願いします!」
トレーナーズスクールの制服を着た男子生徒が、躾けられているかの様な御辞儀を行った後、モンスターボールを握り締める。
リーフも同じ様にボールを握り、ほぼ同時にバトルフィールドに向かって放り投げた。
序盤こそ緊張やポケモンのレベルの低さ等も相まって勝利を掴む事が出来なかったリーフだったが、徐々に勝てる様になっていく。
特にレベル2だったオニスズメが経験値を得て他の2匹と同じレベルに到達すると、勝つ試合が増えてきた。
「どや、ウチのミルタンクの『ころがる』は。結構強いやろ?」
隣にいたアカネも相棒のミルタンクと共に勝ち星を稼いでいく。
レベルが6、7と増える毎に勝利する確率も比例して多くなっていった。
20名一巡にかかった時間は約1時間。早く負けた・早く勝った試合を含めたトータルの時間である。
3匹のレベルも10程度まで上がり、試合の内容自体も何とか勝ち越しを決める事が出来た。
生徒達もレベルの高いバトルが出来た事を素直に喜んでいる。
「悔しい!後でもう1度戦わせてください。今度は負けませんよ!」
「私、リーフさんの様な素敵なポケモントレーナーを目指します!」
リーフの見た目とあくまで謙虚な姿勢、そして勝利に対する情熱が生徒達の心にも火を付けていた。
椅子に座って授業を受けているだけでは決して味わう事が出来ない、濃密な時間が流れていく。
「課外授業はココまで。リーフさん、アカネさんと再戦したい方は放課後体育館に出向いてくださいまし。
それで宜しいですわよね?」
「ええ、是非そうさせてください」
リーフやアカネにとっても、経験値を貰ってポケモンのレベルを上げる事が最重要目標であるだけに、承諾しない理由が無かった。
タイプ相性が元々不利である事が解り切っているジムリーダーとの対戦を控えているだけに、少しでもレベルを上げておきたかったのだ。
こうして、リーフとアカネが自分達のポケモンを鍛える為の時間が流れていった。
現実の世界で言えばトレーナーズスクールは小学校の為、授業が終わるのは3時頃になる。
3時に帰りの会が終わった直後に他のクラスの生徒達までもが体育館に雪崩れ込んできたのはリーフにとっても予想外の事だった。
「ポケモントレーナーの方と授業の一環としてバトルする事が出来る機会は貴重なんです。
是非戦わせてください!」
先程のツツジが教えていた生徒達が十数名。そして他のクラスで何処からか話を聞きつけてやってきた他のクラスの生徒数十名。
ざっと見ても60人以上はいそうな大所帯の登場に、アカネは慌てて念を押す。
「あッ、あのな。ウチもリーフはんも、そこまで多くは捌けないんやで。
それにこの校舎も閉まるやろうから、制限時間付きって事は理解してや」
「御厚意でなるべく遅くまで開けてもらったとしても、きっと6時が限界でしょうね……
私達も皆さんと戦える様に努力するから、戦う事が出来なかったとしても怒らないで頂戴」
まず1人1回と言う原則を作り、リーフとアカネは休憩を挟みつつバトルを重ね、何とか50試合を終えた。
ツツジの配慮もあり校門が閉まるギリギリの時間まで粘ったが、対戦を続けるだけの体力もそこまで残っていない。
「疲れたぁ……でも、3匹全員レベル16まで上げる事が出来たわ。
ヒトカゲもリザードに進化して技を覚えたし、1つずつの積み重ねが大事よね」
イーブイは石による特殊進化、オニスズメはレベル20で進化する為現時点ではリザードがリーダー格と言えそうだった。
炎技がいわタイプに対して効果を発揮しない為、別のタイプの技も覚えさせている。
「1試合数分とは言え、数をこなすときっついわ。
それと、当たり前の話やけど後半になる程レベルが上がり難くなるのも精神的にくるで」
アカネも元からリーフよりポケモンを育てていたが、レベルがかなり上がった現状においてもツツジとのバトルは厳しい。
ノーマルタイプ・ひこうタイプ・ほのおタイプのどれもがいわタイプにいまひとつダメージを与えられないと言う現実が立ちはだかっていた。
(トレーナーズスクールの生徒達が使っているポケモンの殆どがノーマルタイプのポケモンだった……
だからノーマル同士での殴り合いでレベルが高い方が勝つ形になるけれど、ツツジさんとのバトルはそうはいかない。
最初から最後まで苦戦する事は必至。だからこそ、知恵をつけて立ち回らなければ)
