第1章 第6話 特別講師・ツツジ
ココはニビシティ ニビははいいろ いしのいろ
リーフとアカネは自転車を宿舎に置く為にニビシティジムを目指していた。
『ニビシティジムのジムリーダーは新米トレーナーの訓練所でもあるトレーナーズスクールで講師をしているロ!
トレーナーズスクールでは最初のポケモンバトルの時に教わったものより、もっと多くの事を学べると思うロ』
2人の間をロトム図鑑が浮遊しながら動き回る。
(これから先、強いトレーナーと戦う事になるんだから学んでおかないと……
気合と情熱だけじゃ勝てない。知識だって必要になってくるわ)
時間にして5分程で、目的の場所に到着した。
「はあー……成程。トレーナーズスクールの隣にニビシティジムがあるんやね。
これなら講師をしながらジムリーダーもこなせる。よう考えたもんや」
アカネは感心しながらも、その施設の大きさに度肝を抜かれていた。
特にトレーナーズスクールに至っては、巨大な校舎の手前に広大な運動場が見えている。
野球やサッカーに勤しむ生徒達の横を、陸上部の生徒らしき少年が走り抜けていた。
「収容人数が凄い事になってそうね。講師が何人もいないと生徒達の面倒を見るのは無理でしょう」
「小学校も兼ねとるんとちゃう?ウチはとりあえず、ジムリーダーと話をつけてくるわ」
呆気に取られて校舎を見つめているリーフを置いて、アカネはジムの方へと歩を進めた。
ニビシティジムは体育館の様な作りになっており、バトル以外の用途がある事が伺える。
「頼もー!……ってこれやと道場破りやな。ジムリーダーは不在なんか?」
自分自身にツッコミを入れつつ、アカネはジムの中にいた少年に話しかけた。
「ツツジ先生は今他の生徒に授業をしてる所だよ。多分もう少ししたらこっちに来るんじゃないかなぁ」
「ジムリーダーは大抵何かの仕事を兼任しとるからなぁ。何時でも会えるワケじゃ無いのが辛い所や。
どないしよ……待つか?流石に宿舎も予約入れんと即満室って事では無いと思うねんけど」
宿舎に泊まれなかった場合、当然他の安い宿を探すか、最悪の場合野宿する必要が出てくる。
人が多く賑わいを見せている街ほど危ない為、アカネは出来る限り早めにチェックインを済ませておきたかった。
『勝手に入って良いロ?』
「それは解らないけど……漠然と待っているのも退屈だったから」
その頃、リーフは校庭から校舎の中へと入り、廊下を歩いていた。
学校に通った事の無いリーフにとっては、机が整然と並んでいる光景を見るのも初めての事である。
隣の教室の授業が丁度終わったらしく、生徒達が勢い良く外へと飛び出してきた。
「ツツジ先生さようなら!また明日会おうね!」
「なぁ、今日お前の家でポケモンバトルしようぜ!」
「御父さんに買ってもらった新しいポケギア、最近調子が悪くて……」
皆リーフと歳は殆ど同じに見える。
赤や黒のランドセルを背負った子供達が駆けていき、あっと言う間に校舎の外へと姿を消してしまった。
「何時もの事ながら、まるで嵐が去っていく様ですわね……もう慣れましたけれど」
その時、1人の女性が廊下に出てきた。先程の子供達よりは歳を取っているが、それでも見た目は相当若い。
見た目で言えば14か15歳と言った所だろう。黒髪を特殊な形にひっつめた独特の髪型をしている。
赤いネクタイに黒の制服、黒のスカートと見た目には落ち着いている服装が逆にこの場所では目立っていた。
「あ、あの!私、ポケモントレーナーのリーフと申します」
彼女の声に反応し、少女は手に持っていた指揮棒程の長さの白い棒の先端を持っていない方の手に添える。
「もしかして、私に挑戦しようとしているトレーナーの方ですの?