生徒達とのバトルで学べた事は、状態変化だけで無くステータス変化の技も同じ位重要であると言う事だった。
「ツツジ先生はジムリーダーとして戦う時、一度出したポケモンは倒れるまで使うんだ。
交換はしないって言うルールだよ。だから、攻撃や防御を下げる技が大事になるからね」
ジムリーダー側にもリーグ運営側が課したルールがあり、バトルはそのルールに則って進行する。
強いジムリーダー、四天王、チャンピオンに挑む挑戦者が貰える『ハンデ』だが、彼等はそのルールを全て受け入れていた。
勿論、そこには誇りとプライド、そしてハンデがあっても勝てる圧倒的な実力があったのだが。
「つまり、ステータス変化の技の重要度が高いのね。交代するとその効果は消えてしまうから」
「逆にトレーナーは何時でもポケモンを交換出来るの!ステータスを下げられてしまった時は交換しても良いと思う。
でも、交換した時に攻撃を受けてしまう確率は高くなるから、安易に交換を選択する事は出来ないわ」
生徒達がリーフに次々と知恵を授けてくれる。彼等は閉まった校門の前でリーフの近くに集まっていた。
「でも、どうして私達に色々教えてくれるの?ツツジ先生の事が嫌いなワケじゃ無いんでしょう」
リーフがそう質問すると、生徒達は一斉に頷いた後、それでもトレーナーが勝って前に進む姿が見たいのだと答えた。
「私達生徒の中でツツジ先生に勝った人なんて1人もいないの。
しかもこの2ヶ月の間、ニビシティジムに挑んできたトレーナーが全敗。
確かにツツジ先生の事は好きだけれど、チャンピオンに挑める位強いトレーナーが出てきてほしいって気持ちもあるから」
「それに、ツツジ先生だってこの状況を喜んではいないんじゃないかなぁ。
凄く寂しそうなんだ。最近は特に……きっと、自分を踏み台にして乗り越えていく人が出てきてないからだと思う。
やっぱり、上に行くトレーナーがいるのが大事な事だと思うんだよね、僕も」
ジムリーダーと言うのは複雑な気持ちで戦う事を強いられる職業だ。
心の何処かでは相手に勝ってほしいと思いつつ、全力で戦って相手に引導を渡す。
それによって上に行く事を諦めるトレーナーが出てくる為、心を鬼にして戦えない人間はジムリーダーに向いていない。
ツツジは14歳と言う若さでその辛さと戦い続けていた。
「私は明日、全力で勝利を掴みに行くわ。ツツジさんの気持ちに応える為に」
「せや。ツツジはんはウチ等に期待してくれてるんやろ。そうやなかったらレベルアップの機会なんか設けるかいな。
自分より上の景色を見てほしい。そういう願いがあると思うで」
生徒達もツツジを心から尊敬している為、どちらかに肩入れした応援は出来ないとリーフに話した。
中立を保ち、どちらにとっても公正な応援をしたいとも。
「明日の放課後、すぐにジムに行くよ!ツツジ先生の戦い方は参考になるからね」
「ポケモントレーナーとして旅に出てるワケじゃ無い私達も、先生に勝ちたいの!
リーフさんとの試合が私達の今後にもプラスになったら嬉しいわ」
宿舎に帰った後、食事を取る気力も失せていたリーフとアカネはシャワーだけ浴びベッドに飛び込むとそのまま深い眠りに落ちた。
夢すら見ない程の深い眠りで、一度夜中に起きてしまう程だった。
(ああ、寝ないといけないのに)
昼間のバトルが与えた極度の緊張感が、リーフの精神に影響をおよぼしていた。
目が冴えてしまい、ベッドから起き上がる事無く目をつぶるが色々な考えが頭の中を巡りなかなか眠れない。
(勝った後とか、負けてしまったらとか、そんな事は全力で戦った後に考えれば良い。
そう思いたいハズなのに……足ぶみなんか出来ないって言う私の本音が強過ぎて)
生き急ぐ気持ち、焦りがリーフにあった事は否めない。
無理をしてレベルを上げた事もそうだが、何よりすぐにジムリーダーに挑もうとしている事からもそれは明白だった。
そしてアカネにもその焦燥感は伝わっていた。アカネはそれでもリーフの気持ちに反対する事は出来ないと思っていたのだ。
(アカネが私の行動に対して異を唱えない事が、私にとっては一番嬉しい。
本当は回り道する余裕が欲しいけれど、一呼吸置きたい時もあるけれど、今だけは立ち止まっていられない。
私の御父さん、御母さんが繋いでくれた道を、途切れさせるワケにはいかないから……)
リーフにとって、容易には忘れる事が出来ない1日が訪れようとしていた。