ごきげんよう、私の名はツツジ。この石の街ニビシティでジムリーダーを務めておりますわ」
ツツジと名乗った少女は微笑むと、リーフの近くに寄り相手の胸に指を当てた。
「見た所、ポケモントレーナーになって日が浅い様に見えますけれど……
この最初のジムに挑むとなれば当然初心者ですわよね。
まずは私と戦う資格があるかどうか、調べさせて頂きますわ」
歳がそこまで離れていないにも関わらず、彼女にはリーフに無い威厳と貫禄を備えている。
リーフは彼女の一挙一動に気圧されながら、大人しく彼女の後をついていった。
焦りつつも迂闊には動けず待っていたアカネは、リーフがツツジと共に歩いてくるのを視認する。
「あー、良かったわ。リーフはん、先に話をつけておいてくれたんやな」
「貴方は?」
リーフに駆け寄ろうとしたアカネを諌めるかの様に、ツツジが棒を彼女に向ける。
「ポケモントレーナーのアカネです。宿舎の方が空いていたら、泊めてもらいたいと思うとったんですけど……」
「では宿舎の受け付けは後で私が済ませておきますわ。
それよりも、貴方達のポケモンがどれだけ成長しているのか、調べさせてくださいまし」
ツツジは彼女達にモンスターボールを出す様要求し、リーフとアカネは素直に従った。
『まだバトルを殆どしていないから、レベルも上がっていないロ。
ヒトカゲのレベルが6、オニスズメのレベルが2、イーブイのレベルは5と言う所ロ』
「アカネさんのポケモンもそれよりは平均値が高いとは言え、私と戦うには相当厳しいですわね。
このトレーナーズスクールにはバトルがしたくてたまらない生徒達が大勢いますから、彼等と戦ってレベルを上げてくださいまし。
それと明日からココで私の授業を受ける事。戦術を解り易く教える事において、私よりも優秀な者はなかなかいませんわ」
真剣な表情で一通り話し終えた後、ツツジは2人が若干怯えているかの様な顔つきになっている事に気付き、照れ笑いを受かべる。
「私ったら、ポケモンバトルの事になるとつい我を忘れてしまって……ごめんなさい。
でも学ぶ事は貴方達の今後においても確実に役に立つと思いますわよ。
もっともっと強いトレーナーがこの世界には星の数程いるんですもの。知識を得て損になる事はありませんわ。
とにかく、今日は宿舎に行ってゆっくり休んでくださいまし。私はどの様な教え方をするべきか考えておきますから……」
「私達とそんなに歳は変わらない様に見えたけれど、ちょっと怖い人だったわね」
「それだけポケモンバトルに人生を捧げてるっちゅう事や。
お月見山を見据えた買い物を終えたらツツジはんに貰ったチケットを使わせてもらお」
トレーナーズスクールとニビシティジムから外に出た2人は、宿舎に到着すると自転車を置き割り当てられた部屋へと入った。
「貴重品以外は部屋の中に置いておいても大丈夫やろ。今持ってる食料品とかな」
宿舎の部屋には番号が割り振られており、その部屋のドアを開けるカードキーがトレーナーに貸し出されるシステムになっている。
別れ際にツツジから貰ったニビシティ博物館のチケットを、2人は今日の内に使おうとしていた。
「ウチがフレンドリィショップに行って買い物を済ませておくから、リーフはんは先に行っててええよ。
閉館時間まで余裕があるワケでも無いみたいやしな」
午後4時。ニビシティ博物館の閉館時刻は5時なので余裕が無い。
『ニビシティ博物館には様々な化石や月の石が展示されていますわ。この街の歴史を教えてくれる場所。
私もたまに行くんですけれど、あの充実ぶりには毎回驚かされますわね』
ツツジが目を輝かせながらそう言っていた事が、リーフの脳裏に浮かぶ。
(石の事になると、態度が全然違うのよね。まるで別人みたいにはしゃいじゃって……)
ツツジの本当の顔は、その子供の様にはしゃぐ姿の方ではないかとリーフは思った。
僅か14歳にして、何歳か歳下の子供達にポケモンバトルの基礎を教える特別講師。
生まれつき持っていた天性のテクニックと幼い頃から頭に詰め込んだ膨大な知識で、ジムリーダーの座を得る。
厳しく、優しく、子供達を見守る仕事。だが彼女も実力があるとはいえまだ幼い子供だ。
リーフには、彼女が大人になろうと背伸びをして、無理をしている様に見えた。
(こうじゃなきゃいけないって、大変よね……自分の思った通りに生きる事が出来ないんだもの)
望んで掴み取った栄光。彼女は自分から進んでその道を選択したのだろう。
その道が、彼女を苦しめている。リーフはそう思えて仕方が無かった。
だからと言って、自分が何かをしてあげられるとも思えなかったのだが。
ニビシティ博物館は宿舎から歩いて数分の所にあった。
重要な施設は街の一箇所に固まっており、住んでいる者達にとっては便利な部分となっている。
「いらっしゃいませ、こちらはニビシティ博物館受付でございます。
こちらには入館料金500円か、チケットをお見せする事で入館する事が出来ます」
若い受付嬢にチケットを渡すと、彼女はチケットの端の部分を切ってからリーフの手に戻した。
「閉館時間10分前にアナウンスが流れますので、その間に退館してください。
それでは時間までごゆっくりお楽しみくださいませ」
ロトム図鑑で時刻を確認すると、一応あと40分程時間には余裕がある。
リーフは1階から2階へ上がり、様々な化石や石が展示されているエリアへと移動した。
『ニビシティは何十年も前にお月見山に隕石が落下した事から発展した街ロ。
美しい黒曜石の様な『月の石』が採掘される様になって、その採掘をきっかけに様々なポケモンの化石が出土。
それを調べたり掘ったりする為に多くの人間が集まる様になって、人が住む様になったロ』
リーフは『珍しいポケモン・ピッピ』と書かれたパネルを見ながら物思いに耽っていた。
(へぇ……その隕石が降ってくるまで、このポケモンは発見された事が無かったんだ。
研究者の一部にはポケモンは『地球外生命体』なのではないかって言う人もいるって博士から聞いていたけれど……
こういう話があるって事は荒唐無稽な話じゃ無いのね。本当に不思議)
ポケモンは科学が進んだ現代においても謎が多い。遥か昔、人類がポケモンと今よりも密接に関わっていた事が伝わっている。
共に暮らすと言う意味合いも今とは異なり、結婚して人間とポケモンの子供が生まれる事もあったらしい。
化石人類がポケモンに近い身体の構造だったのか、ポケモンが今とは相当異なる身体だったのか、答えは出ていないと言う、
「これは……レプリカ?世界で見つかった様々なポケモンの化石って書いてある」
ガラスケースの中に入っている様々な化石の中に、とても小さな化石が含まれていた。
「ミュウの睫毛の化石……?」
リーフは気配に気付き振り向く。背後には買い物を済ませ追いついたアカネが立っていた。
「幻のポケモンやね。殆どの伝説のポケモンは飛び抜けて長寿やけど、ミュウは『永遠の命』を持っとるっちゅう話や。
世界の理を知り、あらゆる世界の知識を頭の中に詰め込んでいるポケモン……
つまりこの世界の謎を解き明かす為に必要なポケモンや言うて、世界中の科学者が血眼になって探しとる」
『このミュウの睫毛の化石は、何年か前にギアナ高地の奥地で発見されたものロ。
科学者を隊長とした探検隊が発見してそれを学会に報告。帰ろうとした所で消息不明に。
噂では、誰かに殺されて化石を奪われたのではないかと言われているらしいロ』
レプリカの化石は、探検隊のメモ帳が発見され形が判明した事から作成されたものだった。
「ミュウの化石が、どうしても必要だったって事?……見つけた人達を、殺してでも」
「まぁ、それ位する極悪な奴等なんて沢山おるやろ。何しろ『永遠の命』の鍵も握っとるんや。
人類の見果てぬ夢、『不老不死』の研究にも使えるミュウの化石が本物なら、どれだけ金を払っても欲しい奴がおる。
相手の命を奪ってでも強引に手に入れようとする奴もな……」
1つの化石の為だけに、血みどろの殺戮劇が繰り広げられたかもしれないと思うと、リーフは嫌な気持ちになった。
彼女も理性では解っている。世界にはそういう悪い人間も数多くいると言う事を。
だが、性善説を信じて生きてきたリーフは感情的に理解する事がどうしても出来なかった。
石は、天使にもなれば悪魔にもなる。
鉱石が劇的に街を発展させる事もあれば、宝石や化石が人の良心を破壊し、殺し合いに発展する事もあるのだ。
ハッキリしている事は、石にはそれだけ人を狂わせる魔力があると言う事。
(ツツジさんが石の事になると人が変わった様にはしゃぐのも、それと無関係とは言えないわね)
博物館から出た時、空は丁度赤から青、つまり夕方から夜へと変化しつつあった。
「昔はあの『月の石』が博物館に置かれていただけで、観光客が一目見たいと殺到した事があったらしいで。
物珍しさと言う事もあったんやろうけど、少なくともウチやリーフはんは冷静さを失わん様にするべきやな」
何かに執着すると言う事は身の破滅を招く。リーフはアカネの言葉に対して深く頷いた。
「ええ。私達は欲張らない様にしましょう。とにかく、何をするにしても自然体でいたいわ」
幼い頃からリーフには『執着心』があまり無かった。消極的でずっと部屋の中に閉じ篭もっていたからだ。
夢こそあったが、その為に全てを犠牲にしても良いと思う程拘っているワケでも無かった。
「でもま、あまりにも目標が低かったりするのはアカンわな。安過ぎる物と同じで人生が濁ってまう。
もっとも、ウチはそこん所を目利きで補ってきたから安くてええ物を買えるんやけど」
倹約の達人である事をアカネはアピールし、胸を張る。
そこに誇りを感じる所がジョウトの人間らしいと感じて思わずリーフは笑ってしまった。
(アカネが一緒にいてくれて良かった。色々な意味で……彼女といると本当に楽しくて)
これから嫌な事もあるだろう。目を背けたくなる様な出来事が待ち受けているかもしれない。
1人では潰れてしまう様な事が起きても、アカネと一緒にいればきっと乗り切れる。リーフはそう思った。